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花冷えと白雪姫の悲惨・喜び

新年度のカウントダウンだ。
落ち着かない。やることが山積み。

私は、ご飯と寝る場所を確保する為に、仕事をしている。
労働とは、まったく、神の呪いだ。
何が嫌かって、かかわりたくない類いの人とも関わらなければならないのが苦痛で、
吐き気さえしてくる。

辻褄の合わない嘘を重ねて、バレそうになると上塗りを繰り返す管理職とかね。

同僚と飲んだ。
同僚の話。子供の頃、ディズニーの白雪姫を見て、何に感動したかというと。小人達が働きに出ている間、楽しそうに家事をする白雪姫だったそうだ。つまり、同僚は専業主婦が天職で、果てしなく繰り返される家の仕事を苦痛と感じるどころか、至福の状態と受け止めるたちなのだった。

そういう人が結婚後もフルタイム・サビ残てんこ盛り・パワハラ横行の現職場で、苦痛を人一倍感じてしまうのがわかるし、運命の残酷さを感じた。

私は、ディズニーの白雪姫はあまり印象に残っていないが、子供が姫や王子にあこがれるのは、人生の苦痛や辛い労働から解放された身分だからだと思っていた。ゆえに、姫君が小人の世話をするのは、本来しないで済む事をしなければならない境遇を、できるだけ明るく振る舞う健気さに涙を誘うシーンなのだと思っていた。

毎日家事労働するなら、フルタイムで勤務した方がマシ、と思う私と同僚の、接点の無さがまた面白かった。


歳を取って残念な事がある。
人間の醜悪さを目の当たりにする機会がふんだんに訪れたことだ。

働かないで済む金が有れば、時代劇の悪役みたいな連中の悪から身を引き離せる。
豊富な金があれば、怨憎会苦の苦痛が入ってこないよう、城の回りに堀を巡らせる事が出来る。

金はすべてでは無いが、のど元に苦い汁が込み上げてくるような不快からは、身を守る盾にはなる。
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by leea_blog | 2010-03-30 01:55 | Comments(0)

精霊フェチと「淫乱」のこと。

さて。

先週の、辰巳泰子氏の「へいけうたのあかり」、
二次会も、三次の女子会も触発される話題が盛り沢山であった。

それはそうと。
ワタクシは某氏に「りーあさんって、淫乱そう」と囁かれてしまったぞ。

ワタクシを知る人々は、
「ぷぁーっはっはっ!!!」と酒を吹き出し、机を叩いて笑い転げていることだろう。

「淫乱かぁ。そういう人生もあるんだろうなぁ」と、思わず遠い目。


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へっへっへ、揺蘭の鳩宮桜城でござんす。

うぷぷ、淫乱て、いやぁ、もう、笑えますぜ。
りーあさんて、あの人が何で独身なのかご存知ですかぃ?
「あっち系」の人なんでさ。

それがもう、凄いんですわ。ちょっくら聞いておくんなせぃ。

「好みのタイプは?」なんて話振っちゃいけませんぜ。
「ガクトかなぁ」と答えるのは、まぁ、世間に気を使ってる方。
平重盛とか、護良親王とかもマシな方。
重盛も護良も人間族だし、日本人だし、聞かされる方もイメージ湧きやすいだろ?


もうね、話は紀元前に遡っちまうんでさ。
石器時代や青銅器時代は省略して、四大河文明も省略、
アポロン様つー神様がいてね、当時のりーあさんは、デルフォイの巫女つーて、勿論当時はそういう名前じゃなかったが、神様のお手付きだったわけだ。

あの頃の神様方はそりゃあもう大変なモノ。いろんな神様がいらしたが、アポロン様は厳格で、そのお手付きとなると、楽しい話ばかりじゃ無くってねぇ。

そこに現れたのがディオニュソス神。こちらは癒しと歓喜のもたらし手と来た。ディオニュソスもたいそう美形で、漂う香気は淫蕩すれすれ。彼が一瞥しただけで、どんな身持ちの固い家妻も、家事を捨てて信女たちの行列についていったもんですわ。

当時りーあさんがバッコス踊りを検分に行ったところ、評判以上の大層な騒ぎで。葡萄酒と舞踏で神人合一の境地となった信者たちが、方陣組んでタンバリン(に似た打楽器)を熱狂のリズムで打ち鳴らし、霊杖を高々と上げては地に打ち下ろし、一歩前に進んでは足を軽く地につけて上体をひねって拍子を取りながら二歩下がり、今度は五歩進む、といった感じで、踊りながら行進してる訳ですわ。二頭の豹を従えて信者達を煽動していたのが、この世の者とは思われぬ美しさのディオニュソスだったんだな。この世の者では無い者を飽きるほど見ていたりり山さん(当時別名)だったが、ディオニュソスと見つめあって、瞬時に陥落。

本人も周囲も、我に返って顔面蒼白。バレたらアポロン様に殺されてしまう。自分と相手が殺されるだけでなく、自分の縁者も故郷も、遠矢射るアポロン様に滅ぼされてしまう。

さぁどうするどうする。が、実は神様同士、話がついたらしく。ディオニュソスはデルフォイ神殿に、アポロン様と同居と言うか別居と言うか、交代で鎮座まします為にやって来る途中だったんですわ。
期せずして夏はアポロン様、冬はディオニュソス、亭主と間男にお仕えする身となったんでさ。

この時代、人間の男は、出る幕無し。

また、別の世ではクマリつーてね、シヴァ神の妃の、あまたある化身の一人、神妃の生まれ変わりの一人として、やっぱり人間の男は眼中に無し。

神々のお相手を、「禁欲生活」と思う人も居られるが、当時の神々は人間より余程、、、、おっと、詳細は自粛っすね。

時代は下って、異名アイアンメイデンつーてな、中世の拷問マシンの一人。そのふところに抱かれたがる男も無ければ女も無し。ルパン三世のエンディングが流れますぜ。「その手の中に〜ぃ〜、抱かれたものはぁ〜すべてぇ消え行く〜」ってな。

生まれた時代に関係なく、根っからの「精霊フェチ」でしてね。フェチってぇのは、どうしようもないもんですな。精霊関係(神々含む)以外には、欲望スイッチが入らねぇと来たもんだ。

淫乱と言えば、エルフ族とは散々寝ていて、今もつながりがあるんじゃなかったっけか。昨今はエルフと言やぁ「指輪物語」の、重盛系の聖人君子なエルフを想像するかも知れやせんが、「折れた魔剣」のエルフの方が実像に近くてね。

殺されなければ死なない連中ですから、百年に一回相手を変えただけでも、一生の内にはかなりの相手と関係するんで。仙郷に穴兄弟穴姉妹が沢山居るのは仕方ないですな。

そういうわけで、人間の男とは両思いになった話は、ここ百年程聞きませんなぁ。

うぉおい、りり山さん、最近ダーナの神々とはどうかね?
うまいことやってますかい?
平家の一門は、ダーナの神々を思い出させるんじゃないかね?

昔は精霊フェチも沢山居たもんだが、現代では、減ったねぇ!
はっはっはっ!。

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by leea_blog | 2010-03-29 00:47 | Comments(0)

考え事モード

平維盛に関して、さらに書きたいが。

物思いの乱気流に入ってしまった。

精霊界から吹いてくる、かなりの荒風だ。

世の中は新年度を迎える準備に大忙しだ。

早咲きの桜を横目に眺めつつ、紀元前の砂漠地方の事を考えている。
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by leea_blog | 2010-03-27 22:51 | Comments(0)

へいけうたのあかり第六弾のことなど その二

煙草を吸う時間も惜しんで駆けつけた身としては、前半と後半の間の休憩タイムは有り難く、店の外でドーピングをした。

辰巳氏は、今回はたっぷりした黒コートに身を包み、眼鏡をかけた姿で登場。

敦盛、維盛、藤戸の順で、語られた。
坂東武者の、この期を逃したらしがない身の上が名を上げ財をなす機会は生きてる内には訪れないかも知れない、との勢いが、ひしひしと伝わった。

敦盛だが。
敗走する味方の船に向けて馬で海を行く最中、源氏方の熊谷次郎直実に呼び戻され、渚に引き返して討ち取られた、美少年で名高いお人である。
戦闘行為は、競技と同じで、自分の力量がどの辺に位置しているか、頭が悪い人にもわかりやすい。貴族としての幼少年時代を過ごした16歳が、荒くれで名高い坂東武者、熟練系、実践派、しかも名を上げようと必死、に勝てると思ったか。否。
しかも、相手の格好で大体の立場は見当がつく。
そんなわけで義経は、大将軍として狙われないよう頻繁に鎧を替えて身分の高そうな格好をして狙い撃ちされるのを避けた、という私からすると「ナサケね〜(笑)」、世間の評判は「あったま良い〜」というエピソードがある。

義経はどうでも良いので置いておこう。
敦盛。いかにも「一門のお方で〜す」という自分の格好と、相手の格の違いも分かっていた。
一騎打ちを挑まれて逃げるのを恥としたのか。勝てないと分かっていても? 子供の頃は、阿呆に見えた。息子を討ち死にさせてもなお逃げ延びる知盛を見習え。戦とはそういうものじゃ!
さもなくば、清経のように、戦とは関係ないシーンで入水するなら、それは天晴れな生き様。

そんなこんなで、敦盛=美形だけど頭はイマイチと思っていた。「美形で風雅を愛すけれど駄目な平家」の代表例。おねえさんは恥ずかしいです。
辰巳本で、ともかく相手を見下して偉そうな敦盛を見て、ちょっと感動した。敦盛の、熊谷に打ち取られなかったらその他大勢の一人でしかなかった彼の抱える膨大な物思いに、思いを駆せられたのだ。

維盛は、清盛の嫡孫で、小松の内大臣重盛の長男。
世間的に見れば、敦盛よりもっと駄目かもしれない。都落ちのさいも、妻子との別れを惜しんで大愁嘆場を演じ、弟達が馬を並べて催促に来ても嘆きに嘆く。さらに陣中を抜け出し、那智の沖で入水してしまう。入水の直前まで妻子への激しい妄執断ち切れず。

重盛の長男との事で注目を浴びる中、維盛は戦も負けるし政治にはあまり関心無いし、激しくむせび泣くばかり。でもね。立派だったお父さんの下で、プレッシャーを受けつつ彼が見いだした、妻子という愛情の場。長男の体面よりも、開けっ広げ優先の維盛は、全身で「金も名誉もそれが何をしてくれる?父は立派だ。だがそれは私の人生では無い。父が死を選べば衝撃を受けるし、戦は怖い、叔父や祖母の白い目には身の置き所が無い。それが普通だろう? 私は一人の人間だ。私が私であって何が悪いのだ????!!!!!」と、表現してくれている。

長い文章が割り振られている維盛逃亡&入水は、彼なりの「抗議」であった。
自分や家庭を押し流してゆく恐ろしい運命への、渾身の抗議。
清盛の嫡孫が逃亡&入水すれば、残る身内への打撃、世間に与える衝撃を熟知した上での、必死の叫びだった。真に妻子を愛するなら、逃亡&入水している場合ではなかろう。いや、本当の話。

死んでいる場合じゃないのに死を選んだ小松の内大臣重盛と、実は同じかもしれない。
維盛の場合、身を焼き心を焼き尽くす妄執は、運命に「否」と言う為の武器だった。自分に過酷を強いたものすべてへの、抗議だったのだ。

さて、残された弟達のうち、平の資盛という青年がいてね。
おっと、長くなる話だ。立派過ぎる父とこんな?兄の元、色々要らぬ飛沫を浴びつつも、すくすくと育った好青年でね。この人は奇跡のような恋愛物語を残してます。いや、彼の恋人が残したのだけれどね。

ああ。話を元に戻そう。

最後は藤戸だ。
謡曲で名高い。
手柄を自分一人の物にする為に、海の浅瀬を知っている名も無き漁師をこっそり殺害するお話で、現代でも沢山転がっているテーマだ。謡曲と異なり、辰巳本は救いが無いまま、人間の醜悪を提示した。大きな組織の中では、他人に抜きんでるには自分の実務能力が優れていることより、いかに立ち回ってライバルを減らすかが重要になってくる。優れた仕事をする人が出世するなんてのは、幼年時代の世界観。佐々木盛綱には、大組織を生き抜くサラリーマンを見てしまう。

藤戸のくだりでは、沖からしきりと手招きする平家の短い描写にくらくら。
存命中からすでに高貴の亡霊の風格と魅力を備えてる平家一門の魅力、である。
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by leea_blog | 2010-03-22 23:18 | Comments(0)

へいけうたのあかり第六弾のことなど その一

取る物も取りあえず、駆けつけたけれど、20分は遅刻していた。

店内は結構な満席状態で、事前に辰巳さんが「今回は集客に危機を感じる」と話していたものの、念は効いていたわけだ。

内容は、氏のサイトからコピペした以下の通り。
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前半は、未来さん回文の朗読と対談。
徳永未来(回文作家)×辰巳泰子。

後半は朗読劇「へいけうたのあかり」。
おおさか弁の平家物語、辰巳泰子本。
敦盛、維盛、藤戸の三本立オムニバス、約一時間のモノローグ。
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ステージ中央には長和紙に墨筆された作品が広げられ、右手に歌人の辰巳泰子氏が楽しくトークを繰り出し、左手に堂々とした押し出しの回文作家、徳永未来さんが女王然と鎮座していた。

短歌か散文かの話、つまり、短歌の形をしていても散文である作品と、短歌の形式からはみ出しているけど短歌である作品の話になった。表現者にとって、散文か韻文か詩か短歌か俳句かそれ以外の物かは、意識の持ちようで書く軸、言葉選びが変わってくる重要な点だ。

客席の注視が作者の徳永氏に集中する中、徳永氏は眉の上方にわずかに憂いを漂わせる表情を変えることなく、特にコメントする話題でもないかの如くにコメント返しも無く、流れて行った。結果、客側が、自分や周囲を振り返って「詩とは短歌とは俳句とは散文とは」と思う種となった。
生の場の面白さは、それぞれの「人としての持ち味」が相乗効果を生む点にある。

ところで、辰巳泰子氏主催の対談鼎談は、多分、事前のシナリオが無い。
前回の木曽義仲最後の朗読時、講談師の神田陽司さんと私、辰巳泰子氏の鼎談があったのだが、事前の打ち合わせが皆無だった。私は明け方まで論陣を張るタイプだし、短い時間で何を話すか、どのようなキャッチボールが出来るか、聴くひとが何を考えてくれるかには、結構うるさい。

客演ともなれば、主催者の主旨をどう盛り上げて行くかも、考えてしまう。
ファン相手のトークショーではないのだから、長い文章を一行で言う間合いまで考えてしまうのだ。

それぞれ語りたいテーマなどを箇条書きにして打ち合わせる勢いだったが、打ち合わせは敢えて為されなかった。軽いカルチュアーショックだった。多分、氏は、あらかじめ詳細に打ち合わされた対談・鼎談より、その場の流れの新鮮さ、思いがけなさ(語る方にとっても)から、深淵を掴むくちなのであろう。
(氏に確認したわけではなく、今ここで勝手に私が推測しただけである)。

「え?打ち合わせや詰め無し?そんなのあり?」と、内心驚いたまま臨んだのは、氏に全く違う方法論を提示された心地で意義深く、おそらく表情や身のこなし、声のトーンには、事前打ち合わせがあった場合には出ない何かが出ていたはずだ。

そういうのは、主催者の人柄と場数、普段の思考の結果できる芸なので、普通の人?は、シナリオ作る勢いで打ち合わせて、打ち合わせ通りに行かなかった意外性を出すのがよろしかろう。

そんな事をかれこれ考えたのも、徳永氏の「特にコメント返しせず」の芸風も舞台に良い味を出していた為だ。

おっと、長くなったので、以下は続きとしよう。
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by leea_blog | 2010-03-22 21:52 | Comments(4)

怒濤の三連休/ところで平維盛

日曜に辰巳泰子氏の「平家歌灯」を見に行くんですけどね。

ここで、平維盛、つまり、平清盛の孫で、重盛の長男について、延々と語りたいわけです。

でも、語っていると夜が明けてしまう。
まだ風呂も入ってないし、明日は医者に掛かるし(嫌だ〜)、洗濯物は溜まっているし、揺蘭原稿に取り掛かりたいしで、もう、息が切れるほど時間がない。

何しろ、一日の半分以上を寝て過ごしているのだから、確実に時間が無い。
時間は世界中の誰にも平等に24時間有る。
平等だ、と感じられるのは健康な内だけだ。

十二時間以上を眠って過ごし、それでも疲労感は抜けない。

三連休などまばたきする間に過ぎてしまう。

自分の朗読イベントの時は慌ただしいけれど、
他人様の、渾身の出来栄えとの平家を聞きに行く時くらいは、心に余裕を持ちたい。
ああ、それでも、洗濯物も取り込まずに、走りに走っても、遅刻しそうな予感。
休日の新宿駅の雑踏を、今回は和服で走り抜けることになりそうだ。
黒塗りの桐下駄の音高く走り抜ける謎の熟女。
汗だくだろうなぁ。

和装は女装男子が初めて女装で外出する時のような、ちょっとした緊張感が有る。
正当派の着付けをするつもりは毛頭ないので、
「着物の着方がなってない!」との突っ込みはご勘弁願います。

母の着物を着て行くから元々サイズが合ってないしね。
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by leea_blog | 2010-03-20 01:45 | Comments(2)

三連休目前/異動の季節/オススメイベントなど

ああ、世間はそういう季節なんだ。
三連休。

忘れていた。

職場の上層部の異動内示を見て、
暗雲が立ちこめたり、雲間から薄日が差したり。

「××さんほど悪人じゃないけど」と、
よく悪人の引き合いに出されるお人もやってくることに。
「ご評判はかねがねうかがっております」といっても、
真っ黒なご評判ばかりでございます。

帰りに職場の同僚と立ち呑み居酒屋に入り、
大人にしかわからない憤懣を発散。
そこの皆さん、特に女性。
「女はやり口が汚い」「女は陰湿」とか愚痴ったことありませんか?
間違ってま〜す。
男の多い職場では、男の陰湿さややり口の汚さはよく見えて、
女同士のソレなんぞとはレベルが違います。
悪口?陰口?
そんなん大して痛くもかゆくもないでしょ?


退職者のリストを見て、
「いい人ばっかり病んじゃうんだね」と同僚。
私「まともな人なら病むよ」(きっぱり)

そんなわけでちょっと酔ってます。

三連休のお薦めは、下記日記にある、歌人の辰巳泰子さんの
「平家歌灯」でしょう。

平家物語をただ朗読するだけなら、世間には沢山あるけれど、
そういうのとは、まーったく違うんです。

氏のサイトをチェックすれば、まぁ、ワタクシが酔った頭であれこれ書くより、
その面白さは伝わりますえ〜。
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by leea_blog | 2010-03-19 01:25 | Comments(0)

『平家歌灯』/辰巳泰子氏の朗読ライブの事

強くオススメのイベントである。

氏のサイトからコピペしておこう
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◎2010年3月21日(日)、16:00〜18:00、
JazzBarサムライにて、
へいけうたのあかり第六弾。

前半は、未来さん回文の朗読と対談。
徳永未来(回文作家)×辰巳泰子。

後半は朗読劇「へいけうたのあかり」。
おおさか弁の平家物語、辰巳泰子本。
敦盛、維盛、藤戸の三本立オムニバス、約一時間のモノローグ。

【会場所在地】
JazzBarサムライ
新宿区新宿3-35-5 守ビル5F(JR新宿駅東南口を出て高架沿い直進徒歩2分。1F蕎麦屋のビル)
Tel:03-3341-0383
【入場料】
2000円(1drink付) ——飛入さんの朗読歓迎!

父を兼ね月下の波は浅眠りなでふ深傷を負はするものか   泰子
世の裏は おちて血で血を払うのよ(回文)  未来


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http://www.geocities.jp/tatumilive/utanoakari.htm


コピー&ペーストして飛んでね。
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by leea_blog | 2010-03-14 22:34 | Comments(0)

古民具・骨董と贋作の路

以前、よく古民具・骨董市に出かけた。

アンティークというと耳障りは良いが、つまりは、謎の古物がひしめいている「市」である。

何が欲しいというのでもなく、見物に出かけるのだ。

人によっては、ただのがらくたの山である。
時代を経た物は、独特の味わいを持つ。農家の倉の中で眠っていたもの、家屋を解体する時にまとめて出る不用品、民家の物置きの段ボール箱にまとめて入っていた物。

一山いくらで仕入れられ、一つ一つより分けられ、市の絨毯の上に並べられる。
本屋なら本、呉服屋なら呉服、人形店なら人形が置いてあるものだが、古物市は、何がおいてあるのかわからない面白さがある。

ヒビの入った管玉、稚拙な仕上げの勾玉、お雛さまの繊細な冠、木目込みの手まり。
金彩の漆器。

物色しながらアンティーク屋さんと話をする。
アンティーク屋さんによれば、不景気の波は蒙りにくい業界だという。
「人間、趣味に回すお金は最後まで削らないでしょう? この業界にも不景気の波が来るようなら、世間一般は大変な不景気ということだ」

食事はカップラーメンに珈琲だけに削っても、趣味系の物には万札を払う。
アンティーク収集家も、秋葉のオタク族も、コミケに集まる人々も、その点は同じだ。

ところで、古美術趣味の人は、何度も店に通う内、偽物とわかっていても商売の助けに買ってやる事も必要だ、と聞いた事がある。

あたかも古墳から盗掘されたか、海底に沈んだ古代の交易船から引き上げられたかに見せるテクニック、その道を極めた人が世界中に居る。古物商が、人目を避ける秘密の物腰で、戸棚の奥の隠し場所から、大切そうにとりだす演技をつければ、素人さんは騙される。

通の人も騙されることが結構あるが、買ってやる内に滅多にお目にかかれない掘り出し物を回してくれるようになる、というのである。

そんな身分ではないので日本ではそういう経験は無いが、海外を旅していると、そういうシーンにはよく遭遇する。日本人は金持ちだと思われていた為だ。

人通りの絶えた、ラマダン月の昼下がり。
古物商の老人が店を閉め、誰にも言ってはいけないと口止めした後に、
隠し戸から大切そうに取り出して見せる、古びた管玉。
粘土の上を転がすと、くっきり捺される、古代の印章。

砂漠のあばら屋のようなレストランの、六本指の主人が、テーブルの下から渡す、大切に紙に包まれた、錆びついた硬貨。

それらが、うっかり見つかると現地の刑務所に放り込まれるような価値があるのか、贋作職人が昼夜を分かたぬ研究心で作り上げた物なのかを、私は見分ける力が無い。力が無い事を知っていれば、丁重に辞退も出来る。

だがしかし。古代や中世の物を模すあまり、本物ではなくとも、大変な技術を注いだ作品?もある。
そんな技術があるなら、現代物の工芸を作ればいいのに、と誰しも思う。古物にしか無い、膨大な夢を、今日も密かにやりとりしている人たちが、世界中にいるわけだが。

ネットショッピングでまたしても「正絹じゃないじゃん!」と化繊をつかまされたワタクシは、対面なら騙されないのに、と思いつつ、対面でも騙される人と騙す人の繰り広げる物語を、思い出して落胆を紛らわすのだった。
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by leea_blog | 2010-03-13 00:29 | Comments(0)

フェティッシュファッション/絹の路

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(着付け参考例/出雲の阿国)

書物に関して延々と書きたいが。

今は『五感の復権』として、衣類について語ろう。

自宅で着物生活を始めた。
そのことを語ると、とあるSNSで
「和装は最強のフェティッシュファッションだと思います」と
コメントをもらった。

フェティッシュ。
レースや絹、レザーや毛皮、ゴスにルネッサンス。
ブーツにハイヒール、長い付け爪、砂時計状のコルセット、ガーターストッキング。

うむ。ボンデージルックをファッションとして楽しむ人もいれば、
長い絹の衣を巻き付けて生活できる和装をフェティッシュに楽しむ人もいる。

着物を実際着てみて分かったのだが、
お端折りや帯で、身体の基幹部分を冷やさないようになっている。
帯を背で結ぶことで、重心が背後に行き、洋装より背筋がしゃんとする。

実年齢より落ち着いて見えがち。
成人式の着物姿のおねえさんたちも、大人びてみえると言うよりふけてみえる。
若々しい着こなしも勿論あるが、洋装ほど「自然な若造り」ができない。
元服後は大人びる事が大切だった時代のなごりを見る心地。

私が着ると、自分でも「怪しい奴」に見えてしまう。
まぁ、洋装でも怪しいから、仕事意外では怪しく見えたとしても別にいいのだが。
映画などで「まて、怪しい者じゃない!」と怪しくみえる奴が急いで身の潔白を証そうとするシーンが頭をよぎる。

ところで。
着倒し用にセカンドハンドの着物を何着か買った。
しつけ糸が付いたままで、「私の手元に来るまでに、この着物はどんなものを見てきたのだろうか」と、思いを駆せることが出来る。

美しい物に目がくらんでうっかり購入したが、我に返って解約しに出かけた、が、すでに縫い上げられていた、客はけんか腰で解約、着物屋は泣く泣く処分、という物語か。
沢山作ったけど、着る前に飽きちゃった、という物語か。
私が手に入れられる位の値段だから、古着屋が買い上げた値段は、五百円玉一つ位か?
生活に困って秘蔵の、まだ未使用の着物を質に入れた、という線はかなり薄い。
花嫁道具として親が大量の着物を持たせたが、娘は洋装派で、親に内緒で処分した?
布の質感に、選んだ人の感性を想像してみる楽しみもある。

昔は、昔と言っても、私がまだ子供の頃は。
衣類に「糊を効かせる」という事が行われていた。日用雑貨のコーナーに、衣類用の糊が売っていたのだ。
西野家では、そんな面倒な事は一切行われなかった。
糊を効かせるとどうなるの?というと、ぱりっと張り感が出るとのことで、子供心に謎の風習に見えた。

着物を着てみると、布地の張り感やしなやか感に、洋装よりも敏感になる。
なるほど、わざわざ衣類用の糊も売っていたわけだ。
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by leea_blog | 2010-03-10 23:50 | Comments(0)