夢野久作「あやかしの鼓」・大正ロマン的サディスト女性



夢野久作は、大作「ドグラマグラ」が有名ですが、
複雑な構造になっており、
人によってはすらすらと読み進められないかもしれません。

それはもったいないので、
夢野久作をこれから読む方には、
短編集から入ることをお勧めします。

狂気と現実のあわいの、
独特な文章、
独特な世界観に、
引き込まれる事請け合いです。


夢野久作の短編では、
「人間腸詰」、「支那米の袋」、「死語の恋」など、
異国ものが、当時の一般的な日本人にとっての異国の肌触りが、
奇怪な事件と絡み合って、
面白く描けています。


今日ご紹介する「あやかしの鼓」は、
雑誌「新青年」に投稿し、入選したデビュー作です。

探偵小説に投稿したものの、
「あやかしの鼓」は、
正統派探偵小説と言うよりは、
もっと、不可思議な物語になっています。

さもありなん。

夢野は、入選にあたっての作者の所感で、以下のように言います。

ーーーーーーーーー

「或る家の秘蔵の芸術品を一目見たい為に或る芸術家が一生を棒に振ってしまった。
そうしてその芸術家が死の際に考えて見るとそのために受けた苦しみは現実の社会に何の益も無い。
夢の中でもがいて目が覚めたら汗をかいていた位の価値しか無いものであった」というのが最初の私の妄想の興味の中心でした。

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因縁のある鼓で、
その音色を聞いたものは、自殺したり変死したり、
人生の敗残者にになる、と言い伝えられる、名品の鼓をめぐり、
その鼓を作った名人の子孫が、
死に際につづった物語です。


あらすじの紹介は、
ネット上に色々有ると思いますので、

今日は、
「大正時代のサディスト女性の魅惑」の一例として、
ネタバレ有りで、ご紹介します。


物語の終盤、
あやかしの鼓をどうしても一目見たい、音色を聞きたい語り手の青年は、
ついに、その機会に遭遇します。

気が狂って死んだ子爵の未亡人の家で、
その家の書生のとりなしで、
あやかしの鼓を見、打つのです。

体調が悪くなった語り手の音丸久弥青年は、
未亡人の家で休養し、
酒食のもてなしを受け、
怪しい薬を飲まされたかして、
酔い倒れて意識を失います。

気がついてみれば、
長襦袢一枚で、
豪奢な布団に寝ており、
枕元には、
これも長襦袢姿の未亡人が、
しどけなく横座りしているのでした。

「とうとうあなたは引っかかったのね。オホホホホホ・・・
ほんとに可愛い坊ちゃん。あたしすっかり惚れちゃったのよ。オホホホホ」


美しく品のある、子爵の未亡人と思っていたのが、
獲物をとらえた女郎蜘蛛的な、
その正体を現したのです。

彼女は、家事をやらせていた愛人の書生に飽きたので、
主人公と駆け落ちしようとするのです。


「私はもうあなたの純な愛をたよりに生きるよりほかに道がなくなったのよ」

「ですから私は今日までのうちにすっかり財産を始末して、現金に換えられるだけ換えて押し入れの鞄に入れてしまいました。みんなあなたに上げるのです。明日死に別れるかも知れないのを覚悟そてですよ。そんなにまで私の気持ちは純になっているのですよ・・・・」


主人公を騙しておびき寄せて、
酒と薬で用意周到に昏睡させて、
いきなり純な愛を押し付け、
主人公の日常の、将来もある生活を断ち切って駆け落ちしようという、
未亡人の愛は、
まさに「肉食系」。

音丸青年としては、
一度すれ違い様に姿を見ただけ、
今日初めてお話した未亡人が、
いくら美しく妖艶な色香を放っていても、

初恋もまだ知らない身、
それがいきなり計られて相手の手中に落ちてしまい、
今までの生活も将来も捨てるとなれば、
怖い意外の何でもありません。

しかし、
未亡人の本当の怖さは、そんなものではありませんでした。

ーーーーー

「私は両手を顔に当てたまま頭を左右に振った。

「アラ・・・アラ・・・あなたはまだ覚悟がきまっていないこと・・・・」
と云ううちに未亡人の声は怒りを帯びて乱れて来た。
「駄目よ音丸さん。お前さんはまだ私に降参しないのね。私がどんな女だか知らないんですね・・・よござんす」

と云ううちに未亡人が立ち上がった気配がした。ハッと思って顔を上げると、すぐ眼の前に今まで見た事の無い恐ろしいものが迫り近づいていた。・・・しどけない長襦袢の裾と、解けかかった伊達巻と、それからしなやかにわなないている黒い革の鞭と・・・・私は驚いてうしろ手を付いたまま石のように固くなった。
ーーーーーーー

今まで見た事の無い恐ろしいもの、、、、
鞭はともかく、、、

長襦袢に解けかかった伊達巻とは、
現代で云えば、
ランジェリー姿であります。

初恋もまだの大正時代の青年には、
熟女にいきなりしどけない下着姿で迫られるのも、
今まで見たことがなく、恐ろしいものだったのでしょう。


ーーー

未亡人はほつれかかる鬢の毛を白い指で掻き揚げながら唇を噛んで私をキッと見下ろした。そのこの世ならぬ美しさ・・・・激しい異様な情熱を籠めた眼の光のもの凄さ・・・・私はまばたき一つせずその顔を見上げた。未亡人は一句一句、奥歯で噛み切るように云った。

「覚悟をしてお聞きなさい。よござんすか。私の前の主人は私のまごころを受け入れなかったからこの鞭で責め殺してやったんですよ。今の妻木もそうです。この鞭のおかげで、あんなに生きた死骸みたようにおとなしくなったんです。その上にあなたはどうです。この「あやかしの鼓」を作って私の先祖の綾姫を呪い殺した久能の子孫ではありませんか。あなたはその罪滅ぼしの意味からでも私を満足さしてくれなければならないではありませんか。この鼓を見にここへ来たのは取り返しのつかない運命の力だとお思いなさい。よござんすか。それとも嫌だと云いますか。この鞭で私の力を・・・その運命の罰を思い知りたいですか」


鞭使いのサディスト女性だったのですね。

そして、夫の子爵は鞭で責め殺され、
書生の妻木は、痩せ衰えて家事炊事を一心に引き受けるも、世の交わりを絶って希望の無い奴隷生活に落ちてしまっているのでした。


ーーーー

「ああ・・・わたくしが悪う御座いました」
と云いながら私はまた両手を顔に当てた。
・・・パタリ・・・と馬の鞭が畳の上に落ちた。
ガチャリと硝子の壊れる音がして不意に冷たい手が私の両手を払い除けた・・・・と思う間もなく眼を閉じた私の顔の上に激しい接吻が乱れ落ちた。酒臭い呼吸。女の香、白粉の香、髪の香、香水の香ーそのようなものが死ぬほどせつなく私に襲いかかった。
「許して・・・許して・・・・下さい」
と私は身を悶えて立ち上がろうとした。

ーーーーーー

語り手の貞操、危機!!!!

「嫌悪」よりも「色香」で死ぬほど切なく身を絞られながらも、逃れたい、というのが、特徴でしょう。

男を飼い殺したり抜け殻のようにしてしまうサディストの、高貴な熟女の、圧倒的な色香。

サディスト女性にも、
色々種類がございます。

描かれた鶴原未亡人の特徴としては、
男性を物としか見ないタイプのサディストではなく、
下僕として支配したいというのでもなく、

勝手な愛ではありますが、
愛に突き動かされて獲物を捕獲し、
夜逃げを企むなど、
自分の生活を変える気も有り、
相手からも全幅の愛を得ようとする点でしょうか。

「私はもうあなたの純な愛をたよりに生きるよりほかに道がなくなったのよ」というセリフを、
鞭をちらつかせながら云う淫蕩な貴婦人。

人によっては、
こうした美熟女に、人生と引き換えに貪り食われるのを願う男性も居そうです。


しかし、語り手は、危機を逃れます。

捨てられる事が決まった書生の妻木、実は、語り手の実の兄、が、
屋敷に火を放ち、未亡人を殺して自分も死ぬのです。


ここまでだったら、
普通の小説ですが、
続きがあります。


兄に促され、
危機を脱した語り手は、
養父の「老先生」と暮らす九段に、
タクシーで戻る、
そのタクシーの中で。



ーーーー
自動車が桜田町へ出ると私は運転手を呼び止めて、「東京駅へ」と云った。何のために東京駅へ行くのかわからないまま・・・・・。
「九段じゃないのですか」と若い運転手が聴き返した。私は「ウン」とうなずいた。私の奇妙な無意味な生活はこの時からはじまったのであった。

ーーーー

何の意味も無しに京都行きの切符を買い、何の意味も無しに国府津駅で降り、何の意味も無しに一泊し、飲めない酒を頼んで、何の意味も無しにまた西へ向かい。。。。

急展開の殺人事件のショックからか、
あやかしの鼓の音を聞いた者がたどる、
破滅の道を、語り手もたどって行くのです。


尋常では無い、狂気に満ちあふれた、独特の夢野久作ワールドの、一篇でした。












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by leea_blog | 2018-02-14 10:02 | Comments(0)
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