2018年 10月 11日 ( 1 )

揺蘭速報・横山克衛・「名前について」



まれびと冊子「揺蘭」15号の速報として、
今号の執筆人の作品の一部をご紹介する。

原稿が届いた順に、
横山克衛氏から。

氏は、画家でもある。


どこか世俗を離れた不思議な語り口が、
印象深い。




名前に関して、色々と思い起こさせる、
「名前について」から、引用。

ーーーー

「ペンネームで書く人なんか信じられない
と、誰かは云う
本名で書く覚悟のない人は、気の弱い嘘つきのようなものだ、と
そうだろうか?
自ら、自身に名をつける者は、嘘つきの類だろうか?」

ーーーー


インターネットをする位の人なら、
上記引用を読んで、

「まさか???
ハンドルネームならともかくとして、
ペンネームはそういうたぐいのものでは無いだろう???」と、

衝撃を受けるかもしれない。


私は1961年生まれだが、

私が第一詩集を出した頃は、

現代詩の世界には、
ペンネームに懐疑的な人も多かった。

ワタクシは、
「りーあ」などという、
ひらがなの変なペンネームだったので、
風当たりが強かった。


小説や短歌、俳句の世界では、
本名崇拝は無かったので、(あったとしても問題にならないほどわずか)
これは現代詩独特のものであるかもしれない。


ワタクシの戸籍上の名前は、
よくある名前で、

一学年に三人は同じ名前の子が居た。


いきおい、
子供の頃から、
戸籍上の名前に疑念を抱き、
以下のように考えていた。

「親が付けた名前は、
ようするに背番号のような物だ。
個人の個性を判別するたぐいのものではない。
困った物だ。
生まれたばかりでは、
個人の個性などわかるはずも無いから、
ある程度個性が出てくる頃に、
本人と合議の上で名付け直すべきだ。
昔の、幼名と元服名は、
実に理にかなっている」



よくある名前だったので、
人が私を呼ぶ時も、
戸籍上の名前は使われなかった。
他の人との区別がつかないからである。


呼ばれ慣れても居ない、
個性を表す物でもない、
先祖伝来の名でもなく、
親が願いを籠めたかと言うと、
何となく流行女優の名前を取っただけ、という、

国が管理する上での番号のようなものであった。



人によっては、
戸籍上の名前は、
呼ばれ慣れている、
愛着のある名前であろう。

それは、人それぞれなので、
自分がそうだからといって、
他人もそうであると、
思う前に、

色々考察してみるのも良いのではないか?
と、
しばしばワタクシはおもったものだ。


ペンネームとなれば、
更に事情が異なる。


言葉に敏感な人が文字表現作品を書くのであるから、

名詞、固有名詞に関しても、

考察する習性が有るはず、と、

ワタクシは思っていた。



が、現代詩の世界と接触してみると、

本名崇拝の人々からとやかく言われて、

驚いた。




横山氏の詩の一節が、

様々な記憶を刺激したので、

プレ紹介となった。



ものの名前とは、何であろうか?

ものを名付ける、

形の無いものに形を与える行為とは、

何であろうか?

それは新たなる謎の始まりかもしれない?

























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by leea_blog | 2018-10-11 01:13 | Comments(0)