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恋月姫の【ミゼリコルディア】 と 野波浩の【陶肌曜変】

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本日の戦利品。恋月姫の人形と野波浩の美写真のコラボレーション。そのカンバッジセット。二千円。 小島文美のカンバッジセット、1600円。美しいチラシ。

浅草橋のパラボリカ・ビスにて。

パラボリカ・ビスは室内の雰囲気も内容の充実度も格段に上がっており、空間そのものを楽しめる。

恋月姫の展示、【ミゼリコルディア】はこれまで見た中で一番の凝った展示だった。多数の蝋の棺が並べられ、繊細にして異界性の高まった少女たち(否、年齢不詳)が無数に横たわっている。壁際に並んだ重厚で美しい燭台と布、半透明の棺の下から溢れ出す照明、褪せた色の夥しい模造花弁。人形の並べ方も吸血の姫らの死ならぬ死の眠りを守る陣形を組んで、実に見飽きない。

入場料800円。5月12日まで。
会場はリンク集の遊行径から夜想をクリックしてね。

いや、これが目的で出かけたのではない。5月11日の文学フリマの打ち合わせ(夜の会の横山氏がスペースを取ってくれた)のため、逐電中のワタクシがこの世に呼び出されたのだ。ついでに森林浴でも、と思ったが、【美は心身の疲労に効く】ので急きょこれを見に行った。

揺蘭表紙は最初は「新春号」だったが「春号」に変わり、大幅な遅れの為入稿直前に「初夏号」となった。象牙色の紙に青紫のインクで印刷。
関係者の御手元には水妖、いや水曜か木曜に発送される予定。

前号後書きでは横山氏が文学美術から引退宣言をし、今号後書きでは西野りーあが此の世から引退宣言一歩手前である(笑)。

此の世から引退といっても泣き寝入りではない。ウチの宗派は、敢闘精神を失ったら、ワルキューレが魂をヴァルハラに運んでくれないのだ。
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by leea_blog | 2008-04-21 00:05 | 日常日記 | Comments(2)

幻想の梅林 2

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猛々しい美しさ
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by leea_blog | 2008-04-20 00:18 | Comments(0)

幻想の梅林

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湯河原梅林・過去分
切るような夜気と梅花の芳香。
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by leea_blog | 2008-04-20 00:12 | Comments(0)

善光寺の辞退と言論状況

善光寺が聖火リレーの出発地点を辞退したとの事。
寺の良心が生きているとの証を立てた。


日本は表向きは言論の自由が保証されているようで、実は様々な見えない圧力が大変に強い。辞退は仏教寺院として当然と思うが、我が国においては勇気の要る決断だったのではないだろうか。良くないニュースが続く昨今、少しほっとする報道だった。

 宗教者や文学者、表現者が自身の良心に恥じない言動をしないなら、誰がするというのだろうか。宗教や芸術関係は、硬直した社会を柔軟にして新鮮な水や空気を循環させる役割がある。

中国は優れた歴史と文化を持つ国だ。それは世界が認める所なのだから、内外に対して「大人」の度量をこれでもかと見せても良いはずだ。
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by leea_blog | 2008-04-18 21:34 | Comments(0)

幻想の梅林

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↑ 【湯河原・梅林 過去分 夜間ライトアップ時 携帯で撮影/西野りーあ】

突如梅見を決めて、携帯で湯河原観光協会に電話し、当日の宿を取りあえず押さえ、用意もせずに出かけた時のものだ。

昼の方が、美しいものがよく見える。しかし闇の中の花は別の結界を作り出す。

夜の梅林を歩く人々は、まるで物語の中を散策しているようだった。
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by leea_blog | 2008-04-17 23:14 | Comments(4)

揺蘭完成のお知らせ

取りあえず、告知です。
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by leea_blog | 2008-04-16 00:56 | Comments(0)

聖火リレーの報道など 長野はどうする



毎日のように報道される聖火リレー。もれなく抗議行動とチベット問題がセットで付いてくる。スポーツに関心が薄いワタクシも、「知らない内にオリンピックが終わっていた」とは言えない状況だ。

それにしても端で見ていて胃が痛くなるような代物ではないか。
サンフランシスコでの、こっそりコース変更・一般の人々を呆然とさせた件は、一般の人々に精神的な暴力を振るったようなものだった。「一般の民衆? あんたらには関係ないよ」と行動で示したわけで、抗議問題に無関心な人の心にまで憎しみの灯をともすと思われる。アメリカでそれが行われた事に唖然とした。権力者が意図的に情報を隠したり操作して一般人の意思表示の機会を奪うのは、暴力で鎮圧する事に劣らない行為だ。しかも海外に報道されている最中なのに、大胆といいますか、「それはさすがにまずいでしょう」といいますか。ここまでして「聖火に土地を通過させる」意味が分からない。土地の人々を怒らせて回ってどうするのだろう。


人前で何かをやれば、主催者にとって面白くない意見や抗議もありうる。そんなのは当たり前だし、むしろ健全な事だ。それが「人前」なのだ。催しは大きくても小さくても、陰で大変な調整努力が払われるものだ。それを惜しまないからこそ、成功が評価される。

今月26日には長野で聖火リレーがあるので国内の注目度も高まっている。そもそも何の為のセレモニーなのか、無自覚なままでは国際的に恥ずかしい事態となっている。「とりあえず、難しい事は後にして成功させましょうよ」と日本人的に言いたい人も居るはずだが、素朴すぎるのはまずいでしょう。

妨害が起こらなければ成功なのか。否と思う。とりわけ現代日本は「ことなかれ」の考えが強い。思索、対話、調整その他の途中経過を飛ばすので省エネにはなる。が、頭と感性は確実に退化する。一人一人が「ではどうしたらいいか」等の自分の考えを持てて深める機会になる事を祈る。



余談だが。
言わなくてもいい恥ずかしい記憶を一つ。

若さは時として馬鹿と同義語である。
うーんと若い頃、ラサにダライラマが居ないのを知らなかった。チベットが中国領なのも知らなかった。チベットからも中国からも叱られそうである。そのくせチベット仏教等には一通りの知識があった。「今何が起こっているか」の前に、自分の身の処し方すら分からなかった時代だ。史学科を中退して人生に悩んでいた頃だ。大学生なのにそれでどうする、と今なら顔から火が出そうな記憶だ。うん、新聞は読んでいた。

海外では日本が中国の一部だと思っている人や、敗戦後日本はアメリカ領で英語が通じると信じている人たちも普通に居た(今も居る)。あなた方、日本の車や家電品を崇めているのにそれは無いだろう、と内心思いつつ、説明した。

行き着く所は結局、身の回り感覚の良心だろうと思う。世界は遠い場所とは言えない。身の回り感覚で、言論の自由や個人の尊厳は死守したい。チベット報道で胃が痛くなるのも、生活感覚の、普通の延長なのだ。
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by leea_blog | 2008-04-14 22:56 | Comments(0)

矢川澄子さん翻訳奇譚 雨姫さま

さて。

外国文学は、翻訳の善し悪しが大きく左右する。酷い翻訳は、ほとんど犯罪だ。そのお陰で沢山の善良な人々が【文学なんて退屈】と刷り込まれてその後の人生を送る→感受性・思索力の成長が止まる→本来享受できたものを享受できずに人生を終えるのだ。

知人からのメールで、ヒットがあった。個人間のやりとりで終えてしまうのはもったいないので、作者の了承を得て以下に転記、公開した。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
【矢川澄子さん翻訳奇譚】
文学に疎いアテクシこと私は、彼女の名前をほんの数週間前に知ったのです。
高校生の頃、澁澤に感化されたにも関わらず、また児童文学〜ドイツロマン派が
好きにも関わらず、×十年その名前を知らなかった。
その方が、むしろ不思議だと思う。でも知らなかったのです。

で、最近になってそれを知った経緯が、ある意味スゴイんです。

幼稚園か小学校低学年の頃、K子ちゃんという、本好きなオマセな女の子と
とても仲が良かったの。
そのK子ちゃんが、何かの呪文だかおまじないの言葉を教えてくれたんだけど、
それが余りにも印象的で、幾十ウン歳になる現在まで、ずうっと憶えてたんです。

(憶えている部分だけを抜粋)
 火男おどるよ 野に山に
 用心なされや 目覚めぬうちは
 母さん招くよ 夜の里へ


すごいでしょ、怖いでしょ?!
で、ネットを始めた当初から、この呪文のような一文の出自を知りたくて
検索したこともあるのです。だけどヒットしなかったの。
それが、この前、ふとまた検索してみようと思ってググったら、ヒットしたの!
で、それがシュトルムというドイツロマン派の人が書いた童話「雨姫さま」で
あることを知ったのです。

どうやら、その本は廃刊になってるらしく、ヤフオクでも高かったので、
図書館で借りてきました。
文庫と絵本、翻訳者が違う2冊。
一冊の方は…酷い翻訳でした。上記の呪文の部分が…下記の通り。

  水はひあがり
  いずみは ほこりだらけ
  森は ちんもくし
  火おとこは 畑でおどる
  気をつけて! 目をさまさないと
  お母さんが あなたをつれにくる
  やみのおうちへ!

もう一冊は、確かに私が記憶し続けていた、あの文章だったのです!!!

  なみはかすみよ
  いずみはきりよ
  森はひっそり
  火男おどるよ野に山に
  用心なされや
  めざめぬうちは
  かあさんまねくよ
  夜の里へ

ああ、約×十年ぶりに、この呪文に再会出来るとは…。
インターネット、万歳です!

そうです、この翻訳者こそ、矢川澄子さん。
雨姫さまは、この呪文部分だけでなく、その他の部分も、もう言葉の調べが
繊細にして豊饒な音楽のような、上質の布の質感と肌触りのような、高級神霊の波動
としか言いようのないものを感じました。(下手すると原作を超えてたりして…)
こういった感動は、久しぶりです。
++++++++++++++++++++++++++++++++



> 高校生の頃、澁澤に感化されたにも関わらず、また児童文学〜ドイツロマン派が 好きにも関わらず、ん十余年その名前を知らなかった。

これは、後の楽しみの為に、無意識がわざと矢川澄子の名前を飛ばして読んでいたにちがいない。

そういえば高校生の頃、同級生らと訳文を並べて批評し合ったりした。脳を活性化させる遊びの一つとしても推奨したい。
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by leea_blog | 2008-04-01 00:19 | Comments(0)