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行く年来る年・令和元年の大晦日



大晦日だ。

大掃除も済んでいないし、問題は山積みのままだ。

お正月の準備は、今年はやらなくていいのではないか、


と、思っていたが、

夜になって、鏡餅や簡易おせち用食べ物を買ってきた。


私一人なら、ダイエット中でもあるし、やらないで済ませたい。

が。


うちには、台湾の木偶、素還真と宮無后がいるのだ。


何もやらないというわけにもいかない。



大晦日の闇の中に、煌々と和菓子屋の明かりが灯っている。

ありがたや、鏡餅を買えた。

これで、お正月様をお迎えできる。












by leea_blog | 2019-12-31 20:24 | Comments(0)

ビル火災の夢。命を賭した火災救助芸人の世界の夢



昼間のうたた寝にみた、ビル街の火災救助芸人の夢。

火事の夢は、いつもとても怖い。目覚めた後も、激しい不安に襲われ、嫌な気持ちが続く。しかし、夢占いでは、火事の夢は吉兆なのだ。

今日の夢は、大火事連続、人命救助連続。

全身に汗をかき、嫌な気持ちで目覚めたが、

火事の夢を年末に見たということは、来年はいい年になるのか?


以下、夢。


ーーーーーーーーーー

ビル火災が派生すると、「救助ショー」が密かに行われる。偏った嗜好のお金持ち達に支持されているものだ。

これは、大金持ちが個人的に、その道の芸人に依頼するショーで、依頼人は隣接するビルの一室で救助ショーを見る。

報酬が巨額のため、芸人たちにも派閥争いがある。

今人気があるのは、美しい女装の男性のショーだ。彼は轟々と激しい音を立てる火事の中に、ロープをつけて乗り込んでいく。消防署が立ち入れないほど危険な区域で、逃げ遅れた人を救う。命を賭して、あえて危険な救助を行うのだ。救助が成功すれば、さらに報酬が弾まれる。

世間には秘密にされており、彼らは大抵、姿を見られずに救助する。彼らが救助した現場を見た野次馬たちも、一般人がたまたま救助したと思っている。

一歩間違えると、自分が大火傷を負ったり命を落とす芸であり、命がかかった様に興奮する資産家たちが、巨額の金を支払うのだ。

跡目争いが激しい。

今の正式な後継者は、引き締まったプロポーションの女性だ。体に密着した防火繊維のスーツを着て、炎の中に乗り込んでいく。しかし、近々、きっと、彼女は陰謀で命を落とすだろう。

そんな中、新たに火事の現場に飛び込むショーの依頼がある。依頼者は火事場に近いビルの一室の、古ぼけたビロードの椅子に座っている。救助芸人が部屋の壁を壊すと、その向こうは闇で、奥に激しい炎が見える。燃える音が凄まじい。

私はぐったりした被災者の体を背負い、苦しい息遣いをして水を浴びる。
側から見れば死にかけているかのような息遣いだろうが、実際にはそれほど苦しくはなく、むしろ一呼吸ごとに奮い立っている。救助は辛くも成功した。





by leea_blog | 2019-12-30 19:35 | Comments(2)

陋屋日記・令和元年がもう直ぐ終わる



令和元年が、あと三日で終わる。

色々問題が山積したまま、新年を迎えそうだ。



昭和の遺産だったヘビーな喫煙を、卒業した。

禁煙の反動でたくさん食べ、太ってトドみたいになってしまった。

大きいサイズの服を調達しなくてはならない。


初売りに出かけなくてはならない。

あるいは、フリマアプリで探しまくるか。



今日は、小中学校の同級生一家とランチをした。

ネパールカレーのブッフェである。

よく行く店なのだが、今日は特別に、全ての料理にスパイスの生き生きとした味と香りと余韻を感じた。

年末年始でお店が休みになるため、スパイス類も作り置きせず使う分だけひいて、挽きたての味になっているのかもしれない。

このようなスパイスの生き生きした感じは、何年も味わっていない。

脳が活性化した。



拙ブログで紹介したい書物が溜まっている。

近々、谷崎潤一郎の「蓼食う虫」を紹介します。


レスな夫婦の話だが、読み返してみると「人形愛・生の可能性」でもあった。

以前「あなたはもう幻想の女しか抱けない」という本があった。

谷崎の「蓼食う虫」の主人公は、さしずめ、

「あなたはもう人形の妻しか娶れない」と言ったところか。

面白そうでしょう? 請う、ご期待。



揺蘭の見どころ紹介も、断続的に続きます。











by leea_blog | 2019-12-28 21:25 | Comments(0)

陋屋日記・聖誕祭イブ


クリスマスイブだ。

押し迫る年の瀬に気を取られて、クリスマスのことをすっかり忘れていた。


今年は、「クリスマスキャロル」を紹介しようと思っていたのに。



年賀状を頑張って書いていた。

年内に書ききれないと思う。

日本画の顔彩使用、全部手書き。
陋屋日記・聖誕祭イブ_e0016517_19413940.jpg



病気には年末も年始も無い。


病にも、

「年末年始は休みを与える。郷に帰れ。なんなら、もう戻ってくるな」と、

暇を出したいものだ。



どこもかしこも休みに入る時期は、心細いばかりだ。

そうは言っても、都市部のため、元旦も営業している店も多く、

食料を備蓄し忘れても、年は越せる。



年が明けたらまた転地療養に励む予定だ。


が!

大変である。着るものが無い。

7月から禁煙をしており、禁煙を始めた人の多くがそうであるように、

私もかなり太った。


もともと服は9号サイズだった。

女性の平均的な体型である。

が、鬱による運動不足のため11号になり、

さらに禁煙で太って、13号になった!!!!


号数だと、男性陣にはわかりにくいと思う。

Mサイズが、Lになり、今年はLLになった、という具合だ。




去年の冬服が小さくて着られなくなっていた。

これは酷い。

トド体形もいいところだ。





もう、転地療養には着物で行くしか無いのでは無いか?と、

着物で旅行するコツを調べた。

着物初心者の私には、とても無理だった。

荷物が大きくなりすぎるし、重いし、

着物は扱いに気をつけなくてはならない。



昔の人は、着物で東海道五十三次とか、長い旅をしていたのだから、

現代人だって、細かいことを言わなければ着物で旅ができるはずだ。



どうしたものかなあ。

まあ、いい。せっかくクリスマスイブと気づいたのだから、

酒でも飲んでひっそりと祝おう。
































by leea_blog | 2019-12-24 19:54 | Comments(2)

陋屋日記・シュクメルリで温まる

陋屋日記・シュクメルリで温まる_e0016517_20034934.jpeg


最近盛んに検索されているという、

ジョージア(グルジア)料理のシュクメルリを作ってみた。



ニンニクたっぷりのミルクスープは、

お腹が空いていなくても食が進む。

パクチーがとても合う。

料理が得意ではない人でも美味しく作れると聞いたが、

その通りだった。







鬱に効果がある成分が、鶏胸肉に含まれるという説を読み、
ここ三日ほど鶏胸肉を連続で食べている。


「××は〇〇に効く」という風説は、沢山あり、
そのほとんどは、「なんちゃって科学」だ。


バナナとか、ゴールドキウイとか、
鬱に効くといわれるものはほとんどやってみたが、
成果はなかった。

健康にはいいと思うが、鬱症状が改善する、ということはない。




鶏胸肉も真剣に信じているわけではないが、
今の食生活を、改善しなくてはならないのは確かだ。





鬱の人は、大抵、セルフニグレクトの症状が出て、
料理が作れなくなったり、掃除ができなくなる。


私もそうだ。
しかし、最近、ちょこっと調子がいい時があって、
料理をしてみた。



これも、実は「転地療養効果」だ。

転地療養効果は、普通は行った後に出る。

が、たまに、行く前にも出る。

「転地療養に行くのだから体調を整えなくては」、と、

脳が自動的に色々働いてくれるのだ。









by leea_blog | 2019-12-22 20:23 | Comments(0)

陋屋日記・筆不精の年賀状


年末が近づく。

気象異常の度合いが年々大きくなって、今年の冬は、12月でも最高気温が17度くらいある日もある。
東京の冬といったら、肌が切れるような底冷えの厳しさで、雪国の人も「東京は寒い」と言うくらいだったはず。


カードの利用明細を眺めつつ、生活費のことはものすごく心配なのだが、気候変動で人類が滅びるようなことがあれば、
多くの人が「こんなことなら、もっと人生楽しめばよかった」と思いつつ滅んでいくのではないか? 


うちの職場は、癌であるとか、重篤な病気にかかる人も多い。皆、「医療費が凄い。こんなことならストレスを溜めるんじゃ無かった。医療費で消えるくらいならブランドバッグも買えばよかった」と言う。私も、抗うつ剤に頼るだけでは無く、真剣にストレス軽減を考えなくてはならないだろう。


そうこう言ううちに年末が迫り、年賀状を準備する時期だ。年賀状は、もらうのは嬉しいが出すのが億劫だ。
筆不精なのだ。


今年は、昨年に続き、年賀状は全部手書きにする。
上手く描こうとか良い絵にしようとか一切考えず、カラーテラピーの一環にしてみようと思う。
そうすれば筆不精の億劫さが減るのではないか?

よし、明日からカラーテラピーの一環の年賀状描きを開始するぞ!

と、ここで宣言でもしないと、手を付けないまま年が明けてしまう。



元旦に賀状を書くのも、本心から賀ぐ気持ちで書けて良いのだけれどね。














by leea_blog | 2019-12-19 22:09 | Comments(0)

陋屋日記・節約のストレスを買い物で発散する・カラーテラピー


何かと物入りの年末。

今年はアパートの賃貸契約更新の年だったため、出費が痛かった。

転地療養にも費用が掛かる。

一円単位で節約する生活をしている。

が、今までと違い、食費は削らないように気をつけている。

人間の体は、食べた物でできている。脳も然りだ。

私は節約の時に、一番先に食費を削る癖があるので、

食費は薬代だと思って、削減しないよう気をつけることにした。



老後破産が喧伝される今の時代、世の人々は節約に余念が無い。

お金を使わないことが快感だという人も居る。


なるほど、お金を使わないと達成感で脳内麻薬物質が出て快感になるのなら、

節約にもなり快感も得られて一石二鳥だ。


私も、発想の転換をして、節約に励もう、と、したのだが。



数字の辻褄を合わせるのが苦手だ。

苦痛である。

そして、世間から見れば無駄なことにお金を投入し続ける人生だったため、

一円単位の節約は、砂を嚙むように味気ない。

文学だの美術だのという、人から見れば無くても生きていけそうな物が、

ワタクシにとっては、とても重要で、無かったら衰弱して死んでしまう。




ネットでニュースをチェックするついでに、うっかり見てしまった、着物、新古品(未使用の中古品)。

しかも、バーゲン中で相場より安い。

溜まったストレスが堰を切って溢れ出し、理性が飛んで、購入ボタンをクリックした。




「ああ、私はなんということをしてしまったのだ。

着物なんて、普段着る機会がないではないか。

必要な冬服でさえ、節約のため買うのを躊躇していたのに、

なぜ普段着ない着物を買ってしまったのか」

と、頭を抱えた。

ちょっとみてくだされ。

陋屋日記・節約のストレスを買い物で発散する・カラーテラピー_e0016517_15030596.jpg


右から、染色作家・岩浅公展の着物、真ん中は斉藤三才の着物、一番左は長襦袢である。

合計、6千円ほど。

作家物の着物の新古品を買って六千円で済んだのだから、本当に安い物である。




が!

そういう問題ではない。



お金を使うにしても、優先順位というものがある。

着物は、明らかに、優先順位がものすごく低い。

着る機会がほとんど無いのだ。



が、美しい。  ワタクシは、美によろめいてしまったのだ。



ワタクシの脳は、質実剛健とは程遠い作りなのだ、と、あらためて思った。

昔から、美しい物、手間暇をかけて入念に作られた物が、大好きなのだ。




精神的にきつい時には、この手の物はカラーテラピーとして機能する。

ワタクシは買った服や着物を壁に掛けて眺めて、カラーテラピーに耽る。



今までは、私が心地よいと思う色彩は、ワインのような赤、すっきり締まった黒、深い紫色など、強い色彩が多かった。


が、ここ三年ほど、服の色彩の好みが激変している。

苦手だったパステルカラーや、すごく苦手だった桃色に惹かれるのである。


桃色で今のワタクシが連想するものは。

桃の花、梅の花など、花全般。植物の力。
暖かい動物の内部、つまり、胎内回帰願望。
有袋類の袋の中。

今のワタクシにとって、桃色は、植物界、動物界両方の、生命の生まれる力を象徴しており、
癒しの色なのである。

なぜ「今のワタクシ」というのかといえば、色が象徴するものは、変わっていくものだからである。





今回ポチッとしてしまった岩浅公展の着物も、はっきりしない春霞がかかったようなボケボケした色調で、

これまでのワタクシの好みとは全く異なる。



この着物の桃色の部分は、「ぼけの花」の花びらに現れるピンクのようだ、新春を迎えるのにいいだろう。

と、日本人が何百年も昔から培ってきた季節感が思い切り頭をもたげ、脳がカラーテラピーを強烈に求めて、理性がよろめいてしまったのだ。



ボケの花色の着物が、私に似合うかというと、微妙であるが、視覚的にはとても癒してくれている。




それにしても、着物というものは良いものだ。

洋服だと、少し太ればもう着られなくなる。が、着物は大丈夫。

夏は涼しく、冬は暖かい。

もっと着物を、日常に取り入れたい。


失われつつある伝統衣装だと思うのだが、

着るのに色々とルールがあり、

ハードルが高い。


それでは、ますます着られなくなってしまう。

ワタクシなどは、その一人である。

着物を着たい、でも、ルールが色々うるさい、、、、、





初心者がだらしない着方や、ルールからはみ出た着方をしていたとしても、

大目に見る風潮になれば良い。

そうすれば、

親や祖父母の着物を、試しに着てみる若い人も出てきて、「着てみたらこれも有りだった」、と思ってもらえるかもしれない。















by leea_blog | 2019-12-16 15:31 | Comments(7)

澁澤龍彦・少女コレクション序説 「幼児体験について」 芸術はなぜ必要か



先日、澁澤龍彦のエッセイ集、「少女コレクション序説」から、「人形愛の形而上学」をご紹介しました。

https://leea.exblog.jp/28736397/

(拙ブログは、セキュリティーの観点から、直接リンクが貼れません。URLをコピペしててんで下されたし)


澁澤龍彦のエッセイ集は、たくさん出ており、博覧強記でエロスと暗黒と光明と異常とマニアックに満ちた宇宙は、気軽に散策して、東西の様々な奇怪なものたちと出会う楽しみがあります。


平成の人は、もしかしたら「澁澤龍彦? 誰、それ???」となるかもしれません。

マルキ・ド・サドの「悪徳の栄え」を翻訳して、当局から「猥褻だ」として訴えられた事でも有名であります。

昭和の文学界に、大きな業績を残した人でした。


「少女コレクション序説」を再読して、面白いと思った部分を転記します。

澁澤は、心理学者の説を引用することが多く、
「その心理学者の解釈が文学・芸術的に正しいのか?」と、私などは大いに疑問を感じるのですが、

「変わった人の説を聞いている」くらいの気持ちで読むと良いでしょう。



エッセイ「幼児体験」から引用、以下。
人間はどうして芸術を必要とするのか?について。



ーーーー
フロイトの考えによれば、一般に、芸術とは、人間が現実世界において満たすことを禁じられた願望(それは多くの場合、抑圧された幼児期の性愛的願望である)を、独特の方法によって錯覚的に満たしてやるところの手段の一つである。

ーーーーーーー


フロイトの説は、同意できるか否かはおいておいて、「へー、そういう意見もあるのですね」と受け止めます。



以下は、同様に、どうして人は芸術活動をするのか、について、アメリカの心理学者の説。



ーーーーーーー
アメリカの心理学者ノーマン・ブラウン氏の意見によると、人間の芸術活動の密かな目的は、「失われた子供の肉体を少しずつ発見して行くこと」だそうだ。この意味深い言葉を、私たちは何度も噛み締めてみる必要があるだろう。そのとき、幼児体験の意味するものも、新鮮な光のもとに照らし出されて見えてくるだろう。

ーーーーーーー


↑ これは面白い説ですね。暗示的で詩のようです。

子供の肉体は、別に自分の子供時代の事でなくてもいいのでしょう。

例えば、人類の揺籃期とかでもいいのだと思います。

それなら、わかる気がします。






by leea_blog | 2019-12-15 19:32 | Comments(0)

陋屋日記・今年も終わりかけている・幸福度は黒字か赤字か


 平成最後で、令和元年の今年も、終わりかけている。

大変だ。年内にやることが山積している。



今年は良い年だったか否か、

一年を振り返ってみると。

パワハラは相変わらず解決しそうもなく、私はすっかり病んでしまった。

人生の、脂が乗って充実しているはずの時期を、

パワハラによる鬱状態で過ごして、もう取り戻せない。



定年もそのうち迎えるし、経済面でお先が真っ暗だし、

長年の精神的ストレスで、身体もガタガタである。




それでも、今年一年の良い事と悪いことをプラスマイナスしてみると、

良い事の方が多いのである!!!!




これは、凄い事ではないか?

パワハラで寝込んで、

人生お先が真っ暗なのに、良いことが上回るって、どういうこと???




それは、お金では買えない、
精神面が壊滅的でも潤うような、
価値のある時間がたくさんあったからである。




一言で言えば、台湾の布袋戯の木偶と暮らして、相思相愛が深まった事で、

お釣りがくるくらい「良い一年だった気がする」のである。



「りーあが見出した究極の好きな人は、人形だった」

と、世間は哀れむであろうか?


ふっ、それは、人形愛がどれほど深い世界かをご存じないからである。



ストレスチェックテストでは最悪の結果しかない一年でも、

こんなにかけがえのない人(人形)がそばにいてくれた。



そのような気持ちになる事自体が、奇跡であります。



人生、駄目で元元。

光明がどこにあるかは、賢者でも予知し難く、

幾つになっても、驚くべき光景とたくさん出会えるのであった。




















by leea_blog | 2019-12-12 22:04 | Comments(0)

まれびと冊子「揺蘭」16号の見どころなど・天野清二


まれびと冊子、「揺蘭」16号の見所を作者の掲載順にご紹介しております。

冊子ご希望の方は、執筆人か、編集人の西野りーあまでどうぞ。

バックナンバーも、毎号特色があり、強烈にオススメです。


さて、今日のご紹介は、天野清二さん。


天野さんは、他の執筆人と違い、毎号、2ページのみの参加です。

言葉を削った短い詩のスタイルのため、
ページの余白部分が大きく、読者は、
2ページという小さな空間を覗いてみたら広大だった、というような印象を得ます。

天野清二さんの詩は、どこか世俗を離れて、脂身を洗い流しており、

独特な世界観が毎号進化を遂げています。

詩集を出したら、稲垣足穂の「一千一秒物語」的になりそうな。

「孤島夢」と、「走る三人男」の二編です。

二つとも、実に味わいが深いです。

孤島夢は、中国の壺中天の故事を思い出させたり、松尾芭蕉の「夢は枯野を駆け巡る」を思い出させたりしながら、天野ワールドが展開します。

「走る三人男」は、味わいの全く違う、掌編。

以下、引用。

ーーーーー

高速道路を走り続ける男たち?
「あり得ない!」

しかし、その三人は信じられないほど速く
鋼鉄のように強かった。

欲で満たされているよりも怒りで満たされていた。
かと言って、誰も彼らの顔を見た者はいない。
黒い仮面を被っているのだという。
プロレスラーと詐欺師と天才科学者なのだと
誰かが言う。


ーーーーーーー

怒りで満たされて高速道路を信じられない速度で走り続ける、黒い仮面の、プロレスラーと詐欺師と天才科学者で、誰も見た者はない、なぜ走っているのかもわからない、その唐突さが、しかし、唐突でシュールレアリスムな組み合わせが、何か意味を持っていそうで、夜に見る「夢」のワンシーンのような、良い味わいの詩です。

「なにそれ????」と思ううちに、謎が深まり詩が終わる、叩きつけられる心地が、面白いです。


毎号2ページだけ、参加という、禁欲的とも言えるペースで発表している天野清二さんは、

揺蘭の中で、謎の小さな天体のような、不思議な味わいを放って読者を惹きつけます。


続く






by leea_blog | 2019-12-12 09:30 | Comments(0)