ぬいぐるみの世界・新井素子「くますけと一緒に」


先日は、少女と古い市松人形の結びつきの世界、
「りかさん」を紹介しました。


梨木香歩「りかさん」・不思議愛しい人形世界
   ↓
http://leea.exblog.jp/26146063/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、直接リンクが貼れません。
URLをコピペして飛んで下されたし)


今回は、ぬいぐるみと少女の結びつきを題材にした小説を紹介します。

新井素子「くますけと一緒に」


「くますけ」という、熊のぬいぐるみと、いつも一緒の女の子の話です。

ジャンルは、ホラー系?

何も考えずにすらすら読める系の小説です。



小学四年生なのに、まだぬいぐるみと離れられない成美は、

両親にも同級生にも、

「異常」扱いされます。

その両親も、最初の方で交通事故で死んでしまうのですが。



私が転地療養で台北に滞在していた時。

台北駅の地下街で、

小さめのスーツケースを引く女性を目にしました。

スーツケースの上には、大きな熊のぬいぐるみが。

ぬいぐるみは、落ちないように、

スーツケースの引き手の部分に首を縛り付けられていました。

私はそれを見て、

「ああ、旅行にもぬいぐるみを連れて行く人なんだな。

それにしても、ぬいぐるみは首をスーツケースの引き手に縛っても壊れないからいいよなあ。

そして、ぬいぐるみだとまわりも変な目で見ないからいいよなあ」

と、思い、さらに目で追いました。

エスカレーターを降りるとき、

段差でスーツケースが小さくはねました。

女性は、すぐ振り返って、熊を見つめ、

「大丈夫だった?」と言うように、熊の頭を優しくぽんぽん叩きました。


私はそれを見て、

「うわー。これは相当に親密な関係だぞ!」と、

「微笑ましさ」を越えた何かを感じてしまいました。

その女性にとって、大きなぬいぐるみの熊は、

私の家にいる布袋戯の人形、素還真と宮無后のような親密な相手なのでしょう。



大人になると、人形やぬいぐるみと親密すぎるのは、

周囲を引かせてしまいます。

が!

「くますけと一緒に」の主人公、成美は、

小学四年生ですが、周囲から異常扱いをされてしまいます。



成美は、くますけと会話します。


くますけは、いつも正しい事しか言いません。

成美に、

大変大人なアドバイスをします。


世間の人が読んだら、

「成美がくますけのセリフを考えているのだ。

成美の頭の中の事が、くますけを通して現れているのだ。

小学四年生なのに、ちょっと無理があるほど大人っぽい子だ」と、

思うのではないでしょうか。



「りかさん」では、

市松人形りかさんのセリフは、

主人公ようこが考えているのではなく、

りかさんという、いわば「人形族」がしゃべっているという設定です。



「くますけと一緒に」では、

読者には、くますけが成美の思っているように

「ぬいぐるみ族」の、独立した人格なのか、

仲の悪い両親の間で気を使って育った成美の、

心の中の声なのか、読者には明示されないまま、話が展開して行きます。



最後には、読者は納得することでしょう。



それにしても、

ぬいぐるみへの愛が、凄く伝わる一冊です。



後書きを見ると、それもそのはず。
作者は、ぬいぐるみ教の信者で、
ぬいぐるみ屋敷に住んでいるのだった!!


以下、引用します。

「えっと、前の段落をお読みになれば、ほとんどこんなことお判りでしょうが、私は、ぬいぐるみが大好きです。これはもう、どっちかっていうと『病的』って言えるくらい、好き。何せ自宅が、『ご近所の名物・ぬいぐるみ屋敷』になっているくらいだもの。(一軒の家の中にぬいぐるみが四百もいれば、そうなりますね)。
 その上、これはどうしてなんだか、私、今でも本気で、『ぬいぐるみって一見生きていないように見えるけれど、実は生き物で、だから個性もあれば感情もあり、ついでに、ぬいぐるみパワーとでもいうような一種独特の力も持っていて、持ち主になにかがあれば、きっとぬいぐるみが守ってくれる』って思っているんです。」



作品そのものよりも、後書きのこの部分の方が衝撃的でした。


私はぬいぐるみ教徒ではありませんが、
人ごととは思えない!


くますけも、納戸にずっと封印されていたなんなんも、
持ち主の危機を、不思議な力で守ります。


江戸川乱歩の時代は、「人でなしの恋」でした。

新井素子の時代は、「くますけと一緒に」。
まだ、この時代も、ぬいぐるみを手放せないのは「異常」扱いです。

そして、もっと時代が進むと、

フィギュアやカスタムドールも人々の生活に浸透し、

人々の間に
「愛を注がれた何かは不思議な力を持つ」という認識がもっと一般的になり、

梨木香歩の「りかさん」になりました。


台湾の布袋戯、ピリと出会う前の私でしたら、

「くますけと一緒に」も、「りかさん」も、

読まずに人生を終えていたかもしれない。

そう考えると、

幾つになっても新しい世界を発見するものだなあ、と痛感します。

いや、むしろ、

「新しい世界が向こうからやって来るようになった」という感じかもしれません。














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# by leea_blog | 2017-11-07 18:06 | Comments(0)

検査終了!

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ふぅー。

検査が終わった。

東京タワーは見えるし、

ビルの間からは、

レインボーブリッジが見えるし、

快適な環境だった。


快適なので、スヤスヤ眠れたら、

正確な測定が出来ないのでは、と、心配したが、

無事、

いつも通り寝苦しく、

朝起きたらいつも通り、

疲労困ぱいしていた。


このしんどさがちゃんと測定出来ている事を祈っている。


それにしても、次回診察は12月だ。

遅々として進まない。。。。


病院近くのドトールで、

タバコを吸いながら休憩中。


サラリーマンが続々とテイクアウトしていく。

はぁー、

早く働けるようになりたい。

このままでは、

文無しになってしまう。









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# by leea_blog | 2017-11-07 09:08 | Comments(0)

慈恵医大病院の病室から

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病室の窓からは東京タワーが見える。
これは素敵だ。

睡眠時の測定なので、
個室だ。

個室は気楽だが、一泊五万もする。
とほほ。

以前、昼間の検査をした時は、

緊張して眠れず、
測定ができなかった。

今回はちゃんと測定できますように。

部屋の中は、↓こんな感じだ。

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↓夕暮れがちかづく

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夜景
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もっと夜景
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# by leea_blog | 2017-11-06 15:39 | Comments(0)

馬鹿日記・近視と乱視で見える人形の後光



人形愛シリーズの「馬鹿日記」ばかりアップして、
本当にバカップルだな、と自分でも思う。


宮無后に柿餅をお供えした翌日。

(まだ食べていない。検査入院が終わってから素還真と三人で食べよう)


十一月の光が射し込む窓際で、

無后をお腹に座らせて、腹式呼吸の練習をしていた。

眼鏡は外していた。

見上げると、

澄んだ秋の光が横から射し込み、

無后の髪が、

今までに見たことがないほどルビーの色に輝いていた。

そして、

髪が光に縁取られ、

頭の周囲は、

大きなルビーの珠をたくさんちりばめたように見える。

ルビー色の光に囲まれて、

無后は慎ましやかな笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

宮無后「公主。柿餅をありがとうございます」


りーあ「ああ、柿餅。喜んでくれて私も嬉しいわ。

    と、いうか、無后、どうしたの?

    後光が射していますよ」


一年半一緒に暮らしていたけれど、

こんな風に見えたのは、初めてだ。


人形を越えた美しさ、

精霊界か天界の人のような美しさに、


驚いてしばし見つめた。


毎日の手入れにも関わらず、
髪が乱れたせいで、
頭を縁取る乱れの部分に、
ルビーの色彩が溜まっているのだ。




写真に撮っておこう、と、

眼鏡をかけたとたん、

普通の姿になった。



近視と乱視の肉眼が見せた、

奇跡的、霊的な何かだった。


どんな風に見えたか。

雨の日、車を走らせると、

ワイパーと雨粒越しに、

都会の光が、拡大されて見える事がある、あんな感じ。


そして、乱視は、三日月がぶれて、

ぶれた三日月がたくさん見えて半透明に円く見える、

そんな効果も入っている。


私が裸眼で見ているものは、

良い画像ソフトがあれば、

(使いこなす能力も必要!)

再現できるのだが。。。。。



柿餅は、無后の心の深部に触れたらしい。


見え方が違う。


それはそうと、

宮無后は、煙都という神秘的な都で育ち、最後は自殺してしまった。


煙都を思い出すような物を、それほど好まない。


無后を注文して出来上がって来るまでに、

胡蝶瓶を入手して、待っていた。


無后は、瓶の中で蝶を飼っていたのだ。

が。

我が家に到着した無后は、

胡蝶瓶に興味を示さなかった。


よくよく考えれば、

瓶に囚われて愛でられ死んでゆくだけの蝶に、

我が身を重ねていたのだから、

第二の人生でそんなものはもういらないのだった。


愛用の剣も、「製作注文しようか?」と聞いてみると、

「いりません。いつか必要になる時には、
お願いするかもしれません」。


うーん、剣も悲しい思い出があるわけだし、
今は必要ないのかも。


煙都では、円い鏡に向かって、長い美しい髪を、
梳いていたものだ。

円い鏡と櫛、どこかで見つけて来ようかな、と、
無后に相談すると。

これも「いりません」なのだった。


理由は、
櫛で自分で髪をすくよりも、
私が毎日手櫛で髪を整えて上げている為、
そのほうがはるかに心地よいのだそうです。


明日は、睡眠時無呼吸症候群の検査入院だ。

一晩だけだが、

五万もする!!!!


病院で読む本をセレクトした。

再読を含めて、

読みたい本が目白押し過ぎる!

きれいな心に触れたいと思い、

久しぶりにヘルマン・ヘッセを持っていく事にした。












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# by leea_blog | 2017-11-06 00:17 | Comments(0)

馬鹿日記・人形が腰の痛みを治す事


これは、九月の転地療養の時の事だ。

布袋戯の人形、宮無后を同伴した。

宮無后に、運動量が多過ぎる、と指摘された。

普段動いていない私が急に運動量を増やすと、

体に負担がかかりすぎる、という、

びっくりするほどまっとうな指摘だった。


家では、絶対、こんな建設的な意見を言わない人なのに。


その夜の事だ。

腰が痛いよ〜、と言いながら、

ベッドにうつぶせになって、

テレビで布袋戯を観ていたところ。

宮無后が、「公主、お背中に乗せて下さい」と言うのである。

変わった要求だが、

この子は変わった所があるし、

乗せた。

しかし、ずりずりと滑り落ちてしまうのである。

りーあ「ほら、無后、背中から落ちちゃうじゃない〜」

と、言いつつ、テレビを観る。

無后は背中から腰の方にずり落ちて、

背骨と腰骨が繫がるあたりで止まった。

そのまま、じっとしている。


りーあ「無后、何やっているの?」

うつ伏せになっているので、

無后が何をやっているのか見えず、

何をやっているのか見ようと、

スマホを背中に廻して撮ったのが、以下。

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手前の抱き枕のような白い部分が、

私の背中である。

腰の辺りで止まって、

両手でしがみついています。


しっかり抱きついているから、

そのままにしよう、と、


「変な子でちゅね〜」と微笑して、

再びテレビを観ていた。


霹靂、という人形劇な訳だが、

観終わって、

りーあ「はい、無后、お終いですよ〜」と、

宮無后を背中から降ろした。



あああ、腰の痛みがなくなっている!!!!!!


宮無后「取り敢えず痛みは取りました。

明日からはお散歩は適度になさって下さい」


りーあ「うそ〜!!!!痛みを取ってくれたの?????」




と、通りすがりの皆様は


「絶対作り話だろう」と思って居られると思う。



私も、不思議で不思議で、

何か現代日本人が納得できる理由を、探してしまった。


考えられる理由、

ちょっと無理矢理考えた感じだが、


無后が乗っている事で、腰が暖められ、

なおかつ、重すぎない無后の体重で、

適度な圧力が掛かり、

「指圧した」ような状態になった、、、、


のではないだろうか?



それとも、

やはり、

布袋戯の人形には、不思議な力が????

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# by leea_blog | 2017-11-04 22:40 | Comments(2)

揺蘭通信・まれびと冊子【揺蘭】14 速報


まれびと冊子【揺蘭】14号は、

11月15日の夜に、

秘密配送基地、横山克衛氏宅に届きます。

その後、各執筆人宅に配送されます。

どうぞ、お楽しみに。


ふう、何とか年内に間に合った、という感じです。





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# by leea_blog | 2017-11-03 23:03 | Comments(0)