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黄金週間、値千金の時間などを思うにつけ。。。。

黄金週間。
本当に黄金なのだろうか。
刻は金なり、というから、時間の足りない現代人には
一応、金なのか。。。

一ヶ月のバカンスが当然の習慣である国々から見れば、
わずかな連休を黄金と呼ぶこの国は、神秘の国に見えるだろうなぁ。

季節的には、まさしく黄金といえる。
木々の緑が強まった陽射しに透ける具合とか、
夏を予感する空気の具合に生物としての歓喜が高まる、とか、
開放感に酔いしれる、黄金の日々。




主に詩人が中心に出入りしているらしい「夜の会」、消えたり復活したりと、相変わらず予測不能な動きですが、黄金週間中に銀座で開催されています。

あ〜、私は、黄金週間のイベントは、仕事の都合で参加できないんです。運が良ければ、お客で顔出します。

リンクコーナーから「銀の狐」に飛ぶとトップページに詳細があります。

九州の日嘉さんから留守電が。
あまたの迷惑メルが来るだろうけど、メル入れたので見て置いて欲しいという内容で、確かにおびただしい迷惑メルを削除しまくる手はうっかり自動的に削除しかけていました(汗)

連休10日間は、福岡のマリンワールド(水族館)にて、
巨大な暗い水槽の前で石笛、オカリ−ナ演奏をするとのこと。

巨大な質量の水は、人間の本能を揺さぶる。

そういえば、地震で施設が壊滅したら、動物園や水族館の生き物たちはどうなるのか。

(救出の名のもとに、略奪に走る動物マニアがいそうである。その中の一人に私が混じっているかもしれず)


わたくしの黄金週間は、手つかずのまま放置された世俗の肉体労働に追いまくられる予定であるが、突如思い出した。
何件かの「締め切り」の確認をしなくてはならないのであった(汗)
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by leea_blog | 2005-04-30 02:32 | Comments(0)

女性専用車両の体験


 転勤した。
 環境が変わる。環境の激変はフツー、大変なストレスだ。
 とはいえ、目新しい部分を素早くチェックしてギャップを楽しむことも出来る。

 
 そういうわけで。初めて女性専用車両にも乗った。ホームの端に、「女性専用車両」、と横断幕がかかっている。横断幕の色は落ち着いた濃い薔薇色で、好感度良し。思わず乗りたくなる色だ。
 女性は色彩にかなり敏感な傾向がある。化粧品から服飾、日用品、インテリアに至るまで、一見同じように見える色の微細な違いに対して実に口うるさい。「色なんて対して気にならない」人は少ないようだ。
 この横断幕の色も、通勤女性が癒しを感じる色彩はどれか、アンケートでも取ったのかもしれない。 

 話が逸れた。色の話はキリがない。女性専用車両の感想を。
 
 アナウンスがかなり流れるので自然に誘導される上に、車両の両端でプラカードを持った駅員が拡声器で盛んに案内している。出来たばかりなので周知も兼ねているのだろう。わかりやすい。

 で、実際乗ってみると。すごーく快適である。極楽といっても良い。ほんのわずか女臭い。女臭いというのは女性の体臭とか、微細なものだが血の匂い。お互い様の部類である。
 押されてもソフトである! ごつごつした体躯のサラリーマンがサイかゴリラの如く無遠慮に体当たりしながら乗り込むのと違い、体当たりしながら乗ったとしても、女性の体つきである。マシュマロが猛ダッシュで突進して全体重を掛けて車両に飛び込んできても、さして痛くないでしょ?
 おまけに、よろけたり相手にぶつかったりすると、かなりの確率で謝る。まだ乗れるのに次の電車を待つ人も多い。
 火事と喧嘩は江戸の華、とはいえ、ただでさえ殺気溢れる通勤ラッシュ時、本当に喧嘩しているサラリーマンたちと別車両なのは嬉しい。


 男臭い密閉空間がいかに不快だったかわかる。風呂に入っているのかいないのか不明な体臭とか、昨夜の酒の匂いとか、スーツの肩に雪のようにかかっている雲脂とか、汗でべっとりの通勤着と密着するのは、無視するしかないが無視もかなりのエネルギーが要る。解放されると良くわかる。大変なストレスだった。混雑時の体力が半分で済む。

 勿論女性でも、マナー知らずで不衛生な人は居るが、通勤ラッシュ時の客ではかなり稀だ。もっと早く実施されていれば良かった。
 サラリーマン諸氏だって、OLと狭い空間に詰め込まれると「痴漢と間違われそうで嫌だ」とか「香水や化粧品の匂いが不快だ」とか「ハイヒールで踏まれそうで嫌だ」とか「ファンデや口紅を付けられた!」とか「ふにゃふにゃした生き物が胸や尻を押しつけてくる通勤電車は地獄だ!」とか「椅子では化粧してる女も居て見るだけでも我慢ならん!」とかあるでしょ? ほほほほ、やっぱり男女別車両が良いのではないでしょうか。
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by leea_blog | 2005-04-20 02:30 | Comments(0)

闇の桜。 光降る春のお湯。

異動の季節は、疲労が溜まりまくる。

職場の前の公園に枝振りの見事な桜があって、
花見の季節は昼間から場所取りの人が陣取っている。
この公園には灯りがない。
夜は真っ暗である。
回りはオフィスビルなので、あやめも見えぬ真の闇にはならないものの、相手の顔が見えず手元も見えないくらいには暗くなる。
そんな中に、ぼうっと桜の花が浮かんでいるのである。
そして、花見の人々は、闇の中で延々と酒盛りを続けるのである。
 私は残業しつつ、窓から闇に浮かぶ桜とその下の影の塊状の宴会人たちを見ていた。闇の中の酒盛りは、馬鹿騒ぎする酔漢もなく、呪術めいて素敵だった。

 あまりに疲れたので、豊島園の庭の湯に行った。花見と温泉を兼ねたのだ。露天風呂には舞い散る桜の花びらが斑のように浮かんでいた。一人用の焼き物の湯船に入りながら、頭上の桜の花を仰ぎ見る。木々の細かい緑の芽も素晴らしい。昼の光が湯に降って、きらきらと反射している。光と水と植物。ここの所私に足りなかった物だ。春の木々は、冬の疲れを癒す何かを大気中に放っているかのよう。

 黄金の光が傾いで赤金に燃えながら木々の間に沈み、辺りが藍色の闇に落ちるまで、庭園を見ていた。
 温泉と花見を同時に楽しめる近場の極楽であるが、想像したより混雑していなかった。皆、桜の下の酒盛りに出かけたのであろうか。

 堪能して夜道を駅に向かう途中、豊島園が夜桜を見る人たちに無料で開放されていた。明るい電飾の入り口に私も吸い寄せられそうになった。が、薄着で家を出た身に夜の空気は寒すぎた。ここで園内に迷い込めば、再び発熱は必至。夜の遊園地と夜の桜の誘惑を断ちきって駅に向かった。ああ、異動シーズンじゃなければ、風邪を引いて寝込んでも堪能したいのに。桜はこの時期しかないのだから。

 
 
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by leea_blog | 2005-04-11 02:28 | Comments(0)

四月の異動。 そして、読むことまたは書くことと、地球の活動について

異動が決まった。
どうやって想像を絶するラッシュを乗り切るか、
良い考えが浮かばない。

私に必要なのは、暖かい毛皮、しかも生きてる奴だ。

地下鉄で文語体の本を読みつつ、思う。
自分の考えた事など、百年昔に既に流行りだったのだ、と。
何百年の昔にも、同じ事を考えていた人はいて、
千年以上昔でも、それは同じ。

そのことも、今初めて思ったのではなくて、小学生の頃も、三島や谷崎が私の書きたいことをすべて書いてしまって、自分の書くことなど残っていない、と愕然とした。

子供の考える事に、「お前が考えたとしても、文章力が違うだろ」などと突っ込みを入れても無駄である。

ま、そののち、他の本を読んでも絵を見ても、色々と愕然としまくるわけだが、巫女さん系の私は、愕然の一方で「当たり前」と受け止めた。
よその星から飛来したわけでもないこの身が、唯一神の生まれる前からの記憶を受け継いでいるのは当然だ、と。自分の固有名詞は、今生で生きる為の、便宜上の符号でしかない、と。勿論私だけの話ではなく、人類はそうなのである、と。さもなくば、石器時代の動物の壁画に現代人が揺さぶられたり、見知らぬ異国の口承の伝説に、一現代人が、その場にいたかのような揺さぶられ方をするであろうか、と。
 ある意味、「作者不詳」も含めた先達におびただしく恵まれているわけだ。自分の後にも、おびただしい作品群が明滅しながら時間の河を流れ下るのだ。

 自分の書きたい事をもっと優れた文章力の人が書いてくれるなら、歓喜して読み手だけやっていたい。

だがしかし。世の中、そう上手くは行かない。のどが渇いて死にそうな時に、草の露を舐めてしのいではいられない。自分で水の湧きそうな場所を掘るのだ。と、いうことで、自分で書くわけだ。


 あるいは、水が溢れて、家畜も果樹園も駄目になってしまいそうな時には、自分で溝を掘って溢れる水を他の場所に流すのだ。
激しい餓えや、激しい過剰。

これが書かざるをえない力の正体の一つで、それは、文化活動のたぐいというより、人間は動物の一種であるという意味の「動物レベル」であり、さらに地球を巡る水の循環の余波でもある。
生き物が発生して死滅していくのに作用する、巨大な何かの一つが、たまたま書いたり描いたり作曲したり舞踏したり語ったりする類の事に適した人々に作用してその作業にたずさわらせているのではないかと思える。

 と、昔からつらつら考えているが、これも、三千年前の羊飼いも瞑想しながら同じようなことを考えていたかも知れない。

 と、異動発表で疲労困憊しつつ、イェーツのあれこれで、あれこれ思ったわけだった。

 
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by leea_blog | 2005-04-05 02:20 | Comments(0)

白い木蓮、春の燭台

 『揺蘭』の日嘉まり子さんと連絡が取れた。福岡の地震で被害が心配されただけに、ご無事なようで心底ほっとした。このところ、地震や津波に準備のない地域が被災している。地球は大丈夫だろうか。とんでもない大災害の予兆ではないと良いが。スマトラ沖津波の件は、あれだけで既に“大災害”と言えるが。。。

 準備というのは、心の準備を含む。
 関東は、地震がいつ来てもおかしくない、と受け止めている人がほとんどではないか? 東京は、近県から通勤通学している人がかなりいる。東京が壊滅したら、危険地帯を歩いて隣の県の自宅までたどり着かねばならない。
 左右の高いビルから硝子が降りまくるわ、地面は陥没しまくるわ、迷路状の道はあちこち通れなくなっているわ、火の手は上がるわ、人口が密集しているだけに水や食べ物を求めて暴徒化する人々も多そうだわで、東京を抜けるだけでも大変そうである。

 だから、啓発も割と盛んである。啓発したからって、皆が準備するかというと、勿論そんなことは無い。でも、ま、「いつか来ると思っていた」と、「津波や地震が来るとは考えもしなかった」では、かなり違うよね。


 去年は、気象も「観測史上最高の」何々、というフレーズが目白押しだった。全く、体が保ちませんよ。ということで、異動シーズン&繁忙期なのに、高熱で寝込んでしまった。立てないほどの病気の時だけ、狭い家で良かった、と思う。広い家だと、水を飲みにキッチンまでたどり着く前に行き倒れる。うーん、実家がそうだったな。


 母が倒れたので、今、実家は誰もいない状態。
春物の服を取りに行った。何度見ても、田舎の家は富士の裾野のようにだだっ広くて無駄なスペースにあふれて見える。
おまけに、土と木々が普通にある!!!!
 
 弟の嫁さんが車で母の病院に連れて行ってくれた道すがら、あちこちに残る雑木林の美しさにめまいがした。白い木蓮が儀式めいて枝に大振りの花を付け、素晴らしいことこの上ない。

 田舎といっても、たかだかさいたま市とその周辺である。切り刻まれた雑木林が、襤褸切れの端程度に残っているだけ、と分かってはいるが。それでも、これだけすばらしく見えてしまうとは、何というか、日頃の生活環境が不自然きわまりないのだろう。

 ううーん、木と土と水くらい、大して贅沢じゃないでしょ。
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by leea_blog | 2005-04-04 02:18 | Comments(0)