SNSの感情労働 /その2   文学病から見た携帯詩の世界

SNSの感情労働 /その1は、こちらです。
  ↓
http://leea.exblog.jp/10265247/

知人の誘いで、SNSのGREEに登録した。
携帯でアクセスしている人が大半という点が特徴だ。

小さな画面に、コミュニティのタイトル、メール、伝言、自分の書き込みに対する他者のコメントが、刻々と変化しつつ映し出される。

パソコンのSNSにも付いて行けなかった私なので、携帯からのSNSに、早くも引いてしまっている。
世界が小さい。しかもどうでもいい事ばかり。
小さくてどうでも良くない事なら大歓迎なのだが。
面倒くさいから文庫本でも読みたくなってしまうよ。。。。

GREEで、携帯小説ならぬ携帯詩に遭遇した。
携帯小説と硬派幻想文学くらいに、
携帯詩と現代詩は隔たっている。

つまり、携帯詩は、文学として何かを提示する事を、まるで目的にしていないのだ。
好意的な感想以外、コメント禁止のところがほとんど。
表現は練られていないし、構成も適当、語彙も少ない。
言葉への愛より、自分への愛ではないか。。。。。。。。

いやいや、けなしているのでは全く無い。
携帯派にとって、「詩」は自分の感情を伝える手段なのだった。
そして、本名も知らない見知らぬ誰かと、絵文字たっぷりの短いコメントで繋がる手段。

「私」という一人称が、決して「西野りーあ」ではない、自分の願望でもない、物語の主人公でしかない「文学の世界」とは、果てしなく離れている。

携帯詩を立て続けに読み、それら作品へのコメントもひたすら読み、
めまいをおぼえて後ずさった。こ、こ、こまった。
「詩」と区分けされる表現なのに、もはや宇宙の果てと果ての心地になった。

だが!

現代詩の中にも、携帯詩のような作品が増えていないだろうか?
ブンガク脳のワタクシのような者も、「これって詩じゃないじゃん」とか困惑するばかりではいけない。

携帯詩はコミュニケーションの手段なのだ。そして、日記を行分けしたようなゲンダイシも、作者はコミュニケーションを求めているだけなのかも知れない。。。。。

小説より見やすく、コメントもしやすい感情表現としての、詩かぁ。
あるいは、日記としての、詩。。。。。。
コミュニケーションツールの進歩により、詩という形は、ブンガク以外の目的で盛んに書かれ、読まれているのだ。

「古語を使おうと七五調を使おうと、現代人が書いたら現代人の感性以外の何物にもなりえない。それは現代人の書いた詩としての現代詩である!」と、譲らなかったワタクシも考えた。

現代人の感性云々言うなら、現代詩以外の携帯詩の方が、「現在的」である。現代ではなく、現在なのだ。

ワタクシはブンガクフェチなので、日記としての詩は、書くのも読むのも他人にお任せしたい。
[PR]
by leea_blog | 2009-06-16 00:55 | Comments(2)
Commented by 園児にあ at 2009-06-18 02:31 x
なるほどー、Greeの『面白さ』ってそういう異文化 (?) な部分もあったのですね。
てゆーか…気が短い私は、そういう詩形式の日記やら、小説形式の日記(私小説)やらを、まとめてウンコとして扱っていました。
特に後者は商品として成り立っているものもあり、ウンコの中でもより汚くて臭いウンコだと思います。

>いやいや、けなしているのでは全く無い。
りりやま巨匠のふところの深さに脱帽です!(マジで!)
私は声に出して「くだらん!バカや呂!氏ね!」って言っちゃうもん♪

でも今回の投稿を読んで、怖い物見たさならぬウンコ見たさが、ちょっと湧いてきました☆
Commented by leea_blog at 2009-06-18 09:18
異文化ですよ〜。

携帯からのアクセスだと、他人の日常に関心無いひとでも、またアクセスしてみたくなるような仕掛けが沢山あるんです。箱庭とか、釣りとか、着せ替えとか、他愛ないんですが、携帯からだと他愛ない位が丁度良いんでしょうね。
私は他愛なくない方が好きなんですが^^;、ビジネスとしてよく考えてるな、と感心するんです(嫌味じゃなくて)

詩形式の日記は、表現作品なら「雲古」ですね。普通のコミュニケーションが苦手で孤独感がある人が、知らないひとと接触を持ちたくて書いてるなら、「そっかぁ」、でござんす。

でも、ワタクシがSNSに飽きちゃうのは、人によっては辛口に受け取れる意見は「荒れる原因」としてご法度な所です。ゆりうたのこの文章も、コミュニティに書き込んだら「荒れる」事でしょう。

真剣な批評と悪口の区別が付かないようじゃ、コミュニケーションどころのお話ではないので、コミュニケーションも面倒になっちゃうのです。

あとは、私はアナログ&リアル重視だから飽きちゃうのかも。
<< 森茉莉という快楽 /贅沢貧乏の美意識 詩的映像と楽の音、神話の時間/... >>