下がらぬ熱の海ぎわ ・ 天津凶夢妖霊草紙

七月十九日、渋谷の朗読会に行って来ました。
暑すぎず、寒すぎず、雨も降らず、遠方からの参加者さんも無事到着、楽しいひとときでした。

今回は、「朗読の予定が入って、、、」と言っただけで「行くよ〜」と言って下さった方が複数いました。そんなことは断じて珍しいのである! 大抵は、「来てね」と案内出して初めて行くかどうか検討するものである!
それなのに、クローズドの会。何と申しますか、またの機会に是非いらしてくださいませ。


さて、私は。
直前にひどい風邪を引きました。入浴途中で書き下ろし作品を書いたのが原因。

前回のゆりうた書き込み後、半身浴しつつ「音と詩について」つらつら考えていたんです。どういう朗読会か事前情報が足りなかったので、どのモードで読むかが決まらず、練習もままならないのがストレスでした。出来れば、朗読は毎回、自分にとって新たな試みがしたい。
しかし今回はクローズドの朗読会なので、お客さんが初めて聞くなら以前やった朗読でもいいかもしれない、ではどれにしようか、云々。。。。。。
妖霊の〜、じかんが〜、なつぅかしげにあなた〜のぉ〜窓辺を〜ぉ、濡らすとき〜、朝焼けと〜夕ぅ焼けぇのぉ匂いぃぃたぁぁつぅうるわしいぃ凶夢のぉ腕ぇが〜、、、、ぁぁぁ、、、、、
これは暗記してるし、これで行こうか?
あ、その時。声音が降ってきた。石の廊下を這う異国の地霊の声音が囁いた、そう、繰り返し、繰り返し、繰り返しつつ変化してゆく古代の掛け合いの歌の如くに。


15.7.2003  夜、半身浴しつつ「音と詩について」考えてい
      た。突如、書きたかったものが降ってきた。湯
      船から飛び出し、髪から水を滴らせたまま書き 
      留める。録音機を探して降ったばかりのものを
     録音、再生してみる。フローリングの床に幾つも
     水たまりが出来ていた。
16.7.2003 見事、風邪を引いていた。喉の痛みがひどい。
      午前は仕事、午後から臨海副都心のホテル日航
      東京へ。海鳥の鳴き声、潮の香り、建物にさえ
      ぎられない視界!!! 自宅より広いハーバ
     ビューのツインルームで熱に喘ぎながら作品推
     敲、朗読の練習。夜、ほぼ全文完成、題も海ぎわ 
     で決まる。【天津凶夢妖霊草紙】(あまつまがゆ
     めようれいそうし)。 アロママッサージや、大
     江戸温泉物語はやむなく諦める。部屋のお風呂に
     入る余力も無し。 
17.7.2003 悪寒がひどい。着替えも重労働。午前中、東京湾
     を眺めつつ作品の推敲。午後、よろめく足取りで
     帰宅。海を見ながらお茶を飲みたかった。。。
18.7.2003 熱下がらず、出勤。この咳と鼻水で朗読するの
      か?と危ぶむ。小原ミチルさんから電話。活力を
      もらう。
19.7.2003 朗読会当日。解熱に成功。息が続かないし声が出
     にくいものの、朗読途中で咳き込まない事を目標
     にする。よろめきつつ会場に到着
     (遅刻。。。。)



いやはや、こんな風に作品と体調整備に没頭できるのも、自分が幹事やっていないイベントだからである。感謝である。会場でしゃれたプログラムを手にしたとき、主催側の見えない苦労にこっそり頭を下げた。



   ****   *****   ****** 

自分が企画に回ると、遠慮抜きに企画はできる。蝋燭を灯すだの、酒と詩と音を地霊に捧げるだの言ったりやったりできるのだが、各種連絡、各種調整、直前になって必ず起こる予測不能なもめ事の調整、その他にほとんどの時間を取られる。
いつも、なまもの企画は平常心でフォローしてくれた人たちのお陰でやってこられた。感謝している。
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# by leea_blog | 2003-07-20 03:32 | Comments(0)

生の空間は予測が不能な精気に満ちていた


トールキン氏の朗読CDについて書こうとしているうちに。。。。
朗読をすることになった。
朗読は私にとって地神への祈りの一形態である。


『揺蘭』の締め切りが七月末に迫り、『夜の会』向けの視覚作品の目処も立たず、おまけに梅雨バテしている。
仕事と治療に時間&体力を持って行かれる悲しい身分のりり山としては、お誘いを受けても断る理由が山積みである。


しかし、先日。
締め切り間近で余裕のない私は山根研一氏の真珠詩集出版記念パーティーに出向いた、会場の高い丸天井に感嘆した、水島美津江さんから“連絡したのに連絡付かない”と指摘され済まないと思った、水島さんは朗読会を企画していた、私は彼女の指輪の石の色に魅入られつつ頷いた、池袋で打ち合わせがあるから来ませんかと誘われた、池袋なら近いから行きますと返事をしていた。催眠術か? それとも指輪に何かの力があったのだろうか? 後になって締め切りが迫っていることを思い出して密かに蒼ざめたのであった。。。。


かくのごとく、なまもののお誘いはなまの状況しだいで変化する。
生きている空間の力の作用である。


打ち合わせは三次会辺りで異様な盛り上がりを見せた。
生イベントは常に予測不能な部分が最も面白いから足を運ぶ価値があるのだが、今回も「こ、こ、これは????」と感じる何かがあるのではないかと期待している。


十九日の夕刻より渋谷で。いらしてくださいね、と書きたいところだが、今回はお客はお呼びできないそうである。会場が狭いという理由らしい。


日にちも迫ったので精進潔斎している。今回どういう作品をどういうモードで読むか、まだ定まっていない。
トールキン氏のエルフ語の詩、あるいは未邦訳のシルマリル関連の詩(英語力無いりり山の訳)でいこうかと考えたが、打ち合わせ時の、鈴木東海子さんの“詩人本人が自作を読む意義について”の言及により、布教朗読は思いとどまる事を得た。


今日は自作を読むことについても書こうとしたのだった。
が、時間が尽きたようだ。またの機会に。
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# by leea_blog | 2003-07-15 03:31 | Comments(0)

たなばたもおわり、都心温泉の誘い

七夕も終わり、薔薇闇回廊も開通し、
仕事も一山越えました。
ああ、温泉行きたい。しかし、遠出する体力が残っていない!

さて、今年に入って、都内は天然温泉ラッシュです。
大きな施設が三つも開設されました。

治療の為なら、体質と症状ごとに効く泉質が違うわけですが、「とにかく疲れた! 何処でも良いから温泉入りたい!」という向きはこの辺でも楽しめそうです。
日本の誇る温泉文化!
 

以下、OPEN順に紹介します。
私は体力と時間が足りず、おまけに人出が大層らしかったのでまだ行ってませぬ。




●大江戸温泉物語(臨海副都心)
http://www.ooedoonsen.jp/

温泉テーマパーク。庭園の美しさにはあまり期待できない感じですが、歩きながら暖まる足湯や岩盤風呂が良さそう。


700坪の日本庭園内の足湯や、その周囲の砂風呂、
岩盤風呂(ヒーリングサウナ)。浴衣姿で楽しめる
ので、散策がてら男女ご一緒にどうぞ。
(大江戸温泉物語ホームページより)



●ラクーア LaQua(後楽園)
http://www.laqua.jp/

ヒーリングバーデが気になるところ。女性が手ぶらで行けるパウダーコーナーも嬉しい。


「ヒーリング バーデ」って一体何??それは、
バリ、ドイツ、韓国をはじめ世界各地の施設の要
素を融合させて独自に開発した、今までにない新
しい空間。リゾートの雰囲気いっぱいの暖かな休
憩スペースと、4室の低温サウナを繰り返し、
ゆっくりと心地よい汗をかきます。体の中からの
浄化を実感でき、ストレスも発散。お帰りの際
には深い爽快感に包まれ、まるで体が軽くなっ
たように。
(LaQuaホームページより)



●庭の湯(豊島園)2003年6月28日open
http://www.toshimaen.co.jp/niwa-yu/niwanoyu.html

庭の緑と死海プールが楽しみ。


武蔵野の鬱蒼たる雑木林と石神井川の流れ、
都心にありながら緑が多く残る「としまえ
ん」の一画にわが国を代表する造園設計家小
形研三氏による静閑な日本庭園があります。
「豊島園 庭の湯」の名称は、1,200坪の庭園を
望む温泉ということで名付けられました。四
季折々の草花や季節の移り変わりを身近に感
じ、都会であることを忘れさせてくれます。
              (庭の湯ホームページより)






本当は、吉野熊野の温泉行きたいよ〜。玉川温泉や万座温泉も効くぞ。本物の死海で、もういやと言うほど浸かりたい。ま、そんなこと言ってたらきりがないので、まずは近場を制覇したいと思います。
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# by leea_blog | 2003-07-09 03:29 | Comments(0)

薔薇闇、くちなしの香り



梅雨の晴れ間は海が恋しい。


近日中に、デジタルカメラ写真コーナー、

『薔薇闇回廊』 ばら やみ かいろう  開設予定です。
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# by leea_blog | 2003-06-29 03:29 | お知らせ | Comments(0)

梅雨時、連絡つかなさの雑談


昨日はすさまじい雨でした。
非常階段から空を見上げれば、空が白いのです、
雨の飛沫で。
目の前の小さな公園から、早い勢いの濁流が道路にあふれ出し、梅雨と言うより台風の様相。
しかし、一時間ほどで雨は通り過ぎ、外勤に出たりり山はにわかに照りつける夏の陽射しに行き倒れかけました(笑) 慌ただしくも荒々しい夏の気配。
梅雨は、しとしとじめじめ、ひたすら長く湿っぽく降り続くものだと思っていました。おお、書いているうちにこよいは雷がとどろきわたります。
雷が鳴るともうじき梅雨明けだ、って言われてたよね、昔は。


先日、さきたまの実家に宛てた郵便物が戻ってきてしまうとの情報提供がありました。きっと転送期間が切れているのでしょう。えーと、どこに転居通知出してどこに出してなかったっけ。
夜逃げ同然だったので転居通知なぞそもそも出さなかった気もするが。根気よく連絡付くのを待ってくれた方々、ごめんなさい。
新連絡先はさいたま市の身内の事務所ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。宅配便等は転送されます。

と、こうして書いていますが、インターネットするくらいの人ならメールで問い合わせるだろうし、ネットしない人は、ここに書いても見ないので全く意味を為さないのであります。


私は残念ながらまめではないが、まめな人でも転居通知を出す相手は限られているはずで、ネットは、付き合いのない小学校時代の知り合いを検索してみることも可能なのである。その人が本名でネット界に出ていれば、の話ですけどネ。
ネットは緊急で重要なことだと苛々が溜まるものの、ややどうでも良い事柄にかけては威力を発揮するものだなあ、と感心しきりです。


ところで、携帯電話が壊れました。データがみんな飛んじゃったんです。
携帯をあまり使わない私でも、これはかなり困りました。データのバックアップを取っていなかったのですね。携帯にしか保存してなかった連絡先が大夫あったんです。消えるときは予告無しに消える。デジタルデータとはそういうものだ。アナログデータとは違った接し方が必要だ。。。。


がっかりしても始まらないので、気持ちを切り替えてムービー付き携帯を購入しました。カメラやムービーは使わないと思うけど、新しい機種は操作が簡単でそれに惹かれたんです。

AUショップの綺麗なお姉さんに「どのような機能を重要視するか」と聞かれ、「アラーム機能!」と即答するりり山。他の答えを期待していたであろうに、親身に対応してくれたお姉さんのお陰でAUへの好感度はUPしました。


そして。携帯が壊れている時に限って、連絡をくれる人がいる。
ちっとも連絡付かないので心配した、というある友人は無事確認のためだけに職場に電話をくれました。ありがたいけど、そうですね〜、非携帯の電話番号知っているのだからそっちの留守電にメッセージ入れて下さるという手があるのですが。。。。
メールや携帯電話は人をせっかちにする作用があるみたいです。
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# by leea_blog | 2003-06-26 03:26 | Comments(0)

  雨時のけはい、夜の言葉



        
いろいろトラブルに見舞われましたが、6月6日、無事誕生日を迎えました。



幻想文学の深淵に降りてゆくことは、発展途上の理論の援護は届かない、闇の領域を歩むことだ。以下、引用。



理性的な思考も理性に基づいた倫理道徳も、想像力の活動している心の奥底の不思議さを“説明”することはできません。おとぎ話を読むという、ただそれだけのことでさえ、わたしたちは昼の光に保証された信念を捨て、暗い影に包まれた者たちの導きに身を委ねて沈黙のなかをすすんで行かねばならないのです。そして帰ってきたとき、わたしたちがどんな所にいたかを描写するのはとても難しいかもしれません。

(アーシュラ・K・ル=グウィン『夜の言葉』山田和子訳)

 

上記本収録の「アメリカ人はなぜ竜がこわいか」も引用。以下

「ファンタジーってどう思う。なにかファンタジーのこと、話して」。すると友人のひとりが言いました。「いいわよ、信じがたい話、教えてあげる。十年前なんだけどね、わたし、ある市の図書館の児童室へ行って、『ホビットの冒険』ありませんかってきいたの。そしたら司書の人に言われちゃった、「まあ、うちではそれは大人用の書架にしかおいてませんのよ。逃避的なものはお子さんたちによろしくありませんでしょ」ですって」
これには友人もわたしも大笑いすると同時にぞっとして、この十年で物事もずいぶん変わったものだと言いあったものです。

(アーシュラ・K・ル=グウィン『夜の言葉』山田和子訳)


それは笑うよ。「それは大人用の書架にしかおいてませんのよ」とは、別の意味で有害図書なのがばれてるからというなら、すごく分かるのだが。


『ホビットの冒険』を借りに来た子供に司書さんが「ほほほ、もっといい本もあるのよ」と謎の微笑を浮かべつつ、カウンターの陰からこっそりと渡す本は、『指輪物語』。それも読み終えると、司書さんはさらにこっそりと最大級有害図書『シルマリルリオン』を渡すのだった。子供部屋でそれを見つけた親が図書館に怒鳴り込む頃には、くだんの司書は行方をくらましていた。というように。


『ホビットの冒険』だけでやめるなら有害とはいわないが、関心を持った児童が禁断の地に足を踏み入れるのは時間の問題である。
知人の知人と『シルマリルリオン』の話をすると、決まって沼正三の『家畜人ヤプー』が引き合いに出される。


有害と有益は源が同じである。読む側にとってだけではない、作者にとっても、毒の杯は同時に霊酒なのである。
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# by leea_blog | 2003-06-17 03:23 | Comments(0)