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突然の雷雨 紅い大気

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重苦しい曇天が続いた。
予報では「降る」、というがさっぱり降らないまま日が過ぎた。

日曜夕方、すさまじい勢いで雨が降り始めた。
天を転がるいかずち。
夏バテに苦しんでいたワタクシも、歓喜して窓を開け、飛沫に白く煙る景色を眺めた。
豪雨と雷鳴に混じって、救急車のサイレンが複数交錯する。突然の雨でけが人でも出たのだろうか。

やがて。
窓が紅いセロファンを貼り付けたように染まった。
豪雨が通り過ぎた後の日没に、大気が一面の赤となっていたのだ。大気に透明水彩絵の具を流したような、奇っ怪で壮麗な日没だった。久々に見る、天の溶鉱炉。
いや、これはもっと不吉な気配を含んでいる。

携帯で撮ったが、一面の紅が出ていない。
これでは普通の夕焼けではないか。
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by leea_blog | 2008-07-27 23:48 | Comments(0)

書物の選び方  全裸で琵琶を弾く青い髪の弁財天など



ああ、またやってしまった。
美容院(現金払いのみ)の帰りに、古書店(同じく現金払いのみ)に吸い込まれて、食材を買う現金が底を尽きてしまった。

書物への妄執は、過去ゆりうたに重ねて書いた。
書物は、一般の「買い物病」よりもお得である。物品は風化するが、書物は読んだ個人の心に蓄積されるためだ。
小学生の頃、小遣いを貯めて買った本がいまだに再読の価値があるのを見ても、驚異的にお得な買い物である。

そうはいっても、「金返せ」と涙ぐみたくなるような買い物はしたくないものだ。
失敗しにくい選び方は。

1 信頼できる知人友人に聞く。
2 信頼できる(センスと良心度)書評を参考にする
3 小説の場合は、文体をみる。
4 詩は、一頁でも読んで見る
5 歴史、神話伝説、翻訳物を選ぶ時は、自分の知っている箇所を探し出して読んでみると、その本全体の信頼度が推測できる。
6 翻訳物は、翻訳者によってまるで違ってくる。好みの翻訳者を憶えておく。
7 気に入った傾向の作者関連を調べると、芋づる式に好みの傾向本、知りたい事柄を扱った本に出会える。
8 図書館を大いに利用する。
9 ひたすら読む。勘が付いてくる。酒や食事と同じである。


上記の5だが。
子供向けと思われる、「世界の神話と伝説 神々と英雄」(小学館)という翻訳物を買ってしまった。日本神話の頁を立ち読みしたところ、別の意味で凄かったのだ。

美しい色彩のイラストがふんだんに付いており、イラストは神話伝説の解釈としても、イメージの展開としても面白い物だ。
だが、この本は。青い髪の弁天が一糸まとわぬ姿で琵琶を弾いていたり、スサノオが歌舞伎の鏡獅子と京劇の折衷だったり、天岩戸のシーンでは平安時代の髪形の天照大神に能衣装の神々、烏帽子を付けた神々、僧形の神も混じっている、という衝撃度だった。

日本と中国の区別があいまいであるだけではなく、時代考証がむちゃくちゃなのだった。奈良時代の衣装の芸者ガールが牛車で旅をする姿を「東京」として紹介されたくらいの凄さである。イギリスの本だが、他の地域のイラストについても、信頼度が推測できるではないか?

日本神話の部分だけ、イラストの下に「さし絵は想像図です」と注釈が付いている。原書に無い注釈を付けざるを得ないだろう。

文章の方は、おおむね誤解や勘違いが無く、重要なエッセンスも抜かりなく入っていた。短い文の中に大変美しい表現も多く見られて、優れものといえた。

神話伝説は詳しいワタクシは、イラストの衝撃が無ければ買わなかっただろう。イラストレーターは、仕事として引き受けたのだから、ちょっと調べて時代の辻褄を合わせる位が、それほど手間だろうか。トホホであるが、青い髪に全裸の弁天等が妙に面白く、買ってしまった。

画像を載せようとしたら、このブログの画像の掲載容量がもう一杯らしい。古い画像を削除して、またのちにご紹介したい。
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by leea_blog | 2008-07-27 00:36 | Comments(0)

花灯篭 浴衣の幼児



煙草を買いに出かけて、世にも美しいものを見た。

夜の八時だった。
住宅街のほの暗い道を、ぎょっとするほど美しいものが近づいてくる。地面に近いあたりにゆらゆらと揺れる、二対の提灯だった。
浴衣を着た幼い女の子が並んで、棒の先に提灯を捧げて歩いてくるのだ。

提灯は子供用の小振りの作りで、下部が狭い甕のような曲線だ。上部は薄薔薇色、真ん中はほのかな黄色、下部にわずかに薄い緑が見える。提灯の内側に揺れているのは蝋燭の炎。光は和紙に漉されてささげ持つ浴衣の裾を照らす。

絶え間なくまたたく火を包んだ提灯の、華奢にして優美な事。幼い子らの浴衣の帯が長く垂れた様の、くらくらするような質感。

女の子と男の子の区別がまだ分かれていないような年齢の、小さな手に握られた柄、背が低い為提灯がいずれも地面に近くなること、小さな歩幅、背景の浴衣地、提灯の花のような色彩、生きた火、暗い路地でほの美しい色の灯ばかりが見えて人影は闇に溶けたまま近づいてくる、などの条件が重なって、言葉を失うほどの光景だった。

保育園の催しがあるらしく、他にも同じ提灯、浴衣姿の幼い子と保護者がそぞろ歩くのに出くわした。小道の交差する場所を先回りして何度も眺めた。

女の子が提灯を高めにもたげて、母親に「怖い?」と聞いていた。
お化けのようか、と言う意味だろう。

ワタクシはにっこり微笑んで心で答える。
「怖くないよ。地霊のように綺麗だよ。食べちゃいたいくらい」。
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by leea_blog | 2008-07-19 22:48 | Comments(0)

夕涼み という 言葉。 夏の夕暮れ。



梅雨が明けた。
実生活の感覚としては、とうに明けていた気がする。

昔は、夏に雨が降ると涼しくなった。大地に打ち水をしたように。昨今は、熱せられたアスファルトやコンクリートの上に雨が降っても、涼しくならない。むっとする湿気が加わるだけだ。

昨日、昼、すさまじいにわか雨があった。
低い雲の上をバリバリと雷が転げ回っており、雷雨が好きなワタクシは半ば嬉々として家の扉を開けた。にわか雨に冷やされた大気が顔を打つはずが。蒸し器のような熱気に打たれた。
「何、これ」と憮然としつつ、雨の中を駅に向かったのだった。

昔は【夕涼み】という言葉があった。
真夏でも、夕方になればすうっと過ごしやすくなったのだ。夏の夕暮れ、夏の夜は、ことのほか美しかった。家から出てきて、いつまでも薄明るい夏の夕暮れを、夕風を感じながら楽しんだのだ。

今は、夕方になっても涼しくない。息苦しい熱気が嫌な湿気をまじえて滞留し続ける。慢性熱帯夜。

【涼む】という表現も、使われなくなっている。
「ちょっと涼みましょう」という具合に使う。現在では涼しい気配を堪能したいなら、クーラーの効いた場所に行くしかない。

土と木が沢山ある場所なら、話は別だ。みっしりと繁った夏の木陰には、ひやりとする空気が溜まっている。そうした場所に行き着く為には、電車で二、三時間、さらにバスで五六十分かかる。

「そう言いなさるな。海ぎわがあるじゃないか」、と、東京湾に出れば。レインボーブリッジを渡った頃から、空気が一変する。空気が生きて流れているのだ。夜の海にたゆたう屋形船の灯も美しい。が。ホテルの部屋代が、近寄りがたい値段になっているのだった。。。。。
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by leea_blog | 2008-07-19 13:48 | Comments(0)

豪雨の合間  七月の百合 

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よその家の塀越しに、道を睥睨する七月の百合。
雲の垂れ込める空も、夏をはらんでまぶしい。
百合の花は長身で、あたりを払う威厳がある。
この百合は香りが無いが、香りの強い百合は素晴らしい。
買って部屋に置いておくと、夜の間中香が立ちこめて、
気分が悪くなるほどだ。

気分が悪くなるほど猛々しい花の香とは、素晴らしいではないか。
野生で群れて咲いていたら、どんな具合だろうか。

携帯で撮影。

ところで。
デジタルカメラの電池だが。
冗談かと思うほど高い、リチウム電池を使っていた。
昨今は、充電して何回も使える電池が出回っている。
試しにeneloop(エネループ)を買った。
快適だ。
充電できない電池は、もう買いたくないほどだ。
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by leea_blog | 2008-07-16 21:36 | Comments(0)

猛暑のけはい——高脚漂流寝台編

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↑ 【漂流ベッド/高脚寝台が湖水を漂う】


昨日は今年の最高気温だったらしい。
部屋にいると汗がだらだらと流れ、体力が刻々奪われてゆく。身の危険を感じて屋外に出た。外は暑いといっても、室内に比べれば普通の暑さだった。

集合住宅は、冬は寒くて夏は暑い。昔の日本家屋が懐かしい。空気が流れるように作られているのだ。今の家は酷い。外に出れば涼しい空気が流れているのに、風の通り道を無視して建てられている為、窓を開けても風など入ってこない。

理想の住まいについて、色々考える。
タイのバンコクに、「ジム・トンプソンの家」がある。タイシルクで財を成したジム・トンプソンが生前住んでいた建物で、一般公開されている。過去も現在も未来も溶かし込んで午睡する、魅惑的な住まいだ。

住まいに何を求めるかは人によって違うだろう。
私の場合は、「心身、さらに魂の疲労を癒す」場所であることが不可欠だ。
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by leea_blog | 2008-07-06 22:10 | Comments(0)

レオノーラキャリントン・ 耳ラッパ



レオノーラ・キャリントンの素晴らしい短編集『恐怖の館』について先日触れた。シュールレアリスト全開の『恐怖の館』に比べ、長編『耳ラッパ』はほぼ万人向きだ。

 ほぼ万人向き、というのは、筋が普通にあるし、普通に登場人物が際立っているし、引き込まれる伏線も普通に沢山あり、構成も普通にしっかりして、何より文体がシュールレアリスムではない、つまり普通に読んで普通に面白い、という意味だ。

(アンドレ・ブルトンの「溶ける魚」が初心者にもお勧めの、詩的イメージに満ちあふれた素晴らしい短編集だ、とワタクシが言っても、多くの人はシュールレアリスムな文体に恐れをなして読むのを止める。非・万人向きの例である)

 書物に対して「普通に」と言う時は褒めて無い時なのだが、この作品は「普通じゃつまらないだろ」と思う人にも面白い。

私がうんと若い頃、『妖精文庫』という翻訳ファンタジーのシリーズがあった。装丁がどれも、素晴らしく美しかった。シリーズに収録されている作品のチョイスはワタクシの好みと違ったが、本の美しさに魅かれて、何冊か買った。『耳ラッパ』も妖精文庫で出ていたが、当時は買わなかった。出会うのが遅れたわけだ。

主人公は92歳の老婦人だ。彼女は比較的常識的で普通の感性の持ち主だが、彼女の親友や男友達、そして老人ホームの面々が一癖も二癖もある高齢の方々だ。
かなりの高齢者が中心に活躍する、錬金術的、魔術的で痛快な幻想文学なのだ。


高齢になるということは、現代日本では、否定的なイメージに溢れている。一昔前は、「悠々自適の年金暮らし・趣味に没頭できるご隠居生活」という、それなりのイメージもあった。貯金して利子で生活、というのも昔はあった。

が。昨今は。年金も将来はもらえないかもしれない、税金は上がる、年寄りも死ぬまで働かされそうだし、虐待されるかもしれない。と、まぁ、体が利かなくなって病気も多くなるだけではなく、楽しくないイメージが多過ぎる。
年寄り云々の前に、いわゆる熟年になる、という事に否定的イメージがまん延している。仕事とローンに追われ、あるいは満員電車で通勤し自分の時間が無い、揚げ句はリストラや過労死、働き盛りの自殺が多発、となると、「早く大人になりたいぜ」というのが無い。

「かっこいい大人」像については、後日書きたい。今回は、「かっこいい老人」像である。かっこいい老人の代表格(幻想文学で)は、指輪物語のガンダルフだろう。指輪物語では、老人は大抵賢者で何がしかの権力・呪力、あるいは深い知識と知恵を持っている。しかも行動的だ。若いもんを救う英雄的な行動に溢れて、実に頼りになる。
 指輪物語ではエルフ族が重要な役目を果たすのだが、彼らは殺されない限り死なない種族で、彼らは何千年の知恵を秘めている。「世界と同じくらい古い」事は驚嘆すべき、名誉な事なのだ。もともとのスケールが違う。

『耳らっぱ』の主人公マリアンは耳もよく聞こえず歯も無くまずうらやましい体力状況ではない。不良の孫に悪口雑言を浴びせられ、嫌な性格の嫁に疎まれ、息子は性格がいいがそれだけで、特に対話も無い。愛着のある日常から引きはがされて、望まない老人ホームに入れられる。老人ホームの経営者夫婦はケチで悪人、ホームの同輩にも性悪な老人多し。と、まぁ、ありがちな設定で、楽しい老後とは言いにくい。
 が。老人ホームに入ってから、事は急展開する。100歳近い生活や日々が、楽しそうでかっこいい展開となってくるのだ。

私は立ち読み時にうっかり最後の一文を読んでしまった。読んでしまって、「凄そう」とすぐに買った。
これから読む人にも差し支えない上、この一文だけで凄さが伝わる為、以下に引用する。
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「もし老いた婦人がラップランドに行けないとすれば、そのときにはラップランドが老いた婦人のところにやって来るにちがいありません。」(中野雅代・訳)
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線画5枚と写真4枚が収録されて、2000円+税。工作舎。
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by leea_blog | 2008-07-02 22:05 | 幻想書物 | Comments(0)

NIYAZ nine heavens  ニヤーズ



ふらりとWAVEに立ち寄り、CDを買った。
音楽・映像関係ショップは、ほんのり薄暗くて広く、人が少ないのが良い。

ヒーリング系音楽を買うつもりだったが、隣の棚が民俗音楽で、ベリーダンスのCDも並んでいた。視聴できるCDにこれがあったので、ヒーリング系はやめてこちらを買ったのだった。

イスラム、インド圏を旅したおり、現地で色々な音楽を手に入れた。
何でも良いというわけではない。好みがうるさい。
好みの音楽に出会う簡単な方法は、テープ屋に入って好みの音楽を伝えて試聴しまくっる事だ。(昔はテープだった。)

または。
道を歩きながら、店から流れてくる音楽を聞くともなしに聞く。気に入った曲が耳に入ったら、店に寄って、流している曲のタイトルを教えてもらう。現地の発音は難しいので、大抵は紙に書いてもらってそれをテープ屋に持っていって買う。長距離バスで運転手が聞いているラジオの曲が気に入ったら、隣の乗客に下手な現地語でタイトルを聞き、やはり紙に書いてもらう。

音楽に詳しい人なら、もっと効率のよい方法もあるだろう。
私は音楽に詳しくない。自分の琴線に触れるか否かだけで判断した。

旅のおりにこつこつと貯めたテープ類が、iPodで聞けない。どうしてくれるのだ。
むちゃくちゃローカルな音楽の為、CDも見つからない(出ていない可能性のほうが高い)。現地語のジャケットのタイトルが読めない為、CDが出ていたとしてもインターネットで探しようが無い。ううむ。

とりあえず、気晴らしにこれを買ったのだ。NIYAZの、九つの天。
メジャーなアーティストらしいので、私の集めたローカルな代物とはちょっと異なるが、今餓えていた成分を沢山含有している。

目も悦ばせる、何とも美しい色彩ではないか。
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by leea_blog | 2008-07-01 00:33 | | Comments(0)