ターハル・ベン=ジェルーン  「あやまちの夜」より

「ぼくたちの場所はどこにもなく、ぼくたちの領地は自分自身だからです。」

深く共感する。


が、一部の人にとっては当たり前の事で、詩人としては、わざわざ口にする事も無いのかも知れない。

小説は、自分自身にとって当たり前の事も、敢えて口にする。


現代の日本は、書いた物が原因で殺される事はない。
だが、命を賭して書く状況の重さを忘れてはならない。

そして、殺す殺されるの渚で、何が生まれるのか、何が残されるのか。




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ぼくは愛の物語に打ちのめされたが、実際に経験したのかさえわからない。情熱に捉えられ、密かな目的に囚われ、ぼくたちを脅かす闇の厚みを、もう考えたくないのです。ぼくは、不安の内側へ旅しました。苦しみのまわりを巡り、こうしてほとんど明かりもないこの部屋にいるのです。スペインの海岸を前にして、あなたに手紙を書いているところです。ぼくは、あなたに一度も会ったことはないが、虚構の作者として連帯感を持っています。そしてあなたにこう言いたいのです。「ぼくは、すべてに関してあなたに同意しているわけではない。だが書き、創作する自由を勝ち取ろうとするあなたの闘いを支持する」。考えの違う人を擁護することは、同じ部族の誰かを助けるために扉を破るよりも、さらに美しいことなのです。もっとも、ぼくたちは同じ部族に属し、同じ共同体に参加しているのかもしれない。それは、イスラム教徒として皆を包括する共同体ではなく、存在し、他者とともに生きるために、言葉しか持たない者たちの共同体です。つまり言葉の代価を知り、死にゆく者の耳元で、一つ一つの文章がどんな響きを持つかを知っている者たちです。
 ぼくたちの祖国は一冊の本です。物語の海の青い夢、数カ国語で展開するフィクションです。祖国は孤独です。毎朝、ぼくたちは、それを大きな屋敷の入り口に置く。だが、そこに住むことはない。ぼくたちの場所はどこにもなく、ぼくたちの領地は自分自身だからです。


(ターハル・ベン=ジェルーン  「あやまちの夜」より 菊池有子訳)

 *登場人物の一人サリームが、『悪魔の詩』の作者・サルマン・ラシュディに宛てて書き、投函も公表もしなかった手紙の一部。
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by leea_blog | 2012-04-10 21:35 | Comments(0)
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