ドキドキ法案否決、と、衆院解散

郵政民営化法案否決&衆院解散〜。

ちょっとばかり、ほっとしている。
人々の注視の元、納得出来ないことにノーと言えない国会では、あまりに気持ち悪いからだ。

    (だって表現者は言論の自由に敏感。戦前に生まれなかった事を、真剣に感謝している)


 議員に圧力を掛けて無理に法案通す程、急がなくちゃならないことか? そもそも法案は、圧力掛けて通すものじゃないだろ〜。それじゃまずいでしょう。
 いや、あんた、殺されてもやる、とか、そういう話じゃないでしょう。中高生じゃないんだから。現代の日本なんだから、議論を尽くせって。(と、つい怒ったり呆れたりびっくりしたりしてますが)

 言い分がまったく分からない訳ではない。小さな政府とかね、そういうのは、わかるんですよ。議員がどうとかの前に、一般有権者の半数近くが反対してるのなら、議論を尽くさないとまずいでしょう。


 ニュースのチェックをさぼると、「ああー、これ通っちゃったのかよ」と叫びたくなるシロモノは多い。ワタクシを含めて有権者は、通る前に何のアクションも起こさない。
 通った後は、議員の所に行かないで、末端の役所の窓口でゴネまくり、気の弱そうな窓口の職員をねらい打ちにして「税金で食ってる奴は良いね」といびるのだ。あ、ワタクシはそれはしませんよ。末端の人にごちゃごちゃ言っても駄目ですよ、国会で決まったんだから。


小泉首相がいま、テレビで
“大事な仕事は公務員じゃないと駄目だ、というのは官尊民卑の思想で民間に失礼だ”、何とか言ってます。

“本当に公務員でないと出来ないのか”とか。

いや、、、だから、そういう趣旨で反対なんじゃないでしょう。。。単純に仕事そのものの事なら、公務員の仕事はかなりの割合で、誰でも出来るでしょう。そんなこと言ってるんじゃないって、分かっている上で意味をすり替えて喋ってるわけです。一般人のワタクシは、「羞恥心無いなぁ」と感心してしまうのだ。

次世紀ファームうんたらの社長?でしたっけ? あのトークみたいである。

 インチキセールスのトークのようで、これでは仮にまともな面があったとしても、疑いをもたれてしまうであろう。公式な会見くらいは、説得力の有る、まともな話をすべきではないのか。

 議論尽くしたというが、有権者の耳に届いてないですよ、尽くした議論の内容。
 純朴で性善説の人々も含めて世間一般は、そろそろ目先の旨そうなセールストークに釣られず、テレビや新聞の報道を鵜呑みにせず、自分で「どうなんだろう」、といろいろな角度で考える癖が付きはじめている、と信じたい。

 衆院選は9月上旬。
 選挙が近づくと、親しくない人たちがいきなり親しげな電話を掛けてきて、何かと思えば投票の依頼だったりする。そういう人たちは、決まって特定の政党である。支持者たちに、「知人友人に、片っ端からお願いしろ」とのマニュアルがあるのか?

 声を大にして言いたい。
 二十歳になってようやく手に入れた選挙権である。
 頼まれて投票する性質のモノじゃないでしょう。判断力が無い奴と思われているようで不快であり、その政党に対しても強い疑いを抱く事になる。逆効果なのでやめた方が良いですよ。

 
 たまたまその政党は、政治にイマイチ関心の薄いワタクシでさえ、賛成しかねる路線である。それを少しでも知っていたなら、お願いの電話などとても掛けられないはずなのだ。普段その手の話もしない相手に、そういう時だけ電話を掛けたり顔を合わせざま選挙の話してくれば、踏まないでも良い地雷を踏んでしまうのである。

 頼みたいなら、普段からこまめに行政や政治の話でも振って、相手の考えを把握しときなさい。これはいける、と思った相手にだけ頼みなされ。
 主義信条を知ってる相手にだけ頼んでいれば、トラブルにはならないのだ。



 今度頼まれたら、先方の苦手そうな党の名を挙げて、
「ワタクシの応援している党に入れてくれれば、あなたのお薦めの党に入れるわ。どう?」
と聞いてみよう。
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# by leea_blog | 2005-08-08 22:42 | Comments(2)

復旧工事


旧・薔薇闇回廊の画像を、少しずつ再録中です。
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# by leea_blog | 2005-08-07 02:41 | お知らせ | Comments(0)

『ゆりうた』 ブログに移行作業中。

このホームページは、私にとっても謎である、幾人かのエンジニア?様、Webデザイナー?様、コレクター?様、助力者様のお陰で成立しているわけですが。。。

ある夜、「ブログにしたら?」、と突然の助言を頂き、ブログとはウェブログの事だとしか知らなくて、掲示板とどう違うのか知りもしなければ考えたこともない迷宮領国当主は、漠然と、
「ゆりうたって、りり山のブンガク姿勢と全く関係なさそうな、息抜きに力を入れたシロモノでは? 
これを読んだら、むしろ誰もりり山のアナログ作品に関心を示さなくなるのでは?(笑)」
と、扇で酷暑を払いつつ、山積みの本の整理に励んでいた。


忘れた頃に、申し出人様が、実は酷暑にめげずブログ移行準備を進めてくれていたことが分かった。
ありがとう、謎の申し出人様。

近々、このコーナーはブログになる事でしょう。
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# by leea_blog | 2005-07-30 02:41 | お知らせ | Comments(4)

幼虫期の終わり、再生のまどろみ、絹の肌触り。

貧血で寝込んだ。まだ一週間が始まったばかりなのに。

こう暑くては、汗と一緒にビタミン類やミネラル類が沢山失われているはず。補給が追いつかない。疲れがたまるが、癒える暇が足りない。

睡眠も不足気味。

そして。美への餓えは、餓えていることに気づかぬ位、日常化していた。貧血にもなるはずだ。

と、いうことで。
こういう時のために取って置いた、絹物を引っ張り出した。軽く、暖かく、暑くなく、質感の深く美しく、艶のなまめかしく、肌触りの心地よい、絹である。

 普段使いのクッションに、ジムトンプソンのクッションカバーを掛けて並べてみる。ああ、光を吸い込み、柔らかく反射させるさまの美しさ。その眺めは、目を通じて疲労した脳に届き、快楽物質の分泌を促す。さらにはその手触りも、深い安らぎをもたらす。

 しかしむやみに絹を撫で回さず、まずは半身浴をして冷房の冷えを取るのである。温まったら、バリ島で買ってきた香辛料たっぷりのボディスクラブ、ボレーを冷えて凝った筋肉に塗布して、待つこと15分。じわりと熱くなる感触がしたら、マッサージしつつボレーを洗い流すのだ。

 貧血で固くなった体も、快復の兆し。湯上がりに熱いハーブティーで内臓を暖め一息ついてから、絹のクッションに身を預けるのである。ああ、しあわせ〜。。。。


さて、絹であるが。
絹フェチとまでは行かないが、絹には強く心を惹かれる。
汗染みは出来やすいし、デリケートなので洗濯には気を使うわ、しわになりやすいわ、破けやすいわ、と、現代女性の慌ただしい日常生活には便利度の低そうな生地である。

にもかかわらず、やはり絹はいとしいし、心惹かれるし、実用に向いている。

 汗をかいてもすぐ乾くので、部屋の外と内の温度差が激しい地域(ヒートアイランド地帯とか!)に暮らす女性には、むしろ必需品といえる。オフィス内の冷房は極地の如く、建物の外に出れば熱した鉄板の上を歩くが如し。そよと吹き付ける風は、ドライヤーを当てられているような具合である。過酷な環境である。

 絹を消耗品と割り切って、インナーに多用する以外に生き延びる道はない。
 絹は風邪を引く前に汗が乾くのみでなく、軽くて暖かいので冷房から身を守る。帰宅したらすぐにお洒落着用の洗剤に漬けてそっと振り洗いし、流水で濯いで、軽く叩くようにして水気を切り(絞っちゃいけません)、適当に掛けておけば翌日には乾いている。絹製品のお店の店員さんによれば、お洒落着用の洗剤でなくとも、シャンプーでも可とのことである。髪を痛めず洗う代物ゆえ、絹の繊維も痛めないとのこと。
 豪奢系の服や、つやの美しいサテン生地はクリーニングに出すが、夏だし一回着る毎にクリーニングに出すとなると、面倒で着る気が失せてきませんか? ワタクシはジムトンプソンの絹でも、自宅で洗って休日にせっせとアイロン掛けをします。つやは元通りにはなりませんが、クリーニング店の無かった時代はこんなものであろう、と考えることにしてる。


 実用面は、天然繊維なのでお肌に優しい等、色々ある。
 が、何より、絹は、官能的である。女心(違うかも。あやかし心か?)をたまらなくそそるのである。重いウールは肩が凝るが、絹なら少しくらい重くても、苦にならないのである。

 軽いと言っても、厚めの織り方でたっぷり足元まである着物なら、結構重い。昔の女人は絹の着物を何枚も重ねて着て、かなりの重量になったらしいが、現代の着物でも、体に掛かる重量が布地の特性ゆえかしらねど分散される感じがして、妙に心地よいのだ。

 豪奢な絹の衣が重くて耐えられないなんて贅沢な話で羨ましい。が、昔は重くて大変なものは他にもあった。冠や装身具である。男性に比べ筋肉の量が少ない女人は、常に冠や装身具をまうのはかなり大変であったろう。特に、首が細くてなで肩体型の人! 私もそうなのだが、重い衣類は背骨や腰にたやすくダメージを与えるのである。冠や装身具の重さは衣類の比ではない。
 それなら冠も装身具もやめればいいのだが、昔の人は趣味で身につけていたわけではないのだ。


 絹の官能性に戻ると。
 半身浴して絹に身を寄せれば疲れも癒えてゆく心地。絹の独特の、官能を刺激する具合であるが、これは綿のような植物でも、ウールのような動物でもなく、蚕という昆虫に属する何かかもしれない。

 虫が、終わりかかる幼年期に急かされて糸を吐き、自分一人で籠もる小さな部屋を作る。それが繭だ。空気や湿気が、心地よい具合に出入りする密室。変態の眠りを籠めて閉ざされた部屋。
 繭を作り上げると、幼虫はほっとして眠りに落ちる。さなぎの内側で体は溶けて、幼虫期とは似ても似つかぬ成虫に変化してゆくのだ。人間族には想像を絶する生態である。幼虫たちの眠りの中の変態の記憶が、絹糸に残っているのではないか。
 幼虫期の終わりと、夢の中で変態してゆくその力。羽ばたく成虫としての生へ、そしてすぐに訪れる死へ向かう、幼い虫たちの果敢な夢。それが糸に残っているのだ。その不可思議な夢の力をわずかでも得ようと、人間族は肌にまといたがるのではないか。

 絹糸を取るために、幼虫でも成虫でも無い、そのはざまにあるさなぎの命が失われるわけだが、眠ったまま死ぬ虫たちの、生命の破片も絹糸に記憶として残っているのではないか。

 それゆえ、絹は人々の、すり減った動物エネルギーをそっとくるんで再生させるのではないか。せっせと繭を作り上げ、重労働に疲れ果てた幼虫の、人間族が知ることのない達成感と、次の生に向けて体が溶けてゆく深い眠り。それを、絹を通して追体験したいと思うゆえに、絹がこれほど官能的なのではないか。

 つらつらと思いつつ、絹の枕に頭を預けるのである。
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# by leea_blog | 2005-07-27 03:11 | Comments(0)

ことしの梅雨明け、そして、『うろくず の やかた』書き出しの海。東京湾に注ぐ川。

きのう、こちらでは、ことしの梅雨が明けた。

台風みたいな雨が続いて、
「一体梅雨はいつ明けるのか? すでに開けていて、これは夏の豪雨では?」といぶかしんでいたところだった。

梅雨明けの宣言がなされた午後、ワタクシはあまりの暑さに体を壊して、臨海副都心に逃げ込んでいた。自宅は、暑さと湿気で寝込んでいる内に衰弱死しそうな悪環境なのである。

 寒気と咳に苦しみつつ、黒潮がひたひたと船着き場に打ち寄せる、あの人口密度の極端に低い場所に、一時避難したのだ。


 海ぎわのホテルのエレベーターの中で、ベルボーイが梅雨が明けたと教えてくれた。
 豪雨の続いた梅雨が、まさにこの日に明けるとは。


疲れた心身にはミネラルを含んだ海風が効く。
部屋は最上階だった。

カーテンを開けてボーイが説明するには、正面は隅田川で奥行きは築地の方角という。夜になると屋形船が見えるという。


あら、そうなの、と心で言った。よくよくみれば。川の左手に見えるのは、あれは築地の市場ではないか?
 おお。なんと、懐かしい人に再会したものか。『うろくずやかた—人魚のひめ—』の書き出しを書いた場所だ。

 たまたま、このHPを作ってくれた人が、試作品HPの名を、取り敢えず詩集から取って『うろくずやかた』、とした。

 疲労しきって海ぎわにたどり着くと数時間前に梅雨が明けており、そして偶然取った部屋の正面に、人魚のひめの書き出しを書いた築地の市場の列柱と、海に注ぎ込む隅田川があるとは。
 闇に紛れて陸に上がる人魚たちの幻影。そう、彼らは街に散って行くのだ。



 ああ、あれは確かに、築地の市場の、列柱の船着き場。
 昔に一度みた、夜の黒い川面に浮かぶ王宮のように見えた、煌々と光の灯る列柱、見る内に人魚の屍が流れてくると思った、あの場所を、二十年近く経って今、外資系ホテルの最上階から見下ろしているのだ。


 こちらからみれば昼間の市場の建物は城塞めいて、海戦に向けて戦闘用のガレー船を次々と生みだす異国の造船所を思い出した。



 偶然にしては出来すぎていた。

 わーい、と歓ぶよりも、訝しんだ。
 怪しんだ。

 どうしてもここに来なければならぬと、7月に入ってからやたら切迫した気持ちに駆られていたが、例によって私がそう思ったのではなく、思うように仕向けるものがあったのだ。   大体、私はこのホテル以外にお気に入りがあるし、こことは別のホテルに行きたかった。
 なぜのホテルで、しかも海に向いた部屋ではなく、川に面した部屋でなくてはならないのか、予約を入れるまで大分躊躇したのだ。夏の海ぎわに宿を取るのだから、海に面した部屋にしたかったのだ。
 来てみれば、わかった。重要な理由があったのだ。


 地霊の招きにあう、いや、地霊に呼ばれる、あるいはもっと乱暴に、呼びつけられる事は良くある。
 が、訝しんだのは、その感覚からしばらく遠ざかっていたからだった。

 緑の、湿った髪を掻き上げる、手の、幻。
 俯いた顔にかかる、汐の匂いのする髪の房。肩に張り付く、浅緑の髪の筋。
 高く挙げた力強い尾、飛沫が虹色の光を集めて散る。
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# by leea_blog | 2005-07-19 03:10 | Comments(0)

日本語の問題。 文章を破壊しつつ再構築する眼差し、を思い出した事


閑話休題、その二。

 渇水が心配されたのもつかの間、遅れを取り戻すに十分な雨が続いた。しとしとと降り続く梅雨のイメージを裏切って、豪雨が多い。

 今日もそうだったが、雨の合間に陽が出ると、ムキになっているかのような照りつけ方である。ワタクシの部屋はサウナ状態、仕方なく苦手なクーラーのスイッチを入れた。嫌いなんだよね、この、不自然に骨の髄が冷える感じ。夏の疲労物質が、筋肉の隅々に重く沈んだままになるような冷え方。

 ところで。文体についてつらつら考える。

 外国の人の日本語ビジネス文書を添削した。ネイティブ日本人が見て不自然な所を直すのだが。考え込んでしまった。と、いうのも、母国語の文法の癖をひきずっていて、なかなか面白いのである。

 直したくなかった。文の構造や助詞が微妙にめちゃくちゃで、ビジネス文書としては意味が通じない。直さねばならない。本人の意図する内容を、正確に伝えていないからである。
 が。文芸として、意図的にこんな文にしたとしたら、面白いのである。良い味を出しているのだ!!
 ワタクシは書いた本人を前に、紙を見つめたまましばし沈黙した。自分でも、その沈黙が長すぎるのに気づいていた。頭の中の、【正確に物事を伝えるための文】をチェックする部分と【通常の文章では表現し切れぬ事の還元装置としての文章】(←りり山定義)を評価する部分が同時に反応して、頭の中で議論を始めたのだ。

 勿論、仕事なので優先させねばならないのは前者である。しかも、先方さんは日本語を知り尽くしてレトリックとして混乱を極める文体にしたわけではない。たまたま、偶然にワタクシの心を刺激する味のある表現になってしまっただけだ。詩人の言いしれぬ文体構築力が生みだした技とは、根本的に異なるのである。「面白い!」と感嘆している場合ではないのは分かっている。

 が、「あ、この表現は面白いですね!」と言いたいのを呑み込むのに時間が掛かった。それを口にすると「面白いけど、それはあくまで日本語の深部を知り尽くした上で技法としてやった場合ですね」と続けねばならないし、「確固たる物があって自分の必要上やるなら、ほんの一文字入れ替えただけで、平たいものがとたんに多重の空間や時間を提示し暗示するようになります」と続けねばならない。さらに「それはブンガク、特に詩の人たちが強い関心を持ち探求する、一般的には辺境と呼ばれる領域です」、と、続き、ちょっと表現者でも何でもない海外の人と短い時間で仕事中にする話ではなくなるのだ!

 さらに。誤解を避けるため「意味の通りにくい表現を使った作品は、日本の現代詩ではちょっと一般的ではないですけどね」、とも付け加えねばならないだろう。相手を混乱させるだけである。

 しかたなく、日本語の特徴や、伝えやすい文章のコツを話しながら手を入れた。良心が少し痛んだ。もしかしたら、相手の潜在的な表現能力の芽を駄目にしているかもしれない、と思いつつ。
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# by leea_blog | 2005-07-10 03:09 | Comments(0)