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黄金の時刻の滴り —辻邦生—


おすすめである。老若男女、誰にでも薦められる。誰にでも薦められる本なんて、ほとんど屑ではないか? が、これは誰にでも薦められてなおかつ優れている物の要件を満たしている本である。

短篇の形式をとって、辻邦生が敬愛する作家たちの内面を描いた、まさに「黄金の刻の滴り」のような本。人生に効く本でもある。



実は完読していない。
完読していない本を薦めてどうする。が、優れた本は完読するまえにわかる。

なぜ読み進めるのが億劫なのか。考えてみた。「知っている内容の授業」だからだ。あるいは、「気心知れた友人と何百回も話した内容」。そうだね、知ってる、そうだね、前も話したね、うん、確かに、と、相づちだけで終わってしまうのだ。

目が覚める短篇集はマーク・ストランドの「犬の人生」。目が覚めた上、ノックアウトされた。「犬の人生」については後に。

これでは「黄金の時刻の滴り」という、魅惑的な題の本を読まない人が続出するだろうから、少し引用しよう。


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「美は、はっきりいいって、日常生活にぴったり嵌まった、健全な、常識的な人からは生み出されないのです。なぜなら美は健全さからの逸脱であり、官能への没落であり、先駆的な死の恍惚であるからです。美を生み出す人は、この世では死んでいる人、外に出ている人、病んでいる人なのです。でも、実際にそうなら美は生み出されません。美を生み出す前に世間がその人を滅ぼしてしまうからです。だから美を生み出す人は、死にながら、生きたふりをしなければならないのです。」
中略
「それなしでは美は生まれないのですか」
「おそらく第一級の美は生まれないでしょうね」
中略
「人間はこうした美に耐えられないからです。これは歓喜の中での解体欲求だからです。それに呑み込まれたら性的エクスタシーの誘惑どころではありません。この全世界をすらその炎の中へ投じたいと思うような壮大な悦楽です。」後略
    (「黄金の時刻の滴り」収録、/聖なる放蕩者の家で/より)
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 いかがであろうか。
 このゆりうたをよんでくれている人には分かり切っている事かもしれない。が、世間にわかるように的確に書く技には、唸ってしまうではないか?
by leea_blog | 2009-02-16 21:46 | Comments(0)
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