好み判断と芸能人の話題  (ランチタイム向き)

閑話休題。

 お昼ご飯は外食である。

 毎日外食だと、栄養面が気になる。
 異動前は、会社員相手に御弁当を売る車が来ていた。発芽玄米に季節の惣菜、栄養バランスも良く、味も良く、ヘルシーだった。繁盛していて、いつも長蛇の列が出来た。

 異動して、毎日カロリー高い昼食となり、太りまくりの自分に愕然とした。太りにくい体質だから、ダイエットはしないで済んでいたのだが。ちょっと考えた方がいいのかも。

 ところで。
 昼ご飯時の話題は、時に新鮮な物がある。
 普段自力で出会わないタイプの人たちと食事をすると、視点が色々で「うーん、そういう考えもあるのか」と。

 「芸能人や著名人で誰が好きか」、と何年かぶりに聞かれた。
 好きな作家や好きな絵のタイプなら普通に聞かれるが。芸能人は、聞かれ無いなぁ。
 大抵の人は、少し話せば、ワタクシがどうやらテレビはニュースと天気予報以外見ていない事に気づく。著名な芸能人の名が話題に上がっても、ワタクシがさっぱり知らないので、「誰が好きか」なんて聞いても無駄と分かるのであろう。

 そんなわけで、こういう質問は滅多に無いのだ。

 で、ワタクシは芸能人の名前をほとんど知らない。知っていても顔と名前が一致しない。好きか嫌いか以前のレベルである。顔と名前の一致する芸能人は居るが、好き嫌いを言うほど知らないのだ。
 ううーん、女優の名前なら何人か挙げられるんだが、俳優で敢えて好みを挙げるとしたら誰だろうな。と、なんとなく引っかかった。で、半日後、突然、あ、ジョニー・デップがいたじゃん、あれは好みの美形と言える、と、思い出した。(とはいえ、語るほど知らないんだよね)


 「芸能人なら誰のファンか」という話題は、書物や絵画、音楽の時と同様、相手の傾向を知って、会話をスムーズにする材料である。ほとんど初対面同士の場合は、罪のない話題と言える。好きなタイプを語ると同時に、人生観や価値観も差し支えない範囲で語るから、互いに分かりやすい。


 ブンガクの場合は、相手の傾向を知りたいというより、文学論や表現論をしたい場合が多い。で、ブンガクの話は、往々にしていきなり差し支えあるレベルで人間性が分かってしまったりする。別に私は構わないのだが、罪のない軽い会話にはならない。
 軽い会話にもなるかもしれないが、少なくともその場の全員が『基本的にブンガクなんてどうでも良い』と思っている場合である。


 芸能人のタイプ、じゃなくて、絵や小説に出てくる人物なら、幾つでも答えられる。「ギュスターヴ・モローの絵に出てくるようなタイプ」、「ラファエロの天使」、「シルマリルの物語に出てくるノルドール族のエルフ」、「折れた魔剣で描かれる俗なエルフも可」等々。これらなら、熱意付きで語れる。

 世間が芸能人の好みを聞くノリで語るとしたら、「好みの神様は?」が良い。ミーハーなノリで語れもする。
「シヴァとか、アポロンとか、ディオニュソス。シヴァ神ラブで初めての海外旅行はインドだったし!」
 それってやはり“追っかけ”か?
 
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# by leea_blog | 2005-07-04 03:07 | Comments(0)

Kingdom of Heaven の事。その二 昔話の情景 闇と火と鉄と血、輝く海

期待しなかったが面白かった映画についての話、その2。
まるで昔話のような展開が、かえっていい感じ。




 始まりも、暗くて良かった。
彫像のように美しい屍体を、暗く寒々とした風景の中に葬るシーン。主人公の鍛冶屋の青年の妻が、子供が死んだのを悲しんで自殺したのである。
 妻も子も一度に失い、しかも自殺は罪なので妻はまともには葬られず、もちろん天国には行けず。

 残された青年はひたすら暗く険しい目つきである。青年の鍛冶場に十字軍の騎士がやって来てお悔やみを述べる。そして自分はお前の父親だと告げる。今まで放って置いて苦労させ、成人した子の前にいきなり現れて「父だ」と名乗れば、冷たい拒絶しか待っていないだろう。
 予想通り父は冷たくあしらわれ、「もう二度と逢うことは無いだろう」とか言いつつエルサレムに戻ってゆくのである。鍛冶場の炎と、暗い風景、悲嘆に寡黙になった青年の組み合わせ。

 こう書いていると、比喩が分かりやすすぎて陳腐だが、美しい屍体や、起伏のある景色に舞い散る虫のような雪を混ぜ込んで、期待せず見に行った私のような観客も、見入れたのである。

 その後。
 青年は鍛冶場で司祭を殺してしまい、父の後を追う。父の一行と共にエルサレムに向かうのだが、途中で、司祭殺しの犯人を追ってきた騎士達が現れる。父の一行は青年の引き渡しを拒み、激戦。暗い森で、鉄の触れあう音と血しぶきのシーンが繰り広げられる。

 前段で描かれた、病死したり自殺したり、憎悪で他人を殺したり等は、村人としての死や罪である。
 善意に生きていても降りかかるそれらは、逃げ場が無いだけに重く暗い。

 仏教徒なら、「愛別離苦 怨憎会苦」と呟いて、生きる事自体が苦しみに満ちた人間界から解脱しようと考えてしまう所だ。
 子供が死んだ、しかも悲しみを分かち合い支え合って切り抜けるはずの美しい妻が、俺を置いて自殺した。あまりと言えばあんまりだ。妻は天国に行けない。村人は可哀想な妻を悼んでくれない。おまけに悲しみに耐えて地味に生きていこうとする俺に、司祭がやって来て「お前はもう村には用無しだ」と抜かす。坊主のくせに妻の屍体から十字架を奪いやがった。ついかっとして、やってしまった。殺すつもりは無かったんだ。えーい、この苦しみは人間として生まれたからだ、厭離穢土、欣求浄土。俺は出家する!、と。


 映画に話を戻そう。村人としての逃げ場のない苦しみ、の続き。
 が、騎馬で森を行く内降りかかる殺戮と戦死は、戦闘する階級として、運命に向き合った結果である。受け身の悲惨ではない。
 というのも、父はこの戦闘で深手を負い、その後傷が悪化して息を引き取るのだが、息子を地元の行政に引き渡すことも出来れば、金で見逃してもらう事も、やろうとすれば出来たのだ。身分を告げて、村の罪人を追うくらいの連中になら政治的圧力を掛けて退ける事もできたはず。
 エルサレムで身分も富も有る身である。こんな所で命を危険にさらさずに済む選択肢が、幾つも有ったのである。

 しかし、山賊まがいに、さっさと武力でけりを着けようとするのである。結果、深手で死ぬのだが、選択を悔いる気配は毛頭無し。息子の目の前で実に蛮勇っぽく、俺の息子に手を出す奴は許さん、と態度で示せて満足だったであろう。

 ちなみに、父の一行は、国籍も様々な、寄せ集めめいた少人数である。身分の有る騎士の一行というより、戦場から逃げ出した戦士が野盗化したのか?という雰囲気。これから主人公がおもむく土地の様子を暗示していてなかなか良い。お供の戦士達は森の戦闘でだいぶ殺されてしまうのだが。


 詳細に書いていたら切りがない。ま、期待せず見に行ってぼーっと見ていたのに、導入部をこれだけ覚えてるのは、「考えなくても頭に入るよう工夫された影像展開」だったのだろう。

 あまり考えなくてもすらすら聞ける、昔話やおとぎ話の骨組みに似ている。道具立てや象徴が覚えやすく再話が簡単である。ちょっとやってみようか。以下。


 『昔々ある村に、鍛冶屋の青年がおりました。青年は真面目に働き、美しい妻と幸せに暮らしておりました。
 生まれたばかりの子供が死んでしまいました。悲しんだ妻は青年を置いて自殺してしまいました。
 青年は妻を埋めると、鍛冶場に戻りました。火に向かい、何も言わずに、鉄を鍛えておりました。
 身分の良さそうな旅の騎士が、鍛冶場に立ち寄りました。騎士のお供の人たちは、背の高い黒人や長い髪を三つ編みにした男など、奇妙な、見たことのない人たちでした。騎士は青年に近寄り、礼儀正しくお悔やみを述べました。』
 ううーん。どの小道具もどこかで見たり聞いたりしたイメージにつながるので、覚えようと意識していなくてもかなり覚えている。

 

 さて、そんな暗い情景から十字軍がエルサレムに船出する港の場面になると。いきなり陽が白く明るく、海は青く広がる。
 青く輝くメッシーナの港に十字軍の帆船があまた浮かぶシーンは、思わず心の中で「おお!」と呟いた。個人的に好きなシーン。



 さて、父から騎士に任じられて跡目を継いだ青年は、海原に出る。たちまち嵐にあって船は難破、父からもらった剣だけは必死に抱きしめ、気が付けば砂浜に打ち上げられていた。
 見回せば浜は屍体の山、生きているのは彼のみである。そこに一頭の黒馬が現れる。馬を手に入れた青年が砂漠を行くと、突如、立派な身なりのイスラム教徒がお供を一人連れたのみで現れるのだ。


 この辺の展開も、千夜一夜物語か?、とまごう。
 立派な身なりのイスラム教徒は、お供に通訳させて話しかける。その馬はどこで見つけたと問われて、浜辺にいたと答えると、お前は嘘つきだから決闘せねばならんとか何とか通訳を介して言われ、いきなり決闘を挑まれるのである。
 何だ、何だ、何なんだ一体。と、驚き呆れつつ、応戦せねば殺されるので必死に応戦。そのイスラム教徒を殺してお供を道案内にして、青年はエルサレムにたどり着く。


 船が難破は良いとして。
 気が付けば回りは眠っているような屍体ばかり、生きているのは彼だけで、しかも餓えと乾き以外は重症も負っていないとか、何もない所に黒馬が現れたり、砂漠にいきなり立派な身なりの異教徒がお供を一人連れただけで現れたり、無茶苦茶な理由で決闘をいどまれたり、と、子供にねだられたお父さんが語るお話しのようなノリである。

 子供がもう少し大きくなると、素直に聞いてくれない。「船が難破して、重い剣を抱えてるのに何で一人だけ死なないの」とか、「打ち上げられたみんなは死んでるのに、なんで一人だけ怪我もしてないの」とか、「いきなり浜辺に綺麗な黒馬が現れるなんて変だよ」とか、「立派な身なりのイスラム教徒が、お供を一人連れただけで砂漠にいるなんて変」とか、「お前は嘘つきだから決闘、って、そんなシーンは唐突過ぎ」とか、「お供は主人が殺されるのを見ているだけ? 加勢しないの?」とか、「主人を殺されたのにそのイスラム教徒は復讐せずに道案内するの?」とか、馬鹿にされまくるのだ。

 が、子供がうんと大人になると。
千夜一夜のシャーラザッドが、残忍なスルタンのしとねでこんな物語を語っても、スルタンは「馬鹿げた、あり得ない展開である!」と言わずにむしろ聞き入り、シャーラザッドが「今夜はここまで、続きは明日」と、うち切ると、続きを聞きたさに彼女を殺すのを、一夜、また一夜と引き延ばすようになる。


 子供だましは、子供にとってすら実は退屈しのぎの使い捨てである。が、「物語」は、大人が聞いたり読んだりすると子供の頃以上に発見があるしろものである。

 ああ、この辺りまで来ると、皆様は映画の話では無いことに気づくだろう。そう、映画を勝手に自分の物語の主題にすり替えて語っているのである。

 映画を一本観て、しかも期待しなかったのにこれだけつらつら書けるなんて、本当、制作者に感謝したいほどだ。
 
 エルサレム王ボードゥアン4世が出て来るに及ぶと、更に映画の話では無くなるが、それはまた分割で載せよう。
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# by leea_blog | 2005-07-02 03:06 | Comments(0)

Kingdom of Heaven の事。その一 十字軍



 Kingdom of Heavenを見に行った。
 映画の舞台がとりわけ関心強い辺りだったので、目眩を押して見に出かけたのだ。

 あまり期待しなかったが、すごく面白かった。


 衛星放送で聖堂騎士団の番組を見ている時、この映画のCMは何度も流れた。が。それを見ても特にそそられなかった。豪奢な衣装以外は。
 十字軍の時代らしいな、とは思ったが、その辺も明確にしてないし。青年と貴婦人の恋物語・戦さが背景、程度の印象しか与えない、損な宣伝だったのだ。

 「ボードゥアン4世とルノー・ド・シャティヨンが出て来ますぜ」、とか、「ばりばりに十字軍の話ですぜ。しかもラテン王国ですぜ。エルサレム陥落ですぜ」と耳打ちしてくれれば、無条件で見に行ったのだが。



 影像が、好みだった。
 正確に言えば、衣装や小道具や、色彩の扱いが好みだった。東洋の文化と西洋の文化が熱砂の土地に混じり合う。


 広がる砂漠、繊細と豪奢、強い色彩と柔らかな色彩、金と銀と赤、明るい空色と金の十字架の紋章、長く裾を引く衣、手の込んだ刺繍、城塞都市、焼き尽くす強い陽射し。中庭。卓に置かれる、薔薇のつぼみを詰めた杯。香炉。夜、炎。

 血、鉄の触れあう音、海原、滅亡の予感。


 美への餓えが満たされた気分である。
 そして、個人的には懐かしい気分である。


 娯楽映画なのでぼーっと見ていられる。
 ぼーっと見ていられて、しかも餓えが満たされるシーンがかなりある、お得な映画だった。

 つらつら感想を書いたのが長くなったので、分割して載せるとしよう。


 
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# by leea_blog | 2005-06-29 03:05 | Comments(0)

山中で蛋白石に慕われる話


今日は暑かった。。。。。
梅雨はどこに行ってしまったのか。

そんな六月は、蛋白石や月長石や真珠で涼を取ろう。


山中で蛋白石に慕われる話。
(宮沢賢治の『楢ノ木大学士の野宿』より)

(始まり)
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楢の木大学士は宝石学の専門だ。
ある晩大学士の小さな家へ、
「貝の火兄弟商会」の、
赤鼻の支配人がやって来た。
「先生、ごく上等の蛋白石の注文があるのですがどうでしょう。お探しをねがえませんでしょうか。もっともごくごく上等のやつをほしいのです。何せ相手がグリーンランドの途方もない成金ですから、ありふれたものじゃなかなか承知しないんです。」

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 宝石探しを引き受けて山に入った楢ノ木大学士は、三晩にわたり野宿する。人気無い山中で、山やら鉱物やらの会話を聞くのだが、彼らは命短い人間とは時間の感覚が違う。

 結局、楢の木大学士は蛋白石を取れずに帰って来る。受け取りに来た「貝の火兄弟商会」の支配人を、ほら話で煙に巻いて追い返すのだが、その描写は、まな裏に想像すると悶絶しそうなかわいさである。以下。

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「うん探してきたよ、僕は一ぺん山へ出かけるともうどんなもんでも見附からなんと云うことは断じてない、けだしすべての宝石はみな僕をしたってあつまって来るんだね。いやそれだから、此度なんかもまったくひどく困ったよ。殊に君注文が割合に柔らかな蛋白石だろう。僕がその山へ入ったら蛋白石どもがみんなざらざら飛びついて来てもうどうしてもはなれないじゃないか。それが君みんな貴蛋白石の火の燃えるようなやつなんだ。望みのとおりみんな背嚢の中に納めてやりたいことはもちろんだったが、それでは僕も身動きもできなくなるのだから気の毒だったがその中からごくいいやつだけ撰んださ」

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鉱物への愛情に満ち満ちた視線ではないか。それが読む方に伝わって、蛋白石を「よしよし」と撫でたくなるのである。
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# by leea_blog | 2005-06-25 03:04 | Comments(0)

牡カンガルーと振られた青年の話

横山氏のHP、「銀の狐」が終了したそうだ。
色々面倒があったのか?
本当に面倒くさくなっただけ?
取り敢えずリンクから削除しました。


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さて前々回はここまで。

【まったく、出会い系スパムも、そろそろマイナー向けの工夫をしたらどうか。
人間の牡や雌なら、街にあふれているでしょう?  もっと希少価値のある生き物で釣って欲しい。

カンガルーバージョンでどうだろうか。「野生の暇な人妻、袋に子供入り」とか、幼児趣味向けに「禁断の幼獣! バッグに入るサイズです! 」とか。女性向きホストクラブ、「オーストラリアの砂漠で鍛え抜いた美形の牡たちがお待ちしています。格闘技します。勝った牡はあなたに言い寄りますが、気に入らなければ断ってOK! 時速70キロで走れます。」というのはどうだろう。

うーーん。人間の女性は複雑な生き物だから、「牡で価値があるのは、孔雀や、枝分かれした美しい角の鹿よねぇ」と皆さん言いそうである。】

以下は続き。

出会い系スパムに閉口し、出会い系・牡カンガルー版を考えようとしたのだった。ううーん。牡カンガルーに釣られて出逢いサイトに行くような女性のイメージが浮かばない。仕方ない。牡には普通に仕事をしてもらう路線でいこう。


 一人暮らしの女性をターゲットに、ボディーガードとして売り込むのはどうか。
「格安身辺警護。余所の牡が近づくと得意のパンチやキックで追い払います!  暗い夜道も目が利きます。普段は和み系です」
あ、これはニーズありそうだ。

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以下は、上記に続く実際例(予測)である。馬鹿路線なので、耽美・幻想を期待する向きには飛ばして欲しい。
(いやー、本当はHPって、自分の活動のエッセンスを伝えるのが理想なのだろうが、ワタクシはアナログ中心の頭の構造。ネットはストレスの捌け口として、リアルではやらない馬鹿路線が多いです)

「格安身辺警護。余所の牡が近づくと得意のパンチやキックで追い払います!  暗い夜道も目が利きます。普段は和み系です」
しかし彼氏が遊びに来たときは流血沙汰になるかもしれない。彼氏であっても、牡カンガルーにとっては余所の牡だ。

 立ち上がって威嚇してきたら、人間の彼氏は「何だぁ???、この馬鹿カンガルー、やるのかよ」と頭悪そうな反撃をしてはいけない。彼女の前でぼこぼこにされるのがオチだからだ。牡カンガルーは普段から殴り合い蹴り合いを、遊びに取り入れて本番に備えている。

 警護のバイトに来てるのは大抵大柄な赤カンガルーで、かわいいと言うよりマッチョな奴らである。尻尾をつっかえ棒にして思い切り背を高く見せ、小馬鹿にした目で見下ろしつつ、上腕をぽりぽり掻いていたりする赤カンガルーの牡を前にすれば、大抵の人間の牡は勝てないことを覚る。ま、目線が合ったら、すっと離れましょう。追ってきません。

 腕力で勝てないだけではない。動物好きの女の子の心理を知っているだろうか? 彼氏がカンガルーに殴られても、「酷いわ、この子を脅かすから攻撃されるのよ」とカンガルーの肩を持つのだ。
 うっかりカンガルーに反撃しようものなら「弱い者いじめ」と彼女様のお怒りを買う。「こいつの方が強いだろ」、と主張しても、「草食動物相手に凄むなんて、最低だわ」と嫌われるのだ。

 巫女系の彼女の場合、身辺警護のカンガルーも精霊使いの可能性があるので要注意である。彼らは眠っている間に体から【夢の精霊】を送り出して、邪魔な人間の彼氏を攻撃させるかもしれない。
 カンガルー、恐るべし!
 


 人間には知恵があるからそれを使えばよろしい。携帯で彼女に申し入れよう。
「君の所のカンガルーって、警備会社の派遣だろ? そんな獣臭いの止めとけよ。俺が送り迎えをさせていただきます。実は専属アッシーに憧れてたんだ」
「えぇ? 何言ってるのよ、仕事あるでしょ?」
「今辞めて来たところ。残業ばかりでほっといてごめんな。これからは尽くさせて頂きます」
「職を探しなよ」
「君の扶養に入れてもらって、パートで働くのどうかな。家事やるからさ」
「言おうと思ってたんだけど。この子の事もっと知りたいと思って、オーストラリアのHPを検索したの。メールでやりとりしてるうちにね、カンガルーに詳しいオージーに、一緒に住もうって言われてるのよ。彼の家、牧場なんだけどね」
「そ、そんな」
「移住の手配は彼がしてくれたわ」


 うわぁぁぁぁ。うそだろ。牛臭いオーストラリア人と恋に落ちたぁ? ネットでかよ? これもあの馬鹿カンガルーの放った、夢の精霊の陰謀に違いない! 

 駄目彼氏の追跡行の物語が続く。
 で、この彼氏は、オーストラリア人は有袋類が化けていると思いこんでいた。証拠をつかもうと調べ回る内、とんでもない情報を偶然手に入れた。

 砂漠の奥で密かに行われた遺伝子組み替えの実験で、カンガルーと人間の合いの子が誕生。その戦闘能力と過酷な環境への対応能力に目を付けた政府は、殖やして特殊部隊を組織しようとたくらんでいるらしいのだ。倫理的にも大問題なので、極秘裏である。

 精霊たちに邪魔されつつもオーストラリアに飛んだ彼氏=青年を待ち受ける、想像を絶する試練の連続。

 盗んだ車の中で野宿していると、夜中に車の窓を叩く枯れ枝のような手。死んだフリをしていると、ガラスを割って半ば焼けただれた獣が首を差し入れた。怯えて叫ぶ青年を別の獣が取り押さえる。

 抵抗しない由を身振りで伝え、免税店で買ったオーストラリア獣語和訳の電子辞書(音声機能付き)を取り出し、必死にコミュニケーションを取ろうと試みる。
「わたし、にほんじん。どうぶつ、ともだち。おかね、あげる。ころさないで」
 彼らは対化学兵器の実験場から逃げ出した獣たちだった。完全な獣ではなく、どうやらヒトが混じっているらしい。中途半端に人間じみた思考方法が炸裂するのだ。彼らは酷い目に逢った憂さ晴らしに、青年をなぶり殺しにしようとしていた。

 その時、牡獣たちの背後から、片言のニホンゴが。驚いて見れば、若い雌カンガルーだった。どこで習ったのか聞くと、雌カンガルーは日本に行った事があるという。「どうぶつえん?」と聞くと、「かんこうビザ、ほすてすのしごと」だそうだ。カンガルーが不法就労? 何の為に。
 これらのやりとりに、実験動物たちは殺意を削がれてしまった。人間の遺伝子が混じった実験動物たちは青年を奴隷として連れ去る。

 一方、牧場の男と結婚した彼女は、多忙だが平穏な暮らしぶりだった。夜になると夫は炉端であまたの神話伝説を語った。傍らには日本で身辺警護員だった赤カンガルーが寝そべる。
「僕が子供の時から、洞窟で眠ったきりのカンガルーがいてね」
「伝説?」
「ううん。これは本当の話」
「うそぉ」
「近くだから明日行ってみる? あれはきっとカンガルーの呪術師だよ」
 
普通の駄目男君や普通のOLを軸にすると、ノリが悪いなぁ。

 
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# by leea_blog | 2005-06-19 02:53 | Comments(0)

北九州の動物園


そうこうするうちに。


 揺蘭の日嘉まり子氏から、北九州のひびき動物ワールドのパンフが届きました! 日嘉さんありがとう。

 これは強烈です。煩悩直撃。飼育係の回りに、ワラビーが群れ集まっている写真が載っている。腕っ節強そうな赤カンガルーに比べ、小柄で優しそうなグレーカンガルーの顔写真もある。

 何と、ここではカンガルーに触らせてくれるらしい。あのほっそりしなやかな首や、五本指の手、流れ落ちるような背中から尻尾、不思議なお腹に触って調べてもいいんですか???


 思わず、生まれて初めての格安国内線チケットを探したワタクシだった。しかし休暇が取れませんぜ。体力が無いので強行スケジュールは不可能だし。まずは動物園の地理関係から調べるとするか。
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# by leea_blog | 2005-06-18 02:51 | Comments(0)