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台湾が十倍楽しくなる・高砂義勇隊の事



前述の228記念館で、
長年の洗脳が解けて行く不思議な快感を味わった私です。


一つ洗脳が解けると、連鎖式に思い込みが溶けて行き、
物事を新鮮な目で見られます。


で。


今度は、台湾の原住民だ。

台湾では、先住民と言うと、すでに滅んだ人々の事になるので、
元々住んでいた人たちを、正式に原住民と言うそうです。



台湾旅行から帰って、色々調べまくりました。

日本統治時代は「高砂族」と呼ばれていた人々で、沢山の部族が有り、
それぞれ言葉も習慣も違います。


で、今回の話題は、高砂義勇隊のこと。


わずかに知っている事と言ったら、

日本統治まで首狩りを行っており、
勇猛果敢で知られ、第二次世界大戦時は
高砂義勇隊として日本軍人から尊敬を集めた。
世界最強と言われるネパールのグルカ兵と比される。


正しいかどうか判らないけど、こんな知識しか無く、

長い事、正直「こ、こわいよう」と、一歩引いていたのでした。


台湾映画「セデック・バレ」を封切り当日に観に行って、
周りにも勧めていた割には、殺伐とした気分になり、

いかに死ぬ事かではなく、現代ではいかに生き延びるかが大切では、とか、

自殺大国日本のエセ人道主義者・反戦思想洗脳済み、な、
貧困な感想をブログに書いていて、

反省しきりです。

その貧困な感想が、以下。

http://leea.exblog.jp/20328738/

(拙ブログは、セキュリティーの為、直接リンクが貼れません。
URLをコピーして貼付けて飛んで下されたし)


で、何で高砂族が、こ、こわいよう、で一歩引いた印象だったのか?


心の声「あんた、平家物語とか太平記とか、軍記物大好きじゃない?
    北欧神話伝説で、戦場の空をいくさ乙女、すなわちヴァルキューレが舞い、
     勇敢に戦死した戦士の魂を、神々の国ヴァルハラに運んで行く、そういうのは
    歓喜するでしょ。
    なぜ、敵の首を沢山狩るほど勇士で、敵の首を狩らないと先祖の住む国
    に行く虹の橋を渡れないセデック族が駄目なの?????」

エセな私「そ、それは。。。。北欧神話も平家物語も太平記も、昔の事で。。。
     現代でそれは無いなぁ、と。。。」

心の声「でもさ、現代でも先祖伝来の風習と神話を日常に持って生活している人たちを、
    あんた、尊敬しているでしょう? セデック族、そうじゃない?」

エセな私「そ、そうですね。でも、玉砕思想は第二次世界大戦でトラウマになっているし」

心の声「それは日本人の都合でしょ?彼らは台湾原住民だよ?
     素直に尊敬しなよ!」

エセな私「私が間違っていました。今は、心の底から尊敬するようになりました」

心の声「映画セデック・バレでは、セデック族たちが、武勇の印の敵の頭蓋骨を無理矢理
    破棄させられるシーンが出てくるけど、別に法的にすべての地域で強制された
    訳でもないらしく、日本統治時代も、首狩りこそ禁止されたけど、
    武勇の印の頭蓋骨は首棚に飾る事を続けていた地域も有ったようだよ。
    凄くない?」

エセな私「す、凄いです。以前は大航海時代じゃないんだから、と引いてましたが、
     近年まで周りに流されずにそういう伝統を守って来たのは、凄い事です」

心の声「しかも、遠い南洋ではなく、こんなに日本から近い島で独特の風習を守って来た人たち。民族学的にも、もっと歓喜しなよ」

エセな私「私が間違っていました。歓喜感涙です。素晴らしいです」


で、台湾から帰って来て繰り返し見たセデック・バレは、脚色してあるとはいえ、実に歓喜物の面白さでした。


で、高砂義勇隊。


とある本で、著者がカセットテープを携えて、高砂族をたずねて回るんですね。
で、彼らの語り口も再現されている、すごく良い本が有って、読みながら目から鱗で、
これは図書館で取り寄せた本なので、どうしても自分用に欲しい。

で、探しているのですが、見つからず、以下に引用する文も、本当は出典を明らかにしなければならないのですが、ライバルが増えるのが真剣に困る。

お願い、今回は見逃して。
出典は、本を手に入れたら必ず明示します。


で、その本は、高砂族に話を聞きたくて、なんのコネもつても無く台湾に来ている著者が、「あの人は高砂族かな」とドキドキしながら原地の人を見ていたり、ようやく出会えたり、と、実にリアルな感動を伴っているんですね。


これが、プロ作家が取材対象を現地手配して取材したのとは全く違った、素直な報告書で、それも素晴らしい。

働き手が戦争に志願して戦死してしまい、残されたお母さんが自殺を図ったりと、悲しい話も載っているんですが、良い話も満載。


ちょっと脳裏を直撃した話を引用してみましょうか。


反戦思想の皆さんも、偏見を棄てて、ちょっとお付き合い下さいまし。



「みなさん、どうして日本の軍隊を志願したのですか」
それが私の最初の質問だった。
「どうもこうもないよ。戦争が次第に激しくなってきたから、もうムズムズシて、山にはおられん。それで海軍に志願した」


ムズムズシて山にはおられん????

召集令状が来るのを嫌がっていた日本国内とは何という違い。。。。。


中略で続き引用。インタビュー受け手は同じ人。

「マニラでは物凄い空中戦を何回も見た。本当に凄いよ。飛行機の数はアメリカが断然多い、三〇〇機ぐらいでやってくる。それを日本機が十機ぐらいで迎撃するんだ。もう、あのころ日本の飛行機は少なかったからね。それでもアメリカの大編隊に突っ込んで行く。見ているだけで心が痛くなるよ。
 日本の飛行機は少なくても、アメリカなんか怖くない。体当たりをするよ。あの体当たりの精神は実に奇麗な精神だ。死ぬことなんかどうもないのだから偉いよ。あれは立派なものだ」


ぐはっ!

やられた。

日本でこんな事言ったら大変だよ。反戦論者が全国から押し寄せて、糾弾されちゃうよ。
封筒にカミソリを仕込んだいやがらせの手紙が殺到するよ。
反戦論者から狙撃されちゃうよ。


軍国主義の亡霊? 否。
軍国教育の犠牲者? 否。


お父さんの代まで敵の首を狩って武勇を競っていた、これが高砂族だ!
根本が違うのだ。


とはいえ、三百機の敵機を残り少ない十機に迎撃させるとは、
悲惨を通り越して、気違いの極み。

軍略的にも間違ってます。
飛行機乗りを育成するのにかける時間と、戦闘機の単価を考えれば、余っているなら話は違うとして、残り少ないなら命がけで撤退して有効活用しなくちゃ、勝てる戦争も負けるし、負ける戦争ならもっと負けます。

体当たりした飛行機乗りの皆さんも、体当たりするなら、数なら任せてくださいの敵機三百機相手じゃなくて、敵空母を狙いたかった事でしょう。浮かばれないにも程が有ります。


そんなこんなで、洗脳が解ける前の私なら、
何か違う、と引いちゃったかもしれない。

が。

これは、他民族の価値観を知る一端になり、貴重な証言と言えましょう。




今度は、同席していた別の人の話を引用。

「ボクは子供の頃から兵隊になりたいと思っていた。巡回映画を見たり、少年倶楽部なんか読んでいた影響かと思うけど、戦争とか歴史が大好きになった。そのうち、大東亜戦争が始まったんだ。もう十六歳になっていたから、よし、兵隊さんになろうと決めた。国の為に役立つことが大切だ。それで、兵隊に志願するため勉強をした。試験に落ちれば恥ずかしいだろう。ボクは志願なんだから、血書の志願だよ」
「志願って、どんな試験がありましたか」
吉川は、少し時間を置いて答えた。
「まあ、いまの中学程度かな・・・・・。ボクは受験する以上、絶対に合格しないと部落の者に笑われる。落ちたら家にも帰られない。だから埔里から参考書を買ってきてもらい、勉強したよ。試験が終わって一週間経ったら合格通知がきました」


うわっ。

血書の志願。
合格しないと部落の者に笑われる、落ちたら家にも帰られないって、、、、、、。


もう、根本的に、違うよ。
集落全体で、武勇を重んじているんだよ。呼吸感覚で。


同じ人の、終戦をバリ島で迎えたという、終戦時のインタビューを、以下。

「でも、オランダの命令に服従したのでしょう」
吉川は顔を真っ赤にして反論した。
「そんなことあるもんか。戦争に負けたんじゃなくて、戦争をやめなさいと上部が言ったんだ。日本軍は軍規が厳正だから上官の命令には絶対服従だ。これが日本陸軍だ」


脳裏直撃。

戦争に負けたんじゃなくて、上官に戦争をやめなさいと言われたからやめた?????
いや、それって、普通、「負け」と言うんだけど。。。。。

屁理屈というより、何か、すごく、誇り高くてすがすがしいな。


重要な続き


「吉川さん、私・・・・一つ聞いていいですか。失礼だが、あんた方、戦争のときはそう思っていたでしょうが、今になって戦争をしたことを後悔しませんか? あんた方は本当の日本人ではない。当時は高砂族と呼ばれて差別を受けていたのでしょう。それが日本のために戦争に行って命を失った。日本人が日本のために命を捧げるのは当然ですが・・・・」

「あんた、分からんの? 大東亜戦争のときボクたちは日本人よ。それが日本の教育を受けて自分の気持ちで兵隊になる。戦争に行って苦労するのも死ぬのも、みんな自分の気持ちよ」



日本式の教育、ごめんなさい。

でも、なんか、根本的に、日本式教育の犠牲者として見ちゃうと、失礼になると思うんです。それって、上から目線だと思う。
あんた、分からんの?といわれると、すみません、と謝っちゃう。


著者が取材して行く中で、高砂族の皆さんの、酒好き明るく、豪快さがよく描かれているエピソードが沢山出てくる。

11時に閉まる店で酒を飲んで、著者が明日の予定があるのでと辞去しそうになると、ナニー、明日のことなら誰でもある、と引き止め、この食堂は二時までも三時までも、明日の朝まで構わないと著者に説明し、酒を飲んで歌い、午前二時になって台湾人の奥さんがさすがに気色ばんで彼らを追い出した、とか。

著者が最初に会ったタイヤル族のラウアに、山のことを話して欲しい。何処か静かな喫茶店に行こうと言ったら、約束の時間に彼女は十人以上の友人を連れて来て、とても山の話を聞く段ではなく、誘われるままにカラオケに行った。ホテルに帰ったのが午前三時になり、フロントの小姐に睨まれ、翌日「山地人は喧しい。何処でも騒ぐ」と文句を言われる、とか。「彼らは私をタクシーに乗せて大飯店へ行き、そこで「酒を飲んでいいか」と、小さな声で私に聞いた。が、その後は二度と、そのような恥じらいの言葉は聴かれなかった。彼らは好きな酒を勝手に取り、遠慮もせず鯨飲したのである」

行間から著者の、とまどいつつも「山地人ラブ!」な愛情が伝わって来て、ほのぼのします。

うん、これが他の国の他の種族だったら、正直、付き合いきれないかも知れない。

が! 私もいつしか、ラブ!になっていたのであります。


ちなみに、コネもツテも無い著者が単身、山地に入りたいというと、
カセットテープの時代だからだいぶ昔な訳ですが、
当時の台湾平地人は、みな真剣な顔で
「山賊に刀で首を切られたらどうするのか」と案じます。

著者はそのような誤った認識を憂うのですが、
愛すべきエピソードが載っています。



沖縄から高雄へ向かう「飛竜三号」の船上でも、仲良しになった台湾人の担ぎ屋たちは、
税関を誤摩化しそうな図太い面構えに似合わず、山地を怖がり、目を丸くして「山地へ行くのは止めにして、ワタシの家で、マンゴーやビーフンを食べるほうが安心だ」と説得するあたりは、高雄の友人と一つも変わりはなかった。



山地人への関心をそらすために、マンゴーとビーフン!

「山地人に取材するのは止めにして、平地の台湾開拓の歴史を聴かせてあげよう」なら分かるけど、食べ物で吊る????

ナイスすぎる。

そ、そうか、マンゴーとビーフンか!とふらふら付いて行っちゃう人が居そうな。

台湾平地人も愛すべき!










by leea_blog | 2014-05-14 18:36 | Comments(0)
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