雑談しながらの打ち合わせがあった。 有意義な雑談や打ち合わせだったが、会席者の意向でそのほとんどを伏せる。 絶滅危惧種の呟きな日記になる。 東京新規感染者、二万人越えの中、出歩くのはリスクがあるが、 出歩くことは闘病の一環だ。 私には「娑婆っ気」が必要だ。 「もうこれ以上傷つきたくない」と籠って暮らすには、財力が必要だが、その財力がない。 働かないと詩集も出せない。 詩集の前に、生活費を稼がないとならない。 現代詩はなぜ現代日本で絶滅危惧種になったのか意見交換をした。 詩集を一冊出すだけでも狂ったような金がかかる。 才能よりも財力が必要なのだ。 そして、社会に情報が出回らない。 優れた才能は沢山いても、金銭の問題で詩集を出せなかったり、 本を出しても詩人同士の謹呈で完結してしまう。 現代詩のコミュニテイは高齢化し、無意識なのか意識的かは人それぞれだが、 上から目線の先達が多い。 才能ある詩人は権力に取り込まれることを本能的に嫌う。 自腹で参加する会で上から目線で語られれば、関わりたくない、と思うだろう。 私の意見だが、詩は誰かに師事して上手くなる分野ではない。 感性と向き合う考え、本質とは何かを見る目を磨き合うことはできる。 10代の終わり頃、「良いものが売れるのではない。売れるものが良いものなのだ」と言う人と意見交換をした。 私が支持する作家は「知っている人にだけ有名」な人ばかりだったので、自分も同様の道を歩むのだろうと思った。 谷崎潤一郎や三島由紀夫、江戸川乱歩や森茉莉、その他諸々の有名人は別として、現在生きている人で私が「凄い」と思う作家は「知っている人にだけ有名」なのだった。 私は父から「ゴッホは生きている内は絵が一枚も売れなかった。才能とはそういうものだ」と小学生の頃に言われた。 大人になり社会の仕組み、経済の仕組みがわかるようになると、「売れるものが良いもの」というものでもなく、流行や知名度はそもそも作られるものだとわかった。 インターネットが普及し、流行や面白いものを判断する主体が変わってきているが、 現代詩を突き詰めて書いている人は軒並みSNSの毒気が苦手だ。 繊細な触手を無数に伸ばして呼吸している詩人は、不用意に毒に接触するうち、触手が黒ずんで腐っていくので慌ててSNSから退散するのだ。 セルフプロモーションが出来るような才覚があればいいのだが、詩人は軒並み、どこか過剰だったり欠落しすぎたり毒への耐性が無さすぎたりする。 うーん。 それはともかく、詩集用の絵が一向にはかどらない。 葛藤が多すぎて絵に向かうための頭の切り替えが出来ないのだ。 描くそばから自分でダメ出しをしまくってしまう。
by leea_blog
| 2022-07-22 01:34
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Comments(2)
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sakurafubuki200 at 2022-07-24 10:06
はじめまして。いつも読ませていただいています。ファンです。
由利さんの言われる事本当にそうかんじております。現代では詩では食べてゆけません。私は名もなくつたないものですが、何冊かは出版していますけれど、づくづく思います。でも自分が一番すきな事ができる手段として現代詩、少年詩、童謡詩などでがんばっています。 これからもがんばります。よろしく~おねがいいたします。
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leea_blog at 2022-07-24 14:03
> sakurafubuki200さん はじめまして。コメントありがとうございます。
何冊も出版しておられるのですね。凄いです! 少年誌、童話詩を書かれるとは、私のような妖霊系詩人から見ますと、もっと沢山の読者に届くと良いですよね。「書物は、砂漠で倒れた時の一杯の水」、と私は思っています。もうだめだ、という時に生命を循環させます。 もっと詩が日常に浸透するといいのに。 是非是非、これからもご健筆を!
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