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閑話休題。怖い夢


長い時間眠り続けて、ずっと怖い夢を見ていた。
時々意識が覚醒に浮上して、現在時刻を確かめたりするのだが、起きる方が怖くてまた羽根布団の感触に戻ってゆく。

怖い夢を書いておく。

ビルの一室に、幽霊が出る部屋がある。二枚ずつ貼った白黒の写真を何枚も見せられ、それら二枚は間違い探しのように、左は幽霊が居ない室内、右は幽霊が写っている室内である。そのビルは勤務先の研究棟であり、ビルに行かない訳にはいかない。幽霊の出る部屋を覚えておいて近づかないようにするが、いつもその部屋に出てしまう。
違う道順をたどって他の部屋の扉を開けて入っても、違和感があって、その部屋に出てしまった事に気付く。研究棟は、いつのまにか駅ビルのデパートになっており、デパートを歩きながらその部屋を避けようとするが、かならずその部屋につながっている。電車で帰ろうとすると、いつも私が使う線は事故で止まっており、駅員が別の線に誘導するが、その線の先には幽霊の出る部屋のあるデパートがあるので、乗りたくない。

電車に乗っている。
不自然に密集した地域を通り抜け、自分の一族が住む石造りの屋敷に帰る。一族は風呂を最新式のローマ風呂にする工事を、外国の企業に委託しているが、工事は何十年も進まず、最新式と言われた風呂も、部品を取り換えようとしても不可能なほど旧式になっている。見取り図を見ると、どう見ても中世の大浴場の見取り図だった。昔から続いた工事を私の代で止める訳には行かない。が、一族の身上を潰す費用がかかっているのもわかっている。風呂の工事が入る一角から死体が発見されたと噂を聞く。不吉が募るが、海外からは契約の履行を迫る電文が入り続け、それを翻訳する内に、職場絡みの陰謀が発覚する。

海際にぽつりと建った新築マンションに住んでいる。マンションの一角に、変な詩人が住んでいると噂を聞く。変な詩人は引きこもっており、たまたま外に出た時に遭う住民を呪うらしい。
マンションは平面に展開され、小さな街となる。居住区は墓地の敷地のように区切られている。年内にある詩人に詩集の礼を言わなければならないことになっている。せっぱ詰まっており、私は現代詩人会の名簿でその詩人の住所を見つけ、たずねて行く。お礼を一言言って帰ってくる。マンション住民の共同クリニックで血圧と心電図を測定すると、異常な値が出る。私が礼を言いに行かなければならない詩人の怨念らしい。
既に礼を言いに行ったはずだ、といぶかしむ。マンション敷地内の稲荷神社に知人と散歩しながら、知人が言うには、その詩人は自分が詩集を贈った人たちから丁重な礼を受けないことを大変恨んでいたらしい。そんな、自分史をスルーされた近所の御年寄りじゃないんだから、と、歪んだ怨念に恐怖する。
私が礼を言いに行った人は、一字違いの別人だと発覚する。礼を求められること自体も、歪んで怖いが、その人は自分が恨みに思っている事を一言も言わず、泰然自若と振るまい、余計に恨みを募らせるのだという。りーあさんから手厚い礼が無い事も、詩の世界全体への恨みにつながっている、とのことで、なぜそうなるのか私は納得が行かないが、ともかく当該詩人を探しだす。
同じマンションの住民だった。既に死んでおり、喪服を着て、成人の息子をすぐ後ろに立たせ、自分の遺影を睨んでいた。私は亡くなる前に間に合わなかったのだ。息子も死んでおり、二人は喪服を着て彫像のまま動かぬ死体となって、生前の憎悪を表明しているのだった。
憎悪は生きた波動となって、少しずつ拡散している。
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by leea_blog | 2009-11-30 01:55 | Comments(0)

≪独演!俳句ライブ16≫のこと。その一。



頭が飛んだ状態が続き、困った状況を押して、≪独演!俳句ライブ16≫を見に出かけた。

なに、それ?
と思われた方は、俳句天狗氏のサイトご参照。

総論として、今回の俳ラは、明け方までの討論も含めて、盛り沢山だった。次回や今後を期待させる総合的な力、可能性を感じさせてくれた。

前回は飛び入りをやったが、今回は客に徹する。翌週に自分の朗読を控えていることも有り、俳句モードに頭が移行できないのだ。俳句と詩は、使う頭の部分が全く違うが、文字表現という大海では親類縁者みたいなものでもある。頭が詩の表現しか考えられない時に俳句を作ってみても、本職に失礼である。

そうは思ったものの、ライブ果てて議論白熱の、夜中の十二時を過ぎた頃には、即席に作った一句を意思表示を込めて披露するのだった、とも思った。本職に失礼、というと穏便だが、本職にしか通用しない理屈の存在を胡散臭いものとして嗅ぎ取って、ノーを言いたい幻想表現者のささやかなプライドもあった。それは勿論、現代詩の世界にも濃厚に有り、本当に肩を落として、一線を引きたい類いのものだ。しかし、異議申し立てをするなら、自分もまな板に上げた方が良かったのだ。俳ラとは異論も戦わせられる場だからこそ、遠くから注目していたのだから。いや、今回やらないのは賢明だった。自分も俎上に載せた上での議論なら、引き下がらない。相手の発言の根拠を、その場で追求したに違いない。

結局明け方まで熱の入った討論をしていたのも、重要な話が沢山出ていたからだった。表現を人前にさらせば、非好意的な反応はいくらでもある。それはむしろ当たり前だ。そうした中で、自分とは違う意見に耳を傾け、自分の意見が正論だと思うなら、それを述べて意見を交わせば良い。ただ、なかなかそうした正常な意見交換はできないことが多い。自分を認めて欲しいが、相手の意見は却下したいたぐいの人は、どんな世界にも多いのだ。とほほ。そうした一連の文脈の中で、私が譲れない一線として引っ掛かりを感じた事や、言う権利のある人が言っていた事柄は繋がっており、ここで明記すれば非・関係者や他表現者にも考えるきっかけとなるのだが、建設的な議論に広げる文脈を提示できない為、それらは削除、根を同じくした話が噴出した折りには建設的理論展開を提示できるよう、自戒の種とする。

持ち上げているのか持ち下げているのかわからない言い回しとなったが、生のやり取りではじめて有効となるセリフ、限られた空間を想定して発せられる他者の言葉を、冷静に記憶していて文章にまとめるのはルール違反だと思い私が自粛するその裏には、逆に生の場ならではの、琴線に触れる事柄が沢山あるということなのだ。

文脈を構築しながら展開するには、いちいち承諾を得ないと波風必至の、当意即妙、一触即発、一撃必殺、普賢菩薩、普遍の真理をただ今発掘、な話が盛り沢山であった。

そうした意義深い時間を提供して下さった出演者、関係者、お客さん各位に、心からの感謝をしている。

続く
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by leea_blog | 2009-11-30 00:44 | Comments(2)

昨夜は≪独演!俳句ライブ16≫。早朝の新宿の闇の中。

ああ、事前にゆりうたでも宣伝しておくのだった。

アイルランド神話をぶっ続けに読み返し、頭が長いこと飛んでいた。。。。。。

頭が飛んでいるのは、今も続行中だが。
昨夜は成り行きで終電を逃し、これまた成り行きで朝まで飲んでいた。
完徹は、ほぼ五年ぶりである。踏み外してしまったな、という気分と、たまには成り行きに任せて時間を忘れる解放感。

昨日のレポートは後で書く。

まだ闇に包まれた早朝の新宿に、始発電車を求めて地から湧き出でたような人、人、人。
これほど沢山の人が今までどこに隠れていたのか。
深夜には、かつての人通りも無く、新宿とは思えぬほどに静まり返っていたというのに。

闇の中、もくもくと駅を目指す人の群は、まるで平日の通勤ラッシュ、、、とまでは行かないが、
5時代の電車を求める人は、想像以上に多かった。

完徹で意識が朦朧とするわけでもなく、奇っ怪に冴え渡った頭を静めるべく、布団に潜り込んだ。
日曜の夕方五時まで寝ていた。

長い長い夢を見ており、怖い夢だった。怖い夢にも関わらず、起きて布団から出るのはもっと怖かった。日々の糧を得る為のなりわいの場で私に振りかかり続ける事柄は、悪夢の方がまだましなのだった。

おっと、そんなことを言っている場合ではない。
とりあえず、昨日の演目を。

俳句朗読会の極め憑き ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆JazzBar サムライ開店30周年記念 ◆◆
◆◆ ≪独演!俳句ライブ16≫ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆日 時: 2009年 11月28日(土)
◆      開場,18:30. 開演,19:00〜 (閉演,21:00頃)

◆会 場: JazzBarサムライ
◆      新宿3-35-5守ビル5F Tel. 03-3341-0383

◆出 演: 【 俳優と俳人の谷間 三者三様 】・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆      零. 口上= 神山てんがい
◆      一. 斬込天狗仮面俳句怒号= 二健
◆      二. 煉獄サアカス団長= てんがい
◆      三. 恒例!飛入りオンパレード(泰子氏お名乗り上げ!)
◆      四. 初回より君臨し続ける俳ラの女王= ギネマ

◆料 金: 2000円 (1Drink付)
◆窓 口: 二健@サムライ (jikeアットマークn.email.ne.jp)
◆主 催: 俳句志「もののふの会」 (第99回俳句活動)
◆旗 印: 俳ラ三大原則 <自句(俳句・川柳)朗読・肉声・独演>
◆     俳句朗読の実践窟*先ず口承あり*俳の表現かくありき

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by leea_blog | 2009-11-29 18:23 | Comments(0)

子供にお話をするお父さん     または大人の為の物語の時間

寝る前に、子供にせがまれてお話を作って聞かせた私の父の事を先日書いた。
家の父は渋々だったが、世の中にはお話が好きなお父さんも沢山いるだろう。

映画の「ビッグフィッシュ」には、スケールの大きなホラ話をしまくるお父さんが出てくる。
息子が成人しても、そのホラの勢いは止まらず。息子は父の馬鹿話にぶち切れるのであった!

上記は、美しい映画で、心が温まるオチもしっかりしている。
娯楽物としてはとてもよく出来ており、安心して見られるし、見て損は無い。

が!
腑に落ちすぎる、うまくまとまった話は、別の意味で引っ掛かりを感じる。
割り切ろうとして割り切れない、腑に落ちたくても落ち切れないものを追い求めるから、
表現形態が詩になったワタクシとしては、「上出来のフィクション」は、騙されている心地がする。
正確に言えば、作り手の「納得させたさ」を、胡散臭く思うのである。

それはそうと。「語り聞かせ」は、本来大人が子供にするだけのものではなかった。
土地の老人が大人相手に伝説を語り、千夜一夜の物語のように、大人が大人に語った。

指輪物語の作者、トールキンの朗読をCDで聞いた。
集まりで、当時書きかけの指輪物語を朗読するのだ。
書きかけ!  指輪物語に関しては、全部書き上がってから読んだ私は幸運である。
「今日はここまで書けました」と、断続的に聞かされたのでは、
「えぇぇぇ! そこで止めるんですか」「続きはぁ〜??!!」と苛々する事地獄のごとしであろう。

大人が子供に聞かせる「物語」は、いつの時代も重要である。

大人が大人にする「物語」も、本来はとても大切だった。
日が落ちて眠るまでの時間、たき火を囲んで語られた、五感を揺り戻す物語。

夜が異様に明るくなり、書物も溢れ、インターネットも普及した現代は、まことに便利でありがたい。が、放っておくと生の「炎」など見ることも無くなるような時代は、人類の歴史を振り返ればまだほんのわずか。

アロマキャンドルに火を灯し、電気を消して、酒を味わうように時間を味わおう。
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by leea_blog | 2009-11-27 21:55 | Comments(0)

神話伝説と有害図書(笑)

子供の頃。
東京の丸善や新宿の紀伊国屋に連れて行ってもらうのは、大変な喜びだった。

マイナーな書物も手に入った。
子供であるから、お金を出すのは親である。
親は、私が見つけてくる書物に、喜んで金を払ったかと言うと、結構渋々であった。

いや、かなり渋々であった。私は、親に、なぜそれが必要かをがんばって説明しなくてはならなかった。
同級生の話を聞くと、書物代は教育費として出費を惜しまない親も、当時は多かったらしい。うらやましい。
ワタクシの家では、教育にもお金を出し渋った。

まぁ、それはいいとして。
紀伊国屋でいつもは子供らしからぬ本を見つけてくるワタクシが、思いきり普通の児童向け書物を選んだことが有った。両親は顔色を変えて「そんなくだらない本やめなさい」と言い始めた。

金を出し渋られるのは毎度のことだが、選んだ本の内容をとやかく言われることは無かったので、びっくりした。大人にとって、子供には読ませたくない本なのだとわかった。が、児童文学本だから、世間の子供から隠しておく内容とも思えない。

その本とは。「子供向け聖書物語」。
私としては、有名な神話伝説系の本の一つでしかない。仮に原典がヤバい描写に溢れた変態エログロ本だったとしても、子供向けの本になっているから、大人から見れば安心なはずだ。

反対されて私はむくれた。ここまで反対されるほど凄い内容なのかと期待もした。親を説得した。世間で有名なクリスマスの事なども書いてあるし、羊の絵が可愛いから読みたいだけだ、聖書は一般教養としてあらすじくらい知っておいてもいいのではないか?、等など。

親は怒りながら買ってくれた。

ドキドキして読んだ。
子供向けの物語になっていたせいもあり、死ぬほど退屈な話が展開するのみだった。

大人になって見れば、小さい子が宗教に毒されるようなことは避けたかった両親の気持ちがわかる。
「子供に読ませたくない図書」に聖書が入っていたとしても、責めることは出来ない。

聖書はいまだに生きて力を持つ神話伝説本の一つで、狂信的な人も沢山いるのだ。
江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」を幼い子供に与えて聖書は駄目なのかと笑えもするが。猟奇の世界にはまるのは別に問題無くて、唯一神を信じちゃうのは大問題なのであった。

子供向けの物語の中には、親が恐れていたような魔物は潜んでいなかった。

書物が狭い部屋に山積みとなっているワタクシの現状を見るに、恐るべき魔物は、親が警戒していなかった本たちに溢れていたのである。
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by leea_blog | 2009-11-25 01:19 | Comments(0)

むかし、むかし、あるところに。  寝る前のお話と、読み聞かせ等


むかし、むかし、あるところに。
昔ではなくても、今でも良いし、場所もギリシアのデルフォイであるとか、日本の富士山麓であるとか、具体的でもいいのだが。

物語は、かたられてゆく。この頃は、子供たちにお話しを「読み聞かせ」る事も盛んらしい。眼で絵本を黙読するだけでは得られない、イメージする力を養う。私が子供の時代は、本は「自分で読むもの」でしかなかった。

大人子供関係なしに、耳を澄ます、という時間が貴重だ。

小さい頃、寝る前に父に「お話し」をせがんだ。
母の方は、子供向けに即席でお話を作る才は無かったし、何よりフィクションに関心が無かった。
父は、一日で終わるお話や、何日にも渡って続き物をその場で作って話してくれた。

冒険物が多かった気がする。
戦争中に密林で一人逃亡する兵隊さんが、食べるものも無く、未知の苦難に襲われ続ける話。
痛みに耐えて傷を自分で手当てする場面や、山ビルに襲われ血を吸われる場面。貴重な血を吸われてしまったので、兵隊は自分の血を吸った山ビルを鍋で煮て食べて、餓えをしのぐ。。。。。

今思えば、父は子供にお話しをするのが大好きという訳でも無く、せがまれたのでがんばって話してくれたのだろう。話ながら続きを考え込む事が多かった。そのまま誤魔化そうとするのを、「それでどうなったの?」と続きを何度もせっつきながら、聞いた。前日と設定が違っていると、子供ながら納得が行かず指摘した。

小学校中学年位になると、父の即興寝物語が「うそばっかり〜」に見えてしまい、卒業となった。

父は書物が好きだったので、ネタはいくらでも仕入れられただろうが、当時は「お話をして聞かせる」事が大切とは考えられていなかった。

これが、もっと昔なら、伝説なり何なりを「話して聞かせる」事を、大人たちもやっていた。旅人を泊めて、自分の属する時間以外の時間の物語を流入させてりもしていた。

私が子供の頃は、住んでいたのが新興住宅地でもあり、実利的な発想が日常に幅を利かせて、物語が途絶えていた。両親は、神話伝説、幻想の物語を馬鹿馬鹿しいと思う思想が流行った世代だった。

物語は、かつては「語られた」のだった。
長い叙事詩も、読まれたのではなく語られた。「語りを聞く」事は、時間の溶ける場所に入って行く行為でもある。

情報の伝達手段としても、効率が悪い。インターネットが日常生活に導入されると、ますます「語る」「語られる」は非効率に見えてくる。

マクドナルドで古代ギリシアの神々の、読まれるのではなく「語られる」事を前提に書かれた詩を読み返しつつ、語られている自分を想像してみたのだった。
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by leea_blog | 2009-11-21 21:51 | Comments(0)

妖異の時代〜百物語2009〜朗読イベントのお知らせ

神話、伝説を盛り込みつつ、日常と非日常のあわいをたゆたう、
詩朗読と音楽を不可分に溶け交わらせる時間。

12月6日。詳細は、
寒軽(サムライカルチュアー)ブログ
  ↓
http://maglog.jp/samukaru/index.php?module=Info&infid=21400
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by leea_blog | 2009-11-21 20:57 | Comments(0)

絵巻のような朗読ライブフォトアルバムバージョン その2

俳人の写真は言葉が濃縮されている。。。。。
せっかくなのでもう少し貼ります。

詳しくは以下。
フォトアルバム版
辰巳泰子「へいけうたのあかり」第五弾 写真by二健

http://picasaweb.google.com/Jiketen/EDbVAG?feat=email#
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上二枚辰巳泰子さん、下、西野りーあ
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by leea_blog | 2009-11-20 22:41 | Comments(2)

一巻の絵巻のような。。。。。。。。朗読ライブ写真集

ちょっと、これを見て下され。
一枚一枚が物語を展開して行きそうな。心理状態も切り取るかの、リハ写真もすごくいい。
通して見ても絵巻の如きフォト物語となっております。

フォトアルバム版
辰巳泰子「へいけうたのあかり」第五弾 写真by二健

http://picasaweb.google.com/Jiketen/EDbVAG?feat=email#
(コピー&ペーストして飛んでね)

ジャズバー・サムライで行われるイベントの写真を、マスターであり俳人である宮崎二健氏が撮っているのでありますが、レンズの向こうに異界を切り取るその気迫。特に蝋燭の灯の効果が今回ぐぐっと来るものが有ります。

いや、自分の写真は、その、誰も信じないと思うけど、私は意外とシャイで。
自分の事を褒めたり広報したりが、とてつもなく苦手なのです。
朗読ライブ前後は表現者モードに入っていますが、素で自分を見ると「いい歳してなにやってるんだろう」と冷や汗が出ないことも無いのです。「いい歳も良くない歳も、関係ないの。出来がどうだったかが問題なの」と、自分ですぐに突っ込みを入れるんですけどね(汗)
自分で納得できる出来と言うのは、基準をすごく高く設定して有りますから、そうそう無いのです。だからこそ、がんばれるのですけど。

と、シャイモードが入りますが、びしばし切り取って写真と言う表現作品にしておられる二健氏の視覚センスにも、驚き、喜んでおります。
試合前の格闘家の雰囲気漂う、リハ前の辰巳泰子さん。
その下。西野りーあ
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by leea_blog | 2009-11-20 20:47 | Comments(2)

インド神話    シヴァの主権その2

(続き)
『わが子よ、そなたの光輝ある祖先を歓んでむかえよ』と。
しかし吾はこの意外なる一言に立腹して、
『おお、罪なき神よ、御身は弟子に対する教師の如く、吾を「わが子」と呼ぶのじゃな? そもそも吾は創造と破壊の源にして、幾万世界の構成者であり、また万物の根源にして霊(たましい)であるのだぞ。何故、汝はかかる吾に向かって、斯くの如き愚かしき言をはくのかを言ってくれい』
と言うと、向こうはこう答えた。
『そなたは吾がナーラーヤナであることを知らないのか? 世界の創造者、保存者にしてまた破壊者であり、永遠の男性、宇宙の不滅の根元であり、中心であることを、すなわち吾はヴィシュヌ(遍照天)であることを知らないのか? そなたもまた吾が不滅の身体より生まれ来たったものであるから、吾が子でなくて何であろうぞ』

かくして渾沌無形の水の上で我々二人の間に荒々しき争論が交わされる事になったが、あたかもこの時、光輝燦然たる『リンガム』、すなわち、初めも中間も終わりもなく、たとふることも出来ず、説くこともできない、幾百の世界を焼き尽くす焔の如き火焔の柱が我々両者の前に現れたので、二人の論争はおのずからにして中絶することになった。聖なるヴィシュヌはその数多(あまた)の火焔に呆気に取られた態(さま)で、同様に驚いていた吾に向かって、今までの論争も忽ち忘れたる如くに言った。

『我々は直ちにこの巨大なる火焔の源をたずねて見よう。吾は下方に降って行くから、そなたは全力を尽くして上方に昇って見られよ』

それからヴィシュヌは、白く鋭き長い牙と長き鼻を有し、太聲、短足にして、勝ち誇り、強くたくましくして、真に比類なき、身の幅幾千里もあるという、泰山の如き巨大なる野猪となって下へ下へと沈んで行った。

かくして一千年間というものは、絶えず下方に突進しつづけたけれども、遂にかの『リンガム』の源を見届けることは出来なかった。その間に、一方、吾は、全身雪白にして、火の如き眼を有し、八方に巨翼を備え、風の如く飛ぶこと速き巨大なる白鳥となって、これ又一千年間というもの、絶えず上へ上へと飛翔しつづけて、火柱のつきるところを求めたけれども、遂に求めることが出来なかったので、すごすごと元の場所に引き返してくると、疲れて、驚いて、同じく元の所に昇ってくる大ヴィシュヌに出会った。

その時シヴァ大神が我々の前に現れたので、さきにその魔法に欺かれた我々はこの大神に会釈をした。同時に四方八方から鮮やかな長く続く聲で『オム』(絶対の「ブラーマン」、すなわち「唯一実在」の意。訳者)という音が起こってきた。ナーラーヤナは、シヴァ大神に向かって言った。
『我々の論争は大事に至らずに済んで仕合わせであった。御身、神の中の神が現れて来たためにそれが中絶したからじゃ』
すると、シヴァ大神はヴィシュヌに答えた。
『そなたは真に世界の創造者、保存者にして、また破壊者である。わが子よ、この活動と静止との世界を維持せられよ。吾は不可分の主権者にして、また創造し保存し破壊するブラーマ(梵天)、ヴィシュヌ(遍照天)、及びルドラの三者である。そなたはこのブラーマを撫育せられよ。彼は次の時代にそなたから生まれるだろうから。またその間にはそなたたち両人は再び吾にまみゆるであろう』
こう言って大神は姿を消してしまい、それと同時に火焔も見えなくなってしまった。そうしてそれ以来天国、地球、地獄の三界には『リンガム』の崇拝が行われることになったのである。

       (神話伝説大系 インド・ペルシア神話伝説集 馬場睦夫編 誠文堂刊 昭和八年八月十日発行)
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by leea_blog | 2009-11-19 21:20 | Comments(0)