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捨てた人形が戻って来る話・続報


今年も後わずかしか残っていない!

大変だ。時間がない。

相変わらずの、「時間の無さ感」。

やる事が山積しているのだ。


ところで、

神楽坂詩の会でお会いした、

歌人で詩人の、安井高志(ペンネーム:浮島)さんから、

メールを頂き、ご本人のご了承を得てアップします。

詩の会の三次会では、原詩夏至さん、安井高志さん、
りーあの三人で、蕎麦居酒屋で、
熱い討論が交わされました。


原詩夏至さんと、人形を巡ってメール交換をしました。

噛み合っていなさ、でこぼこ振りがおもしろいので、

通りすがりの皆様にも何か感じるきっかけになっていただければ、と思い、

アップしてものです。

その日記は、以下。

捨てた人形が戻って来る話をよく聞きませんか? 
【呪術としての日常・人形】試論
http://leea.exblog.jp/23730682/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、直接リンクが貼れません。
URLをコピーしてペーストして、飛んで下されたし)

捨てた人形が戻って来る話、

考えてみれば、

「聞いた事が無い」人の方が少ないのではないか?

子供の頃、まことしやかに語られませんでしたか?

語られたよね?

本気で怖かったです。


安井さんに、以下のように書いて頂けて、
公開した甲斐もありました。
  ↓

>なんなんでしょうね。お二人のやり取りをみていると私自身も
>なにか語りたくなってしまいます。

「読む事」は、何かの体験に巻き込まれるのだ、と思っています。





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早速ブログの記事を拝見させていただきました。


  すごーく陳腐でステレオタイプな発想過ぎて、
  なぜ原がりーあの表現にコメントしようとすると
  陳腐でステレオタイプになるのか、
  (これは、以前からだが)
  私にとってはいまだに謎だ。

この部分のコメントですが、たしかに私にも謎です。
先日の飲み会でも感じたのですが、本当になぜなんでしょうね……?

  思うに、ああいうのは、単なる「情報」「イメージ」ではなく、
  その根底に「物質」性が担保されてるところが、貴重なんだ。
  つまり「手触り」とか「重み」とか「かさばり?(現実的な空間の占有)」とか、
  そういう、日頃「詩歌文芸」ばっかりやってると
  ついついおろそかになりがちな、
  ごくプリミティブかつ根源的な「マイナー系五感」の活性化ないし再発見だな。

この部分に関しては頷く面もあり、「いやいや言葉にだってプリミティブなものはある」
などと反論したくなったりぐちゃぐちゃです。

なんなんでしょうね。お二人のやり取りをみていると私自身も
なにか語りたくなってしまいます。

面白い記事でした。

安井高志(ペンネーム:浮島)




by leea_blog | 2015-12-12 12:51 | Comments(0)
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