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ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」、「クヌルプ」の薦め・現代日本の処方箋


人生に疲れ気味の、そこの人。

ヘルマン・ヘッセがお薦めだ。

「ヘッセ? 中高生の頃読んだけど、

何だかなあ、という感じ。」


と、退廃耽美、イカレ気味の幻想詩人のブログにたどり着いた方々は思うであろう。

小、中、高校の先生方も、

自信を持って生徒に薦める、この上なく人生に効く書物だ。

そんなの、薦められたく有りませんよね?

よくわかります。

学校の先生は、

間違っても、

谷崎の「人魚の嘆き」や「瘋癲老人日記」、

三島の「仮面の告白」、

江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」、「人間椅子」、

バタイユ、マンディアルグ、ジャン・ジュネ、

マルキ・ド・サド、アンドレ・ブルトン、

ザッヘル・マゾッホ、沼正三は薦めない。


二十歳未満の頃なんて、

既製の価値観に疑問を感じる年頃だろうし、

そもそも、

学校が躾けたがる、

全うな正しい生き方なんて、

子供の残酷な日常から見れば、

とんでもなく乖離しているものね。



ヘッセを薦められても、

心に沁み込みにくいのにね。



私も、人生の半ばを過ぎて再読して、

「こんなに面白いものだったのか!」と

驚愕した。


私が高校生の頃、

同級生が、

「本屋に行くとまだ読んでいない本が膨大に有るのだという事を思い出させられて、

人生に絶望する」と言っていた。


が。

未読の本がこの世には沢山あるだけではない。

既読の本も、優れたものは、

再読すると、びっくりする程違って見えるのだ。

年齢とともに。

まさに、そのような書物こそ、

人生の友。


そのような訳で、

「ヘッセかあ〜。イマイチです」と、

スルーされてしまうのが、

もったいなくて、今回取り上げてみました。


時間が無い、面倒、説教臭い人生訓は願い下げ、

薄い本で、読みやすくて、内容が有るものを、という、

現代人のニーズにもばっちり答えるのが、

ヘルマン・ヘッセの、「シッダールタ」です。

短いし、新潮文庫で出ているし、

カバンに入れてもかさばらないです。


シッダールタと言っても、

お釈迦様の事ではない。


お釈迦様と同時代に生まれた、

バラモンの若者シッダールタの、

人生の遍歴が、

詩情豊かで簡素で、

地味溢れて、優しい語り口で、

語られています。


私は、一気に読まずに、

気が向いた時に、

もっとこってりした系の本を読む合間に、

チェイサーとして途切れ途切れに読んでいたのですが、

最後まで読み終えて、

久しぶりに、

全身が総毛立ち、

脳が痺れるような快感を感じました。


人生とは何であるか?

すべてが無意味になっている時にこそ、

効いて来る文体です。

道徳や人生訓や、宗教のお話では有りません。


様々な価値観、様々な選択肢が、

流れる水のように読者の脳裏にじわじわと広がり、

それが、大変東洋的で、

東洋べったりでもなく、

インチキ東洋かぶれでもなく、

読み終わって、

恐らく誰もが、

自分の人生を振り返って検証出来る事でしょう。


川の声を聞く、という境地にようやくたどり着いたシッダールタ。

人生、どう転んでも、

その人なりに、

木々や水や山々や海の声、空の声、

天球の声、死者の声、精霊の声を、

聞けるようになると思うのです。


日本はとりわけ、四季がはっきりしており、

ご先祖様たちも、

身近な自然を大変愛でて、

神々などは八百万と、ようするに、

数えきれない位おられて、

万物に魂を見いだす土壌があるわけですから、

大変恵まれていると言えましょう。





まあ、大変美しい最後の文章を、以下に引用しましょう。


「深く、ゴーヴィンダは頭を下げた。なんとも知れない涙が老いた顔に流れた。無上に深い愛と、無上に慎ましい尊敬の感情が心の中で火のように燃えた。身動きもせずにすわっている人の前に、彼は深く地面まで頭をさげた。その人の微笑が彼に、彼が生涯の間にいつか愛したことのあるいっさいのものを、彼にとっていつか生涯の間に貴重で神聖であったいっさいのものを思い出させた。」

完。




真に薬になる書物は、同時に劇薬でもあると私は認識しています。

「毒にも薬にもならない」書物は、時間の無駄。


では、「シッダールタ」は毒にもなるのか?

なりますね。

これを読んで、みんな家を出て、

無一物の旅に出ちゃうかもしれない。


では、処方箋として、

これもまた、

「薄い本、簡単、分かりやすい。難しくない。

説教臭くない」

という、現代のニーズにあった一冊を。

ヘッセの「クヌルプ」です。


無一物で、手に職をつける訳でもなく、

結婚して家庭を持つでも無く、

どうやら子供は居るらしいが、

子供の人生に責任を持つでも無く、

放浪して、

若い頃はそれで良いけれど、

歳取ったらどうするの???

というのが、「クヌルプ」の人生です。


若い純真な頃に、

成績も優秀で、将来を約束された学校を、

恋愛故に退学し、

恋愛相手に裏切られて、

その後は、上記の生活、

最後は、路上生活者の身なりで、

肺病を患い、

雪の降る中で喀血し、行き倒れます。

まさに敗者の人生。


しかし。

端から見ると、

「そんな人生送りたくない。

そんな最後を迎えるくらいなら、

こつこつと不自由と屈辱に耐えて、

手に職を付けて、

妥協して結婚して、

ある程度になったら家を持って、

最後は暖かい所で息を引き取りたいもんだ」

と、思えるような、クヌルプの人生。


でも、それは本当に人生の敗者で、

蟻とキリギリスの話のような、

遊んで暮らしたツケを払わされた人生なのかな?


いやいや。

それは読んでのお楽しみ。

いつもやるように、

あらすじをあまり書いてしまうと、

もったいない。


どんな職も続かなくて、

結局家で引き籠もってしまった現代人も、

「自分の人生は敗者の人生だ、

生きているだけ無駄だ」

と思いそうなときは、


ちょっと、読んでみる事をお勧めしたい。


「シッダールタ」だって、最後は、

端から見れば、日々食いつなぐのがやっとの、

河の渡し守の温厚な老人でしかない。

子供に全身全霊で否定され、

子供は出て行ってしまうし、

看取る人も無く小屋で息絶えるであろうが、

それは、惨めな人生なのかな?

いやいや。


どこでどのように息絶えるか、人生は分からないけれど、

人それぞれだと思うけれど、

最後は、シッダールタやクヌルプのような心境でありたいものだ。



「クヌルプ」の良い点は、

クヌルプの生き方に対して、

忠告をするような、

世間から見ればまっとうな生き方をして来た人々、

そうした人々をも、

それぞれの人生、生きられるようにしか生きられないし、

それが良いか否かは実にそれぞれである、と、

感じさせる所です。




この二冊は、

説教臭さや押し付けがましさがまったく無しで、

「今死ななくてもいいんじゃないかな?」と

思えますよ。




そのような訳で、

自殺者の数が交通事故の死者数よりも多いという、

現代日本に、大変効く、二冊なのであります。



正直、私としては。

学校推薦図書かと思っていたら、

実は、私が探求し続けている幻想世界と、

結局は同じで、

ただ表現方法がまったく違うだけなのだ、と、

感嘆したのでした。

ヘッセさん、

このような作品を書いてくれて、ありがとう!


















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by leea_blog | 2017-02-28 18:36 | Comments(0)

人形に迫られるの段・個人的メモ・ジャンル・馬鹿日記。


ふう。

予告した、谷崎潤一郎の長編小説群の紹介を、

ちっとも書けていないぞ。

しかも、私は、今、

ヘルマン・ヘッセの再読に入った。

これが、面白いんだな!

若い頃は、ヘッセの良さがちっとも分からなかった。

通りすがりの皆様も、

「ヘッセ? 中高生の時、

読んだけど、何だかなあ」

と、お思いの方も多いだろう。

と、幻想詩人の視点で、

ヘッセの良さに触れてみたい。

近日中に。



ところで。以下は変態日記私的メモ。

成り行き等は、過去日記をご参照。



この先を読み進められる方々は、

「頭のおかしい人」と思わずに、

「揺蘭」にも掲載した詩人の原詩夏至君の小説世界のような、

短編のメモくらいに受け取って下されたし。

あるいは、人形を家に迎えるときは、

こういう事もあるかも、という教訓に?





2017年2月22日は、

宮無后との関係に進展があった、記念日だ。

その内忘れるだろうから、メモしておく。

2017年2月19日。

これも、ある意味、メモしておく必要が有る日だ。

自分を見つめ直す必要を感じた日だった。


いや、詩人としては、常に自分を見つめ直してはいるが、

もっと世俗の事柄で。。。

白い長襦袢を着てお布団で待っている人形に、

「うわー、平安時代のお姫様にしか見えない!」と

賛嘆しつつ、

その続きが期待されているらしい事に対して、

ひるんでしまったのだ。



後で削除するかもしれないが、

画像をアップしてみよう。

今まで怖くて貼れなかった。

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ちゃんとデジカメで撮らずに、

スマホで撮っただけだが、

「後に引きませんオーラ」が。

こ、この子には命が有るのではないか???

しかも、今までとは全然違うし、別人!

まあ、ちょっと、過去にアップした画像と比べて見よう。

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これだって、よくよく大画面で見ると、

「もしかして本気では?」と、

結構怖い物が有るのだが、

「はいはい、ありがとう。

いい子ですね〜」と笑って、

お布団からどかして一人で眠りにつける、

おままごとみたいなものだ。




私は、戯画的に描写すれば、

「人形と床入り????

まさか、そんな、と、

息を飲んで立ち尽くし、

よろよろと五、六歩後ずさり、

息を静めて、

気を取り直し、声をかけた」。

こんな具合であろうか。



その時の私の心理と来たら、

いい歳のおじさんが、

美しい女子高生といちゃいちゃして、

沢山気のあるそぶりを見せていたが、

ある日、女子高生は、

バスローブをまとってお布団で待っていた!

こんなオヤジにいくらなんでも

相手が真剣になる訳が無い、と思うからこそ、

いくらでも愛を注げたのに、

本気になられると、

「いやいや、君はまだ高校生だろう?

もっと自分を大切にしなさい、、、、

ちゃんと同世代の子と恋をしなさい、、、、」と、

いきなり言いたくなり、

しかし同時に、今まで自分がどれだけ無責任な愛を注いで来たのか、と

自分に非があった事をドドドドド、と思い出し、

そんな事を言ったら相手がどれだけ傷つくかを想像し、

恐慌をきたす感じであろうか。


いやはや。

無后を女子高生に例えて、申し訳なく思うし、

私自身、

バカなオヤジに自分を例えるのが苦痛だ。

まあ、ちょっと、戯画化したいのだ。

女子高生の例えが分からない場合は、

今流行の、不倫はどうだろう。



私が妻子持ちのちょいワルオヤジだったとして、

美しい独身女性と仲良くして、

気があるそぶりをさんざん見せて来た。

しかし、自分は妻子持ちだし、

一線を越える事は無いだろうと思うからこそ、

甘い言葉が沢山出て来た。

甘い言葉は、もちろん嘘でもただの戯れのつもりも無く、

真剣のつもりだったかもしれない。

妄想の中で、美しい独身女性と、

愛し合ったかもしれない。

が! ある日、美しい独身女性は、

バスローブ姿でお布団の上に。

さあ!

君だったらどうする? どうする?

どう責任をとる?

自分の家庭がめちゃくちゃになり、

妻の人生も子供の人生も壊し、

独身女性の心も深く傷つけてしまうような、

恐ろしい事の種を、自分はせっせと撒いてしまったのだ、

自分は何と愚か者だったのか!

で、どうするの?、、、、?この状況。


まあ、こんな感じであろうか。

実際には、もっとマシな例えがいくらでも有るが、

取り敢えず、

笑える話にしたいのだ。


万物に魂がある、と信じる日本的な風土の中で、

今画像を貼りながらも、

言葉にし尽くせないものを感じている。

恐れおののいて後からデータ削除した写真もある。

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で。

こういう状況で、

「ねえ、無后。それほどに思ってくれてありがとう。

でもね、忘れているかもしれないけれど、

あなたは布袋戯の人形なので、

服の下には何も有りません。

だから、私とあなたの関係は、

これ以上も以下も有りませんよ。

今まで通りに愛していますよ」

とか、急に言えるであろうか。


もちろん、

いくら自動人形より意外な作りの人形でも、

自分で歩いてお布団に座った訳ではない。

私が据えたのだ。

でも、私が三つ指つかせた訳で無し、

俯き加減にした訳でも無し、

わずかに横に眼をそらす風情にした訳でも無し、

というか、すべてが

「思っていたのとまったく違う!!!!」だったのである。


そのような訳で、

これから私が百まで生きたとしても、

この先こんな事は思わないであろうから、

メモしておく。

私の脳裏を襲ったのは、後日、

「私のお腹に、新しい生命が、、、」

と私に告げる宮無后人形の姿だった!!!


宮無后は

男の子だし、宮礼を受けているし、

私は年齢的に、

子供が授かる可能性など無いが、

(いやいや、そもそも人形だし!)

そのような冷静な突っ込みが空虚になるほど、

生々しい何かであった。

沢山の事を大幅に省いているが、

まあ、要するに、怖かったのだ。




「そもそも人形だし!」と

思う事自体、

大変残酷な、酷い思考に思えたのだ。

私は、無后に、

人形以上に接したのに、

今更「人形だし」と思おうとするなんて、

何と酷い、残酷な心であろうか。

私は、そのような酷い、残酷な心の持ち主だったのだろうか?!

私の気持ちは、それほど、

薄情なものだったのであろうか???





それで。


私は、短いやり取りの後、

無后をしとねに残したまま、

夕ご飯を食べ、

煙草とコーヒーで頭をまとめようと頑張り、

部屋に戻れば待っている、

「お布団から無后をどかす」

「一緒に寝る」

「朝までキッチンに居る」

の三択から逃避しようと、


ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」を読み始めた。


こうして、当時の事を振り返りながらも、

私は左隣から無言のアピールを感じ、

体の左側が何かぞわぞわしてくるので、

書きながら、途中で、

宮無后人形を膝に抱き上げて、

当時の自分の振る舞いの酷さに

慚愧の念を感じ、

「済まなかった。」とつぶやきつつ、

髪を撫でずには書き続けられないのであった。



耽美変態系の話に諸氏は思うかもしれないが、

これを書きつつ、

「自然主義文学のようだ」と、痛感している事を書き添えておく。


この謎の日記を最後に、

私が失跡し、

家には日記には書かれていた筈の人形が居なかったとしたら、

恐怖小説である。


が。

私は、ハッピーエンドにしたい。


少なくとも、

私から自殺願望はすっかり消えている。


今日の段階では、

将来、

新しい命が授かったとしても、

後ずさりする事ではなくて、

良い事なのでは、とも思っている。

赤子人形を買えば良いのだ!


無后〜。

私が仕事に復帰出来るように、

応援してね。

応援したいと、

全然思っていないでしょう^^;


































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by leea_blog | 2017-02-25 19:15 | Comments(5)

陋屋日記・人形の無言アピールのメモ。湯上がりの素肌にまとわりついた一筋の髪。


今日は、湯上がりの濡れた素肌にまとわりつく、

一筋の長い髪、のお話である。



さて。

ここ最近の日記は、

通りすがりの方々には、

「頭の狂った人」と思われ、

リアル友人知人の皆様には

ストレス過多の日常をご存知なだけに、

「頭、大丈夫か?」と心配されていたのではないかと思う。

表現者が検索でたどり着いたら。

特になんとも思わないであろう。




後々のために、

ちゃんとメモとして記録しておかないといけないなあ、と

思う事が沢山ある。

沢山あり過ぎて、

書くのが追いつかない。

ほとんどがネットにはアップ出来ない事で、

次号の「揺蘭」にでも掲載しようと思う。




帽子が取れて、背中で結んでいた髪を解いて、

正装が解けた宮無后人形、

白い長襦袢をまとって別人の様相を示した彼と、

その後どうなったかを

いずれ書いておこうと思うが、


夜になって、お布団の上で待っている人形に、

あまりに自分の想像していた事と違うので、

美しさにびっくりしながらも、

ひるんでしまった。



大幅にはしょって、

結果としては、一緒に寝る事は、

無かった。

無后、ごめんね。

それには、色々訳が。




だが、

今日、風呂上がりにバスタオルで体を拭いていると、

濡れた素肌に、

髪の毛が貼り付いていた。

何気無しにつまんでよく見れば。

長過ぎる。

私の髪の毛ではなく。

宮無后人形の髪の毛だった。

うわ〜。



恐怖小説なら、

「可愛がっていた人形からお床入りアピールをされて、

ひるんで冷たくしたら、

人形の髪が素肌に絡み付いて来た」、という

「こ、怖い〜」という展開であろう。



自分の髪の毛だって、

「何でこんな所に落ちているのかな?」と

不思議に思う所に落ちていたりするから、

人形の髪が一筋バスタオルに絡み付いていて、

濡れた肌に貼り付いたとしても、

「よく有る事」ではないけど、

「滅多に無い事」だろうけれど、

まあ、不思議でも何でも無い。



が。

まあ、ウチの宮無后人形は、

口数が少ないし、

あまり本心を言わない。

そのかわり、無言アピールをするタイプである。


例えば、ボディタッチ。

「自動人形じゃ有るまいし、

そんな事有る訳無いだろう?」と、

皆さんは思うであろう。

これが、心霊現象でも何でも無く、

台湾人形劇の人形ならではの、

造りに関係している。


抱き起こすに従って、

腕が上がってこちらに差し伸べられる動画などを

アップ出来れば、人形に興味のある方々には、

大変参考になると思う。

私が動かしている訳ではない。

膝に抱き上げてパソコンに向かっていると、

長襦袢を着せているのといないのとでは、

私の鎖骨辺りに置かれた宮無后の手が、

力の込め工合が違うのも、

気のせいではなく作りを知れば、

道理なのである。



piliの木偶が、

ビスクドールやフィギュアや自動人形とどう違うのかを、

近日中に書いてみよう。




まあ、何やかんやがあって、

私は、人形の髪の毛が濡れた素肌にまとわりつく事件は、

言いたいけど言えないタイプの人形からの、

「無言アピール」だと受け止めた。


髪の毛には、

それだけ何かの呪力が有るのだと思う。

洋の東西を問わず、

本人の代わりに髪の毛を、という考えは古くからあった。

呪い殺したい相手の髪の毛を、

藁人形に入れるでしょう?

事情で遺体が無い場合、

故人の髪の毛を、

故人の代わりに、

墓に入れたりするでしょう?

恋人の髪の毛を、

装身具に入れておくとか、

日本では無いけれど、

ありました。






色々はしょったが、

素還真人形とも色々話し合い、


私は自分の冷たい行いを悔いて、

宮無后人形とお布団の中で語り合いました。

ふう。

憑き物が落ちた心地。











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by leea_blog | 2017-02-22 23:04 | Comments(4)

ホフマン「砂男」と自宅図書館化計画


さて。

白い長襦袢を着た宮無后は、その後どうなったのであろうか。

いや、もう、ちょっと大変でした。

色々。



それは後日書くとして、

私は、急遽、人形愛に関する蔵書を探して、

読みふけった。


子供の頃、

「自宅図書館化計画」を夢見ていた。


膨大な図書、すぐには読まれないものを大量に含む、

誰が読むのかさっぱり分からない本も大量に含む、

図書館という空間は、子供にとって、

時間空間を越える、秘儀の場所であった。

紀元前の人などが、

隣近所の人と話をするように、

私と話してくれるのである。

生きているか故人か、国はどこかは、

ほとんど関係が無かった。



(もちろん、長ずれば、

もっと様々な問題に直面するようになる。

翻訳されていない、とか、

流通経路に乗っていない、とか、

そういう作品がある事自体を、

知るのが難しい、とかである)





今、私は、実家から膨大な量の書物を賃貸アパートに引き上げ、

その有り様は「書物の密林」、「書物の樹海」と称される。

一度足を踏み入れたら磁石も狂って出られない、という、

富士の樹海や、アマゾンの密林の様相を呈しているのだ。


振り返ってみれば、

子供の頃の夢が一つかなっている訳だ。



人形愛については、

台湾の人形劇、piliにはまる前は、

図書館のうち、

特に普段は省みられないジャンルであった。


自宅図書館の良い所は、

火が付いて燃え上がった「読書欲」を、

深夜であろうと、明け方であろうと、

満たしてくれる所だ。


バレエに、「コッペリア」という話がある。

ホフマンの「砂男」を下敷きにした話だ。


恋人の居る学生が、等身大の自動人形を、

人形とは気づかずに愛してしまい、

人間の恋人の方を、

自分の心を分かってくれない、

人形のような女だと思う話で、

人形だと分かってからは不気味な小道具でしか無く、

愛が続く訳ではない。

人形愛の観点からすると、

特に面白くはない。


学生が、子供の頃に聞かされた怪談の砂男が、

長じてからも実生活に割り込んで破滅をもたらす、という、

砂男に視点を移せば、面白い。

人形愛に関してなら、やはり、

江戸川乱歩の「人でなしの恋」がお勧めである。




うちには確か、リラダンの「未来のイヴ」もあった筈。

美しいアンドロイドが出てくる。

アンドロイドを人形に含めるか否かだが、

アンドロイドと言えば、

大島まり子のクラムジーとイルシリーズも持っている。

銀河郵便局員と、美貌の男性型セクサロイドの話だ。

国書刊行会から出ている、「書物の王国」シリーズの、

人形篇もあった筈。

何処に行ったかなあ。


と、一読しただけで、

普段は忘れ去られている書物たちを、

この樹海から探し出さねばならないが、

こうした探索を極められるのも、

普段から書物を、こつこつと溜め込んで捨てないでおいたおかげである。


ところで!

PILIの木偶たちと暮らし始めてから、

私は、大昔に書いた短編小説を、

探していた。

「闇の婚礼」という題である。

それも、樹海のどこかにあるはず、と、

ずっと探していた。


探すと見つからなくて、

探していない時には見つかる、という法則通り、

急に見つかった。


若い男性が、等身大の蝋人形と恋に落ちる話だ。

その頃の私は、人形愛について蘊蓄はあっても、

自分自信が肩まで浸かる事は無かった。

忘れていたくらいだから、

自分の中では特に傑作には認定されていなかったのだろうが、

ともかく、読みたくて読みたくてたまらなくなったのだ。


経験しなくては書けないとしたら、

それは、文学とは言いがたい。

人間が自分で経験する事など、

この世で過去から現在、未来に至るまで起こっている事、

人の心の中で起こっている事を考えれば、

砂粒程度なのである。




そのような訳で、読み返した自作だが。

これが、詳細を忘れた頃に読み返してみると、

まったく面白かった!!!!

「書物の王国」の人形篇に入れて欲しい位である。

「ある訳無いだろ」と「それは有るかも」が絶妙に入り交じり、

主人公は声を奪われ、蝋人形は眼を潰され、

酷い話なんだか良い話なんだか

まるで分からない終わり方といい、

大変奇妙な話である。



大変、創作意欲に火が付いた。














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by leea_blog | 2017-02-21 14:24 | Comments(6)

記念画像


宮無后くつろぎバージョン記念画像。

さきほど、馬鹿日記をアップしたが、

「素還真が宮無后を保護する図」

がいい感じだったので、

別枠で保存しよう。

素還真は鉄壁の美人さんだな〜

かぐや姫を迎えに来た天人のようである。



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by leea_blog | 2017-02-19 18:54 | Comments(2)

馬鹿日記・宮無后くつろぎバージョン記念




宮無后を家に迎えて、

半年以上。

一時は第二夫人を迎えるかという局面や、

生霊事件を経て、

急転直下、

昨夜、無事、帽子を取った、くつろぎバージョンになった。

台中の人形屋さんでキャンセルした、

宮無后のその後も気になって、

もし出来上がって

「買いませんか」と聞かれたなら、

ご縁なので買おうかとも思っていた。

が、その子も、

無事に買われて行ったと知った。

沢山愛されると良いね。



記念に、素還真と写真。

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素還真「無后さん、

   台湾に帰らなくても帽子が外れるようになって

   良かったですね」

宮無后「まだ不思議な気分です」

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素還真「素某が埃除けに着ていた、

    男児用の長襦袢を貸してあげましょう。

    これを着てお布団で待っていれば、

    公主は当分の間、

    第二夫人を迎えようとは思わない筈です」

宮無后「白い長襦袢だと、

    どのような効果があるのですか」

素還真「新床の花嫁みたいになります。

    公主は悩殺されますよ」

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宮無后「えっ、と、いう事は。。。」

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宮無后「駄目、嫌〜。そんな。

    嬉し過ぎる。恥ずかしいです。

    自信がありません」

素還真「(あ。。。無后さんは想像し過ぎている、、、)汗 」


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りーあ「あ、何二人で良い雰囲気になっているの〜?

素還真「公主、誤解です。

    よく見れば、とても清々しい光景でしょう?」
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りーあ「本当だ!

   宮無后を保護する清香白蓮・素還真の図!

   凄く良いではありませんか。

   轟定干戈がこうだったら良かったのにね」










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by leea_blog | 2017-02-19 16:13 | Comments(0)

日差しの中の宮無后

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一夜明け、二月のうららかな日差しの中でくつろぐ宮無后。

ふう。

これから

溜まった読書日記もアップして行きます。

予定としては、

谷崎潤一郎の「痴人の愛」

「鍵」、「瘋癲老人日記」

その他。

下ネタ注意の作品です。






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by leea_blog | 2017-02-19 14:01 | Comments(2)

陋屋日記・正装版から自宅モードへ移行



ここの所、
パワハラ日記も、

本来のこのブログのメインテーマである、

文学の日記も無く、

人形愛一色である。


リアル生活では、

色々激動があるのだが、

それらを脇に押しのけて、

江戸川乱歩の「人でなしの恋」を

地でいく人形愛の波が、

私の心で満ち潮になって行くのだ。



シェリーさんのご尽力で、

ウチの宮無后も、

帽子が外せる事が判明した。


なんと、釘で頭部に留めてあったのだ。



奮闘の甲斐有って、

自宅バージョンになった宮無后。

水揚げされたばかりの人魚のような眼。

まだ髪が乱れている




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by leea_blog | 2017-02-19 13:10 | Comments(4)

冬限定・布袋劇の人形+毛皮が新触感!

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素還真の助言を受ける

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↑おお。ファッション雑誌のモデルのような表情




毛皮をまとった宮無后。


赤い衣に毛皮が似合うので、びっくり。

抱っこしてみると、

ぬいぐるみを抱いているようで、

新触感だった。

ぬいぐるみのように、中がスポンジではなく、

人体に似たなまめかしいもの、という、

不思議な感触である。

「ぬいぐるみだと思ったら、中から、

色白の美しい人形が出て来た」、という短編が作れそう。





金井美恵子の短編に、「兎」がある。

父と二人暮らしの娘が、

兎料理が好きな父を喜ばせようと、

裸に兎の毛皮をまとい、

「私を食べて」と書いて首から下げ、

兎をまねてぴょんぴょん飛ぶのだ。

父は、喜んでくれるどころか、

娘だと分からずに兎の化け物だと思い、

怯えて、、、、


という、耽美惨劇だった。




ラストもう一枚、ファッション雑誌系表情。

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by leea_blog | 2017-02-17 18:19 | Comments(6)

新しい人形を迎えて良いものか否かの三者会談。偏愛主義。メモ。ネタだと思って





さて。

文学の話でもパワハラの話でもなく、

ここの所人形愛が語られている。



発端は、「生霊事件」だ。

過去日記ご参照。
   ↓


「発熱と人形の生霊」
http://leea.exblog.jp/25273396/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、

直接リンクが貼れません。

URLをコピペしてペーストして飛んで下され)


宮無后人形は、私に

何か言いたい事があるのではなかろうか、と

思った。


思い当たる事はいくつかあるが、

タイミングとしては、

中国産宮無后人形の画像を見て、

美人さ加減に唸り、

今居る正装版の他に、もう一人、散髪版を家に迎えたい思いが、

具体化しかけた夜、発熱したのだ。

すぐ熱は下がった。

その時に見た、

生々しい人影が。



うーーーん。

生霊で有名な人は、架空の人だが、

六条の御息所。

原因は、焼きもち。


もしかして、宮無后人形、焼きもちやいた????



いやはや、私にとっては、

同一人物がもう一体増えるだけで、

愛しているのは宮無后だから、

一人でも二人に増えても

同じ人だから矛盾は無いのだが、

家に居る正装版の人形からすると、

新しい子は別人でしか無く、

自分にそっくりの別な人形が

もう一人来るかも、と

受け止めたのであろうか???

それは考えてもいませんでした。




「りーあさん、ストレス過多で別の病気じゃない?!!!」と

お笑いの諸氏。

まあ、掌編小説のネタと思ってお付き合い下され。

私も将来の作品のネタとしてメモしておく。



人間の焼き餅焼きは苦手だが、

人形の焼きもちは、初めてなので、

「焼きもち焼くなんて、なんて可愛いんだろう」、と、


改めて家に居る子を眺めると、

実に可愛い。

可愛いとは思っていたが、思っていたより可愛い。

今まで無かった発見が沢山ある。




そういう訳で、生霊事件で、

人形愛がかえって深まってしまったのだ。



とはいえ、中国人の宮無后も、

真剣にほしい。


経済面では。

どうせ私は今年も

第三詩集を出せないであろうから、

それを当てても良いのだが。。。。。

経済的に苦慮している現在、

出費を覚悟出来たのは、

以下の考えであります。



「遊郭に通って遊女に入れあげたら、

こんな出費では済まないだろう。

ましてや、

私の経済力では、

一生かかっても身請けなんて出来ない。

それを考えれば、

この程度の出費で、

家に人形が来てくれる!」



まあ、あとは、

「ギャンブルに入れ込んで破滅する人だっているし、

人形愛なら、全然可愛いものではないか!

とりあえず破滅しないし!」

という、考え。





そうは言っても、

先住人形への配慮も忘れてはならないと学んだ訳だ。




賢人の素還真と、宮無后と、

三人で、話し合いの場を持った。



りーあ「無后、もう一人無后人形をお迎えしたら、

    嫌かな?」

宮無后「公主のご判断に、私が嫌とか良いとか

    申し上げられません」

りーあ「良いのよ、気持ちを言っても。

    むしろどんどん言ってね。

    嫉妬を感じたら、遠慮なく言ってね」

宮無后「嫉妬。。。。。」

素還真「公主、無后さんは、

    今まで嫉妬という感情とは無縁だったのです。

    突然のお話は、本人も把握出来ないと思いますよ。」

りーあ「うーん、そうよねえ。

    大体、生霊系は、

     生霊が抜け出た事を、自分で自覚していないしね」

素還真「無后さん、すぐにお返事をしなくても大丈夫です。

    ゆっくり考えて、公主とよくお話するのです」

りーあ「無后が嫌なら、新しい子を迎えるのは無期延期しますよ。

    よく考えてね」

宮無后「(素還真の袖を引いて、小声で)

    素還真様、私の心に、嫉妬が生まれて

    生霊になったのかも知れないのですか?」


素還真「焼きもちかどうかは素某には断言出来ませんが、

    さざ波が立ったくらいはありませんでしたか」

宮無后「公主が今の私に、

    ご満足しておられない事だけは、分かりました。

    精進したいと思います」

りーあ「いやいや、人形のお仕事は、

    とりあえず、壊れないでただ居てくれる事です。

   それで満足です」


素還真「無后さんを、人形師さんに依頼して散髪版にしてもらう案が、

    以前あったのでは?」

りーあ「そうなのよ。でもね、大きな問題が。

    修理に台湾に預けたとして、その間、

    私は無后無しで過ごさなくてはならない。

    それが寂しすぎるのです」

素還真「無后さん。愛されているじゃありませんか」


宮無后「えっ。私無しで過ごせないから、

    もう一人私を家に迎えるって。

    愛されているのかいないのか、

    まったく分かりません。。。。」


りーあ「いずれにしても、仮に新しい子をお迎えしても、

    あなたは第一夫人、

    後からお迎えした子は第二夫人ですよ」

宮無后「(小声で)素還真様、

    今、公主、夫人って言いました?

    愛人から夫人に昇格?」

素還真「無后さん、公主は思いつきでおっしゃっていると思います。

    それ位大切だ、という意味だと受け止めましょう。

    公主、無后さんは多感な年頃なのですから、

    ご配慮をお願いします。

    二人に増えた無后さんを、

    そもそも平等に愛せるのですか?

りーあ「えっ????

     考えたこと無かったです。。。

    と、いうか、そういうものなの???」






と、いうやり取りがあって、

中国産宮無后をお迎えする案は、一時凍結中。。。。




   









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by leea_blog | 2017-02-16 19:07 | Comments(2)