2018年 04月 01日 ( 1 )

大人に効く絵本・酒井駒子「よるくま」


本当に良い子供用の本は、大人にも効きます。

子供は、大人が思っているほど騙されやすくありません。

「大人にはつまらないけど子供なら騙されるだろう」、という、

「子供騙し系」は、底が浅いので、子供も実は騙されておりません。


と、子供騙しには一向に乗れなかった、

可愛くない子供が大きくなった姿である私は、思うのです。


今日は、酒井駒子の「よるくま」をご紹介します。

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酒井駒子は、大人の中に、奥深く幼児宇宙が残っていて、

それをぐっと鷲掴みにして提示する、イラストレータ・絵本作家です。



「かわいい」、「あどけない」、「いたいけな」といった第一印象が、

よくよくみると、皮を剥がれて、

残酷さも含めた、乳幼児の宇宙が、

生々しさを伴って体感される作品も、数多いです。


乳幼児の居るご家庭では、

乳幼児はそういうものだ、と地続きに感じられるのですが、

子供が少年期、青年期、大人になったご家庭だと、

元乳幼児本人も、親御さんも、

そういった宇宙を忘れてしまいますね。


「よるくま」は、

大人に、「そういえばそうだった」、と、

はっとする感覚を提示してくれる絵本です。


おとこのこが、ふかふかのベッドで、

おかあさんに話しかけるシーンではじまります。


ーーーーーーーーー

ママ あのね・・・・・

「まあ まだ おきてたの」

あのね きのうのよるね、うんとよなかに かわいいこが きたんだよ。

トントンて ドアを ノックして

「あらそう。ママしらなかった。どんなこが きたのかな?

おとこのこ かしら おんなのこ かな」

ーーーーーーーーー


うまいなあ。

大人も子供も、つい続きが聞きたくなるではありませんか。

「うんとよなかに かわいいこが きたんだよ」

ただの夜ではなく、うんとよなか!

不穏ですね。

子供は寝ていなくちゃいけない時間です。

大人としては、そんな時間に、親の眼をかいくぐって、

子供のところに誰かが来るのは、

好ましくない事態です。

泥棒、幽霊、変質者?

それとも、夢を見ていたのかな?



ーーーー

ううん、くまのこ

ーーーーー


と、玄関の黄色い灯りの中に、

くまの子が立っている絵が続きます。


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だいてみたら かわいかった。

そのこは よるくまと いうなまえ。
ーーー


男の子かなー、女の子かなー、とお母さんは思いますが、


くまだった!!!

と、まあ、ほんのタイトルで想像はつきますが、

はじめのページの、日常の光景から、

ページをめくると、

突然玄関に立っているくまの子になり、

それが、全く違和感なし。

違和感無いのに、非日常的。


三ページ目の、

「だいてみたら かわいかった。」

で、私の手は止まり、

男の子がよるくまを抱いている絵を、

長い時間眺めてしまいました。



知らない生き物を抱いてみちゃ危険です、

くまなら引っかかれるかも知れないし、

噛まれるかも知れないし、

野生なら、ノミもいるし、ばい菌も持っています、と

知識も経験もある、大人は思います。

それに、動物の子供を抱っこすると、

人間の匂いが移って、

子供の匂いを頼りに探している親が、

子供を認識出来なくなることもあります。

野生動物の子供を見つけたら、

動物レスキューに連絡しましょう。。。

その通りだし、

子供にはそう教えなくちゃいけないのですが、

その現実は、なかなか残念です。


話はもどり。

「だいてみたら かわいかった。」。。。



大人になると、

抱いてみなくても、

見ただけで「かわいい」と思います。


それは、大人が、経験値として、

見た目から抱いた感覚を想像出来るからですね。


「だいてみたら かわいかった。」

犬だったら、とりあえず匂いかいでみる、のような。

赤ちゃんだったら、とりあえず口に入れてみる、のような。


幼児期は、見て、嗅いで、触って、抱きしめて、

もう、五感六感を自然に総動員して、

世界を認識しています。

くまの子だ、だっこしてみよう、のような。



みなさんも、赤ちゃんや乳幼児だった頃は、

そうでしたね。


私も、忘れていたけれど、そうでした。



経験値や知識を得る代わりに、

失った能力が、

なまなましい感触を持って思い出される心地がします。



更にいえば、現代人は、

理性に基づく教育が行き渡ったかわりに、

原始の頃の人類が持っていた、

動物的な能力の一部、あるいは、かなり多く、を、

失っていると、思いを馳せます。



絵本「よるくま」は、

男の子のベッドに小さい熊のぬいぐるみが寝かせてあり、

その世界が深夜の夢に繫がったのだろうな、と微笑ましいのですが、

微笑ましい姿をまとった、怖いお話の軸も持っています。


例えば。

子供が、「今日、○◎ちゃんと遊んだの」と、

親に言うとします。

親は、近所の子だろうと思います。

その後もよく遊ぶようなので、

どこの子かしら?と思います。

でも、近所にも学校にも、「○○ちゃん」に該当する子がいません、、、

さーっと血の気が引くような、

「よくある話」ですね。


教育を受けた現代人は、それは、

遊び相手を欲しがる子供の心が作り上げた架空の人物で、

現実世界に遊び相手が増えるに従って、

架空の話し相手は居なくなる、

あるいは。

子供が成長するに従って、

架空の話し相手は役割を終えて居なくなる。

つまり、それらは、

子供の頭の中だけに存在する架空のお友だちである、と、

考えます。


大変合理的な考えです。

しかし、私は、経験値と知識を積めば積むほど、

「個人の頭の中だけで起こっていることである、と考えたい、

気持ちはよくわかるけれど、本当なのかなあ。

もしかすると、とても重要なものをあえて見ない姿勢かもしれないなあ」、と、

思うようになっています。


妖怪や幽霊が実在するかしないかというより、

合理的で科学的に考えたつもりでも、

もっと科学が進めば、未来人から見て、

「20世紀から21世紀の人々は、

そういう事柄を、

個人の頭の中で起こっていることだと考えていた」、

と、なるかもしれません。



話は戻り。

よるくまは、いなくなったお母さんを探しています。

男の子も、一緒に探すことにします。

どこを探しても、

お母さんくまは見つかりません。



とうとう、よるくまは泣き出します。

よるくまのなみだはよるみたいにまっくらまっくろ。

涙でまわりがどんどん暗くなって行きます。


泣き出すよるくまの絵は、

真黒な涙が滴り落ち、
今まで描かれていなかった、のこぎりのような歯が、
歪んだ口にみられます。

真っ暗になってしまった。


たすけて ながれぼし!

流れ星につかまると、

星は、お母さんくまがつり上げる星でした。

お母さんくまを見つけたよるくまの顔は、

号泣で歪んでいます。

お母さんは、お魚を釣るお仕事をしていたのです。

自分たちが食べる分と、余ったら売りに行くお魚を。

お魚を売ったお金で、よるくまに自転車を買ってあげようかねえ、と言います。


子供が寝ている間に、働くお母さんくま。

お母さんが働いてくれるおかげで、

ご飯もたべられます。

自転車も買ってもらえます。

大人としてはじんわりきてしまいます。


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ああ、あったかい。
おまえはあったかいねえ。
きょうは このまま だっこして かえろう。

ーーーーー

このシーンも名場面です。

よるくまの体温が、お母さんくまに伝わるのが、読み手も体感出来る心地です。


こうした、「良い話」系の絵本や童話は、

大人から見ると、

「良い話を作っている」といった、

作った感が出てしまいがちです。


「よるくま」は、

大人が読んでも、全身で没頭出来る、

名絵本です。



















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by leea_blog | 2018-04-01 15:13 | Comments(0)