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2019年 08月 14日 ( 1 )

美とは何か、を考えてみる・辻邦生「嵯峨野明月記」再読の事その2


閑話休題。

美とは何か。



辻邦生の「嵯峨野明月記」を再読した話の続きです。



安土桃山時代を経て、江戸時代初頭に、「嵯峨本」と呼ばれる、幽遠華麗な書物が誕生しました。


書体は本阿弥光悦、絵は俵屋宗達(風神雷神図でおなじみの方ですね)、出版は朱印船を動かす実業家の角倉与一。

どのような本かは、「嵯峨本」、あるいは「光悦本」で画像検索してみてくだされたし。


本阿弥光悦と俵屋宗達という、最強タッグは、絵巻でも華麗この上ない世界を繰り広げております。


世の中が激変した安土桃山時代を経て、江戸時代へ。いったいどのような心が、このような幽遠華麗な世界を展開したのか。


その秘密を、小説にしてみました、というのが、辻邦生の「嵯峨野明月記」です。


本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉与一の三人が、死に際に改装して人に語る、という一人称の形式で物語が進められます。


以下、本阿弥光悦が到達した「不易の美」について語る部分を引用しましょう。

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ただ私は高い、離れた場所に立って変転するこの世を眺め、そして同時に、不変不易な花や雲や光や風のそよぎに目をこらしていた。私は時おりこうした不易の花、不易の雲の影が、変転するこの世を包んでいるような気持ちになった。なるほど花はしおれ、その香りは移りゆく。雲の陰に至っては、一種の休みもなく姿を変えて地の果てに消える。しかしそこに湛えられた美しさは、どの花にも、どの雲の影にもあるのである。つまりどの花も、どの雲も、こうした心を魅する不思議な甘美な趣を、そのはかない一種の姿の上に湛えているのだ。季節ごとに花は咲き、花は散る。刻々の天候に追われて雲はその姿を変える。しかしそうして花が咲き、雲が流れることの中に、私は不易なこの美しさが、ちょうど不断に流れゆく川面にうつる月影のように、湛えられているのを見たのである。妻や家父の死後、むしろいっそうこの想いが強くなった。移り行く花、流れ行く雲のなかに不易に現れているこの甘美な趣ーそれこそが、私が、寄って立つべき唯一の足がかりであるように思えた。それは花そのものではなく、花のなかに現れる不易の表情であった。
ーーーーー




そうした境地に到達した本阿弥光悦は、では、幽遠華麗な書物である嵯峨本を、どうして生み出したのでしょうか。いか、引用。


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私が角倉与一に王朝風の華麗な書物を作るように進めあのは、言わばこうした花や雲の影が浮かべる甘美な趣を、まさにその姿のままに座右に置きたいためであった。もしその書物の中に不易の美しさがあれば、それに触れ、そこに生きるとき、私たちは、この世の変転を玻璃の手箱にとじこめ、そのうえに魂を舞い立たせることができるのである。私たちは世の変転とともに押し流されるとしても、それを包む不易の美は、何ら輝かしさを変えることなく、立ちはだかっている。そして私たちの心は、その不易な物の中にあり、変転をこえ、自分の運命にすら無関心になりうる。まさにそのためにこそ、甘美な趣を湛えたさまざまな物の形は、私たちに必要なのだ。それは、こうした甘美な心持ちのなかに立って、それだけですべて満たされ、一切の他の欲求から離脱することである。甘美な趣が私たちに不易の心を約束してくれるのはそのためなのだ。私はそのようなものの形として幽遠華麗な書物を作りたかった。

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日本的な美の達人の、超俗的な視点を、辻邦生流に想像してみたのですね。


ワタクシは、子供の頃から作風が「暗い」、「不健康」、と言われてきました。

そう言われても、「明るいものが正しい」、とも、「健康的なものが良いものだ」、とも、全く思いませんでした。


別にわざと暗くて不健康な、退廃的なものを書いているわけではなく、それが守備している「領土」だというだけでありました。もともと「妖霊系」なのでした。



辻邦生は、昭和の当時文学の世界を覆っていた、不健康な、破綻した空気を嫌がり、明るく健康的に美を追求しました。


読み返して、

「誰が読んでも、とりあえずは文句が来ない作風だな」、と、嫌味ではなく、素直に思うのでした。


過去、辻邦生のエッセイ等についても取り上げましたが、

自分の好みの傾向や、持って生まれた表現への方向性と、立ち位置があまりに違うので、
高校生の頃は、

「へえ、そういう人もいるのだねえ」と、思ったのでした。


上記の美意識には、多くの方が賛同なさると思います。

私も賛同します。

が、文章の描写や表現が、どうにも迫ってこない。


これは、一つには、時代のせいかもしれない。


昭和の頃は、

恵まれた環境で己の道を追求して大成した人の話を聞くのも、それで良かった。

恵まれていようと恵まれていなかろうと、大成した事実が重要だったのでした。



平成、令和に時代が変わると。


才に恵まれ、環境に恵まれ、

大成した人が、淡々と振り返る美意識が、どうにも、令和に読み返すと、

腹の底で、以下の意見が、もやもやとしているのでありました。




「それはそれで一つの正解だと思うのです。

が、

その結論に至るには、小説の前の方は、ほとんど関係ないというか、

結局、どんな道を辿っても、そうした日本的な美意識にはたどり着けるのだし、

恵まれていた割には、無難な結論ではありますまいか」




少し辛口になりました。

いい話とは思うし、

引用するくらいですから、

引用部分はすごくすきなのですが

時代を超えられる小説かと言うと、どうなのでしょうか。


























by leea_blog | 2019-08-14 22:16 | Comments(0)