谷崎潤一郎の、豊潤な文章に酔う合間に、 チェイサーとして、全く質の違う本も読んだ。 石井光太著、「絶対貧困 世界リアル貧困学講義」。 世界各国の貧困地域を訪れ、彼等とともに暮らし、彼等の目線でしか見えないものを一つ一つ描いた、という報告だ。 絶対貧困というのは、一日一ドル以下で暮らしている人だ。 世界の人口の、5人に一人の割合という。 一日2ドル以下で生活している人は、なんと、約二人に一人の割合になる。 たとえば、それが、 周囲も原始的な生活を送っている地域なら、 人々の暮らしも、それほど辛いものではないのだろう。 しかし、富める者との差が出る地域だと、 スラムが形成され、 路上生活を送る人々も出る。 悲惨な現実だが、 著者の、人間的な人柄により、 生き生きと描かれている。 「世界の貧困問題について考えるぞ!」という気負いは、 全く無用に読める一冊だ。 現在日本だと、 世界の貧困問題を考えるとなると、 「とても難しく、取っ付きにくいテーマ」と思えて、 尻込みする方が多いのではないだろうか。 この本は、旅人の旅の話を聞いているうちに、 色々と考えてしまった、 という感じの筆致である。 私は現在職場のパワハラにより心を病んでおり、 回復しなかったらたちまちのうちに住む所が無くなる。 路上生活も、明日は我が身と感じられる。 が。 私は、元々体も弱く、心を病んでいるため、 「生き抜く」という、 動物としての本来の力を失ってしまっている。 この本に出てくる人々のように、 何をしてでも生き抜く、という、根源的な力が無いため、 私など3日くらいで衰弱死してしまうであろう。 この本に依れば、平均寿命は、 先進国で約76歳、 発展途上国では約55歳である。 うわー、私など、もう寿命である。 ところで。 著者が、日本での海外の貧困問題報道で、 違和感を感じているシーンを紹介しよう。 テレビのドキュメンタリー番組で、 ある発展途上国の貧困地区に生きる人々を追う番組にたずさわった時の事だ。 スラムの子供がゴミ拾いをして生活している姿を映して、 「貧困の中でも明るく元気で生きるたくましい子供たち」 というテーマを作品にしようとしていた。 以下、引用。 「さて、そんなスラムの子供の中に、メイちゃんという十歳の女の子がいました。メイちゃんは病気の父親と二人で暮らしていました。母親も兄弟もいなかったのです。 家計は彼女が廃品回収で稼ぐお金でなんとか成り立っていました。撮影クルーは彼女がゴミの山の中で立派に生きる姿を追っていました。 ある時、ディレクターがメイちゃんにマイクを向けて、「どうしてそんなに明るく生きて生けるのかな」と尋ねました。彼女はこう答えました。 「仕事は大変だよ。けど、悲しんでいても生きていけないよ。だから、今を笑って生きたいの」 ディレクターはこのセリフにしてやったりの笑顔を浮かべました。番組で使えると思ったのでしょう。まさにテレビ番組にうってつけのシーンとセリフです。日本のテレビ番組には「こういうシーンを撮って、こういうセリフを乗せれば、番組として出来上がり。それ以外はNG」という変な方程式があるのです。」 うむ。 いかにも、日本の無難なテレビ番組であるな。 そういう 番組を見て、「俺もくよくよしないで前向きに生きて行こう」と、 思ってもらいたいのが見えてしまい、嫌ですね。 上記の引用には、その後、そんな日本のお茶の間向けの番組には映らない、過酷なエピソードがあるのだ。 毎夜十時過ぎに、気の狂ったメイちゃんの母親が、実家を抜け出して、 メイちゃんを殺しにくるのだ。 母親は、十人くらい子供を産んだが、メイちゃん以外は皆死んでしまい、 メイちゃんを殺せば他の子供が生き返ると思っているのだ。 そのような、生きる事の過酷さ、を、 著者は一人一人の視点に寄り添って、書いている。 それはそうと、 スラムでは、闇商売や、グレーゾーン商売が横行している話が出てくる。 例えば、密造酒だ。 イスラム教の国では、酒は禁じられているが、キリスト教徒が酒を飲む分には、 宗教的に禁じられている訳ではないから、大目に見られている、という。 イスラム教徒の人も、酒を飲みたい欲望に負けると、 キリスト教徒の住むスラムに行き、 密造酒を飲むのだ。 この本は、 気負い無く読める一冊で、大いにお勧めだが、 この本で一番印象に残ったのが、 貧困の暮らしではなく、 なぜか密造酒の飲み方であった。 以下、引用しよう。 「ところで、このような酒屋でもう一つ注意しなければならないことがあります。お酒です。前にも述べなしたが、信じられないような方法でつくられた自家製のお酒なんてザラで、下痢で済むならまだしも、数百人が中毒死なんて事件がよく起きています。日本の場合は【安かろう悪かろう」ですが、スラムですと「安かろう死ぬだろう」ということもあるのです。 もしお酒が安全だったとしても、そういう輩が飲み方をまったく知らないということがあります。へべれけに酔っぱらうまでひたすら一気飲みを続けるのが酒の正しい飲み方だと信じている事があるのです。飲酒の目的、すなわち泥酔なのです。 このような人々はとにかく飲んで酔う事しか考えていませんから、数分の間にウィスキーを何本もラッパ飲みします。で、当然、たちまち泥酔してその場に倒れて眠ってしまいます。 以前、パキスタンの非合法の酒屋に行った時に、店内に人がマグロ市場のようにごろごろと倒れているのを見て絶句した記憶があります。みんな数分でウィスキーのボトルを何本も空けて酔っぱらってその場に倒れているのです。これじゃ、阿片窟とまったく同じですよね。」 うわー。マグロ市場のように倒れている店内! これでは、飲酒は禁止されて当然だと思うよね。 それに、そんな飲み方をしたら死ぬ危険が! そうした、旅人的なカルチュアーショックも印象に残るが、 悲惨な話としては、 ストリートチルドレンの多くがシンナー中毒で、 やがて歯も抜け、廃人になり、死んで行く、という話が、 やりきれなかった。 悲惨さを忘れようとしてシンナーを吸い、 施設に収容されると、 集団生活に馴染めないのとシンナーを吸えないのとで、 みな脱走するのだそうだ。 薬物は、大人でもなかなか止められないので、 幼い子供たちなら、 廃人になる事が分かっていても、 止められないのだろう。 心を病むと、 「なぜ辛いのに生きなくてはならないのだろう」と 思う。 そうした人が、日本には多く居る。 生きる事に意味があるのか?と、 思う時に、こうした語り口の、 読みやすい一冊がお勧めである。 描かれる世界は、 「生きる事に意味があるのか?」などという問いは、 まったくない。 そして、 様々な事を考えさせてくれる。
by leea_blog
| 2017-01-08 19:48
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Comments(2)
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by
sherry
at 2017-01-09 08:01
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貧乏でなければ、素還真人形を買う、
鷇音子人形を買う、 三餘無夢生人形を買う.... でもゆたかな生活でなければ、 そんなものを買いたいとは思えない・・・ 矛盾な文明社会だ
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by
leea_blog at 2017-01-09 09:20
sherry さん
社会文明は沢山、 矛盾を沢山はらんでいますよね〜。 住み良い社会になるのは、 まだまだ先かもしれません。 しかし、ほしい物があるのは、「働く意欲」を刺激します。 「私はこれがほしいから、頑張って金を稼ぐぞ!」と 思えるから、 物欲があるのは良い事だと思うのです。 とはいえ、昨今の日本も物騒になって来たから、 ほしい物があると、 努力をしないで 「盗んで手に入れる」人もいるのが残念ですね。
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