馬鹿日記・人形が腰の痛みを治す事


これは、九月の転地療養の時の事だ。

布袋戯の人形、宮無后を同伴した。

宮無后に、運動量が多過ぎる、と指摘された。

普段動いていない私が急に運動量を増やすと、

体に負担がかかりすぎる、という、

びっくりするほどまっとうな指摘だった。


家では、絶対、こんな建設的な意見を言わない人なのに。


その夜の事だ。

腰が痛いよ〜、と言いながら、

ベッドにうつぶせになって、

テレビで布袋戯を観ていたところ。

宮無后が、「公主、お背中に乗せて下さい」と言うのである。

変わった要求だが、

この子は変わった所があるし、

乗せた。

しかし、ずりずりと滑り落ちてしまうのである。

りーあ「ほら、無后、背中から落ちちゃうじゃない〜」

と、言いつつ、テレビを観る。

無后は背中から腰の方にずり落ちて、

背骨と腰骨が繫がるあたりで止まった。

そのまま、じっとしている。


りーあ「無后、何やっているの?」

うつ伏せになっているので、

無后が何をやっているのか見えず、

何をやっているのか見ようと、

スマホを背中に廻して撮ったのが、以下。

e0016517_22180403.jpg

手前の抱き枕のような白い部分が、

私の背中である。

腰の辺りで止まって、

両手でしがみついています。


しっかり抱きついているから、

そのままにしよう、と、


「変な子でちゅね〜」と微笑して、

再びテレビを観ていた。


霹靂、という人形劇な訳だが、

観終わって、

りーあ「はい、無后、お終いですよ〜」と、

宮無后を背中から降ろした。



あああ、腰の痛みがなくなっている!!!!!!


宮無后「取り敢えず痛みは取りました。

明日からはお散歩は適度になさって下さい」


りーあ「うそ〜!!!!痛みを取ってくれたの?????」




と、通りすがりの皆様は


「絶対作り話だろう」と思って居られると思う。



私も、不思議で不思議で、

何か現代日本人が納得できる理由を、探してしまった。


考えられる理由、

ちょっと無理矢理考えた感じだが、


無后が乗っている事で、腰が暖められ、

なおかつ、重すぎない無后の体重で、

適度な圧力が掛かり、

「指圧した」ような状態になった、、、、


のではないだろうか?



それとも、

やはり、

布袋戯の人形には、不思議な力が????

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# by leea_blog | 2017-11-04 22:40 | Comments(2)

揺蘭通信・まれびと冊子【揺蘭】14 速報


まれびと冊子【揺蘭】14号は、

11月15日の夜に、

秘密配送基地、横山克衛氏宅に届きます。

その後、各執筆人宅に配送されます。

どうぞ、お楽しみに。


ふう、何とか年内に間に合った、という感じです。





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# by leea_blog | 2017-11-03 23:03 | Comments(0)

馬鹿日記・人形がにわか雨を知らせる事


先ほどの日記が重い話題だったので、

気分転換に、人形の不思議を語ろう。


私は不眠体質で、

ストレスで寝込んでいるせいで、

ひどくなっている。

寝たら寝たで、今度はなかなか起きない。

寝起きが最悪。


という事情で、

布団は、朝一番に光が入る場所に敷いてある。

ベランダに面した、窓際だ。

寝ようという気を自分に起きさせる為、

夜は、

抱き枕と、布袋戯の人形、宮無后を敷き布団の上に置いておく。




さて、今夜。

抱き枕に寄りかかった無后が、

抱っこしてオーラを送ってきたので、

近寄って抱き上げた。

「無后、可愛いね」とかなんとか、

言いながら。



宮無后「公主、外が」

と言われて、何やら二重カーテンの向こうの音に気がついた。

りーあ「もしかして、この音は、雨???」


天気予報では降るとは言っていなかった。

アパートの外壁工事がようやく終わり、

溜まった夏物衣料の洗濯をし、

外に干しっぱなしだったと気づいた。

無后を抱きかかえたまま、

片手で洗濯物を急いで取り込む。


危なかった! 濡れる所だった。

ベランダに面した窓の近くにいた人形が

雨を教えてくれたのだ。


りーあ「無后、雨を教えてくれて、ありがとうね。

    良い子にゃんですね〜」


ここで、この日記を読んでいる皆さんは、一斉に

「そんなの偶然! 偶然だよ!」と叫ぶ事であろう。


私も、偶然だと思いたい。

が、人形が「抱っこして」オーラを送って来なかったら、

私は部屋の反対側のパソコンの前にいて、

雨に気がつくのが相当遅れた。

せっかく干した衣類が、びしょぬれになる所だった。

偶然にしては、ちょっと偶然過ぎないか?


しかも雨は、十分ほどで止んだ。

24時間のうちで雨が降る時間が十分、

私が人形を抱っこしにいくタイミングがそれと重なる可能性は、

物凄く低い。




と、まあ、こういう事が、実は頻繁にあるので、

私も段々、

「気のせいだ」とか、「偶然だ」とか

一々考えるのが面倒になってきた。


不思議だなあ。






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# by leea_blog | 2017-11-03 00:52 | Comments(0)

自殺サイトなどその2。今はSNS



久しぶりに、重い話です。

苦手な方は、以下はスルーして下されたし。



このところ、座間九遺体事件が世間を驚かせている。

1kロフト付き、という間取りのアパート(私の部屋と同じだ!狭い)で、
頭蓋骨が9見つかったのだ。


まだ捜査は始まったばかりだが、
短期間のうちにこんな隣近所と密接した部屋で、
9人もが解体されたらしい。いや、殺して解体した場処は違うかもしれない。


容疑者は、どうやら自殺サイトで
自殺したい人とコンタクトを取って呼び出していたようだ。
自殺サイトへの世間の注目が、また集まっている。


よくよく読んでみたら、
昔ながらの自殺サイトではなく、
今の人はSNSを利用して出会っているらしい。


自殺サイトを利用する人の心理に、
当事者の立場でふれた過去日記を貼っておく。

当時、一緒に死にませんかとのメアドに何件か送ってみたが、
返事は一通も無く、失意に終わった。


自殺サイトなど・単独自殺と複数自殺
http://leea.exblog.jp/21673483/
(拙ブログはセキュリティーの観点から直接リンクが貼れません。
URLをコピペして飛んで下されたし)


端から見ると、
一緒に死ぬ人を募っている人は、
自分ひとりでは死ねないのだから、
殺されても死ぬという結果は同じで、
此の世から去るという目的は果たしたのではないか、と
思う人も居るかもしれない。


長年強い自殺衝動と闘ってきた私からみれば、
この世から去る事は同じでも、
「殺される」のと「自分で死ぬ」のは、
相当に違うと思う。


以下は、いろいろと綺麗ごとを排除して、
語る。


人によっては、
死にたいけれど痛いのが怖い人も実際に多い。

(ちなみに、自殺衝動が本格的になると、
脳が死に誘導するような物質?を出し、
死ぬ時の痛みや苦しみが、爪を切る位にしか思えなくなってくる。
これも、過去日記に書いた。
痛いのや苦しいのが怖い人は、
まだ死ぬのは待った方がいいかもしれない?)


容疑者がTwitterに書き込んだ文面を見ると、
痛みも苦しみも無く首をつるノウハウを持っている人のようである。
報道に依れば、
「首つり士」と名乗っていたようだ。
「士」かよ! 


死ぬ時の痛みや苦しみもほとんど無く、

失敗する可能性(これは、正直、怖い)もほとんど無いような事を書いているので、

まるで夢を叶えてくれる人に見えるはずだ。



実際、コンタクトを取って、
心中ではなく、

「実は死ぬのはあなた一人で、
僕は人を殺すのが趣味です。
しかし、痛みも苦しみもほとんど無く、
失敗もありません」

と、仮に言われたら。

現在は捜査が始まったばかりで、
これから色々詳細が明らかになっていくはずで、
現時点での想像でしかないし、

綺麗ごとを排除する立場で敢えて言うのだが、
あおっているのではなく、
一緒に死ぬ人を探す人の立場や気持ちを想像する手助けの一つになればいいという目的でいうのだが、


お願いしてしまう人も、いるのではないか?


が。

「一緒に死のう」といわれて、
出掛けてみたら強引に殺されそうになったとしたら、
抵抗すると思います。


過去日記にも書きましたが、
人間は動物ですから、
自分で自分を殺す、というのは、
そういう事もある、と教育を受けた人は例外として、
(例えば、昔の武士階級)
生きる本能に反するので、
実際に一線を越えるのは、
そうとう大変なものです。


高い所から飛び降りようとしたけれど、
怖くなってやめた、とか、
そういう類いの経験者の話も多いです。

脳が、本能の一線を越えて、自殺の準備を整え、
「さあ、今死のう!」
「電車が来た、今がチャンス!」と指示するけれど、

「殺される準備」は、脳はしていない訳です。
本能的に必死に抵抗し、
「殺されるのは嫌だ」と思いながら、
殺されてしまうので、

死ぬ、という結果は同じでも、
死ぬ直前が、大変違うと思います。


これらの話は、
あくまで、
ネット上であの世への同行者を探す場合なので、
そうではない人も、たくさん居ると思います。


それはそうと、
しばしば、
自殺未遂の人が、
自分の「あの時死ななくて良かった」という経験を元に、
「死ぬな」と呼びかけるのを、目にします。


綺麗ごとを排するのが拙ブログの自殺関連日記の趣旨なので、
言いにくい事を敢えて言うなら、


死を選ぼうとしている人から見れば、

「俺も何度も死のうとした。が、あのとき死ななくて本当によかった。
君たちも同じだ、死ぬな、生きろ」という人は、

「結局、勝ち組の遠吠え」。


人生の成功談をひけらかされているようにしか感じられないし、

死のうとしている人からみれば、

そう言う人は結局死ぬほど苦しんではいなかったようにしか見えず、

とても気分が悪いものです。



人生の苦しみや幸せは、しょせん人それぞれ。

あとで「死ななくて良かった」と思う状況なんて、
想像できるくらいなら、自殺しようと思わないです。


「自殺しそうになった、でもできなかった、
そして後日、死ななくて良かったと思う」、

それ自体は、凄く良い話です。


それを、人に押し付けるのが、よろしくない。

人によっては、
一生が地獄で、
「なぜあの時死ななかったのだろう」と思う人もいるのです。
   ↑
そういう「他人の状況」への想像力が、欠如していて、

聞くのが苦痛です。

ますます追いつめられる気持ちになるでしょう。




身もふたもない話ですが、

「なぜ現代社会では、自殺がよくない事とされているのか」

と、何度も真剣に考えました。


私自身は、一生付き合っていくのかと思った自殺願望から奇跡のように解放され、
現在も生きているので、
死にたい人にどう耳を傾けたらいいのか、
何度も考える訳です。




悲しむ人が居るから。

殺すのが自分であっても、殺人だから。

色々、自殺がよくないとされる理由の意見を、
見聞してみました。

どれも、どうもしっくり来ませんでした。



自分ひとりの人生だけで、もう背負いきれないのに、
他人が悲しむからという重荷を、
更に負うのは、そもそももうむりではないか?


他人を悲しませない為に、
自分は更なる地獄を生きていかなくてはならないとしたら、
もう荷を背負いきれない人に、
過剰過ぎて残酷過ぎる要求をしているのではないか?



そのとき私が思ったのは、

「自殺を認める事は共同体にとって損失だから」でした。


生まれてから、自力で生きて行けるようになるまで、
巨額の金と時間と人手が投じられている訳です。

子供に自殺の自由が許されたら、
子供を産む人が激減する。

人が自殺する自由を認められたら、
真剣に友情を育まないし、
会社も社員を使い捨てにしか見られなくなるし、
妻や夫に自殺の自由が認められたら、
結婚も激減する。

人が人と接する時は、
相手が生きていこうとしている前提がほとんどです。


信用制度や
社会制度が根底から揺さぶられてしまいます。

と、一度自分がいない者になろうとした立場で、
納得のいく理由を、
探っていたのでした。


「今死ななくてもいいかもしれませんよ」とは、
言いたい場合もあります。



















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# by leea_blog | 2017-11-02 20:23 | Comments(0)

梨木香歩「りかさん」・不思議愛しい人形世界


このところ、人形絡みで、良質の本に出会えています。
今日は梨木香歩の「りかさん」を紹介します。

人形は、愛しい、可愛い、でも、ちょっと怖い所もある。
そうした、不思議な人形たちとのかかわりを、
すうっと入ってくる文章で描いてくれます。


お雛祭りのお祝いに、おばあちゃんから何が欲しいかを聞かれ、
リカちゃんをお願いした、幼いようこ。
おばあちゃんから届いたのは、
「りか」という名前の、古い市松人形だった!!!

という、ショッキングな?はじまりです。

・・・・こんなの、リカちゃんじゃない。


リカちゃんが欲しかったようこは、
がっかりして、
悲しくて、
届いたりかさんを抱きしめもせずに、
寝てしまいます。

でもね。
このりかさんは、
リカちゃん人形よりも、ずっと、ずっと、
素晴らしくて、本当によい人形だったのです。


おばあちゃんによる「取扱説明書」には、
りかさんの世話の仕方が書いてあります。

朝は着替えさせて、
髪をすいてやり、
専用の食器で朝ご飯を食べさせ、
夕食も一緒に、
夜は寝間着に着替えさせて、
一緒に寝る事。


私は手の平サイズの市松人形を持っており、
大切に箱にしまったままです。

リカちゃん人形は一緒に寝ても大丈夫な作りですが、
市松人形は、果たして一緒に寝て、
劣化しないものだろうか。。。。
髪の毛は絹だし、
顔は胡粉だし、、、。
と、心配ですが、
おそらく、メンテに出しながら一緒に暮らすものなのでしょう。

この「りかさん」という小説、
人形好きから見れば、
「あるある」のオンパレードです。

部屋の景色が変わって見える事、
人形から暖かい風が吹いてくる事、
その他、もろもろ、
身に覚えがあります。

梨木香歩は、
わかりやすく柔らかい筆致で、
私たちの住んでいる日常を、
いとおしそうに切り取ってみせてくれます。

上手い表現だなあ、と、感心する事しきり。

人形好きなら頷けるし、
「いまひとつ人形って分からないんだよね」と思っている人でも、
読み進むにつれて、
「りかさんのような人形が欲しい」
と思う事、間違い無しです。

でも、りかさんは、
これまでの持ち主が、
正しく愛してきたから、
こういう人形になったのです。

と、いうことは、
あなたの家の人形も、
正しく愛していれば、
りかさんのように話もすれば
不思議な世界を仲立ちしてくれ、
また、守ってもくれる人形になるかもしれないのです。

人形とのかかわりは、女の子だけに限りません。
「俺のフィギュアも話してくれるのかな?」
という男性も多いでしょう。


ようこは、りかさんと仲良くなる事で、
他の人形たちの声を聞く事も出来るようになります。

今まで見てきた世界が、
りかさんのおかげで、
新しい側面を見せるのですね。

世界がもう一つ豊かになるのです。


「りかさん」は、
養子冠の巻、
アビゲイルの巻の、二段に別れています。

前段は、
お雛様たちの物語が中心、
後段は、
日米親善使節の人形の悲しい話が中心。

アメリカと日本で、
親善使節団として、
人形たちがやりとりされた歴史に話を取っています。

その後、戦争が始まり、
人形たちは悲しい目に遭います。

どうなるか分かっていて読んでいると、
アビゲイルを送り出すアメリカ側の人々の愛が、
アビゲイルに詰め込まれれば詰め込まれるほど、
悲しくて悲しくて。。。。


かばってくれた女教師が出張している隙に、
アビゲイルが、竹槍で突かれて焼かれてしまうシーンでは、
涙がぼろぼろ出てしまいました。
電車の中で読んでいたので、
きまりが悪いったら。。。


愛玩動物とか、
人形とか、
人間と比べて圧倒的に非力な存在が
悲しい目に遭う物語は、
どうして良いか分からなくなるほど悲しくなります。


人間でも、
さまざまな要因で圧倒的に非力な存在が、
悲しい事になるのが、
辛いのと同じ構造です。

ただ、人間同士だと、
背景の人間関係や社会関係、
その他が邪魔になり、
手放しで泣いていいものか、
大人になると、純粋に泣けない場合が増えます。
人間愛を利用した、裏の事情が沢山ある訳です。

「そんな都合良く泣かされないぞ」と、
つい思ってしまいます。

それを、人形という形に置き換えて、
善意と愛しか知らなかった存在が、
切り刻まれ焼かれる様を人形の視点で描く事で、
大人社会の醜さを脇に置いておいて、
涙が止まらなくなるのでした。


ところで、人形は、
長い間放置されたら、
寂しくないものだろうか?

りかさんは言います。
「人形は周囲に人がいなくなったら、自然に休むようにできているのよ。種が冬眠するようなもの。」

しまい込まれていても、
「寂しい」と恨む事は無いのですね。

それなら、余計、自分の家のしまい込まれた人形たちをあたってみよう。
みなさんも、どうぞ!

私も、大切にしまい込んであった、
市松人形の「たま子」を、箱から出してみました。

つい昨日まで仲良くしていたかのように、
たま子は、片手を上げて挨拶した姿でした。

ううむ。これは、確かに、
ちゃんとお世話して寝食を共にするうちに、
魂が宿りそう。

しかし、うちには、
台湾の布袋戯の人形が二人いて、
その人たちともっと親しくする為に、
たま子はまたそっと箱にしまいました。




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# by leea_blog | 2017-10-31 22:16 | Comments(0)

馬鹿日記「柿餅」

e0016517_21531310.jpg

宮無后の好物、干し柿を買ってきた。

一晩お供えしておこう。




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# by leea_blog | 2017-10-30 21:55 | Comments(0)