その書物と出会う確率(再録)





書かざるを得ない種族。


ターハル・ベン=ジェルーン氏の作品の一節を重ねてご紹介しました。日常の何気ない仕事の合間に、ふと、〈「物語を語れ、さもなくばおまえを殺す」、それが文学だ〉、が記憶の下から浮上して、気になって乱雑な書物の山から氏の本を探し出したのでした。


なぜ書かざるを得ないのか。ある程度書き続けている人なら、自問もし、他の人たちと議論もするでしょう。続いてサリームの手紙の一部を引いたのは、本来、書く行為がはらむ危険性(毒にも薬にもなる)を比較的解りやすく提示していると思ったからです。現代の日本では、余程のことがないかぎり書いた物で命の危機にはさらされません。それでも、砂漠で行き倒れかけた人にとって「水」になるほどのものなら、別の状況では毒物にもなるはずです。さらに、違う状況では、全く無害・無益かもしれない。

 何故書かざるを得ないのか。とりわけ、生活の為でもなく、社会的地位の為でもない場合、議論が白熱します。「楽しいから書きたい、せっかく書いたから発表したい」と思う人は、それはそれで大変良いことではないか。

「物語を語れ、さもなくばおまえを殺す」。これは、書いたために(あるいは語った為に)殺される場合もあると承知の、切迫した内面の声ともいえるでしょう。個人の命が大切なことは言うまでもないですが、それを越えた何かに書かされる、書かなければ、個人が命を失うというより何かもっと重要なものが死ぬ。


氏の作品は複雑にして起伏に富み、すぐれた地下水脈を多く持ちます。一部を引いてあれこれいうのは、作品の本質を損なうようで気が引けます。書物との出会いは「縁」でもありますので、たまたま目にした方が興味を持たれるかもしれない、との消極的な趣旨でつづっています。
 

(2001年8月の再録です)
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by leea_blog | 2012-04-04 21:45 | Comments(0)
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