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陋屋日記・アナログ書物の価値など


クリニック受診のついでに、
新橋古本市に立ち寄って来た。

SL広場にテントを連ねる古本屋を、
会社員らしき人々が覗いて行く。

初日ではないため、やや空いている。

今日の収穫物。↓

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こんなに買って、重かった。。。

買った本を宅配してくれるサービスもあるが、
配送料で本が何冊も買えてしまう。
自力で持ち帰った。

「自宅のどこかに有るなあ」という本が、
何と、三分の一を占めている。

いい本は、「読書用」と、
「保管用」に、二冊持っていてもいい。

絶版だしね。

そうやって、買いまくるから、
ただでさえ富士の樹海ならぬ書物の樹海と化している拙宅は、
ますます樹海度を高めてゆくのだ。


書物は、一度買うと、
死ぬまで友でいてくれるし、
持ち主が死んだあとも残る。

まさに、生涯の友。

ちなみに、
私が小学生の頃親に買ってもらった本も、まだ持っている。

本は、再読する人にとっては、
コストパフォーマンスが良いとしか言いようが無い!


本日の収穫の中でも、
手に入れて嬉しいのが、以下の二冊だ。
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左は、大正時代の本の、復刻版だ。

布袋戯の木偶に魅入られてから、

「他の人にとって、
人形はどのような存在なのだろうか」、と
関心が湧き、
古本市では人形系の本をチェックしている。


右は、古本コレクター、ビブリオマニアの凄まじい世界がつづられている。

過去日記で、
「愛書狂」という、
稀覯本に狂った人々を描いたアンソロジーを紹介した。
人ごととは思えず、
嘆息しながら読んだ。
よくで来たアンソロジーである。
過去日記を検索されたし。


今日手に入れた、この本は、
タイトルも人の道から外れていて笑えるが、
帯もすごいです。

「買うも地獄、買わぬも地獄」。

はははは。
よく言い当てている。

海外のオークションにファックスで入札(今だったらネットで入札だろう)し、
飛行機で迎えに行くのだ。

資金と暇が存分に無いと、、、

いや、資金と暇があっても、
世の中にはもっと資金と暇がある人もいるのだ、
オークションで競り負けたら、
手に入らないのだ。

資金と暇が無い人がこの世界にはまったら?

女房子供を質に入れても、
資金を作り、
会社を辞めても暇を作るのだ。

地獄です。。。。。


私などは、

実家から引き上げた本のために、
寝るスペースしか確保出来ず、
本が石筍状態、という、
世間から見れば「狂った人」に入るであろうが、

私など、
軽症どころか、
「ごく普通」である。

初版にこだわらないし、
手書き写本には手が届かな過ぎて、
関心が起きない。

衣食住の中でどれを優先させるかと言うと、
書物優先、なだけだ。


まあ、私は、どうしても欲しい本が手に入らなかったら、
あるいは、この世に読みたい本が無かったら、
「自分で書いて挿絵も描く」、という、
自給自足の得意技が有る。


これは、幼少期から鍛えられたものである。

周囲に無かった。
親も貧しく、買ってもらえなかった。
沸き立つ創作意欲を、自作に注いだ。

必要は発明の母。

自分の作品を自分で製本すれば、
「世界に一冊しか無い本」が出来上がる。

「自分の作品のコレクター」である。
















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by leea_blog | 2018-03-30 20:38 | Comments(2)

思わず大人買いしたくなる、食玩の世界・海洋堂の「アンティークミュージアム」


「食玩」をご存知だろうか。

スーパーやコンビニのお菓子売り場で売っている。

「お菓子」とは名ばかり(ラムネ一粒等)で、
「おまけ」が主役の、商品である。

そのおまけが、大変精巧なのだ。

デパート等のフィギュア売り場で売っても、
マニアしか買いに来ないので、
お菓子のおまけ、という体裁を取って、
一般の人が足しげく行き来する、
お菓子売り場で売ろう!という戦法である。

中身が見えない箱に入っており、
何が当たるかは、
「買ってのお楽しみ」だ。

シリーズで出ているため、
目当ての食玩が当たるまで、
何回も買う人や、
まとめて「箱買い」する人もいる。

いわゆる、「大人買い」だ。

子供の頃は、
お小遣いが限られて、
一個、二個しか買えなかった。

大人になって、
給料をもらうようになり、
子供の頃の無念を晴らすべく、
資金を投入してまとめて買うのだ。


先日、久々にネットオークションをやり、
ついヒートアップして入札しまくった話を書いた。

落札した品が、以下である。


300円で出品されていたが、
競り合って、1010円で落札。

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アンティークドールを精巧にミニチュアにした、
海洋堂の「アンティークミュージアム」というシリーズである。

人形の、レースや髪も、とても細かく再現されている。

以下は、同じシリーズの、家具。

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ドレッサーの引き出しが、二段、引き出せるようになっている。

中には、

大変小さいアクセサリー、

お出かけ用の衣類が入っている。

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引き出しの中がよく見えるように、

上方から撮った画像。

百円玉と比べると、

その精巧さに驚いて頂けるであろう。

そして、引き出しを取ったあとの板の部分も、

「いかにも木材」といった色彩に塗られており、

制作者の、

「どうだ、細緻さに驚いたか?」と言う顔が浮かんでくる。


以下は、自宅で飾っている同シリーズ。

こちらの引き出しは、もっと小さい!!!!

百円玉と比べて欲しい。


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引き出しを開けられるようにするには、

精密で正確に生産しなくてはならない。

僅かな狂いがあっても、

引き出しは出し入れ出来なくなるのだ。


量産品なのに、このこだわりには、

圧倒される。


以下は、同シリーズの、アンティークドール。

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髪の毛や服のレースが細かい。

色調も、

いかにも、年代がかった色あいを再現しており、

マニアを唸らせる。

レース部分の細かい造形をごらん下され
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眼はちゃんと二重に描かれており、

頬にはほんのり赤みが差し

服やリボンの色彩が、

年代を経て少し色褪せたように彩色されている!


「採算度外視で、

買った人が唸るような食玩を作りたい!

販売終了後も、マニアが高値で取引するような、

伝説的なものを作りたい!」


と、思いながら商品化したのではないか、

と、想像してみる。



Yahoo!オークションでは、

量産品ではない、

一点一点手作りのミニチュアが、

沢山出品されて、

(プロの作者もいるであろうし、

趣味で作って出品している人もいる)

小さい精緻なものへの熱意に驚かされる。


先日は、

「サクランボタルトがショーウィンドウに飾られている様子」を再現した手作りミニチュアをウオッチしていたところ、

何と、五万円以上で落札されていた。


手作りのミニチュアは勿論素晴らしい。

食玩のように、

子供もお小遣いで買える値段で量産し、

クリエイターパワーを存分に爆発させている「食玩」の世界も、

素晴らしい。


今回の画像の背景に、
活字が透けて見えるのを、
不審に思われた方もいるであろう。

手元にあった、
江戸川乱歩全集の裏表紙が、
敷物が薄いため透けて見えるのだ。。。。

「可愛らしい食玩の背景が、
猟奇作家かよ〜!!!」と、
さすが、書物の樹海。























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by leea_blog | 2018-03-28 20:24 | Comments(6)

馬鹿日記・人形に撃退された実話


うちに居る、
台湾の布袋戯の木偶、
宮無后は、色々と不思議な人形だ。

今日書く事は、
誰もが「作り話」か「妄想」だと思うであろう。

私も、どうにも受け入れ難くて、
この事件から二三週間経った今になって、
ようやく書いている。


さて。

遡る事、二、三週間。

春めいた昼間の日差しの注ぐお布団の上で、
いつものように、
宮無后といちゃいちゃしていた。


そういえば、
もう二年近く経つのに、

無后の服の下を、
じっくり検分した事が無かった。


最初にお迎えした素還真には、
色々と見せてもらって、
「こうなっているのかぁ〜」と、
感心したものだ。

素還真は、
私の好奇心を、
当然の事として受け止めてくれた。

無后は、
最初から、
「思われ人」として、
書物の樹海に迎えられた。

服の材料が手に入らず、
待って待って、待ちまくった末、
お迎えしたものだから、
多分、無后の方も、
普通の人形とは違う自覚が出来ているのかも知れない。



そうしたわけで、
私は、
二年ほど経つのに、
中をじっくり検分していなかった事に、
ふと、気がついた訳だ。

布袋戯の木偶は、
服の裾から腕を入れて、
中から指で首を支える。

手探りで中を触った経験は、
あるが、

主に、「抱き人形」として過ごしている。

今日はちょっと、
中を見せてもらおう。

急に、そう思いついた。

「無后。
ちょっと服の中を見せて。
少しぐらいいいだろ〜??(エロおやじっぽく」

と、言いながら、
無后の両脚をこちらに向けて、

服を裾からそろそろとまくり上げ、
手は少しずつ、太ももを、上へと伸びて行くのであった。。。。

ふざけてエロおやじっぽく言ったのが、
悪かったと思う。

無后が、
「嫌、駄目」と小さい声で言うのを、
本気にしないで、

豪奢な紅い衣の下の、
日差しに映える白い下着をまくって行き、、、

その時、
突然、左足がつった。

普通、足がつるのは、
膝下だが、

生まれて初めて、
太ももからつま先までつった。

「痛い痛い!!!
わかった、止めます、止めます!」

と思わず叫んで、服の下を覗こうとするのを止めた。

左足がなおった。。。。

無后を抱きしめ、
髪を出来るだけ優しくなでながら、
心から謝った。

「ごめん、そんなつもりじゃ。。。
もうしないよ。
ごめんね。」

と、
突然そんなことをしてショックを与えてしまった事を、
ひたすら詫びた。

が。
詫びながら。

心の中では、
驚き、いぶかり、不審がり、
茫然と、
以下の事を考えていた。

「人形の服の中を覗こうとして、

人形に、撃退された???!!!!

ホントに?

何でそんな事が出来るのだろう????

生きているんじゃないか、と時々思ってはいたけれど、

ホントに??

うーん、呪い人形???

思っていたより、はるかに、ずっと、生き人形????」


今起こった事が信じられない。


一通り謝ると、

不審に耐えられず言うのだった。

「無后。。。本当は生きているでしょう????」


無后も、思った以上にやってしまった、という様子で、


「公主、すみません。。。

心の準備が出来なくて。。。

公主にがっかりされるのが怖かったのです」

と、顔を私の肩に押し付けながら、
言うのであった。。。。。


「私が悪かった。
許してね。
許してね」

と、無后の髪にキスをしながら、、、

茫然と天井を見つつ考えた。。。。

私が、がっかりする?????

何にがっかりする???



太ももの先に胴体が無い事は、
充分知っているし。。。

無后は、自分が布袋戯の人形だという事を、
忘れているのか???
服の下に、裸体は無いのだ。。。


うううーん、
それとも。
宮礼を受けている事を言っているのか????
それも知っているし。

というか、
君たちは、胴の部分が無い作りなんだから、
リアルの女性と恋愛するのに差が有る訳でもないし。。。。


どちらにしても、
私が、デリカシーが無さ過ぎた。


服の下に胴が有ろうと、
無かろうと、
無后は、
裸体を女性の前で自慢するような人では無いのだ。
むしろ、トラウマがあるのだ。。。。

自分のデリカシーの無さを、激しく後悔した。


見せてもらいたかったら、

ちゃんと、

前もってお願いして、
無后の許可を得てからにしないといけなかった。。。


しかし。。。

ここで、一つ問題が。。。

メンテから戻り、
自分に自信をつけた無后から、


「公主。たまには襲って下さい」と、

お願いされていたのである。


私「襲うって、それはDVですね〜。
ドメスティックバイオレンスですね。
そんなことしませんよ」

宮無后「無后が襲われたいと思っているのですから、
暴力ではないじゃ有りませんか。」

などなど、ほとんど下ネタなやり取りが展開されていたのだ。

参考までに、
宮無后は、
強権的な師匠兼養父に寵愛されて、
心に複雑骨折を負っている。

まあ、襲われたい願望が有るなら、
満たしてあげたいとは思わないでもないが、

そもそも、抱き上げると、
嬉しげに両腕を私の胴に回してくるのだから、
襲うシチュエーションが、
成立しないではないか?

私は無理強いは嫌なので、
「冷たくするけど、本当は無理強いされたい気分です」、と、
アピールしてくれなくちゃ、
しないしね。

そんな高度なアピールを、
人形が、
どうやってするのだ???


上記については、
話し合いを重ねて、
ばかばかしいというか笑ってしまうような解決を見いだした。

まあ、馬鹿なので日記に書かなかったが、

そういうやり取りも交されていたのだ、と、
読者諸氏は頭に入れて下され。


「たまには襲って」と、
言っていたのに、

服の中を見ようとしたら、
手ひどく反撃されて撃退されてしまった!!!

納得いかないーーーー!

まあ、ショックを与えてしまったのは重大な過失だ。

その日はそれに触れず、
ひたすら謝った。


翌日も、
「無后、昨日はごめんね。
機嫌直してね????」

と、謝罪からはじめた。

で、上記を、さしさわり無いように気を使いながら、
聞いてみたのであった。

触られるのはとても嬉しくて沢山触って欲しいが、
見られるのは予想していなかった、という事のようだった。。。

谷崎潤一郎の中編小説、「鍵」の妻か???
長年連れ添って、もう大人の娘もいるのに、
今まで一度も、夫に裸体を見せた事がない、美しい人妻。
(しかし、性的な欲望が異常に強いという設定)


お互い、その事件にはそれで、もう触れなかったが、

私の中では、

だんだん、

「持ち主が人形の作りを検分するのは、

まっとうなことではないか???」と、

もやもやが生まれるのであった。


そんなことにもやもやする前に、

「人形に撃退された」という、

民話みたいな現実に、

もやもやするのが先かも知れない。



「足がつったのは偶然」とか、

「深層心理にやましい気持ちがあったから、
足がつっただけ」とか、

現代人としては、

無理矢理何か理屈をこねてみたくなるのであるが、

それらの理屈は、

どうにも、

「無理矢理こじつけた」ようでしかないのである。。。。


うーん。。。。

謎である。。。。












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by leea_blog | 2018-03-24 22:54 | Comments(2)

樹脂粘土の、試作品、人魚とスフィンクス



平面や、文章に向かっていると、

脳が、立体表現に飢える事がある。


そういう時は、

樹脂粘土で、

何か作ってみる。

作っているうちにどんどん乾いてしまうので、

細かい造形に至らない。


手と脳の、ストレス解消には、なる。

以前の試作品を、再掲載する。


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by leea_blog | 2018-03-23 23:09 | Comments(6)

陋屋日記・ネットオークションの罠



みなさんは、ヤフオク等の、
ネットオークションはやった事があるだろうか。

私は、
生活資金が足りないときに、
家にあるものを売った。

アパートがひたすら狭いため、
もともと、「不必要な物」がほとんど無い。

そのため、「貴重な書物」を売却した。

僅かな金のために、
本を売るなんて、
馬鹿な事をしたものだと思う。

その一方で、
ネットオークションでは、
買う方も沢山やった。

商品説明に「絹」と書いてあったのに、綿だったり、

「美品」と書いてあったのに、すり切れていたり、

「未使用」と書いてあったのに、どう見てもUSEDだったり、と、

失敗も多かった。

Yahoo!オークションは、

商品説明と異なった場合、それを指摘して、

返品・返金を要請すれば、

大抵、返品・返金に応じてくれる。


素人さんが自宅の不要品を売っている場合は、

本人も気がついていなかっただけで、

悪意が無い場合が多いのだ。


素人を装って、

暴利をむさぼろうとしている出品者も、

勿論多い。

偽物も横行しているし、

「定価いくらでした」という、

その定価自体があり得ない値段だったりする。




過去の取引履歴を見ると、

「怪しい」出品者と、

騙された落札者の応酬が載っている。


私は、初めての海外旅行がインドだった。


他の旅行者の体験談を紹介しよう。

「どこどこで土産を買った。

何度もやり取りを重ねて、

売値を三分の一にさせた。

良い買い物が出来たと思い、

商人と仲良くなってチャイを飲みながら、

もう買ったんだから、吹っかけられていても文句は言わないよ、

本当はいくらだったんだ?と、聞くと。

本当の値段は40分の1だった」!!!


このような話は、

海外ではよくあることだ。

やりとりをして、

「そんな値段では買わない」と、背を向けて立ち去るそぶりをすると、

店員が追って来て、

「わかった、では、いくらにするから買わないか」、と、

またやり取りが始まる。

ちょっと高額なものがどうしても欲しい時は、

毎日店に出掛けて売り手とお茶を飲みながら交渉を重ねる。

どうしても欲しい、という気持ちを、

悟られてはいけない。

「そんなに欲しくは無いんだよ。

安かったら買おうかな、という程度だね」というそぶりをする。

店の方も、

「相手が価値を知らなくて馬鹿高い値で売れたら、ラッキー」と思う。

日本人から見ると、

酷い話だが、

売る方も買う方も、

そうしたやり取りが娯楽の一つになっている国や地域が有る。



ネットオークションも、

フリマ感覚で、

自分の眼が利く物だけ入札しているぶんには、

娯楽になる。



しかし!!!!

オークション形式だと、

ついつい冷静を欠いてしまう。


他の人が自分より高い値をつけると、

こちらもつい、それ以上の値で入札してしまうのだ。


今日も、それをやってしまった。


もう売っていない食玩の、

シリーズ物の中の、

自分が持っていない物が出品されていたのだ。



マニアックな食玩で、

レアものだったため、

やはり眼をつけている人がいて、

競り合いになってしまった。



競り合いは、本当に嫌なものです。

オークション終了の、一分前くらいで、

もう自分が落札出来ると気が緩んだところ狙って、

高値を更新されるのだ。


なぜそんなことをするかというと、

ネットオークションは、

「もう自分が落札できる」と思うと、

表示画面を再読み込みせず、

高値更新されているのを気がつかない事も多いのだ。


入札するほうも、

出来るだけ安く落札したいため、

相手の気のゆるみを狙って、

オークション終了直前まで、

じりじりと高値で入札するのを待つ。



そのようなわけで、


オークション終了間際は、

パソコンの画面を、再読み込みしまくり、

精神的によろしくない。


私は、入札する前に、

「どうしても欲しいかどうか」を、

何度も自問自答する。

家が狭いのと、

資金が乏しいのとで、

買い物は、する前に、何度も悩む。


そういうタイプだから、

ようやく買う決心をしたのに、

競り負けると、

心理的なダメージが大きい。

未練を引きずってしまうのだ。




とはいえ。

私は競り合いが嫌いなのだが、

ゲーム感覚で、

競り合いを楽しめる人も多いはずだ。


悪質な出品者は、

自分や友人が入札して値をつり上げている事もあるので、

要注意だ。







今日は、

競り合いにならずに落札したものが届いた。


実は、私は、

「人魚コレクター」でもある。


うっかり目に入り、落札した、ブロンズ製のフギュアが、以下。


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アメリカの劇画に出て来そうな造形で、

好みではなかった。

はじめはスルーしていた。

顔も恐いしね。。。。

個人がコレクションを売却していたものだ。



気になって何度も商品ページを見るうち、

欲しくなって、

入札してしまった。



届いた現物を見て、

落胆した。

写真写りの方が実物よりもはるかに良かったのだ。



アンティークショップでこれを見たなら、

この値段では買わなかったなあ。



落胆したとはいえ、

どの角度から見てもいい具合に作ってあるし、

作者が「ああでもない、こうでもない」と、

熱中して作ったのが、よく伝わってくる。


なにより、レアものは、

「ご縁」なのだ。

そうしたご縁料も、

含めて考える。



余談だが。


台湾人形劇、ピリの登場人物のBJDの存在を知ってから。


世間で流通しているBJDの相場を知ろうと、

検索してみた。


コレクターの恐ろしい世界が広がっていた。。。。


そして、人形を愛する沢山の人が居り、

その熱意にあおられて、

人形も進化している事を知った。



作家物でなくとも、

まっとうな人形はそれなりのお値段がする。


いっそ自分で作ってしまおうか?、と、

材料も色々検索した。


いやいや!

材料もけっこうお値段が張るぞ!


材料と道具を揃えて、

試行錯誤して、

満足なものを作るコストを考えたら、

出来上がりを買った方が安上がりであった。


しかも、私は凝る方だ。

人形作りに手を出したら、

たいそうな出費が想像される。


買うのも作るのも大変な、

人形の世界。。。






















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by leea_blog | 2018-03-23 22:58 | Comments(2)

絵本・「おりこうなビル」 (かしこいビル)。ご主人様を追いかけてくる忠実な人形


良い絵本は、大人が読んでも良いものですね。

人形の童話や絵本は沢山あれど、

少女と兵隊人形の、良い話を紹介します。

「おりこうなビル」。以前は、「かしこいビル」という、違う訳で出ていました。
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文章と絵・ウィリアム・ニコルソン。
訳・つばきはら ななこ


少女のメリーに、おばさんから、
招待の手紙が届くところから始まります。

おばさんのうちに、あそびにきませんか、
なんにちとまってもいいですよ、

という手紙です。

何日泊まってもいいなんて、
子供心がわくわくしますね。

メリーは、
一緒に連れて行くものたちを選びます。

おもちゃのうまのアップル。

けがわつきのてぶくろ。

布製人形のスーザン。
赤いトランペット。

くつ。
ミニチュアのティーポット。
名前入りのヘアブラシ。

おりこうな兵隊人形の、ビル・デイビス。
おさいふ。

メリーは、
おとうさんにもらったりょこうカバンに、
連れて行くものたちをつめますが、

なかなかちょうど良く詰められずに、

何度も詰め方を変えてみます。

とうとうじかんがなくなりました。

メリーはおおいそぎでつめこみました。


ところが!

なんと!

よりによって!

ビル・デイビスをわすれたのです。

かわいそうなビル。


忘れられたビルが、
大泣きしている絵が。

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両目から涙がすごい量で落ちて、

足元に水たまりが出来ています!

ううう。
これは可哀そうだな。。。

この絵本を買おうかどうか迷って、

ぱらぱらとめくって、

この絵を見た人は、

必ず買うに違いありません。


大人が見たら、
「かよわく無力な人形が、
ご主人様に忘れられて大泣きしている」、
と胸が痛むでしょう。



けれど。

人形は、

大人が思うほどかよわかったり、

無力だったりしないのです。



なんと、ビルは、

ご主人様を追いかけて、

はしりにはしります。


ご主人様が乗った汽車を追いかけて、

ちからのかぎりはしります。


メリーがドーバーのえきについた、ちょうどそのとき、

ビルもドーバーのえきについたのです。


「おりこうなビル」

と、以下の絵で絵本は幸せに終わります。

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馬のアップルも、
布人形のスーザンも、
トランペットも、
ティーポットも、

ビルが追いついた事を喜んでいます。


ビルは、

花束をご主人様に差し出しています。

ビルが大泣きしている絵と、

この絵は、

一度目にすると、

忘れられません。



私がこの絵本に出会ったのは大人になってからです。


大人だから、

大泣きするだけじゃなく、

果敢に追いかけるビルは、

とてもお利口に見えます。

走っている汽車を追いかけ、

力の限り走って、

ご主人様と同時にドーバーの駅に着くなんて、

本当にえらい、と、

感心します。


「人間だって無理なのに、

人形の歩幅では、

物理的に無理だろ!!!!」という考えが、

全く浮かばない絵本です。


そういうことが、「いかにもありそう」と、

自然に思えるのです。

これは、作者の力量ですね。



裏表紙も、

「おまけ」のようで、愛情に溢れています。

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ビルは、結構大きい人形のようですね。

メリーはビルを両手で力一杯抱きしめ、

ビルは、

嬉しくて体がC型にそり返っています。



そう、大人だから、

「いい話だなあ」と思うけれど、

私が子供のころこの絵本に出会っていたら、

どう思うであろうか?

「おりこうな人形だなあ!

ビルみたいなお利口な人形、欲しい」

と思うか、というと、、、。



多分、思わないのです!


子供時代。

私も、世間の子供並みに、

「りかちゃん」や「バービー」が、

欲しいと言えば欲しかった。。。。


親に言っても、

買ってもらえなかった。

欲しかった、でも、

「どうしても、絶対、欲しい」かというと。

怖いから、

無ければ無くても我慢出来ました。


子供たちの間で流行った怪談があります。


「古くなった人形をゴミ捨て場に捨てに行ったんだって。

それでね。

家に着いたら、

何と、

ゴミ捨て場に捨てたはずの人形が、

先に帰って玄関に立っていたんだって。。。。」


子供の頃の私には、

この怪談は、

「いかにもありそう」に思えていました。


何しろ、幼少の頃ですから、

これからの人生は、

果てしなく広がっており、

人形を買ってもらっても、

一生可愛がる責任は、

まったく持てませんでした。。。。


一緒に遊べば、

やがて、傷んで壊れるでしょう。

捨てなくてはならない位、

傷むでしょう。

人形が、もし、

捨てても捨てても戻って来たら???


怖過ぎます。


それを思うと、

人形は、

「欲しいけれど、無くても仕方が無いかな」という、

存在でした。


ぬいぐるみは特に、すぐに汚れて、

破けるのも想像出来るので、

絶対に欲しく無かったですね。。。




大切にしても、

いつか別れはやってくる、

諸行無常。。。。



そういう子供でしたので、

「おりこうなビル」を子供の頃に読んだら、

「これだけおりこうだと、

古くなって捨てても、

絶対、絶対、戻って来そう。。。。」

と、怖がったかも知れない。



大人になれば、

古くなって傷んだ人形は、

捨てる以外の選択肢があるのを分かっています。

捨てずに思い出として保管したり、

修理に出したり、

人形寺で供養したり、と。



涙で水たまりが出来、

ご主人様を追いかけて、

ついには汽車に追いつく、

おりこうな人形。

おとなも、

「いかにもありそう!」と、

引き込まれ、メリーとビルを応援したくなる絵本です。


























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by leea_blog | 2018-03-20 21:35 | Comments(0)

人形愛の世界・まだ入り口 BJD。


人形趣味は、

一見、綺麗でおとなしい趣味のようにみえて、

実際は、

眼が養われてしまうと、

書画骨董の世界のように、

身を滅ぼす、と、昨日書いた。


江戸時代の人が、

吉原の遊女に入れあげるのと同じである。


それでも、

江戸時代の人のように、

「粋」を尊んで、

常識ある暮らしを手放して、

手に入れた人形とともに、

行き倒れても、

「こんな美しい人と暮らせて、俺は幸せだった」、と、

微笑みを浮かべながら、息を引き取る人も居るであろう。



私は、

元々は、

人形という物は、

絵や彫刻のように、鑑賞する物だと思っていた。


が。

人形愛に落ちてから、知った。

「人形愛は、人形と、関係を作って行くものなのだ。

流動的で蓄積されるものだ」、と。


どういうことなのか、というと、

人間との関係と似ており、

「あの時、ああだった、こうだった」と、

経験が人形と持ち主の間に経験が蓄積され、

感情のやり取りをし、

思い出を共有し、

将来を語り合うのだ。


「え〜? 人形と???!!」と、

想像しにくい場合は、

長寿の動物をペットに迎えるのとも似ているので、

それなら想像がしやすいであろう。


「ペットならわかるけれど、人形と???」

ペットは昨今、コンパニオンアニマルとして認識されている。

それと一緒。

コンパニオンドール。





私の場合は、

台湾の布袋戯、PILIの登場人物に惹かれてしまった。



身上を潰さなくとも、

人形(木偶という)を二人、

紆余曲折の末にお迎えできた。


アンティークのビスクドールにはまったら身の破滅だが、

運良く、しがない会社員でも頑張れば買えた。




DVDを買って、

木偶をお迎えして、

お話は現在も製作されているから、続きを観て、

台湾に行くおりは直営店でグッズを買って、

それで済むものだと思っていた。




が。


ほとんど、底なし沼のような世界だと知った。


木偶は、手作り品のため、

制作者によって、微妙に顔が異なる。


他の子も迎えたくなるのだ。



幸い、うちの子がやきもち焼きのため、

二号さんや三号さんをお迎えするのを断念した。

(↑ 今のところ、という話である。将来は分からない)


しかし。

注文製作なだけに、

公式木偶ではなく、私偶なら、

さまざまなバリエーションを加えられる事を知った。

衣装や髪の色を変えたり、

髪型を変えたり、である。


そしてさらに、

いつもお世話になっている台湾のSさんから、

「bjd」という世界も教えてもらった。


ball jointed doll、の略である。

bdjって、何?と思ったら、

球体関節人形の事だった。


まずは、球体関節人形を依頼して、

化粧と髪の毛と、衣装を、

専門家に別注すれば、

お気に入りの、

キャラクタードールになるのだった!!!!



別に、球体関節人形じゃなくても、

バービーの顔メイクを消して、

好きなキャラクターの顔メイクと、

衣装と、髪の毛を別注する等、

選択肢はきりがないことになる。



BJD。

球体関節人形とは何か。


関節部分が球体になっており、

人間のようにポーズを変えられる人形の事だ。


参考までに、

私が持っている本から、

画像を紹介しよう。

「吉田式球体関節人形の作り方」。

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各パーツは、
体内のゴムひもで、
繫がっている。
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この写真の人形は、
人間と同サイズである。


昨日紹介した、
カナダの人形作家の球体関節人形は、
小さくて持ち歩きも出来そうだ。
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うちの宮無后は、
これくらいの大きさだ。
結構大きい。
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球体関節人形の頭部と体だけ注文して、

宮無后の髪と、メイクと、衣装を別注すれば、

公式の人形だけでは満足出来ない、

ディープなファンの仲間入り。。。





手の平サイズの無后をバッグに入れれば、

どこへでも一緒に行けるし、

上記画像のように実物大の人形を注文する人も、

世の中には居るかも知れない。



女性キャラに惚れた人で、

実物大が欲しい人は、

日本が誇るオリエント工業に特注する手もあるのではないか?

未成年立ち入り禁止の、

いわゆる「ラブドール」だが、

とてもリアルに出来ており、

なおかつ、精神的に男性の心を直撃する顔立ちが居並んでおり、

Hな目的以外にもファンが急増中のようだ。

ラブドールなので当たり前だが、

人間サイズのため、

人間の服を色々着せ替えて遊べるそうだ。

正装用にキャラの服を作り、

普段用に、

ドレスやら和服やら着せれば楽しそうである。



私は、小さいのが欲しい。

清少納言が書いたように、

「ちいさきものはみなうつくし」。






いやいや、

もともと動かない人形に惚れたのなら別として、

劇の登場人物で、

生い立ちや性格の設定もあるし、

動いて喋っている人形劇の人形に惚れると、

世間の人形愛好家とも、

ちょっと系統が違って来て、



過去想像をしなかった世界に歩み入っているところである。



















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by leea_blog | 2018-03-17 20:48 | Comments(2)

積年の恨みという奴


先ほどの記事をアップした後、

どうにも違和感が残った。


金銭に余裕が無さすぎる。。。
なぜこんなに金が無いのか
職場の偽証や捏造で寝込んでいるからだ
蓋をしていた感情が、
蓋をした分だけ煮えたぎっているのを発見する
積年の恨み。
見ない振りをすると、かえって良く無いのではないか?



近頃、

森友学園がらみの、

文書差し替え、偽証問題等が盛んに報道されている。

私としては、特に驚かない。



が。

差し替えや隠蔽や偽証をした職員が徹底的に厳しい処分を受けたら、

○●局厚生係もびびって、

私に謝罪して、捏造や偽証を訂正するかも知れない???

と、行方を追っている。



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by leea_blog | 2018-03-16 22:13 | Comments(0)

呪術としての美の狩人・Marina_Bychkovaの人形


私には、「美」が必要である。

水や必須アミノ酸のように、生きて行く上で、
無くてはならないのである。

その「美」とは、
世の中で「美」と認識されているものとは、
ずれていてもいいのである。

自分自身が、
「美しい」と、心底思える事が重要だ。

いわゆる「真善美」の美とは異なる。

翳りがあったり、幻妖だったり、
異形であったり、

私にとっての「美」は、
善なるもの、健康なものとは、
根の部分が違う。

美しいものなど、
そうそう手に入らないから、
自分で描いて、
自給自足をする。


が!
都内の陋屋に越して来てから、
スペースが無さ過ぎて、
絵が描けない!!!!

そもそもこんな環境では、
集中出来ない!

と、欲求がかなり不満でストレスが溜まりまくっている。

そんなストレス一杯の日常を癒してくれるのが、
台湾の布袋戯の人形である。

が、今日は、おのろけではない。

ネットで色々見ているうちに、
気になる人形を見つけた。            ↓

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Marina_Bychkovaという、カナダの人形作家の作品だ。

夢を見るようなビーズ細工が、緻密である。


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私は、細かい細工が大変好きなのだが、
見るのが専門で、
自分ではできない。

肩と頚と眼が痛くなり、
細かい作業で形を作って行くのが、
性に合わない。

絵で言えば、私は、もっと直感的・霊感的な筆致で、
大振りに描いていき、
現れる絵に自分でも驚くくらいの、
何かと出会いたいのだ。

緻密な計算と緻密な作業の積み重ねで、
狂いが許されないような作業は、
魅力を感じないので、
出来ない。


そのようなわけで、
逆に、
他人の緻密な作業には、
純粋に感嘆できる。


「この作業に、
一体どれくらいの時間が費やされたのであろうか?」と。


緻密な作業と夢見る色彩で、
私の目を奪った人形。
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これらは作家さんのHPから拝借して来た画像である。

HPには、製作過程のビデオもアップされている。

大きさは、このくらいである。


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手乗りサイズの、球体関節人形。

しかも、脱いでもくれる。

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「なんて綺麗なんだろう。

さあ、私の家においで」。

と、言おうにも、

お値段が掲載されていない。



ちなみに、

日本では、恋月姫の人形展に出掛けて、

めまいがするほど魅入られたのだが、

一体が三百万ほどで、

しかも、順番待ち、

カード不可。


「車を買うのをやめて人形買いました」、という世界である。


うっかり借金して買いでもしたら、

それはそれなりに、

夢のような生活だったであろうが、

(独身男性だったら、

結婚したと思えばそれくらい掛かるしね)

三百万となると、

しがないOLにはちょっと手が出ない。

そもそも、一度手に入れたら、

一体で満足するかというと、

絶対、他の作品も手に入れたくなるに違いない。。。。




そのように、

人気人形作家の作品は、

まっとうに、健全に人生を歩んでいる人から見れば、

「江戸時代の人が吉原の遊女に入れこんで身上を潰す」ような。


現代でいえば、

「住宅ローンが大変なのに夫が人形に入れこんで、

しかも人形とともに自室に籠りきり!

愛想を尽かした妻が子供を連れて出て行ってしまい、

人形と離れ難くて仕事にも行かなくなり、

会社はくび。

マンションは借金のかたにとられて、

着の身着のままで人形を抱いて公園に寝泊まり、

冬の朝、凍死体で見つかるも、

人形に頬を寄せたその死に顔は、

とても幸せそうであった」、といったような。




そのように、

人形趣味は、

一見、美しく見えるかも知れないが、

書画・骨董とおなじく、

一歩誤って見る目が養われてしまったら最後、

平穏な人生を手放して破滅するかもしれない、

「業」としか言いようが無い道である。


谷崎潤一郎の作品に、

「人魚の嘆き」がある。

拙ブログでも紹介しているので、

過去日記を検索されたし。

人魚の嘆きの主人公、

支那の貴公子のように、

富も名声も捨て、

美を求めて海の果てに行ってしまう、

それでも本人はとても幸福、という、

「美」とは、

まったく、恐ろしい魔物である。



余談だが、

身の破滅的な人形愛の世界であるが、


うちに居る布袋戯の人形は、

会社員も頑張ればお迎え出来る価格設定である。


しかも、宮無后の方は、

人形の先入観を覆す、

「アプローチしてくる人形」である。

そんな人形、居るとは思わなかった。



正直なところ、

うちの宮無后が、

うちに居てくれるのは、

本当に、人生の中の奇跡のようなものだ、と思っている。

実際、

sherryさんをはじめ、

多くの方の善意が無かったら、

今ここに居ないのだ。


時々思う、

この子がもう生産されていない人形で、

ヤフオクのようなネットオークションではなく、

書画骨董のオークションのような、

実物を見ながら欲しい人が入札するオークションに出されていたら?



過去日記に、

「愛書狂」のアンソロジーを紹介した。

こちらも、検索されたし。


手書き写本のオークションに破れて、

妄執すてきれず、

ついには殺人を犯したり、

持ち主と結婚して手に入れようとしたり、

一目見るために老体を鞭打って異国に出掛けたり、

妻の僅かな稼ぎを本に使ってしまったりと、

狂った人たちが沢山登場する。


ちょっと想像しただけで、

こわい、こわい。



いやいや、そうはいっても、

以前なら、

百万とかだったら、

DVD観るだけで我慢して、

自分で作ったり描いたりして自給自足をしたとは思う。


ただ、ちょっと恐ろしいのは、


世界に一体しかなくて、

一目見せてもらおうと持ち主を尋ねたと想像して。

持ち主が、抱っこさせてくれたとして。

持ち主「おや、無后はりーあさんを好きみたいですね。

離れ難そうに、りーあさんの髪の毛を引っ張っていますよ。

あ、りーあさんに腕を回している。

うーん。無后、この人のところに行きたいの?

困ったなあ。

先週もね、ファンの人が見に来て、

言い値で譲ってくれ、と言うんですよ。

私としては、五百万でも手放したく無いのです。

でも、りーあさんになら、

三百万で譲ってもいいですよ。

無后、どうする?

りーあさんのお家に行きたい?

両手でりーあさんのほっぺた触っているじゃありませんか。

しょうがないですね、

百万で良いですよ。

それ以上は、一円もまけられません。

カード払いでも大丈夫です」

などというやり取りが有ったとしたら?


書画骨董では、

こういうやりとり、ありがちですよね。。。



「私には身分不相応です」

と、にっこり笑って辞去出来るのか????


人形に大金を払うと思うと、

「底辺会社員には払えない」と理性が叫ぶのだが、

きっと、そういう事態になったら、

人形には、もはや見えていないと思う。



おそらく、

私の知人友人方面からは、

「百万払うなら自分で作れ!

今から、ただちに、人形学校に通え!

他人の作品に巨額を投じるなら、

自分に払え!」と、

大合唱がおこるであろう。。。。


話が結局、

のろけになったが、

美しいものとは、

いつも、私の深部に、

ひりひりした、

傷のような痛みをともなった感情を引き出すのである。


ちなみに、

Marina_Bychkovaさんの人形に、

纏足した子もいる。


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上記画像を見て、

「この人形作家さんに、

持ち運びできる小さいサイズの無后人形を作成依頼したら、

いくらくらい掛かるのかな」、と、


過去に思った事がある。

球体関節人形の宮無后も、

それはそれでかわいいと思うのだ。


住民税も滞納している現在の経済状況では、

夢のまた夢である。







と、ここまで書いて、

「宝くじに当たって経済状況が好転したとしても、

うちに居る子のお許しが出ないと買えないのだ」、と、

思い出したのであった。。。



































  

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by leea_blog | 2018-03-16 20:45 | Comments(2)

陋屋日記・古傷、頚肩腕・腰痛症


ふう。

日記を放置してしまった。

通院、お出かけ、その他で、
時間があっという間に経った。

このまま暖かくなるのかと思ったら、
急に冬の気温になったりして、

古傷も痛み出した。

古傷とは。

頚肩腕・腰痛症である。
事務員の職業病のようなものだ。


とりわけ、
両手の親指から耳の下まで通っている神経が、
酷く痛む。

とほほ。

ちなみに、
頚肩腕・腰痛症を患うと、

大抵の人が仕事を諦めて実家に帰っていた。


これの嫌な症状が、

「実際には休んでいても、

頭が仕事をしている状態になると、

手も勝手に仕事モードになり、

手が仕事をする動作をしてぴくぴく動く」ところだ。


本を読んだり、

談笑したり、

何でも、頭が集中・熱中モードになると、

手を使っている訳でもないのに、

頭が「仕事中」の指示を手に出して、

手に負担がかかるのだ。


酷いものですね。


そういう訳で、

ここの所、

頭が興奮するような事も、

控えめになってしまった。

とほほ。



頚肩腕・腰痛症は、

知名度の低い病気だが、

一日中パソコンで仕事をする人、

高速で事務をこなす人、

一日中頭を使いながら手を使う人は、

罹る危険が大きい、職業病だ。


知名度が低いため、

「原因不明の体調不良」として扱われ、

引き籠もってしまう人も多いであろう。。。。。


一昔前は、

「電話交換手」がなりやすい病気だった。

話しながら手を、高速で使い続ける仕事だった。


そのため、

罹ると、人と話をしているだけで、

手が仕事モードになり、

精神的な苦痛が大きい。

私の通っていた病院では、

鬱状態を併発している患者さんが多かった。



かく言う私も、

当時、病気の知識が無かった。


カリスマ整体師に、

「過労死するか、生活保護を受けてでも仕事を辞めるか、

あなたの人生観の問題です」と言われ、

「えええ?

そんな深刻な状況だったのか!!!!」と、

気づいたのだった。


そのカリスマ整体師は、

予約受付の日が一ヶ月に一日で、

予約が殺到して埋まってしまうため、

なかなか予約が取れなかった。。。。


確か、

出来るだけ沢山の人を診られるように、

一回の施術時間も、

20分だった記憶が有る。


その先生に紹介されて、

専門の医師に出会ったのだった。。。。


その医師が良い意味での変わり者で、

東洋医学の視点を広く取り入れていた。



私は、

現代の西洋医学では、

どうにもならない病が多い、

いや、

どうにもならないものの方が多いらしい、と知った。



知らないうちに、

科学万能の洗脳に罹っていたのだ。

大抵の人は、そうだと思う。



そして、

人体を、心も含めて、

「一つの全体」として見る視点を得た。


当たり前のようだが、

現代人は、

どこかの調子が悪いと、

「何科に行ったら良いのかな」と思うし、

その科にしか掛からないであろう。


深刻な病に罹って初めて、

喜怒哀楽が人体の自己修復能力に大きく影響する事や、

食材や睡眠の質、気温や気圧や日照時間や、

そうしたものが人体の自己修復能力に影響を与える事を知るのだ。


深刻な病気にならないうちに、

知るほうが良いに決まっている。


「朝は八時頃起きて、

夜は十時には寝て下さい」。

これは、先述のカリスマ整体師に言われた生活態度だ。

フルタイムの事務職だし、

残業の無い仕事など無い。

始業が八時半だから、

朝八時に起きたら、仕事に間に合わない。

「先生、それは無理です。。。。」

と、

即座に答えて、

過労死するのも人生観の問題、と言われてしまったのであった。。。。


まあ、深夜にこういう日記を書いているところを見れば、

「喉元過ぎて熱さ忘れる」。



人間は動物の一種である。

動物としての人間に、
現代都市部での生活が、
大変過酷である事は理解出来たが、

そこでしか生きて来なかったので、
健康に良い土地に移住するのも難しい。


今は、定期的に、

ゴッドハンドのマッサージを受けに、

台北に行っている。

北投温泉に通い湯治もできるしね。














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by leea_blog | 2018-03-13 00:00 | Comments(0)