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旅立つ前の晩と、フランシス・ジャムの「夜の歌」



明日の今頃は、機上の人だ。

今が一番幸せな時かも知れない。
あとは楽しい時間を消費して行くだけ。
(何というマイナス思考。)


年末年始の台北行きから帰ってきたら、
黄金週間まで、うきうきイベントが思いつかない。


今回の旅のお供は、フランスの詩人、
フランシス・ジャムの「夜の歌」(三好達治訳)だ。

大変薄い本だが、内容が濃い。


ちなみに、家に有るのは間違いないのだが、樹海状態の部屋から発掘できず、
旅行の供にと、もう一冊、池袋のリブロで買った。


それはそうと、本屋を覗くに、今は本当に色々な本が手に入る。
貴重な絶版本も、続々と復刊されている。

今回手に入れた「夜の歌」も、「リクエスト復刊」本である。

私の持っている貴重な絶版本も、これら名著復刊事業により、
絶版本としての価値が薄れた。
(と、ケチな事を言っているのは、訳が有る。
 アルバイト禁止の仕事ゆえ、お小遣い稼ぎに、蔵書を売却していたりするのである)


山尾悠子の「ラピスラズリ」も文庫化されており、心から驚いた。

山尾悠子といったら、知っている人しか知らない伝説の作家である。

それが文庫化!

知っているひとしか知らないけど、熱烈なファンがいる。

「火焔の王」がとうの昔に廃刊された「奇想天外」に載っていた頃から、
私も山尾さんを支持している。


そのような訳で、ひと足早いが、みなさま、
本年度中はお世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

良き年末年始をお過ごし下されませ。


来年は2月に【揺蘭】最新号の編集に入ります。
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by leea_blog | 2012-12-28 22:29 | Comments(0)

台北三度


クリスマスも過ぎ、今年も残す所あとわずかになってまいりました。


新年へのカウントダウンをはじめる方もいらっしゃれば、
サービス業におつとめ等で、年末も年始も通常通りのお仕事の方も居られましょう。

わたくしは、年末年始は、「またかよ」と言われそうな、
台北への逃避を試みます。


悩みがどれほど深くても、海外に行くと、その間、頭が空っぽになるのです。
これぞバケーション効果。


思うに、悩みというのは、頭の中で「日本語で悩んでいる」のですね。

英語も片言なのに、日本語の通じない環境に行くと、頭が切り替わるのです。

日本語脳が沈黙して、片言外国語脳が働き始めるのですが、
片言しか外国語が出来ないと、悩みも思い切り抽象化して、ついには
「日本での事をあれこれ悩んでいても、ここは異国だから仕方ないでしょ」と、
心の切り替えが無意識の内に出来ちゃうのです。


転地効果もありましょう。


今回、台北の桃園空港着が夜遅い便なので、空港バスで台北駅まで行き、
MRTは終わっているだろうから、そこからホテルまでタクシーで行かねばなりません。


まぁ、治安が悪い所の旅をいろいろとしてきたので、防犯意識は高い方ですし、
台北の治安は悪くないと思いますので大丈夫だと思いますが、
気を付けて行ってきたいと思います。


なにゆえ短い期間にそれほど台北にリピートしているのかって?


台北の魅力とは。

夜市朝市の、毎日が縁日気分。

茶芸館にみる、お茶を時間を掛けてゆっくりと楽しむ心。
美味しい料理、苦茶、果物。

外れも多いけれど、上手でお手ごろな値段のマッサージ。
親しみを感じる街の人々。

朝から晩まで勤勉ながら、どことなくルーズな所も合わせ持つ、余裕ある雰囲気。

台湾の魅力は尽きないのですが、まずは日本から近い!
国内旅行とほぼ同じノリで伺えます。 



それはそうと、服装はどうしたらいいのだろう?
荷物はなるべく少なくしたいし。


ネットで検索しても、今一つピンと来ません。
日本より暖かいのは分かったけれど、
寒い日と暖かい日の落差が結構ありそうな。
と、いうことは、服装も幅を持たせる必要が有りそうな?

帰国したら、他の旅行者さんの為にご報告します。




とりあえず、明日はがんばって出勤だ。

長い一日となりそうです。
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by leea_blog | 2012-12-27 20:43 | Comments(2)

クリスマスイヴなのに発熱・頭痛薬の解熱効果



メリークリスマス!

毎年の事ですが、うちは基督教徒ではないので、お祝いはしません。
静かに過ごします。

今年は、イルミでも見に行こうかと思ったのですが、
23日夜に、激しい悪寒に襲われ、食べたものも吐いてしまい。。。。

24日のクリスマスイヴは、発熱して、朝から夕方まで寝込んでいました。


夕方頃、近所の薬局に解熱剤を買いに出かけました。


あるある、色々な種類の風邪薬が。


でも、私の場合は、咳も鼻水も咽喉の痛みも無いし、風邪とは違うようだし。。。。

と、薬剤師さんに聞いてみると。


「EVE QUICK」という頭痛薬を奨められました。


何それ、頭痛薬じゃん!


薬剤師さんのおっしゃる事には、風の解熱剤と同じような成分が入っているので、
咳や鼻水が無ければこちらのほうが良いのでは、との事。


効能は、あらゆる痛みが羅列してあり、最後に申し訳程度に「悪寒・発熱時の解熱」とあります。


つまり、痛み解消の薬で、解熱は、メインではないのでしょう。


これで熱が下がるのか?
そもそも、痛みを取る効果と解熱の効果が同時って????

半信半疑で買い求め、飲みました。


これが、効きました!

ほぼ六時間で、平熱に戻りました!


びっくりです。




発熱で一日無駄にしてしまいましたが、一年に一回くらいは発熱した方がいい、と考えています。


理由は、布団で延々と過ごさざるを得なくなるから。
日ごろの疲れが取れます。

熱で朦朧とした頭は、細かい事が考えられなくなり、脳の休養になります。

寝込んで熱が下がった後は、リフレッシュした心地になります。


何でしょうかね、体温が上がって、雑菌が死ぬのでしょうか。


いずれにしても今年のイヴは寝正月ならぬ寝イヴ。


今年も残す所後僅かになりました。

皆様、体には気を付けて、酔い年末年始をお迎え下さい。
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by leea_blog | 2012-12-24 22:13 | Comments(0)

ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ/金井美恵子




金井美恵子の【ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ】を読んだ。


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 長い凪の間、青い海は一面の真っ平な鏡面のようにスミレ色のあふれんばかりの太陽の光を反射させ、しんと静まりかえったはてしもなく広がる青とスミレ色の輝く巨大なドームの中で、どちらの方向から吹いて来るにせよ、唾液で濡らした人差し指の先に一吹きの風の冷たさを感知したなら、すぐさま何本もの多様でややこしい名称で呼ばれるロープを操作して、それ以上に多様でややこしい名称がついているせいで、何度読んでも決して憶えられもしなければ、半ば以上は覚える気さえないたくさんの帆やマストや帆桁に風を受けて、青とスミレ色と緑と白光に輝いて時がとまってしまったかのような不動の天空と海のドームから抜け出す事が出来るのだが、と水夫たちはジリジリ照りつける太陽を帆布の陰でよけ、体中から吹き出す汗にまみれながら、帆船上での過酷な労働のあれこれを何もすることがないので、針仕事をしたのだ、と伯母は言う。

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句読点によって延々とつながる文章の一冊。
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by leea_blog | 2012-12-22 14:16 | Comments(0)

ヴォア・ヴェール第五回演奏会、異界の出現とうろくずやかたの事

東京に帰ってきました。何と寒い事だろう。切りつけるような底冷え。
浜松は、温暖な気候でした。


そうした訳で。
出かけてきました、浜松まで。
ヴォア・ヴェール第五回演奏会を聴きに!


結論から言うと、素晴らしかった!
三時間があっという間、最後の方は「もっと聴きたい、終わらないで」と思いました。


三百人ほどのお客様がいらして、
アンコール演奏の終了後も、拍手が一向に鳴り止まず、
イベントとしても大成功だったのではないでしょうか。


後日you tubeにアップされるそうなので、今回会場にいらっしゃれなかった方も、
生の迫力とは圧倒的に異なるにしても、雰囲気はお楽しみ頂ける事と思います。


舞台の右手に、大きなスクリーンを設けて、そこに曲の紹介や、歌詞がプロジェクタで映し出されます。とても素晴らしいです。

聴衆は、映し出される歌詞を見て、
「ここはどう唄うんだろう」と聴く楽しみも倍加します。
どういう曲なのかも理解出来て、聴き所も分かります。


多彩な曲の構成で、変化に富んだステージは、飽きさせませんでした。

素晴らしい会でした。関係者の皆様に、深く御礼を申し上げます。



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ところで。


大きなスクリーンに映し出される拙作「うろくずやかた」を見て。

正直な所を言うと、肝を冷やしました。



何故って?
この正当な演奏会において、うろくずやかたの歌詞は、明らかに異質だったからです。


「異界者を名乗るりーあさんが今さら何いってるの?」と思うでしょう?
私も自分で「え?何を今さら?」と突っ込みを入れている所です。



しかしですね、今回の演奏会の第一部の詩が、高田敏子氏の「嫁ぐ娘に」ですよ?


音楽と合唱と演奏がいかに優れていても、お客様はスクリーンに次々と映し出される詩の
「うろくすやかた」を見て、
「何、この異様な詩?????」と思ったかも知れない。




私の作品の中で、「うろくずやかた」は、ごく真っ当な作品だ。

ノーマルかアブノーマルかという、昭和の匂いがする区分けをすれば、
ごくごく、ノーマル。格調高く神話伝説が日常に混じり混む世界を描いている(自賛)。


「ライウラ」シリーズ、「交霊術師」(降霊術ではない)シリーズ、「誘拐魔」シリーズは、
アブノーマルな部類だろう。

だがしかし、
異様に見えるものに、深淵への通路が隠されている。。。。。



とはいえ。
いざ大きなスクリーンに映し出されてみると、この詩は、
今回の演奏会の、これまでの詩とは、明らかに違っていました。
異界が出現していたのです。



上り下りの隅田川、という高名な詞と曲の、
麗しい日常から始まって、すぐに異界が日常に混じり込んで行く。


わかりやすい歌詞に既に二時間以上なじんできた聴衆の皆さんは、
異界の出現をどう受け止めたのだろうか。



格調高い曲に仕上げてくれた作曲者の長谷部雅彦さん、これを取り上げてくれたのは、
間違いなく大きな決断だっただろう、と今は分かる。


多彩な構成の最後に、壮大な合唱と演奏の「うろくずやかた」を配置した事で、
深みの有る演奏会になったと感じています。


(長谷部さんは大手拓次もお好きとの事。大手拓次好きだったら、私の詩など可愛く見えるよね。
いやいや、普段から文学に親しんでいる方々なら、全く大丈夫なのです。)


ちなみに、私の作品には、神話伝説が下敷きになっているものが多い。
神話伝説は、硬直した日常に揺さぶりをかけ、再生させてくれる装置なのだ。


うろくずやかたも、兄妹にして夫婦だった古代神や、海の底の都や、
人魚伝説、それらが混じり合いこだましている。


会場アンケートも沢山集まり、打ち上げでは一部を読ませて頂いた。
良かった演目に丸を付ける部分で、うろくずやかたにも○が付いており、
詩を書いた私としては、ほっとすると同時に大変有り難く、嬉しい。


はやくYOU TUBEにアップされないかな。
多くの感動をありがとうございました。

またどうぞよろしくお願いいたします。
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by leea_blog | 2012-12-17 18:34 | Comments(2)

混声合唱と弦楽合奏のための「うろくずやかた」の初演

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いよいよ今度の日曜日。
混声合唱と弦楽合奏のための「うろくずやかた」の初演です。
楽しみです。


どなた様もお気軽にお運び下さいませ。

 (とはいえ浜松です)


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12月16日(日曜日)
開場4時30分 開演5時
浜松市福祉交流センターホールにて。
入場料1000円


第一部合唱組曲の調べ
「嫁ぐ娘に」(曲 三善晃)
「Missa Brevis」より(曲 H.Badings)

第二部 合唱アラカルト
Big Gold(男声合唱)賛助出演
ヴォア・ヴェール「北へ」
プチ・ヴェール(小アンサンブル)賛助出演

第三部 合唱と弦楽の出会い
—ソナスアンサンブルをお迎えして—
ゲストステージ「トリプティーク」
(曲 芥川也寸志)
混声合唱と弦楽合奏のための
「うろくずやかた」(曲 長谷部雅彦)

HP http://voixvert.seesaa.net/

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詳細  浜松市文化振興財団のサイト
   ↓
https://www.hcf.or.jp/hall/detail.php?id=10468


そのような訳で、私は、日曜日は浜松です。


朝の早い時間に、浜松行きのバスが新宿から出ますので、
運良く早く起きられたら、バスでのんびり参ります。


寝過ごしたら、仕方ない、新幹線で。


ちなみに、東海道新幹線で「こだま」を使うと、JTBで「ぷらっとこだま」というプランがあって、
結構割安になります。

ただし! 前日までに申し込まないと駄目で、更に、使う便もあらかじめ指定しなくてはなりません。


今回の私の浜松行きは、「うろくずやかた」を聴くだけの為で、
後はその時の気分次第で、スケジュールが決まります。


そんな気分次第のスケジュールには、前日までに使う便まで決めて申し込まなければならない、
「ぷらっとこだま」は、ややハードルが高いのです。


ちなみに、JTBは、移動手段と宿がセットになった、格安添乗員無し自由型ツアーが、
(つまり往復の運賃と宿泊だけがセットになったプラン)
結構充実しています。


浜松と言えば、浜名湖。


寒いのが大の苦手のワタクシ、浜名湖観光もするのか?
寒さにめげて浜松市内観光だけで帰ってくる?
どうする、どうなる?

それはお天気と、当日の気分次第。


そんな気ままな旅で、いいではないか。
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by leea_blog | 2012-12-11 21:01 | Comments(2)

高橋源一郎「ニッポンの小説」「非常時のことば」


「ゆりうた」では、なるべく面白かった本を取り上げ、面白くなかった本は、スルーしようと思う。


が、面白いはずなのに、わびしい気持ちになる本、という、微妙な読中読後感の本も存在する。


高橋源一郎さんの、「ニッポンの小説」、「非常時のことば」がそれだ。


私は高橋源一郎さんの本は大好きである。

「文学王」なんて、「読んで読んで」と薦めて回りたい位だ。


文学への愛が溢れまくっているからである。


文学への愛が溢れているはずなのに、
「ニッポンの小説」、「非常時のことば」は、異物感を始終味わって読んだ。


講義形式の書物なので、読者対象が狭められているからだろうか。


これらは、対話するべき話で、一方的に聴かされるのは、かなり苦痛だったのである。


「えっ、それは違うと思うのです」と、何度も声に出しかけながら、
高橋さんが何をどういう立場で話しているのかそれが掴み切れぬまま話が進み、
さらに「それは違うと思うのです」が増幅されていく感じである。
 この本の対象読者に、私は設定されていない。
 文学のパーティーだと思ったら、シーシェパードのパーティーだった、位に、わびしい気持ちになるのである。。。。。。




高橋さんは、小説の言葉と詩の言葉は完全に違うという立場なので、詩を基盤に置いている私が異物感を咽喉に感じながら読むのは、ごく当然の事なのかも知れない。


文字表現と言うものが、平面ではなく、大気中や水中のように立体だとする。
そこに座を定めて話し始める訳だ。


高橋さんの座っている場所と、私の座っている場所は、
平面的に同じではないばかりか、高さも違うのであった。
椅子が向いている方角も違う。


それでも、オススメかと言えば、読んだ方がいい。

真剣に言葉と向き合う人の視線は、熱くてこちらも熱くなれる。



が。。。



大きな声では言えないが、
高橋さんが引用する現代詩が、
私にはことごとく面白くないのだった。。。。。。。

高橋さんも、必ずしも面白いと思って引用するばかりでは無い。

以下、引用。

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◎◎は(伏せ字はりーあによる)、優れた作品です。あるいは、時代を代表する傑作と呼んでもいいかもしれません。だが、同時に、それらは、「ただ優れた作品であるにすぎない」ということもできるのです。

 というのも、いまとなって、それらを読むと、それらを書いた詩人たちは、どういうわけなのか、同じ方向を眺め、同じ樹を描いているように見えてくるからです。つまり、それらは、「優れた作品」であるというより、なにか典型的な症例のように見えてくるのです。
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そうそう。典型的な症例です。
症例だから、優れたも何も無いの。




「ニッポンの小説」で一番面白い部分は、「エピローグ—補講」だった。



そこに、一人の詩人の作品が出てくる。以下、引用。

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「あまりに長すぎる。どこが始まりで、どこが終わりかわからない。この作者はなにがいいたいのかさっぱりわからない」
と文句をいう読者もいました。
 実のところ、わたしも、内心ではそう思っていたのです。だから、わたしは、その詩を、あとこち拾い読みすることにしました。そして、全部読んだという友人と、その詩について話し合ったのですが、その結果はというと、きわめて順調で、熱烈な会話が成立したのでした。つまり、その詩を「理解」するためには、全部読んでも、部分的に読んでも同じだったのです。
 わたしたちは、この異能の詩人の詩について、あれこれしゃべりながら、「いったい、ぼくたちは、この詩の『なに』を読んでいるのだろう」と思ったのです。

 こんな詩を、この作者は、いや、この作者だけではなく、多くの若者が、このような「無意味」な詩を、何百万行となく書きました。もちろん、そんな詩は、どれも残っていません。それらの、無数の詩は屍となって大地に横たわり、やがて、消滅していったのです。

 実際、それは無理もないことでした。それらの詩は、あるいは、それらの詩に似たなにかは、それの作り手である、わたしたちにとっても、どう読めばいいのかわからない代物だったのです。

 確かに、そこには「なにか」がありました。なにしろ、わたしたちは、それらを熱狂的に読んだのです。しかし、同時に、そこにはなにもありませんでした。どこを読んでも(どこかを読まなくても)、同じ光景が続いているのです。

 そんなにも未熟で、デタラメなのは、それが、なにかの間違いで生まれたものだからなのかもしれない。わたしたちは、そう思いました。
 わたしたちには、自分の文章を説明する言葉がなかったのです。

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「どこを読んでも(どこかを読まなくても)、同じ光景が続いているのです。」


こんな気持ちになった事がある人は結構いるのではないか?

私がフトドキなだけか?


 違和感が有るのも、自分を見つめ直す良いきっかけである。
「ニッポンの小説」「非常時のことば」は、これを肴に一晩語り明かせる作品である事には間違いが無い。
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by leea_blog | 2012-12-03 21:18 | Comments(2)