谷崎潤一郎「天鵞絨の夢」(びろうどのゆめ)あらすじ


谷崎潤一郎を再読中です。

香り高い純文学、実は変態さん、な谷崎ワールド。

年齢と経験に依り、
読み返す度に新しい感触を得られる、
大文豪ですね。

今日は、
中編「天鵞絨の夢」を紹介します。

不自由しないだけの富が有ったら、
何に使うか。

古来、人はそれぞれの夢を描いた事でしょう。

名短編「人魚の嘆き」では、
両親を失った美貌の貴公子が、
使い切れない程の富を残され、
美と放蕩を尽くし、
ついには、人魚という、
人間を越えた美と出合い、
故郷を捨てる話でした。


「人魚の嘆き」については、
過去日記をご参照下さい

谷崎潤一郎「人魚の嘆き」筆致に酔いしれると言う事
http://leea.exblog.jp/25091842/
(拙ブログはセキュリティーの観点から
直接リンクが貼れません。
URLをコピペして飛んで下されたし)

「天鵞絨の夢」では、
上海の金持ちが、
様々に夢を凝らせた別荘で、
美しい寵妾とともに、
蠱惑的な奴隷たちを非合法に囲って、
阿片の夢のような生活をするのです。

物語は、以下の文章で始まります。

「その家は、古の南宋の都である浙江省の杭州城のほとりの、有名な西湖の水が葛嶺の山の裾を洗ふあたりの汀に臨んで建てられていた。」


書き手が、支那を漫遊して杭州に滞在したおり、旧友に西湖を案内され、
その家を見たのでした。その家は上海の金持ちの別荘で、色々込み入った訳が有る、と、案内の旧友が言います。

「君に話したらきっと面白い小説の種になるだらうと思って居たんだが、今日偶然にもあの女を此処で見ることが出来たと云ふのも或いは何かの因縁であるかも知れない」

と、その晩、旧友は書き手に、その別荘で、
まるでおとぎ話のような不思議な歓楽を送っていた温秀卿と妻の物語をします。


それらはまるで、「天鵞絨」の肌触り。

夢を見ているかのような、それでいて、

巨万の富ではなくとも、そこそこの富でも実現が可能そうな、

妖しく不思議な心地の文章が綴られます。


温秀卿は、おとぎ話のような趣向を凝らした別荘に、
男女の奴隷を囲って歓楽生活を送りますが、
一人の奴隷が責め苦に耐えかね、脱走し、
それが日本人であったから、
日本領事館に訴えた為、
裁判になってことが明るみに出たのでした。

「その奴隷たちの半数は男、半数は女で、中には自分の年齢や国籍などをつまびらかにしない者さえも交じって居たが、多くは上海あたりで生まれた日本人、支那人、印度人、ユダヤ人、葡萄牙人、若しくはそれ等の雑種であったらしく、十二三歳から三十四五歳くらいまでの、容貌なり肉体なりに何等か人を蠱惑する特徴のある男女であった。彼等は大概幼い時に拐かされて人買ひの手へ売り渡され、それから更に奴隷として温秀卿とその寵妾との「歓楽の道具」となるべく其の家へ売り込まれたのださうである。」


書き手は小説を書いている、おそらく谷崎であろうと思われるので、
当時の日本では、このような話は無理であろうけれど、
もしかしたら、支那なら、そう云うことも有るのかも知れない、
と思わせてしまう語り口です。

幼い時に拐かされた、
「容貌なり肉体なりに何等か人を蠱惑する特徴のある男女」。

育ちからして、通常とは全く違う環境で育ったという設定だと、
何等か人を蠱惑する特徴というのも、

通常に居る、美男、美女、とは、奥行きが桁違いに違いそうです。

文学と言う物は素晴らしい物で、
文字で語られますから、
読者はそれぞれの頭に、
自分なりの、
そうした、普段自分が見たことも無いような「蠱惑」を、
想像する訳です。


拐かすなら、どこかの貴婦人や貴公子、身分のある幼児を、
想像しますが、

天鵞絨の夢では、
奴隷たちは特に高貴の出では無く、
いかにも手が届きそうです。

後述する、塔に監禁されたユダヤ女性なども、
上海のカフェで醜業を営んでいた、
つまり、売春婦だったのを、
温秀卿に「おれの妾になってくれれば生涯安楽に過ごさせてやる」と
騙されて連れて来られ、監禁されました。

高貴の姫を騙して監禁するのは無理でも、
大都市の片隅で売春をしている女性なら、
騙して監禁することも出来そうではないですか。

天鵞絨の夢では、
そのような訳で、大富豪の突飛な歓楽ではなく、

普通の富豪程度でもやろうと思えば出来る設定で、

必要なのは歓楽への蕩けるような嗜好のみ。
そのあたりも、天鵞絨の肌触りを感じます。

物語は、そうした前段から、
裁判であきらかになった奴隷たちの話を、
書き手が陳述のようにして書いてゆく事で、
全体をあきらかにしてゆく手法です。

「第一の奴隷の告白
(備考 この陳述をなせる者は十六歳の少年にして上海生まれの雑種なりとす。彼はその国籍ならびに父母の姓名を詳らかにせず。その容貌は瓜実顔にして皮膚は濁れたる水の如く冷ややかにかつ滑らかなる光沢を有す。身長余り高からざるも両脚長くして極めて優雅なる総身を純白の絹天鵞絨の服もて包みたるが故に、其の浅黄色の顔の肌と漆黒の頭髪とは猫の毛に似たる服装と相映発して一層の生彩を放ちつつある。けだし一種のこう(漢字が出ない。女偏に交わる)童あるいはPAGEとして召し使はれたる者なるべし)」


容姿を細かく書く代わりに、肌の色や全体の雰囲気を述べる事で、
「蠱惑」度を読者が自在に想像出来ます。

皮膚の描写が艶かしく、
手触りを想像します。

第一の奴隷は、天井が硝子張りで、池の底に当たる地下室で暮らしていました。光は水を通して、天井から夢のように降って来ます。
彼が女王と呼ぶのは、温秀卿の寵妾で、彼女は午後の湯浴みの後、その部屋に阿片を吸いに来るのです。

「しかし私は、其処に多勢の魚が居る事を知って居ました。それは女王が阿片を吸ひにやって来ると、彼女が仰向けに寝て居る寝台の真上の所へ、きっと無数に寄り集って来たからです。どう云ふ仕掛けがしてあるのか分かりませんが、魚は女王の来る時をちゃんと心得て居るかのやうに、彼女が寝台へ身を横たへると間もなく其処の天井へ後から後からと幾匹もつながりながら、無数に集まって来るのでした。硝子は一点の曇りもないまでに研かれて居ましたから、それ等の魚がぎらぎらした鱗の体を累々と重なり合はせあたかも偉大な珊瑚樹のやうに深紅な塊になりながら、一様に鰭を振って口をぱくぱくと動かして居る様子は手に取るやうに明らかに下から仰ぎ視ることが出来たのです」

阿片に酔いながら、大小の赤い魚が青い水の中を、群れ集って来る様を眺める、美しい少年は阿片のお世話をする。眼裏に怪しく美しく奇怪な光景が浮かぶようです。


「私の身にとっては、女王が阿片を吸ひに来てくれる時が、一日のうちで一番楽しい時だったのです。何年と云ふ長い間、朝から晩まであの部屋に閉じ込められて居た私は、他に此れと云ふ仕事もなく明け暮れ無聊に苦しんで居たのですから、毎日のやうに午後には必ず訪れる女王の姿を、どんなにか待ち焦がれて居たでせう。女王の睡りは大抵二時間か三時間ぐらいはつづくのでしたが、其の間こそ私が一番生きがひのある期間だったのです。私はよく、紫色にほのぼのと立ち昇る香の煙を嗅ぎながら、或る時はすやすやと無心に眠る女王の顔を眺め、或る時は天井のガラスの向こうに集まって来る魚群の影を打ち仰いだりして、自分もまた阿片の夢に酔って居るやうな夢見心地を味わふのでした。」

彼は、阿片無しで阿片の夢に酔っているような夢見心地を味わうのです。
読者も、それを想像して、夢見心地になります。

しかし。
水底の部屋に、ある日異変が訪れます。

「或る日のことでした。いつものやうに女王は静かに其処に眠り、七宝の香炉からは紫の煙がゆらゆらと立ち、天井には例の如く無数の魚が寄り集って居ましたが、どう云ふ訳か其の魚の影は暫くすると俄に散り散りに掻き乱されて真紅な塊は夕焼け雲が崩れるやうに動き始め、やがて一匹も見えなくなってしまひました。それと同時に、今迄の紅い可愛らしい小魚とは似ても似つかない一匹の大きな魚が、忽然として其処へ泳いで降りて来たのを認めたのです。その魚は体中が豚の脂身のやうに白く、一枚の鱗をも生やして居ない肌の木目は瑠璃のやうに細やかにつやつやしく、さうして其の全身のしなしなとした敏捷さは魚よりもむしろ蛇に近い生き物のやうに思はれました。が、よく見ると、それは魚でもなく蛇でもなく、私よりももっと年が若いらしい一人の少女だったのです」

少女と魚は、入れ替わり立ち替わり女王の寝顔を伺いに来ます。

第二の奴隷の告白で、
それは、池のほとりの御殿で、池を管理する仕事をする奴隷の少女だったと分かります。彼女は、女王の阿片の夢に更に彩りを加える為、池の底にもぐって魚たちと泳ぐようになったのです。

いつしか、少年と少女は、女王が阿片の夢に漂っている間、ガラス越しに動作で恋心を虚しく伝えあうようになります。

しかし。
阿片は本当に眠っているのではなく、
魚群や少女で夢を彩っていたように、
意識が有る状態です。

どうして女王に気づかれない事が有りましょうか。

ついに、水底の天井で、凄惨な光景が展開されます。

「暫くの間、彼女は目元と口元とに常にも増して晴れやかな微笑を浮かべて、左右の腕を伸ばしながら私を手招きするらしい様子でしたが、ものの一分も立たないうちに見る見る其の顔には苦渋の表情が現れて来て、手足をばたばたと藻掻き始めたかと思ふと、さわぐ力を一度に失ってしまったかの如く其の柔軟な肉体は綿のやうに円くなって軽々と水中に浮かび漂ひ、やがてまた風に揉まれる木の葉のやうにくるくると二三遍ゆるやかな輪を描きつつ回転するのでした。それと同時に彼女の鼻からも口からも夥しい血潮が際限もなくたらたらと流れ出して、翡翠を溶かした水の色を鶏血石の斑点のやうに真紅に染めて行くのでした。さうして其れが段々と火炎の渦が舞ひ狂ふやうに大きく広く燃え上がって、彼女の姿を全く包んでしまひました」


第二の奴隷の告白は、水底に訪れていた少女奴隷の告白です。


「第二の奴隷の告白
(備考 此の陳述をなせる者は十二三歳の少女にして三東省の海辺に生まれたる漁夫の子なりと云ふ。彼女は七八歳の頃人買ひの手に売り渡されて北京の奴隷市に曝され、それより更に輾転として遂に温家の別荘へ買ひ取られたる者なり。その容貌は円顔にして木目細やかに、瞳大きく唇厚くして紅く純乎たる支那種の女子なれども、四肢の発育極めて健全に見事なる均整を持ち、殆ど欧州種の女子と異ならず。且つその皮膚の色も白皙にして驚くべき光沢を含みたり)」

漁夫の子か。北京の奴隷市には、そのような見事な子も売りに出されるのか!と、
心の底で思った読者は多いであろう。

阿片といい、奴隷といい、日本では法律上も、人道上も禁じられている類いの事が、
何か、禁じられているからこその誘惑を、当時の読者の心に呼び起こしたに違いない。

少女奴隷の陳述が、幻想味豊かに語られます。
毒を飲まされて死んだかに見えた少女は、死骸のように池から西湖への水門から流れ出て、漂っていた所を、地元の船頭に助けられて息を吹き返したのでした。

第三の奴隷の告白が続きます。

先に述べたように、第三の奴隷は、上海のカフェで売春婦をしていたところ、温秀卿の甘い言葉に騙されて館に連れて来られ、塔の上に監禁されてしまいます。

第二、第三の奴隷は、子供の時から奴隷の身分で、ご主人様にお仕えする事は歓びであり、身分への不満はないのですが、
第三の奴隷は、成人するまで自由人であり、
堕落して東洋の大都市で体を売りはしても、
ヨーロッパの自由や人権意識の空気を吸ったユダヤ人です。


彼女はヴァイオリンを弾くので、温秀卿に眼をつけられたのでした。
印度人が日に三度食事を運ぶのですが、彼は英語も支那語も解さぬか、分かっていても何も答えずに、にやにや笑って首を振りながら螺旋階段を降りて行ってしまうのです。

印度人は温秀卿の命令のメモも、持って来ます。
合図とともに、彼女に塔の上でヴァイオリンを弾かせるメモで、従わねば命を取るという脅し文句が必ず添えてあるのでした。

彼女は、塔の上から、池の管理を任された少女奴隷の姿を見、
助けてくれない物か、と心に頼んで、温秀卿の命令がないのにヴァイオリンを弾いてしまいます。

しかし、少女奴隷は濡れた屍体となって、月光を浴びて輝きながら、流れて行くのでした。その屍体の美しく幻想的な、怪しい輝きの様が、
長く描写されます。

前に読んだ時は、その描写が冗長に感じたのでしたが、
江戸川乱歩等を色々再読してから、あらためて読むと、
生きている人間ではあり得ないであろう、美しい屍体が月光に照らされて流れて行く様の描写が、素直に入って来るのです。

第三の奴隷は、
長い間屍体が流れて行く妖しくも美しい光景に眼を奪われていましたが、
屍体が見えなくなると、突然、薄気味の悪いしわがれた笑い声が聞こえて、板戸の陰から、例の印度人が現れます。
そして、初めて支那語で彼女に話しかけます。

この印度人の会話が、秘密と奇怪に溢れており、
いかにも変な奴として描写されます。

温さんの命令で許可なくヴァイオリンを弾いた彼女を殺しに来たと言ったり、
彼女が覚悟を決めているのを知るや、
助けよう、と言ったり、
彼女が神に感謝し、諦めていた命が助かるばかりでなく、
監禁の身から逃げられる、と希望を全開にしたら、
まあ待ちなさい、と、
これまで決して開かれなかった方の窓を開けて、彼女に外の様子を見せ、
彼女の心にもうどうしても逃げたい一念がむらむらと起こるのを見届けると、
いいえいけません、やはりあなたを救い出す道は有りません、まだ皆あの通り灯りを煌煌と付けて起きているのだからと言い

彼女が、邸の人はいつ寝るのでしょう、とすがると、

「「いつのことだか分かりませんよ。ああして毎夜邸の隅々まで明かりをともして浮かれ騒いで居るのですから。ーーーあなたはどうしても逃げられませんよ。あははは」

その笑ひ声に驚かされて振り返って見ると、今の今まで髭むくじゃらの印度人だった人の顔は、いつのまにか温さんになって居るのです。」

温秀卿の変装だったのです!

騙して連れて来て監禁した彼女の様子を、印度人の奴隷に変装して、見に来ては、にやにや笑っていたのでした。

江戸川乱歩の小説に出てくる、怪人二十面相につながる、この心理。

第三の奴隷が、お慈悲ですから殺して下さい、と言うと。

「いや、お前を殺す訳には行かない。お前は死ぬよりももっと重い刑罰を課せられたのだ。あの賑やかな邸の様子を見せられた後に、お前は再び、さうして永久に、此の塔の中へ封じ込まれるのだ」


うむむ。このねちっこい嫌らしさはいいですね。

殺すよりも監禁者側に、溢れる快楽を得るのは、
こういうやり方ですね。

乱歩になると、こういうのが横溢していますが、
谷崎が文章の香り豊かに描くと、味わいが素晴らしいですね。

その他に、まだ七人の奴隷の陳述が、本来は続く予定だったのでしょうが、
書き手は、それを割愛します。

(ええ〜???書いて、書いて!!!!)

最後に、事件が明るみに出た所の、日本人奴隷の話が手短に語られ、
物語は終わります。


ううむ。
まさに天鵞絨の肌触りの夢のごとし。

奴隷、監禁、殺害、などの、
非人道的な行いを、
奴隷を歓楽の道具に使う、変質者ぶりを、

甘く美しい夢の如くに格調高く語る、
その手腕。

私の好きな、中編です。




















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by leea_blog | 2017-04-16 21:02 | Comments(0)
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