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諏訪、戸隠、善光寺 巡礼の旅 ー現代詩人会からの督促の事

キャリーカートも引っ張れないほどの激痛というのに、意志の力は驚くべきものだ、諏訪、戸隠に出かけてきた。本当はアジアのリゾートでマッサージ三昧をしたかったのだが、体力的に叶わなかった。
毎日が事件の旅だった。

諏訪では、謎の猫に噛まれて発熱、健康保険証を持っていれば日赤に駆け込む所だった。もうろうとする意識の中で、諸星大二郎の『暗黒神話』を思い出した。

ワタクシも連れの人妻も、道を間違えている事に気付かなかった。二度目の道で、ランドマークに注意しながら歩いていたのに。そんな中での負傷だったのだ。夜、一人になって地図を再確認し、やはり違う道に入っていたと知った。分かれ道を左に行けば旧中山道、正しい道だったのだ。が。道、分かれていた? 二人とも、前日とは違う道のような気がしつつも、一本道だから間違えようが無い、と話していたのだ。
旧中山道が、ワタクシ達二人の前から、あの時間だけ消えたのだ。

体調を更に壊した事もあり、旅は長引いた。
帰宅したばかりだ。
新宿は蒸し暑く、ごみごみして、東南アジアの空港に下り立った心地。

手と腰の激痛も、腫れ上がった足の傷も、煩悩もほとんど消えていた。憑き物が落ちたようだ。体力が戻り、気力も充実していた。

今まで、何を悩んでいたのだろう。
生も死も、変わりない。目先の事にとらわれるから、心の負担が増える一方だったのだ。

と、悟ったような事を言っているのも。
諏訪、戸隠と源泉に浸かり、神仏に祈り、瞑想した賜物。戸隠山中で山伏の孫娘、Kさんと遭遇し、当初の予定に無かった善光寺参りを決行した為である。

体力と明晰が戻って、憑き物が落ちたような晴れ渡った状態で何を考えたか。世の為人の為も有り、長年のトラブル解決には、やはり東京●働局の前で抗議の焼身自殺が良かろう、という事だった。

人徳が無い為であろう、これまでこの事を相談すると、ほとんどの人に考え直すよう言われてしまった。誰も、「よく決心した。お手伝いします!」と言ってくれないのである。ワタクシ如きが自死云々と言っても、気高い行為に見えないのは、想像がつく。

だがもう悩まないし、止められるとわかっている相談もしない。通報されて邪魔が入るのは困る。

と、安らかな気持ちで、帰宅した。
郵便受けに入り切れなくなっている配達物を引き抜いた。訃報か?と思う葉書が一通。現代詩人会から『資料・現代の詩2010』の、『貴原稿が未入稿です』とのお知らせであった!!!!!

一気に世俗の生活に戻った。
連絡も寄越さないのは棄権という事だろう、と思わずに督促してくれた田村雅之さん、お手数をお掛けしております。

脳裏を光の速度で駆け巡ったのは、「ええと、それって何? きっと読み飛ばしてしまったか何かだ。まずい。取りあえず礼と、待って下さいの連絡入れよう」、「アンコールワット状態の部屋のどこから事務連絡を探せばいいかな」、「原稿送ったら遺作となる。原稿は慎重に選ばなくては」、「待った! 自分で納得できる一作が選べない。その前に、原稿の規定を探さなくては」。

「ふーん、死ぬ直前に送ってきた作品がこれなのか。最後とわかっていたならもっと慎重に選べば良かったのに」←これは他人が言うのを想定しているのではなく、自分が自分に厳しい突っ込みを入れているのである。死のうとしていた話は、取りあえず無かった事にしよう。

生存本能より作品本能の方が、桁違いに強力だったのである。
「来世にまたよろしくお願いします」と、あっさり受け流せない自分がいた。
いきなり切りつけられて無意識に反撃してしまうような、反射反応である。思考が入り込む隙も無かった。

え? 抗議の焼身自殺? 映像で残す? そんな事より、『所定の原稿用紙(さきにご送付済み)』って書いてあるじゃん。「済みません取り込み中でして、そのぉ、職場の上部機関と訴訟になるほど揉め、被告代理人の極道振りに長らく寝込んでおりまして、お送り頂いた原稿用紙がすぐに見つかりません」。などなど正直に謝るか? 人嫌いになりかけているものの、督促までしてくれているのに、見なかった事にするのでは、自分が情けない。

ああ。また明日以降考えるとするか。
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by leea_blog | 2008-09-30 01:59 | Comments(0)

男たちの大和とアンチークドールのレプリカ。

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腕と腰に激痛が。
眠れないほど痛いのに、新しい携帯電話と冷蔵庫を迎えた。
痛みを鈍くするため、右手首を左手で握りしめ血の流れを悪くしながらマッサージオイルを探しに行く。

痛くて何も出来ない。仕方なくテレビを見た。
「男たちの大和」。色々考えた。考えている内、ストーリーは進んでいた。見終わってから考えさせるのは良い事だが、見ている内に考えに没頭しては、映画を観ている意味が無いではないか。

山本五十六からもらった短刀を「俺の命じゃぁ」と手入れする男に共感した。

うむ、そこは共感する所ではないのはわかっている。

ナイフで人を殺す犯罪が増えて、規制が厳しい→肩身が狭い。刃渡りの長いナイフが欲しいのに。いずれ持っているだけで犯罪とされてしまうだろう→趣味がこうじて法に触れた例、花輪和一。→「刑務所の中」というマンガで、服役中の主人公が「戦艦大和もこんな感じだったのだろう」と想像するシーン有り→うん、そんな感じだろう、と膝を打ったワタクシ→痛いよ〜、と手首を押さえながらチャンネルを変える内「男たちの大和」に遭遇。見る。→ナイフの手入れ男に共感→趣味が高じて本物の銃を入手、前向きな服役体験を描く花輪和一を思い出す→軍隊はほとんど刑務所だ。刑務所は軍隊だ。個を極限まで制限される。

と、こんな具合にループしつつ、戦争を扱った映画に必須なのは、リアルな屍体表現だ。それが無い。屍体は演技では補えない。撮る側がメイク等で表現しないと。
肌の質感が、皮膚の下の筋肉の感じが、生きた人間とは決定的に異なる。などなど、考えが飛ぶのであった。

戦争とは飛び散る脳漿、肉片であり、原形がわからないほど損傷した屍体であり、腐乱死体、焼死体、水死体、轢死体なのだ。生きた人間が血のメイクで横たわるのでは、生と死の溝を視聴者に想像させるには足りない。唇が、肌が、単に血の気を失ったのと屍体では、異なるのだ。

それ抜きには、刑務所=軍隊=男のロマンから抜け出せない。

そういえば子供の頃、上野駅でよく「傷痍軍人」を見かけた。
子供心にワタクシは、彼らが自分の前に置いている「缶詰めの空き缶」にお金を入れないといけない思いに駆られて父の手を引っ張った。父は大人だった。あれは商売か、主義主張のためにやっているのであって道行く人からの小銭が欲しいのではないのだ、と母に話していた。小学生で世の中の事がわからないワタクシは、父が冷酷な人にみえた。

戦争は、人が人ではなくなる。いや、人間は武力行使が好きなのだ。君たち、この映画見て死と隣り合わせの信頼関係を良いなと一瞬でも思わなかったか? 世界最強の軍艦に乗って、鬼畜米英の戦闘機を撃ち落としたくないか? 命を懸けた兵たちのメシを男だけの厨房で汗だくになりながら作ったり、必死に弾丸を詰めたり、殴られたりさえ、うらやましくなかったか? 男の生き様だ、と思わなかった?

ワタクシは女だし、戦争は嫌いだ。それでも、塩野七海の「コンスタンチノープルの陥落」や、「レパントの海戦」には狂喜した。浮かぶ要塞ガレアッツア! 「イリアス」や「平家物語」は大好きだし。理由さえあれば、破壊と殺戮はたやすく快楽と結びつくだろう。だからこそ、やってはいけないのだ。殺戮や、戦争は。

そんなこんなを考えながら、新しい携帯の動作確認の為に、ビスクドールを撮った。うむ、映画を観ながら人形の角度を変えてみたり、撮った写真をパソコンに送ったり、靖国参拝自体はいいではないか、国の政策の犠牲者を神社にまつって、首相が参拝するのは、何しろ当時は戦争に行きたくないと発言したら一族郎党しょっぴかれて拷問されたんだし。遺族としては首相に頭下げてもらいたいだろう。ちなみに伯父が靖国にいるそうだ。幼少時、祖母の家に行くと、仏壇に兵隊の恰好した若い男性の写真もあったなぁ。

と、こんな感じで、気が散りっぱなしであった。感動しなかったか、といわれれば。涙ぐんだが、それはおいておいて、国家に騙されたり脅されたりを、どう防ぐかを考えてしまうのだった。神の名を借りて行う蛮行も同じである。国家や家族や神の為、と言っても、実際は「一部の人の利益の為」なのだ。
身内を、愛する人を守る為、というのは、すり替えだ。ただし、人間は見えないものと戦うより、すり替えを自分から行う方が楽であり、充実を感じる傾向がある。
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by leea_blog | 2008-09-22 03:02 | Comments(0)

みのりの秋 葡萄のたわわ 秋の貪欲


実る、果実、実、豊饒という言葉は、使い古されているにもかかわらず、心の深部にうるわしい揺さぶりをかける。古い古い時代から受け継がれた血が、反応する。

秋は、美しい果実が、木の実が、景色いっぱいに宝石を織り込んだようにきらめく季節だ。

無花果、あけび、梨、葡萄、胡桃、プルーン、栗。
一気に王侯貴族の食卓になる。

食べ切れない。だが食べないと傷む。そして、冬は食べ物が無くなる。獣達は秋の滋養を詰め込んで冬に備えようとする。リスは胡桃を貯蔵しようと地に埋め、小さな両手でぽんぽんと地を叩き、そして貯蔵した場所を忘れ、胡桃は発芽する。

食べる、収穫する、貯蔵するこの季節は、獣の血が目覚める。
自然がたわわにさし出す宝玉類をどん欲に食するのは、すぐに来る冬を生き延びようとする本能だ。

そしてまるまると太った兎や鹿や栗鼠や猪を、肉食の獣が食す。
冬を、生きて越える為に。

退化した獣である我々も、彼らの「生き延びる本能」が発する光を浴びよう。秋のみのりを食し、ジビエを食そうではないか。
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by leea_blog | 2008-09-19 00:53 | Comments(0)

本日のオブジェ 秋薔薇  

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入浴の灯にキャンドルを使っているのだが、蝋が残っているのに芯が燃え尽きる。捨てるのもしのびなく、リフォームする事にした。

写真は、作りかけ。
柔らかい素材なので力も要らず、気軽にできる。
勿論、一から作って好みの色形にするとしたら、それなりに手間も場所も要る。はまったら大変だ。

それに。
女人柱蝋燭や人魚蝋燭を作っても、灯を灯したら少しずつ溶けて陰惨なシーンになる。リラックスタイムにふさわしくないではないか。蝋燭やカスタムナイフ、宝飾品は、見て心が晴れ、使えば更に心が満たされるものが良い。

【今日の材料】

キャンドル用の芯(東急ハンズで購入)
自宅にあるキャンドル(複数種)
マッチ
ライター
つまようじ(スパチュラ代わり。形を整えるのに使う)
彫刻刀の代わりに、包丁とパン用ナイフ。
自宅にあるアロマオイル(溶けた蝋に混ぜる)
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by leea_blog | 2008-09-15 21:43 | Comments(0)

異国、日本  幻覚のジパング

以前紹介した【世界の神話と伝説】のさし絵をアップする。

青い髪の全裸の弁天、表情が「耳なし芳一」。
百人一首風アマテラス、僧侶も混じり、服も髪形も時代考証がムチャクチャなやおろずの神々。

大変インパクトがある。
これは、外国人が見た幻覚の日本だ。
見せ物小屋的なうさんくさが、繊細な色彩で展開される。
美しい色彩なのに、神々がみな生活にやつれてみえる。

つい買ってしまった。

鎌倉に全裸の弁天像があるにはあるが、
そこまで調べたならそれを元に挿し絵を描けばいいのに。。。。。
きっと、日本人は皆眼鏡で出っ歯で、首にカメラを下げてフジヤマを背景に農作業をしていると思っているのだろうなぁ。

欄外に何の説明書きもなく、三枚目の像が載っている。
謎の呪物だ。多分、象牙の根付けと思われるが、イラストとこの根付けの相乗効果で、日本はもはや架空の東洋の国にしか見えない。この根付け?のかわりに百科事典に載ってるような仏像や工芸品を紹介すれば、ここまでインパクトは無かっただろう。

ワタクシは、挿し絵画家の不勉強を怒っているのではない。

「プロなら調べろ」とは思うが、それとは別に、感心したのだ。
人間の脳の作用に。
我々の外国に対するイメージも、多かれ少なかれ、似たようなもののはずだ。
マルコ・ポーロの時代じゃなくて、現代でも。

現代人も阿片を用いずに幻覚を見て、それを真実と信じて他者に伝えているのだな。
あるいは、伝聞は勝手な想像力を展開する鍵となり、幻覚と紙ひとえの力をつけて物語と化すのだろうな。調べればすぐ調べられる現代イギリスでさえ。

千夜一夜物語な気分にさせられるではないか。

ただし。幻想文学者と詩人は、「意図的に間違えるレトリック」と「現実」をしっかり分けて把握しておかねばならない。

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by leea_blog | 2008-09-13 22:52 | Comments(0)

玉石の枕—過酷な夏の過ごし方 (過去分)

気がつけば秋が来ていた。
おそろしい夏のさなかにゆりうた用に書いたメモが残されていた。
季節が過ぎてしまったが、載せる。
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アクセサリー用の石を買うついでに、玉石の枕を買った。石を化繊の糸で連ねて作ったものだ。安物の、いいかげんな作りなのだが、涼しい。とりわけ湯上がりの頭を冷やしたい時には、最適だ。ひやり、として気持ちいい。髪が濡れたまま頭を乗せられる。
ヒートアイランドの過酷な夏をしのぐ工夫を書き出してみた。


室内でも外出先でも重宝だ。毎日持ち歩くので、ひと夏で壊れてしまう。自分で彩色してもよさそうだ。

石の装身具。
ゼリーのような色の、石をくりぬいた腕輪、イスタンブルのバザールで手に入れたラピスラズリの玉飾りなど。
冬に身に付けると、冷たさで身が凍る。夏は涼しい。仏像が身にまとう瓔珞も、装身具としてだけではなく、暑い国で体から熱を取る効果がある、と聞く。

死海の塩
暑い時には暑い土地の物が効く。
死海の塩は季節を問わず活躍するが、夏のぬるめの半身浴に威力を発揮する。夏は暑いだけではない。ドライヤーのような外気と、骨の髄まで冷やす冷房の両方を堪えなくてはならない。
ヨルダンやイスラエルを思いながら死海の塩の風呂に入って、血行を元に戻す。
もちろん戦乱の状況を想像するのではなく、生き物が住まない塩の湖、紀元前から灼熱の砂漠にたゆたう水を思うのだ。

黒酢
常備品。夏は特に、サワードリンクを作って飲む。黒酢に生姜の薄切りや果物を漬けておいて、水で割るのだ。料理にも使う。

蜂蜜
食欲皆無の時にも、これがあれば何とかなる(かもしれない)、滋養に満ちた貴重な食べ物。少量で効果が強く、保存も利く。
小さな蜜蜂が、花と巣を何往復もして集めた、貴重な蜜。蜜蜂がせっせと行き来する様子と広がる花野を思いながら、スプーンに掬うと、感動が倍増する。色と香りを愛で、自然を賛美し、驚嘆しつつ味わう。

黒砂糖
これも常備品。

ぬか床
汗をかく季節に、ぬか漬けは威力を発揮する。今年は諦めた。ぬか床が生き延びる為の、涼しい場所が無いのだ。

苦瓜
旬の食べ物。ビタミンがたっぷりで、苦さが夏に合う。

ガスパッチョ
スペインの食べ物。生スープ。火を使わないので手軽に作れる。食欲が無い時に。トマトや胡瓜、にんにくをみじん切りにして卵と混ぜ、オリーブ油と黒胡椒で味付け。
スペインの照りつける太陽を想像しながら食べると、体力がついた気分になれる。

旬野菜のラタトゥイユ
トマト、茄子、ズッキーニ、にんにくなどを、コンソメで煮ただけ。月桂樹の葉を入れると尚可。味付けは塩と、胡椒。時間が経つと味が染み込んでさらに美味しくなる為、作り置きできる。
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by leea_blog | 2008-09-13 00:11 | Comments(0)

少女愛の永遠性。醒めやらぬ幻夢。 バルテュス


バルテュスは、哲学者で文学者・ピェール・クロソウスキーの弟さんで、画家である。

最後はスイスの美しい土地に木造の素晴らしい城館を買い、美しく聡明で気配りのある日本女性を娶って暮らした。

http://www.fondation-balthus.com/#

お兄さんのピェール・クロソウスキーは、奥さんをモデルにして模造紙に色鉛筆で絵を描きまくり、小説も書き、自作をプライベートフィルムで映画化する総合表現者であり総合哲学者である。

緊迫感をはらんだ、硬直したようなポーズと悪夢の香りのするエロティシズムが、兄弟に共通している。

ワタクシはクロソウスキー作の小説『バフォメット』の帯にあった自作の押し絵にくらくらして買ってしまい、画集も二冊持っている。

当時、クロソウスキーの画集を大喜びで周囲に見せて回ったが、みな一様にコメントに困っていた。中には「便所の落書きみたいな絵」とのコメントも。

ワタクシが当時、日本画絵の具の使い方を習っていたI先生は、しばらく考えた末、「北斎さんも上村松園さんも、生活の為には枕絵を描いた。立派である」との内容のコメントをした。

情念の形態と、エロティシズムと、ポルノとわいせつと性産業との区別が付かない時代だった。ワタクシは色々力説をしたものの、時期尚早と理解して画集を見せて回るのをやめたのだった。

バルテュスの絵について語るつもりが、お兄さんの話になってしまった。

バルテュスは、殆どの人が価値を認める画家である。素晴らしくて当然だが、お兄さんは元々画家ジャンルではない。

他人から評価されようがされまいが、売れようが売れまいが、そんなことは歯牙にもかけず内から押し上げてくるエネルギーで描きまくった感がある。
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by leea_blog | 2008-09-05 01:10 | Comments(0)