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天城山中 明るい異界2

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↑【深山】
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【浄蓮の滝】

叩きつけるような大粒の天気雨に襲われ続けた伊豆逃避行。

吉野熊野の、荒々しい古い力の残る深山と比べると、伊豆は明るい。凶霊の気配が無い。寂しい位だ。

吉野熊野に行く時間が足りない為、手短に伊豆にした。伊豆は、海も山も温泉も豊富。

打ち寄せる海際に沿って南下する予定が、晴れた伊東の沖に降る雨を観ている内に、突如変更となった。久々の、行き当たりばったり・どうにかなるわ、の旅である。

さあ、次はどこに泊まる? 交通手段は? 
観光案内所で地図をもらい、眺め、路線図を睨む。伊豆は鉄道よりもバスが便利だ。伊東から一時間程で中伊豆の修善寺に着くらしい。

取り合えず、修善寺へ。修善寺からバスを乗り継いで天城山中へ。
天城(あまぎ)。天の城。心引かれる文字である。
深山幽谷系の宿を探したが、深山イコール吉野熊野になっている頭では、伊豆の、バスで行けるような場所は深山には見えない。

孔雀明王の呪を唱えつつ剣で辺りを払いながら進むのが深山。神隠しに合うのが深山。うっそうとした木々の高みで、烏天狗がどっと哄笑するのが深山。死者が行き交うのが深山。圧倒的な恐怖と隣り合わせの、地神の力が歩む足から這い登るのが、深山。

天城山中は、そうした場所に出会う事も無く、美しい渓谷を堪能した。
 滝が多い。浄蓮の滝は伊豆最大。滝の方に降ってゆくと、霧雨が降り出した。いや、違う、霧雨ではなかった。折からの豪雨続きで水勢の増した滝の飛沫が、舞い上がって、滝の姿も見えない内から降り注ぐのだった。凄い。

滝に近づくにつれ、地鳴りのようなすさまじい音が辺りを揺らす。
 滝壺脇は霧が立ちこめたような一面の飛沫と轟音。防水の甘いデジカメではカメラがやられてしまう。
 凄烈な水が豊富で、山葵田がある。中伊豆では刺し身を頼むと本物の山葵が付いてくる。普段は偽山葵使ってるのか、と呆れる人はどれくらい居るのだろうか? 関東平野部普通の民家では、チューブの山葵が出回る前は、粉末の山葵を水で溶いたような物を使っていた。すり下ろす山葵は、高級料理店でたまにお目にかかるぐらい。

階段を上がり、崖上のバス停前に出る。土産物店が並んでいる。ワサビアイスクリームと炭火焼きの鮎の塩焼きがお勧めだ。取れたての鮎は違う魚のように美味だった!!! 今まで食べた鮎が、冷凍だったのか????? それとも、浄蓮の滝の水が良いのか?


取れたばかりの鮎。↓
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by leea_blog | 2007-09-28 01:10 | Comments(0)

渓谷の底、河のほとり

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木太刀荘の露天風呂。
渓流の水音は、轟々と耳を聾さんばかり。
水はエメラルドグリーン。

ひのきの湯船に浸かりつつ、渓流を眺める。入りたいでしょう?

黄昏時近く。フラッシュ無しで撮影。
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by leea_blog | 2007-09-25 23:37 | Comments(0)

天城山中 明るい異界

携帯で撮った画質の悪さにがっかりして、9月中旬の天城山中の写真をアップ。
デジカメにようやく慣れてきて、撮りたいイメージに少し近づける心地、、、、

と思ったが。アップして見ると画面の具合が物凄く違うなぁ。。。
何か違う。どうも違う。かなり違う。納得いかないなぁ。

とはいえ、どんなに手を入れても他の人のパソコンではまた違って見えてしまうのだ。

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by leea_blog | 2007-09-25 23:29 | Comments(0)

月の光で 輝く池と化してゆく

外階段を上がりきって、驚いた。隣家の屋根が濡れている。
つや出しの液体をたっぷりかけたばかりのように、濡れて光っている。瓦をとりかえたのか。光る部分から屋根が池に変わる。

ああ、ちがう、満月なのだ。名高い中秋の。
凄い、月の姿。まるで別人の輝き。そう、確かに別人の月なのだ。正体を現した美しい天球。流れる暗い雲の縁が、大きく虹色に輝いて貝の内側のよう。

月の光に液化してゆく辺りの景色を、携帯のカメラで撮った。さっぱり上手く撮れない。

デジカメで撮り直そうと部屋に入った。窓から眺めているうちに、撮る気が消散してゆく。レンズ越しに見るのは苦痛だ。どうせこの日は皆が空を見上げているのだろう。月光を浴びつつ、眠る事にした。毎日がこんな月なら良いのに、とひとりごちつつ。

↓ 池化した屋根の瓦が撮れていない。。。。でおとぎ話の家並みのよう。

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by leea_blog | 2007-09-25 23:19 | Comments(0)

日常の中の呪術・絢爛の布地・フォルチュニイ

ゆめか、うつつか。マリアーノ・フォルチュニイ。

19世紀ヴェネツイアの、服飾デザイナーであり、布地デザイナーでもあり、画家でもあり、舞台芸術もやり、と、多才なアーティストだった。

中高生の頃、フォルチュニイのデルフォイ風ドレス、「デルフォス」をまとった女性の写真を見て、美しさに気が遠くなる心地がした。

繊細なプリーツの絹を留める、あまたの水滴のような硝子玉。
中世の絢爛のまぼろしめいた、テキスタイル。布の曲線と質感を最大に活かした、宝石のような衣類だった。

長らく作者の名前を忘れていたが、最近Mariano Fortunyと判明。

Fortunyのサイトをリンク集に付け加えた。

私が十代の頃に見たフォルチュニイの写真は、スクラップにして保管してあるはずだが、探しているときに限って見つからない。見つかったらアップする予定だ。


↓【京都服飾文化研究財団コレクション ファッション 18世紀から現代まで】より。本の撮影と撮影画像の処理はリリ山
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by leea_blog | 2007-09-23 22:25 | Comments(0)

天城山中・「のぞいてください」 

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天城山中、湯ケ島温泉バス停付近。
インパクトのある看板。

“のぞいて下さい”というシンプルで直接的なコピーも新鮮だし、コロッケ亭というコロッケ専門店を思わせる名前も、バランスを無視しているため「一所懸命手作りしました」と力強くアピールする看板の文字もすべて、天城山中を走り抜けるドライバーの視野の片隅に入ったが最後、気になって気になって、通り過ぎても引き返さざるを得ないパワーがある。

 普通のコロッケの店であるはずがない、という、妙な疑念と怪しい期待を脳の奥にかもし出すパワーがある。

 天気雨、しかも強烈な豪雨に襲われ続けながらバスを乗り継いで湯ケ島にたどり着いたワタクシも、打たれて足を止めた。

 コロッケ亭はあいにく定休日で、硝子のとびらは閉ざされ、色あせたカーテンが引かれて店の奥を伺う事もできない。日曜なのに、通りには歩く人も無い。商店なのに日曜定休。。。コロッケかぁ。美味しいコロッケは大好きだ。食べたい。そもそも、どんなコロッケなのか。

 店の前にたたずんで耳を凝らしたが、店舗の奥に人の気配は無い。この看板の迫力は、コロッケ屋さんというよりは、「見せ物小屋」を期待させるインパクトだ。普通のコロッケ屋が“のぞいて下さい”なんて看板に書くか? 否である。

 見せ物小屋が、コロッケ屋のふりをしている、つまり、非合法な見せ物をやっているため、官憲に踏み込まれた時はコロッケ屋に早変わりするのではないか?

 猪みそ漬け ベーコンも、普通に気になる。その下ではねている物体は何????

 店の前をうろうろする内、硝子に張られたコロッケの写真を発見した。
 反射して見にくいが、下の写真である。

 黄色い看板の下ではねていたのは、「猪コロッケ」だったか。
 猪の形をしているから? 猪の肉を使っているのかな? 猪が作っているコロッケかもしれないぞ? 
 食する事や実物を見る事はできなかったが、写真を見て少し満足できた。割と尋常な形と写真だったからである。

 
 
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by leea_blog | 2007-09-17 23:39 | Comments(0)

桃の色気

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さあ、かわいこちゃん。
今日のモデルは桃である。
わざわざ伊豆長岡の老舗旅館まで撮影に出かけたのだ。

うむ。フィクションである。
事実は違う。現地の趣味の良い八百屋の店先で、甘い芳香を放つ桃に目を奪われた。桃を手に取った私を見て八百屋のお兄さんが意味あり気な微笑を浮かべたのに気付いた。
素晴らしい芳香を漂わせる巨峰とともに、宿に連れて帰った。現地調達モデルというわけだ。

朝の光の中で考え事をしている桃を撮影した。
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by leea_blog | 2007-09-17 00:22 | Comments(0)

ANGEL MYTHOS 3 と、麗しの素材

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↑高田明美さん、高田美苗さん姉妹の二人展・「ANGEL MYTHOS 3」の案内葉書。
撮影加工/西野りーあ。

大粒の葡萄が店先に並んでいる。
じりじりと灼けつく日差しは相変わらずだが、夜にはこおろぎ類の美しい音が響いている。今年は栄養が良いのだろうか、こおろぎ類。ほとんど大音響である。

そう、気がつけば九月の半ばなのだった。
時間が駈け過ぎてゆく心地がする。

 天使屋・小原ミチルさんに誘われて高田明美さん美苗さん姉妹の展覧会を見に行った。美しい銀細工アクセサリーと、精緻な銅版画に思わずくらくら。

 ストレス解消と称して美しいものに散財しまくっているワタクシは、また銅版画を買いそうになった。そのとき、背後でスパン・アートギャラリーの人の声がした。高田美苗さんに挨拶している。営業に来てるのか、買い付けかは不明である。曲線も麗しいアクセサリーを見ていた私は思わず身をすくめた。

 ワタクシは先日、スパン・アートギャラリーでアルフォンス・イノウエさんの銅版画を複数点買ったばかりである。同じ匂いのする作風のところには、やはり同じような人が来ているものだ。

 ワタクシは高級遊女の館を泊まり歩いているところを見つかりかけた貧乏貴族(普段は謹厳実直を装っている)さながらに、知っている人が去るまで壁の方を向いたままだった。

 うむ。突然自分の昨今がやましくなったのだ。実は版画を買いまくった何日か後、西武デパートで行われた古書市で、またしてもイノウエさんの銅版画を複数入手しているのである。イノウエさんの個展でまとめて額ごと買った人が、他のものを入手するためこれまたまとめて手放したというものだ。大量に出回っている訳でもない、どちらかというとレア物が、短期間の内に現れたのだ。

「神がワタクシを慰めるために与えてくださったのだ」と勝手な理屈をつけてカードで購入した。それほど間を置かずに、たまたま誘われた別の展示会ですぐさま別の作家の、しかし分かる人には分かる共通点のある作品を、紙に穴が開くような目つきで眺めているのであった。

 他人から見れば普通の事でも、ワタクシには恥ずかしい事だった。自作を延々と棚上げしたまま俗事に追われて息を切らし、他人様の原稿を預かったまま【揺蘭】の編集も進んでいない。創作費用と裁判費用を捻出するため身の回り品をフリマに出している余裕の無さなのに、稼いだ微銭は【美しい物】に消えていく。辛い現実から半狂乱で逃げているのが自分でひしひしと分かっているのだ。

「こんなことをしていちゃいけない」と言いつつ、現実から一時でも目をそらすために高級ワインをあおり続けて酔いつぶれるようなものだ。高級ワインはヤケであおるものではない。味わうものだ。味わう余裕のないヤツは、金のある無しに係わらず飲むな。みっともないから。

 と、美しいものたちと芳香を放つおびただしい花にあふれた画廊で、自作を放置したままヤケになっている自分を叱った。「いつからそなたはそんな小者に成り下がったのか。報復は闇の職安にでも任せて、やることをやるのじゃ。このばか者」と何者かに襟首をつかまれ、本来居るべき場所に乱暴に放り戻された心地して。

 ミチルさんと土曜の銀座をさまよう内、天然石の素材屋が突如立ちはだかった。光があふれる店内に、これ見よがしに滝状に垂れ下がる石たち、真珠たち。本物を使いたかったけど予算不足でイミテーションを使っていた過去が怒濤のごとく思い出された。ああ、もうがまんできない。とばかりに、またしてもカードで購入。

 楽しかった。身体は資本だ。心も資本。溜まりに溜まった心身の不調を少しでも調整すべく、一路伊豆へ向かったのである。
 
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by leea_blog | 2007-09-17 00:08 | Comments(0)