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日本名物・指輪物語

日本名物・指輪物語



地下鉄の通路に、旅行者と一目で分かる外国人の男性が二人たたずんでいる。私が用事を済まして戻ってみると、彼らは途方に暮れた様子で、まだ同じ所に居る。


ここは名所も無いし、この駅は住宅街だ。誰かをたずねて行く所か、間違った電車に乗ってしまったかのどちらかだろう。
声をかけてみる。彼らは夜通し飛行機に乗って、早朝日本に着いたアメリカ人だった。どこへ行きたいのか聞いてみる。彼らはさらに途方に暮れる。特に行き場所は定めず来日したか、行き場所を忘れてしまったのだ。


私は取り敢えずレンタカーを借りる提案をする。サービスエリアで、美味しい物を薦める。彼らは喜ぶ。お腹が一杯になったが、
次から次へと、「日本に来たなら是非これを食べなくちゃ」という美味しい物屋が現れて、私も困る。


レンタカーが到着する。

後部座席には、幽霊のように、髪の長い日本女性が座っていた。おっとりした人だ。アメリカ人たちの知り合いか親戚という。どちらなの?と思うが、いずれにしろ日本での面倒を見てくれる人が現れたのだ。


アメリカ人たちも車に乗り込み、空いているのが運転席だけになる。「えっ、私が運転するの?」「もちろんだよ。日本とアメリカでは車のハンドルも違うし、交通ルールも違うから、僕たちじゃすぐ事故を起こしちゃうよ」「冗談はやめて下さい。私は、実は運転免許を持っていないのよ」


やりとりをおっとり聞いていた後部座席の女性が、おっとりと運転席を指差し、この車は自動運転だから大丈夫だ、という。免許持っていないから駄目です、と言っても、彼らはいきなり全員言葉がわからなくなる。


ハンドルなど、運転に必要なものが消えたので、私も乗り込む。

自動運転なので、行きた所を思い浮かべると、そちらの方に向かう。発光する掲示板がある。車を止めて、それを見て位置確認をする。私の住んでいる「赤塚」は、大きな湾を囲む腕の位置にあった。こんなに海が近いのを知らなかった。近くに空軍練習場もある。空軍練習場は宇宙ロケットの打ち上げも行っており、一般にも公開されている。へえ、そんなものが近くに。近々行ってみよう、と、地元再発見に感嘆する。


乗りかかった船で、私は彼らを案内する事になってしまった。京都や奈良は遠いし。どうするかな。そうだ、日本に来たなら、ここに行かなくちゃ、という場所がある。


指輪物語のテーマパークだ。
「指輪物語のテーマパークに行きませんか? ロードオブザリングって、原作知らなくても映画を知っている人は多いでしょ?日本独自の文化です」、と言うと彼らはこぞって行きたがる。


森に入って行くと、柵や囲いの無い森に道は続き、いつの間にか指輪物語のテーマパークに入っている。

実は、ここは、本物のエルフたちが住む場所との秘密通路にもなっているのだが、知っているのはエルフと縁のある人だけである。


森を行くうち、彼らとはぐれる。
美しい池のほとりに、ルネッサンス様式の城館が立っている。
蔦に半分覆われているが、それは蔦ではなく、本来蔦状にならない木が建物を覆っているのだ。

確かにきれいだが、「エルフがルネッサンス様式の館に住む訳無いでしょう」と、内心ちゃちだなあ、と思いながら裏手に回ろうとすると、「りーあさん」、と声をかけられた。


森のエルフのレゴラスだった。私はロスロリエンの奥方、ガラドリエルに用事を頼まれていたのを思い出した。


ガラドリエル様はいらっしゃるかとレゴラスに聞くと、奥方は外出中だ、との事。館に寄って行かないか(人を欺く為のテーマパークではなく、本物の館の方)と言われるが、アメリカ人を案内中だと説明する。また来るわ、と言うと、光る石をくれる。

「これが金色に光ったら、ガラドリエル様がお戻りになった合図だから、また来てくれるように」とレゴラスはいう。


テーマパークでアメリカ人と再会する。一緒に居た日本人女性が誘拐されたと騒いでいる。


夜になってしまう。私たちは見知らぬ町のサービスエリアのショッピングモールで、ソフトクリームを食べて心配を紛らわす。ショッピングモールには、誘拐された日本人女性の顔写真が至る所に貼られ、警察が情報提供を求めている。


雨が降り出した。赤や白のランプの光る道を車で行く。「サウロンの手下にさらわれたのでは? 私の仲間だと思われたのよ。警察じゃ見つからないわ」と私は告げる。


心当たりがあるので、少し遠いが、夜の高速を飛ばす事にする


夢終わり




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by leea_blog | 2015-08-30 17:33 | Comments(0)

原詩夏至「レスのふりしてミニ揺蘭評」



某大手SNS、Facebookでの、

原詩夏至氏のレスポンス。

「レスのふりしてミニ揺蘭評」。

正直、レスやメールは、

直感で言葉を選んで行く、鮮度が重要なやり取りだが、

原詩夏至氏は、いかんなくその文体の魅力を発揮している。


転載の許可を得た。

このところ原詩夏至氏の快進撃で、

拙ブログもすっかり押されてしまっております。

いやはや、私は重要だと思う事を編集後記に書き尽くした感がありますし。



通りすがりの皆様も、

Facebookで、どうぞお気軽に書き込んで下されたし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


原 詩夏至
どうもありがとう!こっちこそ、色々ずいぶん勝手なことを…と、汗顔の至りです。

いやマジで。

ともあれ、「揺蘭」も、「揺蘭」のメンバーも、今、凄く大きな「上げ潮」に乗っていると、私は思っている。

というのは、まだ気づいていない人も多いと思うけど、「時代」が、一種の「秘密兵器」のように、こういう資質を求めているんですよ。

だって、例えば、短歌の場合でいうと、戦時中の中井英夫や塚本邦雄を考えてみて下さい――或いは、小説の埴谷雄高、詩の金子光晴なんかも。

本当の、本当の「暗黒時代」に、最後の最後までしたたかに「文化」の、「美」の、「自由」の、「人間の尊厳」の火を守り通す覚悟を持っているのは、実はここに集うこういう…そう、ちょっと言葉は悪いかも知れないけど「変人と呼ばれることをこれっぽっちも恐れない人たち」なんじゃないかと、私はひそかに確信しているんです。

それでは、又! 今後とも、どうぞよろしくね!

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by leea_blog | 2015-08-26 22:19 | Comments(0)

まれびと冊子【揺蘭】紙上合評会4 原詩夏至→天野清二



【揺蘭】2015の、紙上合評会、

今回は原詩夏至氏による、天野清二氏です。

天野清二氏は、毎号、二ページのみの参加を、

初登場から崩しておりません。


良い意味で

大きくブレている揺蘭の各作品に比して、

天野氏の作品は、

詩壇?に交わらず、

こつこつと研鑽を積む求道家のようで、

宇宙の深淵を覗き見ながら

身をおどらせない賢人のたたずまいもあります。


上記は、りーあの感想。

以下は、原詩夏至氏の感想です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

りーあ様

おう! ブログみたぞ!
悪かったな、「昔は冴えない作品を書く自己中な若者」で!(笑)
とはいえ、書いてるものが、
昔より、今の方が、ずーっと、
いいだろうことは、事実だが…(笑)。

ちなみに、批評と、詩その他のジャンルとのクロスオーバー
(もしくは、それらの共通の「始源」への回帰的融合)という問題に関しては、
来月初めに出るコールサック83号の「短歌時評」でも
それなりに詳しく触れているので、出たら、ぜひ見てくれ。
それこそ、一つの「読み物」としても、
結構、面白い出来になってると思うぞ!

それから、「揺蘭」評。
残るは、りーあと天野清二さん、
この二人だけなんだが、
まずは、天野さんから、見てみようか。

とはいえ、この方については、
正直、俺はまだよく存じ上げないし、
読んだ作品の量もわずかなので、
あんまり適切なことを言える自信は、ないんだなあ…。
むしろ、もし、来るべき打ち上げ兼合評会に
お見えになるんだったら、その席で、
いろいろ、お話なんかも伺いつつ、
少しずつ、いいお知り合いになれたら…などと
考えていたところだったんだが…。

ただ、少なくとも、こうは言えると思うんだな。
つまり、今回天野さんが出されている2篇
「海のかたち」と「夢の残像日記(抄)」だが、
この両者は、一方は純然たる詩、一方は夢の記録という、
それこそ「ジャンル」的な差異はあるものの、
それを、或る意味横断するかたちで、
一つの、同型の「世界感受」の在り方、
或いは、それに基づく「世界に対する不安」の在り方を
かなり相似的・双生児的に、形象化しているんではないのか、と。

例えば、「海のかたち」第一連における、
一方で「無限の器」とされながらも、他方で
「その内実はいまだにわからない」
「あるいは空の余り板で作られた書き割りかもしれないし
 木製のからくり舞台なのかもしれない」という
深い疑念の眼に曝されている「海」。

基本的には「水の集積体」である「海」を
「木製のからくり舞台」に見立てるというのは、
或る意味、かなり特異な連想だが、
思うに、実は、これは、続く第二連における、
「百年前に就航」したが
「乗客名簿は不在者であふれ
 出航出来ないまま沈み始めた」とされる「旅客船」と、
共に「中身の虚ろな、ぼろぼろの容器」という意味で、
同じ一つのモチーフの「変奏」なんだな。

「海」の話が終わったから、次は「船」へ…と、
話は、一見、理路整然と、直線状に、進んでいるようだが、
実は、その背後では、同一のモチーフが、
渦巻き状に、或いは寄せては返す波のように、
執拗に反復されている。

これは、例えば「夢」という「外国語」を
「現」の言葉に「翻訳」する場合に、まず必要になる
一種の「文法知識」みたいなものでな。

例えば、こないだりーあがブログに書いていた、一連の夢。
あれなんかも、一度、この「文法知識」を当てはめて、
「この直線状のストーリー展開の中で、
 しかも、ストーリー展開とは関係なく、
 さまざまな擬装を繰り返しながら、
 執拗に、超時間的に、反復されているモチーフ…それは何か?」と考えてみると、
そこから、まるで難解な横文字の構文の「文法構造」が見えてくるみたいに、
「英文和訳」ならぬ「夢文和訳」の最初の糸口が、
何とはなく、見えて来る場合が、少なくないわけだ。

ま、それは、今、ここではやらないが…。

しかも、だ。再び天野さんに話を戻すと、
この「中身の虚ろな、ぼろぼろの容器」のモチーフは、また、
「夢の残像日記(抄)」2002年10月29日(火)の夢でも、
やっぱり、はっきり繰り返されているんだな。

ここでは、「私」は、「スタジオ奥の壁」だ。
つまり、「容器の一部」だ。
そこには、「白い光」が――無限の可能性が――満ちている。
しかし、それなら、このスタジオ内で、
今、まさに繰り広げられている
「クイズ番組」の茶番は、一体、何なのだ?

その、余りのくだらなさに激怒した「私」は、
「自分は出演者でさえないのに(私は壁だ)ひどく腹が立って、
 あばれだした」。すると、
「ほかの壁も揺れだして、次々に倒れて、照明も消え、
 そのまま番組も終わってしまった」。

だが、これは、つづまるところ、詩「海のかたち」の、
「乗客名簿は不在者であふれ
 出航出来ないまま沈み始めた」という
「その旅客船」の無様なていたらくと、
一体、どこがどう異なると言うのだ?

「夢の残像日記(抄)」2005年2月12日(土)の項で、語り手は、
「もう五時だよ!」という母の声に飛び起きたものの、その直後、
「闇の中にひとり取り残されていることに気づいた」。
「あたりは、一面の崖でほかに人家も見当たらない」。

しかし、これは、詩「海のかたち」の
「人や船や手荷物や本
 ついには大気、空、海からも
 名前が剥がれ落ちて
 都市や湖や草原とともに
 すり鉢状にえぐられた時の底面に
 吹き寄せられ沈殿していく」
「死の真相は明かされず
 何者が作ったとも知れない黒曜石の
 人型だけが残るのだ」というダークな結末と
一体、どこがどう違うと言うのだろう?

それでは、また!

詩夏至


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by leea_blog | 2015-08-25 20:24 | Comments(0)

病気休職レポートまたはパワハラ物語 罵倒とシカトどちらがキツいか?



今日はもう出勤不能。



金曜の夕方に、

東京労働局から封書が庶務課を通じて届き、

たちまち全身の筋肉がぴしぴしと固くなって、

筋肉痛用の膏薬も役に立たず、の、話まで書いた。


月曜日は、十時半に出勤して、

三時頃には、

結局職場でも寝込み、

家に帰る体力がなかなか回復せず、

困った。


火曜の今日は、

どうしても出勤が出来なくなった。

全身の筋肉が固くなって、

脳に血が行かない状態。

景色が白黒に見えて来るのだ。


もう駄目だ、と、貴重な年休を一日取り、

医者に出かけた。


「仕事ができる状態ではない」と言われた。

その通りであります。

しかし、

職員が交代で夏休みを取っている時期の為、

今は休めない、と

自分を励まして来ましたが、

もう無理。


封書の中身が、

まだ開けていないけれど、

東京労働局の厚生係が送って来た請求書であると

庶務を通じて確認出来た為です。



なんで忙しいこの時期に送って来るのかな?


事実関係を捏造しちゃう、

東京労働局厚生係。

指示しているのは、総務課課長か、

部長。


俺が黒と言ったら、白いものも黒なんだ、という風で、

実は 相手にも、私にも

それは白にしか見えていない。。。。

これは、なかなか人を狂気に追いやるプレイであります。


私は頭が狂いそうです。


それはそうと、

総務課課長。


私が庶務を通じて依頼している、

二月十日の会見の文書化、

全くお返事がないまま

一ヶ月近く経ちますが、


どうなりましたか????


労災申請の添付資料に使うので、

早くして下さい。


箇条書きの簡単なもので良いですよ。



そんなこんなで、

全く無視され続けているが、

これがキツいんだな。


よくパワハラというと、

「死ね」「辞めろ」と言われる話が多いけれど、


私の人格を無視して上層部が事実関係を捏造、


おそらく自分たちのミスを私のせいにしているもよう、

で、私の指摘はスルーし続け、という状況も、


かなりキツいですよ。


罵倒の方が、第三者にもその酷さがわかりやすいけれど、

私のようなケースは、

局が第三者に冷静に捏造した事実を話すので、


皆、局の言い分が本当だと思ってしまう。


これは、発狂ものです。

私は北◎鮮にいるのか????


私の発言まで捏造されているのだから、


狂っています。


こんな事を、相手はもう十年も続けています。

いつか私の無実が証明されるのだろうか?













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by leea_blog | 2015-08-25 18:11 | Comments(0)

まれびと冊子【揺蘭】  築地の会談の事

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ふう。

お盆を過ぎても暑いですね。


今日は一日寝込むかと思われましたが、

築地まで行って来ました。


歌人の相田邦騎氏のご紹介で、

書籍ギャラリー、

ふげん社さんにお邪魔しました。


良い雰囲気の、

くつろげるギャラリーと、

マニアックな本を取り揃えた、本棚。


揺蘭の最新号を置いて頂ける事になりました。


私の詩集も置いて下さるそうです。

ふげん社さんのサイトは以下。

http://fugensha.jp

拙サイトは、セキュリティーのため
直接リンクが貼れません.
毎度お手数ですが、URLをコピペして飛んで下されたし。



ふげん社さんにお邪魔したあとは、

電話でしか話した事が無かった相田氏と

タリーズコーヒーで意見交換。


もしかして四時間以上も、

アイスコーヒーと水だけで

会談していた????



出版不況の話になり、

私は持論を展開しました。


帰宅したら、

原詩夏至氏から、

揺蘭の感想メール、西野りーあ篇が届いていた!



凄いな、この矢継ぎ早の感想メール!


今日は、実に充実していました。




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by leea_blog | 2015-08-22 21:21 | Comments(0)

パワハラ物語、あるいは病気休職レポートの続き  新文書到来!



え〜、宴たけなわでございますが、


一時中断して、


本日はパワハラ物語、

または


病気休職レポートの続きを差し挟みます



今日は、職場の上部組織からお手紙が来た。



差し出し人が書かれていない。


東京労◎局の誰からよ???


私に文書をよこすような用がある職員は、

複数いるでしょ?


私の体は、即座にアレルギー反応を示した。


体中の筋肉が、ピキピキと固くなって、
脳に血が行かなくなるのだ。 



企業小説やテレビドラマのような、嘘と捏造。。。。
こんな事が実際あるのか、というような、嘘と捏造。。。。



台湾のマッサージ屋で貰った膏薬を首や肩や腕に擦り込みながら、

封を開けずに、上司に事情を伝えた。


「真剣に吐きそうです。」



帰宅する余力が無かったので、
取り敢えずは残業して気を紛らわせたが、

ストレスで私の仕事能力はがた落ちになった。



その部署は、バレたらあとが大変だ、
という事ばかりを重ねて来た。


辻褄がすっかりあわなくなっているが、


狂っているな、と思うのが、


辻褄の合わなさを気にする様子が


全くないところである。


学校のいじめ否定会見や、その他の報道でも、おなじみの、
「これはひどい」と思われるのを


心配する気もない頭の作りが、


今更ながら
猛烈なカルチュアーショックであります。


辻褄の合わない所に付箋を貼ると、
付箋だらけになってしまうのです。


私の理論回路の方が、
ショートしてしまうのです。


息をするように嘘をつくのも、
彼らの仕事能力なのか????


うん。
それは、きっと、
「大人」に求められる能力なのだ。


嘘も百回言えば、とか格言があったよね。


嘘と保身が快感な人も居るよね。


だがしかし、

彼らは相手を間違えた....

私は負けないからね。



記録の為に書き残しておきます。




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by leea_blog | 2015-08-21 22:48 | Comments(0)

揺蘭12 紙上合評会   原詩夏至→相田邦騎   注釈編



紙上合評会、「 原詩夏至→相田邦騎篇 」は、昨日の日記に全文掲載しています。

先に、
昨日の日記をごらん下さい





この評を受け取った私は、唸りました。

メールという手段で、

原の表現は、新たなステージに立った、と思いました。

饒舌な話芸、イメージの多重投影、

あざやかな表現と、しつこい描写は、

原の小説で、見事に開花しているので、

原の詩や短歌、俳句よりも、

私は小説を推す。


読者は、揺蘭を読んでいなくても、良い。

とある男が、女性に送った、

架空の冊子に載った、架空の歌人を評したメールとして読んでも

面白い。


手のひらサイズの、濃縮された宇宙。



思えば、原は、昔は冴えない作品を書く自己中な若者で、

評だけは実に生き生きとしていた。

妄想も、自己中だった。


何しろ、

「西野りーあは俺に惚れている」と


なぜそうなるのか、全くわからない妄想をしていて、

その妄想は、りーあを激怒させはしたが、

全く閉じていた。


が。

原詩夏至という詩人から面白い詩集「波平」が送られて来たので、

お礼の手紙と揺蘭を送ったら、

返事が来て、

原詩夏至とは、実は昔の原光輝の、進化して別人の作風を樹立した姿だったと知り、

文学とは良い物で、

優れた作品を書くようになった原と、私は仲直りし、

友好が復活した。



おもえば、昨日の相田さん評には、

相手の気持ちへの配慮が満ちている。


相手の立場を思えるようになったのか!

原よ、成長したな!

かみさんのおかげか否かは、不明である。


では、注釈、行ってみようか!



>こないだの「いい◎◎◎したあとの…」云々は、
>もちろん、俺的には全然かまわんのだが、
>問題は、むしろ、言われた当の相田さんが
>それをどう感じるかの方だからな。
>で、もう少し一般的な表現で、再度、評する


この評は公開前提で書かれましたが、それに先立つ私信には、公開をはばかられる表現が使われていた為、西野りーあの指摘が入った事を踏まえています。
伏せ字は、私に依ります。
相手の気持ちになっている所が、大人であります。

え?相手の気持ちになるのは当たり前だって?
永遠の子供、原は、以前はまーたくそれが不可能な若者でした。


>…そう、例えば、家屋敷をぽーんと売り払って、
>たった一つの壺を買い求めて、
>その壺口から見えるいわゆる「壺中天」を
>一生涯、段ボールハウスの中で
>うっとりと覗き眺め続けて飽きない、みたいな、

揺蘭執筆者、画家で詩人の、横山克衛氏の小説


>或いは、美しい春琴の面影を永遠に脳裏に封印するために
>何のためらいもなく自分の両目に針を突き刺して悔いない、みたいな、


谷崎潤一郎の短編、「春琴抄」。
ちなみに、西野りーあは理想の関係をわかりやすく伝える為に、
しばしば「春琴抄」を持ち出している


>作品の中で自分の愛する美的イマージュに没入する際の
>「常時アクセル全開感」「一度もブレーキを踏んだ形跡のなさ感」に


「常時アクセル全開感」は有りだが、
「一度もブレーキを踏んだ形跡のなさ感」は

多数の犠牲者を出すような死亡事故記事を連想させる、
しかも運転者はかなりやばいひとである、
しかし近所の人はインタビューをされて
「挨拶もする普通の人でした」と答える、
一連のやってはならない「事件」を芋づる式に連想させて、
また、相田邦騎氏とはどんな人か、という
想像力をかき立てる、
原の本領発揮の比喩。

>めらめらと反映しているんだな。

うまい表現である。
水と炎を連想させる。


>例えば、自分では自覚しているのかどうかわからないけど、

>原と相田さんに請求するのが
>恐ろしくて、
>飲んでしまったよ。


話は、突然、

西野りーあが酒を飲みながら、

原に送った私信の引用となる。

揺蘭12の代金が、予想外に高くなったのに今頃気づいた

編集者が、

初参加の相田邦騎氏と原詩夏至氏に、

代金を請求するのが怖くて、

いまだに誰にも「会計報告」が送られて来ない内実を書いている。


>その「恍惚と不安」な(笑)

選ばれてあることの恍惚と不安の二つ我に在り

ヴェルレーヌの詩より。

意味有りげに(笑)とあるのは、

西野りーあの暗い過去を指しているのだが、

今は語るまい。



上記のように、注釈だらけになる、
短い評は、

多数の奇怪な登場人物、
様々な作品を絡め合わせて、

大変面白く、

引用した相田邦騎氏の短歌を囲んで

躍動しているのであります。


褒め過ぎの感がありますが、

原詩夏至の、

「評のふりしてミニ小説」

「メールのふりしてミニ批評文芸」

な、新たなステージをかいま見たのでありました。
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by leea_blog | 2015-08-19 21:41 | Comments(0)

揺蘭12 紙上合評会   原詩夏至→相田邦騎



【揺蘭】2015年版の、新たな評が届きました。


これは、ミニ小説のような、

原詩夏至の話芸が、

メールという手段で別のステージを開いた、

名評です。


どのあたりがミニ小説のようかというと、

原お得意の、

イメージの重層化が

こんな短いメールの中に、

目眩がするほど活かされているのですね。


とりあえずアップして、


あとで

私が注釈をつけます。


実際、注釈だらけになって、

「家畜人ヤプー」のようになると思いますので、

もっと読みやすく、

要所要所だけにします。





     ☆     ☆     ☆

りーあ様

おう! 晴れたらまた暑いな!
怪獣マゴドンもめでたく町田へ去り、
俺も、 昨日一日ぐでーっとして、
少しはパワーが回復して来たみたいだ。

というわけで、「揺蘭」評、第3弾。
今回は、相田さん「密室の謝肉祭」だ。
こないだの「いい◎◎◎したあとの…」云々は、
もちろん、俺的には全然かまわんのだが、
問題は、むしろ、言われた当の相田さんが
それをどう感じるかの方だからな。
で、もう少し一般的な表現で、再度、評するわけだが、
例えば、次の歌。

密室の謝肉祭では黄金(きん)の陽が千の娼婦の膚を焦がして
地下室の美(は)しき時空を掌(つかさど)る花の天使は不死のすがたで
燭台の黄金にかゞよふ密室にマリアは愛づる馬の斬首を

「密室の謝肉祭」「地下室の美しき時空」「燭台の黄金にかゞよふ密室」。
この「閉塞」と「自由」、「孤絶」と「祝祭」の
矛盾と緊張に満ちた融合が、まさに相田さんの「詩境」なわけだが、
重要なのは、それがまさに彼の「生きる場所」「生きる方法」そのものでもあり、
そうした「詩」と「生」の至純の直結が、
一首一首に、一分の隙もない「張り」と「つや」、
それから「迫力」を齎しているらしいということだ。

つまり、相田さんにはどこか、
フツーの世俗的価値観に生きるフツーの生活者を
心底から震え上がらせてしまう、
或る種の、本当の意味での詩人的なヤバさ、
…そう、例えば、家屋敷をぽーんと売り払って、
たった一つの壺を買い求めて、
その壺口から見えるいわゆる「壺中天」を
一生涯、段ボールハウスの中で
うっとりと覗き眺め続けて飽きない、みたいな、
或いは、美しい春琴の面影を永遠に脳裏に封印するために
何のためらいもなく自分の両目に針を突き刺して悔いない、みたいな、
そういう「神聖狂気」のようなものがあって、
それが、作品の中で自分の愛する美的イマージュに没入する際の
「常時アクセル全開感」「一度もブレーキを踏んだ形跡のなさ感」に
めらめらと反映しているんだな。

はっきり言う。
これは、俺とは全く違ったタイプの書き手だ。
だが、だからこそ、この種のタイプの書き手の怖さと尊さは、
却って、ひしひしと、よく分かる。
彼は、やっぱり、俺より、りーあに遥かに似ているよ。

例えば、自分では自覚しているのかどうかわからないけど、

原と相田さんに請求するのが
恐ろしくて、
飲んでしまったよ。

こういう、葛西善蔵も真っ青!みたいな、
珠玉の「破滅型私小説」的名言(特に2行目から3行目への飛躍!)が、
突然、さも当り前みたいにぽろっと零れる、
その「恍惚と不安」な(笑)。
これなんか、俺が相田さんに感じる
或る種の「驚愕まじりの畏怖の念」に、
微妙に、だが、そのくせ、ありありと、
一脈通じるものがあるんだよ。

それでは、また!

詩夏至
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by leea_blog | 2015-08-18 21:21 | Comments(0)

東京都板橋区・「区民詩集」のお知らせ

東京都板橋区・「区民詩集」の「作品募集のご案内」が届いている。

私は板橋区住民になって、

かれこれ八年くらい経つと思うが、

初めて届いた気がする。

気がするだけであって、

届いても気がつかなかったのかもしれない。

区の検診のお知らせなど、

友人知人表現者系以外の

郵便物や、

茶色系の封筒は、

ついつい似ているので見逃してしまうのだ。



選者は存じ上げている詩人が色々いらっしゃる。


「どもども、実は私も板橋区です」

という挨拶の意味でも、


参加費、千円だし、


送ろうと思う。


と、思ったまま、時間が過ぎて、

気がつけば今度の土曜日必着だ。


揺蘭もようやく出た事だし、

出す作品を選ぼうか、と

思い立って、はたと気づいた!!!!

区民文化祭の一環として行う区民詩集の発行だ。


区民祭だから、

文学マニアの人が対象ではない。



普段文学に親しんでいない人にも、

「文学って面白そうだ」と

思ってもらうような物がいいであろう。




私は、


善良な区民の振りをしなくてはならないのだ。


が!

善良な振りの中でも、

しっかりりーあ色を出したい。

さも無ければ、活字に残すなんて、

「ただの恥と後悔」になる。


が!

読んだ区民の皆さんが、

りーあを狂った区民と思わずに読める詩が、

過去作の中になかなか見つからない。



文学が好きと言う訳でもない子供が読んでも、

大丈夫な詩が、無い。


うわー。

血と狂気と錯乱と闘いと、神話伝説。

親だったら自分の子供に読ませたくないし、

何より狂った詩人が区内に住んでいるのは、

善良な区民の心配の種であろう。


文学に親しんでもらおうと投稿するのに、

人々に恐怖を与えてしまう????


ひとさらいシリーズとか、

昨今の社会情勢を考えて、

文学を知らない人が読んだら、

犯罪者予備軍にしか見えないはずだ。



殺したり自殺したりする詩も、絶対駄目。


文学に親しんでいる人ならば、

作品は表現であり、

狂った詩を書く詩人が狂っている訳では

まーったく無いどころか、

予想外に正常過ぎるのを、

大前提として理解しているが、

普段文学に親しんでいない人は、

作品=作者の人柄 だと

思うのが目に見えている。




区民目線で見たら、

明らかに有害図書な自分。。。。




うーん。
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by leea_blog | 2015-08-18 20:26 | Comments(0)

ストレスの恐怖・血管が細くなる!



私の実体験からストレスで確実に血管が細くなるのではないか、

つまり、血がうまく巡らなくなるのではないか、と思ったが、

やはりそうだった。

医学会はもっと世間を啓蒙しなくてはいけませんよ。


疲労とは、単に身体的な疲労だけではなく、

精神的な疲労も、同様です。


私が

「本気で死にたくなったらともかく眠れ、眠りまくれ」

を、体験に基づいてお勧めするのも間違っていなかった。



記事を引用する。

以下。

みんな、眠ろうね。



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消えない「累積疲労」 体の疲労、心の疲労にも移行し…
読売新聞(ヨミドクター) 8月17日(月)13時24分配信

「累積疲労は、体の疲労が心の疲労にも移行する。放置すると、パニック障害や、うつ病、過労死にもなる怖い病気です」。心療内科医で、「累積疲労」という病名の名付け親でもある堀史朗さんは、そのメカニズムを説明する。

 疲労がたまってくると、血管の9割を占める毛細血管と、リンパ管がつまりやすくなる。また、体の細胞を修復する成長ホルモンの分泌が減って、死んだままの細胞がたまっていく。こうして、体のだるさを感じるようになる。

 さらに、胃腸が弱り、栄養素が消化・吸収できなくなる。特に、ビタミンや微量の重要な栄養素が吸収できず、消化や運動などの生命活動の中心でもある酵素の活性も落ちる。ますます、毛細血管がつまりやすくなる。

こうした中で、脳の毛細血管がしだいにつまっていくと、理性をつかさどる大脳の前頭前野の働きがゆっくりと衰え、神経回路網もだんだん荒廃していく。

 「つまった末梢(まっしょう)の細い血管が体内、特に脳に増えていくのが、累積疲労の要因だったのです」と堀さん。治療は、患者の毛細血管をひろげたり、修復したりして、末梢循環を改善することを重視している。

 疲労回復に睡眠が大事なのは言うまでもないが、睡眠は体の細胞を修復し、疲れをとる成長ホルモンが分泌する大切な時間でもある。だから、短時間の睡眠では成長ホルモンの分泌が十分でなく、疲れがとれない悪循環を引き起こしてしまう。

 「仕事などで平日の睡眠時間が不十分な人は、週末など休める時は少しでも長く寝てください。成長ホルモンの不足を取り返し、疲れを早く解消すべきです」


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150817-00010002-yomidr-hlth
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by leea_blog | 2015-08-17 21:32 | Comments(0)