冬至 そして煩悩・着物の美は職人の魔術


今日は冬至だ。

1年で一番昼が短い日だ。

明日からは、
一日ごとに昼が長くなる。

寒さも厳しくなってゆくのだが、
外が明るくなって来ると、
心も晴れやかになってゆく。

一月二月は、
日差しの質も変わり、
服も、
春を待ち望む、明るい色が似合うようになってくる。


昨日は医者の日だった。

カウンセラーと、
つい先頃世間を震撼させた、
「富岡八幡宮宮司刺殺事件」の話になった。

以下、デイリー新潮の記事のURLを貼っておく。

年間収入数十億円の「富岡八幡宮」ファミリー 殺人に発展した姉弟の確執


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171221-00534554-shincho-soci

(拙サイトは、セキュリティーの観点から、
直接リンクを貼れません。URLをコピペして飛んで下されたし)


日本刀で襲撃、
犯人夫妻もその場で自殺。

事件そのものも衝撃的だが、

別の意味で衝撃的なのは、
年間収入数十億円云々である。

世間では、
人々が、宝くじ売り場に行列を作る。
「一億当たったら、仕事を辞める」等等、
夢を描きながら、
一生買っても、当たらないのが、
一億円だ。

年間数十億となると、
一生かかっても使い切れない。


正直、それだけ裕福な人は、
芸術の道を探求する喰えない人々を援助したらどうであろうか。

「詩集を出すのに百万ほど寄付を頂きたい」と、
出向きたいくらいだ。

私がもし、宮司の家に生まれていたら、
毎年詩集を出すことも、
毎年個展を開く事も、
可能だろう、と想像したら、
卒倒しかけた。

今生で徳を積んで、
来世は裕福に生まれたいものだ。


まあ、一般の日本人が手に出来ないようなお金を手にしても、
犯人夫妻の心はどす黒い怨恨に満たされて、
姉を殺害しただけではなく、
自分たちもその場で死んだ、

という、
共感も同情もしにくい、
犯罪を憎むにしても、
どういう生活なのかが想像出来なさ過ぎて、
ひたすら驚き呆れるしかない。



医者の帰り道、
池袋に立ち寄り、
東武デパートに入った。

「歳末きもの大市
たんす屋まつり」が開催されていたのだ。

君子危うきに近寄らず。。。。

だが、近寄ってしまったのは、
「特別企画 辻が花と佐波理帯特集」の文字が目に入ってしまったからだ。

辻が花は大好きだし、

ネット上の画像でしか見たことがなかった佐波理帯の、
宝石のようなきらめきの、実物をみてみよう、と。

久保田一竹の辻が花に、
目がくらんだ。。。。

帯も着物も、
お値段が立派過ぎる。

百万円とかが、
ポンと飛んでしまう世界である。

しかし、美し過ぎる。

名工が魂を込めて作り上げた、帯、着物の、
ほとんど魔物のような、美。


宝石と違って、
帯や着物は、着れば必ず劣化するし、
着なくても経年劣化するものだ。

そして、その美に引き込まれたら、
お金がいくらあっても足りないだろう。

諸行無常。盛者必滅。

そして、帯も着物も、
一枚だけ持っていれば一生それで満足するたぐいの物ではない。

季節と年齢に応じた、装いの世界に、
はまりこむのはたやすい。


まあ、成人式に着物を作って、
それ以外は特にそそられない、という人も多いだろうが、

私は、着物をまとった時の、
安心感、心地よさを知ってしまった身だ。


そして、
名工が魂を込めた作品の放つ力に、
取り込まれやすい。

美しい着物が美を放っているのを、
感受してしまう体質である。

これは、着物に限らない。


「私の餓えを満たす美しいものは無いかな」、と、
無意識に探しており、

獲物を探していた「美」と、
目が合ってしまう、という感じであろうか。


物欲とも、
ちょっと違う。

「美」とは、物から放たれていても、
物ではないからだ。


着物は、
私のように資産が無い者は、
近づいてはいけない世界だ。


あまりの美しさに頭がくらくらしながら、
会場から退散した。


私が上記宮司の家に生まれていたら、
この着物も帯も、
「手が出ない」とは感じないのであろう、
と、思うと、

もともと数学が苦手な私の頭は、
違う世界に行ってしまった。

家に帰ってからも、
着物と帯の色彩の幻影が、
まなうらから離れなかった。


宮無后を膝に抱いて、
ほっと息をついた。

ようやく現実に戻ってきた。




















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# by leea_blog | 2017-12-22 16:22 | Comments(2)

慌ただしい年末


もう、12月も終わりに近い。

昨日、素還真から、
年末に向けてやる事が沢山ある、と指摘されて、
はっ、と気がついた。

今年は、
アパートの賃貸契約の更新手続きが必要なのでは???


昨日は暗くて郵便受けがチェック出来ず、
今日、急いで郵便受けをチェックした。


来ていたよ、更新のご案内が。


大急ぎで更新に掛かるお金を振り込んだ。


96536円。

一ヶ月の家賃よりも高い。

とほほ。


1円単位で節約しても、
十万近いお金が一気に飛んでしまうとは。。。。


焼け石に水。

日本は、一般的な所得に対して、
住居に掛かるお金が高過ぎる。



住民税の請求も来ており、
住民税、本当に高い。


みなさん、
給与が払われなくなったら、
翌年の住民税にご注意を。

住民税は、
前年度の収入に対して、
翌年、請求が来るのです。



賃貸アパートの契約更新だが、
これから年末年始で不動産屋も休みになり、

私は来年早々、
転地療養で不在になる。

手続きしないまま二月になると、
私は住む所が無くなってしまうではないか!


賃貸契約の更新に気がついて、
よかった、よかった。

素還真人形は、
本当に賢人だなあ。


振り込んだだけでは、
契約更新にならない。

入金を確認した不動産屋から契約書が送られてきて、
それに署名捺印して返送しなくては、
契約が成立しないのだ。

明日は、
「振り込んだから契約書の送付を早めにお願いします」、と、
不動産屋に電話をしなくては。


年賀状の作成も、
しなくては。

プリンタの調子が悪いし、
すぐインクが無くなるから、
早めに手をつけなくては。


医者にも行かなくては。

慈恵医大にも行かなくては。


転地療養の準備もしなくては。

このタイミングで、
キッチンの換気扇も壊れた!



師走というが、
病人も走る。









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# by leea_blog | 2017-12-20 18:14 | Comments(0)

馬鹿日記・人形のメンテナンス


りーあと謎の愛情生活を送っている、
宮無后ですが、

無事にメンテナンスしてもらえそうです。

ありがたや、ありがたや。



三ヶ月ほどかかります。

三ヶ月も無后が家に居ないのか!!!

さ、さびしい。


ところで、
半分神仙の素還真人形が私と話をしたい時は、
寝かせてある着物の山の上から、
すりすりと滑り落ちてきます。


素還真「公主。無后さんのメンテが決まって、よかったですね」

りーあ「素還真。いつもありがとう」

素還真「お寂しいとは思いますが、
    半年とかではなくて良かったではありませんか」

りーあ「まったくです。。。」

素還真「公主は、来年の7月1日までには仕事に戻りたい、とおっしゃいました。
    逆算すると、
    復帰前の大変な時に、無后さんが帰ってきて、
    公主のお側に侍っていられます。」

りーあ「それを考えると、二月に新婚旅行に行ってから、とかの、
    当初のメンテ計画では、間に合わなかったですね。

    ところで素還真。
    無后を台湾に郵送するか、
    少し遅くなるけれど、
    来月転地療養に行く時に連れて行くかで、
    悩んでいるのです。」

素還真「郵送だと、どの位で届くのですか?」

りーあ「一週間くらいですね」

素還真「それなら、来月お連れになるのでも、
    それほど差はありませんね」

りーあ「確かに。。
    それなら、郵送で事故が無いか心配するより、
    台中まで連れて行きます」

素還真「それがよろしゅうございます。
    転地療養の予定が入っていて、
    ご幸運でございました」

りーあ「転地療養に掛かる出費がかさんで、
    泣きそうです。
    常宿も、値上げになったし」

素還真「公主のいつものパターンです。
    転地療養前になると、
    行く事に後ろ向きな気持ちになられます。
    必ず効果があるとお判りなのですから、
    必要経費だとお諦め下さい。

    無后さん、
    公主を、無事に台湾までお連れして下さい。
    いつもの通り、
    公主が後ろ向きになっておられますから」


宮無后は、昨日から暗い顔です。。。

りーあ「無后にゃん。
    髪の毛がきれいになって、
    あちこち修理してもらえますよ。
    良かったですね」

宮無后「三ヶ月も。。。」


いやー。
世間の人形は、
持ち主の気持ちに添うように、
こういう時は、
「嬉しいです!」とかリアクションをしてくれるのでしょうが、

うちの人たちは、
元々の彼らの人生と性格があるため、
私の気持ちに添おうとか、
特に考えてくれません。

りーあ「無后にゃん。
    人形師さんの所に行くのですから、
    実家に帰るようなものですよ。
    きっと寂しくないですよ。
    私は寂しいけれど」

宮無后「。。。。。
    綺麗になって戻ってきたら、
    公主は、きっと、
    頬ずりも抱っこもしてくださらなくなりそうです」

りーあ「そ、それは。。。
    少しは自重しますよ。
    メンテに三ヶ月も掛かるんだし」

宮無后「大きなお膝に座るのも、
    柔らかな頬に頬ずりされるのも、
    腕を回して頂きながら、
    物語をして頂くのも、無し。。。。。」

りーあ「いやいや、
    全く無くなる事はありませんよ、
    少なくするだけで。
    
    あなた方人形は、
    新陳代謝が無いのですから、
    持ち主があなた方の健康に気を配るのは、
    当然なのです」

素還真「無后さん。
    幸いな事に、
    当初は台湾に郵送するご予定が、
    もうこの時期だし、
    来月公主が直接お店に行く事になりました。
    名残を惜しんで、
    公主と色々お話する時間ができましたよ」

りーあ「無后にゃん。話し合いましょうね〜」

素還真「公主は、年末に向けて、なさる事が沢山あるのですから、
    少しずつ片付けて、
    心置きなく転地療養なさって下さい」





    

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# by leea_blog | 2017-12-18 22:08 | Comments(2)

人生の伴侶


一昔前は、
「ペット」とひとくくりにされていた動物たちが、

このところ、

コンパニオンアニマル、

コンパニオンバード、等と呼ばれ、

人生の伴侶として認められてきている。


(私の家の素還真と宮無后は、
コンパニオンドールであろう)。


実は、私は生き物が好きである。

人間とは異なる、体温、
毛並み、習性、
外見、動作、骨格。

人間とは違う生き物に、
自然の驚異が息づいている。

太古、人間の生きる環境には、
人間以外の生き物がごく当たり前にあふれていた。

現代日本の都市部で、
人間以外の生き物にお目にかからない生活をしていると、
どうも、何かが不自然なのだ。

人間は、自然界の一部、
人間は、動物の一種、
自然界には沢山の生命があふれている。。。
それらが無いと、
どうもいけない。


太古の呼び声に従って、
冬の室内着を、
毛皮にしている。



私の住んでいる場所は、
「土」さえも、
買わなくては手に入らない。

コンクリートとアスファルトで覆われて、
土が露出していないのである。

土が露出していたり、
植物が生えているのは、
他所の家の塀の内側しかない。


ベランダで植物を育てたいと思ったら、
植木鉢に入れる土は、
花屋さんで買うのである。。。。

とほほ。


アパートは、
「ペット禁止」。


定年退職したら、
ペット可物件を探そう。


と、今は、
ネットで、ペット動画を検索して眺めている。

犬、猫、兎、インコ、文鳥、
フクロウ。。。。


問題は、
私が「旅人」である点だ。

ペットホテルに預けられれば良いのだが。。。







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# by leea_blog | 2017-12-16 22:03 | Comments(0)

老人という年齢にさしかかって思う。



しばらく日記を更新しなかった間に、
伯母の葬儀があった。

西野家は、
父方、母方とも、
親戚付き合いが希薄で、
現在に至っている。


その為、
冠婚葬祭の時には、
本当に久しぶりに、
親戚と会う事になる。

そのように、
身内との付き合い方が分からない為、
姉弟間の付き合いも、
ひたすら希薄である。


姪に、
二十歳のお祝いにプレゼントをしようと、
ラインを教えてもらったところまでは良いが、
「欲しい物を教えてね」、との
私のコメントに、
返信が無い。。。。

姪も、
謎の伯母との付き合い方が分からないのであろう。。。。


気になるけれど、接し方を学ばないまま成人して、
接しないまま歳を取ってしまったのが、
身内関係である。


長年会社員をやっていた男性が、
定年後に地元コミュニティーにとけ込めないのと、
似た感じであろうか。

あるいは、
遺伝もあるかもしれない。



話は戻り。

伯母の訃報に接したのは、
普段交流が無いだけに、
突然だった。

心が痛んだ。


喪主の従姉妹を探した。

私の記憶では、
従姉妹は幼い女の子で、
色が白く、
黒髪はつややかに長く、
円顔で、
意思のはっきりした感じの顔立ちである。


が!
幼い女の子の顔の輪郭が円く、
血色が良いのは、
とてもよくある事で、

そんな記憶を頼りに、
大人になった従姉妹を探すのは、
私の間違いである。


私の記憶の中では、
伯父や伯母、
つまり、親の世代の親戚は、
歳を取っていなかった。


こうした悲しい場で顔を合わせ、
従姉妹、従兄弟たちと語らい、

親の世代が、
年齢的に、
深刻な状態になっているのを知った。

そして、
寝たきりや痴ほうが、
親の世代の事と言うよりも、

もはや、
自分たちの世代がなる年齢である事も、
突きつけられた。



一昔前の小説、
例えば江戸川乱歩などを読むと、
「50がらみの老人」と頻繁に表現される。
50代は老人であった。


現代人が読むと、
「50代は老年ではなく、
熟年じゃないか?」と
思うのだが、

私が若い頃は、
定年は「55歳」だった。


もっと昔は、
謡曲にもあるように、
「人生五十年」だった。


私の父は、
60で定年を迎え、
65歳まで再雇用で働き、
その後は自分の人生を過ごすはずが、
肺がんで、65歳で没した。

父が亡くなった年齢に、
私も刻々と近づく。

現代日本では、
歳を取って死ぬことよりも、
長く生きて「老後破産」する事の方が、
心配である。

体は、
1年ごとにいう事を聞かなくなっている。


以前、
マッサージの先生に、
「昔の人は45歳ぐらいになると、
来世の事を考えてお遍路にでも出たものだ」といわれた事がある。

つまり、
「あなたも無理な人生を送らず、
リタイアして本当の人生を歩いてはどうか」と、

伝えたかったのだ。


人間、歳を取らなくても、
寝たきりになる人も、
日常生活を送れない精神状態になる人も居る。

歳を取ったらどう生きるか、ではなく、
今の人生をどう生きるかを、
もっと考えなくてはいけない。


若い頃は、
私はそれを実践してきた。


今は、それが出来ていない。


多くの事を省みている。



そもそも私は、
深刻な自殺願望に長年捉えられた過去がある。

順調に願望に従っていれば、
もうこの世には居ない。

今は、「余生」といえるのではないか?

人が生きるということは、
どういうことか、
老いる、
日を重ねるとは、
どういうことか。

つらつらと考える。








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# by leea_blog | 2017-12-15 21:26 | Comments(0)

今年も残りわずか・夢野久作の再読。その人独自の作品



夢野久作を再読している。

短編集を読み終わり、
長編の「ドグラ・マグラ」を読んでいる。

背表紙の紹介に、
「これを読むものは一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大寄書。」、
とある。

夢野久作を読んだ事が無い方は、
短編から入ることをお勧めしたい。

それにしても、
常々思うのだが、

良い作品かどうでもいい作品かの分かれ道は、
文章の力によって、
その作者でなくては見られない世界観を提示しているか否かであると思う。

世界観は、勿論、それぞれの読者の中で、
より普遍的なものとなるであろうが、

誰でも書けるものは、
正直、読む時間がもったいない。

「ドグラ・マグラ」は、
夢野久作しか書けないし、
そもそも書こうと思わないだろう。


感想は後日。

そんなことをしているうち、
今年が後残りわずかになってしまった!

歳を取ると月日が経つのが早くなる。

子供の頃は、
一日が長かったのに。

一ヶ月経つのも長かったのに。

まあ、しかし、
大人は仕事をしているから、
一日が立つのがゆっくりだと、
仕事の負担感が重すぎるのである。




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# by leea_blog | 2017-12-13 19:05 | Comments(2)