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大人の引きこもり問題・体験談

可視化されない「大人のひきこもり」~若者だけの問題で済まされない現実に迫る~


http://bylines.news.yahoo.co.jp/masakiikegami/20151227-00052595/

Yahoo!ニュースに載っていた。

うーん、療養中のワタクシは、

まさしく大人の引きこもりである。


原因は、職場のいじめ。


もう十年以上続いている。


長年、自殺願望と自殺衝動に苦しめられた。




消えるなんて想像もつかなかった自殺願望が、

一二ヶ月で魔法のように消えた体験談は、

過去日記に書いた。


今は、死にたいとは思っても、

その衝動は微弱で、

実行する気力も無い。


で、問題は、引きこもりだ。


休んでいる職場からの電話にも出られないほど、

引き籠もっている。




私は都内で一人暮らしを始めてから、

同じアパートに誰が住んでいるのかも知らず、

女性の一人暮らしなので、

防犯上、

名前も家族構成も明かさず、

誰にも知られずに生きている。


弟とメールのやり取りをするのは、

年に何回有るだろうか???


私が死んだら、腐敗して匂いに両隣が気づくまで、

誰にも知られないと思う。



外が怖い。


食べる物を買いに出ようと、

着替えても、

玄関を開けて出る決心がなかなかつかず、

気がつくと夜になっている。



普通に、ジョギングしたり散歩したり、

買い物をする人達を見ると、

それができなくなってしまった自分と、

世間の落差を痛感する。



普通の事が、できない。


やろうとすると、物凄く葛藤してしまう。

近所のスーパーに行くだけなのに、

なんでこんなに大変なの?



うん、職場のパワハラで、心を壊してしまっているのだ。



自殺願望がほとんど無くなっただけでも、

良しとしなくてはならない。



だから、熱が高い訳でもないのに、

一日中外に出られない、

それで苦しんでいる人の気持ちがよくわかる。



世間が、そういう人達を

理解出来ないのも、よくわかる。



自分でも、

何で、昼頃起きて来て、

スーパーに行こうと着替えて、

葛藤して、夜になっちゃって、

結局外に出られず一日が終わるのか、

なぜこんなに苦しいのか、

よくわからない。



頭の中には、いつも、

職場のいじめで、

ずたずたになって、すでに死んだ自分の屍体が横たわっている。



体は生きているが、心は死んでしまったのだ。

もう十年以上も続いているので、

実質、失った人生は取り戻せない。

今後も、見通しが無い。







ただ、有り難い事に、

私は表現者なので、

外に出る理由が出来る。



例えば、

昨日の日記に書いた、

詩人たちのクリスマス展だ。




そういう時は、

気持ちの切り替えを、だいぶ前からイメージトレーニングする。



一見、「ちょっとりーあさん疲れている?」程度で、

普段と変わりない口調だっただろう。


パワハラで寝込んで、

引き籠もっているとは、

誰も思わなかっただろう。。。





自殺願望日記もそうだったが、

苦しんでいる見知らぬ方々の参考になるように、

事実を書こうと思う。





一見普通の様子で銀座に出かけていた私は、

実は、

一週間以上、

顔も洗っておらず、

シャワーも浴びていない。

洗濯も出来ないから、

汚れたり汗の匂いのする衣服はそのままにして、

まだ着ていない服を探して着て、

しのいでいる。


一見普段の私かもしれないが、

普段の私に見えるように、

大変な努力が必要だった。

多くの方の支えで、無事終了出来たが、

当日不参加という事態も、いくらでもあり得た、

綱渡りだった。





顔を洗ったりシャワーを浴びると言う動作は、

心臓に負担がかかるのだ。


息が苦しくなって来て、目の前が真っ暗になってくる。


何でだろうね。

顔を洗ったり、

風呂入ったり、

自炊したりという、

自分が普通だと思う行為をしようとすると、

風呂入っている時など、

必ず思い出すのだ、

息をするように捏造をする、職場の上部機関、

ならびに、私の現状と問題を伝えても、

見殺しにする職場の人の顔。



風呂から上がると、

体も拭けないまま、倒れ込む。


そのうち、

風呂に入るのに、イメージトレーニングをして、

何日も準備する必要が出来てしまった。




「おにぎりたべたい」と書き残して、

餓死した人を、

他人事とは全く思えない。

まったく、私の事のようだ。




おにぎり食べたかったら、


メールすればおにぎりくらい差し入れてくれる人は、

いるであろう。


が、

「ひとにそんな心配をかけられない」


と、痛切に思う。



「食べ物が無い」とメールすれば、

「どうしたの?」と聞かれるであろう。



「私の心は、職場の捏造で、もう死んでしまったの」



と、上記のやり取りを想像するだけで、

SOSを発信する気力が萎えてしまうのだ。



もう死んだ人間に、おにぎりなんか必要ない。



苦しんで来た激しい自殺願望は、

消えたと言って良い位微弱だが、

死ななくて良かった、とは、本心は、全く思えていない。



生きる意欲の有る振り、

がんばって生きている振り、

前向きな振り。

そういうものに、疲れた。



心が死んでいるのに、

前向きになれる訳なんか無いし、

単に、体が生きているだけだよ。



私の友人たちも、

弟も、

そんな話など、絶対聞きたくないであろう。。。。


でも、それが真実だ。


こういうのが、いじめの被害の実態だ。




過去、こうした状況から、

どうやって職場復帰をしたかを書いた。



もともと旅が好きな私は、

異国に行った。

脳の、苦悩を司る部分は、

日本語で悩んでいるので、

日本語が通じない国にいると、

精神的に殴打され続ける状態が、

解消する訳ではないが、

一時ストップするのだ。



箱根とか、すぐ帰れるところは駄目だった。

帰りたくなるのだ。

日本語が通じなくて、

しかも、じたばたしても無駄な、異国である必要が有った。


台湾行きは、精神病院に入るより

はるかに効いた。

一回の効果はしれているので、

繰り返した。



健康な時に旅をするのと、

全く違う。



万年床にくるまっている引きこもりの我が子を、

父親が力ずくで、

布団をはぎ取り、

床から引き離そうとするシーンを、

何かで見た事が有る。


それを、自分でしたのだ。


「嫌ー!やめてー!」と叫ぶ自分を、

自分で布団をはぎ取り、

「寝てても良いけど、台湾でね」と、

羽田に送り込むのだ。


引き籠もっている人を、万年床から引きはがしても、

さらに悪化するだけだと思う。

だから、別の寝床を用意して、

その寝床が、寝込みながらその人に何か効果を発揮するような、

そんな場所に移すのだ。


「台湾、いいですね〜」とお読みの方は思うかもしれない。



が、健康な時の旅とは、全然違う。


「嫌ー!、無理ー!」なのだ。



ただ、同じ寝込むなら絶対台湾のホテルの方が、

何かが決定的に違うのが自分で分かっているので、

投資したのだ。

ホントに、職場にこのとき掛かった金を請求したい。

健康な人にはイメージしにくいと思うが、

自分で療養所を見つけ、

治療したのと全く同じであり、

本来ならしないで良い出費だった。

その出費を、詩集出版に回したかったよ、

本当は。

本当に、ぎりぎりの選択で、

金が出て行く事そのものにも、絶望的な気持ちになった。

自殺しそうな人間が、

あの世に持って行けない金の事を心配するのか?

するのである。

なぜなのか、

その心理状態は、

過去日記の

「自殺の心理と種類」参照。





これらの体験は、

「私はどうやって引きこもりから脱したか」と

過去日記に書いたので、

引き籠もっている方、ご家族ご友人の方は、

あくまで参考だが、参考にしてほしい。

http://leea.exblog.jp/22894599/

拙ブログは、セキュリティーのため、

直接リンクが貼れません。

URLをコピー&ペーストして、飛んで下され。



今回も台湾行きを重ねて、賭けてみるか???


今は無理。

今年の2月10日の、

労働局の後藤補佐と、伊藤厚生係長に、

説明を明確に拒否された、

長年闘って来て、

はじめて明確に説明を拒否された、

この事実に、


脳がやられて、そこまで回復していない。


食べる物が無くなったら、

そのまま餓死してしまいそうなセルフネグレクト振りで、

それはよくないんじゃないか、

と自分に言ってみても、

「もう私は死んだんだし」とかしか

自分からのお返事が無い。





今は、とりあえず、眠って、

脳の損傷を回復待ちたい。


拙ブログの過去日記を参照して頂ければ分かるが、


自殺などは、

唯一の解決法は、

眠って脳の損傷を回復させる、

これしか無いと思う。

人間は動物であり、

動物は、死ぬ時期が来るまでは、

体が自動的に損傷を回復しようとしてくれる。





































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by leea_blog | 2015-12-27 17:01 | Comments(8)

クリスマス展終了・多くの方に感謝


銀座のクリスマス展が、無事終了した。

療養中の身ゆえ、
無事参加出来て無事終了出来るのか、
当日まで実は分からなかった。

多くの方に支えて頂き、
ご多忙の中ご光臨も賜わり、

すれ違いでお会い出来なかった方々もおられ、
深く感謝を申し上げる次第。

とはいえ、クリスマス展は、私が主催している訳でも何でも無い、
横山克衛氏主催のグループ展で、
私は参加者の一人に過ぎない。

こんな気楽な立場なのに、
かなりのエネルギーを要した。

主催者の苦労はいかばかりであろう。

私もイベントを主催する事があるので、
その苦労は、想像するだけで以下略である。


色々と触発される時間であった。

朗読会も、個性が豊かでよかった。

今年は初挑戦のアクセサリーを出品したが、
思いのほか、評判が良かった。

朗読には自作のアクセサリーをまとってのぞんだ。

「詩の発生は、あんなかんじで、
昔は唄でも無い、読みでもない、という、あんな感じで詩が詠まれていたのだと思う」と、花潜幸さんが

私が普段言っている事を言ってくれて、

そうでしょうそうでしょう、私もそう思って、時間と空間を越えるものを空間で共有したかったんです、と、嬉しかった。

海の今日子さんには、

今回は和の雰囲気も出て来た、と言ってくださり、

板橋区の詩の朗読で、

中川道夫さんに

「りーあのは、今様だね」と言って頂いた、

その流れで、

本来私が子供の頃から魅了されている、

和のテイスト、これも、今後もっと加味して行く事になるでしょう。


搬出も迅速に行われ、

息切れがして画廊近くのドトール珈琲で煙草を補給していると、

聞き覚えのある声がした。

なんと、

搬出が完了した皆さんが、

煙草を吸わないのに喫煙コーナーに来ているのを発見、

合流し、

有意義なお話を交わせた。

皆さんが禁煙コーナーで話していたら、

気づかず合流出来なかったであろうと思うと、

偶然に感謝である。


ところで!

詩人関係は、

携帯を持っていない人や、

ネットをやっていない人が

意外と多い事実に直面しまくっている!

まあ、私本人が、

パソコン能力が石器人並みで、

Facebookの使い方がいまだに分からないし、

Twitterはすぐ嫌になったし、

携帯だって、

かばんに入れっぱなしで携帯してる訳じゃないし、

着信があってもほとんど気づかないし、



使わないで済む人々の気持ちもよくわかる。


とはいえ、ネットの恩恵は、

率直に言って、測りがたい。

拙ブログ、

「インターネット不要論?有用論?」参照。

少なくとも、

ネット出現以前には、

情報操作から身を守るすべは踏ん張って立つ事しかなかったが、

ネットの普及により、

踏ん張らなくても、簡単には情報操作されなくなった。

これって、かなり重要です。


と、そのようなわけで、

ようやく一息ついている次第です。

皆さん、色々ありがとうございます。

と、
まずは、多くの方にお礼を申し上げたい。





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by leea_blog | 2015-12-26 18:53 | Comments(0)

年末雑録・捏造などについて・「存在の耐えられない軽さ」のこと。



チェコの作家、ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を読んでいる。

「不滅」は、大変豊かな小説だったが、こちらは、タイトルで想像出来る以上に、

辛い話だ。

が、引き込まれる。

ぐいぐいと。

その魅力は、後日語る事にする。

三分の一ほど読んだ段階で、脳から快楽物質が出まくった。



暇つぶしが必要な人は、是非読んでほしい。

暇つぶしとしても、気軽に読める語り口だ。

暇つぶしになるのに、読んで人生の事を考える視点を得られる、

しかも全く押し付けがましくないので、まさにぐいぐい読める。



この小説の重さは、

要は、意味があるように見えるというか、そう思いたい人生と言う物が、

人生だけではなく歴史も、気づいたら、耐えられないほど軽いのだ、

そして、読みながら現在の日本に生まれて助かった、と思うような読者がいたら、

それは認識していないだけで、本質は同じだ、と語られる重さである。


お釈迦様がおっしゃるように、人生は苦である。

一神教は、人間は楽園から追放された状態と教える。

気づいたら耐えられないほど軽いなら、気づかない生き方もできるが、

それは果たして、賢明であろうか?

本当に良い生き方なのか?

それで納得出来るのか?

つまり、気づかない生き方は、猿の状態に戻る生き方ではないか?

猿でもいいなら、それはそれで良い人生である。

まあ、こんな事を書くと、「そんな本読みたくない」と

思われるかもしれない。

かいつまむだけだと、

人生や命や尊厳の重さを考えるのに慣れた人々は、

「そんなの間違っていると思う」と感じるかもしれない。

が、

「クンデラさん、あなたはこの本で、沢山重要な、考えるに値する事をおっしゃっています。大変おもしろい、とても重要なお話ですね」

と、クンデラさんと居間でくつろぎながらやり取りをしている心地になるのである。

そして、人生も、いや歴史も、埃や羽毛のように軽い、という視点は、

読まなかった人より、読んだ人の方が、格段に人生が生彩を帯びるのである。


私が以下に綴る雑録・メモのような記録のような物も、

尊厳がどうのと言っているが、

それは、私が尊厳が重要な物であるという前提を、教えられて育った国故に、

私は苦痛を表現する時に尊厳とかいう言葉を用いているに過ぎない。

以下は、今後の為のメモである。









登場人物の一人が遭遇した状況で、手が震えた。

チェコの写真家の女性が、ロシアのチェコ侵攻後、職場を追放されて、場末のホテルのバーで働く。

お客に、秘密警察の男が居る。

ある日、バーに、未成年らしき少年が来る。

未成年にアルコールを出す事は禁じられているので、

女性は、レモネードにするように告げる。

未成年が帰った後、一部始終をカウンターで見ていた秘密警察の男は女性に、

「未成年にアルコールを出す事は禁じられている」と告げる。

女性は、「だからレモネードを出したじゃない」と言う。

秘密警察の男は、

「レモネードにあんたが何を入れたか見たぞ」と言う。

女性は、もちろん何も入れてない、ただのレモネードを出したのだし、

男もそれをちゃんと分かっている上で、

敢えて言っているのである。

慄然以外のなんであろうか。

こういう人達に、どうやって対抗したらいいのであろうか。



この描写は、私が置かれている状況を思い出させる。

職場の上部機関に依る捏造に苦しんで、

私は療養中の身である。

まさに、こんな感じで、事実関係は捏造されて行った。

「はあ?何を言っているんですか?」と驚愕するわけだ。

つまり、お互いレモネードにアルコールを入れていないのを知っている上で、

相手に「何を入れたか見たぞ」と言う状態である。



「はあ?レモネードに何も入れてないのは、あなたもカウンターに座っていて一部始終見ているでしょう?」という状況で、入れたのを見たと断言される狂気の状況。

まさに、こんな感じです、私の状況。



ところで、人事は、私が寝込まざるを得なくなった理由を知っているのに、

この三ヶ月何もしてくれないで、休職の同意書の督促はする。

同意書って、そもそもなぜ同意が必要なのか、分からないし。

同意しなかったらどうなるの?

そもそも同意しない自由が、あるの?

何か訳が分からないが、いずれにしても、

庶務課の主任から、人事からの要請だとの事で、督促を受けた。



私が寝込んで三ヶ月、

人事は何をしてくれた?







私は、いじめを見ているだけの人も、いじめに加わっているのと同じだという認識である。

見殺しにされる苦痛を、想像してほしい。

いじめと見殺しは、通り魔に殺される理不尽よりも、継続するだけに、尊厳を破壊する。

ちなみに、東京労働局の厚生係長は、過去、私が死にたいほど苦しんでいるという話をしたら、私の同意無しに、主治医に電話で告げ口した。同意無しに、しかも電話で。

個人情報はどうなっているのだ?

大体、厚生係の捏造で私が心療内科に掛かっているのを厚生係が一番知っているのだから、私の同意無しで主治医に、しかも電話で告げ口するとは、一体全体、どうなっているのであろう。

死にたい人を止めるなら、精神病院の閉鎖病棟でベッドに拘束する以外に、死にたい原因を取り除く事があるのだが、

原因を作っている厚生係が原因を取り除こうとしないで、私を精神病院の閉鎖病棟に、私の金で送り込むつもりか?

ちなみに、病院に掛かっている経費だけでも取り戻したい、と労災申請を考えているが、厚生係と庶務係長から、労災申請をあげても通らないから無駄だ、と言われた。
どこのブラック企業だよ。


殴られたら、相手は痛い。

捏造したら、相手は怒る。

捏造を繰り返したら、相手は人生に意味を失う。

ごく予測出来る事だし、普通の反応だと思うが?



捏造を重ねたり、取り消したりしない事は、精神的に相手を殴打し続けるのと同じである。捏造された事実は、捏造を取り消さない限り、殴打を死んだ後も続ける事を意味する。

話がどんどん捏造され、説明してくれと言っても拒否されたら、死にたくなってもおかしくないでしょう? 私の、基本的な尊厳に関わる事なんだから。
ちなみに、違法支給にかかわる私のこの問題は平成13年に発生した。

十年以上も、根気づよく闘い続けているのだ。

今年の2月10日には、後藤補佐と厚生係長が私の職場に来て、

説明する気はないと明言された。

それ以来、私は激しい目眩にも苦しめられ、循環器系の検査も受けた。



捏造を繰り返され、死にたいとか殺したいとか、うっかり本当の心情を言おう物なら、

自分の金で精神病院の閉鎖病棟に送り込まれる危機。


自分の本心を、ジッと押し殺し、死にたいとか殺したいとか本当は切実に思っても、言わない、この状況って、「存在の耐えられない軽さ」で描かれる、ロシア侵攻後のチェコの登場人物たちの遭遇するお話と、どう違うのか?

自由をうっかり口にしたら、どうなるのか?

違わない。

いずれにしろ、人事には、なにか文書で現状を報告し、回答を得ておかないと、

また私の知らないところで、話は捏造されて行くのだろう。

何しろ、私の発言が色々捏造され続け文書に残されているのだから、

こちらも文書で抗議しておかないと。。。。

総務課宛に庶務を通じて送った問い合わせのファックスの返事は、

一向に来なくて、それも、私を寝込ませる原因の一つだが、

とりあえず、人事には「職員を寝込ませている現状をどうお考えか?」という、

お考えレベルでいいから、返事が欲しい。

「上司の不始末部下の責任」とか、
「運が悪い。ご秋霜様」
とか、そういう事なんだろうけど、思っている事を、明言してほしいものだ。



作る文書の文面を考えるだけで、激しい苦痛に襲われる。

とりあえず、庶務課の主任宛に、

同意書の画像をメールで送った。

ちなみに、督促を受けているのは、

私が庶務からの郵便物を恐怖心から開けられず、

返事が遅れたからなのだが、

私が庶務からの郵便物をなぜ開けられないかは、

庶務課長にずっと前から説明してある。



厚生係からの、私の問い合わせには一切答えず、
三百万近い金銭の請求だけを繰り返す、
その「私の問い合わせを完全に無視するあり得なさ」が、怖いのだ。

日常業務において、一円たりとも、
説明しなかったり事実関係を捏造したりして、
相手から回収出来ると言う事は無い。
いわんや三桁の金額においておや。
そんなの、職員なら誰でも知っている事だ。

いや、職員じゃなくても、そういう事は、
普通通用しない。
通用すると思っている人の、頭の中が全く不明で怖過ぎる。


だから、庶務から何かの書類が郵送される事が発生すると、
要返信の場合は、事前に
「こういう内容を送るよ。いつまでに返信してね」と内容を言われれば、
対応して来た。


で、同意書の原本を早急に送れとの事なので、

事情を話し、冷静になりたいので少し待ってほしい由を返信したおいた。

待てないならそういってほしい。






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by leea_blog | 2015-12-24 22:48 | Comments(4)

2015クリスマス&年末・詩人と美術家のアートパーティー展・銀座

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一番左端の、「海域神族の髪飾り」は、

特に使用法が皆さん分からないとの事で、

使用例をイラストにして壁に貼っておいた。

コームの両端に、ビーズが垂れ下がっている作品だ。

頭部のやや前方にコームを挿し、

頭部の左右に、ビーズが垂れ下がる形だと、

横から見ると大変美しい。

また、髪を後でまとめて、

コームを後に挿せば、

首から背にビーズが垂れ下がり、

大変華やかな後ろ姿となる。

これは、顔の角度、

頭部の動きにあわせてビーズが揺れ、

大変表情の有る髪飾りだ。

垂れ下がるビーズの長さが違うので、

横から見ても変化に富んでいる。


下の画像は、朝露の園の金のネックレスの部分。

イスラム圏の花園の朝露をイメージした。

スワロフスキーと水晶玉が揺れる。

みんな見に来てね。




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by leea_blog | 2015-12-22 23:35 | Comments(0)

銀座でクリスマス展開催中! 作家物が安い!

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銀座のギャルリー志門で、

恒例の詩人と美術家のクリスマス&アートパーティー展、開催中です。

今年は、遠目で見るよりは近くで観た方が断然素敵な作品が、

いつもより多数です!

じっくり近くで覗き込んで下さいまし。

画像は、代表の横山克衛氏の油絵。

オイルをたっぷり使い、色の美しさが際立つ作品です。


で、今回の展示は、

「え? この値段あり?」という程、

お手軽な価格の物が色々あります。

売っちゃったら作者、きっと後悔するぞ、な値段のものが色々。

かく言う私も、

「売れちゃったらどうしよう」と、

後で後悔する値段で出しました。

毎年、

絵画作品を出しますが、

今年はアクセサリー。

後で似たような物が作れる、と思って低価格にしましたが、

もう同じ物を作る根気が無いです;;


「王都の守護者の首飾り」などは、

現品限りの色のスワロフスキーのビーズを使っているので、

もう同じ物は作れません;;

今回のアクセサリーは、

体の動きにあわせて揺れる様を重視した、

あったらいいな、でも無いから作っちゃおう、という物です。

二メートルのラリエットなど、売ってないしね!

一重に巻いても良いし、

二重に巻いても良いし、

たっぷり長さがあるので、

揺れる表情が素敵なラリエットです。


腰に巻いても良いし。

色々使えて飽きが来ません。







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by leea_blog | 2015-12-22 22:31 | Comments(0)

2015クリスマス&年末・詩人と美術家のアートパーティー展・搬入完了


銀座のクリスマス展の搬入に行って来た。

今年は、アクセサリーを六点出しました。

他の皆さんの作品も、なかなかおもしろいです。

触発されました。

福袋が、激安。

500円で作品まで入っているのもあるらしい。

皆様、ご多忙と思いますが、

是非銀座のギャルリー志門にお運び下さいまし。


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2015クリスマス&年末・詩人と美術家のアートパーティー展が、

今年も行われます。

今年は、銀座のギャルリー志門です。


2015・12・21(月)〜26(土)
11時〜19時(最終日13時まで)

●詩の朗読とアートの夜
25日(金)16時30分〜18時30分
2000円 ドリンク&クリスマスのプレゼント付き
出品者(詩人&美術家)の生の声をお聞きにいらして下さい。


西野りーあも朗読します。


参加者。五十音順。

秋庭妙子・海の今日子・岡島弘子・小島きみ子・生野毅・西尾路子・西野りーあ・浜江順子・山内理恵子・吉田ゆき子・渡辺めぐみ

代表・横山克衛


会場・ギャルリー志門
東京都中央区銀座 6−13−7
新保ビル3階
電話03−3541−2511

地下鉄東京メトロ
銀座A3出口より徒歩5分
東銀座A1出口より徒歩2分





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by leea_blog | 2015-12-19 23:42 | Comments(2)

鴻上尚史「恋愛王」より、島尾敏雄「死の棘」


鴻上尚史の「恋愛王」を読んだ事は、先日ブログに書いた。

その中で、他にも印象に残っている章がある。

島尾敏雄の「死の棘」に言及した章だ。

以下、書き出しを引用する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その昔、ある有名な映画監督の背中に一文字の見事な切り傷があって、助監督が「監督、その背中の傷はなんですか?」と質問したところ、
「いえ、なに、女にね、・・・・包丁でね」と、言葉少なに語ったそうです。
 その監督は、恋愛映画の名人だったらしく、それ以来、女に包丁で切られた傷のないような男には、女は描けないという風潮が定着したそうです。映画全盛期の頃のお話です。
 このエピソードを読んで、僕が何を思ったかというと、「うむ。女に切られるような奴は素人だ」ということでした。

 僕なんか、その昔、女が包丁を持って迫って来た時は、腰を伸ばした座椅子を胸の前に掲げて、プロテクター代わりにして、闘ったものです。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


なかなか引き込まれるような書き出しではないか?

女に包丁で切られるのもナニだが、
女に切られるよな奴は素人だ、とうそぶくのも凄い。


うーん、作品の中でドロドロするのは私は大好きだが、
というより、むしろドロドロしない恋愛は描きたいとは思わないが、
リアルでは、切ったり切られたりする恋愛は、避けたいものだ。

座椅子を持ちながら、鴻上尚史は、このドロドロをとことんまで突き詰めたら、どうなるのだろう、と考えていたそうだ。

「この男と女の修羅場を、とことんまで走ってみると、どんな風景が現れるのだろう。」


これはわかりますね。

トラブルの真っ最中でも、作品になるような貴重な経験だ、この先どうなるのか、と本質についての探究心が湧く状況。


そして、鴻上尚史は、島尾敏雄の「死の棘」を紹介する。


「そうです。その本は凄まじい本でした。
『死の棘』。この500ページを越える分厚い本は、最初から最後まで、このドロドロだけを描写した本でした。ひぇーっ。」



死の棘、昔読んだし、映画も観たなあ。

が、よく覚えていないので、

もう一度、その凄まじいドロドロを読んでみようかな?



実話に基づき、夫の浮気を知って妻がおかしくなって行く話だ。

浮気というのは、実際、「尊厳」を傷つけられる事だ、と私は思っている。

隠していた浮気が発覚、となれば、今までの時間がすべて偽りの悪夢だったという事になってしまい、今後の生き方に支障も出る。

配偶者を殺す気になれないなら、浮気はしない方が良い。


死の棘に関して、鴻上尚史が思う事は、

「男と女は、本当に異文化なんだなということです。いえ、ひょっとすると、人間一人と人間一人とは、どんなに分かりあえていると思っても、文化が根本から違う、つまり異文化なんだなということです。」

うーん。

まあ、若い人向けに連載したエッセイだから、

若い人にそういう視点を提示する事は重要だが、

私のような歳になると、

一人一人が根本的に異文化なのは、当たり前で、

だからこそ、少しだけでも分かり合えた気がするのは、

とても重要で、有り難い事なのだと思う。


私の場合、父母がまず家庭内異文化で、

いまだにどういう考え方の人かわからないから、

家庭の外で出合う友人たちが、異文化なのは当然として、

歓びと感謝に、私は満ちていた。

異文化は、自分を見つめなおす気づきをくれる、

重要な存在だと思う。












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by leea_blog | 2015-12-18 09:51 | Comments(0)

妊婦と間違えられる事・電車の中での暴力寸前の事


今日は医者の日だった。

新橋から新宿に向かう山手線の中で、

アジア系外国人と思われる男性に、

席を譲られた!

言葉はわからないが礼儀正しい方で、

深く感謝である。




が。まただよ。

老齢でもないので、

またしても妊婦と間違えられたのだろう。


私は手足が細いので、

お腹に肉がつくと、

なぜか手足は細いままなので、

たちどころに席を譲られる体型になる。


こういう場合は、

有り難く深くお礼を言って、譲って頂く事にしている。


譲る方も、勇気を出して声をかけて下さっていると思うので、

ありがたくお受けする事により、

本物の妊婦さんに譲る時に、

「本物の妊婦かな?太っているだけだったら失礼に当たらないか?」と

悩まなくて済むとおもう。


私はけして、すわりたいと思っている訳ではない。

が、座っている方の、ちょうど目線の位置で、

立っている私のお腹が主張しているらしい。




こうした事例は、実は私はよく経験する。

痩せなくちゃ、と焦るとともに、

心優しい皆様が、沢山いらっしゃるという事実に、

年末の慌ただしい時期、心にじわっと来るものが有る。



一方、同じ車両の中で、

私の座っているちょうど向かいの席では、

一波乱ありそうな事態もあった。


床に置いた自分の荷物を何度も蹴り、

座っている人の足に、

挑発的に当てる人がいたのである。

「うわ〜。怖い。関わったらいけない。

挑発されている若い男性、我慢出来るかな」

とみていると、

挑発していた男性は、

傘のてっぺんの部分を持ち、

握りの部分を威嚇的な角度に向けながら、

周囲に体当たりしつつ

浜松町で居りて行った。














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by leea_blog | 2015-12-15 21:56 | Comments(0)

2015クリスマス&年末・詩人と美術家のアートパーティー展・銀座



うわ〜。

銀座のクリスマス展が、もう来週に迫っている〜。

作品作り、最後の追い上げ中。

年末とクリスマスで、皆さんご多忙と思いますが、

ぜひ銀座に脚を伸ばして下さいまし。




2015クリスマス&年末・詩人と美術家のアートパーティー展が、

今年も行われます。

今年は、銀座のギャルリー志門です。


2015・12・21(月)〜26(土)
11時〜19時(最終日13時まで)

●詩の朗読とアートの夜
25日(金)16時30分〜18時30分
2000円 ドリンク&クリスマスのプレゼント付き
出品者(詩人&美術家)の生の声をお聞きにいらして下さい。


西野りーあも朗読します。


参加者。五十音順。

秋庭妙子・海の今日子・岡島弘子・小島きみ子・生野毅・西尾路子・西野りーあ・浜江順子・山内理恵子・吉田ゆき子・渡辺めぐみ

代表・横山克衛


会場・ギャルリー志門
東京都中央区銀座 6−13−7
新保ビル3階
電話03−3541−2511

地下鉄東京メトロ
銀座A3出口より徒歩5分
東銀座A1出口より徒歩2分






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by leea_blog | 2015-12-14 20:48 | Comments(0)

捨てた人形が戻って来る話・続報


今年も後わずかしか残っていない!

大変だ。時間がない。

相変わらずの、「時間の無さ感」。

やる事が山積しているのだ。


ところで、

神楽坂詩の会でお会いした、

歌人で詩人の、安井高志(ペンネーム:浮島)さんから、

メールを頂き、ご本人のご了承を得てアップします。

詩の会の三次会では、原詩夏至さん、安井高志さん、
りーあの三人で、蕎麦居酒屋で、
熱い討論が交わされました。


原詩夏至さんと、人形を巡ってメール交換をしました。

噛み合っていなさ、でこぼこ振りがおもしろいので、

通りすがりの皆様にも何か感じるきっかけになっていただければ、と思い、

アップしてものです。

その日記は、以下。

捨てた人形が戻って来る話をよく聞きませんか? 
【呪術としての日常・人形】試論
http://leea.exblog.jp/23730682/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、直接リンクが貼れません。
URLをコピーしてペーストして、飛んで下されたし)

捨てた人形が戻って来る話、

考えてみれば、

「聞いた事が無い」人の方が少ないのではないか?

子供の頃、まことしやかに語られませんでしたか?

語られたよね?

本気で怖かったです。


安井さんに、以下のように書いて頂けて、
公開した甲斐もありました。
  ↓

>なんなんでしょうね。お二人のやり取りをみていると私自身も
>なにか語りたくなってしまいます。

「読む事」は、何かの体験に巻き込まれるのだ、と思っています。





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早速ブログの記事を拝見させていただきました。


  すごーく陳腐でステレオタイプな発想過ぎて、
  なぜ原がりーあの表現にコメントしようとすると
  陳腐でステレオタイプになるのか、
  (これは、以前からだが)
  私にとってはいまだに謎だ。

この部分のコメントですが、たしかに私にも謎です。
先日の飲み会でも感じたのですが、本当になぜなんでしょうね……?

  思うに、ああいうのは、単なる「情報」「イメージ」ではなく、
  その根底に「物質」性が担保されてるところが、貴重なんだ。
  つまり「手触り」とか「重み」とか「かさばり?(現実的な空間の占有)」とか、
  そういう、日頃「詩歌文芸」ばっかりやってると
  ついついおろそかになりがちな、
  ごくプリミティブかつ根源的な「マイナー系五感」の活性化ないし再発見だな。

この部分に関しては頷く面もあり、「いやいや言葉にだってプリミティブなものはある」
などと反論したくなったりぐちゃぐちゃです。

なんなんでしょうね。お二人のやり取りをみていると私自身も
なにか語りたくなってしまいます。

面白い記事でした。

安井高志(ペンネーム:浮島)




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by leea_blog | 2015-12-12 12:51 | Comments(0)