ヘルマン・ヘッセ「メルヒェン」・大人の為の、珠玉の童話集


過去、ヘルマン・ヘッセの作品は、

「シッダールタ」、「クヌルプ」、「幸福論」を紹介しました。

今回は、大人の為の童話集、「メルヒェン」を

ご紹介します。

新潮文庫では、

味わいの異なる、上質な童話が、9話。

洗練された、幻想文学と言っても良い作品群です。

「夢から夢へ」と、「アヤメ」が、

とりわけ素晴らしいです。

「ファルドゥム」は、架空の街で展開される、

惜しげ無い奇跡と、山が平野になるまでの、

膨大な時間を描く事で、

日常に息吹を吹き込みます。

「ファルドゥム」では、

謎の旅人が、街のお祭りに現れて、

人々の希望を一つだけかなえてくれます。

小さな願いから、大きな願いまで。

押し寄せる群衆の願いだけではなく、

お祭りに行かず、

屋根裏部屋に閉じこもった青年の元に、

大家さんが知らせに来る、

そして出かけて行っても間に合う位、

一人も漏らさず、願いを叶えます。

幸福の大盤振る舞い。

一年に一度の市に熱狂した人々が、

願いを叶えられて更に熱狂する、

「幸福とは」を生涯考え続けたヘッセらしい、

幸福の過剰な増幅効果。

過剰な、あり得ない位の幸福に街が熱狂しても、

世界は変わらない、

幸福のインフレーションの後に、

デフレーションが来ない!

そして、

年月の経過とともに、

やがて街は滅びて行き、

山もやがて年を取り、

崩れて行き、

ついにはがれきの野となります。

読後、とても印象に残る短編でした。



さて、「アヤメ」です。

幼い主人公が庭で遊ぶ描写から始まります。

その、緑の庭で、自然の奇跡と一体となって、

毎日を新鮮な空気を胸一杯に吸い込むように過ごす、その描写は、

詩情に満ちて、感嘆の一言です。


以下、引用します。


「幼年時代の春、アンゼルムは緑の庭を走っていた。母の作っている花の中のひとつはアヤメという名で、彼は特に好きだった。彼はほおをその淡緑色の葉にあてたり、指をそのとがった先端に押し付けて、さすってみたり、大きなすばらしい花の香をかいで吸い込みながら、長いあいだ中をのぞいたりした。その中には、薄く青みがかった花托から、黄色い指が列をなして伸びており、その間をひと筋の明るい道が走って、うてなの中へ、花のはるかなひょうびょうとした秘密の中へと下っていた。この花を彼は非常に愛していた。そして長いあいだ中をのぞきこんでいると、黄色い細い指が、ある時は、王様の庭園の黄金のかきねのように、ある時は、風にそよとも動かぬ美しい夢の木の二列の並木のように見えた。その間を、神秘的な道が、明るく、ガラスのようにきれいな生き生きとした脈に縫われて、奥の方へ走っていた。弓なりになった上部は途方もなく大きくひろがり、下に向かっては、黄金の木の間の小さい道がはてしなく深く、想像もつかない深淵の中に消えていた。その上に紫いろの弓形の花びらが堂々とそり返って、静かに待っている奇跡の上に、魔法の薄い影を投げていた。これが花の口であることを、黄色い華麗な木立ちの背後の青い深淵の中に、花の心や思いが宿っていることを、このしとやかな明るい、ガラスのような筋のある道を通って、花の呼吸と夢が出入りすることを、アンゼルムは知っていた。」


描写が素晴らしい。

幼児から見た花の様相が、眼裏に広がります。

「ほおをその淡緑色の葉にあてたり、指をそのとがった先端に押し付けて、さすってみたり、大きなすばらしい花の香をかいで吸い込みながら、長いあいだ中をのぞいたりした。」

まさに、この描写の通りの事を、多くの人は幼時にやっていたと思います。

花を、指でさすって、その独特な感触を確かめませんでしたか?

長い間、花の中を覗き込みませんでしたか?


幼いアンゼルムには、庭は毎日、新しい姿を見せてくれました。
神秘と探求に満ちていました。


「アンゼルムはチョウや小石と語り、甲虫やトカゲを友とした。鳥は彼に鳥の物語を聞かせ、シダは大きな葉かげに、茶色の集まっている種子をこっそり見せた。水晶のような緑いろのガラスのかけらは、彼のために太陽の光線をとらえ、宮殿にも、庭園にも、きらめく宝庫にもなった。」


大人になると、その世界は忘れられますが、

幼い時は、ガラスのかけらも、小石も、このようでした。


「地上の現象はすべて一つの比喩である。すべての比喩は、魂が、用意さえできていれば、そこを通って世界の内部へはいることのできる開いた門である。その内部へ行けば、君もぼくも昼も夜も、すべて一体なのである。どんな人でも、いつかは、目に見えるものはすべて一つの比喩であり、この比喩の奥に精神と永遠の生命が宿っている、という考えを起こす。もちろん、この門を通って行き、奥深いものを現実にほのかに感じて、美しい仮象を放棄する人は、少数である。」

上記のような文章を挟み、

幼いアンゼルムの、

世界と自由に交流出来る、秘められた問いの開かれたもののような、素晴らしい時期が、瑞々しく続きます。

どれほど人生に疲れた大人であろうと、

次々と幼時の瑞々しい日常の時間を描写されますと、

失われて久しいその感覚を、

思い出さざるを得ません。

これは、ヘッセの得意技の一つで、

鍛錬された思考と文章力で、得意の幼時の魔法を、

読者にかけるのです。



このようにして、季節を繰り返してゆくうちに、

アンゼルムも、幼時のこの素晴らしい時間を、失う年齢になります。


「ある年、春は来たが、これまで幾度も来た春のような響きもかおりもしなかった。」

「こうして一年たち、また一年たった。アンゼルムはもはや子供ではなかった。花壇のまわりの色とりどりの石は退屈だった。花は語らなかった。甲虫は、彼の手で針に刺され、箱に入れられた。彼の魂は長いつらい回り道をたどり始め、昔の喜びは枯渇し、ひからびてしまった。」



そして、彼は成長し、青年となります。故郷を離れ、退屈な庭を忘れます。


ヘッセは、短いお話の限られた枚数の中で、幼児期と大人の、隔たりを分かりやすく切り取りますが、

五十代の私が、振り返ってみますと、

十代には重大の魔術的時間が、二十代には二十代の、三十代には三十代の、四十代には四十代の、五十代には五十代の、呪術としての日常が有り、それぞれの歳でなければ開かれない、魔術的な感性が産まれています。

この分で行けば、六十代、七十代、八十代にも、その歳にならないと開かれない、呪術的な時間が有るのでしょう。

それを経験するためには、その時間を、悔いの無いように、精一杯過ごすことが必要でしょう。



アンゼルムは、さらに、大人となり、大都会で学生たちを教え、有名な学者として通るようになります。

自分の望むような人生を、歩み、実現しますが、やがて、そのどれもが、真実の幸せではないと、漠然と感じます。

そして、友人の妹に関心を持ちます。

彼女は、美しく思索に富んでいたけれども、

彼が妻にと望むには、年を取り過ぎて、独特で、価値観も違い、健康にも恵まれず、孤独を愛し、世間の成り行きには関心をほとんど払いませんでした。

彼女の名は、「イリス」、すなわち、アヤメなのでした。


「「美しい言いようをなさいますね」とアンゼルムはお世辞を言った。実際、彼女のことばを聞いていると、隠れた羅針盤がいやおうなしに遠い目標を指し示してでもいるような、苦痛なほどの感動を自分の胸に感じた。しかし、その目標は、彼が自分の一生の目標にしようと思っていたのとは、全く別なものであって、彼を悲しませた。夢の中で美しいおとぎ話のあとを追って自分の一生をむなしく過ごすのは、自分にふさわしいことであろうか。」


アンゼルムは、彼が想像するような理想的な妻とならないにも関わらず、イリスに惹かれ、求婚します。


イリスは、求婚を受け入れるに当たって、大きな要求をします。

富か?名世か?一生変わらぬ愛か?

いいえ。世間の婦人が求めることとは、全く違う、相手の人生を狂わせてしまうような、要求でした。しかし、その要求は、真実の姿を求めているのです。多くの大人は、真実の姿で生きていては、社会人生活を送れません。

イリスの要求は、私が思うに、「妖精の要求」です。

不思議な、埋もれた羅針盤を刺激する、此の世のものならぬ要求をする、婦人は、妖精族の一人のようなものです。イリスは言います。


「「私はもう、別なものになることはないでしょう。アンゼルムさん、あなたは別なものになれるでしょうか。私があなたの妻になれるのには、あなたは全く別のものにならなければならないでしょう」」


世俗的な富や名声を求められるより、大きな犠牲です。

別のものになる。社会生活をしている大人にとって、それは受け入れがたい要求です。

しかし、それは、本来の自分に取って、大切なものなのですが、

大人は、本当の自分に向き合う魂の柔らかさを剥き出しにしては、社会人生活を送れないのです。

イリスは言います。


「「あなたは、私の名を口に出すごとに、かつてあなたにとってたいせつであり、神聖であったけれど、忘れてしまったあることを思い出すような気がすると、たびたびおっしゃいましたわね。それが何かのしるしですわ。アンゼルムさん。そのためにあなたはこの年月、私のところに引き寄せられたんですわ。同様に、あなたは魂の中で、大切な神聖なものを失い、忘れてしまったので、幸福を見いだし、あなたに定められた使命を達するためには、まずそれを呼び覚まさなければならない、と私は思いますの。ーさようなら、アンゼルムさん!私はあなたの手を取ってお願いします。さあ行って、私の名まえを聞いて思い出させられるものを、記憶の中に見いだしてごらんなさい。あなたが再びそれを見いだした日に、私はあなたの妻として、どこへでもあなたのお望みのところへ一緒に参ります。そしてあなたの願い以外の願いをもはや持たないでしょう」」



中世の騎士の、探求物語のようです。


アンゼルムはがっかりしたり、絶望し腹を立てて、気の狂った女の気まぐれだと頭から払いのけようとしたりしますが、自分の魂の深淵は、彼に何事かを囁いて、抛つことを躊躇させるのでした。



彼は探し続けます。が、見つかりません。彼は段々、変わって来ます。酒を飲むようになり、妙な変人だと思われるようになり、知人たちから疎ましく思われるようになります。


そして、病弱だったイリスは、約束のものを探し続けるよう、彼に言い残して、世を去ります。

アンゼルムの生活は崩壊します。すべてを断念し、都会と役職を捨てます。


世間からみると、探求の道は、単に人生の破滅にしか見えないことでしょう。


そして、彼は、夢に導かれます。

よその子供たちと遊んでいると、子供たちが、森の中の炭焼きのところで起こった奇跡を話してくれます。千年に一度しか精霊の門が開いている、とのことでした。

アンゼルムは、森に入り、一羽の鳥に導かれ、岸壁の割れ目にたどり着きます。それは細く狭く、山の内部に通じており、一人の老人が、彼に言います。

「もどれ、おまえさん、もどれ! これは精霊の門だ。この中に入ったもので、二度と出て来たものは、まだいないぞ」


「アンゼルムは見上げて、岩の門の中をのぞいた。すると、山の奥ふかくに一筋の青い小みちが消えているのが見えた。黄金の円柱がぎっしりと両側に立ち、小みちは、巨大な花のうてなの中へ下っていくように、内部へ下へと通じていた。」


アンゼルムは、番人の老人の脇を通り抜けて、岩の割れ目に入って行きます。

彼は、世界の秘密が魂と交じり合う、深淵に下って行くのです。

そこでは、死んだイリスも、待っているのです。


美しく鍛錬された文章で、短く語られる、この物語。


人生を破滅させる、人生を新しく再生させる、恐ろしい、日常に密接した、秘儀の物語。


ぜひ多くの方に読んでもらいたい短編集です。


「シッダールタ」、「クヌルプ」も、是非。
















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by leea_blog | 2017-05-21 23:31 | Comments(0)
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