2017年 08月 05日 ( 1 )

江戸川乱歩「押絵と旅する男」あらすじ。日常が異界と交わる時空。二次嫁?


江戸川乱歩の作品を紹介して来ましたが、

今日は短編、「押絵と旅する男」を紹介します。

大変名品です。

蜃気楼、誰も乗車して来ない列車、異国渡りの双眼鏡、乱立する見せ物小屋の中に現れる浅草十二階、覗きからくり、恋煩いでやつれて行く兄、

と、並べただけで、妖しい心持ちにされるようです。

大変良く練られた短編で、幾層にも、仕掛けが施されており、

再読する度に、感嘆します。

とはいえ、私は江戸川乱歩を、

子供の頃に知った為、

乱歩の真の味わいは、

再読して初めて感嘆するに至りました。

というのも、「人でなしの恋」で触れたように、

子供にとっては、

乱歩の世界の登場人物は、

「よく居るタイプ」「ごく普通」に見えたのです。


「押絵と旅する男」は、

以下のように始まります。

ーーーーーーー

この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったなら、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに違いない。だが、夢が時として、どこかこの世界と食い違った別の世界をチラリとのぞかせてくれるように、また、狂人が、われわれのまったく感じえぬものごとを見たり聞いたりするのと同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野の外にある別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかもしれない。

いつともしれぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。それは、わざわざ魚津へ蜃気楼を見に出掛けた帰り途であった。私がこの話をすると、お前は魚津なんかへ行ったことはないじゃないかと、親しい友だちに突っ込まれることがある。そういわれてみると私はいつの幾日に魚津へ行ったのだと、ハッキリ証拠を示すことができぬ。それではやっぱり夢であったのか。だが私はかつて、あのように濃厚な色彩を持った夢を見たことがない。

ーーーーーー



魅惑的な語り口で語られ始める、魚津への旅。

夢にしては、これから語られる話は、細部に至るまで明確です。

魚津に行った事が有るのかないのか、

語り手が忘れているだけで、

実際行ったことはあるのか、

あるいは、話そのものが、細部に至るまで語り手の妄想なのか。

その、妙にリアルで細部も辻褄も明確だけれど、妙に曖昧な記憶、

その感覚は、誰しも、多かれ少なかれ、経験があると思います。

そうした感覚を、はじめから提示されると、

読者としても、

何か足元がぐらぐらと揺れてくるような心地で聞き入ります。


まずは、語り手が観に行った蜃気楼が詳細に語られ、

帰りの電車のシーンになります。

二等車両には、語り手ともう一人の客の二人きり、

夕闇が迫る時刻、外には誰も乗り降りしない、

車両の中。


もう一人の客は、

一見四十前後、

よく注意して見ると、六十くらいにも見えます。

大切そうに何か平たい物を、

表が窓の外に向くようにして、

立て掛けているのですね。

一体何をしているのか???

「押絵と旅する男」というタイトルから、

読者はそれが「押絵」だろうと推測出来ます。


が!

なぜ絵の表を窓の外に向けておくのか????

つまり、男から見ると、絵の裏側しか見えない訳です。


なぜ???なに?   何をしているの??・


と、読者も想像がつかず、話の続きを欲します。

何をしていたのか、最後に分かります。


語り手は、

その客が異様に思え、恐怖のあまり、逆に、男に近づきます。

男は語り手に、その扁平な荷物を示して、言います。

「わたくしは、さっきから考えていたのでございます。あなたはきっとこれを見にお出でなさるだろうとね」


うひゃー。

そして、男はその荷物を見せます。

それは、押絵でした。

押絵とは、飾り羽子板などで見ることが出来る、

わずかな立体感を持たせた、工芸ですね。

それが、語り手のこれまで見たことがないような、

精緻を極めた、名人の作であり、

異様な気配を発しております。

美しい娘が、白髪の洋装の男の膝にもたれかかっている図ですが、

髪の毛は人毛を使い、小さな指先には貝殻のような爪まであります。


その押絵が語り手に与えた衝撃は、押絵が生きている感覚を与えた事でした。

ーーーーー

文楽の人形芝居で、一日の演技のうちに、たった一度か二度、それもほんの一瞬間、名人の使っている人形が、ふと神の息吹をかけられでもしたように、ほんとうに生きていることがあるものだが、この押絵の人物は、その生きた瞬間の人形を、命の逃げ出す隙を与えず、とっさのあいだに、そのまま板にはりつけたという感じで、永遠に生きながらえているかと見えたのである。

ーーーーーーー

ほお〜。

はいはい、今の私にはよーく理解出来ます。

台湾人形劇、piliにはまって、

「人形を操る芸」に見とれていたのが、

つまり、人間が演じたらこういう味わいは出せない、


「人形が演じるからこそ素晴らしい芸」を観ていたのが、


「人形」だという事を忘れる、あの魔術的な感覚。

その結果、ウチにはpiliの木偶が二人おりますが、

どうにも、「人形」だという事を忘れまくります。

鉱物の生命体や、ガス状の生命体が宇宙にあるとしたら、

「人形」という、人間でも物でもない、存在。

その男にとって、その押絵は、そのような、

いいぇ、もっと直接的な、存在だったのでしょう。




そして男は、

肩に下げていた、異国の船長が持っていたという由来の、プリズム式双眼鏡を取り出し、語り手に、それを通して押絵を見るよう言います。

双眼鏡で観てみると、裸眼で見た時と全く違う世界が開け、押絵が、

真実生きているようにしか見えないのでした。

男は言います。

「あれらは、生きておりましたろう」

「あなたは、あれらの、本当の身の上話を聞きたいとはおぼしめしませrんかね」

そして始まるのは、

男の兄の身の上話。

兄、二十五歳の事でした。

その双眼鏡を手に入れてから、兄は、やつれ、引き籠もるようになります。それなのに、毎日欠かさず、つとめにでも行くように、何処かに出掛けるようです。

心配した母から言いつかって、男は兄を尾行します。

兄は、浅草十二階として知られる、「凌雲閣」のてっぺんに上がり、双眼鏡で必死に何かを毎日探しているのです。

双眼鏡で偶然見た、美しい女性に、一目惚れして、恋煩いになってしまっていたのです。

偶然見ただけですから、何処の誰かもわからず、また双眼鏡に映ってくれるありそうに無い可能性にすがって、

毎日凌雲閣から探していたのです。

そして! 見つかりました!

兄弟は、凌雲閣を降りて、浅草の雑踏を走ります。

しかし! 幾ら探しても、遠めがねで見た娘さんが見つかりません。

そしてやっと見つけたのですが。。。。

何と! 覗きからくり屋の、覗き眼鏡の向こうの、押絵の女性だったのです!!!!

ーーーー

兄が申しますには『たとえこの娘さんがこしらえものの押絵だとわかっておても、私はどうもあきらめられない。悲しいことだがあきらめられない。たった一度でいい、私もあの吉三のように、押絵の中の男になって、この娘さんと話がしてみたい』

ーーーー

やがて、兄さんは一計を思いつきます。

双眼鏡を逆にして、弟に自分を覗いてくれるように頼みます。

双眼鏡を逆にして覗いた兄さんは、小さく見えます。

どんどん小さくなり。。。

一尺くらいになったところで、姿を消してしまいます。

そして!

なんと、兄さんは、押絵の中の人物になって、うれしそうに娘さんを抱きしめていました!!!

「でもね、私は悲しいとは思いませんで、そうして本望を達した兄の仕合せが、涙の出るほどうれしかったものですよ。」


弟は帰宅して一部始終を両親に告げますが、気でも違ったのかと信じてもらえません。

そして、兄はこの世からは姿を消すのでした。

弟は親にねだってその押絵を手に入れてもらい、

兄と嫁さんを、こうして旅行に連れ出して、電車の外の景色を見せてやっていたのでした。


うわー!

不気味な筆致で描かれているのに、

実に良い話ではありませんか!

この、人間以外との相思相愛は、「人でなしの恋」に共通します。

人でなしの恋では、嫉妬した新妻に、人形が壊されてしまい、人形と相思相愛だった男は、自殺してしまいます。

が、「押絵と旅する男」では、弟が祝福してくれ、旅行にまで連れて行ってくれます。



一つ、悲しい事があるのです。

もともと押絵だった娘は歳を取りませんが、元は人間だった兄さんは、

押絵になっても、歳を取り、今は白髪の老人になっているのでした。



そして、語り終え、男は今夜の宿泊場所に下車していきます。


語り手は、その男の後ろ姿が、押絵の老人そのままの姿に見えたのでした。

おしまい。


もしかしたら、押絵の中に居るのは、

兄さんではなく、

男その人なのかもしれませんね。

あるいは、

そうした狂った話を作って、

押絵を持ち歩いて人に聞いてもらうのが好きな、

変な人なのかも知れませんね。

(乱歩の登場人物が多くの場合、行き過ぎていたように)

あるいは、

狂っていたのかもしれませんね。

あるいは、

語り手の作り話かもしれませんね。

色々な含みを濃厚に描いても、

これは、

困難な恋を成就させた、

しかも、人間と押絵という、大きな壁を乗り越えた、

という、

仮に妄想の中であっても、

実に、良い話であります。




現代日本では、

二次元のキャラに惚れ込んで、

人間と色恋せず、

「二次嫁」と称している男子が増えています。

女子も、増えていますよね、

そういう人。



「押絵と旅する男」を、

「良い話だなー」と思う人も、

人ごとならず思う人も、

多いのではないでしょうか。













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by leea_blog | 2017-08-05 22:57 | Comments(2)