ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」、「クヌルプ」の薦め・現代日本の処方箋


人生に疲れ気味の、そこの人。

ヘルマン・ヘッセがお薦めだ。

「ヘッセ? 中高生の頃読んだけど、

何だかなあ、という感じ。」


と、退廃耽美、イカレ気味の幻想詩人のブログにたどり着いた方々は思うであろう。

小、中、高校の先生方も、

自信を持って生徒に薦める、この上なく人生に効く書物だ。

そんなの、薦められたく有りませんよね?

よくわかります。

学校の先生は、

間違っても、

谷崎の「人魚の嘆き」や「瘋癲老人日記」、

三島の「仮面の告白」、

江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」、「人間椅子」、

バタイユ、マンディアルグ、ジャン・ジュネ、

マルキ・ド・サド、アンドレ・ブルトン、

ザッヘル・マゾッホ、沼正三は薦めない。


二十歳未満の頃なんて、

既製の価値観に疑問を感じる年頃だろうし、

そもそも、

学校が躾けたがる、

全うな正しい生き方なんて、

子供の残酷な日常から見れば、

とんでもなく乖離しているものね。



ヘッセを薦められても、

心に沁み込みにくいのにね。



私も、人生の半ばを過ぎて再読して、

「こんなに面白いものだったのか!」と

驚愕した。


私が高校生の頃、

同級生が、

「本屋に行くとまだ読んでいない本が膨大に有るのだという事を思い出させられて、

人生に絶望する」と言っていた。


が。

未読の本がこの世には沢山あるだけではない。

既読の本も、優れたものは、

再読すると、びっくりする程違って見えるのだ。

年齢とともに。

まさに、そのような書物こそ、

人生の友。


そのような訳で、

「ヘッセかあ〜。イマイチです」と、

スルーされてしまうのが、

もったいなくて、今回取り上げてみました。


時間が無い、面倒、説教臭い人生訓は願い下げ、

薄い本で、読みやすくて、内容が有るものを、という、

現代人のニーズにもばっちり答えるのが、

ヘルマン・ヘッセの、「シッダールタ」です。

短いし、新潮文庫で出ているし、

カバンに入れてもかさばらないです。


シッダールタと言っても、

お釈迦様の事ではない。


お釈迦様と同時代に生まれた、

バラモンの若者シッダールタの、

人生の遍歴が、

詩情豊かで簡素で、

地味溢れて、優しい語り口で、

語られています。


私は、一気に読まずに、

気が向いた時に、

もっとこってりした系の本を読む合間に、

チェイサーとして途切れ途切れに読んでいたのですが、

最後まで読み終えて、

久しぶりに、

全身が総毛立ち、

脳が痺れるような快感を感じました。


人生とは何であるか?

すべてが無意味になっている時にこそ、

効いて来る文体です。

道徳や人生訓や、宗教のお話では有りません。


様々な価値観、様々な選択肢が、

流れる水のように読者の脳裏にじわじわと広がり、

それが、大変東洋的で、

東洋べったりでもなく、

インチキ東洋かぶれでもなく、

読み終わって、

恐らく誰もが、

自分の人生を振り返って検証出来る事でしょう。


川の声を聞く、という境地にようやくたどり着いたシッダールタ。

人生、どう転んでも、

その人なりに、

木々や水や山々や海の声、空の声、

天球の声、死者の声、精霊の声を、

聞けるようになると思うのです。


日本はとりわけ、四季がはっきりしており、

ご先祖様たちも、

身近な自然を大変愛でて、

神々などは八百万と、ようするに、

数えきれない位おられて、

万物に魂を見いだす土壌があるわけですから、

大変恵まれていると言えましょう。





まあ、大変美しい最後の文章を、以下に引用しましょう。


「深く、ゴーヴィンダは頭を下げた。なんとも知れない涙が老いた顔に流れた。無上に深い愛と、無上に慎ましい尊敬の感情が心の中で火のように燃えた。身動きもせずにすわっている人の前に、彼は深く地面まで頭をさげた。その人の微笑が彼に、彼が生涯の間にいつか愛したことのあるいっさいのものを、彼にとっていつか生涯の間に貴重で神聖であったいっさいのものを思い出させた。」

完。




真に薬になる書物は、同時に劇薬でもあると私は認識しています。

「毒にも薬にもならない」書物は、時間の無駄。


では、「シッダールタ」は毒にもなるのか?

なりますね。

これを読んで、みんな家を出て、

無一物の旅に出ちゃうかもしれない。


では、処方箋として、

これもまた、

「薄い本、簡単、分かりやすい。難しくない。

説教臭くない」

という、現代のニーズにあった一冊を。

ヘッセの「クヌルプ」です。


無一物で、手に職をつける訳でもなく、

結婚して家庭を持つでも無く、

どうやら子供は居るらしいが、

子供の人生に責任を持つでも無く、

放浪して、

若い頃はそれで良いけれど、

歳取ったらどうするの???

というのが、「クヌルプ」の人生です。


若い純真な頃に、

成績も優秀で、将来を約束された学校を、

恋愛故に退学し、

恋愛相手に裏切られて、

その後は、上記の生活、

最後は、路上生活者の身なりで、

肺病を患い、

雪の降る中で喀血し、行き倒れます。

まさに敗者の人生。


しかし。

端から見ると、

「そんな人生送りたくない。

そんな最後を迎えるくらいなら、

こつこつと不自由と屈辱に耐えて、

手に職を付けて、

妥協して結婚して、

ある程度になったら家を持って、

最後は暖かい所で息を引き取りたいもんだ」

と、思えるような、クヌルプの人生。


でも、それは本当に人生の敗者で、

蟻とキリギリスの話のような、

遊んで暮らしたツケを払わされた人生なのかな?


いやいや。

それは読んでのお楽しみ。

いつもやるように、

あらすじをあまり書いてしまうと、

もったいない。


どんな職も続かなくて、

結局家で引き籠もってしまった現代人も、

「自分の人生は敗者の人生だ、

生きているだけ無駄だ」

と思いそうなときは、


ちょっと、読んでみる事をお勧めしたい。


「シッダールタ」だって、最後は、

端から見れば、日々食いつなぐのがやっとの、

河の渡し守の温厚な老人でしかない。

子供に全身全霊で否定され、

子供は出て行ってしまうし、

看取る人も無く小屋で息絶えるであろうが、

それは、惨めな人生なのかな?

いやいや。


どこでどのように息絶えるか、人生は分からないけれど、

人それぞれだと思うけれど、

最後は、シッダールタやクヌルプのような心境でありたいものだ。



「クヌルプ」の良い点は、

クヌルプの生き方に対して、

忠告をするような、

世間から見ればまっとうな生き方をして来た人々、

そうした人々をも、

それぞれの人生、生きられるようにしか生きられないし、

それが良いか否かは実にそれぞれである、と、

感じさせる所です。




この二冊は、

説教臭さや押し付けがましさがまったく無しで、

「今死ななくてもいいんじゃないかな?」と

思えますよ。




そのような訳で、

自殺者の数が交通事故の死者数よりも多いという、

現代日本に、大変効く、二冊なのであります。



正直、私としては。

学校推薦図書かと思っていたら、

実は、私が探求し続けている幻想世界と、

結局は同じで、

ただ表現方法がまったく違うだけなのだ、と、

感嘆したのでした。

ヘッセさん、

このような作品を書いてくれて、ありがとう!


















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by leea_blog | 2017-02-28 18:36 | Comments(0)
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