ネタバレ有り。 未読の方は、スルーして下され、と書こうとしたが、 この話は、落ちがバレていても、 大変面白いし、 あるいは、落ちがバレている方が、 むしろ一般読者の興味を引くかもしれない。 積んである本の山の中から、江戸川乱歩の短編集、 「人でなしの恋」を手に取った。 江戸川乱歩は、 子供向け乱歩より先に、 「パノラマ島奇譚」を初め、大人向けの乱歩を、 読んでいたのは、小学生の頃だった。 それゆえ、「人でなしの恋」も、 かなり若い頃読んだのだが、 子供には、これの良さが分からなかった。 というのも、子供にとっては、 普通の恋愛よりも、 人形相手の恋の方が、リアリティーが有りすぎて、 まったく異常に見えなかったのである。 フツー過ぎたのだ。 人間椅子と言い、屋根裏の散歩者と言い、 江戸川乱歩の描く異常な奴は、 子供にとっては、それほど異常ではなかった。 子供の世界は、実に乱歩な感じに溢れているのである。 だから、大人になってから再読しないと、 その語り口の巧みさといい、 生き生きとした登場人物の描写といい、 乱歩の本当の良さはわからないのである。 さて、「人でなしの恋」だが、 語り手が結婚したばかりの美しい夫が、 どうやら女と密会しているらしいのだ。 夫は、妻が眠った夜更けに、 蔵の二階で、女と語り合うのだ。 が、それが実は人形だった。 夫も、普通の暮らしをしなければいけないと思い、 がんばって新妻を愛そうとした。 が、どうしても、本当に好きなのは人形の方なのである。 語り手の心情に添いながらも、 乱歩は、夫の異常と破滅を、 肯定して、同意している筆致である。 「このような逢瀬をつづけていては、あたし、あなたの奥様にすみませんわね」 「私もそれを思わぬではないが。いつもいって聞かせる通り、私はもうできるだけのことをして、あの京子を愛しようと努めたのだけれど、悲しいことには、それがやっぱりだめなのだ。若い時から馴染みを重ねたお前のことが、どう思い返しても、思い返しても、私にはあきらめかねるのだ。 京子にはお詫びのしようもないほどすまぬけれど、すまないすまないと思いながら、やっぱり、私はこうして、夜毎にお前の顔を見ないではいられぬのだ。 どうか私の切ない心のうちを察しておくれ」 「嬉しうございます。あなたのような美しいかたに、あのご立派な奥様をさしおいて、それほどに思っていただくとは、私はまあ、なんという果報者でしょう。嬉しうございますわ」 と、上記のやり取りを、夫は一人で二役の声色を使っていたらしいのだが、 男がこういうやり取りを声に出してやっているとなるとそれなりに気持ち悪いが、 もしかしたら人形がしゃべっていたのかもしれないじゃないですか? 何より、恋愛結婚ではなく、親の決めた者同士の昔風の結婚だから、 夫に生身の女がいなくて、本当に良かったではないか? 夜更けに毎夜、 寝床を抜け出して蔵の二階に鍵をかけて閉じこもり、 人形と睦み合ったとしても、 浮気でも犯罪でもない、 少し変わった人でしかなく、 誰に迷惑をかけるでもなし、 なんの問題も無さそうなのであります。 嫉妬に狂った妻は、 夫がいない隙に人形を壊し、 夜に蔵に忍んで出かけた夫は、 壊された人形を発見して、その場で自刃してしまいます。 大切な物をわざと壊されたら、 ショックで自殺してしまいそうな人、 現代には沢山いそうですよね? そういう話だと知ってから読んでも、 たいそう価値の有る短編です。 お話としては、現代人から見ると、異常と言うほどでもないのですが、 寄り添った文章が、大変心に沁み込んできます。 「あるかたから伺いますと、人間が人形とか仏像とかに恋したためしは、昔から決して少なくはないと申します。不幸にも私の夫がそうした男で、さらに不幸なことには、その夫の家に偶然稀代の名作人形が保存されていたのでございます。 人でなしの恋、この世のほかの恋でございます。そのような恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことのできない、悪夢のような、或いはまたおとぎ話のような、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかしまた一方では、絶え間なき罪の呵責に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくものでございます」 人形を愛してしまう事は、むしろ罪の無い性癖だと思うのだけれど、 そこは、乱歩の生きた時代は、 一般には受け入れられない罪のようなものだったのでしょう。 そんなこんなで、江戸川乱歩のお話は、 時代劇のように、その時代を想像しながら読むのが、 大変味わいが深いのでございます。
by leea_blog
| 2016-01-20 22:12
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