<   2013年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

セブンイヤーズインチベットを読む

映画「クンドゥン」があまりに良かったので、
チベット強化月間として、「ダライ・ラマ自伝」に続いて、
ハインリヒ・ハラーの「セブンイヤーズ・イン・チベット」を読んだ。

これは映画化もされて、名高い。

映画は面白かったが、原作を読むと、映画は別物としてみた方が良いほど脚色されているのだった。


原作は、インドの捕虜収容所から脱走してチベットに向かう筆者の、筆舌に尽くし難い道のりと、チベットでの生活の紀行文で、登山家らしく淡々と書かれている。

若きダライ・ラマとの交流も、暖かく生気に充ちた眼差しで綴られている。
以下引用。
--------------------------------

私の方も彼の姿をまじまじと眺め、すでに最初の短い出会いのときに感じていた好感をさらに強めた。彼の肌は平均的なチベット人よりもずっと白く、ラサの貴族たちに比べても心もち白かった。その目は東洋人特有の細い切れ目ではなく、生き生きと語りかけるようで、私はたちまちその魅力に惹き込まれてしまった。それは生気に満ちて輝き、多くの蒙古人に特有の窺うような気配はいささかもなかった。頬は興奮して紅潮し、しょちゅうその端然と組んだ脚を崩した。耳は心もち突き出ているが、後日聞いたところによれば、仏陀の生まれ変わりの持っている特徴の一つであった。彼の頭髪は普通のチベット人よりは少し長めだったがこれはおそらく寒いポタラのなかの生活で頭巾の役目の代わりをしているのであろう。背丈は年齢に比して高く、おそらく両親と同じくらいの高さはあるにちがいない。両親ともチベット人としては目立った体格をしている。残念ながら姿勢が悪いが、これはよく勉強するのと、いつも上体を前に屈めて座っているせいであろう。指の長い手は美しく高貴で、それを彼はいつも静かに膝に置いていた。(セブン・イヤーズ・イン・チベットより。ハインリヒ・ハラー著 福田宏年訳)
--------------------------------------


快適とも言えるほどの捕虜収容所から逃亡して、容赦ない自然が襲いかかる山岳地帯へ逃亡、厳しい餓えと寒さでぼろぼろになりながら禁じられた都ラサを目指す筆者。

諦めない強い意志。

読み終わって、感慨が残る。
[PR]
by leea_blog | 2013-02-23 12:32 | Comments(0)

寒波の中のディズニーランド



16日の土曜日は、朝早くから夜遅くまで、ディズニーランドで遊んだ。


大きな寒波が到来しており、身を切るような強風が吹き荒れ、
ニットの手袋の編み目から、風が皮膚に突き刺さる。

朝八時に新木場駅のドトールコーヒーで連れと待ち合わせし、
閉園まで遊び倒した。


あまりの寒さに、午前中は「本当にこの寒さの中で、閉園まで遊ぶのか?」と
自分に何度も問いかけた。
連れがいなかったら、挫折して早々に引き上げ、暖かい所で丸くなっていただろう。

強風のあまり、昼間のエレクトリックパレードは中止、カヌーも中止。

ミニスカートでももを剥き出しにした女子高生の皆さんも、
おしゃれよりも健康が大事と悟ったか、腰に毛布みたいなものを巻き付けていた。


夜は22時まで営業しているのだが、最後の方はお客さんも減り、ホーンテッドマンションの待ち時間無し、という空き具合。


頻繁に行って楽しいのか?ととわれれば。

頭が空っぽになるから、日常の雑事に悩みまくる私には、「通院と一緒」の効果が期待できる。


本当に頭が空っぽになりますよ。

ビッグサンダーマウンテン(ジェットコースターの一種)で、ワーとかキャーとか叫びまくって、もう非日常。

今回、今まで乗った事の無いアトラクションを二つ制覇した。

一つは、「プーさんのハニーハント」。並んでまで入りたくなるほど興味は無かったのだが、今回待ち時間10分で入れた。


もう一つは、スタージェット。軸の周りをロケットのようなものが回りながら上下に動く。
これも、並んでまで乗りたいと思わなかったが、今回は待ち時間無し。
夜のディズニーランドを取り巻く、光の列は、これに乗らなくては見渡せない。
夜がオススメである。


寒波何するものぞ。
人は遊ぶ時は遊び倒すのである。
[PR]
by leea_blog | 2013-02-20 20:35 | Comments(2)

バレンタイン商戦/チョコ買いましたか?



ああ、今日も疲れた。
くたくただ。

今日はバレンタインデーだった。

皆様、チョコレートは買いましたか?

もらいましたか?
あげましたか?


私は今年は、小中学校の同級生の息子さん(和風イケメン)にあげただけだった。


毎年、自分用にもご褒美チョコを買うのだが、
今年は、何だか余裕が無くて、自分のご褒美チョコを買いわすれた。

今日がバレンタインデーだということも、すっかり忘れていた。

残業で疲れてとぼとぼと帰宅途中、池袋駅で、
出店のバイトさんたちが
「お忘れではありませんか〜、
今日はバレンタインデーです〜」と呼び込みをやっており、
ようやく思い出す始末。

自分用のチョコレートを買っていなかった事は、思い出さず仕舞だった。

チョコレートは、普通に売っているチョコレートと、高級チョコの味には、
別物的な味の相違がある。

高級チョコは、スーパーで買うチョコとは、全く別なのだ!
カカオ含有量が違う、味が違う、満足度が違う。

デパートのバレンタイン特設会場では、
普段はお目にかかれない高級チョコがこれでもかと並ぶ。

商戦に乗せられていると思うと悔しいが、
「普段お目にかかれない高級チョコをゲットするチャンス」と
頭を切り替えればよろしい。

ああ、今年は買いはぐったなぁ、自分用高級チョコ。

この時間(夜の九時)になって、ようやく「ちょっと残念」感が沸き起こった次第である。
[PR]
by leea_blog | 2013-02-14 21:06 | Comments(0)

アナログ書籍?デジタル書籍?


昨今はデジタル書籍も普及してきたらしい。

私は、ガチガチのアナログ書籍派だ。

紙をめくる感触が愛おしい。

何より、本のどの辺に何が書いて有ったか、アナログなら見当が付きやすく、すぐに読み返せる。
例えば、本の三分の一位の所にあれが書いてあったとか。

自分がどんな本を持っているのか、見渡せば一目で確認もできる。


場所を取るのは確かにネックだが、書物の山に囲まれて(樹海と化しているが)暮らすのは、
なかなか幸せなものである。

ダウンロードしても二度と読み返さないのがデジタルとすると、
アナログは存在を三次元に主張しているので、読み返すきっかけにもなる。

さきほど、ネットで「紙の本が決してなくならない理由」という記事を見つけた。
     ↓
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20130209/Pouch_104087.html




以下に転載してみる。

------------------------------------------------

■モノとしての美しさ
本が売れるためには、書店の棚で目立つ必要があります。そのため、紙の本は商業デザインとしての高度な歴史を持っています。美しい本は、それ自体が優れたデザイン・アートと言えるでしょう。
■装丁のちから
例えばこんな意見。「読書を食事に例えれば、デジタルは ”同じ白い皿ばかりで食べる料理”、紙の本は ”料理ごとに様々な皿で食べる料理” のようなもの。どちらも味は同じはずですが、全く違う体験です。紙質、活字組み、フォント、手触りなど全ての組み合わせが、より豊かな読書体験をもたらしているのです。」
■所有したいという欲求
好きなアーティストの写真を壁に貼るのにも似て、ある作家が好き、ということは、その人の個性であり、自己表現のひとつでもあります。本好きにとって「自分の愛する本を所有したい」という気持ちはとても大きなもの。
「デジタル書籍を買う」ことは、実は「特定のデータにアクセスする権利 を買っている」ということで、”所有” の感覚も違うのではないでしょうか。デジタル出版関係者の中にも、好きな本はハードカバーで購入している人は多いのだとか。
■思い出を呼び起こす力
ジャーナリスト兼エッセイストのジョン・キーナン氏の話がとても印象的です。
「物としての本には過去を呼び起こす力がある。例えば、40年前のメトロの切符が一冊の本から滑り落ちる。すると私は1972年9月のパリ、サン・ジャック通りにいる。そこで私はある女性を待っていたのだった。また別の本には……」
たしかに、古い本や何度も読んだ本には、沢山の思い出が詰まっているもの。挟んだまま忘れていた何か、走り書き、折れやシミ、そんなすべてが過去を呼び戻すモニュメントに。…

---------------------------------------------------

なるほど。


アナログ界を漂流する冊子【揺蘭】も、いよいよ今月中に編集に入る予定だ。
[PR]
by leea_blog | 2013-02-09 19:06 | Comments(4)

ダライ・ラマ自伝のこと


映画「クンドゥン」が素晴らしかったので、
積ん読状態だった「ダライ・ラマ自伝」を、
我が部屋の密林から発掘して、読んでいる。


理不尽な、困難な状況が続いても、
絶望する事無く人々の灯台であり続けるダライ・ラマは、
今の私、すなわち人生が「濁流に流されまいと必死に鉄柵に捉まっている」状態に見えている、
苦しみに耐えるばかりの今の私には、まぶしく見える。

もちろん、世界中で現在進行形で起こっている理不尽な悲惨と、
たかだか職場のパワハラで寝込んだ自分の境遇を比べるつもりは無い。


が、恵まれている環境にあっても、壊れてしまう、あるいは壊されてしまう人はおり、
交通事故の死者よりも多い自殺者を出している我が国をかえりみてしまう。



-----------------------------------

最後に、わたしに素晴らしい霊感と決意を与えてくれる短いお祈りを読者と分かち合いたいと思う。


世界が苦しみに耐え
生類が苦しみつづけているかぎり
この世の苦痛を取り除くために
願わくはわたしもまたそれまで
共にとどまらんことを
(ダライ・ラマ自伝/山際素男)
-----------------------------------


良いお祈りだ。

訳者後書き「文庫版発刊に寄せて」からも引用しよう。


-------------------------------------------
最近アフガニスタンでタリバン勢力によるバーミヤンの貴重な仏跡破壊が報ぜられ、多くの人々の憤り、悲しみをかき立てているが、中国侵略者のチベット仏教、文化の破壊はその比ではない。チベット全土にあった六千有余の仏教寺院はことごとく破壊され、辛うじて形の残っているものは、七、八寺に過ぎない。何百年もの間大切に守られてきた仏像をはじめとする寺院の貴金属類はすべて中国本土に運び去られ、溶解された。六十万人いた尼僧、高僧、仏教実践者のうち拷問死者十一万人、還俗を強制された者二十五万人以上。表向きは信教の自由は多少緩和されたようにいっているが、現実の弾圧は依然として過酷である。
  (山際素男)
----------------------------------------------


二度と元に戻らないものが失われた。

が、困難に耐えながら教えを説く事で、
チベット仏教は広く世界に知られる事となった。

そして、チベット人以外の異国の人々をも救済するに至ったのだ。
[PR]
by leea_blog | 2013-02-02 21:41 | Comments(0)