2016年 08月 30日 ( 1 )

お化けと人間、どちらが怖いか。サーバン著「人形作り」


私は都内に生まれ、三歳でさいたまの新興住宅地域に越し、そこで育った。
古い伝説や、いかにも何かが出そう、居そう、という環境ではなかった。

おまけに、両親はナンチャッテ・プロレタリアートだった。


にもかかわらず。

幼い頃、夜に出かける母に(暖房の石油がきれたとか、そのような理由だったと思う)、
「お化けに遭わないといいね」と心配して言った。
母は、
「お化けより人間と遭う方が怖いわよ」と返した。

子供心に、
親から見るとそうなのだろう、と思った。

それでも、子供には、
お化けの方がずっと恐怖のリアリティがあった。

成長するに従って、
お化けより人間に、恐怖と危険の度合いはシフトして行った。

お化けに出合うより、
狂った犯罪者と遭遇する確率の方が、
格段に高いと、経験して行くのだ。

が、幼少期は、
お化けに遭う確率の方が、
狂った人間の犯罪者に遭う確率より、
格段に高かった。

家の中でも遭遇するのが、
お化け類であった。


階段を見ると、
階段を上り切った所に生首が見えた、

などの話を子供同士の怪談で聞くと、
階段の上の部分を、なるべく見ないようにして階段を上がったものだ。


「教育」や「経験」により、
けものから大人になっていくことで、
「生(なま)の感覚」は、
麻痺して行ったのだろう。

「人形つくり」を読んだ。
謎の英作家、サーバン著、国書刊行会。



台湾人形劇でメロメロ、という現状が手に取った本だ。

お目当ての「人形作り」は、

だいぶ期待と違ったが、

同書に収録されている、「リングストーンズ」が、
期待していなかったにもかかわらず、
ぐいぐい読ませた。


結末に関して書きたくてたまらないが、
ここは自粛する。

読後、強く感じた事は、

私が詩で展開しているテーマの一つ、

「精霊時間」のことだ。


異界と此の世が浸食し合う、
「場所」だけではなく、「時間」。


その「精霊時間」としか言いようの無いものを、
サーバンが描くと、こうなる、のような、

「わかる、わかる!」感が強かった。

幼少期、

まだ世界と生身の感性で全身で関わっていた頃は、

そうしたものが、「変わった事」ではなかった。

それは、人が人として地球に生きる上で、
とても大切な、何かの能力である。


お化けと人間、どちらが怖いか。

この本に収められた、
「リングストーンズ」は人間外の怖さで、
「人形つくり」は、行き過ぎた人間の怖さである。

どちらが鮮烈かと言うと、
私は、圧倒的に「リングストーンズ」であった。










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by leea_blog | 2016-08-30 13:41 | Comments(0)