老人という年齢にさしかかって思う。



しばらく日記を更新しなかった間に、
伯母の葬儀があった。

西野家は、
父方、母方とも、
親戚付き合いが希薄で、
現在に至っている。


その為、
冠婚葬祭の時には、
本当に久しぶりに、
親戚と会う事になる。

そのように、
身内との付き合い方が分からない為、
姉弟間の付き合いも、
ひたすら希薄である。


姪に、
二十歳のお祝いにプレゼントをしようと、
ラインを教えてもらったところまでは良いが、
「欲しい物を教えてね」、との
私のコメントに、
返信が無い。。。。

姪も、
謎の伯母との付き合い方が分からないのであろう。。。。


気になるけれど、接し方を学ばないまま成人して、
接しないまま歳を取ってしまったのが、
身内関係である。


長年会社員をやっていた男性が、
定年後に地元コミュニティーにとけ込めないのと、
似た感じであろうか。

あるいは、
遺伝もあるかもしれない。



話は戻り。

伯母の訃報に接したのは、
普段交流が無いだけに、
突然だった。

心が痛んだ。


喪主の従姉妹を探した。

私の記憶では、
従姉妹は幼い女の子で、
色が白く、
黒髪はつややかに長く、
円顔で、
意思のはっきりした感じの顔立ちである。


が!
幼い女の子の顔の輪郭が円く、
血色が良いのは、
とてもよくある事で、

そんな記憶を頼りに、
大人になった従姉妹を探すのは、
私の間違いである。


私の記憶の中では、
伯父や伯母、
つまり、親の世代の親戚は、
歳を取っていなかった。


こうした悲しい場で顔を合わせ、
従姉妹、従兄弟たちと語らい、

親の世代が、
年齢的に、
深刻な状態になっているのを知った。

そして、
寝たきりや痴ほうが、
親の世代の事と言うよりも、

もはや、
自分たちの世代がなる年齢である事も、
突きつけられた。



一昔前の小説、
例えば江戸川乱歩などを読むと、
「50がらみの老人」と頻繁に表現される。
50代は老人であった。


現代人が読むと、
「50代は老年ではなく、
熟年じゃないか?」と
思うのだが、

私が若い頃は、
定年は「55歳」だった。


もっと昔は、
謡曲にもあるように、
「人生五十年」だった。


私の父は、
60で定年を迎え、
65歳まで再雇用で働き、
その後は自分の人生を過ごすはずが、
肺がんで、65歳で没した。

父が亡くなった年齢に、
私も刻々と近づく。

現代日本では、
歳を取って死ぬことよりも、
長く生きて「老後破産」する事の方が、
心配である。

体は、
1年ごとにいう事を聞かなくなっている。


以前、
マッサージの先生に、
「昔の人は45歳ぐらいになると、
来世の事を考えてお遍路にでも出たものだ」といわれた事がある。

つまり、
「あなたも無理な人生を送らず、
リタイアして本当の人生を歩いてはどうか」と、

伝えたかったのだ。


人間、歳を取らなくても、
寝たきりになる人も、
日常生活を送れない精神状態になる人も居る。

歳を取ったらどう生きるか、ではなく、
今の人生をどう生きるかを、
もっと考えなくてはいけない。


若い頃は、
私はそれを実践してきた。


今は、それが出来ていない。


多くの事を省みている。



そもそも私は、
深刻な自殺願望に長年捉えられた過去がある。

順調に願望に従っていれば、
もうこの世には居ない。

今は、「余生」といえるのではないか?

人が生きるということは、
どういうことか、
老いる、
日を重ねるとは、
どういうことか。

つらつらと考える。








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by leea_blog | 2017-12-15 21:26 | Comments(0)
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