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なまめき。・若後家さんという言葉。「家」がものを隠す事がありませんか?雨の日の雑記

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宮無后が、黒い着物も似合うのを発見。
不思議な艶かしさ。

何だろう、この既視感。

喪中の後家さん的な?

私が男だったとして、
友人の葬儀に行ったら、
後家さんが物凄く色っぽくて、
くらくらしてしまった、という的な?

「私が付いていますよ」と言うと、
後家さんが縋り付いて来て、
思わず背に腕を回してしまう、的な????

悲しい経験をした人が、
優しく抱きしめてもらえるのを、
待っている、的な?

あ、振り出しに戻ってしまった。
それは黒衣でなくとも、
同じだ。

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ところで。

「娘さん、よく聞けよ、
山男にゃ惚れるなよ
山で死なれりゃよぉお〜、
若後家さんだよ」という歌がある。

幼い頃、私は、
山男というのが、
山岳登山をする人だと分からず、
雪男のようなものか、と想像していた。

もっと分からないのは、
「わかごけさん」という言葉だった。

「若苔さん????」
山男に生える、苔のようなものかな???
多分違うよね、
なんだろう、「若苔さん」。
薄い若緑色をしているに違いない!

上記のように、人の想像力は鍛えられて行くのであった。

後家さんと言えば、
「未亡人」という言葉も、
後に覚えたのであるが、

幼い私は、
「ミボージン」という響きが、
「ビボー」、つまり、美貌と似ているので、
「美貌」にまだ達していない美しい人が、
「未亡」なのだと想像していた。

難しい言葉を良く分かりもせずに知っており、
能面に「生成」がある、
それは、「般若」になる前の段階であるから、
「未亡人」の未も、
美貌の人になる前の段階である事を示しているのではないか。

「亡」と「貌」は違うぞ、と今なら幼児の私に指摘出来るが、
そのようなわけで、
後家さん、未亡人、が、身近にいなかった為、
特殊な妖しの技を身につけた大人の女性、というイメージであった。



官能小説では、
未亡人というと、必ず美人で、おしとやかに描かれていた。



再読していた、ヘルマン・ヘッセの短編集、

「メルヒェン」が、家の中で行方不明になった。

狭い部屋なのに、探し物が見つからない事が、よく有る。


そして、さっき探した筈の場所で、

なぜか見つかったりする。

「家」が、わざとやっているのではないか、と思う。


「メルヒェン」も、

今日、偶然、書物の山の下から見つかった。



おかしい! 変だ!

山の下の方に、読みかけだった本が有るのは、変だ。

読みかけのものは、上の方にある筈だ!

「家」が、私を困らせようと、

わざとやっているのではないか????


短編集の中でも、

「アヤメ」は、特に素晴らしかった。

近々拙ブログで紹介する。

全編引用したいくらいだ。


ヘッセは天才だなあ。



池袋に出たら、

今年は金魚の尻尾のような、

透けてひらひらのフェミニンなスカートが流行っており、

美しい衣の裾を幾人も見た。


明るい青灰色の、

ひだを細かく取った、

左右費対称の、

透けた布地に、繊細な刺繍、とか、


桜貝の色の透けた布地で、

上の方はひだが有り、

裾にいくに連れて、

ひだが滑らかになって行くスカートとか、

美しかった。


時々、

「済みません、写真を撮らせて下さい」、

或いは「何処で買ったのか教えて下さい」と

言いたくなるような、

服の人を見かける。










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by leea_blog | 2017-05-13 22:05 | Comments(2)

冷蔵庫と洗濯機が使えない状態・職業、旅人



今朝の天気予報に依れば、

東京の最高気温は、28度で、

最低気温は14度。

一日の気温の差が、

14度もある!

皆様、体を壊さないように気をつけましょう。

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冷蔵庫の一番上の扉にまで達している、再読用書物。
野菜室や冷凍室を使うには、本の山をどけなくてはならない。
その為、せっかく大きな冷蔵庫が有るのに、
実質、冷凍室と野菜室は使っていない。

ちなみに、洗濯機の上にも、絵や額や画用紙や何やが積み上げられており、
どけるのは重労働だ。

普段の洗濯は、洗濯機を使わずに、
浴室で手洗いをしている。

タオルケットなどの大きなものや、
衣替えの時しか、
洗濯機が使えない。


こんな生活になると分かっていたら、

小さい冷蔵庫で良かったし、
洗濯もコインランドリーで良かったかも知れない。


こんなに本や絵が有って、
幸せなのか、
日常生活を破壊されて悲惨なのか。

世間の人から見たら、
「ゴミ屋敷」に見えるであろう。





今日は医者の日だった。

ところで、医師は、

黄金週間に香港に出かけたとの事。

寒い所が好きな医師としては、

湿度が高くて暑い香港より、

アラスカ辺りの方が好みとの事だが、

彼女さんの趣味で、香港に決定したようだ。


しかも、彼女さんの意向で、

ペニンシュラホテルに泊まったとの事。

ホテル代が高いので、LCCを利用したとの事!


医者なのにLCCかっ!!!!

びっくりするほど庶民的である。



ちなみに、私はまだLCCを利用した事がない。

深夜とか、早朝とか、変な時間に発着しており、

私の体力では対応が難しいのと、

飛行機が遅れたり飛ばなかったりキャンセルされた時には、

英語力と交渉能力が必要なので、

どちらも自信がない私には、

それほど便利には感じないのと、

何より、座席が狭いらしいので、

歳をとってエコノミークラス症候群になりやすい私には、

広めの座席が必要な為、

LCCは安かろう悪かろうにしか見えないのである。


普通の航空会社を利用するメリットは、

「何か有った時にしっかり対応してくれる」点である。

以下、いざという時に良かった体験をざっと挙げてみよう。

  ↓




飛行機が遅れて終電が無くなってしまった時には、

タクシー代を出してくれたし、

スーツケースが壊れた時には、

無料で修理してくれたし、

出発が遅れる事が早めに分かっている場合は、

メールだけではなく電話でも教えてくれるし、

今もそういうサービスが有るのかは不明だが、

飛行機が遅れて乗り継ぎ便が出発しちゃった時には、

豪華なホテルを一泊無料で提供されたし、

職場には飛行機が遅れて帰国が一日遅れる由を、

ファックスしてくれたし、

決められた年休で定時に出発して定時に帰国する事が重要任務の勤め人としては、

LCCを利用するメリットがほとんど感じられない。


三時間乗っていると、足がパンパンに張って来て痛くて、

通路でストレッチをしなくてはならない私としては、

座席の間隔が狭いLCCは、嫌である。


そうはいっても、一度位は、話の種に乗ってみたい。



話は戻って、ペニンシュラホテル。

大変豪華だったそうだ。


この豪華さなら、むしろ安い、と思えるそうだ。


うむ。

私は、バンコクでペニンシュラに泊まった事が有る。


日本で箱根の富士屋ホテルに泊まるくらいの値段で泊まれたのだ。

一度は体験したい、と泊まってみた。


バンコクのペニンシュラは、

リピートしたい気持ちにならなかった。

私が高級ホテルに期待する、

おもてなしのきめ細かさが、全くなかったのだ。

あとは、主なお客さんが、

大声で騒いでいたり、

マナーが酷かったりで、

高級ホテルに泊まっている気分になれなかった。。。。。

ルームサービス担当担当者は素晴らしかったし、

清掃担当者もとても良かった。

それ以外は、接客も全然だめだった。。。。

だいぶ昔の話なので、

今は違っているかも知れない。

が、良くない印象を持つと、

また利用したいとは思わない。

商売は、信用が大切である。





それはそうと、香港は近いのに、

まだ一度も行っていない。


トランジットで降りただけだ。

日本から乗り継ぎ地の香港に着いただけで、

疲れ果て、食欲もなく、

困ったが、

さすが香港で、

空港内には、体力を増進してくれそうな食べ物、飲み物が沢山あった。


亀ゼリーと、

高麗人参のお茶と、

そういう類いのものを摂取したら、

血行が良くなって、

無事旅を続けられた記憶が有る。



話題に出たので気になって、

ペニンシュラ香港の宿泊料金を検索してみた。


むむむ。

今の私の経済力では、

泊まりたいとは全く思えない値段であった。

しかし、富裕層からみれば、

このお値段なら、お値段以上に見える筈だ。


香港。

ところで、

拙ブログにコメントを下さった方のブログで、

東日本大震災の時に、

香港の方々が応援して下さった様子を知り、

とても胸が熱くなった。

多くの、見知らぬ方々の善意に、

支えられているのだ、と、痛感する。

そうした善意は、すべて、

見返りを求めない、

無償の善意であり、

貴いものである。




そのブログに張ってあるリンクを辿ると。。。。

余談になるが、

台湾人形劇の、PILIの漫画シリーズが、あった!!!

長い!

中国語は出来ない私だが、

漫画なら、DVDと違って、

セリフの字幕がすぐ消えてしまう事はない。

辞書を引きながら読めるのではないだろうか????

と、

大変気になっている次第である。











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by leea_blog | 2017-05-11 20:45 | Comments(11)

谷崎潤一郎「麒麟」あらすじ・孔子対サディスト貴婦人



谷崎潤一郎の初期短編に、「麒麟」がある。

きりんは、中国の伝説の霊的な獣で、

聖人が現れる時にすがたを見せるとされる、瑞獣である。


孔子が、衛の霊公を訪れたエピソードが元になっている。

が!

品行方正な人は、立ち入り禁止である!



谷崎潤一郎の短編は、

濃密な悪魔的美の世界が構築されており、

お薦めである。


初期の作品では、

有名な「刺青」も素晴らしいが、

この短編「麒麟」も、大いにお薦めである。

美しい、鍛えられた文章で、

残虐と耽美が描かれる。


中国の春秋戦国時代。

孔子と弟子たちは、

遊説の旅に出る。

老子の門弟との遭遇を経て、

衛の国の都に入る。

その都の有り様が、以下に語られる。


「其の人々の顔は餓えと疲れに痩せ衰え、家々の壁は嘆きとかなしみの色を湛えて居た。其の国の麗しい花は、宮殿の妃の目を喜ばす為に移し植えられ、肥えたるいのこは、妃の舌を培う為に召し上げられ、のどかな春の日が、灰色のさびれた街をいたずらに照らした。そうして、都の中央の丘の上には、五彩の虹を縫い出した宮殿が、血に飽いた猛獣の如くに、死骸のような街をみおろして居た。其の宮殿の奥で打ち鳴らす鐘の響きは、猛獣の嘯くように国の四方へ響いた。」

のどかな春の日差しと、圧政に死骸の如くなった街、

五彩の虹を縫い出す、血に飽いた猛獣の如き宮殿の対比が、

生きた絵のように広がる文章だ。

さらに、其の宮殿の奥で打ち鳴らす鐘の、まがまがしさ。

その都に入ってきたのが、聖人孔子と、その高弟たちゆえに、

まがまがしさが際立つ。


「由や、お前にはあの鐘の音がどう聞こえる。」
と、孔子はまた子路に訊ねた。
「あの鐘の音は、天に訴えるような果敢ない先生の調べとも違い、天に打ち任せたような自由な林類の歌とも違って、天に背いた歓楽を讃える、恐ろしい意味を歌うて居ります。」
「さもあろう。あれは昔衛の襄公が、国中の財と汗とを絞り取って造らせた、林鐘と云うものじゃ。その鐘の鳴る時は、御苑の林から林へ反響して、あのような物凄い音を出す。また暴政に苛まれた人々の呪いと涙が封じられていて、あのような恐ろしい音を出す。」
と孔子が教えた。



天に背いた歓楽を讃える、恐ろしい鐘の響き!
素晴らしい。

続きが読みたくてたまらなくなりませんか。

しかもそれは、国中の財と汗を絞り取って造られ、暴政に苦しむ人々の呪いと涙が封じられていて、物凄い音を出すとは!!!

何と云う不吉な、血みどろな、苦悶と快楽を約束する語り口であろう。


江戸川乱歩が「残虐への郷愁」で述べた通り、

現代では、タブーであるが、蒼古よりの残虐への郷愁は、

芸術と戦争でのみ可能なのだ。


古い時代に暴君が君臨する国では、

死者、恨みの声の多さは、圧倒的である。


そうした時代を題材にとり、谷崎は筆を進める。

衛の霊公は、孔子の一行が都に入ったのを知る。


「その孔子と云う聖人は、人に如何なる術を教える者である。」
と、霊公は手に持った盃を乾して、将軍に問うた。
「聖人と云う者は、世の中の凡ての智識の鍵を握っております。然し、あの人は、専ら家をととのえ、国を富まし、天下を平らげる政の道を、諸国の君に授けると申します。」
将軍が再びこう説明した。
「わたしは世の中の美色を求めて南子を得た。また四方の財宝をあつめて此の宮殿を造った。此の上は天下に覇を唱えて、此の夫人と宮殿とにふさわしい権威を持ちたく思うて居る。そうかして其の聖人を此処へ呼び入れて、天下を平らげる術を授かりたいものじゃ。」


こうして、孔子の一行は、衛の霊公にまみえる。

「公がまことに王者の徳を慕うならば、何よりも先ず私の欲に打ち克ち給え。」

孔子はそのように説き、その日から霊公の心を左右するものは、夫人の南子の言葉ではなく、聖人の言葉になる。

徳政に取り組む、霊公。

「一日、公は朝早く独り霊台に上って、国中を眺めると、野山には美しい小鳥が囀り、民家には麗しい花が開き、百姓は畑に出て公の徳を讃え歌いながら、耕作にいそしんで居るのを見た。公の眼からは、熱い感激の涙が流れた。」

おお!

孔子の進言に依って、霊公は徳政を敷くようになるのか。


いやいや。

そこに、遠ざけられていた、寵姫の南子が現れる。


「あなたは、何を其のように泣いていらっしゃる。」
其の時、ふと、こう云う声が聞こえて、魂をそそるような甘い香が、公の鼻を嬲った。其れは南子夫人が口中に含む鶏舌香と、常に衣に振り懸けて居る西域の香料、薔薇水の匂であった。久しく忘れて居た美夫人の体から放つ香気の魔力は、無残にも玉のような公の心に、鋭い爪を打ち込もうとした。

「どうぞお前の其の不思議な眼で、私の瞳を睨めてくれるな。其の柔らかい腕で、私の体を縛ってくれるな。私は聖人から罪悪に打ち克つ道を教わったが、まだ美しきものの力を防ぐ術を知らないから。」
と、霊公は夫人の手をはらい除けて、顔を背けた。」


美夫人の様子が、香気が鼻を打つかのように描かれる。

罪悪には打ち克てても、美には抵抗しがたいのだ。

以下のように、南子夫人の凄まじさが現れてくる。



「ああ、あの孔丘という男は、いつの間にかあなたを妾の手から奪ってしまった。妾が昔からあなたを愛して居なかったのに不思議はない。しかし、あなたが妾を愛さぬと云う法はありませぬ。」


夫人の怒りは、夫の愛情が衰えた事よりも、夫の心を支配する力を失った事にあった。

公は、それでも心を奮い立たせ、夫人に対します。


「私はお前を愛さぬと云うではない。今日から私は、夫が妻を愛するようにお前を愛しよう。今迄私は、奴隷が主に仕えるように、人間が神を崇めるように、お前を愛していた。私の国を捧げ、私の富を捧げ、私の民を捧げ、私の命を捧げて、お前の歓びをあがなうことが、私の今迄の仕事であった。けれども聖人の言葉によって、其れよりも貴い仕事のある事を知った。」


どうです。

世間の人には、「家畜人ヤプー」を百回読むより、谷崎潤一郎を一回読め、と常々言っているが、
君主がすべてを捧げて夫人の歓びをあがなおうと尽くす姿が、奴隷と主に例えられる、との根源的な姿tがあるからだ。

夫人は、霊公への支配力を取り戻す力のある事を述べ、では孔子の魂を捕虜にしようと、去っていく。



ちなみに。

夫を愛していないが、夫に服従を求める南子が描かれているわけだが、

アーサー王の円卓の騎士に、ガウェイン卿という人物が居るのをご存知だろうか。

ガウェイン郷がラグネル姫と結婚するエピソードに、同様の謎掛けが出てくる。

ある魔術的な悪い騎士が、

アーサー王に謎掛けをする。

女性が真に望む事は何か。

アーサー王は、答えを探し求める。

美か?愛か?地位か?

どれもありふれており、答えでは無さそうだ、

その正しい答は、

すべての男性を支配する事。

ちょっと出典がすぐ出て来ないが、

現代の女性なら「違うと思う」と即座に言いそうである。

その答には諸説がある。

しかし、世の男性には、

女性に君臨される事への恐怖、

或いは快楽の視点がある、あるいは、

そう思う人もあるのだな、と感心した記憶がある。





南子夫人は、宦官を遣わして、孔子一行に伺候を求める。

謙譲な孔子は其れに逆らえず、南子の宮殿に挨拶に出向く。

柔らかい言葉で、孔子の心をぐさりと刺すべく南子と、聖人孔子のやり取りが描かれる。

そして。


「先生がまことの聖人であるならば、豊かな心にふさわしい、麗らかな顔を持たねばなるまい。妾は今先生の顔の憂いの雲を払い、悩ましい影を拭うて上げる。」


「妾はいろいろの香を持って居る。此の香気を悩める胸に吸う時は、人はひたすら美しい幻の国に憧れるであろう。」


そう言って、美しく装った七人の女官に、香を焚かせる。

しかし、聖人の顔の曇りは深くなるばかりであった。

夫人は、次に。聖人の体にくつろいだ安楽を与えようと、美しく装った七人の女官に、酒と盃を運ばせる。

しかし、聖人の眉の顰みは濃くなるばかりであった。


更に夫人は、美しく装った七人の女官に、様々な鳥と獣との肉を運ばせる。

しかし、聖人の顔の曇りは晴れなかった。


「ああ、先生の姿は益立派に、先生の顔は兪美しい。あの幽妙な香を嗅ぎ、あの辛辣な酒を味わい、あの濃厚な肉を喰ろうた人は、凡界の者の夢みぬ、強く、激しく、美しき荒唐な世界に生きて、此の世の憂いと悶とを逃れることが出来る。妾は今先生の眼の前に、其の世界を見せてあげよう。」



それは、どのような世界か?

幻影ではなく、南子夫人が庭のきざはしの下に実現している、その世界は、以下。

孔子一行は、何を見せられたのか?


「階の下、芳草の青々と萌ゆる地の上に、暖かな春の日に照らされて或いは天を仰ぎ、或いは地につくばい、躍りかかるような、闘うような、さまざまな形をした姿のものが、数知れず転び合い、重なり合って蠢いて居た。そうして或る時は太く、或る時は細く、哀れな物凄い叫びとさえずりが聞こえた。ある者は咲き誇れる牡丹の如く朱に染み、ある者は傷つける鳩の如くおののいて居た。其れは半ばは此の国の厳しい法律を犯した為、半ばは此の夫人の眼の刺激となるが為に、酷刑を施さるる罪人の群であった。一人として衣を纏える者もなく、完き膚の者もなかった。其の中には夫人の悪徳を口にしたばかりに、炮烙に顔をこぼたれ、頚に長枷を嵌めて、耳を貫かれた男達もあった。霊公の心を惹いたばかりに夫人の嫉妬を買って、鼻を削がれ、両足を断たれ、鉄の鎖に繋がれた美女もあった。其の光景を恍惚と眺め入る南子の顔は、詩人の如く美しく、哲人の如く厳粛であった。」


炮烙に顔をこぼたれ、というのは、
顔を焼かれた状態ですね。

うららかな春の日差しと、香り高い若草の青々とした庭と、酸鼻を極めた罪人等の姿。

「あの罪人たちを見たならば、先生も妾の心に逆らう事はなさるまい。」


上記の描写だが、

言葉を尽くして具体的に詳細を描く手法もあろうが、

谷崎のように、文章を押さえて香り高く濃厚な血の香気を立ちのぼらせる手法は、
純文学作家の力量がないと、不可能である。

そして、鍛え抜かれた文章は、
脳裏に深い想像を掻き立て、心に残るのだ。


そして、

南子は、霊公と席を並べて車で市街を行く。
その後には、悲しそうな顔をした聖人、孔子の一行が乗っていた。
街の人々は、それを見て、
南子の勝利を知るのだった。


「其の夕、夫人は殊更美しく化粧して、夜更くるまで自分の閨の錦繍のしとねに、身を横たえて待っていると、やがて忍びやかな履の音がして、戸をほとほとと叩く者があった。
「ああ、とうとうあなたは戻って来た。あなたは再び、そうしてとこしえに、妾の抱擁から逃れてはなりませぬ。」
と、夫人は両手を拡げて、長き袂のうちに霊公をかかえた。其の酒気に燃えたるしなやかな腕は、結んで解けざる縛めの如くに、霊公の体を抱いた。

「私はお前を憎んで居る。お前は恐ろしい女だ。お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」
霊公の声はふるえて居た。夫人の眼は悪の誇りに輝いていた。」


明くる朝、
公子一行は、衛を離れる。


霊公が、気弱な、しっかりしていない君主に描かれていはしない。

太刀打ちしがたい美と残虐と官能とよこしまの化身に、

敗北する悦楽を語っているのだ。


そうした悦楽は、谷崎の作品には、繰り返し描かれるのである。
















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by leea_blog | 2017-05-07 23:10 | Comments(0)

どうでもいい内容の日記・飼い猫に赤ちゃん言葉使う?



夕立だ。

洗濯物を干したまま出かけた人は、ショックだろう。

いつの頃からか、

東京は、熱帯か亜熱帯のように、

スコールに見舞われる地域となった。

夏はヒートアイランド現象で酷熱、

冬はコンクリート冷えで極寒。


以前より暮らしやすくなった点は、

夏の冷房温度が、節電の観点から、

適度になった事だけだ。

東日本大震災の以前は、

携帯カイロと膝掛けは、

夏の冷房対策必需品であった。

電車内、オフィス、デパート、

ギンギンにひやしていたものだ。

冷えたビル内から外に出ると、

気温差が激しくて、

大変辛かったものだ。







今日は後で、

谷崎潤一郎の短編、「麒麟」を紹介する。

残虐、鬼畜、耽美の世界である。


ネットでニュースをチェックするのが日課であるが、

ついでに、

どうでも良い話題も読んで、

気分の転換をしている。


先日、どうでも良い話題に、

「彼女と別れた変わった理由ランキング」のようなものを読んだ。


その一つに、

「電話で彼女と話していたら、彼女が飼い猫に赤ちゃん言葉で話しかけて、
怖くなって別れた」、

のような内容が載っていた。


あれれ?

猫を飼っているお家では、

みんなやりませんか?

赤ちゃん言葉。


「よちよち、いい子でちゅね〜」

「しゅきでちゅよ〜」

「(撫でながら)ここでちゅか〜?」


比較的近所の友人宅でも、

独身社会人の息子さんが、

猫を構いながら赤ちゃん言葉やってます。


私も遊びにいって猫にゃんを構う時には、

つい赤ちゃん言葉してますね。


犬だと、上下関係があるので、

赤ちゃん言葉は使わないかもしれない。

猫以外にも複数動物を飼っていると、

やらないかもしれない。



猫だけを飼っているお宅は、大抵そういうものだと思っていたので、

思わず笑ったのであった。


まあ、その程度の事で一々彼女と別れていたら、

ちっとも恋人ができないような気がするぞ。





かく言う私も、

本当は秘密だが、

最近は、人形相手に、


「無后にゃん、可愛いでちゅね〜」とか、

言ってしまいます。

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男児用着物を着せ、つくづく見ると、

腰の辺りはあたかも「尻」があるかのような形である。

実際は、服の下には、尻は無い。

宮無后、胸騒ぎの腰つき。


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特にファンという訳でもないが、原無郷のバッグ。

可愛い。

pili直営店で、買ってしまったものの、

いい歳をした熟女がこういうバッグで外出する訳にも行かず、

室内で観賞用にしていた。

友人曰く。

「大丈夫。
私たちくらいの歳になると、
見る人は、
娘のバッグを借りてきたのだろう、と思うから」


なるほど!

と、言う訳で、

最近は外出にも使っている。















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by leea_blog | 2017-05-07 19:27 | Comments(0)

台湾人形劇の人形と迎える、端午の節句



今日は五月五日。

端午の節句だ。

ウチにいる台湾人形劇の人形たちに、

柏餅を買ってきた。

彼等は人形だし、男の子なので、

雛祭りも端午の節句も、

両方祝えて良いものである。


柏餅を皿に並べながら、

歌った。


「柱の傷はおととしの

五月五日の背比べ

ちまき食べ食べ兄さんが測ってくれた背の丈」


昨今の住宅事情では、

特にマンションでは考えにくいが、

私が子供の頃は、

子供たちの背の丈を柱に刻んだものだ。

どれくらい背が伸びているか、子供にも分かる。

端午の節句が近づくと、

子供の居る家ではどこも鯉のぼりを上げる。


朝、紐で庭に建てた柱の上の方に上げ、

夕方には紐で鯉のぼりを降ろすのだ。

それを毎日繰り返し、五月五日を迎えた。



のんびりした、おおらかな時代だった。


うちの両親のように、

財産の無い薄給の会社員、

妻は専業主婦、でも、

庭付きの家を買えて、

豊かな生活とは行かなくても、

子供も三人育てられたのだから、

現代とはだいぶ違う。


現代だと、色々と様変わりしているが、

思いつくだけでも、

都内では、

マンションの平均価格が、

「誰が買うんだろう???」という金額になっている。

昔は郵便貯金の利率が高く、

利息で老後を過ごす人も居た。

現代では、

老後の生活資として、

貯金と定年後の労働を薦められるものの、

モデルプランの貯金額が、

「そんな貯金額を持っている熟年層がどれだけ居るのか???」という

金額になっている。

非正規雇用が増えている現代で、

「結婚して家を持って子供を育て、老後を何とかしのぐ」モデルプランが、

頑張っても難しそうな状態になっているのだ。

若い世代が人生に夢を抱けなくなりがちなのは、

様々な理由があるわけだ。

更に、

私の子供の時代は、

貧しい家庭が珍しくなかった。

学歴も、高校卒で働く人も多かった。

「相対的な貧困」、という観点から見ると、

貧しくてもそれほど深刻にならないで済んだわけだ。



その代わり、

女性の就業機会は、当時に比べて増えている。


気持ちを切り替えて、

ウチの人たちと柏餅を食べよう。



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男の子の節句のせいか、いつもより凛々しい、
素還真と宮無后。

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宮無后に黒地の男児用着物を着せたら、
何のキャラか分からない状態になっている。

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宮無后の得意技、
「もの思わしげな眼差し」。
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正面から撮ってみた。
色気の具合が、いつもと別人。

これはこれで、
一撃必殺。












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by leea_blog | 2017-05-05 21:13 | Comments(2)

ヘルマン・ヘッセ「幸福論」幸福とは?



世には、沢山の、幸福について書かれた本が有る。

幸福とは?

幸福の基準は、人の数ほどあるだろう。


人が自分で幸福と感じなければ、

他の人から「あなたは幸せな人だ」と幾ら言われても、

意味が無い。

また、人から見れば、

不幸に見えようとも、

本人が幸せだと思っていれば、

それ以上の幸せは無いのだ。


とはいえ、

お釈迦様の時代の前より、

人生は苦しいものであるらしい。


ヘッセの「幸福論」。

新潮文庫の、エッセイ集である。

たった13ページだが、

幸福についての極めて貴重な、

美しい言葉と深い考察で書かれた、

素晴らしいエッセイである。


同文庫に収められた話はどれも素敵なのだが、

13ページの幸福論を読むためだけに買っても、

おつりが来るくらいである。


過日、江戸川乱歩のエッセイ「残虐への郷愁」を紹介した。

江戸川乱歩は、古来の神話伝説にまで遡り、

残虐への郷愁を見つめ続け、考察を重ねた。


ヘルマン・ヘッセは、

人生で繰り返し、幸福とは何かを

自ら問い続けた。

それが短い文章に結実しているのが、

「幸福論」である。


ちなみに、

私にとって、人生で繰り返し問い続け、

ことあるごとに思い返し考察するのは、

「異界」、「異界との橋渡し」である。


そのように、その人が人生の中で、

長年かけて問い続ける「核心」を読むのは、

とても素晴らしい事だ。



私は現在、脳が「幸福ホルモン」をほとんど出さなくなる病気なので、

再読してみた次第である。


「いや、各個人にとっても、まだことばの無い原始世界、あるいは究極まで機械化された、そのためふたたびことばの無くなった現実に生きているのでないかぎり、ことばは人格的な財産である。ことばに対する感受性を持っている人、支離滅裂になっていない健全な人間にとっては、例外無く、語やつづり、字母や形、文章構成の可能性などは、特殊なその人固有な価値と意味を持っている。すべて真のことばは、それがわかるようにそれを持って生まれついたすべての人によって、まったく個人的に一回的に感じられ体験されうるのである。当人がそれを何ら自覚しない場合にも。」


ものの価値観と経験と感受性が、人それぞれであるように、
ことばは、同じ言葉を使っている場合にも、
ひとそれぞれに意味合いが違う。

それを読み取ろうとすると、
自分の価値観や感受性と反応して、
合奏のような効果が生まれる。

人は時に同じようでもあり、
時にまったく相容れず、
同じ人は二人と居ない。

世界はそのように構成されている。

それは、大変壮大な事である。


「幸福の話と思ったら、

言葉の話か?」と、

諸氏は違和感を覚えるであろう。

ヘッセは、

「幸福」という言葉を取り上げて、

その蜜のような効果を考察するのである。

そのあたりが、

世間に溢れる「幸福とは?」の本と、

決定的に異なる。

そして、信頼が置けるのである。



「千べん使っても使い損ずるおそれのない日常語もあれば、どんなに愛していようとも、慎重に大切にして、荘重なものに似つかわしく、まれに特にえりぬいて初めて口にしたり書いたりする、別な荘重な語もある。

私にとっては幸福(gluck)ということばは、そういうものの一つである。」


こうして、幸福ということばがいかにヘッセにとって素晴らしい価値を持っているかが続いて語られる。

「それは、私がいつも愛してきた、好んで聞いてきたことばのひとつである。その意味についてはいくらでも議論をし、理屈をこねることができただろうが、いずれにしてもこの語は、美しいもの、良いもの、願わしいものを意味していた。この語のひびきもそれに相応している、と私は思った。

この語は、短いにもかかわらず、驚くほど重い充実したもの、黄金を思わせるようなものを持っている、と私は思った。充実し、重みがたっぷりあるばかりでなく、この語にはまさしく光彩もそなわっていた。雲の中の電光のように、短いつづりの中に光彩が宿っていた。短いつづりは、溶けるようにほほえむようにGlと始まり、uで笑いながら短く休止し、ckできっぱりと簡潔に終わった。笑わずにはいられない、泣かずにはいられないことば、根源的な魅力と感性に満ちたことばであった。これを正しく感じようと思ったら、この黄金のことばのそばに、遅くできた、うすっぺらな、疲れたニッケルあるいは銅のことばを、たとえば、所与とか利用とかいうことばを並べてみれば、すべては明らかだった。疑いもなく、それは辞書や教室から来たことばではなかった。考え出され、転化され、合成されたものではなく、一つで、まとまっており、完全であった。太陽の光や花のまなざしのように、空と大地から来たものだった。そういうことばの存在したことは、なんと良く、幸福で、心なぐさむことだったろう!そういうことばを持たずに生きたり考えたりすることは、しおれ、すさむことだろう。パンや葡萄酒のない、笑いや音楽のない生活のものだろう。」



文筆家は言葉の専門家である。

鉱物を鑑定するように、
言葉の真贋を見極めようとする姿勢に、

読者も、思わず、
幸福、という言葉そのものの持つ言霊に目を向けるだろう。


「完全な現在の中で呼吸すること、天球の合唱の中で共に歌うこと、世界の輪舞の中で共に踊ること、神の永遠な笑いの中で共に笑うこと、それこそ幸福にあずかることである。多くの人はそれをただ一度だけ、あるいは数回だけ体験した。しかしそれを体験した者は、一瞬のあいだ幸福であっただけでなく、没時間的な喜びの光輝やひびきのなにがしかをも得てきたのである。」



どれほど悲惨にあえいでいる人でも、
過去に、一瞬も、一度も幸福と感じたことが無かったか、と言われると、
あった筈だと思い返すであろう。

苦しみにまみれ、
記憶の隅に押しやられていたとしても、

継続的ではなくともいいのなら、
常に幸福では無くてもいのなら、

一回か数回でも、
一瞬でもいいのなら、
経験した筈だ。


現代人にとっての、
「幸福を感じるハードル」が、
読むうちに大きく下がるのを感じるだろう。


「数日、数時間、あるいはほんの数分間の体験であったにせよ、私は幸福をいくども体験した。のちになってからも、年を取ってからも、数瞬間幸福に近づいたことがあった。しかし、人生の初期に出会った幸福の数々を呼び返し、たずね、吟味してみるたびごとに、そのうちの一つが特にはっきりと残った。それは私の生徒時代のことだった。その幸福との出会いの独特な点、純粋な点、根本的な点、神話的な点、静かに笑いながら宇宙と一体になっている状態、時間や希望や恐怖から絶対的に自由である状態、完全に現在である状態、それは長く続きはしなかった。おそらく数分間しか続かなかった。」



その記憶が具体的にその後に続き、

短いエッセイは終わる。


数分の幸福の記憶が、

その後の長い人生に、

幸福の照り返しを放射し続けるのである。


ヘタな幸福論を何冊も読むよりは、

ヘッセのこの短いエッセイを読むことを、

大いに推奨する。

なぜなら、

根源的であり、

多くの人の、幸福感の実践トレーニングにも役立つ為である。







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by leea_blog | 2017-05-03 13:24 | Comments(0)