(前回のあらすじ) しかし、問題がある。 私の知っている歌は、かなりの確率でカラオケに無い のである。。。。 先日機種が豊富なカラオケボックスに出かけた折り、 BLIND GUARDIANが無いか探してみた。 この前買った「シルマリCD」の ロックグループである。 以上、前回。今回は続き。 そのようなわけで、取り敢えずこのグループの歌があるのかどうかをチェックしたのです。 『NIGHT FALL IN MIDDLE-EARTH』に入っている歌があれば嬉しいな、と思いつつ。 「フェアノールの呪い」あるだろうか、マンドス神のノルドール族への呪いの歌は無いだろうなぁ。 slain you might be slain you will be slain you will be・・・・・ などと心で口ずさみつつ探したが、 やはり! 無かった。 それほど期待してなかったとはいえ、すこぶる落胆。 カラオケでマイナーな歌も幅広くカバーされる時代となっても、私の好みはまだマイナーらしい。 昔は「モスラの歌しか知りませんので」と言って、付き合いカラオケを逃れたものだが、今は「モスラの歌」はしっかりあるのだ。 ついでにモスラの歌のB面もカラオケにして欲しい。「インファントの娘」。数少ない、私の得意な歌なんです。 そのほか、歌える物と言ったら、とっさに挙げるだけでも、トルコで買ってきた音楽テープの地元流行歌、インドで入手の神への献愛歌、クリスティーナとウーゴの歌っていたフォルクローレ、中学時代友人にダビングしてもらったリック・ウェイクマンの「アーサー王と円卓の騎士」に入っている歌幾つか、友人が作詞作曲した歌幾つか。。。 ひと様が聞いたら 「そんなもん、カラオケにあるわけ無いだろ!」 と叫びたくなる顔ぶれである。そんなりり山が BLIND GUARDIANならあるかも知れない、とこっそり期待するのも無理はなかったのだが。。。。。 さて、歌の得意不得意は関係なく、カラオケは人々のストレス解消に一役買っている。 カラオケに何を求めるかは実に人それぞれなので、一緒に行く相手を間違えると悲惨な時間となる。私が一緒に行きたいタイプは以下である。 ◎謹聴モードを求めない ◎エクサスサイズと考える ◎サビだけ唄うのも互いに可 ◎画面に出る映像も面白がって可 ◎お馬鹿な歌や無気味な歌も可 ◎踊り出す人が居ても驚かない ◎室内で異性に対して「自分のことが好きだからカラオケに 誘ってくれたんだ」と勘違いしない ( 厳禁。多くの場合、問題が多い) 特別な注文ではなく、楽しく酒を飲むのとほぼ同じ条件である。 多くても四人まで。それ以上だと御拝聴モード漂いがち。 人が歌っている間に勝手な会話も出来ないので、メンバーによっては忍耐の時間となる。勿論、楽しむ心構えがあるメンバーならその限りではない。 ちなみに、一人カラオケも市民権を得つつあるらしい。 私はやった事が無い。ひとえに「照れ」が邪魔をしている。 誰にどう思われるかではなくて、習慣に対して、どうも照れてしまうのだ。 気心知れた知り合いの空き時間と、自分にふっと出来た空き時間が上手く合うことは稀だ。ほんの一時間、とてつもなく歌いたくなったからといって知人を呼び出すのも迷惑だ。 一人カラオケの普及は、野中の一軒家にあらぬ集合住宅が増え、家の中でろくに歌えない、という住宅事情も手伝っている。 嵐の夜の午前三時半、痛みで思わず目を覚まし、なんとなく雨の降る音を聞いていた。 雨の音に混じって階下の女性が歌を口ずさむのが聞こえた。 この辺りは、いわゆる生活音も少なくて、テレビをイヤホン無しで付けると隣近所に見ているチャンネルまで分かるくらいの静かさである。 さきたまの一戸建てでは大声で怪しい歌を歌っていたりり山も、小声で口ずさむのすら自粛モードである。 起きている人も居ない時刻に長く続く細い女性の歌声。私的には好きで、良いなあ、こういうのと思ったが、場合によってはストーカーな人が引きつけられる絶好のきっかけでもある。近所迷惑以外に、別の問題も起こりうる世相なのが悲しい。 「音」関係は、日常にたやすく割り込み混じり合う物であって欲しい。 自然にわき上がる「音」的欲求は、生命の欲求だからだ。 思わず声を合わせたり、踊ったりも、水の流れるように自然界の一部の現象だ。 ++++++++++++++++++++++++ ところで、カラオケに無いなら、作詞作曲りり山で、即興シルマリ歌をやるという手もある。 (自作の話に曲付けるのも有りだが、それでは真剣モードになってちっともストレス解消できない。却下) 音楽の才能が無くても即興でやれる機械が開発されないものか。或いは、持ち込みCDやMDを即座にカラオケ化する機械。 呪術としての日常の、そのひとつ。 「音声の復権」 「即興歌の復権」 即興詩の復権は???? あって欲しいが、他の人に任せる。 上記の理由で、私はストレス解消にならないのだ。 聴く側であっても、聴くに値する即興詩は真剣モードで聴いてしまうので、ストレス解消にならない。 「音」の力ではあるが、「言葉の力」が加わると「音楽」の持つ力とは、別物になる。朗読関係はまた後日、続く。。。
by leea_blog
| 2003-06-03 03:19
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