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谷崎潤一郎「蓼喰う虫」ネタバレあり。あなたはもう人形の女しか抱けない・前編



文豪、谷崎潤一郎の、「あまり有名では無いけれど名作」、を、過去日記でご紹介してきました。今日は、どちらかというと有名な方に入る「蓼食う虫」をご紹介します。


悪魔主義、耽美的とされた従来の作品傾向から一転し、日本の美に意識を向けてきた時期の作品です。


と、堅い話は抜きにして、純文学をもっととっかかりやすくご紹介していきます。

下ネタあり!苦手な人は回れ右してくだされ。
レスな夫婦の話です。

意外なことに、「人形愛」についても、深く考えさせてくれます。


前半後半に分けます。

前半は、
「昭和一桁のレス夫婦事情と現代 もう、人間の女は君には無理だ。人形でも娶っておけ」。
後半は、「人形愛は人形じゃ無いと駄目なのか? 幅を広げて、人形みたいな人間も、アリかもしれない?」
を考えてみます。


以前、
「あなたはもう幻想の女しか抱けない」という、良いタイトルの社会論がありました。期待して読んだら、私の期待する内容では無かった。。。。

私は、幻想文学にあるような、「神々と人間の中間の精霊族にしか発情できない」とか、「古代の神々にしか愛を感じない」とか、「形而上の恋愛以外は魂を奪わない」とか、そういう話かと思った。。。


谷崎の「蓼喰う虫」は、意外なことに、「あなたはもう人形の女しか抱けない」と副題をつけたくなるような話になっています。

こんな面白い話だったのか!






私が谷崎潤一郎を初めて読んだのは、小学校4、5年生の頃でした。

悪魔主義、耽美主義の作品は小学生の心にも強い魅力を投げかけたのでしたが、舞台が現代の「痴人の愛」、「瘋癲老人日記」、「鍵」、「細雪」、そしてこの「蓼食う虫」等は、面白さがわからなかったのでした。


「えーーー! じゃ、谷崎の良さをほとんどわかっていないけど好きだった、という事?」と皆様お思いでしょう。
その通りです。

作家の良さなど、全てわかる必要なんてありません。


しかし逆に、小学生が、「痴人の愛」とか「瘋癲老人日記」とかを理解していたら、それはそれで世も末です。そんな早熟すぎる小学生は、世を儚んで自殺してしまいそうです。


さて、そういうわけで、はじめて読んだ時は、この「蓼食う虫」も、さっぱり面白くなかったのです。


が!大人になって、

しかも、人形愛に落ちてから読み返すと、もう、

「あれ?こんなに面白い話だったっけ???」状態です。


谷崎潤一郎の、理想の女性と人形をめぐる小説として、以前「青塚氏の話」をご紹介しました。人形愛なのに、まさかの「スカ●ロ」まであって、変態です。キモオタが行きすぎて、もう、狂っているとしか言えません。しかし、フェチな方々が読めば、「青塚氏、あっぱれ!」と思うでしょう。 これが、気持ち悪さの陰に、実によく出来た作品なんですなあ。



https://leea.exblog.jp/27915844/

URLをコピペして飛んで下されたし。↑




さて、「蓼食う虫」は、どのような話かというと、レス、いわゆる性的交渉が無い夫婦の話で、妻の父とその若い愛人も重要な登場人物です。



「レスだけれど別れるほど嫌いじゃ無い」、とか、「子供のために別れない」、とかのご夫婦は、過去も現代も多いと思います。



主人公、斯波要は、妻、美佐子を、性的に愛することができません。子供がいるのだから以前はそうでもなかったのでしょうが、今は、もう、全然無理なのですね。



離婚の話し合いをしていますが、夫婦ともに優柔不断で、子供も悲しむことだし、離婚して今の生活をガラリと変えるのもなかなかできず、だらだらと日が過ぎていく状態です。


生活習慣はお互いうまくいっているので、性愛がないからといって必ずしも別れなくてもいいのでは、と、読者や周囲は思います。



妻の父は言います。


「性が合わなければ合わないでいい、長い間には合うようになる。お久なんかも私とは歳が違うんで、決して合う訳はないんだが、一緒にいれば自然愛情も出てくるし、そうしているうちには何とかなる、それが夫婦というものだと考える訳には行かんもんかね」



これは、現代でも多くの人が「そういうものだ」と考えているのではないでしょうか。


「夫婦とは何か」「家族とは何か」、と考えるとき、「性的に魅力が失せたからもう別れよう」と皆が言ったら、家族制度があっという間に崩壊してしまいそうですし、結婚とはそもそも、そういうものではないと思いますし。



この小説のように、夫は行きつけの売春婦があり、妻には愛人がいて、お互い嫉妬を感じないなら、それはそれでいいのではないか。と、思う人はたくさんいるはずです。主人公たちも、別れようと話し合いながらも、どうにも踏ん切りがつかないのです。



ちなみに、1928年(昭和三年)に書き始められた小説です。現代でも、恋愛感情は家庭外で補給して、レスなまま夫婦を続ける人が多いのですが、昭和三年と言ったら、「離婚するなんてスキャンダラスだ」と思われていた時代です。




ちなみに、私の両親は昭和一桁の生まれです。明治以降、うちの両親くらいの世代までは、離婚する人はあまりいませんでした。喧嘩のたびに「離婚する」と言いながら、「子供が大きくなってから」とか、「世間体が」とか、理由をつけて、離婚しないのです。



それほど遠くない昔、昭和一桁生まれくらいまでの世代には、女性の職業は限られており、多くの妻が専業主婦でした。妻側に「経済的に離婚できない」、という事情があり、夫側には、「家庭が破綻したら社会的信用を失う」心配がある、平成令和になると考えられないような事情があったのでした。

結婚も離婚も、個人間の問題で、社会人としての人格には関係ない、とみなさん思いますよね。私もそう思います。が、親の世代はそうではなかったのでした。



「定年離婚」という言葉もありましたね。子供が独立し、夫が定年を迎えるまで、妻はじっと耐え、夫が定年を迎えた日に離婚を切り出す、というものです。妻は恨みつらみをひたすら耐え蓄積。「定年後は夫婦で仲良く暮らそう」、と思っていた夫、妻の思惑など想像もしてない夫を地獄の底に突き落とそうと、日々耐えます。



現代人からすれば、子供の独立はまだいいとして、夫の定年まで待つというのがどうにも感情移入しにくいですが、昭和の人は我慢強かったのですね。


そして、親の責任、夫の責任、妻の責任、等、昭和の人は責任感も強かったのですね。子供のために離婚しない、というのも、親としての責任を果たすことだと考えられていたのです。

ちなみに、うちの母も、幼い子供に「子供がいなければ別れるのに」と繰り返し言っておりました。怨恨に満ちた母を見て、子供は果たして「私のために別れないでいてくれるのか。ありがたいことだ」と、思うでしょうか。否。私の場合は、間違いなくトラウマになりました。


現代では、離婚のハードルがどんどん下り、三人に一人は離婚しているそうです。そして、浮気のハードルも、ものすごく低くなりました。

そんな現代人が読んでも、「蓼食う虫」は、色々考えさせられる小説です。



三人に一人が離婚する現代でも、配偶者に性愛を感じなくなるたびに離婚していたら、性愛の賞味期限は3年という説もあることだし、しょっちゅう離婚結婚を繰り返さなくてはならないわけで、さすがの現代人でも、それはしないのです。

「主人公、斯波要みたいな自己中男は、もう人形しか娶れないよ」、

と、いう話かもしれず、あるいは

「自分にも妻にも嘘をつききれないのだから、究極の誠実ではないのか? 嘘と馴れ合いとうわべより、人形妻を娶って日本の伝統を愛しながら新しい人生を生きたら良い。義父が良いお師匠様になってくれそうではないか」

という話なのか。それは、読者の皆様がそれぞれ考えることができます。





by leea_blog | 2020-05-06 17:42 | Comments(6)
Commented by まさ at 2020-05-09 15:11 x
現代では3割強の人が離婚ですか~
夫婦間の性の形もここ数年変わってきましたよね。
特に俗にいう寝取られ。
羞恥心を掻き立てる行為の一つなのでしょうね。
ここ最近よくみるキーワードのようです。
Commented by leea_blog at 2020-05-09 19:20
> まささん 「寝取られ」、よく見るキーワードなのですか。嫉妬心じゃなく、羞恥心を掻き立てられるのですか? 

女性側からすると、浮気男は「駄メンズ」決定だと思うのですが、そういえば文学の世界では、妻が他人からアプローチされて夫が燃える話はよく見かけます。
Commented by まさ at 2020-05-10 13:51 x
ごめんなさい。
嫉妬心でした。
自分では嫉妬心と書いたつもりでした。

こういう嫉妬心の裏返しは
男性は女性に対して自分のもの、所有権的な感じを
抱いている方が多いのでしょうね。

私も違う嫉妬心を抱くことがあります。
他の男性に比べて、劣っていることが明らかな場合です。努力はもちろん自分の未熟さから
男性に嫉妬してしまうのかも・・・・
Commented by leea_blog at 2020-05-10 19:48
> まささん 嫉妬心でしたか。
ネトリ、ネトラレは、私にはわからない世界ですねー。

>他の男性に比べて、劣っていることが明らかな場合です。

嫉妬心が向上心につながるなら、良いと思います。
目指せ、トップ!^^
私は、人それぞれ「得意なものもあれば不得意なものもある」と思うタイプなので、そういう意味での嫉妬心はほとんどありません。
Commented by まさ at 2020-05-12 15:17 x
りーあさん
さすがですね。
嫉妬心がほとんどないなんて・・・
やはり人間的にすごいなって思います。
Commented by leea_blog at 2020-05-12 20:06
> まささん 妬みやひがみの感情はほとんど無いですが、人格者という訳でも無いんです。文学美術系にありがちな、「こだわりが有り過ぎ」とか「気難しい」とか、「俗物が嫌い」とか、欠点も多いです。でも、まあ、欠点のない人間は居ないですから、お互い様の精神でやっています。
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