2017年 05月 07日 ( 2 )

谷崎潤一郎「麒麟」あらすじ・孔子対サディスト貴婦人



谷崎潤一郎の初期短編に、「麒麟」がある。

きりんは、中国の伝説の霊的な獣で、

聖人が現れる時にすがたを見せるとされる、瑞獣である。


孔子が、衛の霊公を訪れたエピソードが元になっている。

が!

品行方正な人は、立ち入り禁止である!



谷崎潤一郎の短編は、

濃密な悪魔的美の世界が構築されており、

お薦めである。


初期の作品では、

有名な「刺青」も素晴らしいが、

この短編「麒麟」も、大いにお薦めである。

美しい、鍛えられた文章で、

残虐と耽美が描かれる。


中国の春秋戦国時代。

孔子と弟子たちは、

遊説の旅に出る。

老子の門弟との遭遇を経て、

衛の国の都に入る。

その都の有り様が、以下に語られる。


「其の人々の顔は餓えと疲れに痩せ衰え、家々の壁は嘆きとかなしみの色を湛えて居た。其の国の麗しい花は、宮殿の妃の目を喜ばす為に移し植えられ、肥えたるいのこは、妃の舌を培う為に召し上げられ、のどかな春の日が、灰色のさびれた街をいたずらに照らした。そうして、都の中央の丘の上には、五彩の虹を縫い出した宮殿が、血に飽いた猛獣の如くに、死骸のような街をみおろして居た。其の宮殿の奥で打ち鳴らす鐘の響きは、猛獣の嘯くように国の四方へ響いた。」

のどかな春の日差しと、圧政に死骸の如くなった街、

五彩の虹を縫い出す、血に飽いた猛獣の如き宮殿の対比が、

生きた絵のように広がる文章だ。

さらに、其の宮殿の奥で打ち鳴らす鐘の、まがまがしさ。

その都に入ってきたのが、聖人孔子と、その高弟たちゆえに、

まがまがしさが際立つ。


「由や、お前にはあの鐘の音がどう聞こえる。」
と、孔子はまた子路に訊ねた。
「あの鐘の音は、天に訴えるような果敢ない先生の調べとも違い、天に打ち任せたような自由な林類の歌とも違って、天に背いた歓楽を讃える、恐ろしい意味を歌うて居ります。」
「さもあろう。あれは昔衛の襄公が、国中の財と汗とを絞り取って造らせた、林鐘と云うものじゃ。その鐘の鳴る時は、御苑の林から林へ反響して、あのような物凄い音を出す。また暴政に苛まれた人々の呪いと涙が封じられていて、あのような恐ろしい音を出す。」
と孔子が教えた。



天に背いた歓楽を讃える、恐ろしい鐘の響き!
素晴らしい。

続きが読みたくてたまらなくなりませんか。

しかもそれは、国中の財と汗を絞り取って造られ、暴政に苦しむ人々の呪いと涙が封じられていて、物凄い音を出すとは!!!

何と云う不吉な、血みどろな、苦悶と快楽を約束する語り口であろう。


江戸川乱歩が「残虐への郷愁」で述べた通り、

現代では、タブーであるが、蒼古よりの残虐への郷愁は、

芸術と戦争でのみ可能なのだ。


古い時代に暴君が君臨する国では、

死者、恨みの声の多さは、圧倒的である。


そうした時代を題材にとり、谷崎は筆を進める。

衛の霊公は、孔子の一行が都に入ったのを知る。


「その孔子と云う聖人は、人に如何なる術を教える者である。」
と、霊公は手に持った盃を乾して、将軍に問うた。
「聖人と云う者は、世の中の凡ての智識の鍵を握っております。然し、あの人は、専ら家をととのえ、国を富まし、天下を平らげる政の道を、諸国の君に授けると申します。」
将軍が再びこう説明した。
「わたしは世の中の美色を求めて南子を得た。また四方の財宝をあつめて此の宮殿を造った。此の上は天下に覇を唱えて、此の夫人と宮殿とにふさわしい権威を持ちたく思うて居る。そうかして其の聖人を此処へ呼び入れて、天下を平らげる術を授かりたいものじゃ。」


こうして、孔子の一行は、衛の霊公にまみえる。

「公がまことに王者の徳を慕うならば、何よりも先ず私の欲に打ち克ち給え。」

孔子はそのように説き、その日から霊公の心を左右するものは、夫人の南子の言葉ではなく、聖人の言葉になる。

徳政に取り組む、霊公。

「一日、公は朝早く独り霊台に上って、国中を眺めると、野山には美しい小鳥が囀り、民家には麗しい花が開き、百姓は畑に出て公の徳を讃え歌いながら、耕作にいそしんで居るのを見た。公の眼からは、熱い感激の涙が流れた。」

おお!

孔子の進言に依って、霊公は徳政を敷くようになるのか。


いやいや。

そこに、遠ざけられていた、寵姫の南子が現れる。


「あなたは、何を其のように泣いていらっしゃる。」
其の時、ふと、こう云う声が聞こえて、魂をそそるような甘い香が、公の鼻を嬲った。其れは南子夫人が口中に含む鶏舌香と、常に衣に振り懸けて居る西域の香料、薔薇水の匂であった。久しく忘れて居た美夫人の体から放つ香気の魔力は、無残にも玉のような公の心に、鋭い爪を打ち込もうとした。

「どうぞお前の其の不思議な眼で、私の瞳を睨めてくれるな。其の柔らかい腕で、私の体を縛ってくれるな。私は聖人から罪悪に打ち克つ道を教わったが、まだ美しきものの力を防ぐ術を知らないから。」
と、霊公は夫人の手をはらい除けて、顔を背けた。」


美夫人の様子が、香気が鼻を打つかのように描かれる。

罪悪には打ち克てても、美には抵抗しがたいのだ。

以下のように、南子夫人の凄まじさが現れてくる。



「ああ、あの孔丘という男は、いつの間にかあなたを妾の手から奪ってしまった。妾が昔からあなたを愛して居なかったのに不思議はない。しかし、あなたが妾を愛さぬと云う法はありませぬ。」


夫人の怒りは、夫の愛情が衰えた事よりも、夫の心を支配する力を失った事にあった。

公は、それでも心を奮い立たせ、夫人に対します。


「私はお前を愛さぬと云うではない。今日から私は、夫が妻を愛するようにお前を愛しよう。今迄私は、奴隷が主に仕えるように、人間が神を崇めるように、お前を愛していた。私の国を捧げ、私の富を捧げ、私の民を捧げ、私の命を捧げて、お前の歓びをあがなうことが、私の今迄の仕事であった。けれども聖人の言葉によって、其れよりも貴い仕事のある事を知った。」


どうです。

世間の人には、「家畜人ヤプー」を百回読むより、谷崎潤一郎を一回読め、と常々言っているが、
君主がすべてを捧げて夫人の歓びをあがなおうと尽くす姿が、奴隷と主に例えられる、との根源的な姿tがあるからだ。

夫人は、霊公への支配力を取り戻す力のある事を述べ、では孔子の魂を捕虜にしようと、去っていく。



ちなみに。

夫を愛していないが、夫に服従を求める南子が描かれているわけだが、

アーサー王の円卓の騎士に、ガウェイン卿という人物が居るのをご存知だろうか。

ガウェイン郷がラグネル姫と結婚するエピソードに、同様の謎掛けが出てくる。

ある魔術的な悪い騎士が、

アーサー王に謎掛けをする。

女性が真に望む事は何か。

アーサー王は、答えを探し求める。

美か?愛か?地位か?

どれもありふれており、答えでは無さそうだ、

その正しい答は、

すべての男性を支配する事。

ちょっと出典がすぐ出て来ないが、

現代の女性なら「違うと思う」と即座に言いそうである。

その答には諸説がある。

しかし、世の男性には、

女性に君臨される事への恐怖、

或いは快楽の視点がある、あるいは、

そう思う人もあるのだな、と感心した記憶がある。





南子夫人は、宦官を遣わして、孔子一行に伺候を求める。

謙譲な孔子は其れに逆らえず、南子の宮殿に挨拶に出向く。

柔らかい言葉で、孔子の心をぐさりと刺すべく南子と、聖人孔子のやり取りが描かれる。

そして。


「先生がまことの聖人であるならば、豊かな心にふさわしい、麗らかな顔を持たねばなるまい。妾は今先生の顔の憂いの雲を払い、悩ましい影を拭うて上げる。」


「妾はいろいろの香を持って居る。此の香気を悩める胸に吸う時は、人はひたすら美しい幻の国に憧れるであろう。」


そう言って、美しく装った七人の女官に、香を焚かせる。

しかし、聖人の顔の曇りは深くなるばかりであった。

夫人は、次に。聖人の体にくつろいだ安楽を与えようと、美しく装った七人の女官に、酒と盃を運ばせる。

しかし、聖人の眉の顰みは濃くなるばかりであった。


更に夫人は、美しく装った七人の女官に、様々な鳥と獣との肉を運ばせる。

しかし、聖人の顔の曇りは晴れなかった。


「ああ、先生の姿は益立派に、先生の顔は兪美しい。あの幽妙な香を嗅ぎ、あの辛辣な酒を味わい、あの濃厚な肉を喰ろうた人は、凡界の者の夢みぬ、強く、激しく、美しき荒唐な世界に生きて、此の世の憂いと悶とを逃れることが出来る。妾は今先生の眼の前に、其の世界を見せてあげよう。」



それは、どのような世界か?

幻影ではなく、南子夫人が庭のきざはしの下に実現している、その世界は、以下。

孔子一行は、何を見せられたのか?


「階の下、芳草の青々と萌ゆる地の上に、暖かな春の日に照らされて或いは天を仰ぎ、或いは地につくばい、躍りかかるような、闘うような、さまざまな形をした姿のものが、数知れず転び合い、重なり合って蠢いて居た。そうして或る時は太く、或る時は細く、哀れな物凄い叫びとさえずりが聞こえた。ある者は咲き誇れる牡丹の如く朱に染み、ある者は傷つける鳩の如くおののいて居た。其れは半ばは此の国の厳しい法律を犯した為、半ばは此の夫人の眼の刺激となるが為に、酷刑を施さるる罪人の群であった。一人として衣を纏える者もなく、完き膚の者もなかった。其の中には夫人の悪徳を口にしたばかりに、炮烙に顔をこぼたれ、頚に長枷を嵌めて、耳を貫かれた男達もあった。霊公の心を惹いたばかりに夫人の嫉妬を買って、鼻を削がれ、両足を断たれ、鉄の鎖に繋がれた美女もあった。其の光景を恍惚と眺め入る南子の顔は、詩人の如く美しく、哲人の如く厳粛であった。」


炮烙に顔をこぼたれ、というのは、
顔を焼かれた状態ですね。

うららかな春の日差しと、香り高い若草の青々とした庭と、酸鼻を極めた罪人等の姿。

「あの罪人たちを見たならば、先生も妾の心に逆らう事はなさるまい。」


上記の描写だが、

言葉を尽くして具体的に詳細を描く手法もあろうが、

谷崎のように、文章を押さえて香り高く濃厚な血の香気を立ちのぼらせる手法は、
純文学作家の力量がないと、不可能である。

そして、鍛え抜かれた文章は、
脳裏に深い想像を掻き立て、心に残るのだ。


そして、

南子は、霊公と席を並べて車で市街を行く。
その後には、悲しそうな顔をした聖人、孔子の一行が乗っていた。
街の人々は、それを見て、
南子の勝利を知るのだった。


「其の夕、夫人は殊更美しく化粧して、夜更くるまで自分の閨の錦繍のしとねに、身を横たえて待っていると、やがて忍びやかな履の音がして、戸をほとほとと叩く者があった。
「ああ、とうとうあなたは戻って来た。あなたは再び、そうしてとこしえに、妾の抱擁から逃れてはなりませぬ。」
と、夫人は両手を拡げて、長き袂のうちに霊公をかかえた。其の酒気に燃えたるしなやかな腕は、結んで解けざる縛めの如くに、霊公の体を抱いた。

「私はお前を憎んで居る。お前は恐ろしい女だ。お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」
霊公の声はふるえて居た。夫人の眼は悪の誇りに輝いていた。」


明くる朝、
公子一行は、衛を離れる。


霊公が、気弱な、しっかりしていない君主に描かれていはしない。

太刀打ちしがたい美と残虐と官能とよこしまの化身に、

敗北する悦楽を語っているのだ。


そうした悦楽は、谷崎の作品には、繰り返し描かれるのである。
















[PR]
by leea_blog | 2017-05-07 23:10 | Comments(0)

どうでもいい内容の日記・飼い猫に赤ちゃん言葉使う?



夕立だ。

洗濯物を干したまま出かけた人は、ショックだろう。

いつの頃からか、

東京は、熱帯か亜熱帯のように、

スコールに見舞われる地域となった。

夏はヒートアイランド現象で酷熱、

冬はコンクリート冷えで極寒。


以前より暮らしやすくなった点は、

夏の冷房温度が、節電の観点から、

適度になった事だけだ。

東日本大震災の以前は、

携帯カイロと膝掛けは、

夏の冷房対策必需品であった。

電車内、オフィス、デパート、

ギンギンにひやしていたものだ。

冷えたビル内から外に出ると、

気温差が激しくて、

大変辛かったものだ。







今日は後で、

谷崎潤一郎の短編、「麒麟」を紹介する。

残虐、鬼畜、耽美の世界である。


ネットでニュースをチェックするのが日課であるが、

ついでに、

どうでも良い話題も読んで、

気分の転換をしている。


先日、どうでも良い話題に、

「彼女と別れた変わった理由ランキング」のようなものを読んだ。


その一つに、

「電話で彼女と話していたら、彼女が飼い猫に赤ちゃん言葉で話しかけて、
怖くなって別れた」、

のような内容が載っていた。


あれれ?

猫を飼っているお家では、

みんなやりませんか?

赤ちゃん言葉。


「よちよち、いい子でちゅね〜」

「しゅきでちゅよ〜」

「(撫でながら)ここでちゅか〜?」


比較的近所の友人宅でも、

独身社会人の息子さんが、

猫を構いながら赤ちゃん言葉やってます。


私も遊びにいって猫にゃんを構う時には、

つい赤ちゃん言葉してますね。


犬だと、上下関係があるので、

赤ちゃん言葉は使わないかもしれない。

猫以外にも複数動物を飼っていると、

やらないかもしれない。



猫だけを飼っているお宅は、大抵そういうものだと思っていたので、

思わず笑ったのであった。


まあ、その程度の事で一々彼女と別れていたら、

ちっとも恋人ができないような気がするぞ。





かく言う私も、

本当は秘密だが、

最近は、人形相手に、


「無后にゃん、可愛いでちゅね〜」とか、

言ってしまいます。

e0016517_19133040.jpg


男児用着物を着せ、つくづく見ると、

腰の辺りはあたかも「尻」があるかのような形である。

実際は、服の下には、尻は無い。

宮無后、胸騒ぎの腰つき。


e0016517_19472104.jpg

特にファンという訳でもないが、原無郷のバッグ。

可愛い。

pili直営店で、買ってしまったものの、

いい歳をした熟女がこういうバッグで外出する訳にも行かず、

室内で観賞用にしていた。

友人曰く。

「大丈夫。
私たちくらいの歳になると、
見る人は、
娘のバッグを借りてきたのだろう、と思うから」


なるほど!

と、言う訳で、

最近は外出にも使っている。















[PR]
by leea_blog | 2017-05-07 19:27 | Comments(0)