内的成長の夢・ヘッセのシッダールタの影響?


内的成長の夢を見た。

昼間、寒かったのでつい、お布団に入った。

寝てしまった。


ネパールか、インドのような、ヒンドゥー圏。

古い建物が立て込んで迷路状になった、

旧市街に来ている。

案内の男について、

私ともう一人の男性は、

迷路状の町を歩く。


一見、売春窟、実は精神的経験の店、

のような所をハシゴする。

夢を見続けるうち、

私は再訪し、さらに訪れ、

すっかり詳しくなり、

本物とまがい物の区別がついて、

来たばかりの旅行者に助言が出来る程になる。

この経験は、他の地域に旅行しても、

活用出来、

今度は東南アジアか東アジアの都市部に来ている。

ここで、内的成長を求めて来ている人たちに、

アドバイスを請われ、

助言する。



私も初めて訪れる所にも関わらず、

すっかり眼が肥えているのであった。

街を歩いていても、

だいたいどのような所に求めるものがあり、

どのような所にまがい物があるのか、

嗅覚がすっかり効くのであった。

アジアの東で、

私は、魂の再生に関わる、

重要な体験をする。

明け方と夕暮れが関わっている。

それは、秘儀と言って良かった。

具体的なのだが、どうしても思い出せない。

私はすっかり生き変わる。

助言を求めて来る若い人たちと、

何度も訪れる。

間違った方法をとった三十代くらいの男性旅行者が、

夕暮れの時間の中で、

間違った答えに出合い、

こんな筈じゃなかった、無駄だった、

どうしたら良いんだ、と叫んでいる。



ーーーーー


目覚めた後、

物凄い充実した、ゆったりした気持ちになっているので、

びっくりした。

このような夢なら、しょっちゅう見たい。

宮無后人形が、どこかに出て来たのだが、

どうしても思い出せない。






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# by leea_blog | 2017-03-06 16:31 | Comments(0)

パワハラ経緯日記・トホホ速報 医者アイスランドNOW


庶務課長から全く返信をもらえないまま、

月日が経って行った。

東京労○局総務課長からは、

ましてや何ヶ月も返信をもらえていない。

掛り付けの医者は、

とりあえず、

返信をもらう事に論点を絞って、

弁護士に相談するように薦めてくれた。

頭の良い、

論点を分かっている医者で、

本当に助かっている。


まったく、それ以外に解決の糸口なんて、

微塵も無いよね。


ちなみに、

伊勢先生は、

ただいま「アイスランド」である。


私は、一昔前、

アイスランドサガに魅せられて、

「アイスランドに一度は行きたい」

とぼやくと、

殆どの人は

「妖精が生きているアイルランド」の事だと聞き違えた。


いや、アイルランドにも行きたいですけど。


台湾人形劇、piliに魅せられる土壌は、

幼い頃から親しんだ、

神話や伝説や、

平家物語、太平記、

イリアス、サガ、と、

枚挙にいとまが無い事に、

改めて気づくのであった。




さらにちなみに、

シティライフを満喫する医師が、

香港の苦学生のような環境に居る事も

あきらかになったのだが、

そういう荒波をかき分けて行く

まぶしい生き様は、

勝手にブログに書くと

何かの侵害に当たりそうなので、

医師の許可が有ったら、書きます。


話は戻って。

メールの返事をもらえるように、

弁護士に相談を薦められた、。

が。

私は、

頭が整理出来ておらず、

弁護士事務所を探す精神的労働に、

全く向き合えないまま、

三月に入ってしまった。


取り敢えず、

簡単な事から始めよう、と、

庶務課長と局の総務課長に督促のメールを出した。


これらのやり取りは、

後日、

労災申請を出す資料として添付予定だし、

裁判になった時にも、

添付予定である。


ーーーーーーーーー



3月2日
中村庶務課長様

お世話になっております。

私の質問にご返答を頂けないまま、
だいぶ日が過ぎております。

待つ心労にも耐え得ませんので、
早急に御返答をお願いします。

なお、日がだいぶ経っておりますので、
お返事を今まで頂けなかった理由も、
教えていただけますように
お願い申し上げます。

ご多忙とは思いますが、
当方は職場のパワーハラスメントにより休まざるを得なかったのであり、
その経済的損失が続く事で、
私の恨みもますます深まる事を御考慮頂き、
よろしくお願い致します。

西野

ーーーーーーーーーー

翌日返事が有った。

が。

私の質問に全く回答していない。。。。

例によってだが。


しかも、「年度末の繁忙期」って、

私への返信が遅れた理由ではなく、

辞令郵送が遅れた理由ですね、それ。。。


以下。

ーーーーーーーーーーー

西野様

いつもお世話になっております。

本日、辞令を郵送しましたのでご確認願います。

当方の都合で申し訳ありませんが、年度末の繁忙時期に入り連絡が遅れました。

なお、3月17日が人事異動内示となり、体制も変わるかと思いますので詳細につきましては追って連絡いたします。


ーーーーーーーーー



まあ、要するに、


私への返信内容は、


新しい体制の指示次第、


と言う事なのであろう。。。。



本当に、


その時その時の体制に翻弄され続けているが、


正直、


違法支給が百万単位なんだから、


間違えて払ったのではなくて、


違法と分かっていて払ったのだから、


私を辞めさせて退職金で無かった事にしようとしたのだから、




誰が所長でも誰が局長でも、


違法は違法でしょう。。。。



何で知らない人たちの真っ黒な金の流れを、


私の退職金で無かった事にしなくちゃならないのか、


全く意味が分かりません。


説明くらいしてよ。


「これこれしかじかなんだ。


偉い人の代わりに下っ端が辞めるのは当然だろ、


な? な?」とか


説明して欲しいよ。




疲れたよ。。。。



もう、生きている意味が見つからない。。。。




いやいや。



ウチには、既に



素還真と宮無后という、


扶養家族が。



「苦痛に満ちた人生から、


もう引退したい」、


としか考えなかった頃から、


馬鹿日記をアップするまでに回復して、


人生、何が有るか分からないものである。











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# by leea_blog | 2017-03-05 22:16 | Comments(0)

雛祭り・桃の節句 

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今日は桃の節句、雛祭りだ。

ウチで待っている台湾人形劇の人たちにも、

雛祭り用ケーキを買って来たぞ。


はいはい、二人とも、

君たちは男子だから、

五月の端午の節句もやるけど、

取り敢えず、今日は、

赤い毛氈の上でお酒でも飲んで過ごしましょう。

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ピクニックにでも来ているような感じの二人。

宮無后「素還真様。

   この丸いものは何ですか?」

素還真「これはケーキというお菓子ですよ」




ふう。

宮無后は、白い長襦袢を脱がせたら、

見覚えのある人に戻ってくれたので、良かった^^;





やはり、こういうのは怖かったです。。。。。

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# by leea_blog | 2017-03-03 17:55 | Comments(5)

中島敦・「山月記」ファンは立ち入り禁止


ゆりうたでは、良かった本は紹介しても、

今ひとつだった本は、挙げない方針である。

書物などは、

読み手に依って感想が違ってなんぼである。

検索してたどり着いた方が、不快になるような事は、

わざわざ書かないし、紹介したい良い本は山ほどある。


が。

再読の重要性をここの所語っているので、

再読しても駄目だった経験も、

読者諸氏の参考になるかもしれない。


と、言う事で、

急に再読した、中島敦。

現代詩人会のゼミナールで、

中国の詩人の田原氏が、

「スリッパを投げないで下さいね」と前置きしながら、

中原中也は三流の詩人だ、と述べた事が有る。

よく言ってくれた、と思う人も居るであろう。

まあ、結局、「文学の世界で有名な誰か」とは、

「裸のお王様」である事も多い。



でも、「王様は裸だ」とは、

言いにくいよね。

なぜなら、中原中也は、アイドルのようなものだからである。

歌が上手いかヘタか、とか、

一流か三流か、とか、

演技がうまいかヘタかとかは、

読む方も殆ど気にしていない、

「売り出された人」だからだ。

わざわざ駄目だと敢えて言う必要がないのだ。


ファンが沢山居るのだから、

ファンに任せておけば良い。


中島敦も、アイドルのようなものだろう。


ここで、面白く無さそうな事を書いて、

たまたま検索したファンを嫌な気持ちにさせるのが、

趣旨ではないし意図していない。

ファンの人は、よそを当たる事をお勧めする。


個人的な記録を書いて、「ほお。そういう見方も有るのか」を提示し、

「考え方の多様さ」

「文学の面白さ」を、広報したい、というのが趣旨である。



昔、学校の教科書に、山月記が載っていた。

当時の私の感想は、

「何が言いたいのか、さっぱり分からないし、

何処に感動して良いのかもまったく分からないし、

なぜ現代国語の教科書に載っているのかも、

さっぱり不明」であった。


ヘッセの話で、

学校が進めるものが当時はつまらなくても、

再読すると素晴らしかった、という話をした。

が。

記憶に有るよりもっと駄目だった、という場合も、あるのだ。




いきなり、「山月記」を再読してみた。


再読すると、

なぜ現代国語の教科書に載っているか、

よくわかる。

先生が好きそうな話である。

何が言いたいのかも、よくわかる。

むしろ、「説明的」である。

そういう事は、やはりある程度の歳にならないと、

想像がしにくい。


面白かったか、といえば。

以前、ゆりうたで紹介した、

ミルハウザーの小説に対するのと同じ感想である。

文庫本で、他の作品も載っているので、

他の作品も再読すれば、

もっと好意的な評価も出来るかもしれないが、

代表作の「山月記」だけ採れば、

良い作品なのだろうが、

とほほ、な読後感である。



学校の教科書で読まされた当時の私の言い分を、聞いてみよう。



「何が言いたい作品か、まったくわからない。

唐の時代なら、飢え死にする人も多かっただろうに、

官吏になり、

文筆の才にも恵まれて、

妻子も得て、

ある日、虎になってしまう。

虎やライオンや狼になりたい、と思う人間は多い筈だ。

前半生は人間で、

後は虎。

良い人生ではないか。

動物になってしまうなら、

鼠や兎や、運が悪ければ、

蠅や蚊になるかもしれないのに、

素晴らしい事に、虎になった。

が。本人は、虎に成った事で、めそめそしている。

言っている泣き言も、よく趣旨が分からない。


この話は、要するに、

ボンクラなやつは、結局、

何になってもありがたみが分からない駄目人間、という事?」

と、首を傾げたのであった。



「己の内なる臆病な自尊心」ゆえに、

虎になってしまった話なのだが、

今読み返しても、

虎はしっくり来ない。

選ばれたものしか生まれ変われない獣だ。

強くて、天敵も殆どおらず、

良い生活ではないか?

人間で居るよりも、良いかもしれない。


「己の内なる臆病な自尊心」というなら、

もっと誰もが、成った事を後悔するような動物の方が良くないか?


鼠や、兎辺りであろうか?


通りかかった旧友を食べそうになるのではなく、

夕飯にされそうになる所を、

実は自分は旧友だと分かってもらい、

なぜ兎に成ったかを話した方がよくないか?


「はずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。嗤ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。」

というセリフが有る。

うーむ。深読みすれば、この男は、良い作品を書くという事よりも、人に評価される事が目的だったのだな? だから駄目だったのであろう。

やはり、兎になって、旧友に長安に連れて帰ってもらい、

風流人士に謹呈されて、ペットとして可愛がってもらうという終わり方にすれば、

人間の愚かしさ、哀れさ、業の深さを考える材料になるのではないか?



いずれにしても、

才能も無い、

彼女いない歴が年齢と同じ、

仕事も無い、

いっそハムスターにでもなって、

日がな一日回転車でくるくる回っていたいけれど、

変身能力も無い、という人が増えた現代では、

李徴が哀れにはまったく見えない事は想像に難くない。。。。











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# by leea_blog | 2017-03-02 21:05 | Comments(0)

ジャンル「馬鹿日記」 馬鹿メモ四つ。四つ目は、馬鹿ではないが、奇怪?



その一 過去日記、「人形に迫られるの段」、では

怖過ぎて書けなかった事が有る。

散髪姿・白い長襦袢姿でお布団で待っていた人形と、

深い仲になる事にひるんでから、

人形の「かまってオーラ」が冷気になっていたのである。



あの日記を書きながらも、人形を寝かせてある左側ばかり、体が冷えて、

怖さと済まなさで、

膝に抱き上げて髪を撫でながら書き続けたのである。


人形に冷たくしたら、冷気???


そういう事を書くのは、自分でも

「頭がおかしいのでは?」と思えたし、

無后人形が呪い人形のようなものと

人々に誤解をされるのも可哀想なので、

書くのを

自重した。



が。私の人生で、過去に無い事であり、

将来も無さそうな事なので、

やはり書いておく。

私は冷え性だし、

冷気は怖いので、

暖かい気を送ってくれるよう、

重ねて人形に依頼したところ、

今日は改善していた。


その二 

湯上がりの濡れた肌に一筋の髪がまとわりつく話を、過去に書いた。

その後も、バスルームの洗面台に人形の髪が落ちていた。

さらにその後も、

外出先でトイレに入ったら、

スパッツの内側やブラに、

私の髪にしては長過ぎる髪の毛が!

無后人形の髪の毛であった。



なぜ、こんな所に?????

誰かが、

構って欲しくて、

わざとやっているとしか思えない。

人形に、

「髪の毛を大切にしてね。

髪の毛があまり抜けるようだと、

修理に出さなくてはならず、

しばらく会えなくなりますよ」

と、重ねてお願いしているところである。


その三 

無后人形に、

「私の社会復帰を応援してね」とお願いした事も過去書いた。

基本、無后の考える事は、

私が家から出たくなくなるような事ばかりである。

間違っても、

「散歩にお出かけになって体力を養って下さい」などは、

言わない。

本心の所では、

私の職場復帰を応援したいとは全然思っていないのが、

見え見えである。





話し合いを持った。



りーあ「無后や。よくお聞き。

    私が仕事に出られるように、

    私が散歩に行きたくなるようなオーラを投げて欲しいのです」

宮無后「公主の職場は、理不尽な所のようです。

    そのような所にお戻りになるより、

     家で過ごされるのが良いと思います」

りーあ「無后や。

    現代日本では、

    仕事に出るのは大切な事です。

    大抵の職場は、理不尽です。

    現代日本では、何もせずに家に居るだけでも、

    どんどんお金が掛かってしまうのです。

    たとえば、

    家賃。光熱費。水道費。

    私は食べなくては餓死するし、

    私が餓死したら、

    素還真はどこででも生きて行けそうだけれど、

    貴方は燃えるゴミに出されてしまうでしょう」

宮無后「どこか遠くの土地で、

    畑を作って生きて行くのはいかがでしょうか」

りーあ「日本全土は必ず誰かの所有の土地だし、

    水道料金や光熱費は、

    何処でも掛かりますよ、、、、」


と、話していて、すぐに気がついた。

宮無后は、生まれてこの方、働いた事が無いのだ。

労働して対価を得る生活、というものが、

イメージ出来かねるのは、当然であった。

まあ、それは、宮無后のせいではなく、育てた大宗師のせいである。

そして、宮無后のような人に、

労働の概念を語って分かってもらうよりも、


むしろ、世俗を離れたその人柄を続行してもらって、

癒してもらう方が良いのかも、と気がついた。


その四。


以下は、無后が散髪版になる、少し前のエピソードだが。

新宿で親しくない知り合いと食事をしたおり。

スマホに入っている、宮無后の画像を、

その人に見せた。


りーあ「今、私が夢中になっているのがこの人なんです」

知人「ロックの人ですか?」

りーあ「伝統芸能の人」

知人「まだ若いんでしょうね」

りーあ「若いですね」


ここまでは良いとして、

どうも話が噛み合ないと思ったら、

先方様は人形だと気づかず、

人間だと思って話していたのだった。

ネットで拾った画像で、

台湾に人形探しの旅をするに当たって、

保存しておいた画像である。

が。人間には見えないような?


このような綺麗な人がリアルで居るのなら、

是非紹介して欲しいものである。



参考までに、その画像を貼っておく。 ↓

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スマホの小さい画面で見れば、

ヴィジュアル系バンドの人に見えるのかな?

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これなどは、↑ 小さい画面で見れば、人形には見えないが。。。。


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# by leea_blog | 2017-03-01 18:20 | Comments(0)

ヘルマン・ヘッセ「シッダールタ」、「クヌルプ」の薦め・現代日本の処方箋


人生に疲れ気味の、そこの人。

ヘルマン・ヘッセがお薦めだ。

「ヘッセ? 中高生の頃読んだけど、

何だかなあ、という感じ。」


と、退廃耽美、イカレ気味の幻想詩人のブログにたどり着いた方々は思うであろう。

小、中、高校の先生方も、

自信を持って生徒に薦める、この上なく人生に効く書物だ。

そんなの、薦められたく有りませんよね?

よくわかります。

学校の先生は、

間違っても、

谷崎の「人魚の嘆き」や「瘋癲老人日記」、

三島の「仮面の告白」、

江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」、「人間椅子」、

バタイユ、マンディアルグ、ジャン・ジュネ、

マルキ・ド・サド、アンドレ・ブルトン、

ザッヘル・マゾッホ、沼正三は薦めない。


二十歳未満の頃なんて、

既製の価値観に疑問を感じる年頃だろうし、

そもそも、

学校が躾けたがる、

全うな正しい生き方なんて、

子供の残酷な日常から見れば、

とんでもなく乖離しているものね。



ヘッセを薦められても、

心に沁み込みにくいのにね。



私も、人生の半ばを過ぎて再読して、

「こんなに面白いものだったのか!」と

驚愕した。


私が高校生の頃、

同級生が、

「本屋に行くとまだ読んでいない本が膨大に有るのだという事を思い出させられて、

人生に絶望する」と言っていた。


が。

未読の本がこの世には沢山あるだけではない。

既読の本も、優れたものは、

再読すると、びっくりする程違って見えるのだ。

年齢とともに。

まさに、そのような書物こそ、

人生の友。


そのような訳で、

「ヘッセかあ〜。イマイチです」と、

スルーされてしまうのが、

もったいなくて、今回取り上げてみました。


時間が無い、面倒、説教臭い人生訓は願い下げ、

薄い本で、読みやすくて、内容が有るものを、という、

現代人のニーズにもばっちり答えるのが、

ヘルマン・ヘッセの、「シッダールタ」です。

短いし、新潮文庫で出ているし、

カバンに入れてもかさばらないです。


シッダールタと言っても、

お釈迦様の事ではない。


お釈迦様と同時代に生まれた、

バラモンの若者シッダールタの、

人生の遍歴が、

詩情豊かで簡素で、

地味溢れて、優しい語り口で、

語られています。


私は、一気に読まずに、

気が向いた時に、

もっとこってりした系の本を読む合間に、

チェイサーとして途切れ途切れに読んでいたのですが、

最後まで読み終えて、

久しぶりに、

全身が総毛立ち、

脳が痺れるような快感を感じました。


人生とは何であるか?

すべてが無意味になっている時にこそ、

効いて来る文体です。

道徳や人生訓や、宗教のお話では有りません。


様々な価値観、様々な選択肢が、

流れる水のように読者の脳裏にじわじわと広がり、

それが、大変東洋的で、

東洋べったりでもなく、

インチキ東洋かぶれでもなく、

読み終わって、

恐らく誰もが、

自分の人生を振り返って検証出来る事でしょう。


川の声を聞く、という境地にようやくたどり着いたシッダールタ。

人生、どう転んでも、

その人なりに、

木々や水や山々や海の声、空の声、

天球の声、死者の声、精霊の声を、

聞けるようになると思うのです。


日本はとりわけ、四季がはっきりしており、

ご先祖様たちも、

身近な自然を大変愛でて、

神々などは八百万と、ようするに、

数えきれない位おられて、

万物に魂を見いだす土壌があるわけですから、

大変恵まれていると言えましょう。





まあ、大変美しい最後の文章を、以下に引用しましょう。


「深く、ゴーヴィンダは頭を下げた。なんとも知れない涙が老いた顔に流れた。無上に深い愛と、無上に慎ましい尊敬の感情が心の中で火のように燃えた。身動きもせずにすわっている人の前に、彼は深く地面まで頭をさげた。その人の微笑が彼に、彼が生涯の間にいつか愛したことのあるいっさいのものを、彼にとっていつか生涯の間に貴重で神聖であったいっさいのものを思い出させた。」

完。




真に薬になる書物は、同時に劇薬でもあると私は認識しています。

「毒にも薬にもならない」書物は、時間の無駄。


では、「シッダールタ」は毒にもなるのか?

なりますね。

これを読んで、みんな家を出て、

無一物の旅に出ちゃうかもしれない。


では、処方箋として、

これもまた、

「薄い本、簡単、分かりやすい。難しくない。

説教臭くない」

という、現代のニーズにあった一冊を。

ヘッセの「クヌルプ」です。


無一物で、手に職をつける訳でもなく、

結婚して家庭を持つでも無く、

どうやら子供は居るらしいが、

子供の人生に責任を持つでも無く、

放浪して、

若い頃はそれで良いけれど、

歳取ったらどうするの???

というのが、「クヌルプ」の人生です。


若い純真な頃に、

成績も優秀で、将来を約束された学校を、

恋愛故に退学し、

恋愛相手に裏切られて、

その後は、上記の生活、

最後は、路上生活者の身なりで、

肺病を患い、

雪の降る中で喀血し、行き倒れます。

まさに敗者の人生。


しかし。

端から見ると、

「そんな人生送りたくない。

そんな最後を迎えるくらいなら、

こつこつと不自由と屈辱に耐えて、

手に職を付けて、

妥協して結婚して、

ある程度になったら家を持って、

最後は暖かい所で息を引き取りたいもんだ」

と、思えるような、クヌルプの人生。


でも、それは本当に人生の敗者で、

蟻とキリギリスの話のような、

遊んで暮らしたツケを払わされた人生なのかな?


いやいや。

それは読んでのお楽しみ。

いつもやるように、

あらすじをあまり書いてしまうと、

もったいない。


どんな職も続かなくて、

結局家で引き籠もってしまった現代人も、

「自分の人生は敗者の人生だ、

生きているだけ無駄だ」

と思いそうなときは、


ちょっと、読んでみる事をお勧めしたい。


「シッダールタ」だって、最後は、

端から見れば、日々食いつなぐのがやっとの、

河の渡し守の温厚な老人でしかない。

子供に全身全霊で否定され、

子供は出て行ってしまうし、

看取る人も無く小屋で息絶えるであろうが、

それは、惨めな人生なのかな?

いやいや。


どこでどのように息絶えるか、人生は分からないけれど、

人それぞれだと思うけれど、

最後は、シッダールタやクヌルプのような心境でありたいものだ。



「クヌルプ」の良い点は、

クヌルプの生き方に対して、

忠告をするような、

世間から見ればまっとうな生き方をして来た人々、

そうした人々をも、

それぞれの人生、生きられるようにしか生きられないし、

それが良いか否かは実にそれぞれである、と、

感じさせる所です。




この二冊は、

説教臭さや押し付けがましさがまったく無しで、

「今死ななくてもいいんじゃないかな?」と

思えますよ。




そのような訳で、

自殺者の数が交通事故の死者数よりも多いという、

現代日本に、大変効く、二冊なのであります。



正直、私としては。

学校推薦図書かと思っていたら、

実は、私が探求し続けている幻想世界と、

結局は同じで、

ただ表現方法がまったく違うだけなのだ、と、

感嘆したのでした。

ヘッセさん、

このような作品を書いてくれて、ありがとう!


















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# by leea_blog | 2017-02-28 18:36 | Comments(0)