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雛祭り・桃の節句 

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今日は桃の節句、雛祭りだ。

ウチで待っている台湾人形劇の人たちにも、

雛祭り用ケーキを買って来たぞ。


はいはい、二人とも、

君たちは男子だから、

五月の端午の節句もやるけど、

取り敢えず、今日は、

赤い毛氈の上でお酒でも飲んで過ごしましょう。

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ピクニックにでも来ているような感じの二人。

宮無后「素還真様。

   この丸いものは何ですか?」

素還真「これはケーキというお菓子ですよ」




ふう。

宮無后は、白い長襦袢を脱がせたら、

見覚えのある人に戻ってくれたので、良かった^^;





やはり、こういうのは怖かったです。。。。。

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by leea_blog | 2017-03-03 17:55 | Comments(5)

中島敦・「山月記」ファンは立ち入り禁止


ゆりうたでは、良かった本は紹介しても、

今ひとつだった本は、挙げない方針である。

書物などは、

読み手に依って感想が違ってなんぼである。

検索してたどり着いた方が、不快になるような事は、

わざわざ書かないし、紹介したい良い本は山ほどある。


が。

再読の重要性をここの所語っているので、

再読しても駄目だった経験も、

読者諸氏の参考になるかもしれない。


と、言う事で、

急に再読した、中島敦。

現代詩人会のゼミナールで、

中国の詩人の田原氏が、

「スリッパを投げないで下さいね」と前置きしながら、

中原中也は三流の詩人だ、と述べた事が有る。

よく言ってくれた、と思う人も居るであろう。

まあ、結局、「文学の世界で有名な誰か」とは、

「裸のお王様」である事も多い。



でも、「王様は裸だ」とは、

言いにくいよね。

なぜなら、中原中也は、アイドルのようなものだからである。

歌が上手いかヘタか、とか、

一流か三流か、とか、

演技がうまいかヘタかとかは、

読む方も殆ど気にしていない、

「売り出された人」だからだ。

わざわざ駄目だと敢えて言う必要がないのだ。


ファンが沢山居るのだから、

ファンに任せておけば良い。


中島敦も、アイドルのようなものだろう。


ここで、面白く無さそうな事を書いて、

たまたま検索したファンを嫌な気持ちにさせるのが、

趣旨ではないし意図していない。

ファンの人は、よそを当たる事をお勧めする。


個人的な記録を書いて、「ほお。そういう見方も有るのか」を提示し、

「考え方の多様さ」

「文学の面白さ」を、広報したい、というのが趣旨である。



昔、学校の教科書に、山月記が載っていた。

当時の私の感想は、

「何が言いたいのか、さっぱり分からないし、

何処に感動して良いのかもまったく分からないし、

なぜ現代国語の教科書に載っているのかも、

さっぱり不明」であった。


ヘッセの話で、

学校が進めるものが当時はつまらなくても、

再読すると素晴らしかった、という話をした。

が。

記憶に有るよりもっと駄目だった、という場合も、あるのだ。




いきなり、「山月記」を再読してみた。


再読すると、

なぜ現代国語の教科書に載っているか、

よくわかる。

先生が好きそうな話である。

何が言いたいのかも、よくわかる。

むしろ、「説明的」である。

そういう事は、やはりある程度の歳にならないと、

想像がしにくい。


面白かったか、といえば。

以前、ゆりうたで紹介した、

ミルハウザーの小説に対するのと同じ感想である。

文庫本で、他の作品も載っているので、

他の作品も再読すれば、

もっと好意的な評価も出来るかもしれないが、

代表作の「山月記」だけ採れば、

良い作品なのだろうが、

とほほ、な読後感である。



学校の教科書で読まされた当時の私の言い分を、聞いてみよう。



「何が言いたい作品か、まったくわからない。

唐の時代なら、飢え死にする人も多かっただろうに、

官吏になり、

文筆の才にも恵まれて、

妻子も得て、

ある日、虎になってしまう。

虎やライオンや狼になりたい、と思う人間は多い筈だ。

前半生は人間で、

後は虎。

良い人生ではないか。

動物になってしまうなら、

鼠や兎や、運が悪ければ、

蠅や蚊になるかもしれないのに、

素晴らしい事に、虎になった。

が。本人は、虎に成った事で、めそめそしている。

言っている泣き言も、よく趣旨が分からない。


この話は、要するに、

ボンクラなやつは、結局、

何になってもありがたみが分からない駄目人間、という事?」

と、首を傾げたのであった。



「己の内なる臆病な自尊心」ゆえに、

虎になってしまった話なのだが、

今読み返しても、

虎はしっくり来ない。

選ばれたものしか生まれ変われない獣だ。

強くて、天敵も殆どおらず、

良い生活ではないか?

人間で居るよりも、良いかもしれない。


「己の内なる臆病な自尊心」というなら、

もっと誰もが、成った事を後悔するような動物の方が良くないか?


鼠や、兎辺りであろうか?


通りかかった旧友を食べそうになるのではなく、

夕飯にされそうになる所を、

実は自分は旧友だと分かってもらい、

なぜ兎に成ったかを話した方がよくないか?


「はずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。嗤ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。」

というセリフが有る。

うーむ。深読みすれば、この男は、良い作品を書くという事よりも、人に評価される事が目的だったのだな? だから駄目だったのであろう。

やはり、兎になって、旧友に長安に連れて帰ってもらい、

風流人士に謹呈されて、ペットとして可愛がってもらうという終わり方にすれば、

人間の愚かしさ、哀れさ、業の深さを考える材料になるのではないか?



いずれにしても、

才能も無い、

彼女いない歴が年齢と同じ、

仕事も無い、

いっそハムスターにでもなって、

日がな一日回転車でくるくる回っていたいけれど、

変身能力も無い、という人が増えた現代では、

李徴が哀れにはまったく見えない事は想像に難くない。。。。











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by leea_blog | 2017-03-02 21:05 | Comments(0)

ジャンル「馬鹿日記」 馬鹿メモ四つ。四つ目は、馬鹿ではないが、奇怪?



その一 過去日記、「人形に迫られるの段」、では

怖過ぎて書けなかった事が有る。

散髪姿・白い長襦袢姿でお布団で待っていた人形と、

深い仲になる事にひるんでから、

人形の「かまってオーラ」が冷気になっていたのである。



あの日記を書きながらも、人形を寝かせてある左側ばかり、体が冷えて、

怖さと済まなさで、

膝に抱き上げて髪を撫でながら書き続けたのである。


人形に冷たくしたら、冷気???


そういう事を書くのは、自分でも

「頭がおかしいのでは?」と思えたし、

無后人形が呪い人形のようなものと

人々に誤解をされるのも可哀想なので、

書くのを

自重した。



が。私の人生で、過去に無い事であり、

将来も無さそうな事なので、

やはり書いておく。

私は冷え性だし、

冷気は怖いので、

暖かい気を送ってくれるよう、

重ねて人形に依頼したところ、

今日は改善していた。


その二 

湯上がりの濡れた肌に一筋の髪がまとわりつく話を、過去に書いた。

その後も、バスルームの洗面台に人形の髪が落ちていた。

さらにその後も、

外出先でトイレに入ったら、

スパッツの内側やブラに、

私の髪にしては長過ぎる髪の毛が!

無后人形の髪の毛であった。



なぜ、こんな所に?????

誰かが、

構って欲しくて、

わざとやっているとしか思えない。

人形に、

「髪の毛を大切にしてね。

髪の毛があまり抜けるようだと、

修理に出さなくてはならず、

しばらく会えなくなりますよ」

と、重ねてお願いしているところである。


その三 

無后人形に、

「私の社会復帰を応援してね」とお願いした事も過去書いた。

基本、無后の考える事は、

私が家から出たくなくなるような事ばかりである。

間違っても、

「散歩にお出かけになって体力を養って下さい」などは、

言わない。

本心の所では、

私の職場復帰を応援したいとは全然思っていないのが、

見え見えである。





話し合いを持った。



りーあ「無后や。よくお聞き。

    私が仕事に出られるように、

    私が散歩に行きたくなるようなオーラを投げて欲しいのです」

宮無后「公主の職場は、理不尽な所のようです。

    そのような所にお戻りになるより、

     家で過ごされるのが良いと思います」

りーあ「無后や。

    現代日本では、

    仕事に出るのは大切な事です。

    大抵の職場は、理不尽です。

    現代日本では、何もせずに家に居るだけでも、

    どんどんお金が掛かってしまうのです。

    たとえば、

    家賃。光熱費。水道費。

    私は食べなくては餓死するし、

    私が餓死したら、

    素還真はどこででも生きて行けそうだけれど、

    貴方は燃えるゴミに出されてしまうでしょう」

宮無后「どこか遠くの土地で、

    畑を作って生きて行くのはいかがでしょうか」

りーあ「日本全土は必ず誰かの所有の土地だし、

    水道料金や光熱費は、

    何処でも掛かりますよ、、、、」


と、話していて、すぐに気がついた。

宮無后は、生まれてこの方、働いた事が無いのだ。

労働して対価を得る生活、というものが、

イメージ出来かねるのは、当然であった。

まあ、それは、宮無后のせいではなく、育てた大宗師のせいである。

そして、宮無后のような人に、

労働の概念を語って分かってもらうよりも、


むしろ、世俗を離れたその人柄を続行してもらって、

癒してもらう方が良いのかも、と気がついた。


その四。


以下は、無后が散髪版になる、少し前のエピソードだが。

新宿で親しくない知り合いと食事をしたおり。

スマホに入っている、宮無后の画像を、

その人に見せた。


りーあ「今、私が夢中になっているのがこの人なんです」

知人「ロックの人ですか?」

りーあ「伝統芸能の人」

知人「まだ若いんでしょうね」

りーあ「若いですね」


ここまでは良いとして、

どうも話が噛み合ないと思ったら、

先方様は人形だと気づかず、

人間だと思って話していたのだった。

ネットで拾った画像で、

台湾に人形探しの旅をするに当たって、

保存しておいた画像である。

が。人間には見えないような?


このような綺麗な人がリアルで居るのなら、

是非紹介して欲しいものである。



参考までに、その画像を貼っておく。 ↓

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スマホの小さい画面で見れば、

ヴィジュアル系バンドの人に見えるのかな?

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これなどは、↑ 小さい画面で見れば、人形には見えないが。。。。


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by leea_blog | 2017-03-01 18:20 | Comments(0)