天の舞姫、蛇神の都


リンク集・遊行小径に『クメールの遺跡』を追加しました。


アンコールワット、アンコールトム関係の調べ物をしている内に見つけた、サイトで、写真充実です。わかりやすく分類されていて、なじみのない方にも、きっとたくさんのきっかけを与えてくれるでしょう。


建築物の素晴らしさだけではなく、浮き彫りの美しさも細かく紹介されています。


お薦めは“女人の砦”バンテアイ・スレイの女神の浮き彫りと、バイヨン寺院の“天の舞姫”アプサラの浮き彫りでしょう。


勿論、バイヨン寺院の巨大な人面像(観音)も圧巻です。


ひたすらな実用美よりも、瞑想宇宙の模造のような建築物に惹かれます。
巡り歩く内に土地の霊と一体化する装置のような、構造。
射す光、翳る光に生身の伝説が踊る、回廊群、あまたの塔。


遺跡は、かつてあったものと、今あるものと、未来にあるものが交錯する磁場だと思います。かつて無いもの、今は無いもの、未来に失われたものも、同時に揺らぎ上る、たぐいまれな交差点であります。
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# by leea_blog | 2002-09-24 01:19 | Comments(0)

  無花果・・・・・・・極楽の感触

此の世の極楽 旬の感覚



野菜や果物が、季節に関係なく出回るようになって久しい。
味気ないことだ。真冬に食べるとまとは、とまとのおいしさが無い。
旬のものは、びっくりするくらい美味だ。


池袋の地下は、デパートや商店街の食品売り場で迷路と化している。
三越の地下食品店と繋がった商店街食品コーナーを通り抜け、地下鉄の改札にたどり着く前にまた西武デパートの地下食品館があり、そのまま西口方面に向かって歩けば東武デパートの食品街がある。
背筋力が足りないので重い買い物は出来ない身ながら、軽めのものは何でもそろう。
ありがたいことだ。


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さて、いちじくが旬である。「無花果」と書く。
色も形も女性的。
迷路状の地下を地下鉄の改札に向かう途中で、いちじく発見。熟れすぎてはち切れて、明日あたりには無惨な姿になるのが想像できる大振りのいちじくが、まばらに売れ残っていた。
家につれて帰った。

容器から出すと、薄い皮がずるりと剥ける状態である。


いちじくの、ぽてっとした形、根本の瑞々しい緑から尻に向かってくれないが濃くなってゆくさま。
もいだとき、緑の茎から乳のような汁がでるさま、切ったときの、乳白色の外側から内にむかって、上品な紅の触手めいた果肉がみっしり詰まっているさま。
皮が大変薄くて、傷がつきやすく、すぐいたんでしまうさま。


食べる前に感嘆しつつ眺め回した。
観察力はオン、オフが効かない。早いうちに食べるなり調理するなりしないと、明日まで持たないいちじくを、夜更けまで眺め回して酒を飲んだ。


子供の頃は、近所の家の庭にびわだのいちじくの木があって(もちろん果実が成るような大きな木のある家は、以前からそこに住んでいた人たちの家だ、わたしの住んでいた辺りは、余所から土地を求めて移住してきた家が多かった)、わんぱくな子供は木に登っていちじくをもいで見せ、「おいしいよ」と食べて見せるのだった。
私も試しにもいでみたが、乳みたいな汁が出て青臭いのと、果肉の見かけが気味悪いのとで、とても食べられなかった。


そう、気持ち悪かったのである。
今見れば、ほんとうにたぐいまれな美しい果実なのに。妖しくもあるのに。可愛くもあるのに。


いちじくは大人の果実だ。ほんのりと淡い甘み、繊細な味わい、やわらかな歯触りの中にぷちぷちとかすかな種の感触が混じる、この悦楽は、子供にはわかるまい。


一つ食べ、残りはワインと蜂蜜で煮て明日以降の保存食にした。
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# by leea_blog | 2002-09-01 01:19 | Comments(0)

台風の後には 審美的、歯科 新美的快楽

台風のあと、急に涼しくなった。こおろぎが鳴いている。
にわかには信じがたいが、今年は蚊に遭遇しなかった。蛾にも会わない。周りに自然が足りないのだろう。

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歯医者に行った。

左上の歯が欠けて、困っていたのだ。

欠けた歯は、なんと乳歯だった。さりげなく生き残っていた乳歯に驚く。人体の不思議。

たまたまかかったクリニックが審美歯科もやっていて、待合室で待っている間、普段全く感心無い歯の美白のポスターやリーフレットを見ていた。

昔は男もお歯黒つけたくらいなのだが。。。。と、平家の公達を思い浮かべる。
場所と時代で、理想とされる美の基準は、大きく違う。

時代や風習が同じでも、美の基準は、個人でかなり異なる。

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今回感心したのは、クリニックがブッティックのごとくおしゃれだったことだ。接客も、販売業のように感じがいい。外から見た様子も、買い物の延長気分で、女性としては、大変入りやすい。
室内のさりげない配色にも好感度チェックを入れてしまった。保険外の治療が多いと、雰囲気にも気を配るのであろうか。

頚腕症の治療では「いかにも治療本位」といった場所ばかり行かざるを得ない。まぁ、目の保養に行くわけではないから仕方ないが、治療生活って、ともかく娯楽が足りないんですよね。

享楽的治療生活のすすめ。
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# by leea_blog | 2002-08-21 01:17 | Comments(0)

熱の島、風の道、人工花のうぶ毛




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    暑中お見舞い申し上げます。
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都市部の夏はひたすら暑い。
ヒートアイランド現象。

冬の寒さを逃れて住居を移動したので、夏の暑さくらい文句は言えないのだが、天然の暑さではないところが、応えますね。

さらに、都市部の集合住宅は、風の通り道なぞ考えないで造られているのであった。夜に帰宅してみると、家の中は温室の熱帯植物コーナーより熱気がこもっている。留守中にも冷房つけておくほど甲斐性はない。
切り花を買ってもこの熱気ですぐやられてしまう。

そういうわけで、アートフラワーを買ってきてその辺に投げ生けしている。アートフラワーは「生ける」とは言わないのか。。。。いわゆる造花だが、実に工夫を凝らしたものが出回っている。各百貨店には、この手の造花売り場が必ずと言っていいほどある。正確には、「ある」というより「進出している」。ちょっと前はそんなに無かったものね。

しょせん造花、と言うなかれ。
うぶ毛の質感や、葉の色の微妙な変化も実物に迫ろうとした、かなりの物が出回っている。そして、なまものと違って、水分の供給がいらないゆえ、大胆なアレンジが出来るのだ。

試しに百貨店を何軒か回ってこの手の売り場を覗いてみれば、実に技を競ったアレンジの品が並んでいる。
感心。むらむらと自分なりのアレンジに挑戦したい心が湧き出る。

おっと、そんな事をしている場合ではない、「揺蘭」の編集が進んでいないのであった。
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# by leea_blog | 2002-08-09 01:17 | Comments(0)

保護色としての、「流行」、は、いかがなものか



   自分に必要な色彩、について。



頚肩腕・腰痛症をわずらい、長いこと絵が描けない。
ボールペンを持つのも痛いのだ。
チューブに入ったたぐいの絵具は、ことごとく固まってしまった。


日本画の岩絵具とパステルは、その辺、ありがたい。
岩絵の具は、砂状・粉状である。使うときは、必要な分だけ、溶かした「にかわ」に混ぜるのだ。
普段は砂状のまま、一色ごとに小さな硝子瓶にいれて保存。よく使う色は大きめの瓶で保存。


粒子なのであります。
ペースト状の絵の具と違い、単純に「赤と黄を混ぜてオレンジ色を作る」的にはいかない。赤系の砂と黄系の砂を混ぜると、遠目には、ま、オレンジ色系にはなりますが、あくまで遠目の話で、粒自体は混ざっていないんです。

端から見れば同じように見える、微細な色の違いに敏感。


化粧品売り場で、色彩への餓えを解消しています。
口紅やアイシャドウは色々な色があるといっても、常識的な制限がありますが、ネイルエナメルは、実に、「端から見れば何処が違うのかよくわからない」微細な色彩の要求に応えてくれます。


偏光パール入りのものは、瓶を置いておくだけでも目に心地よい。明るい玉虫色で、ぽっと灯りがともったような発色や、孔雀の羽の青の部分の、光の加減で変化する色彩、水に沈めたオパールの、これも角度で繊細に変化する色彩、など、など。

女の人の雑誌で季節事にやる、化粧品特集。絵の具で色彩の餓えが満たされていた頃は関心がなかったものの、なんと、まあ、此の世の物ならぬ力が化粧品の色彩に求められていることか。

余所者になったつもりで驚いてみる。
女性って、災いを遠ざけ、今の自分に必要な力を、色彩をまとうことで呼び込もうとする意志が、日常生活の一部なのか。


良いことだ、良いことだ、大いに推奨する。


などなど、感嘆してみるものの、色彩の選択を「流行」で決める人は多い。お陰で同じような外見の女の子が多い。見分けが付かない、と、また余所者になったつもりで嘆いてみる。


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通りすがりの女の子が近寄ってきて囁く。
「服も化粧も髪型も、周りに合わせるのがこの国の流儀なのです、選択肢があるようで無いのです」
「え。。。。それはちょっと、嫌ですね。大変でしょう」
「いいえ、みんなそうですから大変とか、余り考えないんです」「ほんとに????(疑念)」
「合わせてると楽で良い時が多いのです」
「そうなんですか。。。。。良く理解できません。良ければお茶でも飲みながら、この国の流儀について教えて下さいませんか」
と、ナンパモードに入ってみるが、こんなことを書いている時間は無いはずだ。『揺蘭』の次号の紙質について悩む時間が来てしまった。

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# by leea_blog | 2002-07-17 01:16 | Comments(0)

呪術としての、競技。ワールドカップ?

此の世では様々なことが起こっている。。。。。
すべてを体験することは不可能だし、すべてに興味を抱くのも、不可能だ。1日は24時間しかないのだ。出来ることは限られている。得意分野に時間を注ぎたい。



とはいえ、違う個性の意見を聞くのは重要だ。



そのようなわけで、ワールドカップです。

野球とサッカーは、「すみませーん、関心無いです」とやり過ごしていました。ファンの方、ゴメン。

ワールドカップがどういうものかも知らないながら、なかなか終わらないので、やり過ごしきれませんでした。


遅まきながらテレビ購入。
セネガル・トルコ戦を見ました。サッカーを5分以上見たのは初めて!
5分経つ前に飽きてしまうんですよ。


今回は違った。熱意無しにテレビの電源を入れたとたん、太鼓の音が聞こえた。こ、これは、、、、。呪術だ!

セネガルの選手を鼓舞する太鼓だったんです。あまたの雑音(ゴメン!)に混じって途絶えることなく続く太鼓はやたら凄かった。国の威信を懸けて、セネガル選りすぐりの呪術師たちが来日しているのか。

娯楽としての音(おと)でも、趣味としての音でも、無く、頭が音と認識する前に身体に流れ込み、何かを増幅させる、音。
トルコも、こういうの得意ではないのか? トルコもやりなさい! 呪術としての、音楽。

太鼓を叩いている人たちの目つきが、既に違う。スポーツの応援の目ではなかった。
目つきならば、トルコもセネガルも、選手の目つきは、どしろうとの私が予想していた物とはまるで違ったのであった。

見ていることをついつい忘れて、最後まで見たのであった。。。。身体を張っている人たちには、深い敬意を抱きます。
  
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# by leea_blog | 2002-06-23 01:14 | Comments(0)