人気ブログランキング | 話題のタグを見る

詩を読み返して自分はダメだと思う時・第三詩集編纂中


第三詩集編纂中。

詩を発表する意味、意義は詩人によって千差万別だ。

ワタクシの表現活動は幼少時に始まったが、

現在に至るまで「なければ自分で作ろう」精神である。


「こういうのが読みたい。無い。自分で書く」




つまり、

私が読みたい世界を、

私の好みの文章で、

私より上手に表現してくれる人が他にいれば、

ワタクシは書かなくても良い。

読む方に専心できる。



自分の中に飢えた読者・無遠慮で厳しい読者が居て、

作者である自分の作品にダメ出ししたり推敲させたりお蔵入りさせたりする。



昔の作品はその時にしか書けなかった貴重な作品、

今は同じものが書けない作品なのだが、

読み返していると自分の中の読者が手厳しい批判をしてくる。


読者「なんじゃこれは」

作者「え? すごく良いじゃん?」

読者「ダメだろう。言葉の選び方が洗練されなさすぎだよ」

作者「あのな。世の中、洗練された言葉の選び方の詩ばかり溢れていたらつまらないのよ」

読者「自分のためだけだったら金かけて詩集にする意味ないだろう? 見知らぬ読者のためをもっと考えろよ」



とダメ出しされつづけ、

作者であるワタクシはボロボロ、私なんか才能無いんだー、もう嫌だー、もうダメだー、が始まってしまった。


自分に厳しいことは必須だ。

楽しいから書いているわけじゃ無いのだ。

作品として成立し、根源や永遠の何かに幻想の形で接近する手段が幻想文学なのだ。

趣味じゃ無いのだ。

そういう宿命なのだ。



が、自分に飴をくれる自分も必要だ。

メンタルが持たないのだ。

他人はほぼ褒めてくれないし、自分の中の基準も厳しすぎる。


このままでは

悪魔の自分「こんなものに百万かけて自費出版する馬鹿者がどこに居る!

恥晒す前にその金で転地療養するなり肉食べにいくなり冷暖房ケチるのをやめるなりしやがれ」


作者の自分「いやほんと、その通りですわ。危なかった、百万をドブに捨てるところだった」


となって、今年も詩集を出せなくなってしまう。


自分に飴をくれて編纂を進めさせる人格を自分の中に作らないと。



そもそも刺繍一冊出すのに、普通の仕事しかしてない人にとって裸足で逃げ出す金額が必要なのだ

鋼鉄の意志で臨まないと一生出せない。


いくらなら出せるのか、というと、二、三万かな。

回収可能ならもっと出せる。

詩集を出す前は、本を出すって原稿料がもらえるんだと思っていたよ。。。。。










# by leea_blog | 2024-04-04 22:06 | Comments(0)

第三詩集の編纂を阻む潜在意識下の声

第三詩集の編纂が進まない。

作品が膨大で、読み直すだけでも時間とエネルギーが要る。

それだけでは無い。

かかる経費が膨大なのだ。

潜在意識レベルで作業にブレーキがかかってしまう。


「生活物価の値上がりが止まらない」

「歴史的円安。先が見えない」

「実家にまた金がかかる」

余剰資金で詩集を出すならともかく、

生活資金から出すのだ。

詩集を出す良い面が思い浮かばず、

金銭面の重圧ばかり思い浮かんでしまう。



ワタクシは本来昭和の流行作家のように、

編集者が次の間で見張りながら

「先生、何時までに原稿お願いします。進捗状況はいかがですか」とせっついてくれなくては締切を守れないタイプだ。



それでも原稿料が入るなら、腹を空かせた妻子や滞納した家賃の取り立てにくる大家を思い浮かべながら必死に取り組むだろう。


詩集は谷川俊太郎さんや一部の人を除いて自費出版である。


装丁やページ数や発行部数にもよるが百万を下らない、とイメージしていただけば。



普通の仕事しかしていない人なら裸足で逃げる金額だし、

詩集を出すことで遊びじゃ無いんだ、真剣なんだ、と詩への覚悟を見せたい人もいるだろうが、

無い袖は振れない人だって覚悟が無いわけではなく血の滲むような思いで作品に向かうことには変わりはない。


それなら次の詩集出すのやめたら?という選択肢もあって、

それで二、三十年間出せなかった。


が。

それで良いのか、自分。


訳わからない持病も増えて、周りは重病になったり亡くなったりする人が出る年齢に達してしまった。

サイコパス率高い職場でパワハラに耐え続けて病んでしまった。



本当は表現活動をやりたかった。

今やらないと「あと詩集を六、七冊出したかった」と言いながら息を引き取るであろう。


あとは、アナログで残すことは、私にとって子供時代からの自分の役割である。


作品を形にして放流することは、「見知らぬ誰かの一杯の水になる」ことを意味する。


ワタクシは子供時代から書物の恩恵を受けてきた。

本が有ってくれて本当にどれだけ救われたかわからない。


見知らぬ、時代も国も違う人たちの残した書物。

それは、ワタクシにとって、

「砂漠で倒れた時手の先にある一杯の水」くらいに重要な、生き延びるのに必要なものだった。



自分が恩恵を受けたなら自分も見知らぬ誰かに同じ恩返しをしなければならない。










第三詩集の編纂が進まない。費用が大き過ぎて深層意識でブレーキがかかってる。「生活物価の値上がりが酷い」「歴史的円安」「実家に金がかかる」と経費に意識が行ってしまう。「詩集出すとこんなに良いことが」をイメージしないと今年も出せない
1
4
昔の流行作家みたいに編集者が次の間で見張って「先生、何時までにお願いします。進捗具合はいかがですか」としつこくせっついてくれないと期限を守れないタイプなんです。百万近い自費出版なんてわらわには未分不相応なのじゃ。

# by leea_blog | 2024-04-01 21:38 | Comments(0)

台湾パイナップルのススメ

台湾パイナップルのススメ_e0016517_16252752.jpeg

今年もスーパーや八百屋に台湾パイナップルが並ぶ季節になりました。


中国がソレ輸入禁止の関係で、急遽日本の輸入が増えた台湾のパイナップル。


今まで国内で見かけなかった台湾パイナップルが急激に全国のスーパーに登場したのは、そんな事情がありました。


フィリピンやアメリカなどのパイナップルに比べて高いのですが、騙されたと思って食べてみて!


パイナップルのイメージが一新。
芯まで柔らかく深い甘さ、美味しさ。


台湾旅行中食べた台湾果物は全て、
本当に脳裡に一撃を食わす代物でした。

今までの人生で一番美味しいマンゴーとか、
今までの人生で一番美味しいライチとか、
今までの人生で一番美味しいパパイヤとか、
今までの人生で一番美味しいパイナップルとか、
今までの人生で一番美味しいパッションフルーツとか、
そもそも生まれて初めて食べた釈迦頭とか、

完熟具合も汁気も味わいも全く違いました。
天国でした。


パイナップルも、
台湾のホテルの前で煙草を吸っていた時、通路にテーブルを並べて外でお祭りの料理を食べているスタッフに席を勧めてもらい、いただく料理の中にカットしたパイナップルが有ったのが初めての体験で。。。

あまりの美味さに驚愕し、

「これは地元の人の中でも特別に生産者にコネのある人だけが分けてもらえるような、

日本で言えば宮崎マンゴーのような特別に手をかけた栽培のパイナップルであろう!

旅行中の言葉もわからない日本人が果物屋に行ってもこういう凄いパイナップルは手に入らないであろう」


と思うような、自分の過去の人生経験から知っているパイナップルとは全く違うものでした。


が!


台湾ではこういう美味いパイナップルがデフォルトだったのでした。

その時のパイナップルは、まあお祭り用にちょっと高級な、程度の違いしか無くて、普通に果物屋で売ってる台湾パイナップルはほぼ日本人的には未知との遭遇的な美味しさが普通!


そんな台湾パイナップルが日本のスーパーでも買えるなんて。

高めでもこれだけの満足度なら全然OK!

輸入物の為、現地の果物屋に並ぶのと同じレベルでは無いにしても(完熟状態で採り入れて輸出していたらスーパーに並ぶ頃には痛む)
感動の美味しさです。


ああ、台湾マンゴーがもう少しお手頃に売られるようになってくれたら。。。


皆様もスーパーで台湾パイナップルを見つけたら是非!









# by leea_blog | 2024-03-28 16:24 | Comments(2)

今年は三冊目の詩集を出すぞ


長い間、三冊目の詩集を出せなかった。

パワハラによる病気で、

毎日のご飯もこの先どうなるかわからなかったのに、

大きなお金の出ていく詩集どころでは無かったのだ。



退職したし、訳わからない疾病罹ったし、

いつ心筋梗塞や脳梗塞になるかわからないとなると、

放置していた表現活動をやらない事には、

息を引き取る前に悔いが残りすぎる。



作品は沢山有る。

あり過ぎて選定が難しい。

どういうイメージで一冊にまとめるか。


年内出版を目指している為、

これから今年中は、

「自分応援年間」とする!



ネガティブ、後ろ向きな発想や疑念はなるべく遠ざけて、

やる気を補充していきたい!




# by leea_blog | 2024-03-23 17:16 | Comments(0)

詩の出版社、七月堂に出かけた

詩の出版社、七月堂に出かけた_e0016517_16115609.jpeg

七月堂は古書部も有って、本が沢山並んでいる。

詩歌の本が沢山ある。

マニアックな文芸書や画集、詩集、歌集のたぐいはアナログで手元に残したいものだ。

どれだけデジタルが進もうと、

書物愛好家は絶滅しないと思われる。


紙の質感、こだわりの装丁、詩集、歌集のような少部数の本が手元にある感慨。

アナログ本は五感を刺激する。


絶版になった時に高値でも読みたい人が現れる本を目指している。


第一詩集「うろくずやかた」、

第二詩集「人魚迷宮譜」、

詩歌の同人誌「揺蘭」もよろしく







# by leea_blog | 2024-03-23 16:11 | Comments(0)