馬鹿日記・要するに小学生の頃の願望が、この歳になってかなったということだ



さて。

谷崎潤一郎の名作、「少将滋幹の母」を、

二回にわたって紹介し、

まだ終わらないのである。

滋幹の、母恋いの濃密さが描かれているのである。


「その三」を書くのは後日になるが、


ここでちょっと気分転換。




左大臣時平が、老大納言・国経から、

宝物の若妻を奪う場面は、

前半のクライマックスで、

引用していても、

その筆致にくらくらとした。



小学生の頃、

この場面に感動した。



私も、このようなかさ高な罌粟か牡丹のような人を、

抱きかかえて館に連れ帰りたい!!!!!

   ↑

えっ、そっちかよ!

類い稀な美女にうまれて、

権力も胆力も頭脳も政治力も財力も美貌も兼ね備えた大貴族に、

退屈な日常から連れ出してもらう方じゃなくて???



違うの。

感情移入したのは、左大臣時平の方なの。






ははは。

実は、その願望は、かなったのだ。


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この人。
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男の子だけどね。

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まさに、かさ高な罌粟か牡丹のようではないか。



素還真の衣装は、

薄地なのでかさ高と言うほどでもないのだが、

宮無后の衣装は、

生地に張りがあるので、

かさ高。



この人を初めて抱き上げたとき、


私の脳裏を、

前回に引用した「少将滋幹の母」の一節が、

よぎったのでした。




小学生時代の夢が、

台湾の人形でかなうなんて。



と、ノロケてみたかっただけです。。。。






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# by leea_blog | 2017-09-07 22:55 | Comments(2)

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」あらすじ・その二。北の方略奪の美




谷崎潤一郎の名作、「少将滋幹(しげもと)の母」のあらすじご紹介、二回目です。

一回目を先にお読み下さいませ。

http://leea.exblog.jp/26027729/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、直接リンクを貼れません。URLをコピペして飛んで下されたし)

前回に引き続き、

やや下ネタな話も含まれますので、
苦手な方は今回も飛ばして下され。


舞台は平安時代。
年齢70歳を大分超している老大納言は、二十歳ばかりの、たいそう美人の若妻を娶っていました。

北の方が曾祖父のような年齢の夫を愛していたか否かはぼかされておりますが、

老大納言の方は、この世に類いない若妻を、宝物のように愛しておりました。

二人の間には、幼い男の子も生まれております。
その、男の子と言うのが、

タイトルの、「少将滋幹」なのですね。
つまり、滋幹の母、というのは、この、老大納言の宝物である若妻のことです。

古典を紹介しながら、ゆったりと展開する、谷崎の王朝絵巻。

谷崎の好んだテーマの、「母恋い」、「悪い美女」、「美女に翻弄される男」、「闇に垂れ籠める高貴の女性」、「老人の性欲」、「日常の中の異常な体験」、などが、絡み合って、円熟の筆致で物語は、クライマックスに至ります。

前回は、当時活躍した有名な色好みの平中と、意地悪な美女の、侍従の君のお話を紹介しました。

今回は、
老大納言と北の方(奥さん)の物語を中心にご紹介します。

色好みで名高い平中は、この北の方とも、二度ほど逢瀬を遂げています。

平中は、美人が居る、と噂を聞けば、言い寄らずにはいられないのです。

そして、菅原道真を太宰府に流した事で有名な、左大臣、藤原時平は、平中とは色恋の話をするのを好みます。

そして、時平は、大納言の美しい北の方の噂を聞き、平中から「世評通りの美人に違いないかどうか」、を聞き出します。

「あれだけの顔立ちのお方は、ちょっと外に見当たらない」と聞き、時平は、北の方を奪うため、老大納言に近づきます。

そのあたりの、老大納言の心中、老人の目を盗んでその妻と密通する事に良心がとがめて遠ざかっていた平中の心中、なども、その揺れ動く様が、語られています。

老大納言の北の方への執着も、凄い。

老大納言は、北の方のゆたかな頬に皺だらけな頬を擦りつけて、寝物語をします。

以下、引用。

「老人は、北の方が黙ってうなずいたのを自分の額で感じながら、一層つよく顔を擦り着け、両手でうなじを抱きかかえるようにして彼女の髪を長い間愛撫した。二三年前まではそうでもなかったのであるが、最近になって老人はだんだん愛し方が執拗になり、冬の間は毎夜北の方を片時も離さす、一と晩じゅう少しの隙間も出来ないようにぴったり体を喰っ着けて寝る。そこへ持ってきて、左大臣が好意を示すようになってからは、その感激のせいでつい酒を過ごし、酩酊してから床に入るので、なおさらしつっこく手足を絡み着くようにする。それにもう一つ、此の老人の癖は、閨の中の暗いのを厭うて、なるべく燈火をあかるくしたがるのであった。と云うのは、老人は北の方を手を以て愛撫するだけでは足らず、ときどき一二尺の距離に我が顔を退いて、彼女の美貌を賛嘆するように眺め入ることが好きなので、そのためにはあたりを明るくしておくことが必要なのであった」


女性からみれば、
五十も歳の離れた老人が、隙間も出来ないくらいに毎晩密着してきて、閨のうちでも明るくして若妻の美貌を舐めるように見る癖がある、となると、

「恋愛結婚でもないのに、

幾らなんでも気持ち悪過ぎる!!!

昔の女性は大変だなあ」

としか思えません。、。

それに加えて、老人は耳が遠く、自然夫に対しては言葉数が少なく、分けても閨に入ってからは殆ど無言で過ごす、と続きます。

コミュニケーションもほとんど無いのだな。。。

閨で無言、それは、北の方に取ってひたすら黙って時間の過ぎて行くのを待つしかない苦行だからであろう、と、読書は推測します。

さて、右大臣、藤原時平は、この老人に事あるごとに贈り物をし、老人に感謝感激の念を起させます。

老人が感謝し、時平の求めには、物惜しみしない、という気持ちになるまで、追いつめます。

そして。
老大納言の館で開かれた宴の席で、
時平は、引き出物に、
「私の館には勿論、やんごとない九重の奥にさえないもので、ご老体のお手もとにだけあるもの」、と、老人の宝物を所望します。

「殿、物惜しみをしない証拠に、これを引出物に差し上げます。お受け取りください!」

と、御簾の奥に居た妻を。

この辺りの描写は、大文豪の筆力が遺憾なく発揮された、読者をくらくらとさせる文章で、

小学生の頃に読んだ私も、
脳裏に焼き付いたシーンです。

以下、引用。

「最初、国経が御簾の蔭へ手をさし入れると、御簾のおもてが中からふくらんで盛り上がって来、紫や紅梅や薄紅梅やさまざまな色を重ねた袖口が、夜目にもしるくこぼれ出して来た。それは北の方の着ている衣装の一部だったのであるが、そんな具合に隙間からわずかに漏れている有り様は、万華鏡のようにきらきらした眼まぐるしい色彩を持った波がうねり出したようでもあり、非常に嵩のある罌粟(けし)か牡丹の花が揺らぎ出たようでもあった。そして、その、人間の大きさを持った一輪の花の如きものは、ようよう半身を現したところで、まだ国経に袂をとらえられたまま静止して、それ以上姿を現すのを拒んでいるように見えた。国経はやおらその肩へ手を廻して抱きかかえるようにしながら、もっとその人を客人たちの方へ引っ張って来ようとする風であったが、そうされるとなおその人は、御簾のかげに身を潜めようとした。顔に扇をかざしているので、目鼻だちは窺うよしもなく、扇を支えている指先さえも袂の中に隠れていて、ただ両肩からすべっている髪の毛だけが見えるのであったが、
「おお!」
と叫んで、時平は恰も美しい夢魔から解き放たれたように、つと御簾の傍へ走り寄ると、大納言の手を振り払って、自分がその袂をしっかりと掴んだ。」


「さあ、御一緒に、わたくしの館へ参りましょう」
彼はいきなりその人の腕を取って肩にかけた。女は引き立てられながらさすがに躊躇するらしく見えたが、でもしなやかに少し抵抗しただけで、やがてするすると体を起こして行くのであった。

屏風の外で待っていた人々は、急には出て来ないであろうと思えた左大臣が、忽ち恐ろしく嵩高(かさだか)な、色彩のゆたかなものを肩にかけながら物々しい衣ずれの音をひびかして出て来たのに、また驚きを新たにした。左大臣の肩にあるものは、よく見ると一人の上臈、この館の主が「宝物」だと云ったその人に違いなかった。その人は右の腕を左大臣の右の肩にかけ、面を深く左大臣の背にうつぶせて、死んだようにぐったりとなりながら、それでもどうやら自分の力で歩みを運んでいるのであったが、さっき御簾からこぼれて見えたきらびやかな袂や裾が、丈なす髪とよじれ合いもつれ合いつつ床を引きずって行く間、左大臣の装束とその人の五つ衣(いつつぎぬ)とが一つの大きなかたまりになって、さやさやと鳴りわたりながら階隠の方へうねって行くのに、人々はさっと道を開いた。」



と、このようにして、老大納言国経の宝物の若妻は、左大臣時平に、連れ去られてしまうのでした。


続く。

次回は、北の方の幼い子供の、「母恋」の濃密な部分を紹介します。















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# by leea_blog | 2017-09-07 22:19 | Comments(0)

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」あらすじ・その一 



日常に純文学を。

「純文学? 堅苦しそうで、読むのが面倒」、と、お思いの方も、多いと思います。

しかし、それはあまりにも、もったいなさ過ぎます。

と、拙ブログでは、時折、鍛えられた文章力が注ぎ込まれた、文豪の作品を、

「偏りまくったセレクト」をして、ご紹介しています。

純文学を紹介するのに、思い切り真剣に評論することも、可能です。

が!

拙ブログでは、

「へえ〜。純文学って思っていたより面白そうだな」と、

通りすがりの方にも思っていただくのが趣旨ですので、

平易な視点からご紹介しております。



さて、今日は。

日本が世界に誇る、大文豪、実は耽美な変態さん、

谷崎潤一郎の、「少将滋幹(しげもと)の母」をご紹介します。

下ネタと言いますか、

微グロ?といいますか、スカトロ、といいますか、

そういう部分あり。

苦手な方は、今回は読まないで下され。


谷崎潤一郎というと、

「刺青」、「春琴抄」、「痴人の愛」、「細雪」などが、知られております。

拙ブログでは、過去日記に、谷崎の、あまり知られていない名品を複数紹介しておりますので、

ブログ内を、「谷崎潤一郎」で、ご検索ください。


「少将滋幹の母」は、

中公文庫で、画家の小倉遊亀の挿絵の完全収録版が出ております。

母恋い、老人愛、略奪愛、男を翻弄する悪女、お下品、匂い立つ美、闇に垂れ籠める高貴の女性、と、

谷崎潤一郎の作品に頻出するテーマが、沢山詰まっており、

それらが、円熟の筆致で、匂いやかに描かれる、名品です。


時は平安。

菅原道真を太宰府に追いやった事で有名な、藤原時平の時代。


名高い色好みの、平中から物語は始まります。

さまざまな逸話を、緩やかに語りつつ、織りなされる、王朝絵巻、谷崎版。

まさに円熟の語り口です。


私は、実は、小学生の頃に日本文学全集を買ってもらい

(実は全集が欲しかったのは、父の方だった、と今は分かる)、

小学生の頃に読読みました。


子供に、谷崎の真の魅力が分かる訳が無いのですが、

文豪の筆力は、子供なりに理解出来ました。

北の方強奪のシーンの名文章、

奇怪な「不浄観」、

最後の方の、夢を見ているかのような描写、

などは、子供心にも強い印象を受け、

「谷崎潤一郎は、凄い人だ」、と思ったのでした。



現代の大人が印象に残るであろう点は、以下ではないでしょうか。

と、話が色好みの貴族の話から始まるので、

拙ブログでも、行きがかり上、

平中のエピソードから触れます。

色好みの平中が、侍従の君という女性に熱を上げ、

しかし、すげなくされたため、彼女への思いを断ち切ろうと、

彼女のおまるを、侍女から強奪する話が出て来ます。



平安時代の恋愛ですから、

相手の顔も知らないまま、恋いこがれたりもします。

平中は、冷たい侍従の君に恋いこがれるあまり、

排泄物を見て、現実に戻って思いを断ち切ろう、としたのですね。



現代で言えば、「美少女はトイレなんかに行かない!」と思っているロリオタが、

彼女がトイレに行く所を見て思いを静めよう、としている感じでしょうか。



平安時代ですから、高貴の女性は、箱状のおまるに用を足し、侍女に捨てさせます。

それを、平中は、奪い取り、家に帰って、じっくり検分しようとします。


さて、この事件は、物語の進行上、大切なシーンなのですが、

小学生の私には、実はよく分からなかった。

恋しい人のおまるを奪い取って、

中を見る事が、何の意味があるのかもわからなかったし、


実は、平中の行動を予測した侍従の君が、

おまるの中身を凄いモノに変えておいたため、


ますます平中が焦がれて死んでしまう、

それが、頑張って理解しようと何度読んでも、よく分からなかったのでした。

大人になって再読すると、

色事師・平中の身勝手な色恋もよく分かるし、

侍従の君の、相手をぎりぎりまで翻弄して焦がれ死にまでさせる、

美しいけれど悪い女性という、「いかにも谷崎の好きそうなテーマ」も、よく伝わります。

年齢によって読み方や響いて来るものが違うのが、純文学の醍醐味です。



さて、平中が奪い取った侍従の君のおまる。

どれほど美人であろうと、

排泄物はむさくるしいものだ、それを眺めて、報われない片恋を断ち切ろう!

と、する平中も変な奴で、女性から見ると迷惑な変質者ですが、

侍従の君も、悪魔的に上を行っております。



彼女は、平中が奪いにくるであろうと予測し、おまるの中身を、工夫しておきます。

中身は、一見、排泄物のように見える、

しかし、そういうものらしくない、えも言われぬかぐわしい匂いがします。

あまり不思議でたまらないので、中にある液体を、少しすすってみます。
(止せよ!!!)

また、棒切れに突き刺した固形物を、ちょっぴり舌に乗せてみます。
(や、やめろよ!!!)

尿のように見えた液体は、

丁子という香料を煮出した汁であり、

糞のように見えた固形物は、野老や合薫物を甘葛という甘味料の汁で煉り固めて、

大きな筆のつかに入れて押し出したものなのでした。

以下、引用。



「いみじくも此方の心を見抜いてお虎子(おまる)にこれだけの趣向を凝らし、男を悩殺するようなことを工むとは、何と云う機智に長けた女か、矢張り彼女は尋常のひとではあり得ない、と云う風に思えて、いよいよ諦めがつきにくく、恋しさはまさるのみであった。」

「侍従の君はますます驕慢に、残酷になり、彼が熱を上げれば上げるほど冷ややかな仕打ちをし、もう少しと云う所へ来ては突っ放すので、可哀そうな平中は、とうとうそれが原因で病気になり、悩み死にに死んでしまった。」


このエピソードは、

いかにも谷崎の好きそうな話ですが、

谷崎の創作ではなく、今昔物語が元になっております。

変な奴や意地悪な美女は、昔からいたものだ。

まさに、良材を得た、というところでしょう。



谷崎潤一郎の作品には、こうした、男を翻弄する女性が多く登場します。

侍従の君にしても、痴人の愛のナオミにしても、

男子読者は「うわー、怖い女だ、ひどいもんだ」と思うかもしれません。



が。女性からすれば、

「そこまで翻弄してくれる女性なんて、

君たちの人生では遭遇できないでしょ。

男子が構って欲しくても、女性は好きじゃない異性を翻弄するほど暇じゃないわよ。

まあ、男子の妄想ね」。で、あります。



「自分の恋慕の情につけ込んで、ひどい仕打ちをして欲しい」という願望を持つ、

精神的マゾヒスト男性も、実際いる訳ですが、

女子から言えば、

「その前に、女性様の気を惹かなくては。

気を惹いた後も、気を引き続けなくては、駄目ですね。

要するに、『ただしイケメンに限る』、という事ね」


という、現実の壁があるのであります。


続く。

次回は、もっとあでやかなシーンをご紹介予定。
















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# by leea_blog | 2017-09-05 19:04 | Comments(0)

辻村ジュサブロー「人形曼荼羅」その2  


私が寝込んでいる状態が長引いている理由に付いて、

庶務課長が自分のせいだと知られないように、

意味不明な理由を職員に伝えているらしい、と、

知って、事態がますます悪くなっています。



しかし、今やるべきことは、

取り敢えず全力で気分転換。


世の中というものは、

悪い人が沢山居るものだ。


私の勤務経験史のなかで二番目に悪なお代官様、じゃなくて、

庶務課長と遭遇してしまったけれど、

闘う余力が今は無いので、

逃亡して体力温存を図らねば。



今日は、「パワハラ日記」は書かないで、

人形師、辻村ジュサブローのエッセイ、

「人形曼荼羅」、を紹介する、その2です。


ーーーーーー


私はデパートや人形店などで、どれも同じような顔つきをしている無個性な人形を見ていて、恐ろしくなることがります。同じような顔ばかりしかないということは、顔が失われてしまっていることと同じです。そんなとき、私は、健全なもの、明るいもの、善良なものと考えている人形の顔とは何だろう、と、考えてしまいます。毒にも薬にもならない、と言っては言い過ぎかもしれませんが、いわゆるハッピイな人形たちには、本当の意味での健全さがあるのかどうか、ということです。少なくとも日本の古い人形には、現在街で売られている人形のような、恐ろしいまでに無性格な顔はありませんでした。もしこうしたハッピイな人形が子供たちに買い与えられるものだとしたら、子供たちがこれを見て何を感じるのか、私には想像もつきませんが、ただとりかえしのつかないことが進んでいってしまうような気がするのです。


ーーーーー

と、以下、ジュサブローが感じた違和感が、綴られて行くのです。


偉才からみて、デパートや人形店の人形が無個性に見えてしまうのは、当然ですね。


大量生産品は、

ともかく沢山売りたいので、

出来る限り、一人でも多くの消費者に買ってもらえるような、

最大公約数を、限りなく求めます。



人形と一口に言っても、

人形作家が作る人形と、

デパートで売る人形とでは、


現代詩とキャッチコピー、くらいに、

目的も何もかもが違うのですね。



「りーあさんって、詩を書いているんですってね。

私もあいだみつおが好きなんです!」



上記のようなお言葉を頂くことが、現実に結構あります。




そうした時の、私の心情は、

ジュサブローがデパートの人形に恐ろしくさえなった、その心情に、

とても似ていると思います。




「ただとりかえしのつかないことが進んでいってしまうような気がするのです。」


これに似た心情は、

ネズミで有名な、誰もが知っている会社が次々と生み出す、

童話をベースにした外国のアニメーションに感じます。



ミネラルが豊富に含まれる黒砂糖の代わりに、

有害な人工甘味料をたっぷり入れたお菓子を子供に売っている、

そんな感じでしょうか。



私が子供だった頃は、

子供に与えられる童話や昔話は、

口当たりよく改変されていませんでした。


残酷だったし、怖いし、勧善懲悪にしても、

行き過ぎな報復だったりしました。



祖先から伝えられたお話を、

受け取っていた訳です。


そうした積み重ねで、

子供たちは、大人になって行きました。



ジュサブローは言います。


「人形の主観性とは、逆に言えば一人一人にとっての人形が確実にあるということでしょう。めいめいが別々の人形を求めるから、人形は無性格なものでいいということにはなりません。どれを見ても同じ顔のハッピイな人形は、誰の人形にでもなりそうに見えて、実は誰の人形にもならないのではないでしょうか。」


おそらく、

子供に人形を買い与える親や、

おもちゃ売り場に行きたがる子供は、

そこまで深いことは考えていないでしょう。






余談

ちなみに、

拙ブログの過去日記をお読みの方はご存知の通り、

うちには、台湾の人形劇の人形が二人おります。

この二人をお迎えして、

実に多くのことを考えさせられました。

おっと、話が長くなるので、

また別の日に。









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# by leea_blog | 2017-09-03 18:17 | Comments(0)

幸田露伴を再読していたら、生き人形作家の巨額詐欺報道。。。。

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葉の上の、雨上がりの雫・撮影、りーあ
よく見ると、小さい雫は、ほぼ球体ですね。
このまま金か銀の糸で、連ねたい。



ところで。

最近の報道で、

まるで生きているような人形を作る人形作家が、

詐欺で逮捕された、とある。



そのニュースを見聞きし、

多くの方が、

金額に驚いていると思う。




ちなみに、拙ブログの、「馬鹿日記」とタイトルに付けてあるシリーズは、

禁断の?人形愛に落ちていく馬鹿な日常を、

馬鹿さもそのままに記録したものだ。

人形がやきもち焼いて生き霊になったり、

白い長襦袢姿で持ち主に迫ったり、

私自身、予想もしない日々で、

そのうち、短編小説にでも仕立て上げたい。





ちなみに、うちの人形は二人とも、

手作り品だ。


基本的にPILIの木偶は手作り品だ。

海を越えた台湾に、

探しに行き、無かったので、

半額を前金で支払って、注文製作を依頼した。

最初は、

「没有」と言われて追い返されそうになった。





リアル知人たちは、

私が騙されて金だけ取られたと思い、

出来上がりを待ち焦がれる私を哀れみ、

「お金を先に払ったら、人形は絶対出来てこないよ」と、

口々に言ったものだ。




話は戻って、

日本国内の、業界では高名な人形作家に人形代を先払いし、

だまされた人が続出したらしい。


このニュースは、検索すれば幾らでも出てくるが、

今日眼に入った記事が、以下。


ーーーーー




総額8億円詐取か 逮捕された「生き人形作家」驚きの手口


日刊ゲンダイデジタル版
https://netallica.yahoo.co.jp/news/20170831-35757115-a_aaac

拙ブログは、セキュリティーの観点から、

直接リンクが貼れません

URLをコピペして飛んで下されたし

ーーーーーーー




【2013年、岡山県の55歳の男性から人形の制作代金として計715万円を受け取ったほか、「1年後に返済する」といってさらに100万円をだまし取った疑いだ。】


時間が経っているので、

男性は、ひたすら人形が出来上がるのを待っていたのだろう。



台湾人形劇、PILIの人形が欲しくてのたうち回り、

ついには、出掛けて筆談を試みた、

前金を払って、毎日指折り数えて出来上がるのを待っていたりーあとしては、

被害者の気持ちが、よく分かる。




しかし、まあ、715万円って?????




いや、記事にもある通り、

人気作家の作品は、一体が二、三百万くらいします。

それでも、順番待ちだったりします。



「車を買うのをやめて人形を買いました」、という世界です。


恐るべし、人形の世界!



私なら、

「そんなにお金が掛かるんなら、

技術を学んで自分で作っちゃうもんね!」と、

思うくらいの金額である。


うちの子たちは、

リアル知人の皆さんには呆れられたが、

OLでも頑張れば払える金額なので、

「売ってくれてありがとうございます!」という世界である。







ーーーーーーーーーーーー


「被害総額は8億円くらいでしょう」とは元兵庫県警刑事で作家の飛松五男氏だ。

「55歳男性のほかに、60代の男性が“個展を開けば3000万円儲かる”と持ちかけられて7000万円取られています。驚いたことに、堀容疑者は男性がカネを出し渋ると、肉体関係になり、結婚までほのめかした。ほかにも100人以上から数十万~数百万円単位で詐取したようです」

ーーーーーーーーーーー


「ほ、本当に????」と、にわかには信じ難い展開です。 

人間、才能とその業界での名声に恵まれ、注文も沢山来ているのに、

それでも、道を誤ってしまうものなのか???? 


名声は既にあるのだから、普通に商売していればいいと思うのだが、一体なぜ???


まあ、事実関係については、そのうち追って報道されるであろう。


世間が驚くのは、詐欺を働いたとされている有名作家の悪事?よりも、

(悪い人は沢山居るのが、世間というものだ)

むしろ、だまされた人が一人や二人ではない事の方であろう。



なぜ、人形絡みでそんな大金を払ってしまう人が、

そんなに沢山居るのか????

という事の方が、

びっくりなのではないか?


普段は人目につかない、


人形愛好家、という、


ディープな世界があることに、


驚かれているのでは。




人形愛を、これまでは、知識でしか知らなかったが、

ついに体験するという、「人間、生きていると何が有るか分からないものだ」と、

感嘆している私は、

なぜ巨額の金銭を人形に投じてしまう人が多かったのか、よく理解出来る。


折しも、パソコンを立ち上げる前に再読していた、

幸田露伴の短編、「骨董」に、

その心情をうまく言い当てている一文があったので、紹介しよう。


人形ではなく、骨董ですが。


ーーーー


理屈に沈む秋のさびしさ、よりも、理屈を抜けて春のおもしろ、の方が好きそうな話だ。関西の大富豪で茶道好きだった人が、死ぬ間際に数万金で一茶器を手に入れて、幾時間を楽しんで死んでしまった。一時間が何千円に(りーあ注・当時のお金で)当たった訳だ、なぞとそしる者もあるが、それはそしる方がケチな根性で、一生理屈地獄でノタウチ廻るよりほかの能のない、理屈をぬけた楽しい天地のあることを知らぬからの論だ。趣味の前には百万両だって煙草の煙よりもはかないものにしか思えぬことを会得しないからだ。


ーーーーー



幸田露伴にも私にも、払いたくとも百万両なんて実際にはありはしない。

「持ってないから大口叩くんだ」と指摘を受けそうだが、


人形作家に人形を依頼した人は、

作ってもらいさえすれば、

数百万など、惜しくは無かったのであろう。


そんなこんなで、

人ごととも思えない報道なのであった。



















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# by leea_blog | 2017-08-31 20:03 | Comments(4)

辻村ジュサブロー「人形曼荼羅」


人形作家、辻村ジュサブローのエッセイ、「人形曼荼羅」を再読しました。

若い頃読んだので、内容をほとんど忘れています。

大変読みやすい語り口で、

仏教的な人生観に到達した、穏やかな一冊です。



現実の煩わしさが嫌になると、ジュサブローは、

よく「いっそ山にでも籠って、一人で思いのままに人形が作れたらどんなにいいだろう」と

思った時期もあったそうです。

これは、表現者なら、ほとんどの人が、思った事があるのではないでしょうか。



「しかし、私が本当に一人で山に籠ったとしたら、はたして思いのままに人形が作れたでしょうか。
おそらくは、否です。」

「切り花が長持ちしないように、私が現実を逃げ出せば、私の中の人形もそのとき死んでしまうでしょう。」


なるほど。

私などは、人が多勢行き交う、賑やかな場所を居心地が良いと思うので、

山は、籠る場所ではなく、心を清らかにする一時的な場所です。

ずっと滞在したら、鬱がひどくなりそうです。

もっと歳を取れば、山にずっと住みたい、という願望が出て来るのでしょうか?



今住んでいる東京は、

アパートの隣の部屋に誰が住んでいるのかも分からず、

アパート近辺は、挨拶をする知り合いも居ません。


下界の煩わしさの無い、

これは、一種の、

「都市部だから可能な仙人生活」とも言えます。

人間関係や世俗の問題からすれば、

山生活と同じです。



とは言え、今は静養しているだけで、

昼間は「仕事」に出掛け、職場では本当に、理不尽と人間の醜悪な面と、

理不尽が襲いかかってくる、

戦場のような感じなので、

一昔前の言葉、「東京砂漠」で、仙人生活をするには、

働かずに作品に没頭出来るような、経済力が必須ですね。


山にこもるにしても、

洞窟で暮らせるのでも無し、

山小屋の維持管理、

食料の調達が充分可能な、経済力は必須です。



ジュサブローは続けます。

ーーーー

山に籠る自由が自由なのではなく、不自由をしのいでいくところにしか、本当の自由は産まれてこないのでしょう。猥雑な現実に生きることによってこそ、美も、夢も、憧れも紡ぎ出していける、といまの私は考えています。このことを裏返せば、美しいものや、喜ばしいものは、私たちのなりわいのなかにある醜い面や悲しい事実の裏付けによって、美しいのであり、喜ばしいのだと言えるでしょう。醜とせめぎ合う美、悲しみを背中にした喜びこそ、より強いのではないでしょうか。

ーーーーーー


なるほど。

彼は、本当の自由とはどうやって産まれてくるか、を、人形作家の視点で結論に達したのでした。


まあ、このような語り口で、

読者それぞれが、

自分の人生観を振り返って、考えてみる事が出来るような、文章が、

押し付けがましさが全くない流れで、続いていく一冊です。


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# by leea_blog | 2017-08-30 23:25 | Comments(0)