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絵本を抱えて 部屋のすみへ/江國香織/


気分の転換に、自分の得意分野以外の本を読んでいる。

【絵本を抱えて 部屋のすみへ】江國香織著 新潮文庫。
作者が出会った絵本を紹介する絵本への愛情に満ちたエッセイ。
カバーは舟越桂のオブジェ作品。

カバーも、中身の文章も、挿し絵(この本の場合は紹介されている絵本)も素晴らしい、おすすめの一冊だ。

江國香織さんの小説は過去何作か読んだが、繊細な感受性が美しいものの、ワタクシ向けの作品ではなかった。
本は食事のようなもので、入る店の傾向も、注文するメニューの傾向も、ある程度決まっている。
ワタクシの本棚を見た人は「ジャンル不問でどん欲に読むタイプ」との印象を受けるという。ジャンル不問では無いのだが、守備範囲が広い方だと思う。

しかし。絵本は守備範囲に入っていなかった。
子供の頃絵本と親しめなかった記憶がある。
絵がメインで字が大きく少ない。→子供向け、という偏見があったらしい。

ピーターラビットも、リトルグレイラビットも大好きだが、大人になってから読んで気に入ったのだ。子供時代に読んで心に染みついた来た絵本の記憶が、無い。

「絵本を抱えて部屋のすみへ」を読まなかったら、この後何年も「絵本がいかに素晴らしいか」を知らずに過ごしていただろう。

絵國さんの個人的な体験や感情の描写に乗って、読者も、「へえ、そうなんだ」「ええ、そうなの?」「何だか凄そう!」「是非その本読みたい!」と言った具合に、するりとさらわれてゆくのだ。

それは、江國さんが単に「絵本が好き」なのではなく、真に文章の味わい、紙をめくる効果、紙質や微妙な色彩について研磨された賞味能力、単に高名なものと真に重要なものとを識別する堅固な能力を持っている為、彼女によってするりと開かれた扉の向こうに、ワタクシも自然に吸い込まれてゆけるわけだ。

私にとって多くの童謡や児童向け絵本は、大人が「こういうものを子供は悦ぶはずだ。子供の栄養になるはずだ」と勝手に作って押し付ける、見当違いで迷惑なシロモノの記憶が強い。

幼稚園の記憶がよみがえる。
ださい事このこの上無い幼稚園の制服と帽子を強制され、誰とでも仲良くする事を強制され、無意味にしか見えない時間を過ごさねばならなかった。お外には美しく不思議な自然が、危険の甘美な毒を交えて広がっていたのに、幼稚園の先生達はそういうものに園児達が興味津々なのを理解しなかった。

 その象徴のような記憶として。結んで開いて」や、「ポケットを叩けばビスケットが二つ〜、、、、そんな不思議なポケットが欲しい」という歌を歌いながら輪になってお遊戯をさせられたのを憶えている。
 先生に倣ってポケットを叩いたり両手をあげたり、手を握ったり開いたりさせられながら、「馬鹿みたい」と思っていたのだった。しかし! 先生の方は「結んで開いて」も「ポケットを叩けば」も、心から楽しい様子で嬉しそうに何度も繰り返すのだ。私の頭には読みかけの本や塀の向こうの低い木の赤い実が気になって、馬鹿みたいな真似を楽しそうな振りでさせられる時間が早く終わらないかな、と考えていた。
 こちらが白けているのが分かるのだろう、先生は「こんな楽しいお歌なのに、その楽しさが分からないなんて」(意訳)のような事を残念そうに言うのだった。

 当時の「子供向け」は、かくのごとく、大人の勘違いの押し付けだった。
大人が童心に戻って楽しめるのと、子供が楽しめるのとは、似ているようで決定的に違う。子供だったワタクシは大変迷惑。幼稚園に入ってまでこんな頭すっからかんの「お遊戯」をさせられて、子供が楽しいわけ無いじゃん、とトホホな気分を耐え忍んだのだった。。。。

 江國さんのように、周囲の大人が真に上質な絵本を与えてくれなかった、という環境の影響もある。

「絵本を抱えて 部屋のすみへ」は、ぱらぱらとめくってみて、紹介されている絵本の絵が心を打たなかったにしても、読まないのはもったいない。
 それがどんな風に素晴らしいのか、味わい方のヒントがなめらかに流れ出ており、自分独自の味わい方が自然に生まれるからだ。
 さらに、江國さんの小説と相性が合わない人でも、これは気に入る筈だ。

 主人公の女の子まりーちゃん、羊のぱたぽん、あひるのまでろん、といった名前を列記されただけでも、その語感は脳の深部をくすぐる。

「かしこいビル」の、おもちゃの兵隊ビルが持ち主に置き忘れられて、その涙が水たまり状態になっている絵は、私が一番苦手な「善良で無力な存在の悲しみをどうしてやる事も出来ない現実」を刃物のように突き刺してきて顔をそむけてしまう。

 ワタクシだけだったら一生手に取る機会が無かった種類の絵本まで、素晴らしい魅力で深部に絡みついてくるのだ。

さらに。
巻末の、五味太郎氏、山本容子氏と江國さんの対談も、絵本さながらに味わいに満ちており、読むに値する。
by leea_blog | 2008-02-29 01:51 | Comments(0)
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