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30日無断欠勤、西日本放浪した学級担任、免職/自殺したい人へ

「30日無断欠勤、西日本放浪した学級担任、免職」という記事を見た。

以下、コピペ。


「山梨県教委は28日、同県甲州市立小学校の40歳代の男性教諭が2月末から30日間を無断欠勤したとして、規定に基づき懲戒免職にしたと発表した。

教諭は学級担任を受け持っていたが、突然消息を絶ち、4月まで計42日間行方が分からなかった。教諭は「個人的な悩みがあり、整理がつかないまま家を出た」と説明しており、失踪中は西日本で放浪していたという。無断欠勤による教員の懲戒免職は県内では初めて。

 県教委義務教育課によると、教諭は2月26日までは特に変わった様子もなく勤務していたが、同27日、無断で学校を休み、そのまま行方不明になった。同28日には教諭の家族らが県警に捜索願を提出。その後、4月7日に教諭から自宅に電話があり、同10日に帰宅した。


 教諭は失踪の理由を「学校や家庭ではない」とし、失踪中は中国地方などの西日本でホテルに泊まったり鉄道の駅などで野宿したりしていたという。教諭は「迷惑をかけた子どもや保護者に謝りたい」と反省しているという。

 教諭の失踪中は教頭が代理を務め、児童が動揺しないようにスクールカウンセラーも派遣したといい、同課では「大きな混乱や動揺はなかった」としている。 県教委の懲戒処分に関する規定では、21日以上の無断欠勤は停職や免職にすると定められているが、県教委では「正当な理由もなく、無断で長期的に欠勤した」として免職としたという。

(YOMIURI ONNLINE 読売新聞)


http://www.yomiuri.co.jp/national/20140528-OYT1T50150.html






過去日記で、経験者は語るの見地から、

自殺願望への特効薬として、

眠って脳の損傷を回復する事と、
クレジットカード一枚持って、
電車に飛び込まずに電車に乗ってみよう、と提案してみた。

以下をご参照下さい。


「私の自殺願望消滅はどうして起こったか? 自殺したい人へ」
http://leea.exblog.jp/22036184

(拙サイトは、セキュリティーのため直接リンクが貼れません。urlをコピーして貼付けて飛んで下されたし)


悩みが続くのは、殴られ続けているようなものだ。

場所を変えて、殴打され続ける状況から一時退避することが重要だ。

上の記事の教諭は、退避したのだろう。


もちろん、職場にも家族にも告げずに行方をくらませた事は非難されるだろうが、

よくよく余裕が無かったのだと思われる。



仕事を失って、これからが大変だろうと思うが、
取り敢えず死ぬより良かったではないか。


とまあ書くと、死にたい人の気持ちがわからない、
きれいごとを書いているように思われるかも知れない。


死のうとした人が、後年、「あの時死なないで良かった」と言う話はよく聞く。

私は、自殺願望は消えたが、生きていて良かったと思えるほどは回復はしていない。



あとで死なないで良かったと思うかどうかは、人それぞれだ。


でも、自殺したい人に、これだけは言える。


今、「死の方が楽だ」と思うほど追いつめられていても、
状況が改善する可能性が無くても、

同じ状況でも、脳の分泌物質が変化して、
「ストレスと感じる」度合いが減るのだ。


「今のままでは生き地獄だ」、と思っていても、
地獄が煉獄くらいに軽減される。


ストレスを深刻なストレスと感じて分泌されていた脳の物質が、
変化するのだ。

同じ強度で殴られていても、
防御出来るようになる、と言った感じか。


まぁ、迷いがあるうちは、死ぬ時期では無いのかも知れないよ。



クレジットカードを一枚持って、
電車に飛び込まずに、乗って、終点まで行って、
野宿して、また乗って、遠い所まで行ってみようではないか。













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by leea_blog | 2014-05-29 15:58 | Comments(2)

引きこもり・旅に出る 荒療治は有効か?



中高年の引きこもりは改善されるのか?

ハードルを低くして、模索中である。



美しい季節なのに、絶賛引きこもり中である。


今年の三月末で、パワハラ当事者の一人、
林安治が何のおとがめも無く定年退職してしまったので、
引きこもり度が増しているのだ。


林に指示していた上部機関の担当者がまだ在職中のはずだから、
そいつに当時の事情を聞かなければ。


でも、でも、私はその当事者が誰なのか、名前も分からないのだ。

で、顔の見えない誰かと闘わなくちゃならないため、
ストレス過多で、うっかり都内をほっつき歩こうものなら、
貧血を起こしてしまうのだ。


中高年の引きこもりが増えているそうだが、
中高年は、崩壊するものが大きすぎて、修復が難しい。



「もう駄目だ」と寝込む私の中にも、
「このままじゃダメでしょ?」とささやく前向きな私がいて、
前向きな私は、ダメな私に
「チョコレートでも食べて気分転換しなよ」とチョコを渡そうとするのだが、
ダメな私は、おびえて受け取れない状態が「今」である。


寝込みながらも前向きな私が
「このままじゃ、貯金食いつぶすなぁ。
じゃ、後ろ向きの私よ、困った時の神頼みで、旅行行って来なよ」とばかり、
計画したのが台湾行き。


どげげげ。
絶賛寝込みモードの私は、
日本アルプス登山切符を手渡されたくらいに
「む、むりだよ〜」と引いてしまっているのだ。

内面の葛藤を、対話の形にしてみると、以下のようになる。


前向きな私「無理って?
マチュピチュ行こうって言うんじゃなくて、
台湾だよ? 箱根行くようなものじゃない?」

後ろ向きな私「お金ないし。。。。。」
前「定期預金解約しなよ。入院より安いよ?」

後「大体、旅って楽しくなくちゃでしょ?嫌々行くなんて変だし無駄使いだよ」
前「楽しくなるためじゃなくて、
引きこもり改善が目的だから、入院みたいなものと思ってちょうだいね」

後「体力的にも無理」
前「向こうで引きこもっていれば良いじゃん。煙草吸う時は外に出るし、健康的だよ。
家で引きこもるのは思考が堂々巡りだよ」

後「準備する余力無いよ」
前「アマゾン川探検じゃないんだから、足りないものは現地のコンビニで買えば良いでしょ?パスポートとクレジットカードだけ忘れなければ大丈夫。台湾だから」

後「今回、お金無くて、泊まれるホテルは安宿系。。。。冷蔵庫も無いの????」
前「若い頃は貧乏旅行だったじゃない」

後「それは若くて体力有ったから。。。。今はもう無理」
前「何でも無理無理行ってないで、大好きな旅行くらい行きなよ」

後「あっ、向こうで引きこもっていれば良いじゃんとか言いながら、台南と埔里行きの予定入れてるし! 無理無理」
前「ちょっと荒療治で、遠くまで行ってみます。バスに乗れるかな?」

後「嫌だよう。大体、六月の台湾は梅雨じゃん! スコール嫌だ」
前「台風シーズンじゃないだけ良いじゃん。
スコールに遭ったらね、洗濯する手間が省けた、と思えば良いのよ。
マンゴーが旬だよ!」

後「マンゴーなんか日本で食べれば良いじゃん!」
前「台湾マンゴー美味しいよ。完熟だよ? ライチも旬だよ」

後「夏の台湾暑そうじゃん! 嫌だ!」
前「暑そうだね〜。でも若い頃はインドとか砂漠地方行ったでしょ?」

後「大体、埔里って、蝶が有名らしいけど、夏は蛾も出そうじゃん」
前「あ〜、出るかも。夏は虫も多そうだね」

後「そんなの絶対嫌だ〜。外に出るの嫌だ〜。蛾嫌だ〜」
前「虫除けスプレー持ってけば? まぁ問題はバスにうまく乗れるかだけだと思うけど」

後「近所のスーパーに行くのも大変なのに、無理だよ」
前「それは、日本だから無理なんでしょ。台湾にはパワハラ上司も居ないし、ぼーっと出来るよ。ぼーっとしてても、犯罪少ないしね」

後「(涙目)一週間位で帰って来ていい?」
前「引きこもりを改善するんだから、三週間くらいかな」

後「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ。止めて。無理。」
前「そういうだろうと思って、もうチケット取っちゃった。支払いもカードで済ませちゃった」

後「に、逃げたい。夜逃げしたい。逃げて良い?」
前「全力で逃げてちょうだい。で、逃亡先は台湾でよろしくです。
連絡取れなくなったと思ったら台湾に潜伏中。
帰って来なくても良いや、くらいのノリで行けば何とかなるさ」。


と、葛藤が有って、
外に出ると貧血を起こすほどの引きこもりのわたくしですが、
荒療治で出かける事になりました。

バスに無事乗れるのか?

というか、ホントに無理なんじゃ?

いやいや、場所を変えれば、きっと良い考えも浮かぶさ、多分。

そう、「多分」というアバウトさで行ってみよう。


旅に出て予定通り行動する、とか、そういう完璧を求めると、
引きこもりには逆効果である。


スケジュール通りなんて、引きこもりには無理だし、

そもそも、

スケジュールを立てる事が、ハードルが高すぎる。



逃げたい、よし逃げよう、と、
日頃の闘いから自分を逃がしてやるくらいの気持ち、

夜逃げするぞ、よし、海外だ、くらいの気持ちで、
場所を変えてみればいいのではないか????




当座の目標は、台北に着いたら、
タピオカミルクティーをゲットする事。


太いストローでタピオカをちゅるん、と吸い込んでいるうちに、
脳に糖分が回るんじゃないかと。

目標は低く設定してみました。





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by leea_blog | 2014-05-28 19:23 | Comments(0)

異境で道を聞かれる・海外リラックス度・おもてなし精神は?



海外をほっつき歩いていると、よく道を聞かれる。


ついこの前、四月に行った台湾でも、よく道を聞かれた。


一人旅行が好きなせいか、リラックスして
「地元で〜す」という雰囲気を発散させているのだろうか。


そして、おそらく、私の旅の服装も一役買っていると思う。


旅行時は、体を締め付けない楽な服装を心掛けている。

ローラアシュレイのワンピースなど着ていると想像すると、
「浮いている」度を想像して頂けると思う。


変な格好で浮いているから、とっさに目に入って、
しかも「地元で〜す」という「偽オーラ」を発散させているので、
道を聞く対象になるのであろう、と推測している。


東洋で道を聞かれるのはわかるとして、
明らかに東洋人が少ない地域でも道を聞かれる。


たとえば、ギリシアのアテネで。
道が分からないよ〜、と、地図看板を見ていた。

旅行者二人連れに道を聞かれた。
いや、どう見ても東洋人だし、ギリシア人には見えないし、
何より、私も地図を見ているのだから、
ここの地理には詳しく無さそうでしょ〜?

地元華僑に見られたのかな?


似たような例では、
台湾の高雄で、ホテルの前で煙草を吸っていたとき。
うん、台湾では室内禁煙なのだ。

中国人の旅行者が、声をかけて来た。
携帯で、ホテルの看板が写った写真を見せてくる。

言葉は分からないが、どうやら、
ホテルを出て散歩しているうちに道に迷って、
ぐるぐる回って探しているがたどり着けないということらしい。

言葉は分からないが、遠慮無しに中国語で大きなアクションと大きな声で
いろいろ苦境を訴える。

たまたま氏の探しているホテルは、
名前が気になっていたので場所を知っており、指差して教えた。

が!

たまたま知っていたから良いものの、

大きなホテルの前で煙草吸っているのだから、
そこに宿泊している旅行者に決まっているような気がするが?
地元の人に聞いた方が確実でわ?????



箱根に行った時。

バス停で中国からの旅行者らしき女性に英語で道を聞かれた。

見せられた紙片のホテルの名前と住所は漢字だったが、
あいにく日本のガイドブックに載っているようなホテル名ではなく、
日本の宿を中国語に訳したような名前だった。


宿名も知らないし、私も旅行者なので、
書かれた住所に見当がつかなかった。

その由を告げて、
お役に立てない事を詫びた。

彼女は丁重に何度も礼を言って、
何度もお辞儀をしながら、
適当な方角に歩いて行った。


地図も無しに、大丈夫だっただろうか?
箱根の地元の人に巡り会って道が聞けただろうか?


あいにく、近くには道を聞ける店も無かったし、
タクシーも走っていなかった。


言葉の通じない国での一人旅の心細さが分かるだけに、
あとで、
「地元の人に出会えるまで付いていてあげるのだった」と
悔やんだ。

地元ではないと言っても、
ここは日本だし、私は日本語が分かるのだから。



とはいえ、私も「いかにも旅人です」という荷物でバス停で時刻表を見ていたのだから、
地元地理に詳しくなさそうな外見が満開だっただろう。
相変わらず浮いた服装だったしね。



箱根でも「地元で〜す」という偽オーラが出ていたのだろうか。


それにしても、彼女が何度もお礼を言い、
何度もお辞儀をしつつ去って行ったのを見るに、
中国人ではなく台湾人だったのかも、とあとで想像してしまった。


台湾で地元の人に道を聞かれる時は、
日本で道を聞かれるのと同様に、
聞く方は大変遠慮勝ちな事が多い。
で、礼儀正しい。

一方、中国からの旅行者さんに道を聞かれる時は、
ほとんどの場合、私が中国語がわからないと分かっても、
中国語での会話を諦めないし、声が大きい。
アメリカ人が英語で平気で話しかけてくるのと同様のノリだ。


彼女に見せられた住所とホテル名は、日本の漢字と同じだったと思うから、
漢字だけでは国籍が分からない。


奥ゆかしさで人の国籍を勝手に想像してしまう自分の先入観にはたと気づいて、
いや、中国の人をひとくくりの印象で処理するのは間違いだ、
恥じなければならないな、と感じたのだった。















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by leea_blog | 2014-05-28 00:15 | Comments(0)

引きこもり・動物園に行く  こども動物自然公園の巻


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絶賛引きこもり中だが、緑に飢えた私は、
埼玉県の高坂にある、こども動物自然公園に行って来た。


人と出かけると大丈夫なのだが、
一人で都内をうろついていると、
首の両側が固くなって、頭に血液が行かなくなるのだ。

ひどい場合は、目の前が真っ暗になって、貧血を起こす。。。。。


よほど外に出るのがストレスなんだろうなぁ。。。。。


引きこもりとは、自分がなってみる前は
精神的な物だと思っていたけど、
実際なってみると、

身体レベルで「NO!」と拒否反応が出るんですね。

悪寒とか、貧血とか、体がどどどんと重くなるとか、
発熱とか。

困った物だ。



そんな私にも優しかった場所、こども動物自然公園。


まず、ここはたいへん開放的で、
カンガルーや、小型カンガルーのワラビーや、
ペンギンやヤギが、柵の中で放し飼いにされており、
すぐ近くで見る事が出来る。


実にゴージャスですぞ。


よく有るとは思うけど、
ウサギやモルモットを抱けて、
ヤギに触れて、ペンギンにえさをあげられて、
馬に乗れて、乳牛の乳も搾れて、
大人にも極楽である。

で、園内はたいへん広いし、一つ一つが結構見どころなので、
丸一日、飽きずに遊べます。

緑がたいへん多く、梢から鳥の声が降って来て、
のどかな事この上有りません。
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上記は、放し飼いにされているカンガルー。
横になる有り様も、何か色気がありますね。


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上記は、なかよし広場で放し飼いにされている、子やぎ。

か、か、可愛すぎる!


動物に飢えていた私は、この日、なかよし広場に二回行き、
合計四羽のうさぎを抱いたのでした。

いやぁ、動物って、不思議だな。

生で見ると、触ると、
筋肉の付き方や動き、体温が、本当に「生き物の神秘」で。

ヤギもね、あのひずめの形で、高い所に登っており、
よく脚を滑らせないなぁ、と、理屈では分かっていても、
すぐ側でみると、本当に不思議です。

なかよしコーナーでは、動物園の職員さんが、
「さあ、触ってみて下さい。
滅多に無い機会ですからね」と皆さんに声をかけていた。


そうだよな、
生の動物とふれあえる機会は、どんどん減りつつあるものね。
貴重です。

こども動物自然公園は、
柵の中で、動物たちがなるべく自然の形で暮らせるような工夫がしてあり、
ペンギンヒルズなど、
草むらの中にペンギンが立っていたりして、贅沢な眺めでした。

動物園の経営努力を感じ、
自然の息吹を感じ、
あまり有名な動物園ではないけれど、
都心部から東武東上線に乗って高坂まで出かける価値は、大いにありますよ!







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by leea_blog | 2014-05-25 18:06 | Comments(0)

私の自殺願望消滅はどうして起こったか? 自殺したい人へ


自殺願望に苦しめられている人の参考の一助になるように、したためておこう。


長年、ハードな自殺願望に苦しめられて来た。

原因はパワハラ。

問題が解決した訳ではないのに、
長年煩った自殺願望が、今は魔法のように消えている。

不思議だ。
魔法のようだ。




死にたい人に「死ぬな」などと、きれいごとは言わない。
それも選択肢の一つで、もしかしたら最高の解決策かも知れない。



が。

少しでも迷いが有るなら、
クレカ一枚で何とかなるかも知れないぞ?


大体、迷いが有るとしたら、それは、
死ぬ時期では無い証拠ではないか?????







私が今まで死ななかったのは、「死ぬなら抗議の自殺」と、決めていたためだ。

硫化水素や鉄道自殺で、楽に逝きたくなったら、
「抗議の自殺しないでどうするの」、と、必死に自分に言い聞かせて来た。


自殺しないための歯止めが、抗議の自殺という、振り返るとかなり過酷な状況だった。




抗議の自殺には、準備が要る。

ねつ造の総本山、九段下にある職場の上部機関の前で、焼身自殺をするのだ。


ただ死んでは「本人はプライベートで悩みが有ったようです」とされてお仕舞だから、
事前に抗議文書をネットにアップし、報道関係にも送っておくべきだ。


が。

自殺予告の文面だと、警察に通報されて邪魔が入ってしまう。
文面が思いつかない。

で。ネットで焼身自殺動画を見まくり、予習して、
グロ動画の愛好者が世界中に沢山居る事を知った。

できれば、私の最後も、動画に撮って世界中の人に提供したい。
一万人に一人でも、「パワハラは悲惨だ」と思ってくれれば儲け物だ。

で。誰か愛好者の人が動画撮ってくれないかな?
でも、これも通報される危険と紙一重だ。

で。

九段坂の某合同庁舎前は人通りがある。
抗議の自殺だから、出来るだけ見物人が居た方が良いのだが、
灯油をかぶった時点で通行人に組み付かれたら、入念な計画もおじゃんだ。
対策、どうする????


と、死ぬのも一苦労。



「もう良いじゃん、今すぐ楽に死のうよ」、と脳内物質がささやき続けた。

地獄の人生が終わる、と思うと、
死に際の肉体的な苦痛は、爪を切るほどにも怖くないのだった。


が。

今は。

「痛いの嫌だ」。

不思議だ。



ちなみに、薬では、原因が解除されない限り、死の願望は薄れないと思う。

薬は、自然治癒の補助と考えるのが妥当ではないかと経験者は語る。



今すぐ死にたくなった時の特効薬は、過去日記にも書いたが、
眠って脳の損傷部分を回復させる事だ。

眠って眠って、死の衝動をやり過ごすのだ。

そのためにも、心療内科に行って眠れる薬をもらう事は必須である。



ちなみに、私の場合は、今年の三月末で事件の当事者の一人が定年退職してしまうので、
三月はストレスのあまり「死にたい願望」がマックスだった。

四月は絶望のどん底になるのが予測出来ていたので、
二週間の海外逃亡を企てた。



死にたい人は、同じ場所に居てはダメだ。

思考が堂々巡りになって、結論はいつも同じ、「死による解放」になってしまう。



場所を変えるのだ。

クレジットカード一枚持って、電車に飛び込まずに、「乗る」のだ。

どうするかは、終点まで乗って考えれば良い。



私の場合、逃亡先は、箱根に行くノリで行ける台湾だった。
思考能力がゼロでも、何とかなる。
体力が激落ちでも、羽田発着なら、何とかなる。

吐き気をこらえているウチに、台北に着く。



暖かい所、どこか「何とかなるさ」ムードを発散させている場所に行くのだ。


で。

魔法のように長年煩った自殺願望が解除された原因を考えてみた。



まず、悩みと言うのは基本的に、脳の言語を司る部分と関連がある。

日本語の通じない所に行くと、日本語で悩んでいた脳の部分が、活動停止状態になる。


悩みが解決するわけではないが、「止まる」のは効果的だ。
悩み中というのは、殴られ続けているようなものだ。
悩みが一時停止するのは、相手の殴打が一時止まるようなものだ。



少なくとも、二週間は必要だろう。

で、悩みが止まるのと時を同じくして、味覚も回復した。
台湾は安くてうまい物が溢れている。

レストランに入らなくても、
道を歩けば屋台でうまそうな物が売っている。


で、私は喫煙者だ。
煙草を吸うため、取り敢えずホテルの外に出る。
ホテルの外には、すぐ屋台街が有る。



このお手軽さが効を奏して、
納豆と卵と豆腐しか口にしなかった引きこもりの私が、
三食食べるようになった。

食欲が無かったのに、間食までするようになった。


お腹あまり空いていないんだけど〜、の状況でも、
屋台で買った安くて珍し物を見るうちに、
食べてみたくなるのだ。。。。


食事は、自然治癒力回復のためには、重要事項である。


でも、多くの自殺希望者さんたちは、
食欲も味覚もやられちゃってるんだよね????
食べても、何も感じなくなってしまっていると思う。






で。
転地効果は、それだけでも有効だが、幸いにして、今回は別の要因も加わった。


おりしも、台湾では、総統に反対する学生たちが、国会を占領していた。

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台湾にいる間、テレビでも新聞でも、連日の熱心な報道で、
釘付けになった。

国会にも出かけてみたが、
暴力に訴える訳でもなく、たいへん統制の取れた、冷静な、しかも熱意あふれる行動だった。ビルの陰には、毛布が有って、路上に寝泊まりしている沢山の学生たちの苦労が忍ばれた。


国に異を唱えて、沢山の学生たち、支援者たちが行動している!
その、私利私欲を越えた何かが、朝な夕な、昼にも、報道され続けた。


そのシャワーを浴び続けたのだ。

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台南のホテルで接した、デモ行進の様子の新聞。
10万人もデモに集まり、一時MRTが不通になったようだ。


こうした、諦めない活動のシャワーを、朝昼晩と浴び続けた。

引きこもりで体力の無い私は、
日記では台湾を堪能したような事を書いているが、
実際には、かなりの時間をホテルで過ごした。

ホテルでテレビを付けると、
朝昼晩と、このニュースをやっているのだ。




さらに。


228記念館で、第二次世界大戦当時、
徴兵制の無かった台湾で日本軍の志願兵となった蕭錦文さんの話を聞き、
長年の自虐史観の洗脳が解けた。
ここには二回行った。

あれ????????

もしかして、私、洗脳されていた???????



で、長い間の洗脳が解けると、連鎖式に思い込みが解けて行き、
「死が最高の選択肢」と堂々巡りを何年も続けた思考の方程式も、溶けて行った。。。。。




なにか大きな物のために命を賭した人たちの人生が、それらには有った。。。。。

そして、
228事件と白色テロ、長年の台湾戒厳令下で、ひたすら耐えた人たち。。。。。


台湾が戒厳令に耐えた期間を考えると、
私の長年のパワハラの悩みなんて、まだ短いじゃないか?????




つまり、転地効果、食事効果に加え、精神的に思考をほぐす要因も複数あったのだ。
しかも、継続的に!

多分、これらの要因の一つでも欠けていたら、
脳から死のホルモンが出るような状況は変わらなかったと思う。





帰国したら、自殺願望は7割がた消えていた!


何の魔法??????




で、台湾の事を調べまくるうちに、残りの三割も消えて行った。


奇跡としか言いようが無い。




私の場合は、たまたま台湾が合っていたのだ。



自殺願望がある人には、自分を追いつめる環境から、一時場所を変えるのをお勧めしたい。

脳が悩みを一時止める状況に、出来るだけ長く身を置く事だ。
で、自然治癒力を増すために、食事も手軽に取れる場所が良い。



金がない人には、死んだらどうせ金の悩みから解放されるのだ、
借金してでも、場所を変えてみよう、と言いたい。



ちなみに、私には、貧困妄想も有った。
実際、支出の方が収入よりも多い事態なのだが、
元気になって働けば金なら入ってくる、と、頭を切り替える事が出来た。

これも、国内ではそんな思考の転換は出来なかっただろう。



迷いが有ったら、とりあえず、クレジットカード一枚持って、
電車に飛び込むのではなく、「乗って」終点まで行ってみようではないか。





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by leea_blog | 2014-05-21 19:42 | Comments(0)

台湾が十倍楽しくなる・台湾に行く前、帰ってから読む本



台湾に出かけて、興味を持ったのだけれど、あるいは、今度台湾に行くんだけれど、
ガイドブック以外に読んでおくと良い本ってある?

あんまり詳しくないので手軽で初心者向けのやつお願いします、
沢山読むのも面倒なので、一冊でお願いします、と言われたら。


司馬遼太郎の、「街道を行く・台湾紀行」がおすすめです。


紀行文で肩肘張らずに読めるし、台湾の歴史を公平な目で語り起こしてくれるし、
ざっと読んでおくと、大体の事が頭に入ります。

面白いエピソードも満載だしね。


初の本島人総統、李登輝さんが登場して間もない頃の話なので、
少し情報が古いですが、大まかな事を知るにはお手軽な一冊です。


私は初めて台湾に行った時は、本当に行きたかったタイのチケットが取れず、
どちらかというと仕方なくなノリで台湾行きを選んだのでした。

凄かった。はまった。
その後はゴールデンウィーク、年末年始と台湾漬け。


でね、大体の事を頭に入れておくと、
とりわけ、司馬遼太郎の「台湾紀行」は本島人総裁誕生の祝賀ムードに溢れていて、
それを知っておくと、


縁起の良い人に触って幸運にあやかりたい、と思うように、
台湾の土を踏んだだけで、自分にも幸運のお裾分けがありますように、な、
お寺でお線香の煙を自分に掛けて悪い所を治せるような気分になれるんです。


予備知識を入れておくと、屋台の飯も十倍うまく感じられます。


はぁ〜、台湾ってそんなに奇蹟の島なの???



まぁ、台湾紀行から引用してみましょうか。


戦後のある時期、人々はゆえなく“国家”から襲われる危険におびえていた。
その時代が、おわった。蒋家の時代が終幕し、信じがたいことに、本島人の李登輝氏が総統になった。
この間、奇跡としか言いようがないが、一発の銃声もなく、権謀術数さえなく、あたかも百貨店の売り場から他の売り場に客が移るような自然さで、蒋経国の死により、さらには憲法の規定によって、副総統のこの人が、総統に昇格した。1988年一月のことで、わずか六年前のことである。クリオ(ギリシア神話で歴史をつかさどる女神)が、どの国にも一度だけ微笑むとすれば、台湾の場合はこのときであったにちがいない。


引用終わり。


で、さらに凄いのは、本島人にも権力を私物化する人がいるだろうに、
李登輝さんが「公」を大切にする人だった事ですね。

え〜???

政治家なんて、奇麗な事言うのは仕事の一つ、思惑ありありのはずでしょ?と、思うのは分かります。私もそう思っていたから。


でもさ、日本にも昔は、本当に国のため、人々のためを考えていた人たち、いたじゃない? 昔だけれどね。

他の国にもそういう人はいたし、本人ご存命中の場合もあるし。

まぁ、台湾紀行は、異論もあるという事は頭に入れておけば、かなり公平で頭に入りやすい一冊です。






で。

以下は個人的な関心だけれど、台湾紀行の中で、凄く詩のようなエピソードがあるんですよ。


司馬遼太郎の知人に、田中準造氏という人が居て。

氏は幼少年時代を日本統治時代の台湾で過ごし、敗戦とともに引き上げて来た日本は、遠流の地だったのですね。小学生時代までの、幸福すぎた情景、台湾。


で、田中さんは大人になって、ニューカレドニアに出張に出ます。で、帰りの便がストで混乱して、香港に着くと、日程に余裕がある事に気づきます。

東方六百キロの海上に故郷(台湾島)が浮かんでいる。矢も盾もたまらなくなり、香港のホテルに荷物を預けたまま、身一つで台北行きの飛行機に乗るんですね。


台北から汽車で故郷の新営に向かいますがすでに車中、涙がとまらず。

が、新営の駅前はすっかり変わり、とりつくしまもない。で、少年に戻っている田中さんは、子供の頃の主治医であり、親友のお父さんである沈先生の医院をめざすつもりだったのですが、方向も分からなくなっている。

 で、路傍にしゃがんで、酒瓶が割れたように涙があふれてとまらなくなった。

ずいぶん泣いたあと、顔をあげてみると、人垣が出来ているんですね。

まだ日本人がめずらしく、しかも三十代以上ならどの本島人もきれいな日本語が話せた時代。

「何か悲しいことがあるのですか」、と、ひとりが訊ねてくれました。

司馬遼太郎は「中世の物語のようだった」と書いていますが、本当にそうですね。


幼児に戻った田中さんは「このまちはボクがうまれたまちで」、と、
泣き喋りに喋ります。沈先生はどこにいらっしゃるでしょうか、と聞きます。

「連れて行ってあげましょう」とひとびとが口々に言い、人だかりに囲まれながら田中さんは沈内科にたどり着きます。

看護婦さんに先生はいらっしゃいますかと訊ねたところ、奥で診察中の先生の耳に届いたのか、姿が見えたのか、先生は白衣のまま受付まで出て来られて「田中さん」と抱きつかれるのですね。

先生の記憶では田中準造氏は小学生のままであるのに、どうして見分けがついたのか、よくわからない、と司馬遼太郎も書いていますが、

準ちゃんも泣き、沈先生も泣かれます。

そのあと、沈先生はいつもの重厚な顔に戻ると、ドアに「本日休診」と札を掛けます。
で、準ちゃんはまた泣きます。






詩のようです!


つーか、にわかには信じられなかった。記憶の美化や創作では????
沈先生は実在しないのでは?と私がいぶかしく思うほど。


司馬遼太郎が今回の紀行の執筆のために、田中さんを誘って沈先生と実際対面して、
私もようやく、実話なんだと分かりました。



事実は詩よりも奇なり。。。。。。。








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by leea_blog | 2014-05-15 20:05 | Comments(0)

台湾が十倍楽しくなる・高砂義勇隊の事



前述の228記念館で、
長年の洗脳が解けて行く不思議な快感を味わった私です。


一つ洗脳が解けると、連鎖式に思い込みが溶けて行き、
物事を新鮮な目で見られます。


で。


今度は、台湾の原住民だ。

台湾では、先住民と言うと、すでに滅んだ人々の事になるので、
元々住んでいた人たちを、正式に原住民と言うそうです。



台湾旅行から帰って、色々調べまくりました。

日本統治時代は「高砂族」と呼ばれていた人々で、沢山の部族が有り、
それぞれ言葉も習慣も違います。


で、今回の話題は、高砂義勇隊のこと。


わずかに知っている事と言ったら、

日本統治まで首狩りを行っており、
勇猛果敢で知られ、第二次世界大戦時は
高砂義勇隊として日本軍人から尊敬を集めた。
世界最強と言われるネパールのグルカ兵と比される。


正しいかどうか判らないけど、こんな知識しか無く、

長い事、正直「こ、こわいよう」と、一歩引いていたのでした。


台湾映画「セデック・バレ」を封切り当日に観に行って、
周りにも勧めていた割には、殺伐とした気分になり、

いかに死ぬ事かではなく、現代ではいかに生き延びるかが大切では、とか、

自殺大国日本のエセ人道主義者・反戦思想洗脳済み、な、
貧困な感想をブログに書いていて、

反省しきりです。

その貧困な感想が、以下。

http://leea.exblog.jp/20328738/

(拙ブログは、セキュリティーの為、直接リンクが貼れません。
URLをコピーして貼付けて飛んで下されたし)


で、何で高砂族が、こ、こわいよう、で一歩引いた印象だったのか?


心の声「あんた、平家物語とか太平記とか、軍記物大好きじゃない?
    北欧神話伝説で、戦場の空をいくさ乙女、すなわちヴァルキューレが舞い、
     勇敢に戦死した戦士の魂を、神々の国ヴァルハラに運んで行く、そういうのは
    歓喜するでしょ。
    なぜ、敵の首を沢山狩るほど勇士で、敵の首を狩らないと先祖の住む国
    に行く虹の橋を渡れないセデック族が駄目なの?????」

エセな私「そ、それは。。。。北欧神話も平家物語も太平記も、昔の事で。。。
     現代でそれは無いなぁ、と。。。」

心の声「でもさ、現代でも先祖伝来の風習と神話を日常に持って生活している人たちを、
    あんた、尊敬しているでしょう? セデック族、そうじゃない?」

エセな私「そ、そうですね。でも、玉砕思想は第二次世界大戦でトラウマになっているし」

心の声「それは日本人の都合でしょ?彼らは台湾原住民だよ?
     素直に尊敬しなよ!」

エセな私「私が間違っていました。今は、心の底から尊敬するようになりました」

心の声「映画セデック・バレでは、セデック族たちが、武勇の印の敵の頭蓋骨を無理矢理
    破棄させられるシーンが出てくるけど、別に法的にすべての地域で強制された
    訳でもないらしく、日本統治時代も、首狩りこそ禁止されたけど、
    武勇の印の頭蓋骨は首棚に飾る事を続けていた地域も有ったようだよ。
    凄くない?」

エセな私「す、凄いです。以前は大航海時代じゃないんだから、と引いてましたが、
     近年まで周りに流されずにそういう伝統を守って来たのは、凄い事です」

心の声「しかも、遠い南洋ではなく、こんなに日本から近い島で独特の風習を守って来た人たち。民族学的にも、もっと歓喜しなよ」

エセな私「私が間違っていました。歓喜感涙です。素晴らしいです」


で、台湾から帰って来て繰り返し見たセデック・バレは、脚色してあるとはいえ、実に歓喜物の面白さでした。


で、高砂義勇隊。


とある本で、著者がカセットテープを携えて、高砂族をたずねて回るんですね。
で、彼らの語り口も再現されている、すごく良い本が有って、読みながら目から鱗で、
これは図書館で取り寄せた本なので、どうしても自分用に欲しい。

で、探しているのですが、見つからず、以下に引用する文も、本当は出典を明らかにしなければならないのですが、ライバルが増えるのが真剣に困る。

お願い、今回は見逃して。
出典は、本を手に入れたら必ず明示します。


で、その本は、高砂族に話を聞きたくて、なんのコネもつても無く台湾に来ている著者が、「あの人は高砂族かな」とドキドキしながら原地の人を見ていたり、ようやく出会えたり、と、実にリアルな感動を伴っているんですね。


これが、プロ作家が取材対象を現地手配して取材したのとは全く違った、素直な報告書で、それも素晴らしい。

働き手が戦争に志願して戦死してしまい、残されたお母さんが自殺を図ったりと、悲しい話も載っているんですが、良い話も満載。


ちょっと脳裏を直撃した話を引用してみましょうか。


反戦思想の皆さんも、偏見を棄てて、ちょっとお付き合い下さいまし。



「みなさん、どうして日本の軍隊を志願したのですか」
それが私の最初の質問だった。
「どうもこうもないよ。戦争が次第に激しくなってきたから、もうムズムズシて、山にはおられん。それで海軍に志願した」


ムズムズシて山にはおられん????

召集令状が来るのを嫌がっていた日本国内とは何という違い。。。。。


中略で続き引用。インタビュー受け手は同じ人。

「マニラでは物凄い空中戦を何回も見た。本当に凄いよ。飛行機の数はアメリカが断然多い、三〇〇機ぐらいでやってくる。それを日本機が十機ぐらいで迎撃するんだ。もう、あのころ日本の飛行機は少なかったからね。それでもアメリカの大編隊に突っ込んで行く。見ているだけで心が痛くなるよ。
 日本の飛行機は少なくても、アメリカなんか怖くない。体当たりをするよ。あの体当たりの精神は実に奇麗な精神だ。死ぬことなんかどうもないのだから偉いよ。あれは立派なものだ」


ぐはっ!

やられた。

日本でこんな事言ったら大変だよ。反戦論者が全国から押し寄せて、糾弾されちゃうよ。
封筒にカミソリを仕込んだいやがらせの手紙が殺到するよ。
反戦論者から狙撃されちゃうよ。


軍国主義の亡霊? 否。
軍国教育の犠牲者? 否。


お父さんの代まで敵の首を狩って武勇を競っていた、これが高砂族だ!
根本が違うのだ。


とはいえ、三百機の敵機を残り少ない十機に迎撃させるとは、
悲惨を通り越して、気違いの極み。

軍略的にも間違ってます。
飛行機乗りを育成するのにかける時間と、戦闘機の単価を考えれば、余っているなら話は違うとして、残り少ないなら命がけで撤退して有効活用しなくちゃ、勝てる戦争も負けるし、負ける戦争ならもっと負けます。

体当たりした飛行機乗りの皆さんも、体当たりするなら、数なら任せてくださいの敵機三百機相手じゃなくて、敵空母を狙いたかった事でしょう。浮かばれないにも程が有ります。


そんなこんなで、洗脳が解ける前の私なら、
何か違う、と引いちゃったかもしれない。

が。

これは、他民族の価値観を知る一端になり、貴重な証言と言えましょう。




今度は、同席していた別の人の話を引用。

「ボクは子供の頃から兵隊になりたいと思っていた。巡回映画を見たり、少年倶楽部なんか読んでいた影響かと思うけど、戦争とか歴史が大好きになった。そのうち、大東亜戦争が始まったんだ。もう十六歳になっていたから、よし、兵隊さんになろうと決めた。国の為に役立つことが大切だ。それで、兵隊に志願するため勉強をした。試験に落ちれば恥ずかしいだろう。ボクは志願なんだから、血書の志願だよ」
「志願って、どんな試験がありましたか」
吉川は、少し時間を置いて答えた。
「まあ、いまの中学程度かな・・・・・。ボクは受験する以上、絶対に合格しないと部落の者に笑われる。落ちたら家にも帰られない。だから埔里から参考書を買ってきてもらい、勉強したよ。試験が終わって一週間経ったら合格通知がきました」


うわっ。

血書の志願。
合格しないと部落の者に笑われる、落ちたら家にも帰られないって、、、、、、。


もう、根本的に、違うよ。
集落全体で、武勇を重んじているんだよ。呼吸感覚で。


同じ人の、終戦をバリ島で迎えたという、終戦時のインタビューを、以下。

「でも、オランダの命令に服従したのでしょう」
吉川は顔を真っ赤にして反論した。
「そんなことあるもんか。戦争に負けたんじゃなくて、戦争をやめなさいと上部が言ったんだ。日本軍は軍規が厳正だから上官の命令には絶対服従だ。これが日本陸軍だ」


脳裏直撃。

戦争に負けたんじゃなくて、上官に戦争をやめなさいと言われたからやめた?????
いや、それって、普通、「負け」と言うんだけど。。。。。

屁理屈というより、何か、すごく、誇り高くてすがすがしいな。


重要な続き


「吉川さん、私・・・・一つ聞いていいですか。失礼だが、あんた方、戦争のときはそう思っていたでしょうが、今になって戦争をしたことを後悔しませんか? あんた方は本当の日本人ではない。当時は高砂族と呼ばれて差別を受けていたのでしょう。それが日本のために戦争に行って命を失った。日本人が日本のために命を捧げるのは当然ですが・・・・」

「あんた、分からんの? 大東亜戦争のときボクたちは日本人よ。それが日本の教育を受けて自分の気持ちで兵隊になる。戦争に行って苦労するのも死ぬのも、みんな自分の気持ちよ」



日本式の教育、ごめんなさい。

でも、なんか、根本的に、日本式教育の犠牲者として見ちゃうと、失礼になると思うんです。それって、上から目線だと思う。
あんた、分からんの?といわれると、すみません、と謝っちゃう。


著者が取材して行く中で、高砂族の皆さんの、酒好き明るく、豪快さがよく描かれているエピソードが沢山出てくる。

11時に閉まる店で酒を飲んで、著者が明日の予定があるのでと辞去しそうになると、ナニー、明日のことなら誰でもある、と引き止め、この食堂は二時までも三時までも、明日の朝まで構わないと著者に説明し、酒を飲んで歌い、午前二時になって台湾人の奥さんがさすがに気色ばんで彼らを追い出した、とか。

著者が最初に会ったタイヤル族のラウアに、山のことを話して欲しい。何処か静かな喫茶店に行こうと言ったら、約束の時間に彼女は十人以上の友人を連れて来て、とても山の話を聞く段ではなく、誘われるままにカラオケに行った。ホテルに帰ったのが午前三時になり、フロントの小姐に睨まれ、翌日「山地人は喧しい。何処でも騒ぐ」と文句を言われる、とか。「彼らは私をタクシーに乗せて大飯店へ行き、そこで「酒を飲んでいいか」と、小さな声で私に聞いた。が、その後は二度と、そのような恥じらいの言葉は聴かれなかった。彼らは好きな酒を勝手に取り、遠慮もせず鯨飲したのである」

行間から著者の、とまどいつつも「山地人ラブ!」な愛情が伝わって来て、ほのぼのします。

うん、これが他の国の他の種族だったら、正直、付き合いきれないかも知れない。

が! 私もいつしか、ラブ!になっていたのであります。


ちなみに、コネもツテも無い著者が単身、山地に入りたいというと、
カセットテープの時代だからだいぶ昔な訳ですが、
当時の台湾平地人は、みな真剣な顔で
「山賊に刀で首を切られたらどうするのか」と案じます。

著者はそのような誤った認識を憂うのですが、
愛すべきエピソードが載っています。



沖縄から高雄へ向かう「飛竜三号」の船上でも、仲良しになった台湾人の担ぎ屋たちは、
税関を誤摩化しそうな図太い面構えに似合わず、山地を怖がり、目を丸くして「山地へ行くのは止めにして、ワタシの家で、マンゴーやビーフンを食べるほうが安心だ」と説得するあたりは、高雄の友人と一つも変わりはなかった。



山地人への関心をそらすために、マンゴーとビーフン!

「山地人に取材するのは止めにして、平地の台湾開拓の歴史を聴かせてあげよう」なら分かるけど、食べ物で吊る????

ナイスすぎる。

そ、そうか、マンゴーとビーフンか!とふらふら付いて行っちゃう人が居そうな。

台湾平地人も愛すべき!










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by leea_blog | 2014-05-14 18:36 | Comments(0)

台湾が十倍楽しくなる台北観光スポット・台北228記念館


癒されたくて旅行するなら、別にその国の事を詳しく知っている必要はありません。

ガイドブックに載っている程度の知識で十分。

で、台湾なら、夜市朝市、うまい物、マッサージ、勤勉なのにどこかルーズな街の様子、新鮮な果物、と、知識ゼロでも楽しめる事請け合い。

でもね、台湾は、それだけじゃないんですよ。

ちょっと知識を付けるだけで、台湾が十倍楽しくなるし、料理も十倍うまくなります。

え〜、私はりーあさんみたいに歴史好きじゃないし、癒しとうまいもの情報だけお願いします、とスルーしかける、そこのあなた。

今回はちょっと付き合って下さい。


で、台湾リピータの私が、今回初めて出かけて、二回も行ったのが、
228平和記念公園の一角にある、台北228記念館です。

リピーターなのに今回初めて、というのも、
私は日本ではハードな悩みに苦しんでおり、出かけた先の苦しい歴史に接するのは、重すぎたんですね。

が! 重いは重いけど、これが癒しの一つになったのですよ!
びっくり!



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上記は228平和記念公園のあずまや。喧噪を離れて、台湾リスが行き交う姿を見るのも最適な公園ですね。

台湾は、1987年まで40年近く、世界最長の戒厳令が敷かれていたんです。

うわっ、そんなんあり????



戦後、言論・表現の自由が年ごとに拡大して行った日本。


一方では、日本が去って行った後の台湾には、
国民党軍がやってきて、228事件後、
大変な言論の抑圧どころか、
簡単に人が殺されちゃう、恐怖の白色テロの時代を迎えました。


228事件の事は、長い事語る事を許されなかった。
今はこうして、記念館も出来ている。


ちょっと胸が熱くなって、そうした歴史を耐え、乗り越えて来た台湾を思うと、
街角のスタンドで買って飲むパールミルクティーのタピオカをひとつぶひとつぶを
ちゅるん、と吸い込みながら、タピオカの味も違って思えちゃうんですね。

で、苦難の歴史というけれど、台湾には国民党軍として戦後やって来た沢山の人たちがいるわけで、その人たちにとっては視点は別。
さらには元々住んでいた原住民の人たちも居る訳です。

現在の台湾は、そうした、大変複合的な、ひとくくりに出来ない歴史の集合体。
今、民主主義。
それを思うと、夜市の熱気もさらにいとおしい。


228記念館に行くぞ!と決心したのは、
4月の旅行で、学生たちが国会を占拠していて、
そのメッセージが「民主主義をまもりたい!」に要約されていたからです。


で、旨いもの情報や癒し情報そっちのけで、
学生たちの国会占拠の事や、
台湾の民主主義の歴史の事ばかり調べまくった。


で、検索に引っかかったのが、以下の動画。



http://www.youtube.com/watch?v=6DuCCOfMAl8
基調講演:簫錦文 ニニ八記念館ボランディア・ガイド 


蕭錦文さんは、
火曜の午前中、228記念館で日本語ボランティアガイドをしております。

こ、これは。

この人のお話を、生で聞けるのか!

行くぞ、行くぞ。


で、蕭さんは、ドキュメンタリー本やドキュメンタリー映画にも出ており、
私が行った時に来ていた「蕭さんに会いたい」という日本人旅行者二人連れが言うには、
「テレビで観ましたよ」との事だったので、テレビにも出ているらしい、
知っている人には有名人です。


お年は90歳。

蕭さんがお元気なうちに、生で話しを聞いてみましょう。


正直、ゴージャスでラグジュアリーな体験ですよ、これ。
心のエステ!


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「知識皆無だけど大丈夫?」という方。
皆無で大丈夫。そういう人たちの為に有る記念館です。


記念館の前に、防水素材で作られた本が並べてあって、
記念館に入らなくても大体の経緯が判るのですが、
その並べてある本の一ページを、
食い入るように見つめて微動だにしない、
白髪長身の高齢男性がおりました。

私は記念館開館を待ちながら彼を見ていましたが、
本当に微動だにせず。
遺族の方でしょうか。


蕭さんは、228事件で拷問され、処刑寸前で奇跡的に助かりましたが、弟さんは白色テロで殺されました。悲痛な事件の生き証人です。
で、単純に228記念館を訪れただけでは判らない、お話も沢山してくれます。


重すぎる?
いやいや、今の日本を顧みる、そして今の自分の日常を顧みて噛み締める、
とっても目から鱗な経験なんですよ。


蕭さんは、記念館案内の前に控え室で、お茶を振る舞ってくれました。
渡されたコピーの一枚が「教育勅語」!

あ、あれ?????
228記念館で教育勅語????



そうです。

228事件に至る苦しみと、その後の白色テロの恐怖、長期の戒厳令の辛さを知るには、
日本統治時代にさかのぼる必要が有ったのです。


日本統治下で、台湾の人々は高度な文化と自主性を持つに至りました。
日本が敗戦により台湾から去って、国民党軍がやってくる。。。。

人々は、自分たちの時代がやってくる、と喜んで国民党軍を迎えたのですが、
国民党軍は、高度な台湾の人々を尊重するどころか、、、、、、



で。蕭さんがおっしゃるには。

「学校で、大東亜戦争の事をどのように教わりましたか?」

もちろん、蕭さんはどう教えているか知っていて聞いているのだ。


私は、この時代が苦手であります。
戦時中に生きていたら、私は空襲で死ぬ前に非国民として憲兵にしょっぴかれて、
虫けらのように殺されていたでしょう。
で、残された家族も、非国民の家としてご近所から石を投げられる。


この時代が苦手なのは、反戦論者の方々の、
「結論ありき」な印象操作と異論への感情的な噛み付き方もあります。
反戦論も、一種距離を置きたい宗教のよう。


結論ありきで感情的、印象操作、異論を許さない姿勢は、
軍国教育と内容が違うだけで、姿勢は同じじゃないか?
表現者として、許せません。



で。学校でどう教わったか?

えーと。
大東亜戦争は侵略戦争で、日本人は皆軍国教育で洗脳されていて、
原爆落されたのは鬼畜を越えて悪魔の所行とはいえ、
それが無ければ竹槍で本土決戦だっただろうから、
負けて命を大切にする、言論が自由な国になりました。。。。。。って感じ?


蕭さんは、徴兵制が無かった台湾で日本軍が募った義勇兵に18歳で応募し、
300人の募集に三千人が応募し、試験を通った、少年義勇兵です。


蕭さんの話しを色々聞いて行くうち、
「あれっ????私、もしかして洗脳されていた?????」。


蕭さんは、自分で調べてよく考えてみましょう、という
気持ちにさせてくれるので、なにか、長年の洗脳が溶けて行く不思議な感覚を味わわせてもらえました。


蕭さんは少年義勇兵となって東南アジアの作戦に従軍しました。

シンガポールで訓練を受けて、地元の華僑の家に出かけ、色々話を聞きました。

私はノートに書き付けた蕭さんの話を見ながらこれを書いています。

教育を受けている島民は10パーセントで、90パーセントが文盲。
日本は台湾47年の統治で87・5パーセントの教育普及させた。
同じ植民地統治でこんなに違うのか、と感動した。
これは自分が中国語ができるから地元の華僑に聞けたけど、
日本の軍人たちも知らなかった。

大阪帝大が日本に設立される前に、日本は台湾に台湾帝大を設立した。


植民地にしてごめんなさい、な話かと思うと、
全然違う視点なのですね。


ホテルに戻って、色々考えるうち、もう一度蕭さんの話が聞きたくなりました。

で、翌週の火曜日も出かけました。

そしたら、訪れてくれた人に出そうかと思っていたという、
「大東亜戦争は聖戦である」と題したメッセージの写しをくれました。

ぐはっ。


日本でこんな事言ったら袋だたきだよ。

あれ?

日本は言論が自由な国だったのでは?


あれれれ????


蕭さんのスタンスは、戦争は絶対いけない事だ、と強調しつつ、
貴重な犠牲の上に成立した物もあるのだよ、というものです。


日本に帰って調べると、台湾の歴史家の本に、
それはとても良い本だったのですが、
台湾の日本語世代には大東亜戦争が聖戦だったという人もおり、
日本が戦後反省の歴史を辿ったのに対し、台湾は反省の機会が無かった、というようなことがありました。


そういうのともちょっと違うな。


なにか、自分や家族の事を守るとか、そういう小さい単位の話じゃなく、
もっと大きな物の為に何が出来るかを、そういう志を日常に持っていた人たちが、
居た、という感じですね。

今の日本、どうよ。

反省は大切だけど、過剰に反省して、たいらかな目で見る事が出来なくなっている。

で、大きな志どころか、
モンスターペアレントやモンスタークレーマーがはびこり、
自己中増加。

異国で渡された教育勅語、
日本で読めば色眼鏡で見てしまうものですが、
異国のホテルで寝そべりながら読み返して、
重要な事を結構言っているな、と思いましたよ。


悲痛な人生経験を語り伝えようという日本語世代、蕭錦文さん。


私の中で、洗脳が一つ溶けたおかげで、
連鎖式にいろいろな思い込みが溶けていきました。


正常だと思った物が、いつの間にか歪んでいた。


新たな視点が生まれ、
日常に感謝するとともに、
現状への反省も生まれて、

寝込んでいる原因のパワハラ問題にも、
粘り強く戦わなくちゃ、という気持ちも再生されて、


228記念館から台北の雑踏に戻ると、
すべてがいとおしく見えたのでした。

ありがとう! 蕭さん。
ありがとう! 台湾。








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by leea_blog | 2014-05-14 10:54 | Comments(2)

引きこもりは気のせいか?&江ノ島



皆さんは、引きこもりというのが「気持ちの問題」と思うだろうか?

精神的なストレスで引きこもる訳だが、
私のようにハードな精神状態になると、
もはや気持ちの問題ではなく、身体症状なのだ。

医者に出かけた。
今年の三月末で、違法出金ねつ造問題の当事者の一人が、何のおとがめも無く定年退職した。ストレスのあまり、
「今死んで地獄の人生を終わらせよう」ホルモンがどばどば出るようになり、
あやうく精神病院の閉鎖病棟に入れられそうになった。

で、こんな事もあろうかと予約しておいた台湾逃避行。
これで、「何も死ぬ事無いじゃん?」になった。
薬も効かなかった自殺願望が????

何の魔法?



医者に行って薬を変えてもらった。

台湾の魅力は尽きないが、
ハードな自殺願望が消えた、その魔法は、
旅による転地効果だけではない。


次回、詳細を書くが、台湾が十倍楽しくなるのは、
台湾の歴史。


四月の台湾旅行では、馬総統の横暴に反対する学生たちが国会を占拠し、
私は国会、つまり立法院に二回訪れてその熱気と向上心を肌で感じた。
で、二二八記念館に二回出かけて、台湾の苦悩の歴史を当事者から聞いた。


国によるねつ造に苦しんで死のふちに立っていた私は、
粘り強く戦い結果を得る台湾人の、生の力に触れたのだ。

やがて、魔法のように、薬で治らなかった自殺願望が溶けて行った。



話しがそれた。

引きこもりは、ハードになると、無理に外に居ると倒れてしまうのだ。

今日の私は、通院のため新橋に出かけ、
せっかく外に出たのだから、外に居る訓練をしよう、と思い、
マクドナルドでコーヒーを飲んでいた。
本当は、体が重くて吐き気がして、早く帰りたかったのだ。


でも、引きこもってばかりではマイナス思考の堂々巡りになる、と、
マックでコーヒー。ちなみに新橋駅前店は、煙草が吸えます。


手が震えだし、まずいな、と思ううちに、目の前が真っ暗になり、
冷や汗がどっと吹き出した。貧血だ。

しばらくテーブルに突っ伏して無事帰って来られたが、
引きこもりは出たくない時は素直に家に居るのが良いのかも知れないと思った。


ほうほうの体で帰宅すると。

新宿所の庶務課長から電話が。


「西野さ〜ん、私の事をブログに書かないで下さいよ。
関係ない事をさも関係あるかのように言ってその場を凌ぐのは、
課長研修で叩き込まれる基礎なんですよ」

というのかと思った。

あるいは、
「先日の件ですが、局に電話した所」と、結果を教えてくれるのかと思った。

どちらでもなかった。

一定年齢以上の社員を対象に、早期退職者を募るのでその文書を送る、との事務連絡。
それだけ??????

「局に電話して頂けましたか?」と聞こうとしたが、
貧血後の体調悪さがひどくて、寝込んでいる原因の事は話題に出せなかった。


何やっているんだ、私!
もう平気な振りするなよ、私。
殴られたら「痛い」と言わないと、殴っている方は判らないんだよ。
またやってしまった、核心を避ける会話。。。。。




記録の為に名前を出しておこう、板垣課長。


で、絶賛引きこもり中のワタクシだが、
昨日は思い切って江ノ島に行ってきたぞ。

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上記は稚児が淵の荒波。
天気がよければ夕日が美しく、カップルで一杯になるそうだ。

江ノ島は弁財天を祭っている神社が有名だが、
江ノ島の弁財天は、琵琶ではなく、
右手に宝剣、左手に宝珠を持っているんですね。

美と武勇が兼ね備わった弁天様に、こうでありたい、と思いました。

で、皆さんも写真などで見た事があるかもしれませんが、
全裸の弁天様でも有名です。

150円の入館料で、
裸の弁天様、妙音弁財天と、剣を持った八臂弁財天の二体が拝観出来、
これは二体とも素晴らしいので、お得としか言いようがありません。

で、龍の絡み付いた大きな賽銭箱。
これはお賽銭を入れると妙なる音、鈴????が鳴り、
これも素晴らしい工夫。

撮影禁止でご紹介出来ないのが残念です。

e0016517_18064884.jpg
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上記は江ノ島寸景。


写真にはうまく写らなかったのでアップしませんが、
富士山も実に大きくきれいに見えて、海風はちょっと強すぎたけど心地よくて、
海の広がっている様は素晴らしくて、心が洗われました。

平日でも、結構人が居ましたね。

お昼ご飯は、漁港の有る腰越で、
「しらすや」という有名な店で食べました。

店の前の椅子に人がぎっしり並んで順番を待っています。
朝取り生しらす丼が頂けます。

生しらすが昨日はあまり穫れなかったとの事で、
生しらす丼ではなく釜揚げしらすと半々になっているものからのご注文となります、との事だった。

鮮魚に飢えていたワタクシは、花だい定食(生しらす鉢付き)を頼んだ。

感動のあまり写真を撮るのを忘れたが、
お頭付きの花だいで、生しらすの小鉢も、生しらすがたーっぷり入っていた。
汁物も感動的な美味しさだった。

朝穫った物を昼食べるのだから、
考えてみれば、魚が穫られてご逝去遊ばしてからほとんど時間が経っていない。
それを頂く贅沢さ!

これだけで今日は満足、という感動物でした。

ちなみに、花だいは私の注文でもう品切れ、メニューの黒板から消されていました。
お目当ての物があるなら、品切れになる前に早めにGO!を勧めます。

長谷寺見て、鶴岡八幡宮を見て、
帰る間際に入った、
片瀬江ノ島の駅前のバーレストランですが!

当たりでした。

アルコールが、びっくりするほどの品揃えでした!
普通のバーには無いアルコールも多数で、メニューに見入ってしまいました。

パンとピザも自家製。

パンは、なかなか来ないと思ったら、注文受けてから焼くんですよ。

これは凄い店に来てしまった。

こういう、良心的な店は、東京ではどんどん無くなって行っています。

ちなみに、私が頼んだ飲み物は、
シャトリューズ ジョーヌというもの。

修道院で、150種類の薬草を使って作られたリキュールだそうです。

150種の薬草という、手間と試行錯誤の賜物の、修道士さんたちが代々作ってきたその伝統などを想像しながら飲むと、美味しさ十倍。


はぁ〜、普段ハードに引きこもっているのが、頑張って歩いた。

しかも、久しぶりに心から旨いと思う物を食べた。

うん、日常に「鮮度」が欠けていた。


引きこもりの皆さんは、鮮度導入で、活性酸素除去を!






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by leea_blog | 2014-05-13 18:24 | Comments(0)

台湾に行く前に見る映画・帰国後に見る映画・海角七号/シングルマザーの詳細



台湾に行って台湾に興味を持った皆さん、帰ってきて台湾の事をもっと知りたいと思った皆さん。


おすすめ映画は何かと聞かれれば。


魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督の、「海角七号 君想う、国境の南」と、二部構成の長編映画「セデック・バレ」はいかがですか?

魏徳聖氏は今が旬の名監督。


過去ゆりうたでも「セデック・バレ」を取り上げましたが、
初見は、今ひとつ殺伐とした気分になってしまったのですね。

で、どうも感情移入ができなかった。

が。

またしばらくして、DVDが出る頃になって、猛烈に見たくなって、二部構成の大長編なのに、繰り返し観まくってしまいましたよ。

で。
凄く面白かったぞ!!!!!!
これは繰り返し観るべき映画。

大体、最初は予備知識も無かったし、セデック族の人たちの顔が皆同じように見えて、細部の面白さが判らなかったんです。

繰り返し観て、観るほど面白い映画。

どんどんセデック族が好きになりました。


予備知識があると十倍楽しめます。


例えば、セデック族の警官に、日本名、花岡一郎、二郎が出てきます。
兄弟かと思ったら、実は義兄弟。血のつながりは無いんですね。

で、一郎の妻の日本名花子。

彼ら夫婦はセデック族の蜂起の後、和服で自決しますが、
彼らの詳細を知ると、和服で自決する彼らに、深い、複雑な心の葛藤を感じる事が更に出来て、泣けます。



「海角七号」は、監督が、本当に作りたい映画「セデック・バレ」の資金稼ぎの為に作ったという事です。お金をかけてないんですが、これが素晴らしかったです。


台湾旅行から帰ってきて、今まで癒し気分で出かけていた台湾の事をもっと知りたくなり、図書館で台湾の歴史や台湾関係の本を読みまくったワタクシ。

うん、近場で癒しとエネルギーをもらえる場所、として出かけるのも良いですが、
詳しく知ると、台湾が十倍楽しめます。

そして、日本の事も色々考えさせられます。


「海角七号 君想う、国境の南」というサブタイトル。


台湾の国境の南って、何があるの????という感じですが、
台湾の国境の南の事ではなく、
日本の国境の南の事なんですね。
日本の国境の南に有る島、台湾の事!

台湾関係の本を読みまくっていたワタクシは、
最初観ながら泣きまくってしまいましたよ。

友子、君を捨てたのではない、泣く泣く手放したのだという台詞が繰り返される辺りは号泣。最後の、野ばらの合唱シーンも、号泣。

涙が止まらないよ、どうしてくれるんだ!


で、二度三度と冷静に観ると、これもまた細部が凝っていて、繰り返し観るほど味が出るんですね。台湾でリピーターが続出したというのも頷けます。



オフィシャルサイトの役者さんのインタビューで、

後から聞いてわかったのですが、撮影の最中も製作費が足りなくて、いよいよ明日で撮影中止というところまで追い込まれたことがあったそうです。

ということが明かされますが、本当に大変な思いをして作ったんですね〜。


結果、台湾で「タイタニック」に次ぐ大ヒット、台湾映画ではナンバーワンの大ヒットとなったそうです。


台湾が、色々な立場の人の集合体である事、過去様々な困難が有った事、日本の台湾統治時代が、悲惨な話ばかりではなく現代では失われつつある良い話も満載だというていどの予備知識を持って観れば、

あと、届かなかったラブレターの宛先が小島友子という日本名ですが、
それは日本人ではなく台湾人の少女で、当時の人は日本名も持つ人がいた、という程度の予備知識さえ有れば、楽しめます。


まず、キャラが全員、立っている。
コミカルなテンポと心を打つ悲恋の手紙の朗読が入り交じり、全く飽きない。

音楽も良い。

小技が効いているので、観返すほど面白い。



で。


以下は、もう見終わった人向けに。


ホテルで働くシングルマザーがいるでしょう?


彼女がどういう経緯で日本人に恨みを持つようになったのか、
なぜ唐突に小島友子が彼女のおばあちゃんだと明かされたのか、
彼女がおばあちゃんにした、ひどい事って何だったのか。。。。


すごーく気になりますよね?


で、ワタクシは、
小説版「海角七号」も読んでみたのです。


これがウェイ・ダーション監督の設定なのか、ノベライズした人の創作なのかが判りませんが、小説版では、詳細が明かされます。


シングルマザーは日本人と恋愛して、捨てられます。
日本人男には、妻がいたのです。

で、音信不通になった日本人男を訊ねる為、お金を借りようと、おばあちゃんに頼みに行きます。

おばあちゃんは自身の経験を彼女に話し、止めようとします。
彼女は、「それは、おばあちゃんが棄てられただけでしょ。自分だって棄てられたと思いたくなくて、簡単に諦められなかったんじゃないの!」と言ってしまいます。

そして、日本行きの資金を得る為に、おばあちゃんの貯金をこっそりおろしてしまいます。


そんな彼女が、おばあちゃんに手紙を直接届けられないのは判りますよね。。。。


なるほど、そんなドラマが!

小説版には、他に、映画では語りきれないエピソードが満載なので、
おすすめです。

が!

文学作品として優れている訳でも何でも無いので、
あくまで映画を先に見て、もっと知りたくなったら、小説、という順番ですね。








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by leea_blog | 2014-05-10 16:25 | Comments(0)