<   2001年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

かきにあかいはな

部屋探しがさっぱり進展しない。
進展しないまま、十二月が目の前で、びっくりする。

こういうのは「縁」があるかないかだろう。
「縁」は創っていくものだ、と思う。まずは「部屋」に関心を持たなくては。旅人気質なので、実はそれほど執着が無い。部屋への執着を創出しよう。執着は固まっていると足を引っ張るが、流動していると良い作用をするものだ。

++++++

慣れないことをするには体力が必要で、体力作りに散歩の時間を捻出している。この時節、木々が素晴らしい。葉を落としていく度に、植物性の気配が立ち上る。柿の木に赤い実が。線香花火の先にしたたる紅い珠が、色彩を失っていく景色のあちこちに結んでいる。毎年、何かの奇跡のように思える。

笑い話のようだが、幼い頃「垣に赤い花咲く いつかのあの家」という歌を、「柿に赤い花咲く」と思っていた。熟していく実を花のようだと言うのは、実だからこそ心に響くのだと感じたのだった。

++++++++++

時間に追われて、食事がいい加減になっていく。養分の入ったゼリーや、インスタント物、出先ではついついファーストフード。味に鈍感なときは、五感の働きが鈍っているのだ。と、思っている内に胃を壊した。
わかっていても、慣れ親しんだ多忙の悪循環は抜けにくい。
[PR]
by leea_blog | 2001-11-28 02:20 | Comments(0)

ゆめ・てん

寒いですね。

養生のために暖かい所に越さなくちゃならず、物件探しに奔走して、かえって無養生な生活です。収穫としては、住環境の知識が増えたこと。不得意分野である生活知識が増えたこと。実は、我が家は祖母の代からそういうことは苦手なのです。


夢の解放区展のお知らせを、リンクコーナーから見られるようにしました。
展示は参加出来なかったのですが、各人の夢を集めてコピーした「夢コレクション」に夢を載せました。
[PR]
by leea_blog | 2001-11-14 02:20 | お知らせ | Comments(0)

ノア・ノア 2



 今は朝で、岸辺に近く独木船(まるきぶね)が浮いている。その中に、一人の女が乗っている。岸にはほとんど全裸の男がいる。その傍には枯れた椰子の木がある。それは、まるで、金色の尾をたれて、その爪の中には大きな椰子の房をつかんでいる巨大な鸚鵡(おうむ)のようだ。男は、重い斧を両手に持って、調子よく敏捷に上げ下げしている。斧は、銀色の空に青色のかがやきを残し、下の枯れ木の切り口からは、一世紀もの間日々たくわえられてきた熱を炎として一瞬のうちにひらめかしている。
 紫色の土の上には、黄金色をした蛇のように長い木の葉が、はるかに遠い、ある東洋の言葉で書かれた文字のように見えた。——私は、オセアニアの原語で書かれた次の文字を読むような気がした。——Atua,Dieu,le Takata, それらは、インドから四方に広がって、あらゆる宗教の中に見出せるものだ.....


  タタガアタの目には、国王や大臣たちのきらびやかな威   
  厳も、ただ泡と塵芥(ちりあくた)にすぎず。
  その目には、純も不純も、ただ六人のナガの踊りにひと
  し。
  その目には、仏の道を求むることは、もろもろの花に似
  たり.....


独木船(まるきぶね)の中では、女が何枚かの網を揃えていた。紺青(こんじょう)の水面は、たえず珊瑚の防波堤に落ちかかる緑色の波頭でくずされていた。


(ポール・ゴーガン著 「ノア・ノア タヒチ紀行」
                     前川堅市訳)
[PR]
by leea_blog | 2001-11-14 02:18 | Comments(0)

ノア・ノア!

六十三日間の変化ある航海の後、私たちは六月八日の夜、海のかなたに稲妻形に移動する奇怪な灯を認めた—その六十三日間、私は憧憬の土地に対して、耐え難い待ち遠しさと、いらだたしい夢を見ていたのだが。暗い空には、のこぎり形の黒い円錐状の山影が浮き出ている。
 船はモレアを回り、タヒチが見えた。
 数時間の後、夜はほのぼのと明け始めた。


(ポール・ゴーガン著 「ノア・ノア タヒチ紀行」の出だし  前川堅市訳)


******  *****  *****


画家による、香り高い紀行文。訳者によれば、ノア・ノアは、マオリー語で、香気ある、芳しい、などの意味。
ゴーガンにとってはタヒチだったが、実のところ、必ずしもタヒチである必要はなかったのではないか。霊的な水を求める者は、いずれの土地においても感受する、と思われる。

岩波文庫版は、版画も多数収められており、愛すべき一冊。

無意識の現地蔑視が自分本位な憧憬と同居しているのが気になる。それを差し引いても芳しい描写。
[PR]
by leea_blog | 2001-11-08 02:17 | Comments(0)

アンティーリャ



——コンフィアンさんは忘却を幾分戯画的にも描かれていますね。中心人物の一人であるアンティーリャは、まるで自分が死んだことを忘れているかのように、死後も手紙を書き続けます。

C:ええ。つまり彼女の死が肉体的な死ではないということです。なぜなら、アンティーリャは肉体を備えた存在であると同時に、魔術的な存在でもあるからです。それに「アンティーリャ」という名前そのものにかなり明白な意味があります。クリストフ・コロンブスがアメリカ大陸を「発見する」以前に.....

——人々は「アンティーリャ」という名の大陸を見いだすことを期待していた。

C:その通り! クリストフ・コロンブスが到着する以前に、地図にはある大陸が描かれ、その大陸は「アンティーリャ」と呼ばれていました。それは架空の何かだったのです。それで私は彼女が実在の人物ではないことを示すために、この名前を使ったのです。小説のでだしからそのことはわかります。彼女は死ぬが、同時に死なない。窓越しに飛んでいくからです。だから彼女は自分の死後も書き続けることができる(笑)。アンティーリャは自分の肉体的な死に抵抗し続けるのです。


(ラファエル・コンフィアン・インタビュー
   —『コーヒーの水』をめぐって より
聞き手・翻訳/塚本昌則)
[PR]
by leea_blog | 2001-11-05 02:16 | Comments(0)