2017年 03月 29日 ( 2 )

馬鹿日記・新婚旅行に行くかもしれない、その内




りーあ「無后、その内、二泊三日くらいで温泉行く? 
   
    ひなびた昔風の温泉宿で、

    温泉入って、無后と遊んで、

    また温泉入って、無后とまた遊ぶの。

    読書も執筆も無し」


と、軽い気持ちで、その内、と言ったのだが、

宮無后は真剣に楽しみにしているらしい。

宮無后「いつ行くのですか」

りーあ「役所の人がその内、と言ったら、あまり期待しちゃいけませんよ。

    迅速に、と言ったら、十年以内くらいで、

    早急に、と言ったら、

    早くて一年から三年位の間かな、、、、

   (無后の眼が曇ったので、慌てて)

   うーん、予算の都合が付いたらね」


 だが、宮無后のように、働いた事が無い人に、

お金の心配をうっかり言ってはいけないのである。


宮無后「公主、私の上着を売ったら、いくらかにはなるのではありませんか?」

りーあ「???!!

   それは売ってはいけないものです。

   しかも、売れてもせいぜい50円くらいです。

   いいですか、無后。

   台中の人形屋さんに無后人形を注文して、

   納期を過ぎても出来て来ず、

   一年以上経っても、

   出来上がる期日が見えなくてキャンセルしなくてはならなかったのは、

   着物の生地が入手困難だったからです。

   着物も含めて、自分を大切にしましょうね。

   売ったりしたら、私、泣いちゃいますからね!」

宮無后「。。。。売りません」



ふう。

医者に旅を薦められた事だし、

今日は一緒にネットで宿を検索してみた。


ひなびた感じの、畳敷きの、昔風の、日本旅館。

日本の誇る湯治文化を色濃く残す、

ひたすら温泉入ってだらだらして、温泉入ってだらだらする、

忙しい事一切しないで、心身を休める、という、

ついには、

「暇だ〜、やる事が無いよ、

世俗の生活に早く戻りたい」と言わしめる、

この伝統ある温泉好き文化を堪能出来る古い旅館で、

無后の写真でも撮ろうか。



が。

古いひなびた木造建築の旅館が、

都内から行きやすい範囲だと、

少ないのだ。

有っても、お値段が高い!



すぐ思い浮かんだのは、

群馬県の四万温泉、積善館だ。


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付近の山道では、

四方をヒルに包囲され、

黄泉路から逃げるイザナギのみことの気分で、

逃げ帰って来たが、

ヒルに吸われた足からは、

血が流れ落ちてなかなか止まらなかった。

まあ、無后と行くなら、宿に籠って写真撮っていれば良いんだし、

山に散歩に行く必要は無い。


が。

記憶よりお値段が高い。

交通費を考えると、

まとまった出費になりそうだ。

そもそも、人形が入った大きな鞄を抱えて、

そんな遠くまで行けるのかな、私。


近場で、

箱根は?

ううむ、高い。

海外旅行が出来ちゃう出費である。

箱根の宮の下富士屋ホテルは、

絶好の写真スポットだが、

ひなびた純日本風の温泉宿ではないしなあ。

もっと気楽に近場で、お値段も手頃の

あまり気負わずに行ける湯河原の某旅館は、

空室がほとんど無い!!!


熱海でお手頃な純日本風は知らないから、

伊東の某旅館は???

風呂が、かぎりなく微妙だった。


伊豆の方まで行けば、

いくらか心当たりが有るのだが、

台湾から日本に大切に連れ帰っただけでも、

マニキュアがはげてしまう位の、

一日中いちゃいちゃしたら右まつげが取れてしまった位の、

繊細な子を連れて、

伊豆まで出かけてバスに延々と揺られるのは、

二泊三日だとちっともゆっくり出来ないぞ。


膝の上に無后人形を抱き上げて、

「無后、見て、これが純日本風旅館」と、

パソコンを見せていると。

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宮無后「目の前に、胸が、、、、」
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さりげなく手を胸から下ろす。↑



そうです、この子は、膝に抱き上げると手が上がって、

いつもは鎖骨のあたりに手が来るのですが、

今日は胸に興味が有るようです。

りーあ「胸は後にして、日本風温泉宿見て」


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↑ 「胸? 胸の事など考えておりません」


りーあ「別に考えても良いんだけど、日本風温泉宿、どこが良い?」

無后「私は野宿でも構わない位です」

りーあ「貴方が夜露に濡れたら、とても困ります」




と、「そのうち新婚旅行でも」計画は、

さっぱり進まないのであった。

















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by leea_blog | 2017-03-29 22:07 | Comments(2)

抗議の焼身自殺→鉄道自殺→富士の樹海に行く→衰弱死からの浮上


病気療養の果てが見えなくて、トホホである。

パワハラの相手群が、手強過ぎる。

法廷での偽証も、書類捏造も、ためらい無くやる人たちだ。

ヤ●ザに法廷で勝つ事は出来るかもしれないが、

この人たちは、国が味方である。



「働くって、世の中って、こういうものだ」
「私にはもう無理」
「生きてゆく自信が全くない」
「富士の樹海で消えよう」

と、東京○○局の前で抗議の焼身自殺を計画していた頃に比べると、

さらに、準備も要らず確実に死ねる鉄道自殺の誘惑に襲われ続けた頃に比べると、

樹海にひっそり消えよう、という、

ごく穏当な流れになって来た訳だが、


それより現実的なのは、

「電気も水道も止められて衰弱死する」という、

世間の流れに全く逆らわず、

行動も準備も、全く要らない消滅の仕方だ。

ただ横たわっていれば良いだけである。

重圧に押し拉がれるにまかせるだけでいいのだ。

もう、頑張らなくて良いのだ。







と、マイナス思考な日記のようであるが、

今日の趣旨は、そうではない。

通りすがりの皆様に、

「思いもかけない脳内分泌物の可能性」のお話である。



過去のバカ日記をお読みの方々は、


わたしがそのような死を選ぶ事から脱却出来るのではないか、と、

思って居られるだろう。


これまでの私だったら、

脱却出来無かったであろう。

今日の日記は、

消滅や富士の樹海から、

生還しそうな自分の状態やきっかけが、


大して参考になるとも思われないが、

ネットの大海の中で、

偶然たどり着いた通りすがりの方に、


「そういうことも、あるんだな」と、

思っていただけないかな、と、

ささやかに願っている次第である。




どうして脱却出来そうかと言うと、

これは、偶然と、人の力と、

時間との、予測しがたい魔術としか言いようが無い。


拙ブログには、

「自殺」というキーワードで検索してたどり着く方々も多い。


私が強度の自殺願望から脱却した経緯は、

過去日記をご参照頂くとして。

(それも、何かの魔法のような経験だったのだが)



今、心労で寝込んでいる現状に、

更に魔法のような変化がきざしたのは、

冗談のようだが、

私の場合は、「愛情」だった。


「誰に?」って?


まさかの、「人形愛」。

そのようなことは、

自分の人生で、まったく予想しなかった。


人形愛は、

さすがに、

誰にでもいきなり降って湧く訳でもないと思うが、

植物、動物、人間、建築物、物、微生物、雪の結晶でもいいし、

何かに、

いきなり、今までに無かった愛情が、

思っても居なかったきっかけで、

湧いて来てしまうかもしれませんよ?


自分でも

「そんなバカな??? そんなはずは、、、」と思いつつ、

脳から分泌される不思議な愛情ホルモンが、

心身の免疫能力に、

じわりじわりと、作用して行く事が、

起こりうるかもしれません。




「電車に飛び込みたいけど、まだ迷っている人は、

飛び込まずに、

クレジットカード一枚持って、

取り敢えず電車に乗ってみよう」と、

過去日記で提案している次第だが、


今日は、

富士の樹海に行きたくなったら、

無理に葛藤せず、

とりあえず出かけて行って、

先に旅立った人々を偲びながらでも、

樹海で一晩過ごして、

沢の水を飲んでから考えてみてはどうであろうか、という

考えである。

季節に依っては、死ぬつもりがあまり無くても

亡くなってしまいそうなので、

「まだ迷っている状態」の人は、

適度に服装等を考えて行きましょう。




昨日は、新橋14クリニックで主治医に話を聞いてもらい、

主治医の話をたっぷり聞き、

気持ちがだいぶ和らいだ。

心の病気なもので、

そういう状態も長く続かないのだがね。


正直、伊勢先生は、

私にとって、謎と不思議に満ちている。


世間の荒波をかき分けて行くのかと思ったら、

荒波に乗って、

波の頂きからうねる海原を見る術も体得しているもようである。



アイスランド(アイルランドではないよ・ああ私も行きたいものだ)から

帰った医師は、

部屋が狭くてスーツケースを開けられないので、

クリニックで荷解きをしたそうだが、

「じ、実話?」と思うような話を自然体でする医師に、

私の頭で、「あれっ?」と、

ひとつの思い込みが解けて行った。



医者業をしており、クリニックを経営している人は、

少なくとも、金が無い事で有名な私の業界の人より、

良い暮らしをしている筈だ、と、

思い込んでいたのだが、

必ずしもそういう訳でもない、

少なくとも、住環境に関しては、


私の陋屋は、

スーツケースを全開には出来ないけれど、

玄関に半開きにして荷解きが出来る。。。。


と、いきなり違う角度で何かを見る心地がした。


無論、私は、人の日常は思い込み身にちている事を知っている。

が、こうした身近な日常レベルで、

子供の頃から思い込まされて来た何かが、

「あれ?」という感じで、

解けるのは、奇妙な心地であり、


それが、奇妙な具合に、

私の「先の見えない闘病生活」に、

違う角度をもたらしかけたのだ。








「今の現状を何とかしなくちゃいけない」と、

日々それが物凄い重圧なのだが、


心労で寝込んでいる私が一番やらなくてはいけない事は、

「日常のストレスから取り敢えずで良いから気をそらす事」であろう。

分かっては居るが、それが、本当に難しい。


働いていないと、

まず、金銭面で困窮する。

細かい出費にも、一々気が揉めてしまう。

それが、ついつい日常になっていたが、

よくよく考えてみれば、



大して無いけどまだ貯金が有るんだし、

クレジットカードも止められていないし、

まだ全然電気も水道も止められていないし、

今出来る事は、

「ストレスの無限ループから一時的でも逃れる」事だ。


私は、「旅」を、

「労働者として生きる事から生じる魂の歪み」を修正し、

リフレッシュしてまた日常に取り組む為に必要な、

「投資」、「生きて行く為の必要経費」と考えている。



が、投資や経費と考えてばかりいると、

費用対効果が気になってしまうのだ!


費用対効果を考えると、

働いていない自分は、どんどん萎縮してしまう。

「旅に出たら、これこれ幾ら掛かる、

その結果、大して効果がなかったらどうしよう、、、」


まさに、いまここ。

そして、

「世間の流れに逆らわない衰弱死」を最高の解決に思えるようになってしまう。


医師は、費用対効果を考えない旅の視点を、さりげなく提示してくれた。


これは、医師がご自身もどうやら旅の達人であるらしいから、

余計私の心に響いたのだが、

以前の私は、

旅にけちくさい費用対効果なんて、

求めなかった、と、

思い出したのだ。


ストレスで長い間凍り付いていた表土の下に、

太古の種がまだ生きている、と、

気づいた次第。



旅先で亡くなる可能性は、

「自殺を考えている人」ではなくても、

幾らでもある。

富士の樹海でなくても、

雪道でも凍死出来る。

自然消滅を思う時は、

最後に富士の原野を見てからでも

遅くないし、

取りたてて最後じゃなくてもいいのではないか?


そうは言っても、

死を考えているのに医療機関をまだ受診していない人は、

受診する事をお勧めしたい。

いきなり治る訳でも、

いきなり悪くなる訳でも、

いきなり心の内を聞かれる事も、無いから、

大丈夫である。


眠れる薬をもらうだけでも、とても重要と思うのです。



まあ、

そのような訳で、

「凝り固まった疲労をほぐす感じで、

駄目だったらそれでも良いじゃない?」

という旅を、また、ぼんやり考えている。








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by leea_blog | 2017-03-29 11:29 | Comments(0)