エキサイトブログには、ブログ管理者だけが見られる非公開コメント機能がります。 コメントをくれる方が、コメント投稿時に「公開」「非公開」を選べます。 身バレしそうな情報が含まれたコメントだったり、 デリケートな問題を孕んだコメントだったり、 仲間内ネダだから、など、色々な理由で、非公開を選択する方もいます。 ブログ管理人はそうした方には「内緒コメント様」「鍵コメント様」「匿名希望様」と、返信しています。 今回は拙ブログで紹介した映画「神は見返りを求める」にたいし、非公開希望様から長編コメントをいただきました。 返信も長くなったので、「公開」「非公開」機能の紹介をかねて、 色々な通りすがり様にも考えるきっかけになってくれるといいなと思い、ブログ記事にしました ーーーーーーーーーーーーーーーー 内緒コメント様 「神は見返りを求める」の早速のご感想、ありがとうございました。長文、嬉しいです。 色々タイムリーな映画でしたよね。 映画内の、「残るもの、残らないもの」についての会話、私も色々考えました。 私は承認欲求が足りない反面、ガッチリ、自分の死後七世代くらい残る物として、文学をえらびました 自分はガチガチの「残る物」追求派なのですが、 映画内のユーチューバーゆりにサインを求めるファンの子の、「残らなくてもゆりさんの配信を見て楽しい、それじゃだめですか」、との問いかけ。 「刹那的すぎてダメだろう」と思いけけてすぐ、 「いやそれはそれで必要だ」と思いました。一時の気分転換で一度見たら記憶から消えるような動画を、私も結構見ます。 正直、一般人やコメンテーターが自発的に発言した風を装って、実は脚本に沿った発言をさせるテレビよりは、はるかに鮮度があるしマシな感じがします。 昭和の芸術至上主義視点からすると(ワタクシもサブカルのテイを気取ったりしますが実は昭和の芸術至上主義の洗礼を受けた一員です) 「泡沫以下」「残らない」的内容でも、令和の今は、そうしたものが必要な人がたくさんいるのがわかります しかし、ゆりの、くだらない、残らない世界に違和感や疑問を感じ始める心の揺れは、配信者の良心の萌芽を表していたと思います。 内緒コメント様のコメントに戻って、 内緒コメント様のご趣味の写真、私も「残る」系だと思っています。 確かにXだと、古い投稿は流されてしまいますね。NOTEとかで写真主体日記書くなど、発表の方法を考えたいですね 私の知り合いに「sherryさんじゃない方のSさん」という方がいて、Sさんもファン活動がきっかけで写真を始めました。 突然始めたのに構図も光も、色彩も、伝わる愛情も、センスが溢れるものでした。わずかな光の差異も敏感に感受して追求しているのが伝わります。 Sさんの撮ってくれた当家の木偶の写真を元に、私が編集している詩の冊子「揺蘭」過去号で、写真と短い文章で構成した幻想物語を作成しました。 「常世の森に還るまで」というタイトルです。 経費の都合で白黒なので、元の美しい色彩を見ていただく一助として、YouTubeに短い動画を載せました。 今後も、Sさんの撮ってくれた人形写真は過去のものとならず、私の中で繰り返し何かコラボできないかな、と思わせてくれますし、揺蘭やYouTubeを見てくれる人たちの心にも刺激を残していくことでしょう。 見る人が見れば、そうした具合に、「残るもの」として作者が追求した写真はだれかの心に残りつづけ、受け継がれると思うのです。 内緒コメント様も、ご自身の作が「残る物」に属すると自負されておりますし、気軽にまとめて見られるようなサイトを作る等のいい方法を模索されるのはいかがでしょうか。やはりNOTEですかね? 検索が簡単で記事内リンクも貼りやすいし? 映画の感想に戻ると、 お金の話は内緒コメント様に同意です。ユーチューバーとして成功したいなら、必要経費・リスク管理を金銭面でも把握するのが最低限のプロ意識かなあ、と思います。 焼肉屋が裏メニューとして、表には出せない禁止されている生食をこっそり通の客に提供しているのを、ゆりがYouTubeで紹介してしまい、焼肉屋は休業、ゆりは謝罪コメントをするという騒動がありました。 焼肉屋は常連の田母神の頼みでゆりに取材させましたが、まさか裏メニューを公表されちゃうとは思わず。田母神は平謝りで休業の金も工面します。 後日それを指摘されたゆりは、「法律で禁止されているメニューを出すような店が悪い。なんならこっちの方が被害者だ」と開き直ります。 自己中の度を超えた一幕ですが、田母神は裏で金銭工面をせずに、きっちりゆりに休業の補修まで持たせた方が良かったかもしれないとの指摘、全くです。 痛い目を見れば、自分の愚かさが自分だけじゃなく善意の協力者や無関係の人の生活まで壊してしまう、それが配信だ、と気をつけることになるための経験だったでしょう。 このエピソードは、思い返すと意味が深いです。 焼肉屋が本来出しちゃいけない生食を、通の客の求めに応じてだしている、これはお互い無理を承知で、阿吽の呼吸で成り立っている、公にしちゃいけないけどまあ割と良く有る話です。その阿吽の呼吸はYouTubeなどの不特定多数が見る世界では取材しちゃいけないから、先輩後輩や常連が新人に伝える、「リアルな人間関係と信頼関係の現場」でしか伝わりません。 若いし軽率だし自己中で信頼できる人間関係も希薄だったゆりは、そういう社会の裏常識を学ぶ場がなかったのです。学ぶ気も薄そうですが。。。。。 ネットでどこの世界も垣間見られるけれど、生身で時間とお金を使って、リアルな空間で得たり感じたりする情報の量や質は、やはりネットとは違う次元に存在しているし、どうしてもそれは必要で豊かなものだ、と、この裏メニューのエピソードはこっそり伝えているようです。 その他、いろいろいただいたコメントに触発され、いろいろ考えることができました。 映画にしろ小説にしろ、詩にしろ、 色々な人と感想を言い合う、聞き合うのは、一人で読んだり観たり、書いたりするのとは別の、豊かな思考体験をもたらしてくれます。 ありがとうございました。 また、よろしければこれからもお気軽にコメントをくださると励みになります #
by leea_blog
| 2025-04-30 16:14
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人生の苦痛を紛らわす、鬱映画、胸糞映画、ホラー映画。 人生が辛い時、明るい映画は嘘っぽく感じてしまいませんか? 「侍タイムスリッパー」のような、どんな気分の時でも見入ってしまう前向き映画だってあるが、 (過去日記で紹介しています。読んでね) それは本当に稀な力量だからこそヒットして自主制作映画が世界に羽ばたいたのだ。 人生の辛さを毒をもって毒を制す、ということで、 今まではあまり馴染みのなかった鬱系映画やホラー、スプラッタ系を観ている。 Netflixで、 胸糞映画としてたまに名をあげる人がいる「神は見返りを求める」を観た。 ネタバレ有りなので、観てから読んでくだされたし。 とはいえ、オチを知ってから観るのでも見どころは変わりない内容だった。 ストーリーは。 軽薄で凡庸な女性ユーチューバーに最初は見返りを求めない助力?を注いだ冴えない男が、 捨てられて豹変し、過去の善意に対して見返りを激しく求めるようになり、 拒絶されるほど荒れ狂い、女性ユーチューバーとの配信抗争に発展。 自滅と再生と、承認欲求と、カッコ悪さとダメさと、嫌悪感と、どうしようもない人たちのおはなし。 同時に、今や誰でもできるようになったYouTubeでの発信や、それに踊らされる虚しさと愚かさを交えて考えさせてくれる。 1番の見どころは、 別れを切り出されると急に「今まで使ったデート代を返せ」とリスト化して送ってくるような駄目男がなぜ存在するのか、 そういう「人としてカッコ悪すぎる」事を本気でしてくる男は何を考えているのか、 を活写しているところであろう。 今までカッコつけておいて急に「別れるならかかった金返せ」というのは、 後から相手の本性を知る恐怖体験であり、 「うわー、別れて良かった」と危機一髪だった事を知る「人怖系」彼氏の定番である。 そして、身近な、頑張ってるけどポンコツな、支えてあげたい系女の子が、 売れっ子になるに従って手の届かない存在になっていく現実、 それを認めたくない身近系アイドルファンの心理の暴走も活写されている ストーリーは。イベント会社の冴えないけど人の良い中年男、田母神は、 合コンで、売れないユーチューバーのゆりと出会う。 田母神は不器用ながら、献身的にゆりの配信活動を支える。 ゆりはユーチューバーとして活躍し出し、 動画のグレードアップとともに手助けする人も増え、求められるスキルも上がり、田母神の居場所は無くなっていく。 切り捨てられた田母神は温厚な性格だったのに会社でも露骨にキレ始める 田母神は人のいい性格で、困った後輩に百万ほど貸していた。 追加の借金を頼んでくるのをゆりに振られた腹いせで断り、 結局その男は借金で首が回らなくなって飛び降り自殺してしまう。 後輩が死んだ事で田母神は貸していた百万を返してもらえなくなっただけでなく、 後輩の借金の保証人にもなっていたため、その分も払わなくてはならなくなる。 合計、四百万!!!! 自分のせいじゃないのに、善意が元で金に困り、 ゆりに振られて心が荒んだところに、 ゆりがいまはユーチューバーとして結構稼いでいると噂を聞く。 そして。 ゆりに、50万の借金を頼みに行くのだが、冷酷に断られる。 そもそも田母神は売れないゆりを手助けした時に、 配信の利益はいらない、今後もっと儲かってもゆりちゃんのお金なんだからと、無償の善意を強調していた ロケに機材や車を出したり、ゆりが配信で迷惑をかけた店の休業の補償金なども田母神が裏で払ったり、 自分の仕事を普通に持っている身でできるかぎり、 ゆりのために善意で献身的に時間と金を供出していた その事自体は百合は当時は大変感謝し、 自分にはできるお礼が他にないから、と、エッチ面の癒しを提供しようとする。 が、田母神はそんなつもりはない、と辞退してしまう。 「田母神さんが大好きで恋しちゃいました」と迫られたなら別だが、 「動画を手伝ってくれるお礼にエッチ提供します」、だったら、 まあ、 人間として真っ当な男なら、田母神じゃなくても辞退するよね。 本心は仮にエッチしたかったとしても、 愛が伴うのを待ちたいよね。 で、ゆりのセリフからも態度からも、 ゆりがエッチを簡単に提供するタイプだとわかるし、 田母神を愛しているからじゃなくお礼としてしか考えてないのがわかるよね ゆりの関心はいつでもどこでもYouTubeの登録者数増加やいいねコメント中心で、 彼女がそのことにだけ力を注いでいたのはわかっていたよね。 もし田母神が捨てられたくなかったら、 動画編集のスキルをアップしたり、アシスタントとしての能力をアップしたり、 当たり前にやらなくちゃ、 彼女の目標についていけないのはわかっていたよね。 彼女がこのまま売れない冴えないユーチューバーのままでいてくれたら、 自分といつも一緒に行動してくれるかもしれない、とは、 流石に思わなかったよね? だとしたら、 自分のスキルがもう彼女の求めるレベルじゃなくなった時に、 呼ばれなくなるのは、 自然の流れだよね。 その辺りをまともな人なら複雑な思いはあっても把握しているだろうけれど、 アイドルのダメな時期を支えたファンの内心の恋人気取り?が増幅してしまう人もおそらく大勢いると思う。 ユーチューバーのゆりも、自己中で軽薄で考えが浅くて、賢く無い、、、、 借金を断られ、見返りを求めないと言ったじゃ無いかと指摘されて声を荒げていく田母神なのだが、 相手がおバカ自己中系女性だったのはがっつりわかっていたことだし、 田母神が豹変して怖さ全開で怒鳴りまくったら、 今後交渉できるかもしれない余地も全部なくなってしまう、、、、 ゆりの心に反発と怒りと憎しみと嫌悪しか生まれないのはまあ普通というのかな、、、、、 それに、金に困ってゆりに借金してきても、 それは完全に保証人になったり百万も貸した田母神が社会人としてちょっと判断力が足りなかったのだし、 ユーチューバーとして今のゆりが金を稼いでいると言っても、 最近まで売れないポンコツ配信者だったんだし、稼いだ金を次の企画、さらに次の企画の費用に回さなくちゃいけない自営業。 次回の配信では大コケするかもしれないし、半年後は一銭も稼げないかもしれない。それが自営業だ 自営業が金があると言っても、中堅サラリーマンで毎月収入のある田母神とは生活の安定度が違うのだ。 ここからが見どころだ! ゆりと決別した田母神は! ゴッドTことゴッティーと名乗り、黒の目出し覆面を被って自宅で自分も配信を始めるのっだった!!! 配信の内容は、人気ユーチューバーゆりの裏の悪を暴くだけ! ゆりへの報復のために自分も初めて自宅で手作り配信を始めたのだ!!!! 強盗みたいな目出し覆面とチープな背景、さえなさで戦うゴッティー! 私が一番感動したのは、この彼の行動だった! そして、誰でもその気になれば動画配信できる今のネット環境が、 もはやマスメディアのエンタメには拾えない生き生きとしたリアルを、どこにでも届けているのだと思い出した。 ゴッティーは、仮に、 私怨だ、逆恨みだ、捨てられて粘着だ、キモい、とコメントされようとも、 実際その通りであるから彼自身は失うものは無いし傷つくプライドも無い。 リアルな真実を投げつける嫌われヒーローとして、カッコ悪い系デビューをしたのである。 うーむ! 裏で粘着したり匿名で嫌がらせしたり、一般の人は陰でこそこそ復讐を考えるだろうが、 田母神は自らも批判の対象をなるのを承知で、姿を現したのだった。 実は! ワタクシも、人に見えないところで性根の歪んだメッセージのやり取りを強いられて 疲弊した経験が。 相手は人目のある場では「そんなことは言っていません」と呆れた言動をつらぬく。 相手が自分に都合の悪いメッセージを削除するため、 この詩歌人にあるまじきせこさにブチ切れてメッセージ画面をスクショしまくって保存、。 「ではメッセージを公開して討論しますか」と公開の場で持ちかけたことがある。 詩歌人なら人目のあるところで、 自分の言葉に責任を持ちながらやり取りしよう、 君が狂っているか私が間違っているかは、 詩歌人らしく読み手に判断してもらうのだ、と、 行動したことがある。 虚言癖や自己愛性パーソナリティ障害であるらしい人には、 人目につかない私文書のやりとりだと、相手は狂った理論をヒートアップさせるだけで、 ワタクシの理論回路が壊れてしまう。 詩歌人ならコソコソはやめて衆人環視の土俵に上がりやがれ。 過去日記の職場のパワハラ日記シリーズも、 私の方では捏造は一切しておらず、 また公平をきするため 「異論や反論があるなら歓迎します。ちゃんと反論もブログに掲載しますのでよろしくお願いします」と相手に伝えてある。 サイコパスな捏造上司どもと戦うのと、 自分の中の消えていく命の炎で理性を照らすのと、 この世のどこかに「真実はここだよ」と記録して発信しておくのと、役立ってくれた。 いつか録音内容もアップしたい。 裁判所? うちは国家公務員だったため、国家公務員の上司たちを訴えるには、被告を「国」にする以外ないのだった。 被告が国なので、被告人弁護士は法務局が行い、裁判所も国の機関である。 嘘だと思うなら弁護士に問い合わせたりネットでデータを探してみればいいのだが、 国が被告の場合は国が理不尽なくらい勝訴する。 正しいかどうかでは無く、 辻褄が合わなくても国が勝つ。 パワハラする方もそのシステムを知っているから、捏造し放題、サイコパス管理職を放置し放題だ。 おまけに、民間企業と違って大組織であるにも関わらずコンプライアンス意識が皆無で、 外部から指摘されたとしても別に痛くも痒くもない。コンプライアンスなど、営業に支障がないためだ。 息をするように捏造する人たちを複数見てきた。 本当にここは日本国内なのかな?アメリカ映画で観る共産圏そのものだな、と思いつつ。 今考えれば、 当時捏造パワハラで自殺衝動と戦うくらいだったら動画配信すればよかったのだ。 自殺シーンを誰かに撮ってもらおうとして撮る人、動画アップしてくれる人を探したが、 自殺シーンを自分で配信すればよかったのだ。 そういう、トラブルを陰でコソコソやり取りせずに、公開で観客の前でやり取りする、 バズるか誰も見ないかは無関係で、 人目のあるところで自分の言動に責任を負う(田母神は粘着でキモいところを自分で引き受けたわけだが)、 その行動が、作り物のエンタメや報道にどうにも乗れない人々に、リアルな現実をお届けするのである。 結局、ゆりは人気ユーチューバーの企画で失敗し全身火傷を負い、命は取り留めたが今後の人生が犠牲になった。 田母神は変なユーチューバーに刺され、血だらけのまま道を歩くところで終わる。 キモ駄目振られ勘違い男の粘着の話ではあるが、 できる範囲で行動しよう、というゆりの初心の言葉通りに、 田母神ができる範囲でゴッティーになって配信、 配信内容がくだらないか消えていくかは置いといて、 考えてなかなかやれないくらいなら、 できる範囲で即やりましょうの精神は、 爪の垢を煎じて飲みたいとおもうよ #
by leea_blog
| 2025-04-24 10:00
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急な低気圧で具合が悪くなり、 少し横になったら眠ってしまった。 うたた寝の怖い夢、 「警察に繋がらない」 引っ越し前のロフト付きアパートに住んでいる。 「ただいま〜」と小柄な健康的女子が入ってくる。 ネットで知り合った子で、一時的に寝る場所がないとのことなのでロフトを貸しているのだ。 「おかえり」と私。 ロフトに追加の荷物を上げてしまったことを思い出し、 彼女の寝るスペースを広くするため整理しようと一緒にロフトに上がる。 「ごめんねー。今片付けるからね」といいつつ、荷物の入った箱の積み上げ場を探していると。 ロフトの奥にもう一部屋あることに気がついた。 ベッドが二つ置かれ、作りつけクローゼットもある気持ち良さげな寝室だ。 なにこれ? こんな部屋あるとは今まで住んでいて気がつかなかった、 広かったのだな、このアパート。 いや、ロフト貸すとは言ったけど、こんな部屋まで使っているなら賃料上げないと。 黙っていた彼女にも疑念が湧く。 「こっちの部屋で寝られるね。こっちで寝てくれればロフトの荷物このままで済むから助かるんだけど」 と言うが、内心呆れているため自分の口調が棒読みになっているのを隠せない。 玄関で声がするのでロフトを降りて玄関に行くと、 40代くらいの女性二人が座り込んで資料を見ている。 「どなたですか。何やってるんですか?」 詰問する。 生命保険の外交員で、お客に商品の説明をしているとのこと。 商品説明の場所がない時は手近な他所様の住宅に上がり込んでもいいと許可を得ている、と言う。 「どうやって入ったんですか?鍵しまっていたでしょう?」 手近な無関係の住宅で商品説明できる許可???そんなわけないだろ、と怒りながら詰問。 オーナーからこのアパートのマスターキーをもらっているとのこと。 全ての部屋に好きな時に出入りできるのだ。 う、うそ!!!!狂っている! 急いで廊下に出てみると隣の部屋は改築されドアが取り払われ、 生命保険会社の支所になっていた。 保育園のお遊戯会の飾り付けのような、 手作り感満載の飾り付けが部屋中に施してある。 責任者に苦情を言おうと入っていくが、誰もいない。 警察に電話だ。家宅侵入罪だろ、これ! 廊下を挟んだ向かいの部屋は薄暗い廃墟となっており、 黒く塗られたガラスの奥に人がいるらしい。 ペットショップの残骸のようだが、もしかしたらまだ営業しているのか? 犬の形をしていない犬を押し付けられるが、 不気味すぎるし老犬?でもう時期死ぬのがわかる。 いやいや犬は好きだけどこのアパートはペット禁止だし、もう時期死ぬ犬をなぜくれようとする? 断り、後退り、 スマホで警察の連絡先を探しながら、廊下を保険会社と反対方向に進む。 いつの間にうちのアパートはこんなに変わってしまったのか? 住んでいる人はほとんどおらず、改築されて何かの事務所や店になっている。 JTBの支店ができていて、 愛想いい作り笑いを浮かべた若い社員たちが廊下に出てきて、私を取り囲む。 支店ができたばかりで契約ゲットに気がはやっているようだ、 いやそれどころじゃない。 彼らを振り切りさらに奥に行くと、共同浴場ができており、 山奥の湯治場のかべを廊下側だけ取り払ったような作り。 女湯が手前にあり、廊下を歩くと見えてしまう。 頭を丸めた外国人らしい尼僧が白い衣を脱いで真っ黒な湯に浸かろうと身を屈めている。 何これ、どうなっているの、大体店ならこんな住宅街のアパートの2階に開店しても人なんか通らないよ、人通りのある場所に開店しろ、しかも木が腐りかけたような女湯が見えてる共同浴場まであって、覗き趣味の男性が押しかけそうだ。 犯罪の巣窟になりそうだ。 が、さっきからスマホの画面で近所の交番の直通電話を探しているのだが、 OSが複数入っているようで、検索機能があるOSへの切り替えかたがわからない。 すると、部屋を改造した安っぽい飲食店から、浅黒い系外国人の荒くれが身を乗り出して何か怒鳴っている。 マフィアが会合用に作った飲食店らしく、近づくなと言っているようだ。 マフィアは威嚇で発砲する。うわー実弾!しかも、ただの威嚇のつもりらしいが、弾はほぼ私の顔の近くを飛んで行くぐらい真剣だ。もうやめてやめて!警察早くきて!不法侵入くらいじゃ来ないかもしれないけれど発砲事件ならすっ飛んできてくれるはずだ、と半泣きでスマホを操作するが、相変わらずOSが切り替わらない。 近所の交番への直通は諦めて110番を押す。 きっとコールセンターみたいに日本中の通報が来るのだろうな、と思ったが、私の住所管轄の警察まで繋いでくれるだろう。 電話の向こうは警察ですと名乗った。ようやく繋がった。相手の日本語は訛りがある。 警察は警察だが国際支所につながっており、110番された世界中の電話はここにつながるのだそうだ。日本からの着信だったため、日本語ができる外国の警官が電話に出たとのこと。 ええええ?110番ってそういう仕組みだったの? 世界中の物騒な事件に比べて不法侵入とかマフィアの威嚇発砲の通報じゃインパクトが薄そうだな、と嫌な予感がした。電話の向こうの男の声は重々しく、 「あなたの喋りかたは何か変ですね」と言う。 非ネイティブの訛った日本語の外国人にそんなことを言われて衝撃を受ける。変な日本語ならお前の方だよ! こっちはそれどころじゃないのです、と驚きと怒りが込み上げるが、この上から目線の電話の相手はきっと地元では日本語が堪能なエリートなのであろう、で、ネイティブにまで上から目線しているのだろう。 が、日本語の発音や喋りかたの議論をしている暇はない。 相手の無礼さを指摘して怒らせるよりは、下手に出て日本の警察に繋いでもらう方法を選ぶ。 とっさに、 「うつ病で服薬中なので、変に聞こえるかもしれませんが、日本人だし、正常です」と、 相手の意見を肯定する材料を無理やり見つける。 相手は納得して?私の住所を聞き、日本の警察に連絡してくれると言う。伝言してくれるらしい、 部屋に戻るのは危険な状況になってきたので、 アパートの外に出て大きな道路を交番の方向に歩くがなぜが人通りがない。 スマホに警察から返信があった! 日本の、地元管轄の警察だ。今こちらに向かっているとのことで、私は現在地を伝えて拾ってもらうことにした。 近未来的な形のパトカーが滑るようにやってきて、乗せてもらう。アパートに向かいながら事情を詳しく説明すると、口髭の立派な管理職っぽい警察官が 街道沿いのレストランで外国マフイアの発砲事件があり、その件かと思ったという。 近所でそんな大きな事件があったのか。なんて物騒になったんだ。 「うちのアパートの件は、マフイアが自分たちで開いた店ですからその事件とは違います」と説明する。 警官たちとアパートに戻ると、アパートの異常さが増していた。 私の部屋の前の廃ペットホテルのケージには、謎の生き物が三匹動いていた。 犬の毛皮なのだが、平たい三角定規のような形をしていたり、 怖すぎる。 邪悪な実験で生まれた動物の残骸のようだった。 警官は「くれると言ってもこれでは断りますよね」と納得してくれる。 とりあえず自室の様子を見に行く。鍵を開けると、玄関にシースルーの黒いミニワンピのようなものを纏ったきりの色白の青年が寝ている。帰ってきた私を見て、無言で身を起こし、道を開ける。 「犬です。一時的に住まわせているんです」と警官に言い、 「玄関を守ってくれていたんだね、ありがとう」と犬青年を労う。 犬青年は髪の間に犬の耳があったり、フサフサした尻尾がある以外は人間だった、犬青年が同居しているのを忘れていたため、私は警官に怪しまれないか心配になる。 部屋に入ると、自称知り合いたちが心配して押しかけていた。 親しい人たちではなく、なぜ私の住所を知っているのか謎の、どちらかと言うと、部屋に入れたくない類の人たちだし、どこかで多人数であった一人、程度の人たちなのだった。 正直、混乱に乗じて金目のものがないか探しにきている懸念があった。 自称知人の一人が大麻のようなものを吸っていた。私は水を浴びせられた気分になり、彼からキセルをひったくり、警官に言った。 「これは薄荷タバコの一種なんです。子供のおもちゃみたいなもので、、、、」 と、一口吸って見せ、 警官にも試しに吸えばわかりますよ、と差し出す。 アパートの中も外も、世界全体が知らないうちに激変して、どこにも逃げ場がないと思いつつ。 終わり。 ああー、すっごくエネルギーを取られた夢だった。悪夢の類。 #
by leea_blog
| 2025-04-10 23:41
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ハリネズミとのまったりタイムにアマプラで映画を見ている。 ハリネズミは明るい、うるさいが苦手なのでイヤホンで。部屋を暗くして、スタンドライトで。 匂いにも敏感な生き物なので、酒も飲まない。お茶かコーヒー。 ハリネズミはふところの中で眠っている。 部屋んぽも嫌いで、姿を見られたがらないため、ふところタイムは貴重なふれあいタイムだ。 今日は「断捨離パラダイス」を観た。 想像と違った。ほんわか系の良い話だった。 ピアニストが不調でピアニストを続けられなくなり、たまたまチラシで見た断捨離会社、つまりごみ清掃会社に転職。 様々な事情を抱えた依頼人たち、壮絶なゴミ屋敷。 と、あらすじを見て、壮絶で深刻な話と思いきや。 なんか、良い感じにハッピーな映画だった 狭くて高い住宅に住まなくてはならない現代日本人的には、 「断捨離」は気になるし、掃除する気になるかもしれない、と観始めたが、 ワタクシの部屋はゴミなんて無い、必要なものが世間の平均より異常に多いというだけなのだ。 散らかっているのは、視界に入れて物事の順番を脳に無意識に決めさせたり、 綺麗なものや嬉しいものを視界に入れることで辛い人生に脳に喜びを与えているセラピーの一種なの。 と、散らかり屋敷の住人のワタクシは言い訳をする。 物が多すぎるんじゃなくて、 持ち物をちゃんと収納できるような広い家に住む収入を得られないワタクシの甲斐性が無いだけの話で、 甲斐性がなかったら人生を諦めろとでもいうのか? 君たち、親の資産もない単身者が都内に庭付きの広い家を買える収入を得られるとでも思ってるのか? 毎晩終電まで働いても無理なのだ。 と、そういう散らかり屋敷の住人でも、 たまには整理整頓をしなくちゃ、と思う。意欲を出すために「断捨離パラダイス」を観はじめた ストーリーは。 子供の頃から親の意向でピアノ一筋でピアニストになったイケメン青年が主人公、ただし自分の意見や価値観が希薄。 手の痙攣でピアノを弾けなくなった、つまり、 自分の過去がぜんぶ否定されてしまう、 自分のこれまでの努力も全てなくなってしまうような、 ものすごーく深刻で、人によっては鬱になったり自殺したりしかねない状況ではじまる。 華やかでチヤホヤされる世界から、一転、ゴミ屋敷の清掃会社に。 面接を受けるわけですが、 社長がなんだかほんわかなノリの、ゆるーい良い感じな人柄なんです。 で、採用、出勤。 最初はゴミ屋敷のゴミぶりに吐いたり気絶したり。 だんだん明らかになるけれど、社長は仕事できる、頼れるけど人当たりがゆるく良い感じの、 まあ、人格者の一種というか、 多分ストレス社会に求められているような、できた人柄の社長なのだ。 そして社員の皆さんも仕事ができるし人柄がいい こういう会社なら仕事ガシガシ進むだろうし、 働く意欲も向上するだろうな、的な、 うーん、現実には本当に少ない、というか、夢の物語のような設定であるのだが、 ゴミ屋敷の清掃の依頼をする様々な人たち含めて、 嫌な奴や死んで欲しい奴が出てこない。 事情を抱えているけど根は悪い人じゃ無いのだ。 現実世界は厳しく辛い。 仕事をしていれば殺したい奴や死にたい時など山ほど出てくる。 それは仕事だけじゃなくて、親戚付き合いやご近所付き合いでも似たような物だろう。 職場に放火する人や鬱で退職後自殺したりその後の人生引きこもる人や 身内の死体をコンクリ詰めにして家の中に何年も隠しておいたり、 ご近所トラブルで警察沙汰になったり、 そんな報道が後を絶たない。 辛い現実世界を、リアリティーを保ったまま描くのは結構技量がいる。 嘘くさくなったり、偽善的になったりして、観ている方はさめてしまう そういう意味で「断捨離パラダイス」は隠れた良作と言える。 ゴミ屋敷、断捨離問題は、現代日本人には日常的に興味を持つテーマだろう。 老若男女にウケて、人生を前向きな気持ちにさせるエンタメは難しい。 脚本も演出も頑張った。 エンドロールを見て、文化庁が出てくるので、 官庁お墨付きな良いおはなしに仕上げる必要があったのであろう。 ゴミか大切なものかは、持ち主にしかわからない。 自分にはゴミに見えても、持ち主には大切なものかもしれない。 そして、捨てるのも持ち続けるのも、本人の気持ちが重要だし、 物の問題のようで、 人生の問題でもある。 シングルマザーが子供の学校の家庭訪問のためにゴミ清掃を依頼するのだが、 彼女は元アダルトビデオの女優で、出演DVDが大量に保管されている。 主人公は子供に見つかることを懸念して捨てることを勧めるが。 依頼主が「あなたにはわからないでしょうね」と捨てない意思を伝えるシーンがある。 どうせあんたに説明しても伝わらないから言わないけど、 すごく踏み躙られた気がするので意思表示しておく、 その気持ちが込められた言葉だった。 あー、わかる、その気持ち、そう言いたい気分になること、通りすがりの皆さんもいっぱいあるのではないか? おまえにゃ説明してもわからねーよ、意見押し付けるな、と言いたい気持ち。 世間なんてほぼこんなのの積み重ねだ。 どの依頼者もだらしない性格というわけでは無く、真面目に仕事をしているが それぞれの事情でゴミ屋敷になっている。 どういう事情か詳細には語られない。 この辺りは人によっては物足りなさを感じるかもしれないが、 観た人がそれぞれ想像したり、興味を持ったりする余韻になっている。 ゴミ屋敷、ゴミ部屋の再現度がすごい。 世間の人が想像するゴミ屋敷そのままだ。 わたくしも自分が片付け嫌いなのは心理的な原因があるのでは無いかと思い、 ゴミ屋敷に関するレポートや記録を色々観たものだが、 本当、こんな感じのゴミ屋敷が結構あった。 例えば、風呂やトイレもゴミで埋まって使えないとか、 ドアを開けるとゴミが床を埋め尽くしているので階段を上がるノリで足を上げて踏んで中に入らなければならないとか、 ゴミが溢れ出してバリケード状態とか、 ゴミに埋もれて動物の死骸があるのもわからないとか。 実際のゴミ屋敷で、考え込んでしまうのは トイレがゴミに埋もれて使えないためペットボトルに排泄物を溜めてしまうケース。。。。 そういうペットボトルがたくさん部屋に残されているのだという。。。。。 ゴミ部屋の住人が内面に抱える問題も、 映画の進行とともに難易度が上がっていく。 最後の依頼人は、 女教師、美人、仕事にストレスはあるがそこまで深刻では無い、 イケメンで金持ちっぽい彼氏もいて、プロポーズされている。 が! 彼女はプロポーズを受けても部屋に彼氏を入れない。 両親が来ているとか友達が来ているとかその都度理由を作って彼氏を追い返している。 美しくおしゃれな彼女の部屋は、大変な汚部屋なのだ。 結婚前提の彼氏を苦しい言い訳で毎回部屋に入れない苦労より、 打ち明けたり片付けたりするほうが楽なのだが、、、、 ある日、彼氏に家に来ている友達というのが友達ではなく浮気ではと疑われ、 おまけに彼女はお部屋で婚約指輪をなくして指輪を付けていないのを見られ! 浮気疑惑を否定できない!!! 仕方なく汚部屋を見せることに。。。。 彼氏は驚愕し、嘔吐し、逃げ帰る。 ここで彼氏とも終わったな、と思いきや。 いい彼氏で、代金彼氏持ちで断捨離会社に依頼するのだった。 だが、だんだん。。。。彼氏への密かな不満が推測される展開に。 彼氏は、婚約者にはいつも綺麗でいて欲しい、妥協をしない生き方をして欲しいと思っているのだった。 しかも無断で断捨離会社に依頼するあたり、相手に寄り添おおうという気持ちがなさそうだ 人によっては価値観が合う彼氏かもしれない。 金持ちっぽい彼氏なので家事代行に頼んだり妻が美しさを維持する資金は出してくれそうだ。 「結婚してるのにオシャレに余念がないおまえは何のつもりだ」と 妻のおしゃれに食ってかかる夫よりもよほど良いかもしれない。 しかし。人生をともに歩むのに、いつも完璧を求められたら疲れてしまいそうだ、 手抜きやだらしなさも受け入れて欲しいし、妻が完璧で美しくなくなったら愛が冷めそうではないか? 、モンペ対策をはじめとするストレス過多な教育現場で小学校教師をする依頼人は、 家はもっと自分モードで安心できる場所でありたかったはず。 自分目線で向上心強すぎ、世間の基準の美醜に囚われている彼氏と、恋人ならともかく、 一生暮らせるのだろうか。 もう自分で自分の気持ちもわからなくなっている女教師は、 断捨離会社に「捨てていいもの」「捨てないもの」の選別を自分ではやらずに選別自体も依頼する。 自分で選別をしたら今までと変わりなくなると思うから、と。 どう見てもゴミにしか見えないけど、実は大切なものがあったとしても、 それを捨てない限りまた同じになってしまうだろうとわかっているのだ。 仕事ぶりを見に作業中の部屋にきた依頼者と彼氏、そのタイミングでゴミ山から彼氏からもらった婚約指輪が見つかる、 必要か不要かはみなさんが決めてください、という女教師。 婚約指輪ですぜ? 絶対捨てちゃダメな高額品にも関わらず、主人公の元ピアニストは指輪をポイっと不用品に別ける! まじかっ! 彼氏も見ているというのに。 そこはおまえの主観だなっ? かっこいいい色男、ただし彼女に内緒で断捨離業者に依頼するような彼は、 夫として貴女にふさわしいのか? NO! というコミカルなまさかの山場であった。 断捨離は人生の心の傷と向き合ったり、決別したり、 何かを変えるきっかけだ。 断捨離というのは物に対するだけではなく、 この映画が描くように、自分の中のこだわりや価値観、人生観も時には捨てていく方が良い方向に向かうきっかけとなる。 休憩中、元ピアニストは同僚に、 今の仕事に就て後悔していないのかと聞かれ、 後悔というのはないが、楽しいから、僕の勝ちだと思っている、と答える。 ピアノを弾けなうなったのは、それは大変なことだっただろうが、 今までの、親の敷いた線路の上の人生よりも、 もっと沢山の良いものと出会える面白い人生が手に入った彼。 それは、捨てなくてはならない人生、生き方を、 上手い方向に受け止めて楽しんだ彼の勝ちであり、 何より、人格者の社長や人柄のいい同僚に出会えたおかげでもある。 一緒に生きていけそうな彼女もできたと匂わせる。 女教師がシングルマザーの家庭訪問でシングルマザーに見せるスマホの彼氏の写真、 画面には映らないが、おそらく主人公なのであろう。 ほっこり映画はツッコミを入れたくなる物がほとんどで見ても印象に残らない。 が! 「断捨離パラダイス」は、 思いがけず隠れた良作で、生きるのが大変な現代人によりそう再生の映画だったよ。 #
by leea_blog
| 2025-04-06 14:23
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アマプラに話題作「サムライタイムスリッパー」が来ていた。 文学と同様、話題作よりクセのある名作?紹介をしている拙ブログだが、 これは書かないわけにはいかない! 監督が私財を投じた自主制作映画で、単館上映だったのが瞬く間に全国に広がり、さらに海外にまで!という。 普段映画に特に興味のない人も「午後からサムライタイムスリッパー観に行く」的に会話に挟むのを間近に見聞するほどの、 ちょっとびっくりなヒットぶりである。 「そんなにすごいのか?」と気になるではないか。 先に結論を言うと。 絶対観たほうがいい。 一癖ある作品が好きな、気に入った作品が少ないワタクシでも、 何度でも観たくなる。 しかも何故か万人に勧められる! 映画を通じてさまざまな閉塞感を打ち破り可能性に目を向けさせる、 なんともびっくりな万人受け映画だったのだ。 しかし! タイトルがあまり面白そうじゃないよね。 「サムライタイムスリッパー」、江戸時代末期の侍が現代にタイムスリップ。 そのままじゃん。 現代とのギャップやショックや内面の苦悩や支える人たちの優しさとか、 観る前から細かい見どころ笑いどころが大体想像が出来てしまうではないか! これがもっと、 「邪馬台国の卑弥呼が現代にタイムスリップ」とか、 タイムスリップする人に特徴あったり、 現代ではなく第二次世界大戦中とか、 終戦間近とか、 活躍の幅やギャップが大きそうならまた予測不能で面白そうなのだが、 名も無い下級武士が幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップ。 自分の身を現代で立てる道として時代劇の斬られ役になる、 というストーリー紹介を聞いて 「ほお〜。面白そうだね。チェックしておくね」となりますか? ならないよね。 「時代劇撮影所にタイムスリップで斬られ役になるとか、そんな都合いい話ありますかいな」、と ぼそっと呟くしか無いでは無いか。 だが! そんな、内外のエンタメに鍛えられた大方の口うるさい観客が、観た後、 「絶対観て〜」と周囲に勧めたくなり、自分もまた観たくなる魔法の映画なのだ。 まず、くだんの侍が、現代にタイムスリップしても「本物の侍」の佇まいでうまいなあ、とびっくり。 倒れていたところを助けてもらい、雑用をやる代わりにお寺に住まわせてもらうのだが、 最初に撮影所で出会いいろいろ助けてくれる助監督の優子が、 厳しい世界で映画監督に憧れ、どんなに疲れていても帰宅後シナリオを書いて夢に邁進している様子を聞くと、 「優子殿はサムライのようだ」と感心する。 現代を生きる観客はそれぞれいろいろ夢や苦労や挫折を抱えて日々を過ごしているわけだが、 侍の言葉を聞いて、 「そうだよな、優子は侍精神を持っているよな」と同意し、 自分の生き方や周囲を見直しつつ映画にハマっていく。 お寺の住職夫婦や助監督の優子と侍・高坂たちの絶妙の演技の味わいがまた凄いです。 テレビを初めて観た侍・高坂が、映っている時代劇の殺陣に合わせて剣術の動作をしてしまったりテレビの内容に感涙したりの異常なリアクションを見た寺の女将さんが、口を開けて倒れる。 「驚きあきれて空いた口が塞がらなくて、びっくりして倒れそう」という、使い古された昭和のギャグだが、 不覚にも笑ってしまった。 高坂が殺陣の師匠に入門試験を受けに行き、その帰りと結果を心配そうに待つ住職夫婦と優子。 高坂が帰ってきても高坂から言うまで入門試験の結果は自分たちから聞かない、 滑るとか落ちるとかのぐさっとくる言葉も使わないようにしよう、と話し合うのだが、 高坂が帰ってくると、 使わないように気をつけていた滑る、落ちるの言葉を、何気ない会話の中で使ってしまい狼狽する。 ↑ そんな使い古された昭和のギャグで笑えるかよ! と皆さん思うでしょう? 私もそう思いながら笑ってしまい、「やられっぱなし」感を味わった。 そういう具合に、 「そんなんで笑えるわけないだろ」 「そんなんで感動できるわけないだろ」的な、 どっかで見た、使い古されたようなネタが、 役者さんたちの演技と絶妙な間、監督の手腕によって、 新しいみずみずしい笑いや感動になって、全編に注がれているのだ。 これはちょっとすごくないか? 誰も思いつかないネタや演技で人目を奪うことはできるし、 多くの人はそっちを探す現代。 使い古されたネタや演技を、 まるで新鮮な未知の果物のように、 違和感なく振る舞って「美味しい」と言わせる、 盲点だし、技量がすごくないと出来ない。 全編小ネタと笑いと和みに満ちており、 それらが、 皆上記のようなものであるため、 令和の世に生きる、身も心も汚れて悪いニュースばかりで暗い気持ちを鬱積させ、 幕末に比べて良い時代になっているにも関わらず人々の心に蔓延するお先真っ暗感が半端ない観客は、 知らないうちに引き込まれ、自分の周囲が、なぜか、可能性に満ちた生まれたての世界のように感じていくのだ。 高坂は助監督の優子殿に惹かれて、優子が寺にきたのを観ると表情がみるみる変わるのだが、 そんな使い古された定番ネタでも思わす笑ってしまう自分に驚くし、 そんなシーンで笑わせる監督の底力や 役者さんたちの力まず見見せなくてはいけない重厚な演技力にびっくりする。 通常、笑わせようとしたり、感動させようとしてきたり、 ここが見せ場なのだ、とわかりやすく提示してくる作品は、 ほぼ面白くない。 現代人はネットでエンタメの刺激に常時晒されており そんなんじゃ笑えないし泣けないし、感動できない。 それが、「侍タイムスリッパー」では 見せ場で笑えるし泣けるし感動してしまう。魔法か? ハリーポッターや映画版指輪物語では感動できなかった私だし、 幻想文学や魔法や呪術に関しては小学生の頃からの洞察や考察や知識収集やが積み重なって、 本当、辛口で申し訳ないのだが、 詩人として「呪術としての日常」を提唱している。 「呪術や異界は遠く隔たっと所にあるのではない。 日常に身近にあり、硬直化する日常に生命力や再生の力を吹き込むものである」 というのが、私の唱えている「呪術としての日常」だ。 そういうワタクシは、この見慣れすぎてギャグとも思えない日常ギャグに笑ってしまい、 引き込み続けて感動させ、 観客を連れ去る力を、「魔法のようだ。これぞ熟練の白魔術」と叫ぶしかない。 クライマックスとして、 高坂とライバルの、こちらもタイムスリップした侍の里見が、 真剣を使って映画「最後の侍」のワンシーンを撮る。 映画の撮影の名を借りて、演技ではなく実は二人の「真剣果し合い」である。 タイムスリップする前からの、二人の因縁が火花を散らす。 撮影スタッフが「侍だ、本物の侍がいる!」と叫ぶが、 観ている方も彼らが本物の侍にしか見えない。 映画の中で映画作りをする人たちの視線と、 こちら側にいる観客の視線は「お芝居」・「虚」として観ているが、 映画の中の侍たちは実は本当の侍であり、映画の中で現代人を演じながら映画の中で撮られる映画では侍を演じる、という、 シンプルなようで実はよく練られた脚本の罠に気づく。 映画の中で映画を撮る人と観客は、もう一体になってしまい手に汗を握る。 「いや、こういう映画なんだからきっとどちらも死なないし、ハッピーエンドだよ」と、 話の先は予測できるのだが、 観ている間は息詰まる迫力に一瞬先も予測できない状態になってしまう。 予測できるとつまらないでしょう?大抵。 これは、いろいろ話が違う映画だった。 ささやかな平和やささやかな喜び、日常の楽しみ、とかは、 「パーフェクトデイズ」のように、 もっとテーマにドーンと据えなくては伝わりにくいのだが、 これは、いやー、伝わる伝わる。 「時代劇が今の時代に合わなくなってきたのかもしれない」という、時代劇を愛する製作陣側の言葉。 時代劇の、定番の型を見せつつも、 令和の現代で人々の心を打つ時代劇映画を作った。 映画の中と映画のこちら側が奇妙にリンクし、 観終わった後素直に「良いものを観せてくれてありがとうございました」と言いたくなる。 #
by leea_blog
| 2025-03-27 20:04
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