謹賀新年2005


 明けましておめでとうございます。

2005年が、良き年となりますように。

 年賀状作成中、プリンタのインクが無くなってしまった。
 あああ。
 これから小学校の同級生のお家に出かけて
 ハンサムで性格の良い子息達と葡萄酒を飲んできます。

 庭の湯にもラクーアにも行けずに三が日が開けてしまいそう。
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# by leea_blog | 2005-01-02 01:38 | Comments(0)

きのうは初雪

昨日は初雪だった。

北極鵞鳥の羽毛布団と絹の掛け毛布、ムートンの敷き毛布という冬の重装備にくるまったまま手を伸ばしカーテンを開けると、灰色の空から羽毛とまごうぼたん雪が舞い降りていた。
黒塗りの露台には既に雪が積もっている。

遠くで、小さい子の声がする。こんな寒い日に外にいるのだ。犬と子供は元気だなぁ。
寒さで気を失い掛けながら、私は、北極鵞鳥が生きていた頃に想像を絶する寒さから身を守っていた羽毛にくるまりながらも、まるで暖かくない事をいぶかりつつ、舞い落ちる雪を見上げていた。音もなく、美しい。


その前日、あまりに肩と首と腰が痛むので庭の湯に行った。夜半、屍体頻出の夢を見てうなされた。今朝は寒さと疲労で腰痛なのか、と思ったのだが、夢見が悪くて休息になっていなかったのかも知れない。夢は、以下↓

警視庁の某人が無惨な遺体で発見された。私とR嬢は警視庁の普段屍体を見ないで済むセクションに勤務しているが、突如呼び出されて謎の捜査に加わることとなった。某人が私とRの共通の知人だし、某は死の直前、名古屋のSMクラブに行ったという。「Sだのフェチだのを少しでも知っているのは君らしかいない」ということだった。某が行ったという名古屋のSMクラブのリーフレットを見せられた。昭和初期のような色鉛筆の絵が付いている。高い天井のサロンで、金塗りの応接セットのこちらにスーツの男性が座り、向こうにマダムめいた年輩の女性、そのとなりに清楚なスーツのおとなしそうな女性。客が、ママと“女王様” 役の女性からプレイのカウンセリングを受けている場面だという。写真じゃなく色鉛筆の絵なのが、いかにもレトロな秘密結社っぽい。そのSMクラブの名を知っているかと聞かれた。私とR嬢は顔を見合わせた。私たちはSM嬢ではないのだ、名古屋の秘密クラブを知っているわけがない。
捜査の為に現場に向かうと、夕暮れの路上に損傷の激しい屍体が二体転がっていた。今回の事件に巻き込まれたらしい。心の準備無しに生焼け屍体を見せられて、屍体が苦手な私は怒った。
自宅に帰って怒りを静めていると、自宅の前の空き地に人が集まっている。人間の首に縄を付け、投石機のような物で空中に放り投げている。事件の関係者の証言が事実かどうか、実験を行って試しているという。首に縄を付けられて空中に放り出された人間が、空中で犯人の名を叫ぶ事が出来るか、その名を聞き取れるかという実験だった。生きた人間を使って、しかも私の家の前で繰り返すとは!! ひどい叫び声と骨の折れる音が至近距離で繰り返される。吐き気がした。二階に上がり、ここなら誰もいないと思って様子を見た。今日の検証は終わったらしい。窓の向こうの連中が引き上げてゆく。
その時、誰もいなかった二階の部屋から、どっと警官達が湧いて出て彼らもぞろぞろと帰ってゆく。検証がよく見えるこの部屋で記録をとっていたらしい。驚いて、「断り無く何をしているのよ」と抗議すると、彼らは「非常時に一人で過ごすせると思っているのか」と言う。最悪だ。これが続くのだ。


以上。寒さで半ば気を失ったまま今日に至っています。
取り敢えず、まるまるしい鏡もちを買った。百合も買った。蘭の花も溢れるほど。これらで年は越せる。おせちには手が回らなかった。
ごめん、今年は年賀状遅れると思います。疲労困憊です。
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# by leea_blog | 2004-12-31 23:08 | Comments(0)

津波

スマトラ沖地震と津波の被災のほど、心からお見舞い申し上げます。

広範囲にわたる甚大な被害で、大変ショックを受けてます。

海ぎわを愛する者の一人としても、深い悲しみを抑えられません。




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揺蘭の日嘉まり子さんから留守電が入ってました。
りり山りりえんでーるがプーケットとかモルジブとかランカウイとかの辺りで海に呑まれてないかと、緊急心配電話をくれたわけでした。
ううむ、津波があと半月ずれていれば、行方不明者の一人に加わっていたかも知れない。

ありがとう、日嘉さん。
メール機能直してWEB揺蘭の原稿送って下され。


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私が死者の一人でも、暖かい土地の海ぎわでごろごろしているところを海に召されるわけだから、友人知人の皆さんは「りりあは本望だろう」と皆思うだろう。
生きている以上何らかの形で死は迎える。

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とはいえ、そんなりり山は真冬日の日本でニュースを見てショックを受けるだけで、死にたくないはずの沢山の人が一気に亡くなった。復興も気が遠くなるような規模の破壊力である。



地球は生きている。こういう災害はやむを得ない。亡くなった方や被災された方の気持ちを考えると、不謹慎と取られかねないが、津波と「来るときはあらかじめ言ってね、避難が終わってから来てね」交渉するわけにも行かないのだ。

「よくもやりやがったな、許さん、ぶち殺す!!!!」と海や地震の原因に報復を誓う遺族も居ないだろう。津波を予測して警報を出せるようにしておけば良かった、人災である、との言い方は出来るにしても。
昔、海に鎖を渡して鞭打たせた奴いたなぁ。いかにも間抜けな行為である。新田義貞みたいに、黄金の太刀を海に投じて祈るのが正解である。相手は海なんだから。


なぜ不謹慎な事を書いているかというと、被害を蒙らない地域で、報道により一度に沢山の死者が出た事を知ったわけだが、ニューヨークのテロ報道の記憶と比べてしまったのだ。


あの時は動揺した。
今回は、恐怖はあったが、それは純粋で原始的で動物的な、生き物として健全な恐怖である。理屈は後にして、動物レベルのこの恐怖がなければ走って逃げることも、立ちすくむことも出来ない。

波の早さと自分の運動能力をとっさに計算して、逃げても無駄だと知るや、騒がず「光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨」と観無量寿経を唱えて来世を頼む人もいるかも知れないが、それは常々そういう心がけをしている人に限った話だ。


テロの大量殺戮は。もっと全然質の違う、延々と終わりのない徒労の果てに無意味に沢山のものが一気に失われる感じの、嫌な索漠感の、スケールの大きな物が脳を襲った感じであった。大量の屍体が魚の餌にも大地の肥やしにもならない、場所柄でもあり。


死や破壊、壊滅、滅亡については。東洋人の私は否定的イメージばかりを持ってるわけではない。

それでも、戦争や戦争絡みで死ぬのはシンプルに嫌だ。死ぬのはいいけど他の死に方をしたい。病死したり、衰弱死したり、山で野獣に襲われたり、海で行方不明になったり、山火事や雪崩で死んだり、悲嘆で自殺したり、抗議の自殺したり、誰かを道連れに死んだり、決闘に敗れて死んだりは、可だ。

戦争やテロで死ぬのは大きなナメクジと抱き合って接吻し合うより嫌である。
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# by leea_blog | 2004-12-28 23:06 | Comments(0)

アイドル系店員・ラメのまつげ

クリスマスが過ぎた。

季節感の稀薄なこの頃、クリスマスだからといって感慨は無いが。クリスマスイブは、見事に仕事で居残り組だった。普段行かないセクションの夜間当番で、サンシャイン60ビルで過ごしたわけだ。

池袋は、デパートなど小売り・サービス業が集まる繁華街。場所柄、盆も正月も仕事してる人ばかりなのだ。一月一日からお店開いてるしね。遊ぶ人が集まる場所は働く人も集まる、ということで、イブに仕事でもどうという気持ちにならない。休日やお祭りの感覚が、ぼけてくる。

イブの夜、仕事を終えて、スターバックスコーヒーで一息入れる。愛想の良い店員さんが「クリスマスブレンドになります」と言いつつブレンドを手渡してくれる。最近、アイドル系店員をよく見かける。

勝手に命名したが、アイドル系店員とは。
アイドルのように可愛い(あるいはハンサム)な店員が、アイドルのように自分の魅力が相手にどう影響するかを理解した上で、お客のニーズを満たす接客態度を駆使し、不機嫌なお客にも明るい気分をもたらす店員のことである。
カリスマ店員は、カリスマなオーラがあってお客が憧れたり一目置く存在だが、アイドル系店員は、その存在自体でお客の心にささやかな灯をともす技がある。以前ファーストフード店の、「スマイル0円」という表示が話題に上がったが、その系列がもっと洗練され高度な技に発展した形といえる。

池袋のauショップのお姉さんでその存在に気づいた。
携帯が急に壊れて大変な目にあった時、何度も足を運んだのだ。メカ音痴な私がバックアップを取っているはずも無く、携帯にしか入れていない情報が沢山あって、本当に困った。
アイドル系店員に話を戻すと。きれいなお姉さんが混雑した店内でお客の誘導に当たっていたが、その綺麗さはいきなり目立つものではなく、話ながら顔を見る内に気づく種類のものだった。物腰、目線、話し方に「アイドル系」を感じてよく見れば、お肌の具合や化粧、立ち居振る舞いがあか抜けている。モデルクラブ所属で身長が低めのため、仕事の繋ぎでこちらに短期派遣されてる?といった感じ。(ま、実際そうだったのかも知れないが)
何より親密な目線と親密で押しつけがましさのない笑みと口調が、従来の店員イメージをうち破っていた。あか抜けてあか抜けすぎず、「可愛い、綺麗」が客の心を明るくするタイプ。勘違い男なら「あ、この子俺に関心有るのかな?」と思うような個別に夢を与えてくれるような視線である。
携帯がいきなり壊れて困った事態だった私も、思わず「あ、ここの所時間の余裕のない生活だったなぁ」と顧みてしまった。←ここがポイントである!

客の心に、一見、直接関係なさそうな「顧み」を自然に生むのである。店を訪れた用件以外の付加価値であり、相当に上級の接客態度である。

で、スタバは、色々な店に行くわけではないものの、今まで行った店では大抵、それに類した対応だった。スタバの子たちはバイトだと思うが、マニュアル通りでは「アイドル系店員」は難しい。自分の「いい感じ」が相手の心を掴むのが嬉しいタイプで、その「いい感じ」には「かっわいい〜!」が多大に含まれている。
マニュアルに「可愛い系の店員がきらきらと明るくしかも親密で礼儀正しく迎えてくれれば、老若男女を問わず嬉しいもの。自分が売り出し中アイドルのつもりで、ファン獲得のノリでがんばって下さい」とあるのかもしれない。

パールやラメのメイクの似合い具合に感心しながら「クリスマスブレンドって、どういうの?」と疲れ気味でいささかおっかない顔のりりえん姉さんも、ついついにこやかな客に変わるのであった。

コーヒーに蜂蜜とシナモンをたっぷり混ぜながら、イブでもまーったく関係なく働く皆さんを拝見しつつ休憩を取って家路に向かった。

西武と東武の地下街は悲惨だった。クリスマスケーキを買う人が長蛇の列を作って、「最後尾」と書いたプラカードを掲げたお兄さんがいたる所に立っている。ケーキ買うのに並ばねばならないとは、戦後の食糧難じゃあるまいし、恐ろしい光景だ! 

人混みをくぐり抜けてパン屋のルノートルにたどり着けば、ここも特設ケーキ売り場が出来て凄い混雑、目当ての乾し果物入り天然酵母パンはすでに売り切れていた。ああ。。。。。
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# by leea_blog | 2004-12-26 23:02 | Comments(0)

カラオケBOXで楽しく朗読する試み


楽しいカラオケ朗読について。


先日、中国の詩人の田 原さんと、そのお友達のKさんでカラオケに行った。カラオケは日本の文化だから、と私が強引に誘ったのである。

日本に来た海外の詩人は、ぜひ温泉とカラオケと通勤電車を体験して欲しい。あ、人の気配の少ない名所旧跡は勿論のこと。

カラオケは、詩と作詞は異なるながら、作詞者のセンスも鑑賞できて、意外と面白いのである。で、表現者同士の場合は、自作詩朗読も交えると面白い。ぜひやってみて欲しい。
文字表現者は、ややもすれば文字は身体が認識する物だということを忘れがちなので、気軽に音読するのはお薦めだ。

文字は身体が認識する物なのか?って?
目を通して脳が受け止めるわけですが、脳って体の一部じゃないですか。「おお、これは!」と思ったら、脳がそれに応じた物質を分泌して、身体に影響が出るわけです。元気になって顔色が良くなるとか、げんなりして身体の活動が低下するとか。踊りたくなるとか、人をぶん殴りたくなるとか。
文字表現は、「頭の中だけ」で起こって「頭の中だけ」で完結するものではないのだ、ということを思い出せるはずです。

音声化すると、「あ、文字は元々は音声だったんだ」と、理論の前に理解して、心身のバランスが取れる効果もあります。

この日は田氏が中国語で歌って朗読してくれて、私も即興バージョンを交えて音読、K氏は初めての朗読に挑戦した。K氏は「え?自分も朗読するの?」と困惑気味らしかったが、終わった後は顔色が良く表情に生彩があったので、なにがしかの経験を持ち帰ってくれたと思います。

カラオケ同様、カラオケルームでの朗読は、一歩間違えると地獄の様相を見せるので注意、である。気を付けたいこと、というよりマナーというか、良識範囲で列挙してみると。

*練習と考える。肩の力を抜いて、音声を楽しむ。
人様にご足労頂き、聞いてもらう「朗読会」では、普段と違う何か、「足を運んだ甲斐があった」と思うような何かが欲しい。が、それは「朗読会」用に取って置いて、表現者同士のカラオケで安易に披露しまくらない方が良い。逆に言うと、「朗読会」はカラオケ朗読とは決定的に違うのだということを頭に入れておこう。
*謹聴を求めるくらいなら、カラオケルームで朗読しない。雰囲気を楽しもう。
*やたら批評はしまくらない。それは場所を変えてやろう。
*リラックスし、本音で楽しもう。うっかり思ってもいないお愛想は言わない。接待カラオケじゃないんだから。
*普段やりにくい実験を交えると、やった甲斐がある。
*その場のノリを楽しむ。自分一人でやる練習では見つからなかった発見もある。
*馬鹿と思われる事を恐れない。

こんな感じだろうか。

楽器を持ち込んで即興で朗読と踊り、演奏をやりたい。ああ、うずうずする。とはいえ、楽器はさーっぱりできないのであった。。。。ううう、欲求不満。。。。。
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# by leea_blog | 2004-12-20 23:00 | Comments(0)

「形式」と「定型」、忘年会シーズン突入

忘年会が目白押しである。。。。

12月だからなぁ。

季節感の稀薄な環境なので、単なる飲み会とどう違うのか
もはや分からなくなってる感じだが、、、
「忘年会くらい出てくださいよ」と言われれば、
その名前の持つ呪力に負けて、参加を断りにくい行事である。

一方、新年会だと断りやすい。
まだ今後12ヶ月ある、と思うと先延ばしにしても良いような
気分になるのである。

知人に、「断ったら次に誘ってもらえなくなる」と
考えてお誘いは極力受ける人が居る。
お誘いが少ないようには見えないから、
基本的に付き合いが良い人なのであろう。

私は「断った位で次は誘われないなら、その付き合いは単なる形式」と受け止める気性だ。
付き合いが悪いわけではない。基本的にはお祭り好きなのだが、時間と体力には限りがあるのだ。

大人になると悲しいもので、
「形式的な付き合いは極力廃止して、羽毛にくるまって
冬を乗り越えよう」と、合理的な事を考えてしまう。

ま、形式的な事を重要視するなら詩はやってられないとも言える。形式的な事以外のものに、ひたすら信を置くわけだ。

一方、「定型」とかは嫌いじゃないのだ。
「形式」は疲れるだけだが「定型」は充足の意欲をそそる。
呪術のうつわの一つだ。

アルコールが入ると血の巡りが良くなる。
朝はひたすらよみがえったばかりの屍体状態である。
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# by leea_blog | 2004-12-16 22:57 | Comments(0)